《自分自信を幸福だと思わない人は、決して幸福になれない》                        〜サイラス〜

 

 自分で自分を幸せだと思わない限り本当の幸せは掴めないとはよく言ったものだが本当に
それを実行できる強い人は存在しえるのだろうか。幸せという定義が定まっていない偶像を
追いかけては虚構というモノに縋り付いて自己満足を重ねるだけ。不毛で不幸で無意味であ
る。追い求めた人間の先は決まって屍山血河だ四苦八苦だ四分五裂だ。
 そんな中で果たして自分が幸せなどと思えるものか。

 かといって早いうちから壊れていくのもどうかとも思うが、例えば人を舐めてかかった小
学生に人生を見限ってしまった中学生に人身掌握を生甲斐とする高校生、生甲斐すら持たな
い大学生。そして、尊敬されない大人。なんて腐りきったサーキット、見たくもないし成り
たくもない。だからこそ、形だけでも人は手頃な夢を求めて手頃な所で捨てていくのだろう
か。
 貴方は夢を持っていますか?そしてそれを真に願って叶えようとしていますか?
『すぐ手に入る夢なんて夢じゃないよ でも必ず叶うと信じてるよ』というのはこれを見て
おられる皆が必ず知っている歌の一詩。そこで我々の代わりに投影されていた彼ら彼女らは
少なからず夢を持っていた。

 コックになりたかった少年。

 幼馴染の少年と結婚したかった少女。

 幼馴染の少女と結婚したかった少年。

 自分だけの一番星を見つけたかった少女。

 心のドコカで幸せな家族を求めていた少女。

 

 彼ら彼女らの夢は叶うものもいれば未だにソレを叶えようとする者もいる。
 しかし、叶っていないものも不幸せかといわれればそうではない、中々に幸せなのだ。
 それでも《人は貪欲也。故に人也》とまではいかなくても幸せでも夢を求めるのだが。
 夢と幸せはある意味表裏一体にして次元の区別がない代物。
 だからこそ彼らは上のサーキットには入らなかった。
 要は……自分の人生を一生懸命に生きれば幸せになれるのかもしれない。当然だ。
 まぁ、一部例外の元に他人の人生に巣食ってるのもいるが……………
 それも別にいいのであろう。
 干渉とは、そういうものである。

   天使が舞う銀河にて  第零章 第四話後編 出会って別れてまた出会おう

 何が君の幸せ?何をして喜ぶ?判らないまま終わる。
 別にそれでいいや。

 

 毎度の如くだが、事件によく巻き込まれる俺というのが前回の話だったような気がする。
それ以外に説明しようのないといえば嘘になるけど、大体はこんなものでいい気がする。

     

 後は、注記しなければいけないのはミルフィーの事であろうか。
 以前にも増して俺に懐いてくる様になってきた。いや、本来ならば此処でなってくれたと
いうのが正しいのだが、どうもそうは言ってられない状況へと成っていると。前回の博物館
騒ぎから一週間が経過した今、ロストテクノロジーの発掘もあらかたノルマを超えたので此
処………トランスバールに滞在できるのは最高でも一週間ということになる。
 全く……本当に、どうやって伝えればいいのやら………

「ご都合主義、なんて戯言は現実には存在しないんだよな〜」

 

 ウリバタケさんやレミータさんが好んで使いそうなこの言葉の無力さを俺は知っている。
最初から定まった未来というチェス盤が世の中にはあるそうで、運命というプレイヤーが宿
命と戦いながら俺達という駒を進めているってのがシャトヤーン様の見解らしい。だからこ
そ、ピンチになったら援軍が来たり死んでも王女様の涙さえあれば生き返るということは現
実にありえないのだ。………将棋盤だったら在り得るかも知れないけどさ。
 ……レミータさんとの将棋ほどつまらないものは無かった。普通、チェスの駒使って多国
籍軍気取って負けるか?戦力差から言っても2倍だぞ?!しかも実力一緒の。雑魚すぎ。
 ………ちなみにシャトヤーン様には惨敗だったりする。強すぎ。
 兎も角、どんなに俺が嫌がってもそれは避けられようのない運命なのだ。

 

 ミルフィーとのお別れ。最初に出会ったときからある意味覚悟は決めていたつもりだった
けど実際に覚悟は決まってなかったのかもしれない。そうでもない限り、こんなにまでは悩
みはしまい。辛いものがあるな。恐らく、此処で別れると一生涯会えないと思うし。
 シャープシューターにでも、相談してみるか。

ピッ

「いいかな、シャープシューター。ちょっと相談したいことが────」

(………はにゃ?)

「──────はい?」

(『レッツゲキガイン!ただし自動操縦!』みたいなっ!!…はぅわ)

「………」

「ふぁ……にゃ…」
 

 ちなみに早くはないがもう朝である。
 基本的社会人並びに学生ならばお目めぱっちりな時間帯。
 堕落社会人並びに堕落学生ならば眼擦りまくりだろうが。
 ソレは気にしない。
 元より相手にしていない。
 相手にされていない。
 話を戻す。

 それで、この方は何をしてますか?
 

 寝呆けていますか、寝呆けていますね寝呆けんな!!
 【超高性能AIとは極めると人間と変わらなくなる】とはよく言ったものだが生物特有の
デメリットまで持つのは流石に機械の機能的立場においてどうかと考えたい。
 ────まさか…これからの航行中にも寝ぼけたりはしないよな、流石に。
 ダイレクトに命に関わってしまうんですけど、結構冷や汗もんだぞ。
 まぁ、とりあえず。

 外部音声をシャットアウトして

 音声入力用のマイクをつないで

 最終勧告を通信文で行って

 応えないことを確認した後にマイクをテレビ(的存在)の前まで持ってきて

 コミュニケとテレビの音声をMAXにまでしたらセット完了!!

 

 ………それでは、レッツゲキガイン。
 ぽちっと主電源オン。

                               

『私の名はゴア 地球の征服者だ』
『マグマ大使 ピピピピピー』


(はにゃにゃや??!!!)  

 おおう、コミュニケが震えているよ、何て大音量。これでようやく目が覚めただろう。
 まぁ、まだ終わりじゃないけど。
 俺の名は(旧)テンカワ=アキト、これより君に地獄を見せる男だ。
 地獄を見せるのには俺達の時代から見てざっと二百年前の映像で十分だぜ。

(ア、ア、アキ……アキトさ……)

「GoodLuck」
 

 親指を立ててハンドゼスチャ。うん、垂直に立てるのが見栄えの一つ。
 ミルフィーといるとこういう事ばかり上手くなった。そして性格が少しずつ壊れてきた。

(え、そん………)

『♪アースが生んだ 正義のマグマ
 ♪地球の平和を 守るため
 ♪ジェット気流だ 新兵器』

(うにゃややゃゃぁぁぁぁぁ
 ぁぁっっ??!!!!?!?!?!)

 

 おおう、核ミサイル級のデシベルが目の前の空間で鳴り響いている。たまたまテレビに入
っていたのが不幸だと思って成仏して欲しい、南無、アーメン、後は知らん。
 まぁ、機械で構成されているから死ぬということはないんだろうが、辛いだろうに。
 辛いだろうと解っていて解ってるからこそそれを体感させるためにしたんだがな。
 別に此処まで来ると偽善者ぶって安っぽいヒューマニズムを振りかざす気は無いし。
 俺は程よく自己正当化を決めることに成功した。これでいいのだ。
 しかし。だがしかし。

「最初の『マグマ大使 ピピピピピー』の部分がよく解らん」

(マ……マッハで飛ぶ割には…現場…に辿りつくまでに時間が…掛かる原因といわれている
あの…笛の音色だと思いますけど)

「そういうこと言ってるわけじゃないんだけどね」

 

 あ、流石に復活が早い。まぁ、途中でマイクの回線切ったのかもしれないけど。
 まぁ、妥当な線で本体の電源落としたんだろう。その証拠に消えてるし、テレビ。

「やぁ、お早う。いい朝だね」

 何とか立ち直った彼女が俺の語調に合わせて淡々と応える。

(EDENの時代に創られてから幾年経過したかは覚えていませんが、これからの記憶に永
久に記録される目覚めだということは確かな朝ですね)

「うん。思い出が出来るということは素晴らしいことだよ」

(私はそんな事を行っているのではなく!!!!!)
 

 おお、やっぱり怒ったか。
 怒髪天なシャープシューターに対して電源切れているスイッチを再びON。
 いや〜……長々とお説教を受けるのは嫌だし、ちょっとした悪戯をしてみたくなったり。

   ポチッとな。





『♪SOS SOS カシン カシン カシン
 ♪飛び出せ行くぞ 大地を蹴って
 ♪今日もマグマは 空を飛ぶ (ゴア行くぞ)』





 スミマセン、俺が悪かったです。

 急速な展開へのギャップなのか、それともその爆音的な音量の大きさの所為なのか暗闇へ
と沈んでいく(ノイズ交じり)シャープシューターがそこにあった。後者だろうけど。
 ああ、それにしても一体多数で絶対的勝利を収める正義の味方ってやっぱり嘘臭いよな。
絶対にご都合主義だけで構成されてるだろ、あれ。ゲキガンガーもそうだったが、いざと言
う時には研究所から通信が入るか新武器出してくるかで…その設定自体が燃えるってのも在
るんだろうが…ガイの大量量産になるような展開は止めて欲しい。
 そもそも、マグマ大使は正義の味方だっけか?

(……綺麗……に、まとめないで下さい)



 間



「で、どうしてこんな白昼堂々優雅な昼寝の一時を過ごしてたの?」

(ゲキガンガー3の作品性についての話し合いを三日間寝ずに行っていたら…)

「もう一回逝ってくる?今度も有名台詞が聞けるけど」

(心の底より遠慮させていただきます)

 そんな他人行儀に遠慮なんかしなくてもいいのに。

「んで、どうだった?君から見てのゲキガンガー3というのはさ」

(はい。最初こそ純粋に話だけを感動しましたが、この数日間で何回も見直した結果……)

「マラソンじゃねぇかよ」

(違います!世界的傑作ともいえよう美的な遺産をこの目で鑑賞したいという欲望が勝って
いたのです!!)

 一話が三十分として約四十話近く総集編も含めてあるとすれば30×40=1200であ
る。でもんで一時間は60分だから1200÷60=20時間換算という計算になる。ふむ
む。そんでもってゲキガンガーを見始めてから今日まで約一週間、168時間もの時間があ
ったとならば、それらを20時間で割った場合、丸8回見たということになる。
 不眠不休かよ。

「あ〜、うん、何だね。立派なオタク魂が芽生えたわけだ」

(ですから違います!私は別にヤオイの渦には飲まれませんでした!!)

   どこで覚えたよ、そんな言葉。

「それで?見直した結果は?」

(またそうやって話を戻します〜)

 じつにからかい甲斐のある君にも責任の一部があるといっても間違いではないと思うぞ。
 凄くレアだし。この時代でのそういった性格は。
 純粋っ娘万歳。何の誇張も戯言もなしにマジで心の底から思う。レミータさんにはシャー
プシューターのレーダーの錆でも飲んでもらいたいものだ。
   ま、錆びてないけどね。コーティング強いし。
 磁石で無い点が非常に惜しまれる。

(コホン。それでですが、私から見てのゲキガンガーは…………)

「はいはい」

《燃え》でした!!)

 一般論をさんくす。だけど決定的に致命的に何かが違うと思う

 まぁ、そんなものだということか。【萌】でないだけ腐女子ではないという事であろう。
何だっけか?確か火星までの旅途中にヒカルちゃんが『今日は海燕ジョーの誕生日なのに記
念同人がまだ出来てないんだよ〜!アカラ×ジョー物!!』とか逝ってたんだっけか。
    ………『腐りきってるって、腐女子だって…それ』というのがその当時の感想。
                       まぁ、結局墨入れやらされたんだけどさ。

 それもまた…いい思い出だったのかも。
 

あぁ、ふとした事で結構昔の事が思い出せるな。もう随分前のことになるって言うのに。
この未来世界に着てからもう五年以上か。実際にナデシコに乗ってから以上の時間をこの世
界で過ごしてきたっていうのにやっぱりあの『俺が生きてもよかった世界』は影がない。
戻りたい、というのは決してこの世界に着てから変わっていない。だけど、未練を残さずに
この世界から発てるかと言われれば微妙である。現に今ミルフィーとの別れという大局的に
見て些細なことでこうしてウジウジ悩んでいる。
 それにまだ………決定的に心残りがある。
 俺は……やはり俺なのだ。
 俺でしかない存在なのだ。


「なぁ、シャープシューター?君達ってさ、決して一度覚えたことは忘れないんだよね」

(あ、ハイ。決して忘れる事はありません。何らかの衝撃で多少記録が跳んでもすぐに復旧
が出来るようになっていますから)

 まぁ、戦闘機自身が壊れても記憶は壊れませんし。と、ついでのように付け加える。
 成る程。バックアップの大切さというものか。

「その衝撃ってどれ程位?例えばさ、異次元の中に置き去りにされても平気なの?」

(そうですね。今現在明らかになっている次元論からすると【クロノ・ドライブ】を行うと
きに私達は一種の別次元へと出ます。これを専門家は【クロノ空間】と呼んでいますが。こ
の中には遮蔽物もなければ障害物も有りません。それに何かしらがあっても空間事態は有機
物・無機物ともに影響を与えません。ですから………大丈夫だと思いますけど)

「そっか」

 クロノドライブ……この世界の次元移動のことか、確か空間と時間と時空ってモノは同じよ
うなものであって質量から来る相違にしか過ぎないとやらで、まぁ難しい説明は兎も角別の次
元にわたってワープをするものだと考えていい。紋章機で例えていたけど、この説明の分だと
俺の危惧するのも杞憂にすみそうである。
 しかし、これは時空と空間は関係するが時間は関係しない。時間は過ぎ行くだけだ。
 なら、俺があのときに見た空間は一体何なんだ?
 あの子達と一緒にいた空間は虚構だったのか?
 それは無い。
 現実だった。
 ならば、何かしら説明がつくはずだ。

「もう一つだけ変な質問するけどさ、これにも真剣に答えて欲しい」

(ハイ、何なりと。下劣でない限りは)


 俺は日頃この子に一体どう思われているのだろうか?ちょっと聞いてみたくなった今日。

「【ドラえもん】のタイムマシンってさ時空間のみならず正に時をも越える超越した空間を
越えているわけなんだけどさ。あの中では年をとるんだろうか?あの中は時こそが空間であ
ってその時は周りにのみ作用していて自分には作用していないんじゃないだろうか?」

(考えたことがありませんね…と言うより何故此処で世界名作を持ち出しますか?)
 名作化してるのか……迷作?個人的には謎作だが。ひょっとして冥作。
「いや、いいから。で、君の見解は?」

 シャープシューターの言うことには恐らくは永久にそのままだと思われるなんだそうな。
例え肉体が稼動していてもそれを未来へと繋げる時というものからそれは外されている。恐
らくはその『時』に動くものすべてが永久機関へと変貌するというらしいんだが。

 成程。

 そっか、永久か。ならば……ずっと彷徨っているんだろうな、あの子達は、俺の家族は。
なぁ、君達にはどうやって会いに行けばいいのかな【ディア】【ブロス】。
 見つけたいのに見つけれない。場所はわかっていても特定できない。

「ロジカル、だな。不条理で答が見つけにくい」
 

 見つからないかもしれないと悲観的絶望を持つ自分を排除。
 そして見つかるであろうと楽観的希望を持つ自分を自粛。
 ならば、答えは0であって∞。要は…………
 0以上∞以下になるまで頑張ればいいって事だ!!
 月に一回ポジティブ精神!

(何がです……って、お約束ですね……)

「ん?」

ピンポーン ピンポンピンポピンポピ〜ンポ〜ン
 コンコンコンコ、ンコンコ、ンコンコン、コン!
   ツツ!ツツ!    ガンガンガンガンガンガン

 俺の家の玄関先でゲリラライブが発動。ただし、首謀者はかなり割り出せれるけど。ノッ
クパーカッションかよ。結構レベル必要なんだぞ。素人は出来ないという前にさ、ね
 ………五月蝿い。かなりのレベルで五月蝿い。むしろ姦しい。一人だけど姦しい。
   女三人で姦しい(=かしましい)とはよく言ったものだ。
 全くもって単独オンリーだが。
 

「はいはい……今出ますよ」

 仕方ないので玄関に直行。このままだとこの家を出る前に玄関のドアを全面修復しなけれ
ばならなくなる。あくまで借家なんだぞ、その辺の限度をしっかりとわきまえて欲しいよ。
 修理費は全て白き月から出るとはいえ元は血税だ、あまり考えたくはない。
 磨り減る前にドアを開けておくか。寧ろ凹んでいるだろうが。コッチから視ると凸。

 そうして、俺がドアを開けると、そこには笑顔満面で突っ込んで来るミルフィーがいた。
 美しい放物線を描くフライングxチョップで。
 この際どうやってそれほどの跳躍をしたのかとか助走は?とかは気にしないでおく。
 きっとボソンジャンプでも身に付けてるのだろう。遺跡を動かせそうな性格してるし。
 ………先祖は古代火星人かい?
 まぁ、ボソンジャンプしたとしても放物線を描くのは無理だけど。
 

「ふぁーすとやっぴー!!今日も今日とて来ちゃいました〜〜〜」

「そんな攻撃(的動作)、避けて見せる!!」

 ひょい、と表現するに相応しい避け方をしてみる。

「って、え?よ、避けないでくださ〜〜〜い!!!」

「ゴメン。俺の動物的な危機本能が勝っていた」






 嘘だけどさ。

「どうしてこういう一瞬の間なのにこうして言葉が交わせれるんですかね〜?!」

「そう思うんだったらとっとと着陸してくれ」

 美しい放物線を描きながらミルフィーが床と運命的な出会いを果たす。よかったな、運命
の王子様が迎えに来てくれたぞ。表面は冷たいけど身持ち硬くてしっかりした王子様だ。
 白馬には乗ってないけどしっかりと世界が認める白いタイルだぞ、この幸せ者め。

ズサササササァァァァ

 死ななければ大体は大丈夫であろう。顔面から思いっきり突っ込んでるが、まぁ、その、
何だ。こういうことがあってもキャラクター的に傷は付いていないのが世の中の常だし、常
識だしさ。再び言うがまぁ、死にはしないだろう。

ガン  「むぎゅ」

 床との摩擦があってもその威力は消せなくてバリアフリーというものがどうしても活かし
にくい玄関先との段差に素晴らしい速度で頭をぶつけていても大丈夫であろう。こういうと
きでも決して血は出たりせずに絶対頭にいつ貼ったんだよという絆創膏をつけるってのが世
の中の常だし、常識だし。再々言うがまぁ、死にはしないだろう。
 まぁ、ピクリとも動かないミルフィーに対して俺はすることは一つ。

「今日は早かったね、まだ学校が終わるような時間じゃないんだけどさ」

「それは正確な対処ではありませんよ〜」


 頑丈な彼女に敬意を表したくなってきたりなかったり。

「ミルフィーが無事でお兄ちゃんすっごく嬉しいな」
「何で句読点が一個も入ってないんですか?!」

 気にするな。
 話をとりあえずそらしてみる。

「そういえばさ、この間OPENした店の数量限定ケーキがあるんだけどさ」
「チョコですか?バニラですか?」

「バニラです。他にも諸々」
「クリームですね」
「バはヴァじゃない上にアイスではない」

 ケーキなのさ。
 あぁ、単純で扱いやすいって娘ってすっごく大好きだ。ちなみに俺はペドでもなければロ
リでもないことを此処に注記しておく。注記って言うか絶対事項である。前回のことも含め
るがあくまで好きだというのは【妹的】である。そんな恋愛感情とはかなり激しくベクトル
が異なる。俺の好みは自分でも把握してないがそういった特性はないことだけ確かである。
 ……今誰かが【まぁ、世間体なんか気にしなくたっていいのに】って言ったような気が。


 んで、しばらくして


「ふぅ、まさかこんな所で美味しいものが食べれるとは思いませんでした」

 俺の住む家をこんな所扱いですか。

「美味しかったですねぇ……あのミルフィーユ」

 共食いだね。

 ああ、素晴らしき湧き沸き会話。何でこんなに湧いてるんだろう俺達ってばさ。
 もう少しいい会話が成立してもいいような気がするけど、本当にどうなってんのやら
 でも、まじめな会話になるとしたら………別れの話題になるしかないし。
 よし……覚悟を決めるか。
 まずは…………何気ない会話から……………
 では、これよりスタート!

「ところでさミルフィー、もう八時半だぜ?登校時刻とっくに過ぎてるぜ、いかなくちゃ」

 しょっぱなから遠回しな『帰れ』宣告。
 馬鹿か、俺は。

「学校に通ってないアキトさんが言えた台詞じゃないです、いやまぢに」

 痛いところ突くな、おい。

「実は学校になんて通わないでいい法律があるんだ」

 嘘吐きは変人の始まり。
 もとい、
 嘘吐きは嘘吐きの始まり。

「何ですと?!」

「まぁ、俺はすでに大検を持っている完璧超人だけどね」

「………」


 うわ、白けられた。痛い、痛すぎるってばさ、その視線。ご免ゴメンってばよ


「で、どうすれば学校に行かなくてもよい事に?!」

「そこは白けても良い場面だったんだけどね、て言うかそこが」

 相変わらず感受性が豊か過ぎる子である。
 うんうん、理解できねぇ。解った瞬間に違う世界への出発点が出来るっぽいし。
 さあ出かけよう〜、一切れのパン〜、ランプ、ナイフ、鞄に詰め込んでってか?




「で、ミルフィー君。学校をサボるのはいいけど、よっぽど担任も放任主義なの?」

「違いますよ〜、今は学級崩壊しちゃってるので胃潰瘍起こしてるんです〜」

 学校全体のレベルで放任かい。
 最近の小学校ってのは一体どういう教師が国からお給金貰って過ごしてんだ?
 俺の時代のころは………しまくってたな。
 ああ、佐藤(仮)先生、今頃というか昔頃元気にしてんのかな〜。
 個人的には胃腸ばっかり押えていた記憶しかないけど。
 ついでに火星にあのまま在住していたら圧死か爆死か焼死は逃れにくいけど。
 ……鈴木だったかもしれないな、ひょっとしたら鈴籐だったかもしれないな。

「だからこそ抜けても単位だけはきっちりともらえるのですよ」

 まぁ、いいけど。俺は殆ど無学に等しいし。専門的なことしか解らないしさ。
 その点軍学校出たほかの皆はしっかりとした学を披露してたっけ、まぁ、生かしてなかっ
たけど。学歴社会なんて潰れてしまえばいいんだ。それがナデシコ魂なんだ。
 能力さえあれば乗ってもいいんだよ!途中乗艦だった俺の台詞でもないわな。
                       能力無かったけど、何でいたんだろう。
                                 モルモット?

 ちょっと悟ってしまった今日この頃。
                               

「でもでも、しっかりと授業内容は解ってるのですよ」


「ふぅん、じゃぁInversion Formulasを答えよ」


 ちょっとした意地悪をしてみたり。


「f (n) = Σd|ng (d) ⇔ g (n) = Σd|nμ(d) f (n/d) ( = Σd|nμ(n/d) f (d) )ですね!!」


 意地悪を皮肉で返さないでよ、てか何気に優秀ですか、君?!


「駄目ですよ、馬鹿にしようとしても……これでも灰色の脳細胞をもってます!!」

「ああ、血行が悪いからどんどんと灰色に赤黒く」

「アキトさん、少女を苛めて面白いですか」

 

 沸き会話がどんどんと逸れていく。しかもマトモな方向じゃなくて……どんどんと電波方
向へと一直線。途中分岐点のどこを間違えたかな、もう一回セーブ場所からロードを。
 20%…40%……よし、ロード完了。
 では、再々だが気を取り直して。


「んなこんなで私は本日運動会だったりしちゃいます!!!九時半登校万歳!!うぇい!」

 ロード失敗です。セーブデータがなくなってしまいました。
 

「疾風のように現れて疾風のように去っていく君はいったい何者ですか」
「誰もが知ってる夢の人、レインボー仮面です」
「それは月光だ」
「一緒の様な者ですって」

 徹頭徹尾に違う。
 それよりもレインボー仮面すらも知っているこの子は一体何者よ?!
 このままで行くとキャプテン・ウルトラでも登場するのか?ゴールドライタンとかも。
 意外中の意外で踏み切り戦士シャダーンという二段落ちもあるかもしれないが。
 いやいや怪傑ハリマオも………誰も知らないとは思うけどさ。
 冗談を抜きにすればゲキガンガーを知っている可能性がある。

 俺だってナデシコの娯楽施設見なければ知ることは無かっただろうしさ。
 ガイに連れられ二転三転、とりあえずありとあらゆる種類を見させられた。

「自分でも珍しいことに今日は級友の娘と一緒にジョイって見ようかと思います!!盗んだ
バイクで走り出せって感じですね!!」

「へぇ……友達いたんだ。ある意味意外かも」

「アキトさん一人もいませんもんね〜、私がいないと一人ぼっちですよ〜」

「年上を苛めるのはそんなに楽しいかい?!」

 父さん、この世界ではすばらしく女性の個性が尊重されているよ。女社会というか、かか
あ殿下というか、何気にその影響がこんな年端も行かない子供にクリーンヒット。


「一人もいないって………ミルフィーは俺のことを友達って思ってないのかい?」

 そこまでの関係じゃなかったということですか?


「男と女の関係です」

「は?!」


 

 思わず完璧に空間がフリーズ。ふとコミュニケを見るとシャープシューターが猛砂嵐中。
完全に再起不能状態。三つのキーを押しても応答なし!!いや、無いけどさ。
 WIEEEWEI!!!全ての学問が平伏しちまうよ、その威力!
 さっすがミルフィー、俺に言えないようなことを平然と言ってのけるぅっ!
 そこに呆れるぅ!!泣けてくるぅっ!!

 …そして時は動き出す。

「ですから、男と女の関係です」

 誰もアンコールしてねぇよ。

「待ってくれたまへ、ミルフィーユ殿。一つ尋ねるがそちはどの世界でそのような言葉を会
得したのじゃ?」

 言語システムが突然の攻撃に大破しているがお構い無しだ。

「学校でですよ〜、保健の先生が親身になって相談を受けてくれるんです。本当にいい先生
ですよ〜、うんうん」

「変わった保健室だね」

 って言うか異常だ。異常だ異常だ!!

「そこで私は訊いたのです!いつも真っ黒黒輔なファッションセンス0で一週間外に出て行
くかヒッキーになるかどっちかしかない生活習慣最悪な近所の兄的存在人と私の関係を一言
で表すとどうなるかと!」

「君が俺の事をどう思ってやがるか解った気がする」

「そしたら保健室のお姉さんは言ってくださいました!!『そんな、もう、一緒にお風呂ま
で入って一緒の布団で寝たんでしょ?なら、もう……』と。」

 アブネェよ、小学校の風紀システム
 侮っていたな子供の情報源。誤っているよ学校の教育システム。謝りたくなってきた昔を
代表して。こんな社会を作り上げたのはある意味俺達の世代の責任かもしれないしそれより
前かもしれない。だけど、事実に真実に現実に嫌になるほど嫌になっても嫌なのに存在して
実在している未来である今が俺の網膜に映ってやまない。
 どこでどう世界は選択肢を間違えたのだ?
 何、ひょっとして《それが、世界の選択である》って言う世紀的発言?!

 ……ったく、まぁ、もう、本当に。

「どうしました?えらい落ち込みようですけど」
「そこでそれを訊くかい?」
 思わず行に間が開かないほどに尋ねる。
「既に聞いているのにその原因を問いただすのはすごく不毛な行為だと私は思います」

 君の責任である可能性が100%超過中。故に責任は君であると断定いたします。
 あ〜、頭痛い。何でこんなサイコさんで不思議少女とある意味関わっちゃってんだろ。
『そう思ってんだったら悩む必要ないじゃん。とっとと縁切っちまえよ』
 俺の中の悪魔的存在が耳元で甘美であろう言葉を投げかける。それは確かに一時的な悩み
はなくなりそうだがやっぱり色々と後悔が生まれそうだ。聞かないでおこう。
 兎も角、今は何とかしてこの目の前の人間型精神破壊兵器を黙らせよう。

「ミルフィー、俺は確かに君を近しい者と考えて寝たりもしたけど、だけどさ。その先生の
言う『関係』って物は君が予想も出来ないものでさ。その………ね、圧倒的に絶対的に違う
んだよ。寝るとは言っても君が今俺に対して言い、そして俺が今言った寝るというものはた
だ、一緒に隣り合って着衣を万全にした上で横になり睡眠をとるということを此処で確認し
ておく」

(……アキトさん……そう、そうですよね)

 シャープシューターようやく復活。




「ツナガリならありますけど」




 数秒間の時の停止は僕らに別の世界を映し出す。
 そうか……俺はこの世界を壊さなければいけなかったのか、宿命が目の前にある。
 壊してやる壊してやる壊れてやる壊れてみるのが面白いかもしれないし。

 

 僕らは皆狂ってる〜♪狂っているから笑うんだ〜♪僕らは皆狂ってる〜♪狂っているから
嬉しいんだ〜♪手の首を大胆に〜♪リスカしてみれば〜♪真っ赤に流れる僕の血潮〜♪蚯蚓
だって〜!螻蛄だって〜!アメンボだって〜♪皆々狂っているんだ〜戯言なんだ〜♪
 壊れモードまっしぐら突入ってるのが自分でも認識できちゃったりする。
 って………


「まぁ、ご近所繋がりですけど」
「(ったり前ぇだろがっっ!!!!)」

 現実世界に強制召還成功。これは喜ばしいことであってそして人類の大きな飛躍ともいえ
よう。我々は偉業を成し遂げたのだ。有難う人生!有難う現実!有難う理想!
 世界は狂ってなんかいない、狂っている笑いは歓喜の笑いなんかじゃないんだ!
 時よ動き出せ!そして永遠にその歯車を絶やすな!

 嗚呼、素晴らしき哉人生!

「う〜、でもでも一応はツナがりですよ〜、それとも私はアキトさんの何なんですか〜?」

 まずは正しい漢字変換を行ってくれ。えらい違いだ。
 ちょっと間違えれば色々な意味で世に出せない系に変化してしまう。

「『THE・ガールフレンド』。可愛い妹みたいな友達といったところかな」

 決して、そんな気違いで場違いな上に鬼違いロリータ属性の恋人とは思ってません。
 俺は少女という特殊属性にセックスアピールを見つけることは出来ません。無理です。
 不満そうなミルフィーをとっとと玄関まで送り出しておく。このままでは水掛け論だ。
 応援しに来てくださいね、とせがむミルフィーに相槌を打ちながらの見送り。急げお前。
このままだと100m8秒の世界新に挑まなくてはならなくなるぞ。それは無理だろう。
 ともあれ、運動会ってのは友達と親睦と友好を高めるのに絶好の機会である。
 そして……彼女にはそうして友達を見つけて欲しい。より多く。

   俺がいなくても全く持って大丈夫なようにさ。

 ミルフィーに友達がいるんだってなら、俺は別にいなくてもいいな。
 友達ってのはいつの間にかいなくなってるものさ。
 別に死に別れない限りは覚えてるというわけでもないんだけどね。
 兎にも角にも、これで気兼ねというものが少しずつ無くなってくかもな。

 そう考えるとどこか肩の荷が落ちたような気がしてきた。
 落ちただったか降りただったかけは俺の酌量ということで。
 ちょっと喪失感があるような気がしないでもないが、別に気にしなくてもいいだろう。
 俺だっていつまでも子供じゃないんだ、もう別れなんてものは受け入れることが出来る。

 

 嫌な感じに大人に成っていこうが成っていようが、この際は関係ない事にしておくけど。
 ちなみにこの場合必ずどちらしかにならないオマケ付だ。

「………ニュースでも見るか。もう三分クッキングは終わってるし」

(残念でしたね。もう数分前に終わってしまいました)

「あ、でも昼前に、も一回入るか」

(若い身空で一体この方は何を見られてますかね)
  

 何気にギャラリーがうるさいがそれに対して反発する気力も今のところは沸き起こらない
のでとりあえず無視しておく。人が一体何を見ていても自由だと思うのだが、その辺はどう
なのだろう。シャープシューターも最近はゲキガンガーばかり見ていたし、俺はもっぱら料
理番組とニュース、後は暇つぶし程度にしか見ていない。
 まぁ、最近は何かとごちゃごちゃしていたのでそれらすらも見てなかったんだけどさ。
 今度白き月でゆっくり出来たら将棋なんかいいかもしれない。最近静かなブームだ。
 まぁ、つまりは流行ってない事なんだけど。
 しかもマイブーム。
 ちなみに世間の今の流行はチェスだったりする。

 まぁ、流行その他含めて情報収集はニュースに限る。

 情報は世界を制すというからな、一応は見識を広めておかなければな。
 ニュース見るだけなのに此処まで戯言りながら俺はスイッチを入れた。
 自分が余り興味の無い事に情熱を傾ける為には自己暗示から始めなければならない。
 そうまでもして見なければならないものではないのだが、今まで時間が押し迫ってくる感
覚に悩まされていたので、時間の浪費をしてなかった反動が来ているのだ。
 ただ、何となくそれを見ただけだった。
 しかし、それは何となくで終わるような作業ではなかった。

 そこには、あまりにも歪な映像が映っていた。
 別に砂嵐だとか白昼堂々と男同士の絡み合いが映っていた訳でもない。
 ごく、普通のニュースである。
 だが。
 画像に写っているものは綺麗な直線しかり曲線、ついでに言うならば物理空間上の点と点
との集合体を描いているが、どういうのか、無いものが在る感覚は。

『……それでは、次のニュースです。この度皇国立博物館にて新しく聖域展が出品されるこ
とになりました。この試みは皇国史上初のことであり、出展には……』

 へ?

 待て。
 何だこれは。
 どうして一週間前にあれほどの損害を被ったはずの博物館がこんな短期間で立て直されて
いるんだ?何故?!解らない?!理解不能だ?!
 こんなことはありえないんだよ?!普通ならようやく再建の案の採決がある頃だろう?!
 …駄目だ…俺一人で考えても埒が明かない。

「ありえないよ…シャープシューター………これは一体?!」
(うわ〜、凄いですね。まさかあの聖域惑星の出展だなんて、珍しいですね)
「?!」

 この娘は一体何を言っているんだ?バグか?故障か?天然ボケだって此処まではないぞ。
おいおい、さっきの記録は忘れないってのは嘘かい?君は覚えているはずだろう。しっかり
とそのAIに記憶しているはずだろう?!
 それなのにこの反応は一体何なんだ?!
 疑問符を通常の倍使っても落ち着かない、ならば、答えを求めるまでだ。

(しかし……ありえないと言うのもどうかと思いますが、文化交流が報われたというのに)

「俺はそんな俗な事をいってるんじゃないっ!変じゃないか?!オカシイじゃないか?!異
常じゃないか?!どうして一週間前に大破した博物館が……」


 動揺して慌てふためく俺に、彼女は当然の如くと言わんばかりに言い放った。





(何を仰ってるんですか?創設以来博物館にその様な事は起きていませんよ)





 何かが圧倒的に違う。歪んでいるんじゃなくてずれている。一歩分かもしれないけどその
一歩の大きさが計り知れないレベルでずれている。
 一瞬、パラレルワールドという言葉が脳中にフラッシュしてすぐに消える。有り得ない。
 今までに味わった事の無かっただけでこの未来の建築技術は高レベルであの程度(6割大
破)は大破という損害でないのかもしれない。
 しかし、それもすぐに消える。
 一応………自分だってこの世界で数年間生きてきたのだ、ある程度の常識は一通り身につ
いているし、勝手だってわかる。そしてその経験に裏づけされた中にこの異常は無い。
 

 じゃぁ………何なんだよ?
 なるたけ平静に勤めながら、俺は尋ねる。

「シャープシューター……落ち着いて聞いて欲しい。これには確認の意味もある」

 いぶかしむのが目に取れて解るが返事の有無を確かめずに先を続ける。

「君は今、ゲキ・ガンガー3という映像を記録している。まず、それは確かだよね」

「はぁ」

 それがどうかされましたか、とでも言いたそうなシャープシューター。
 恐らく本当に今の状況の異常さが解っていないのだろう。
 その理由は不明だが、解っていない、いや、覚えていないのなら思い出させればいい。
 

「俺にその旧文明の遺産『ゲキ・ガンガー3』をどこで手に入れたのかを教えて欲しい」
 思いつく限り過去という名の当日に干渉できる材料を出す。
 これで……開けるか?
 返ってくる言葉次第だが。

「何を仰っておられるのですか。これは頂いた物じゃありませんか」

 記録の捏造か。いや、彼女の場合は記憶か。どちらにせよ干渉を受けている。
 俺自身が干渉を受けているのかもしれないが、それでもはっきりさせておくに越した事は
無い。とりあえず、自分の手札をどんどん出してってみる。但し切り札的存在は最後まで持
っとく。

「頂いた?誰にだい?何処でだい?どうやってだい、これは旧文明のものだぜ、個人間での
贈与なんてあるものか。そう、博物館にあるのが最も相応しい」

「え?だって、ほら、ね?あの時はアキトさんも………」

「俺にはそんな事実は記憶されていない」

 人間で言う刷り込みみたいなものか、もしくは洗脳といったところだろうか。どうしてか
は知らないが博物館には一切触れないように記憶を捏造されている。
 誰の仕業かは知らないけど、恐らく博物館の復元もこれと同じであろう。
 俺には一切干渉せずに変わってきている。
 何かが誰かが何のためにかで、関わってきている。

「これはもともとは誰の所有物ではなかった。旧文明の中の更に中に埋もれていたんだよ。
どうして君は覚えてないのかは不思議だけど、一週間前、俺達は博物館でその記録を手に入
れた」

(え……だって、博物館なんて一回も………)

「行ったよ。先週の日曜日にミルフィーに半分強制的に連行させられて」

(私は……私は…………)

 ほら、思い出せよ。あの時の事を。
 

(行った!……そうだ!私は確かに行った?!え、どうして?記憶が二つ……)

 ようやく思い出したのか、それとも実は俺は凄いレベルの洗脳能力有者であっちの意識に
干渉をして記憶の捏造を故意に行ったのか。どちらかなんて確かめるまでも無い。
 俺が正しかった。そして、干渉されてた方はしきりにぶつぶつと呟いている。
 そして………あのときの一番重要な記憶に辿り着く。
 何故他人のことがそれだけ解るかと言うと、呟いているからだ。
 当たり前だ。

(あ……あの時に…アキトさんが……旧文明の……兵器に乗って……)

「そう。そして、その後にどうなった?」

(あの後、あれ、あれれあAREAAHHHAHAHAHAΥεΨΩθζΧεηκλμε」

「げ、何?!ちょっ…ストップ!!」

 

 とっさに叫んだが時既に遅し。完全に凍っちゃっている。呼びかけても一切の応答なし。

 完璧、パーペキ、パーフェクトにフリージング。
 現在進行形ってところが泣ける。

   脳裏に『今日から楽しいパソコン生活!ただしケーブル未接続っ!』みたいなっ!!とい
う言葉が瞬時に出てきた。我ながらインスピレーションが豊富だと思う今日この頃。
 ………言葉遊びって人類が考え出した遊びでも一番引きこもりやすい遊びかも。
 通称、『Project=Mi-kox2』

「って!ンな事考えてる場合じゃ無いし!すぐに復旧、復旧ぅっ!!」

 だああああぁっ、全然解らないけどやるしかないだろうに!確かリンクが張られている状
態だったらIFS使って何とかなるんだっけか?プログラム面全く手を突けた事が無いんだ
よ!
 八方手塞がり!しかし俺はそう簡単には諦めたりはしない!
 そう……とりあえずは……

【螺旋回し】(=ねじまわし)英読みでドライバーとも言ふ。

 これでっ!!!!














 あう。ツッコミが入らないと悲しかったり。
 突然『WEREEEEEEEEEE!!』って叫びたくなってきた。
 もしくは『ヤル気の無いテメェらは全員肉の塊だ!!』
 どちらにしても補導間違いなし。

 もう、秋に差し掛かってきたのかなぁ、空気が何だか冷たいを通り越して寒いよ。
 いやいや、そういった一人乗りツッコミをしている場合じゃないんだ、ボケ倒しだが。
 こんな時には適材適所!
 専門的なことは専門の人に回せばいいんだよ!!

   自分がパニクッているのを自認できてパニクれるのは習性だろう。

 あまり掛けたくも無い番号だが、血を吐くような思いで断腸の思いで身を引き裂くような
思いでスペアのコミニュケを使う。……うわ、マジで掛けたくねぇ。
 そして、着信一発で取ってくださいやがった。

『うぇぃっほ〜い!やっぴー、おひさの二乗倍だね?!あ〜ちゃん!!』

「あまり掛けたくは無かったのですが、緊急の用事なので掛けざる終えなくなりました」

 結構我ながら冷たく言い放ったのだが全く意に介した様子も無くテンションをどんどん段
々とkm単位で上げてってくださる我らが整備班班長。鰻登りか、たまには下れ。
 史上最悪であり永遠の子供であり金色の悪夢であるその名は・・・・・レミータさん。
 俺はそこそこ経験を積んできた人生の中でもトップクラスの変人である。
 だって信じられないっての、ユリカや北辰が霞んで見えるって言うか透明人間クラス。
 確実にナデシコで馴染めるタイプってか、確実にナデシコを征服できるタイプ。

 掌握じゃなくて征服。

 性格は疾風怒濤かつ唯我独尊かつ天変地異かつ震天動地かつ天地創造かつ何故か天地無用
な素晴らしき性格である.そもそも人間を表す言葉じゃないのが入っている時点でおかしい
のだが。たまの休みともなると娘を脇に担いで宇宙ハーレーダビッドソンを乗り回し、途中
で宇宙暴走族に会っても逆に敬礼されるような無茶をやってのける。最近見て笑った本が『
百万回生きた猫』……書店でベストセラーを記録し続けているある泣けるはずの人気本だ。
 どこぞの娘曰くは泣かないと人間じゃないそうだ。
 まぁ、どこぞの阿呆で無い限りは泣くのだろう。

 彼女曰く
『いや。だってさ、死ねねぇのよ!で、また生き返って死にまくり!それでも人生ってか自
分すらも嫌いってるイカシまくってるネコがさ、♀ネコに惚れたら死んじゃうの、で、もう
二度と生き返らなくなっちゃうのよ?!ばっかみてぇ、だったら最初から生きかえんなつ〜
のさ。むしろアタシに頂戴って感じさ、一言言ってやりてぇわね。

【『おむかえ』が来たというわけだよ】

 ってね。きっと悔しがっちゃうだろうさ、うふふふ。わ〜いレミちゃんって嫌な奴〜』
 だ、そうだ。
 ママン、ここに精神異常者が一人いるよ。

『い〜ジャン、い〜ジャン!別にこのレミちゃんとあ〜ちゃんの熱い蕩ける様な仲じゃにゃ
いか!いや、そんな別に『僕の体を差し上げますから』なんて台詞言わなくても話を聞いち
まうJANG!』

「切りますね、切りますよ。はいまた次話」
『嘘吐き!次話で絶対に出番無いでしょ!!』
「気のせいです」
『これより始まる全銀河エリアでのあ〜ちゃん生活記録日誌』
「すみません、もう絶対にしませんので許してください」

   本気で掛けなきゃ良かった。
 一分一秒がマジでかかってるかもしれないのにこんな精神が多少ぶっ飛んでる人のせいで
無駄にしたくない。せめて副班長さんがいてくれれば何とかなったかもしれないのに。
 いや、案外いるかもしれないな。変わってもらおう、即急に!
 その旨を伝えてみるべし。

『ふぁん?副班長ちん?ああ、今は引篭もってるから面会謝絶中だよん』

 何でよ。

『………副班長って言う呼ばれ方しかされない自分が嫌になったんだってさ』

 ぐはっ!

 珍しくレミータさんもだんまり。うわ、考えたことも無かった!
 あ〜、名も無き一般キャラってわけでもなくて台詞もしっかり用意されてるキャラだって
のに全く持って目立ってない。当たり前だよ。名前なんてもんが存在してないんだし。
 まぁ、それでこそ副班長だったのだが。

『まぁ、そのうちに自分のキャラ特性に気づくでしょが』
「酷い意見のようで鋭い意見ですね」

 この件にはこれ以上触れないようにしておいた。
 流石にこんなロストしておいたものを掘り返すと色々と問題が起きてきそうだし。
 永久封印、永久封印。

『そ言やさぁ、ちいとばかし背ぇ、伸びたんじゃにゃいの?御立派×2!』

「そうですかね?まぁ、レミータさんが言うからにはそうなんでしょうが」

 どこをどうやってかメディカルスタッフより俺のことを知っているこの人。
 何で知っているのかは不明。
 白き月にいた頃に色々と抱きつかれたり、そのほか諸々やられていた記憶があるが……。
 それか!!
 ひょっとして人間メジャー?!

『今度正確なデータ取らしてねん、あ〜ちゃん成長日記に加えたいし』

 抱きつくんかい。
 そしてそれをデータとして保存しておく危ないこの人。

『そういえばさ、うっかりさんと一家離散って一文字誓いで大違いって感じだねん』

 関係ねぇっす。

 その後、俺はレミータさんと十数分ほど談笑していた。最初こそ多少湧き会話でテンポに
乗り遅れたものだが久しぶりにこの異常人と話すのも悪くは無いということを思ったような
気がする。白き月にいた頃はそれこそ毎日毎日がこんなテンポだったので少し迷惑のように
も思っていたのだが、こう、しばらく離れてみてから再び話してみると多少感じが変わる。

 

 何も考えなくても自然に頬の筋肉が緩んで、何かを考えたように見せかけてすぐに笑いを
与える。笑ってふざけておちゃらけて目じりに涙が出るほどまでに笑い尽くして、無茶苦茶
面白くて、何もかもを忘れるようにテンションを上げて、曖昧じゃない笑みを浮かべれて、
本心から幸せだと思えるような時間を共感できて、──────ちょっと真剣な話をして─
─────楽しかった。
 ああ、結局俺もこの雰囲気って物が好きなんだろうな、ナデシコみたいなこの空気が。
 

 ちょっと、いや、結構な幸せを得れた気がする。



『んじゃま、時間取らせちゃったようだに。何か用あったんじゃなかったの?』

「ん〜〜、在ったかも知れないけど忘れちゃいました。ま、その程度の用件だったようなん
で別段気にしなくていいですよ」

『そっか。なら、来月くらいは顔見せてよね。整備班の皆、すっごく心配しちゃってるぞっ
!この心配者めっ!…っと、かく言うレミちゃんも心配しちゃってたクチなんだけど、元気
してるようでよかったさ。へへへっ、元気っ子らぶ〜』

 あ、なんかジーンってくるかも。
 不覚にもレミータさんが滅茶いい人っぽく感じる。
 なんか今だったらいい人だと断言してしまいそうだ。
 涙出てきそうだから、何とか保とう。
 冗談交じりの軽口でも。

「は……ははっ、んな趣味も相変わらずのようで。でも、何で来月なんですか?そりゃぁ、
もう一週間もすれば来月になっちゃいますけど……今月は帰ってくるなと?」 

『……ふ〜。何を言ってくれちゃってますかにゃ、この子ってばよ。ほらほら、来月の初め
はさ、あ〜ちゃんが初めて整備班に来てくれた特別な日なんだよ。だから毎年お祝いしてん
じゃねぇの!主役が来なかったら話になんないじゃんか〜!酒飲めね〜!』

 ヤバイ。涙腺が何気に限界。
 悟られぬように苦労をしながら挨拶をしてコミュニケを切って、天井を見上げる。
 




 俺は幸せ者だ。本心からそう思えた。




 少しだけ流れかけていた涙を拭って、少しばかりの感動の余韻に………








「って、シャープシューター忘れてたぁっ!!」

 浸れなかったり。
 こんなに重大な用を忘れられる俺にちょっとばかし反省。
 むしろ猛省。
 人生の記念Lvなアルツハイマー。
 これはイカン。
 は、まさか!!新手のスタンド使いの攻撃を受けている可能性が?!
 

「うわ、うわ、わわわ!あんだけしんみりと別れたのに此処で、も一回掛けんのは最悪だし
 かと言ってんな下手な体面に拘ってる場合でもなかろうし…あ〜、まずった!!」







 どしよ、この後。ちなみに現時刻十時三十分ちょい。
 此処がもしもナデシコか白き月だったらウリバタケさんもしくはレミータさんがご都合主
義を振りかざしてスパナなり、ロストテクノロジーの応用などで何とでもなるのだろうが。
 今は何ともならない状況だし。

『そんなアキト君に乾杯』

「のわぁっ!!」

 吃驚した。
 驚いた。
 驚愕した。

 寧ろ、したくもなる。びっくりを漢字変換で吃驚ってするクラスだ。
 この世界の国民の象徴であって聖母であるシャトヤーンそのものがいきなり背後に現れた
ら誰だって吃驚するに決まっている。今のこの状態をお隣さんとかが発見したらどう思うの
であろうか。確実に引くこと請け合いだぞ。多分、その前に気絶するだろうけど。全く、こ
の世界は何で聖母をあそこまで信仰するかな。まぁ、天恵なり色々とやってる上に美人だし
声綺麗だしスタイルいいし潔癖(偽)なんだし、………性格知らなければいい人だしねぇ。
 いや、性格がね。
 そう、性格。
 知った瞬間に皆揃って逃げろ!逃げろ!!
 ……って、よく見れば立体映像だ。

『あらあら……貴方が何を考えているか手に取るように解る様な気がしますね。』
 解らないで下さい。
『この気持ち、解って下さいますか?あ〜ちゃん?』
「いえ、解りたくねっす」

 

 ヤヴァい。俺の事をあ〜ちゃんって呼ぶとはマジ怒りモードだ。

 

『誉め尽くしてくれるのは嬉しいのですが……最後の性格ってのは……ね?』
 しっかりと距離にして地球と月の間があるのに読心術。
「報告しないで下さい」


『少し・・・躾が必要ですかね』
「スミマセンでしたゴメンなさいもうしませんのでどうか許してくださいませ。」
『薔薇の園のチケット、取っておきますね』

 念の為に説明しておくとこの場合の薔薇の園は『オホホホ、つかまえてごらんなさ〜い』
『あははは、待ってよ〜ハニー』的な古典を通り越した古代精霊語級な表現に用いられる文
字通り真紅な世界が広がる無限の花の園の事ではない。決して無い。簡単に説明すればホモ
だ。ホモ・サピエンスでは無くて男性同士が相思相愛であることを言う。日本語風にいえば
男色だ。ちょっとした男と男の友情を通り越した愛情を確かめ合う社交場の所である。幻惑
友愛惑星『ホームォヴィァン』。二度と行くものかと心に誓っている場所だ。
 心の傷が未だに残っている。泣きたいっす。
 レミータさんが引くのをはじめて見た記念すべき場所であってオカマさんに高い高いをさ
れた屈辱の場所だ。されている間ずっと『他界他界』と聞こえていた。実際に逝き掛けた。
 ああ、思い出すのはあのかみそりでつるつるにそられた無骨にぶっとい腕。そしてシリコ
ンが詰まった妙な感触なあの感触…………気が滅入ってきた。
 ともあれ、ンナ事をされるくらいなら雷か地震の方がまだいいというものである。
 だが、今はそんな事をしている場合ではない。
 誤魔化せ誤魔化せ!!

「それは一旦置いておきまして、そんな事をしてる場合じゃないんですよ!!シャープシュ
ーターが!!そのヤバくて、どうしようもなくて、それでいて!!」

『少し落ち着いてください。いっぺんに色々と言われても私は聖徳太子ではありません。』

「似たようなものじゃないですか」

 問題発言。
 そして脱線。
 大化の改新をした人だっけか?

『いえ、十分に違います。精々五つしか同時に聞き取ることが出来ませんので』

 そして、冠位十二階です、と的確なツッコミをしてくれる。
 十分に聞き取れるんじゃねぇのか、と心の奥底深くで思って置く。表面的にも絶対に出さな
い。危ないので。それも兎も角、今はとりあえず!!

「シャープシューターがバーストしたというかフリージングしたというか!!」

『あら…燃えたり凍ったり、器用なことですね』

「……言葉のあやです」

『で、止まってしまっちゃったんですね。要するに』

 解ってるじゃねぇか。


 

『何か言いたそうな顔ですね?』
「イヱ別ニ何モゴザイマセンヨ」

 此処で一旦話をレールに戻しておく。
 メモリーカードを再接続してロード開始。
 

『まぁ、止めたのは私なんですけどね』

 ………バグ?

『厳密には私が紋章機に組み込んでおいた特殊コードにシャープシューターが引っかかった
ので、その部分に関する記憶を凍結させるために記憶(記録)を強制捏造するしているので
フリーズしたようになっているだけですが』

「少し待ってください、全然これでも勝手ほど二進も三進も無く解りません。少し回転数を
落としてくれると助かるんですけど………特殊コードってのは禁忌的なものと言うのは解り
ますが、シャープシューターが何か引っかかる事を言ったとは思えないのですが」

  『言いましたよ。それこそ呼吸をするようなほど自然に。そして無為に』

 そこで目の前の聖母は薄く微笑みながら応える。
 可笑しくて笑っているのではない、余裕を見せていての笑いだ。
 以前も、何年か前にも、そしてその後も数回と見た表情である。

 ─────聖母として不適当な部分─────


 彼女曰く、それを定期的に発散するらしいのだが今日がその日だったとは。

 

『厳密には止めさせる原因を作ったのはアキト君…貴方ですけどね』

「……突然なる展開……ってのはウケ所が難しいですよ」

『いえ、ごく自然なる流れであって、そしてそれこそが必然へと結びつきます。貴方は言い
ましたよね?言っていないとは言わせませんが。貴方は彼女が止まる前に何て言いましたか
?覚えてらっしゃいますよね』

 ちょっと間が空いた。
 

『《博物館に行った》、とでも言ったのでしょう?』

 しかも、木連兵器によって半壊したときの、と親切にも付け加えてくれた。









『恐らく貴方が不振に思っているでしょう博物館の復興…いえ…元々壊れていなかったよう
な世界の反応についてこれから説明いたします。結論から言うとM・A・P単位のロストテ
クノロジーを使用しました。貴方の場合は復元光線と記憶消去装置と言った方が良いでしょ
うね、ドラえもんに付いて語れるような人ですし。厳密には大変大掛かりな作業と超範囲に
も及ぶ集団洗脳が必要だったのですが、その点についてはマス・メディアを使う事によって
解決する事が出来ました。全メディアに細工する事に……ああ、睨まないで下さい。私は別
に独裁主義などを目論んでいませんし悪用する事などもっての外です。ただ、こうするしか
ないほどに切羽詰っていて、こうしなければならないほどの理由が在ったのです。ええ、解
っています、如何なる理由があろうと人非道的な行為をしてはならないと。ですが、一種の
抑制力として用いなければならなかったのですよ。………解りました。能書きと枕詞はこの
程度にしておきます。しかし、これだけを言う前に言わせて貰いますと、これを聞いて貴方
は決して冷静ではいられないでしょう。これは忠告ではありません、助言として受け取って
ください』










「『全ては貴方が関与したという事実を歴史的に抹殺するためです』ねぇ」

 運動会を見るためミルフィーの通う小学校(厳密には教育制度が違っていて十歳前後でも
才能さえあれば大学レベルの授業を受けられる)に向かいながら愚痴る。愚痴りたくもなる
というのが本音だが。もしくは愚痴る事によって自分が叫んでしまいそうなのを必死に押え
ている。兎も角、気分は上空に広がる青空に喧嘩を売りまくっている。大安売りだ。

 話をまとめると、つまりはこうだ。

 前世界に存在していた兵器を動かした俺という存在が公になればどうなるか、というのが
容易に想像つくので俺を封じ込めるのではなくて世界全体を封じ込めた、そうすれば誰一人
として疑うものはいなくなるだろう、と。
 

「あ〜、世界機密って言われても自分自身が納得できない」

 とはいえ、確かに助かる事でもある。ンなものが知られた日には即効で次の日の新聞一面
取りだろう。【時を越える少年】的な悪趣味なネーミングが御朝刊を飾ります。最悪だ。
 そうなれば俺はこの世界での居場所がなくなるだろう。そして、それは白き月にもいられ
なくなるというのも想像に難しくない。が、納得がいかない。
 理論と論理が正義を主張しているのだが、心底では反発したい感じだ。
 何か、地球と木連の関係を思い出すのだ。

 ────自分が毛嫌いした世界の理由を/
             破滅的に幻滅した黒い世界を/
 ────未だ覚めない悪夢の混沌を/
            空洞化した人間の中心を/
 ────綺麗ではなかった俺を/
           あの空白の三年間を/

 そして、重なるのは今の俺の置かれた立場。

「………まぁ、いいや。少なくとも誰の生活にも影響を与えるわけでもなし、何より、博物
館のスタッフの明日は困らないだろう」

 此処で幸福だった点は誰一人として死傷者がいなかった点であろう。仮に一人でもいたと
したら、それこそ証拠隠滅が困難となっていただろう。人一人を消すためには親類縁者の全
てに対して圧力、ならびに何らかの干渉をしなくてはならないのだ。そうなってしまうとそ
れこそは火星の後継者だ。全く持って、現実的な尺度は嫌になってくる。
 シャトヤーン様の考えも解らなくは無い。今から二年前の皇国暦402年にあのジェラー
ル国王の爺が『白き月』をトランスバール皇国の直轄地にするとまで言い出したからな。結
局はシャトヤーン様や白き月全体だけではなく、国民全体までもが反対したので最悪の事態
にはならなかったが。それに納得せずに直談判しようとした国王も皇宮の中に閉じ込められ
るという間抜けな結末となり、信頼を大幅に失った。当然の事だが。
 しかし、いまだに皇国のお偉方は白き月を手に入れようとしている。ここでもし、俺とい
う存在が発覚したならば、いい具合な隙間に見えるであろう。ソコから問題が起きないとは
限らない。まぁ、自分の事だがこれより先は俺の管轄ではない。

「で、今気にしなければならないのはミルフィーの運動会だ。まさか校歌が十八番も在る訳
なし、とっくに開会式なんて終わっているだろう。急がなければ」

 嫌に客観的かつ第三者的かつ棒読みな台詞を吐きながら校門まで辿りつく。
 ご都合主義だとは思うのだが、まぁ、良いだろう。校門に書かれてある学校の名前を見て
確認した後、躊躇う必要もないので素直に入る。そして出る。運動会は校庭でするものだっ
た。さて、気を取り直してレッツ(視るだけの)運動会。




 人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては偉大な一歩だ、とは旧世界の宇宙飛行士が
言ったものだが俺も引用させていただこう。未知なる世界に足を突っ込むのは勇気が必要な
事であって、それは当然な事ながら容易な事ではない。俺は死線の中を単機で突入するとい
った事については出来るほうだが、流石に……。

 視線の中を突貫できるほど、俺は無神経な人間ではないようだ。

「アキトさ〜ん!こっちですよ〜〜!!」

 目測前方40mの位置にピンク色の髪をした女の子が体操着にブルマーという一部の殿方
には大変セックスアピールが出来るような格好をして俺を呼んでいる。確認するまでも無い
ね、ミルフィーだ。俺の近所にすんでいるミルフィーユ・桜葉であること間違い無し。うん
うん、手まで振っていて大変に可愛らしい。思わず頭を撫でたくなる様な小動物的な魅力が
ある。だが、彼女は小動物にはなりえない。何故ならば、警戒心ならびに羞恥心に関して少
しばかり遅れがあるようだからだ。いや、この際持ち合わせていないで可。
 目標前方40mの位置にいる彼女までの間には人がいる。それは40mという直線だけでは
なくて、人間が大体六列横隊出来るほどの横幅もある。長方形を求めるように横×高さをし
てみると大体数十人、ひょっとしたら三桁に届くほどの人数がいる。

 周囲の目を気にせずに俺を叫ぶミルフィー。
 間に芋洗いのようにごっちゃ混ぜな保護者並びに生徒。
 その後方に属する俺。

   人数×二対の目線が俺に突き刺さる。
 痛い。
 

「どーしたんですか〜?こっちですよ〜!」

 どーもこーも。
 ちなみにそういった子供を止めるべき両親はとっくに逃げている。
 遠くのほうから俺に向けて憐憫の視線を投げかけてくる。
 偽善者め。

「解ったよ……すぐ行く」

「は〜い!!」

 来なきゃよかった。
 これは本心。
 だけど、来たかった。
 これも本心。

 ともあれ、人が塵のようだと思いながらも、40mの荒波を潜った。


 間


「それでですね!次が今日の運動会の目玉種目その1なのですよ!!」
「ふーん」

「何ですか!そのやる気なさげってか堕落人間の返事は?!」
「だってさ……」

 たかが、ってか所詮は小学生、最高で中学生の運動会である。そう多くは望めない。これ
が例えば木連有人部隊特別熱血合宿の【修羅!必殺技会得!!の巻】ならば手に汗物なのだ
が、そんな血湧き肉踊る展開は子供には無理だ。ブルマって点が・・・・・・いやなに。

「正直、俺はミルフィーの出る種目以外どうでもいい」

 滅茶苦茶本音。てか、それだけを視に来たのだ。
 気分は保護者である。
 しっかりと弁当まで作ってきた。
 厳密には昨日の夕食のときに異常にテンパッたので、その代償という。

「そ、そんな事を急に申されましても…………」
「あー、なにをどう曲解してるのかは知るよしないけど。で、次の種目は何?」
「ですが、それはそれでいてそれがそうなって……」
「………」

 ミルフィー、妄想驀進中。
 内容は与り知らぬが、こうなるとしばらくは戻ってこないだろう。
 仕方無いのでミルフィーの近くに落ちている(置いてあるともいふ)プログラムを読む。

「え、と。確か次は第3競技だから………と」

 ぺらっ、と表紙と裏表紙の間に二ページしかない極薄紙面をめくる。


A100m走(1・2・3年生全員)
B騎馬大ムカデリレー(PTA役員全員)
C皆でジャンプ(2年生女子全員)
…etc




 待て、Bは電波だろう。

 ちょっとばかり素で逃げたくなってきた。
 一瞬だけ脳が考える事を拒否するって言うのは中中無い体験かもしれない。
 罰ゲームかよ。とりあえず大会運営責任者出て来い。
 しかも全員がPTA役員であるところがポイント高い。


 前言撤回。かなり楽しめそうな運動会になりそうだ。

 そして、全校生徒並びに全教師人が見守る中スタート。
 よーい、どんっ!!という可愛らしい掛け声とは裏腹に死ぬほど凄まじい展開である。
 兎に角こける!こけるっ!!こけるぅっ!!!
 最初は哂って見ていた生徒達も途中からは流石に引いてきたらしい。歓声が小さい。
 ゴールがいつになるのかは神のみが知るといったところだ。


「ありりゃ、いつの間にか始まっちゃってます!ふぇ〜、いつの間に!!」

 ミルフィー軍曹殿 ご帰還。

「おかえりなさいませ」
「う〜、スタート見逃しちゃいました〜、あの一斉にこける瞬間見たかったのに〜!!」
「また来年見なよ。続くかどうかは微妙だけど」
「仕方ありません。次の騎馬シリーズに期待しましょう」
「……………」

 プログラム再確認。

F騎馬オクラホマミキサー(有志一同)
…and
I騎馬障害物競走(有志一同)
…and
K騎馬二人三脚(有志一同)
…and
Q障害物借り物マラソン(教師一同)
etc……
「やばい、太平洋だ!!」ってのが正直な感想だったりする。
 何故旧地球の太平洋が出てくるのかは永遠の謎。
 ともあれ、確実に死人が出るな、特にK

「ちなみに全生徒の要望で成り立ってるんですよ〜!!」
「君は何に入れたんだい?とっても知りたいなっ!」

「アイキャッチ部分の【ドキドキ!保護者乱入愛と魅惑と死と絶望有刺電線デスマッチ障害
物競走!!】です!」
「ほほう、で、それは一体全体どんな競技なんだい!?」

「人生に潜む絶望という名の概念を具現化したコースを希望を絶やさずに思いっきり走り抜
けるんです!!!」
「つまりは罠仕掛け放題って訳だねっ!!」

「頑張って下さいね!!」
「…………は?」
「お父さんとお母さんに話したら『アキト君に出てもらいなさいっ!』って!!」
「って、そこの偽善者ぶる真悪者!!」

 ミルフィーの両親は逃げたしたようだ。
 俺も逃げ出したい。
 色々な意味で。

「俺は出ないぞ」
「既に出場登録完了です」
「いつの間にっ?!」
「大会三日前の締め切りに」
「何故っ?!」
「出てくれると思ってましたから」
「…………」
「出てくれますね?」
「それでも出ない」

『ぴんぽんぱんぽん♪騎馬大ムカデリレーの続行が困難となってきたので続いての競技であ
る【皆でジャンプ】に移行します。参加する生徒は直ちに……』

「おおっと!すっかり忘れちゃってました!それではまた後で!!」

 ぱちんと手を叩いて笑顔で去っていくミルフィー。

「てめえ」

 要領よくなってんじゃねぇかよ。




 そこでふ、と校庭の中央部を見てみる。そこにはああ納得。精根尽き果ててもまだ騎馬を
組み続けるPTA役員の姿がそこにある。次に移行するだけで終わってないらしい。哀れだ。
 でも、まあ、知らない大人達だし。別にどうなろうと知った事が無いのだが。
 別に俺は人間を差別する気なぞ一欠けらも持ち合わせていないが、流石に中年混じった親
父達の汗と涙の騎馬は流石にちょっとどうかと思うし。

「お、ミルフィーだ。判り易いなぁ」

 白体育服と紺色ブルマー、そして、9割以上が黒か茶色だというのにピンク色という遺伝
子操作されたのか疑わしくなってくる髪の毛。別称『世界で最も誘拐されにくい少女』

「ふぅ…ん。結構周りと喋ってるな。マジで交友在ったんだ」

 冗談抜きに保護者の台詞でしかないそれを吐いている事が解る。
 だが、実際に必要だし。
 どうせ一子供の俺の言葉などに耳を貸す奇特人間もいないだろう。
 んな事を考えて周りを見たら誰もいなかった。
 文学的比喩等ではなくて、正真正銘に誰も居ない

「あ、れ………?」

 唖然としている俺に心親切な年配の奥さんが遠くから叫んでくる。



「あんた何してんの!次は桜葉さんとこのお嬢ちゃんの出る競技だよ!!逃げな!!」


 そういうのは早く言って欲しかった。
 こう、競技が始まる十分前くらいに。
 対処しようがねぇだろうが。




「うぇぇぇぇん!何でこうなってるんですか〜!?」


 二十世紀から問題となっていた公害。厳密に言うならば足尾鉱毒などそれ以前からも言わ
れているのだが、当時の人たちはその中でも特に異様なのを現代公害と呼んだ。しかし、そ
れらは時をどれだけ重ねても無くなる事は無く、結局は人類と共存するようになっていった
のだ。そして、それは一度世界が滅びても一緒らしかった。

『クワァァァァァッ!!!!!』

 訂正…むしろ、大幅にパワーアップを果たしているようだ。
 ばっさばっさと大きな両翼をはためかせ、鋭いくちばしは必殺を宿し、その爪は引き裂く
ためだけに天から授かった剣、黒き羽は禍々しさを出す鎧と捉えれる。

   勿体付けずに言うと『烏』である。カラス。鴉とも書くが。

 大量発生中。
 そして、一箇所に向けて急降下中。的はミルフィーの敵チームだ。まと?敵?
 とりあえず目の前では一部分のみ阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

「ちょっ…と…救助が必要だろ、あれ」

 黒い塊の中から白い体操服の腕が覗くという見るからに凄惨な光景が繰り広げられている
のだが、保護者や教員は一切助けに行こうとしない。その瞳には恐怖やそういった感情は見
られなく、逆に楽しんでいるような感じさえある。
 よほど俺の顔は複雑な表情をしていたのだろう、教員らしき人が安全を確認されたのだろ
う、近寄ってきて俺を静止させようとする。

「ああ、ひょっとして此処の運動会の初心者だね?心配そうな顔してっけど大丈夫だよ」

「初心者も何も……人死にが出ますって!早く止めないと」

「大丈夫だよ。毎年色んな事が起きてるけど一回も大事に至ったことは無いんだ」

「今まで無かったからって、今日もそうである可能性は保障されてませんよ!!」

 子供なのに考えすぎだよ、と笑って離れていく教員。
 果たしてそうなのだろうか。
 否、断じて違う。
 あまりにも基本的な危機意識ってものを欠落しているように感じられる。
   人間誰しも、事故に会おうと思って事故に会う訳ではない。
 仮に、いや、確実にこの風習はミルフィーが入学してから、数年前から始まったのであろ
う。嫌な予感がする、客観的な立場におかれた俺の嫌な予感は外れた事が無い。
 絶対に、何かが起きる気がする。
 ソレは俺に降りかかるかもしれないし、最悪、ミルフィーに降りかかるかもしれない。
 だが、俺はミルフィーに何があろうと守って見せよう。約束したんだ。 

 とりあえず、問題の『皆でジャンプ』はミルフィーが属している組の勝ちが決まった瞬間
にカラスが全て去っていった。やはり、原因は彼女にあるのだろう。
 そして、皮肉にもあの教員が言ったとおり相手チームのほうには怪我人が一人もいなかっ
た。その生徒の方も『面白かった』などと事態を深刻に捉えていなかった。
 成る程、ミルフィーは周りからは程よいスリルを作ってくれる工場のようなものと視られ
ているのか。真剣に怖いと思っていないから笑って友達づきあいが出来る、と。ならば、真
剣に怖いと思ったとき、彼ら彼女らは一体どのような反応をミルフィーに示すのだろうか。
 そんな不吉で不謹慎な事を心に抱えながら、昼までのプログラムを観戦していた。



 で、昼。


「ふぅ、お腹一杯です」

「だからと言って速攻で寝る体勢に入るな、ソコ」

 待ちに待ったお昼の時間とやらを過ごしている。
 だが、俺としてはいつ最悪のタイミングが来るかと神経ばかり使っていた所為か食欲が0
に等しくなっている。まぁ、でもミルフィーが満足しながら食べてくれているのを見ている
と何かほほえましいので俺の事は良しとしておこう。シートの隅の方でミルフィー母がミル
フィー父と共に黙々と自家製弁当を咀嚼しているが、それも気にしないでおこう。怖いし。
 ……どうやら、俺が料理好きであるという事がよっぽど意外だったらしい。まぁ、そうで
もなければ夕食に誘ってくれたり御裾分けをしてくれなかったのだろうが……。
 微妙に微妙な視線をそっとクリアしながらミルフィーの満足な寝顔に目をやる。
 本当に寝るとは思わなかったな、お兄ちゃんは。という意見は心の中で黙殺。

「……思わず頬を引っ張りたくなる寝顔という奴ですね、これは」

 人間の頬の伸縮性の限界まで伸ばしてもいいのだが、周りの視線と自分の中の倫理によっ
て永久封印。代わりに指の腹でつついてみる。

 つん「う、うん……」つつん「ううう、ん」
 あ、楽しいかも。
 だが、ペド発言をされると困るのでここまで。

 昼休みが終了する五分くらい前まで寝かせておいてあげよう。
 その間俺もそこらの草陰辺りで一眠り………… 

「あっ!避……避けてください!!」
「ん?」
 

 突然の悲鳴に眠りに入ろうとした頭を持ち上げる。
 一体なんだ、と思ったら答えはすぐにやって来た。

「!!!!」

 どすっ、といい音がしてビニールシート越しの大地に鏃が突き刺さる。しかも場所は俺が
数瞬前に頭を傾けていたところにどんぴしゃ。危機一髪である。果てしなくやばかった。

「これは………ちょっと、ばかり洒落なってねぇだろ……」

 ちょっとパニクりかかったが気を落ち着かせ、矢の降ってきた角度を計算して射的場所を
特定に掛かる。が、その必要性は無さそうだ。あっちの方から出向いてきてくれている。

 午後からのプログラムである部対抗リレーの出場者なのか弓道で使うような袴を着た女の
子がこちらに駆け寄ってくる。弓を抱えながら走ってくるその姿は中々壮観な眺めである。
シュール(超現実的)とも取れるが。年のころはミルフィーと一緒くらいだろう。印象的な
のはその黒髪で、この世界に着てからは中々見られなかった艶がかった綺麗な黒髪。
 ………此処までいっといてなんだが、一応弁明しておくとですね。別に俺は女の子皆をこ
のようにじっくり観察しているわけでもなく、なら、美少女なら観察するのかといわれても
そうではなく、そう、誰かが説明づけろと言っているような気がするから言っているだけな
のだ。
 ともあれ、息を切らせながらコッチまで走ってきてくれた。

「す……すみません!大丈夫ですか!?お怪我はありませんか!?どこか痛い場所などはあ
りませんか!?」

「あー、うん、大丈夫っぽい。矢人間にはならずに済んだようだよ」

 第一、当たったら痛いどころでは済まない。

「本当ですか!?無理してませんか!?掠ったりもしてませんか!?」

 破傷風の患者みたいな気分だな。いや、未だになった事はないんだけどさ。
 しかし、此処まで思いっきり心配されると責める気が無くなってくる、元より責める気は
大してないのだが、逆に謝らなければいけないような気に・・・・・ええい。

「平気だって。君が叫んでくれたおかげで避ける事が出来たし」

「よ………よかったです……きゅぅ〜〜〜」
 

 そして気絶………っておいっ!!!それは普通俺の役目じゃっ?!
 ともあれ、この後帰ってくるまで手当てをするのは俺だというのはいうまでも無い。



「え、と。」

 結局、数分掛からずに帰ってきてくれたのだが、ちょっとしたパニクり状態で落ち着かせ
るのに時間が掛かった。そして、ようやく事情説明の方に入るところだ。
 コホン、と照れ隠しのように(実際照れ隠しなのだろうが)咳をして一泊おいた後、深呼
吸までして、ようやく話し掛けてきた。
 

「申し送れました。私の名前は烏丸ちとせと申します。お好きなようにお呼び下さい」
「なら、ちーちゃん」

 即答で嫌がらせ。
 効果はてきめん。鳩が豆鉄砲を喰らった顔をした後「う、え?あ、そ…そう呼ばれるのな
ら………」と、期待以上の反応を示してくれた。

  「冗談だよ。なら、そうだね……ちとせ、ってよばせてもらっていいかな?で、ちなみに俺
の名前はアキト=マイヤーズ。アキトでいいよ」

「へ?あ、あの……初対面の男の方をいきなりファーストネームで呼ぶのは少し……」

 うわ、お嬢様だ!!
 何世代前の貞操観念ですか、しかも十歳前後の女の子が。

「……君さ、いつもどうやってクラスに溶け込んでるの?」

「?皆さんいい人ばかりですよ」

「いや、そういった問題じゃなくてさ、ほら、クラスの男子とか」

 まさか、クラスの全男子に無茶苦茶潔癖な態度とかとっちゃいねぇだろうな。
 火星の学校時代にもいたが、凄く人見知りが激しくて同年代にも敬語使ってその所為で浮
いている奴。まさかこの子もそのタイプでは、と一寸ばかり疑い。

「私のクラスには男性の方はおられませんが」

「は?」

「ご存知ありませんでしょうか?宇宙科の情報クラス。女性仕官養成の為に特殊的にクラス
配分を行っているのです。最高であのセパレール大学への道が開かれるという………」

「いや、俺一応部外者だし」

 寒い空気。
 ちょっとばかり空気が痛い。
 気を取り直そう。

「ゴホン。………まぁ、とりあえず。軍に入る事を目的としてるのであってもだ、そうガチ
ガチとしてるのもあんまよくないと思うよ。そりゃぁ対外的にはいいと思うけど、実際にさ
仕官になったときの事とか考えたら他人行儀な上司とかいやだろう?部下としてはさ」

「あ、その通りかもしれません………ですが、やはりそう簡単には………」

 よっぽどイイトコの教育を受けたのだろう。色んな意味でミルフィーとは大違いだ。
 別に比較するわけではないが、こう、ミルフィーをラッキースターのような性格だと考え
たときがあるけど、この子の場合はシャープシューターにそっくりである。
 まぁ、そういやシャープシューターも最初会ったときはガッチガチだったっけか。
 あの当時はどんな事言ったけか?
 思い出してみると、すぐに引っかかったので、

「うん。だからさ、とりあえずって事で俺をファーストネームで呼んでみたら?訓練の一環
ってことにしちゃえば、あんまり違和感も無く呼べるだろ?」

「あ、はい。努力してみます!」

「では、試しに呼んでみようか〜!じゃぁ、まずは俺から………そうだな、よし」

「それじゃぁ、よろしくね、ちとせ」

「は!はい!!こちらこそよろしくお願い致します、その、あの、あ、ア、ア、アキ、アト
アキ……ト…アキトさん」

「うん、ゆあうぇるかむ」

 ないすとみーちゅぅとぅの方が良かったかな?いや、もう一回言ってるし。
 まぁ、それもそれとして。
 礼儀正しい子だな〜、と妙な関心をしておいて…ンな事よりも本題本題。

「で、ちとせ。単刀直入に訊くけど……どうして客席まで矢が降ってくるの?」

 尤もな疑問。普通は弓道場で練習をして、どう暴的をしてもここまでは来ない物である。
 いや、「弓道部に入ったのだから、白羽の矢ごっこをしてみたかった」というのなら解ら
ないでもないが。それをする場合にはなるたけ上に行くように弓を射らなければならない。
 解ってしまう自分に反省。絶対知らないであろうという事実に猛省。

「その…【乾杯】をしようとして……」

「ん〜、打ち上げ?」

 一瞬飲み会をやっている小学生’sが酔った勢いをそのまま矢に乗せて放つという世紀末的
な光景が脳裏をよぎった。払拭するべきか否かは微妙である。

「いえ、矢を天に撃って、落ちてくる矢を更にもう一本の矢で撃ち、両方の矢で的を射ると
いう離れ業の事です」

 離れ業って言うか出来る人間が存在するとは思えない。
 第一、それって銃でやるんじゃなかったっけか?

「で…。出来なくて結果がこうだと」

「あう……ですが」

 ちとせの言う事にはこのままだと由緒ある弓道部が云々かんぬん。更に去年発足したボウ
ガン同好会が弓道部を倒して部への仲間入りを果たそうという野望がどうたらこうたら。そ
して、今回の勝負で負ければめでたく廃部…と。

「全然めでたくありませんっ!!」

「冗談だって。しかし、弓道ねぇ。確か古武術扱いになっていた筈だけど」

「ええ…と言う以前に弓道の存在を知っておられるという事は、貴方も弓術を嗜んでおられ
るのですか?」

 ちなみにこの世界では弓というとアーチェリーが主役となっているようだ。西洋的な文化
を元に発達した歴史らしいから当然の事ではあるが。それでも、時々別の惑星より思いもし
ない文化交流などがあるそうで、そういった和洋折衷なども見られるわけである。
 本当に思いもしないものがある。………コミケとか。レミータさんが必死に……。

「いや、俺は古武術の中では柔・剣術しか学んでいない。弓術まではいかなかった」

「それでも凄いです!!そもそも古武術自体の数が少ないのに二つも学んでいるとは…勉強
熱心なのですね」

「あ〜、うん。勉強って言うか、必要に駆られてね」

「へぇ…それで、どこの流派なのですか?」

『木連式柔と木連式剣術です』
 言えるか、ンなもん。
 まず存続していないだろうが、生理的に受け付けない。
 此処は、誤魔化しの一手をば。

「……と、話がずれてきてるから元に戻すけどさ。別に俺のことなんてどうでもいい。それ
より、何で小学生の高だかお座敷弓道で【乾杯】なんて際技やろうと思ったの?普通にさ、
トラック走って最後の方に弓を適等に撃って終わればパフォーマンスになると思うけど」

「高だか……という所が気になりますけど。ハイ、それが古武術を嗜んでいるアキトさんは
理解できると思われますが、古武術という時点で対世間的な評価は認知度と合わさってかな
り下のほうになってしまいます。実際、弓道部とは言っても名ばかりのもので、部室の方も
アーチェリー部の余ったスペースを使わせて頂くと言った具合になっていて…………」

「酷い扱いだね」

「はい。そして学校側の評価も下がる一方で、先程言ったようにボウガン部を新規参入させ
て弓道部を潰そうという働きが既に……」

「それで、大々的なパフォーマンスをして認知度を深め、取消御免を狙おうとしたわけか」

「幸いにも今日はテレビ局も着ているということで……なぜか毎回波乱万丈な運動会になり
ますので、それがいい具合に働くとは、正に塞翁が馬ですね」

 よかったなミルフィー。
 褒められているぞ、多分。

「だけど、本番中に失敗したらどうするつもりだったんだい。それこそ大惨事だぞ」

 そこでシュン、と俯いてしまう。
 こう、保護欲を駆り立てられる俯き加減だ。

「……ですが、その……」

「仮に失敗したらそれこそ大スキャンダルだ。部の存続どころの騒ぎじゃない。人身ともな
れば退学は間逃れない事は絶対だ。何せ、義務教育じゃないからね」
「あ………!」

 退学という文字に反応したのだろう。
 体がびくっと震わせ顔の前に両手を持っていく。

「きつい言い方になるかもしれないけど、止めた方が言いと………」

 俺は思うと続けようとしたのだが、前回に引き続き、
 ちょっと待てSTOPジャスタモーメント。何だ、何だこの状況は??!!

   ちとせ、マジで泣く一歩手前。もう一押しすれば涙ぼろぼろ。

 それでも気丈に泣かない様にと堪えているちとせに10ポイント加算。
 …ってか、んなこと言ってる場合じゃないほどに俺の中の保護欲ゲージMAX。
 おかげで、自分の意識が欠片も働かずにとんでもない事を口走ってしまった。


「大丈夫、俺が手伝うよ」




 昼休憩が思いのほか長くて助かった。どうやら、いまだに走り続けている騎馬大ムカデが
無事に全機ゴールするまでが大体の目安になっているらしい。うん、これは俺の独断的な意
見だが、もうしばらくゴールすんな。
 何故俺がこう思うかというと、練習が忙しいからだ。しかも即興の。

「それでは………撃ちます!」

 ちとせが言い終わった直後。
 しゅっ、という風切音と共にほぼ一直線の的へと進んでいく矢。その狙いは寸分も違わず
にただ一点へと集中していき、
たぁんっ、と言う景気のいい音と共に刺さる。
 射手と的の距離は近的なのでおよそ30m前。
 的は扇形で40cmといった所か。

   速度の方は………以前聞いた話では矢の速度はリカーブボウで秒速50m〜70m程度だ
と聞いたような気がする。今回も大体はその程度の速度だと思っていいだろう。
 別に違っていてもかまわない。
 今…俺が知りたかった事は確認できたのだから。


 そう、落とせるかどうかを。

「あの……流石に動体視力で瞬間的に捉える事は出来ても、それに体を同調させるのは無理
だと思いますが………」

 不安そうな表情でちとせがコッチに向かってくる。まぁ、言っている内容からして人身事
故は避けられないだろうとでも思っているのだろう。思っている思っていないに関わらず普
通は一笑に付して終わるような内容なのだろうけれど。

 迫り来る弓矢を木刀で叩き落すなんていう離れ業は。

「じょぶじょぶ。うん、念のために特性の防具も着けとくしさ」

「そういう問題ではなく………」

「それより、木刀ってこれでいいのかな?そこら辺に転がってた奴だけど」

 普通に転がっていては駄目なものだと思うのだが。
 旧地球での修学旅行生はキョウトシティに行ったら必ず一人二人は購入していたという民
間人でも買えるお手ごろな凶器第一位がこの木刀である。因みに第二位は釘バット。

 

「………それは、去年潰れた剣道部のものです」

「その部も………運動会で?」

「はい、パフォーマンス中に殺陣をやったのですが、誰にも理解されずに特撮部の怪獣軍団
大集合へギャラリーを全て取られてしまい…あえなく廃部へと」

 まず、部対抗『リレー』なのかどうかの疑問。
 パフォーマンス部門だからトラック上でされていたら別にいいのだろうが、納得いかねぇ。
その上、なんていうマニアックな部活動が在るんだよ。
 ・・・は、これか!これでミルフィーが染まりへと!!!

「じゃ、俺がやる事はそのまま弔い合戦にもなるって事か。よし、力入ってきた」

「はあ………」

 ヤッパリコノ人タダノ変ナ人カモ知レナイト言ウ目線ガ痛イナ、ウン。

 それじゃぁまぁ、いっちょ脳内シミュレーションでも立ててみますか。銃弾を銃弾で落と
すよりは楽な作業だろう。以前、剣で銃弾を落とした経験もあるし多分大丈夫だとは思うの
だが………それでもレッツシミュレート!!

 まず、矢が飛んでくる。

 それを、木刀で叩き落す。

 以上。

 よし、今の事より縦に叩けば問題ないが横に叩くと外野への被害という危険性があるので
止めておいたほうがいいという事が解った。多少へしょったが気にしない。
 理論上は一切問題なし。
 さて、面白くなってきやがった。
 実践へと移ってみるか。

「よし。早速リハーサル行ってみようか?」

「で、ですが…アキトさん、ちょっと間違えれば大怪我なんですよ?ほら、練習用のゴム矢
もありますし、コッチでやる事にしましょうよ!?」

 そういって取り出したのは先が丸まっているもの。よくギャグマンガでの弓道部が人に向
かって撃ちまくっているアレだ。いや、確かにそれもそれでいいのかもしれないが………

 あくまでそれは練習用、本番用じゃない。

「迫力負けしたら廃部ってのはわかってるだろう?だからこそ、多少の危険は承知の上って
覚悟で挑まなければ成らない。少なくとも、【乾杯】よりは成功率高いと思うけど?」

 結局、あくまで一回限りの練習だけでも丸矢を使う事になった。
 流石に涙を浮かべての説得は色々と来るものがあったし。
 で、いざこざあったがいざ実践。









「それでは………行きます………」

 先程の勢いと共に撃つのとは打って変わり、異常な威圧感を静かな言葉に載せている。こ
れはひょっとしたら緊張している所為なのかもしれないし、更にひょっとすれば人間に向け
て打つというのに興奮しているのかもしれない。なるべくなら前者の方を素晴らしく希望し
たい。そんな精神的余裕を少し故意的に作り出しておく。俺だって少しは緊張する。
 高速戦で慣らした動体視力を最大限に活用。
 その一瞬。
 回りの空間が遅れて伝わってくるような違和感。
 まるで走馬灯のようなスローモーションの世界。
 その中で、ちとせを見る。
 弓道の基本のスタイル、『射法八節』の通りに体を運んでいる。

【一つ、足踏み】
 矢束を標準として約六十度に踏み開き両拇趾頭を的の中心と一直線上に在らしみ、



【二つ、胴造り】
 重心を総体の中心におく。
『弦調べ箆調べ』弦の位置、矢の方向を調べ気息をととのえる。



【三つ、弓構え】
 正面にて取懸、手の内を整え、物見を定む。

 このとき、一瞬ちとせと目が合う。
 距離の所為で表情は解らなかった、しかし、目が合ったとは思う。



【四つ、打起し】
 弓構えの位置からそのまま静かに両拳を同じ高さに打起す。



【五つ、引分け】
 肘力、大三(押大目引三分一)をとり、左右均等に引分け会に到らしむ。



【六つ、会】
 心身を合一して発射の機を熟せしむ。胸は息を詰めず、らくに腹の力が八九分に詰った時
が離れである。

   ちとせの呼吸が段々と大人しくなっていくのが解るような気がする。
 そして、とうとう落ち着いたときが……決着の時になる。



【七つ、離れ】
 ちとせが胸廓を広く開き、全ての思いを弓に託すように矢を…………











 空気が変わった。



 一瞬にも満たない瞬きをする間すらない速度で。



 矢が、弓より……










 ……発された!!!!

 ちとせは八つである残心(残身)へと移っているのだろうか、いや、一瞬視界に捉えたち
とせは脅えたような表情をしている。しかし、俺はそれ所ではない。

(まるで、源平合戦みたいだな……)

 一瞬だけ、うろ覚えの古典が頭の中をよぎる。そのときの俺の表情は笑顔だったのかもし
れない。それとも、真剣に打ち落とすために切羽詰った表情になっていたのかもしれない。
 どんな表情でも構いはしないのだが、目的さえ達成できれば!!

 風を切って向かって来る矢を打ち落とすために…一歩踏み出し……木刀を叩き込む!!
 今の俺の目的はただ、それだけだ。


うっ……おおっ!!!!!

 渾身の踏み込みとまでは言わないが、確実かつ適当に間合いを詰め、右腕に持った木刀を
振り下ろす!!遠慮無しに、躊躇せず、絶対を持って打ちのめす事だけを考え!!!!

 木刀が矢の中心を捉える。

 純木なのかそれとも合成素材なのかは知らないが、木刀の当たった部分が木刀の動きによ
って次々と砕けていく。元のままであろうとする弱い反抗力を気にせず………

 俺そのまま一気に振り下ろす!!!!!

 ぱきぃんっ、と雰囲気の割に軽い音を立てて地面に落ちていく矢。
 俺はゆっくりと腰を上げる。
 そして、誰にとも無く呟いておく。
 

「……みっしょんこんぷりぃーと……だな」

 いや、自分に対して呟いたの…かな。
 比較的困難ではなかったが、楽勝というわけでもなかった。
 逸れは緊張のせいだったのかはさもあらん。今は、成功した喜びをかみしめたい。
 ………練習だが。 
 そういえば、本番って衆人環視の前でやるんだっけ。
 少しばかり気が滅入ってきて鬱になってきた。

 そんなポジティブにかなりネガティブな事を考えていたら、ようやくちとせも落ち着いた
らしく、慌しく駆け寄ってきた。

「凄……凄いですアキトさん!!本当に矢を木刀で落としちゃうなんて……凄いです!!」

「ぴす」

 ちとせも気が動転しているのだろう。凄いを連打し、止めには抱きついてきた。
 うみゃ、何気に何気で何気な感覚。コノ感覚はきっと達成感だろうと自己認識しておいて
何気ないようにちとせに声をかけておく。すると真っ赤になってはなれていく。ひょっとし
たら異性に抱きつく経験は父親を抜かせば初めてだったのかもしれない。いや、何。

「これで大丈夫だってわかっただろう?さて、後は本番での段取りを考えるだけさ」

「はい、その辺りはもう考えておきましたから別にいいのですが……そういえばアキトさん
って部外者でしたよね?その辺りはどうしましょうか………」

「んー。とりあえずマントと黒バイザーでも着けておけばいいんじゃない?とりあえずその
装備だったら持ってきてあるし」

「…………」

 その視線はなんだい?何か言いたい事があると言ってくれると素晴らしく有難いのだが。

「…コホン。まぁ、それはそれとしまして。競技番号がMとなっていますから恐らくお昼休
みが終了してから少なくとも40分以内には開始されると思われます。それで、私たち弓道
部は22番ですので1回につき4つの部が走るとして6番目、大体パフォーマンスの部とい
う事を考慮すると競技開始から更に15分後くらいと予想がつきます」

「了解。その間に迎えに来てくれれば俺としては問題ないよ」

「一応確認をしておきますが………I〜Lの競技の中で出場される種目はありますか?」

「部外者の俺が何で!?」
「この学校の特色として全競技自由参加なのです」

「マジ在り得ねぇ」
「伝統ですから」

 そういって例の極薄紙面の割に内容がえらく濃いプログラムを俺に見せる。
 え、と。指を当てながら一つづつプログラムを見てってみる。

I騎馬障害物競走(有志一同)…有志自体が集まらないに100ギャラクシークレジット。
Jロボットダンス(四年生一同)…溢れるほどに興味はあるが、出ないこと確定。
K騎馬二人三脚(有志一同)…論外。
L台風の目(三年生一同)…こういったマトモな競技こそ何が起きるか判らんな。出ない。

 ん〜、まぁ、思ったとおりだけど、無いかな?とプログラムを返そうとしたとき、俺の目
がある一点で釘付けになる。PゴスロリでGO!!………違う!!
 LとMの間に挟まれている競技があった。
 別に小数点がつくわけでもないその競技は…………

アイキャッチ競技
【ドキドキ!保護者乱入愛と魅惑と死と絶望有刺電線デスマッチ障害物競走!】

「あー………俺が出るというか強制参加させられる羽目になる競技発見」

 そういって指差してみる。

「え、と。ドキドキ!保護者乱入……応援してますから、頑張って下さい!!」

 そんな返事で返してくれる君は天然。

「あ、ですが絶対に完走してくださいね?そうしないと強制的に次のプログラムへ移行しち
ゃいますから」

 言葉と共に校庭のトラックをみるちとせ。そこには午前中の競技であった騎馬大ムカデリ
レーと騎馬オクラホマミキサーの姿がある。ああはならないで下さいね、と純粋な目で訴え
かけてきてくれる。任務了解。
 そんなこんなの内にようやく騎馬大ムカデが全機ゴール・インして大いなる拍手が送られ
た。涙ぐんでいたのは素だろう。
 そして……悪夢であろう午後が始まった。





「もう!アキトさんどこ行ってたんですか!?ずいぶんと探してたんですからねぇ!!」

 帰ってくるなりミルフィーの怒声。どうやら俺を探し回っていたらしい、ご苦労な事かつ
暇人な事だ。だが、俺の行動を制限しようと考えるのは少しばかり独裁的ではないかい?

「んー、ちょっとぶらぶらと友達を作ってきた。ほら、朝の時。俺に友達いないって言って
たから見返してやろうと思ってね」

「うわ〜。物好きを探してたんですね〜?」

 このムスメ最高か。

「いや、酷い言われようだけどさ。それでも一応一人友達になったんだぜ」
「男子ですか女子ですか!?」
「早っっ!!」

 この後、女子といったらむくれられて、可愛い子と付け加えたらミルフィーぱんちを喰ら
った。ついでにミルフィーとは違う清純お嬢様の大人しい系とも言ってみたらミルフィー乱
舞を喰らった。正直痛い。
 俺が何か言ったか。

「それで、何て名前の子ですか?」
「スージーQ。あだ名はQちゃん」
「で、本当は?」

「烏丸ちとせ。ついでに言うならばこの学校の宇宙科、情報クラス。」

 それを聞くと「むむむぅ…」と悩みだすミルフィー。何か思い当たる節があるのかもしれ
ない。世界は狭いようで広い………じゃなかった、この場合。世界は広い様で狭い、ひょっ
としたら顔なじみや友達と言う可能性だってあるのだ。

「全っ然、知らない人ですね」
「あ、そう」

 ぶち壊し。

「ん〜、でさミルフィー。物は相談なんだけどさ、これはちょっとばかり聞いてもらえると
有り難くて聞いてくれたらミルフィーを抱き締めたくなりそうなほどなお願いがあるんだけ
どさ」

「何ですか、そのあからさまに怪しすぎる表現は」

 とりあえず言うだけ言ってくださいといわれたので、勇気を振り絞って言ってみる。

「アイキャッチ競技出なくてもいい?」
「駄目ですよ〜」

 0,1秒の速さで返されてしまった。

「まぁ、最後まで聞いて欲しい」
「聞く必要なし」

 取り付く島もありゃしねぇ。
 脳内選択肢 次の中よりお選びください

 諦めて出場する/それでも粘っこく説得してみる

 これがもし美少女ゲームだとか、そういった選択肢だった場合は後者を選んだら破局する
ってのが常識なんだよなぁ。かといって、現実は現実である。いや、破局とかそういった問
題ではないのだが。まぁ、此処は俺の度胸と根性が試されるわけで。


「ミルフィー、聞いてくれ…………!!!」








『ぴんぽんぱんぽん。それではこれより、アイキャッチイベントである【ドキドキ!保護者
乱入愛と魅惑と死と絶望有刺電線デスマッチ障害物競走!!】……誰だよこ
んな長ったらしい名前つけたのはよ……失礼しました。を始めたいと思います』

「頑張って下さいねー、アキトさ〜〜〜〜ん☆」

 弱虫のぼくなんて嫌いだ。

 俺の右には諦めたような保護者の方々。俺の左には諦めたような保護者の方々。
 俺の後ろには諦めたような保護者の方々。
 そして、俺の目の前には。

 見たくもない罠がぞろぞろな障害物競争ライン。
 目立つものを挙げてみると、ベトコン名物スパイクボール。対人地雷、殺傷力抑えてるよ
な……多分。落とし穴、中は竹槍。そして名前どおりの有刺電線、鉄線ではなくて電線だ。
バチバチといってるのは俺の気のせいではないのだろう。

 誰だよ、揃えた奴。
 俺も年貢の納め時かな、と思ってたら冴えない(失礼だが)おじさんに声を掛けられた。

「やぁ……君も走る羽目になったんだね……罰ゲームかい?」
「あぁ、いえ。半強制的なようなもので………」

 そういう貴方はどうして、と聞こうとしたが聞くまでもなく語ってくれた。
 何でも、会社では窓際だの家では甲斐性なしの昔なつかし(旧地球二十世紀より)蛍族だ
のという評判で、此処は一丁自分の存在意義というものを見せるために参加したそうな。
 泣ける話である。いや、これからの事を考えるとだが。
 この話がギャグで無い限り、確実に死ねるぞ?
 まぁ、ベトコン名物辺りが出て来てる時点でギャグとしか思えないのだが。
 思えないのだが……どうなんだろう。

「…ふぅ、すまないね。時間を取らせちゃって…」
「気にしないでいいですよ」

「ふふ、私としては君に気にして欲しかったな。私がいなくなっても君の記憶には少しでも
残ってくれるだろうに」

 ………ギャグだよな、この話?
 ほら、こう、物語だとすれば大きな事件が起こる前の嵐の前の静けさみたいな。それでも
結局お笑いありの事件がおきたりするって言う昔からの黄金パターンであって。

 そんな何気に危険発言気味な戯言を思っていたら俺宛の応援が耳に入ってきた。
 ちなみにミルフィーやその親族周辺ではない。
 確か、と確かめるまでも無く覚えているその声は。

「アキトさん!頑張って下さい!!」

 ちとせである。
 ミルフィーとは逆の方向よりの応援。両側に花。小学生だけど。
 ともあれ、返事の代わりに手を振っておく。
 すると。

「アキトさ〜ん!絶対に1位取ってくださいね〜〜!!」

 ミルフィーが大きな声で俺宛に歓声を送ってきてくれる。
 うむうむ。人を強制的に出すのだからしっかりと応援はしてもらわないと割に合わん。
 ともあれ、コッチも返事の代わりに手を振っておく。



 ぶんぶんぶんぶん   ぶんぶぶぶぶんぶぶぶん

 前方の障害コースを真摯な表情で迎えながらも両手を真横に振っている謎の少年。
 我ながら異様に異常だと思う。
 止めよ。
 そしたら、丁度いい具合に進行アナウンスが流れてきた。

『それでは各選手、位置について下さい……と、此処でルールの説明をいたします。ルール
は!!Simple is the best!!活用例ってか、文章になってませんが気にしないで下さい!
兎にも角にも生還すればよし!順番は二の次!まぁ、死ぬ事は無いと思いますけど、そこそ
こ病院で治療しなければならないほどの怪我にはなると思います!!それを了承して皆様出
場なされておられるのですから、もう説明は要りませんね!!』

 聞いてねぇよ。
 了承してねぇよ。
 ふ、とミルフィーを見る。
 ソコには満面の笑みでシャッターチャンスを構えているミルフィーユ・桜葉一名。

 計られた。
 図られた。
 謀られた。

 はい、正解はどれでせう。

『よ〜い、START!!!!』

 死にますか?生きますか?
 そんな訳の判らなさを胸に抱きながら、俺は突貫して行った。

「っの、ど畜生が!!!!」

 それから数分。
 俺は決死の覚悟で、障害物溢れまくる、死線と言っても過言ではないコースを泣きもせず
に怒りもせず、悲しみもせずにただ走り続けた。

 転げ落ちて飛び回り。
 楽しむ間もなく罠を掻い潜り。
 途中で転びかけて食い止めて。
 必死に決死に。
 歓声にも耳を貸さずに。
 自分の罵倒だけを信じ。
 慌てて慌てて。
 冷静になって冷静になって。
 完全に壊れたかのように。
 完全に狂ってしまったかのように。
 完全に理性を吹っ飛ばしたかのごとく。
 乱舞し。
 快刀乱麻のように。
 浮き上がって。
 沈み続けて。
 自分の人生というもの全てを呪う様に。
 何かを壊すかのように。
 何かを壊しながら。
 生きているのか死んでいるのかの不思議さを。
 自暴自棄で自縄自縛で。
 ともすれば、破壊神の様と見間違うような。
 ソコには、純粋だなんて言葉は無くて。
 ただ、始原的な感情だけがそこにあって。
 それは生存欲なのかもしれなくて。

 不意に。

 笑ってしまって。

 ひょとすると、俺は楽しむということで自分の置かれている不条理な状況を打開しようと
していたのかもしれないし、本心で楽しんでいたのかもしれなかった。何が不条理かって、
ミルフィーユ・桜葉個人へ向けての怒りか、否、そんなものはこれっぽちも存在してない。
ならば、何なのだろうか。自分のお気に入りの場所を見つけられてしまった子供のような感
覚を胸に占めながら、俺は。

『うわわっ!ゴールです!競技時間枠内での完走者が出ました!!これは大会運営委員会企
画部門も吃驚デス!!』

「ゼィゼィ……フゥ……その企画部門出て来い……一発本気で殴る…」

 俺の本心をその一言に詰めて言ってやった。しかし、その言葉は残念ながら届かなかった
ようで、個人用表彰式に出てくださいね、という大会スタッフの女の子に激励にもなってな
い言葉を貰った程度となった。まぁいい。所詮はこんなものである。
 しかし、俺のしがない言葉は誰の評価も受ける事は無かったが行動はこの空間内では十分
に評価を受けたようだ。せわしないほどに賞賛の言葉が届いてくる。
 それは、言葉だけでもなく、ボディーランゲージもあるようだが。

「アキトさん!凄い凄い凄いです〜〜、流っ石ですねぇ、思わず感動しちゃいました〜」

 そう言ってフライングボディアタック。回避する気力など残ってもいないのでモロにブチ
当たる結果となった。

「そのまま物静かに倒れていく俺」
「って!自分で言いながら倒れないで下さい〜〜〜〜!!!!」

 せめてもとミルフィーの方へ倒れる事も考えたが、それはそれで危ない光景その1となっ
てしまいそうなので断念。仕方が無いので砂地と感激的な接吻を果たす事にする。
 味は砂っぽかった。こう、インカコーラ思い出しそうなほどに。
 まぁ、砂なんだけどね。

「………もう絶対に死ぬ」

「あう〜、まだ死なないで下さい〜って。うわわっ!!」

「………どした?」

「アキトさんから死ぬって台詞は初めてな気がします!それ程までに絶望ですか!」

 そういってガガガガーンッ!!とバックイメージが出そうなほどに驚くミルフィー。
 だが、俺は知っている。
 この子が確信犯である事を。
 その理由に、後生大事に首から下げているカメラがそこにある。

 それから、団席に戻る事を促してくるミルフィーをやんわりと断り、やんわりと断っても
無駄だったミルフィーを断固強く断り、ちとせの元へと向かった。次はコッチの番だ。
 ちとせの宇宙科だか情報科だかのところはミルフィー達の様に保護者同伴自由席ではなく
てきっちりと詰められている席だったので少し入るのに抵抗があった。それでも入ってみる
と俺がいても大して違和感はないらしく、結構楽にちとせのところまで辿り着けた。
 ……のだが、女子ムード満点のちとせクラス(仮称)はかなり抵抗があった。
 やべぇ、生粋のお嬢様しかいねぇよ。
 此処でちとせの名前を呼んでみるとどういう反応になるか経験したことが無いので想像が
つかない。ならば此処で経験するべきなのか?
 そんなこんなで思い悩み、あぐねんでいると、ちとせのほうからこっちに来てくれた。

「アキトさん、お疲れ様でした。素晴らしき…勇姿を拝見させて頂きました」

 勇姿の部分で少し口ごもるちとせ、当然かもしれない。はっきり言って自分でもドレをド
ノヨウにしてゴールしたか覚えていないのだ。叫びこそはしなかったが、狂ったように走っ
ていたのは大体からだが覚えている。ちょっとばかり引くこと請け合い。
 そんな新たな暗き過去をズルズルと引きずるのは性に合わないので、いざ話題転換。

「ん、あぁ、まぁね。………で、次はちとせの番になるね、頑張らなくちゃ」

「はい!アキトさんもご協力お願い致します!」

「ベストを尽くすよ」

 体力が回復してたら、と心の中で付け加えておく。正直まだ半分も回復できていない。
 表面上は必死に内臓器官をどうにかして押えているが、動悸が治まっていない。正直戻し
そうである。昼飯を少量にしておいたのが幸いといえよう、塞翁が馬である。循環器系と呼
吸器系を落ち着かせながらのちとせとの談話。
 すると、突然ちとせが水筒を出してきた。
 理解がわかりかねる俺に、わざわざ説明までしてくれる。

「ですが!ベストを尽くして頂く為にはコンディションを整えて貰わないといけません。で
すので、どうぞお茶でも飲んで少し落ち着いてください。まだ疲れているようですから」

 この娘、隠喩抜きで最高。
 今の一瞬で、俺の中でお嫁さんにしたい女の子の座一位を勝ち取ってしまった。
 よく気のつく和風な女の子って素晴らしい。
 マジで光源氏計画を考えてしまいそうな勢いだが、それをうまく殺して一服タイム。
                         ……………
緑茶だったり。 

 いや、美味しい事は美味しいのだが。
 こう。
 何か違わないか?

「さて、一服した事だし」
「はい!」

「じゃ、そういう事で」
「はい?」

 俺は水筒を感謝の意味を込めて手渡す。

「ちとせ、また今度」

 冗談交じりに団席まで帰ろうとしたら、ちとせが泣いてしまった。
 ちなみにマジ泣き。

 どうやら烏丸ちとせと言う女の子に冗談は通じないらしい。少なくとも、一般的な人より
純粋な気持ちを持っているようなのでミルフィーに使えるような皮肉めいたものは全て使っ
てはならないようだ。つまり、この子を笑わせるためにはコント的な冗談などのそういった
方面のバラエティを駆使しなくてはならないという事である。しかし、その中にも前者の類
が少なからず混じっているので注意が必要である。
 って、何で俺はちとせの笑わせ方なんかを考えているんだろう。
 とりあえず、落ち着かせよう。
 このままでは、色々な意味で危険である。
 と、いうことで此処は一つ小噺でも……

「ちとせ、聞くんだ。これは本当にあった笑い話でね………」
「…………」

 反応0。頑張れ、俺!!

「在る所に遅刻ばかりする社員がいる会社があってね、ある日とうとう辛抱溜まらずに社長
がその社員に言ったんだよ『君はまた一時間も遅刻したな?一体何時に仕事が始まるのかを
知ってるのかね?』ってさ。そしたらその社員は・・・・・・」

「『いいえ、社長。私がここにつくと、いつも皆仕事をしてますから』」
「オチを言うなよ。ってか、知ってたのかい」

 まぁ、いい。泣き止んでるようなので結果オーライ。
 だけどまだ怒っているようだ。これはどうしようもない、相手の出方次第だ。

「…笑えない冗談は……止めてください」
「前者の冗談は本当に悪かったと思う。後者の方は俺の中では中々の傑作だと思ってたんだ
が……ごめん」

「今度したら………謝っても許しませんから……」

 らじゃ。よくよく肝に銘じておくよ。
 とりあえず、仲直りも出来たようなので当面の問題へと注意の矛先を向けよう。
 俺の出たトンデモネェ競技の方は完走者一人というところでお開きとしたらしい。と、言
う事なのであまりタイムロスも無く競技は進行中。そして、もう部対抗リレーの前半戦は始
まろうとしている。………パフォーマンス部門だが。

 出場者達の列に混じって部ごとのパフォーマンスというものを見てみる。うん、こう、和
洋折衷ってか、小高折衷ってか、商工折衷ってか、年相応のパフォーマンスの中に全然レベ
ルの違う何かが入ってるって感じがする。良い意味でも悪い意味でも。
 俺は結構この世界で過ごしたとはいえ、まだまだ完全になれていないところもある。特に
文化圏ともなるとその理解に苦しめられる事が多い。だから、こう、独断で俺の思う事を相
手の文化に表してはいけないのだと思う。それを描写してしまう事は偏見なのかもしれない
し、場合によっては文化摩擦が起きる可能性もある。

 それでもあえて、文化というものをごく一部のみ抽出して、学術的に研究するために、サ
ンプルとして取り出してみると次のようなものがあげられる。


「男子体操部!【男】という漢字を集団人文字で作ります!!」
「馬鹿野郎!押すな、押すな!あっ、こらっ、跳ねの部分の奴楽しやがって!!」
「崩れる、崩れる〜!!」

「アニメーション研究部!ロボットのコスプレでパフォーマンスします!!」
「うぉぉ!!チェ〜ンジゲッ○ー!!」
「男同士の合体は嫌だ〜!!」

「光画部!!腹で米を沸かします!!」
「エクセレント・チェンジ!(ピカー)究極戦隊……よっしゃ、主題歌行くぞ!」
「ま〜かせて!そんじゃま、『あいつの愛機が ストロボ焚いた 見たぞ撮ったぞ……』」

 と、いうわけで異文化交流終了。

   一応はまだ続いているっぽい。何か周りの人間まで一斉に歌い始めたからよっぽど有名な
曲なのだろう。意外なのはちとせが熱唱してるところ。実は大人しく見えて熱血ノリが好き
なのかもしれない。ますますシャープシューターにそっくりさんだ。
 ………そろそろ、終わるかな。次辺りが俺たちの走る周回だ。

『なんてうれしい 究極戦隊 ガマン・テツマン ガマン・テツマン ああ 
 曲の終了と共に何かワケのわからないスモークが発生。ワケのわからない拍手と共に消え
て行く部員たち。うん、何気に優勝候補かもしれない。高校生っぽかったのは気のせいで。

「ふぅ…流石は優勝候補ですね。観客全員を取り込むなんて………流石です!!」
「皆、若いね」
「振り向いてませんから」
「そっか」

 何気ない会話。
 ソレは、別段いつだって出来そうな会話。

 そして、俺達の番がやってきた。
 一緒に走る部の名前は知らないが、何かごてごてした袋と荷車が見える。大掛かりな張子
でも出すのかもしれない。
 どうだっていい筈のものなのに、何故か気になった。

「まぁ、いいか。さて、とっとと終わらせますか」
「そうですね。絶対に、成功させましょうね!」
「おっけ。そんじゃま、お礼でもせびろうかな」
「………」

「ンナに真剣に考えられても、冗談だって」
「いえ、そういうわけには」
「ん。終わってからね」

 そういって俺は笑って、ちとせも笑った。


 オワルまで。

 あっという間の出来事だったのかもしれないし、長い時間が掛かったのかもしれない。
 それすらも判別できない。
 判る事、解る事は。

 俺は成功させた。

 見事、飛んでくる鉄の鏃を木刀で叩き落した。
 成功した、という感覚をもってして顔を上げる。








 そこにいるのは一人の少女。


 烏丸ちとせ。
 今日出会った少女。
 非常に礼儀正しく      非情なほど純粋で
 お茶をくれて、でも緑茶で。
 それが、不思議なほどに似合っていて。
 とっても、かわいいしょうじょ。


 それは俺の彼女に対する印象。
 ひょっとしなくても、まだあまり知らなくてそれだけの欠片みたいな印象。
 パズルのピースの外枠からはめていった既視感。
 だけど、会ってからほんの少ししか経っていないのに馴染んで
 ソレはあっちも一緒で
 あの時、抱きついてきた笑顔は幸せ一杯な笑顔で

 ───そして、ソレは今もそうして/
 ──────笑っていて/
                ───まっすぐコッチだけを見ていて/
                      

 真っ直ぐ見ていて     真直ぐ まっすぐ マッスグ   横を見てなくて


 ねぇ、ちとせ、横をご覧よ。

 横からは。
       荷車が突っ込んできていて。
                      大きな張子が乗っている荷車が。
                                     少女を。
                ちとせを。

                       



               轢こうとしていた。



 操舵性を失った荷車。
 その重量と速さなんて知りようが無いが、確実に大事に至ってしまう。
 誰が?

 ちとせがだよ
 本当かい?
 本当だよ
 嘘だろう?
 嘘じゃない
 冗談かい?
 冗談でもない

 それが現実だ

 嫌だ

 認めたくない 認めたくない 認めたくない
 認めたくない 認めたくない 認めたくない

 見止めたくない
 視止めたくない
 ミトメ他クナ異

 脳が思考を拒絶して回路を立とうとする
 だけど、無理矢理繋げる

   一瞬 アイちゃんとメティちゃんの笑顔が───
 ───炎に包まれたシェルター内/
 ───そして、ツメタクナッテイクショウジョ/
 

「………!……!!……!!」

 ソコまで思考が行った所で俺は何かを叫んだのだと思う。
 そして、木刀が手の中から無くなっている事と────異常に俺の右腕の筋肉が痛い事か
ら────俺の全力を持って木刀を投げたのだと判る。そして、周りの景色が動いている事
から俺が走っているのだとも判る。叫びたいくらいに足の筋肉が痛い。体がついてきていな
いのだ。ひょっとしたら筋肉が外れるかもしれない。だけど、そんな事は気にしてはいられ
ない。何よりも、今は、助けれるのなら、いや、助けたい。

 オイオ/イ何ヲ言/ッテルンダ/30mノキョリ/ヲツメラレ/ルノカヨ/
 ソンナコ/トヤラ/ナキャ/ワカラ/ナイダロウガ/
 踏ミ込/ミニ5m使/ッテイルカラッテカ/
 アアソウダ/コレデワカ/ラナイダロウ/

 いいや 解るね 結局 誰かが泣く結果に オワル

 ようやく横を見て目前に迫る凶器を視認して、ちとせの笑顔が消える。そこにあるのは驚
愕とほんの少しの絶望。でも、ソレは、一瞬ごとに増えて言って満面へと移り変わって行き
それから、それから、また驚愕へと変わる。その視線は、その視点は、俺へと向けられてい
る。その後、どこか笑ったような、泣きそうな表情のような────

 ────諦めの表情のような────     ソンナ表情ハ見タクナイ

 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、荷車が止まった。
 木刀が、荷車の前方車輪の一つに当たったのだ。
 木刀は、自ら轢かれる様に車輪の下に潜り込んで行く。

 その止まった一瞬は、何物にも変えがたい一瞬。

 止まっている間に。

 校庭を強く蹴り込んで、ちとせに覆いかぶさる。
 突き飛ばすという選択肢もあったのだが、荷車とぶつかるのと大差ない怪我をしてしまう
ので一瞬で選択肢から消しておく。いや、選択肢なんて思い浮かんでなかったのだけれど。
 ソレは、正しい選択だったのかもしれない。
 そして、正しくない選択だったのかもしれない。

 時間があれば、あるいは、そのまま起き上がってちとせを抱きかかえて脱出したのかもし
れない。けれども、御都合主義なんて存在しない現実はソレを許してくれなかった。
 だから、せめて最後まで抗った。
 腕と脚の筋肉限界などお構いなしに準備運動で言うブリッジの逆をする。

 そして。

 俺の背中全面に荷車と張子の重量全てが襲ってきた。
 前方につんのめった荷車は、慣性の法則に従ってくれた。
 事前に着ておいたマントのおかげで背中にのしかかる衝撃は和らいでくれたが、重量まで
はカバーできずに、そのまま圧し掛かってくる。そして、バイザーではどうしても隠し切れ
ない後頭部に 鈍い衝撃を感じた。



 暗転。


 視界が視界でなくなる感じ。
 ソレは死界かも知れないし、そうでないのかも知れない。
 ただ、目の前が暗闇に包まれただけかもしれない。

 意識を失っていたのかもしれない。
 そんなことも区別できないほどの頭をそれでも区別しようと働かせる。
 思考が追いつくと、次いで景色がようやく目に入ってきた。
 ソコには、傷一つ怪我一つ無い、ちとせ。
 よかった。
 守る事が出来た。

「ア……アキト……さん…あ。あ。あ。あ。あ。」

  (ああ、誰かの悲鳴が聞こえる 全く煩いな 大丈夫だよ ちとせは怪我一つしなかったん
だからさ ほら、そうだろ って、おいおい何で怪我も何もしていない君が泣いているんだ
よ ひょっとして少し擦り剥いてしまったのかい これはいけない 血が出てるじゃないか
……ふぅ、大丈夫 これは君の血じゃなくて)



(俺の血だよ)


 だから、御免ね、君の白袴を汚してしまった。

 いや、本当に御免。謝るから、そんなに泣かないで。
 女の子の涙は苦手なんだよ。ったく、あの時もミルフィーが泣いて………そうだ、ミルフ
ィーはしっかりとカメラに撮ったのかな?すげぇシャッターチャンスだぞ。喜んでくれれば
いいけどさ。

「アキトさん!!アキトさん、アキトさん、アキトさんアキトさん!!」

 おお、噂をすれば何とやら。
 なんだい、そんなに俺の名前を連呼して。おっ、ひょっとしたらよっぽどいい写真が取れ
たのかい?だったら俺にも少し画面を見せてくれよ。今はちょっと色々と上に何かあるから
見れないけどさ、そろそろ出るからその時にでも……… ? どうして泣いているんだい?
いやいや、俺は別に君の気に触るような事をいった覚えはないぞ。ほらほら、そんなに俺の
名前を泣きながら呼ばないでくれよ。

「血が!!血がっ!!アキトさんが、死んじゃうよっ!!誰か助けて!!」

 何だ、そんなことを気にしてたのかい。
 大丈夫だって、こんな事くらいで死ぬくらいだったらエステバリスのパイロットなんてし
てないよ。ん、ああ、エステバリスって言っても解らないか。曼珠沙華じゃないよ。
 兎に角、ミルフィーが泣くような事じゃないよ。
 だからさ……

『桜庭ちゃんとこのかい?!ああ、遂にやっちゃったね』
『ミルフィーユが事故を起こしたぞ!!』
『血が出てるぞ!早く救護班、救護班!!』

 おい、今ミルフィーの所為だって言った奴出て来い。
 今のは違うだろ?
 ただの事故なんだよ。
 ミルフィーの無為式なんてこれっぽちも関係ないだろうが。
 第一、無為式にしろ無意識にしろ、本当にそれはそれで存在しているのかよ。
誰か立証してから物言えよ。
有り得ると言うのも有り得ないと言うのも確立で言うと同じなんだ。
第一、責任があるとしたら張子の操縦できなかった奴らだろ。
 そのくらいもわからないのか、おい。
 いや、確かに俺もそう思っていた時も在った。でも、今はそれとは逆の思いだ。 ほら、ちとせも何か言ってくれよ………

「あ………!?──────」

 何かを言おうとしたのだが、何故か突然に痛みが襲ってきた。
 どうやら、先程から背中に圧し掛かる不思議な重さが取り除かれたかららしい。
 そういえば、そもそも俺はどうして倒れていたんだっけか、それすらも記憶がなくなってきた。
頭から血がだくだくと出ている所為だろうか?どこか俺は怪我をしているのかもしれない。
いやぁ、背中と頭か。だったらこれは記憶障害というやつかもしれない。
もう、考えるのさえ、面倒になってきてしまった。

日光が体に直射されてうつ伏せにも拘らず、眩しさを感じる。
 そして、俺は背中が痛いにも拘らず、眩しいのにも関わらず、仰向けの体制へとなる。
 なぜか手足が動かずに、体とは反比例して脳は睡魔のような感覚を訴えかける。
 このまま眠ったら、どこか行っちゃいそうな。

(懐かしいよな、こういった感じ)
 

 不意に頭の中に思いついて、そして何がどう懐かしいのか覚えていない自分に少し苦笑い
をする。だけど、焼け付く様な背中の痛みと、後頭部の気の引かれるような感覚と共に思い
出す。そして、その結論が脳に染み渡って、また苦笑いが出てくる。

 これは、気を失う感覚だ。

律儀にそう思って、俺は気を失った。
 最後に視界に捉えたのは、太陽とミルフィーユ=桜葉、烏丸ちとせの泣き顔だった。


続く


後書き

さて、と。
皆様、大変にお久しぶりです。感想以外掲示板をご覧になっておられる方はそうではないの
かもしれませんが。とりあえず、ここに第四話後編をお送りいたしました。




ヤヴァイです。今回も駄作でした。
最近、Action一千万HITという事で改めて此処の凄さを目の当たりにしたのですが・・・・
私の所為でランク下げているような気がするのは、気のせいでせうか!?
それでも、お情けで感想を出してくださる皆様に感謝感激雨霰です。
此処に、私の駄作を読んでくださる(事を確認できる)皆様に感謝の辞を申し上げます。

今回感想を下さった風流様、時の番人様、SIMU様、雷華様、霞守様、nao様、ルーザ様、
アンタレス様、Ishii様、failtar様、リン様、オン様、ATOK様、ゲキタイ様。

私の駄作を紹介してくださったどんぶら様、黒豆様、テムジン様。

本当に有難う御座います。
私ピョロ弐式、皆様のおかげで駄作止まりでも執筆することができます。
こんな作品読まなければよかった、と思われていても一度見てもらえただけで結構です。
もし、まぁ続きを見てやるか、と思われたならば次を待ってやってください。

最後に、お気に召さなかった場合(確率高し)どうぞクレームの程をお送りくださいませ。
もちろん、御意見感想等受け付けております




管理人の感想

ピョロ弐式さんからの投稿です。

何と言うか・・・常人には参加出来ない運動会ですなぁ(汗)

というか、当初の目的を見事に忘れていないか、アキトよ?(苦笑)