機動戦艦ナデシコ

The Triple Impact


第七話 発進



西暦2195年、ノア本社ビル、会長室。

石動 透真とルチル オニキスが、経営戦略の組み立てやら、他企業からのスパイの洗い出しやら、会計のチェックやら何やらに精を出していた。

マシンチャイルドの手助けにより、ノアはわずか二年で世界有数の企業にまで成長していた。…のはいいのだが、おかげで様々な企業からマークされるハメになってしまった。これまでに派遣されたスパイの数は延べ八百人にまで達しており、現在もなお記録更新中である。

「あーーー!!!もうイヤーーーーーーー!!!!!」

「気持ちはわかるが…。喚くな、ルチル」

透真が端末を操作しながら、ルチルをなだめる。

「だってだってだってだってだって〜〜〜!毎日毎日デスクワークばっかりじゃ体が腐っちゃうよ〜〜〜〜〜!!」

「仕方ねーだろ、企業ってのは色々と複雑なもんなんだよ」

「うう〜〜…。他のみんなは一体何してるんだっけ?」

「ハーリーは『ディモルフォセカ』のプログラム、アキトはそのテストパイロット、ラピスは他の所にハッキング、海人は『ダイアンサス』の設計も終わったんで、一ヶ月くらい前から休暇で火星に行ってたけど、今は帰ってきて『サレナ』の設計をしてる」

「あたしも火星に行きたい…」

頬杖をついて遠い目をしながら、フウッと溜息をつくルチル。とても八歳とは思えない仕草だ。

「いいじゃねえか、どうせ来年には嫌でも行くことになるんだから」

「わかってないわね、あたしは『今』を大切にしたいの。やりたい時にやりたいことをやる、これに勝る喜びは無いわよ?」

(…何でこんな可愛くないガキになったんだろう?)

ルチルを横目で眺めつつ、透真はそんなことを考えていた。

育てるのはそれぞれ研究所からの仲ということで、透真がルチル、アキトがラピス、海人がハーリーになったのだが、ルチルはこの通り生意気に、ラピスはなんだか暗い性格に、ハーリーはどういうわけだか皮肉屋になってしまった。

(謎だ…。この宇宙は不思議で満ちている…。わかんないよ、姉さん…)

そんなこと沙耶香に聞かれても困るのだが…。まあ、彼の心の中の呟きなので、当たり前だが誰も答える者はいなかった。

「ん?透真、ネルガルの会長さんから通信が入ってるけど?」

「…回してくれ」

「はーい」

ルチルに言われて、気を引き締める透真。これから話す相手にそんなに構える必要はない気もするが、だからと言って油断してもいい、と言うわけでもない。

『やあ、石動君。調子はどうだい?』

「ボチボチだな。これでお前の所からのスパイが無ければ、もう少し気分もよかったかもしれん」

スーツを着込んだ長髪の男、アカツキ ナガレがウインドウ越しに呼びかけ、透真がそれに多少の皮肉を含めて返事をする。

このアカツキと言う男は一見して軽そうに見えるが、この若さで会長にまで上り詰めているのだから、それなりにやり手のはずだろう。『記録』でもそうだった気がするし。と透真は思っていた。

が、それを確かめるために半年くらい前にいきなり通信を入れてみて、いざ話し込んでみると、やっぱりただ軽いだけかな、と思うようになった。

試しに飲みに誘ってみたら二つ返事でOKし、そこで同じ経営者同士、意外にもウマが合ってしまったのである。

それ以来、この二人の間には、奇妙な友情が芽生えていた。

『ははは、まあ勘弁してくれよ。重役連中の手前、一応産業スパイは入れとかないと』

(そうか…。今ラピスに頼んで、ネルガルのホストコンピュータをハッキングしてもらってるんだけどな…)

ちょっぴりだけ罪悪感を感じつつ、アカツキの顔を見る。相変わらず、無駄に爽やかなヤツだ。

「で、何の用だ?」

『ああ、そうだった。いや、実はノアで新しく戦艦作ってるって聞いてね。ウチと完成時期が重なっちゃうんで、できれば遅らしてくんないかな、と…』

「…ルチル、チクッた奴の見当は?」

「大体ついてる。明日あたりにでも宅急便でネルガルに送っとくわ」

「よし」

そんな二人の会話を見て、圧倒されるアカツキ。これが初めてでもないのだが、そう簡単に慣れるものでもないらしい。

『…あー、話を先に進めてもいいかな?』

「おお、すまんすまん。で、つーことはネルガルでも戦艦作ってるってことだな」

『ハア、どうせわかってたんだろ?君たちの情報網から逃れられるなんて思っちゃいないよ。それにしても、どうやってそんなに正確で緻密な情報網を作ったんだい?ぜひ教えて欲しいね』

「それは秘密だ」

目と目で合図する透真とルチル。アカツキには、ルチルは秘書のような存在だと言ってあるため、大して問題はない。…まだ十歳にも満たない少女を秘書にしていると聞き、アカツキが引いたりニヤけたりしたのに対して経済的制裁を行ったのはここだけの話である。

『うーん、やっぱりそう来るか』

「わかってたことだろ?…じゃあ、そこで一つ提案がある」

『提案?』

ふいに真面目な顔になる透真と、それに応えるように顔つきを変えるアカツキ。ウインドウ越しとはいえ、その緊張感は横にいるルチルや、これまで全然触れられなかったが実はアカツキの隣にいるエリナにも伝わっていた。

「賭けをしよう」

『ほう、どんな賭けだい?』

「お前の所のナデシコと、ウチのダイアンサス…。どうせ行き先は火星なんだろ?それで、どっちがより大きな成果を上げて地球に戻って来れるか。これを賭けよう」

『お互いに賭けるものは?』

「会社だ。こっちが負けたらネルガルグループに入ってやる。その代わり、そっちが負けたら…」

『ネルガルをノアの傘下に入れろ、か…。悪くないね、受けよう』

『ちょ、ちょっと、会長!?』

全く会話に参加していなかったエリナが、驚いて声をあげる。それを見たアカツキが、

『別に悪い話じゃないんじゃない?要はこっちが勝てばいいんだから、勝てば』

『そりゃそうだけど……』

と、エリナを取りあえず説得するが、彼女はいまいち納得していないようである。

「じゃ、詳しいルールは後で相談するとして、今日はこの辺で。まったねー」

『ああ、それじゃ』

ピッ

通信を切り、ルチルの方を見る。彼女はじぃっと透真を見ていた。

「…ったく、いいの?海人にもアキトにも相談しないで、こんなこと決めちゃって」

「いいんだよ、どうせこれも計画の内だ。…にしてもアカツキの奴、一体何の用だったんだろうな?ダイアンサスの完成を遅らせろ、とだけ言いに通信を入れたのか?」

「暇だったから、世間話でもしようと思ったんじゃないの?」

「…ありえるな」

二人して溜息をつきつつ、残りの仕事をこなし始める透真とルチルだった。










―――話は二週間前、第一次火星会戦にまでさかのぼる。

ユートピアコロニー、シェルター内。天宮 海人はそこにいた。

直撃したチューリップのおかげで、回りにいる人は軍人も民間人も不安げな表情だ。

(…フウ、何で僕がこの役なんですかねぇ?そりゃ、ダイアンサスの設計も終わってヒマですけど、休暇で今の時期の火星に行かせるってのはちょっと…)

『ああ、お前今ヒマなんだったら火星に行け』と言ったノア会長に、今更ながら怒りがわいてくる。お土産のミカンはあの男にだけは持って行かないでやろう…と、ささやかな復讐を決意する海人であった。

「ん?」

こちらを見つめる視線に気付く。振り向くと、ルチルと同じくらいの年の少女がこちらを見ていた。

「はい」

微笑みながら少女にミカンを手渡す。

「わーーっ!ありがとう!!」

(ルチルとラピスもこれくらい可愛げがあれば…)

海人が何となく悲しくなって、ガクッと肩を落とす。どうやら『普通の女の子』に飢えていたらしい。

「どうしたの?」

「…ちょっと世の中の不条理について考えていただけですよ」

「ふーん?」

よくわからない、とでも言いたげな顔をする少女。海人の身近にいる少女約二名は、こんなに可愛い表情はしない…ような気がする。

「すいません」

少女の母親らしい女性が、すまなそうに海人に話しかける。なかなかの美人だ。

「いえ、ちょっと買いすぎたかな、と思ってたんで」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「ええ」

「デートしよう!!」

「え!?」

唐突に言われて目を丸くする海人。少女の母親は、二人のそんな様子を見て苦笑している。

「あたしね、アイっていうの!」

「えーっと…。それじゃあ、アイちゃんが将来いい女になったら考えましょう」

「『いいおんな』って、かわいいってこと?あたし、かわいくない?」

「いえ、そんなことはありません、十分可愛いですよ。でも、『いい女』っていうのは『可愛い』じゃなくて、『キレイ』な女の人のことを言うんです。あと、見た目以上に大切なのが『性格』。外見だけよくてもダメなんです」

「ふーん…。じゃあ、あたしがいつか『いいおんな』になったら、デートしてね、お兄ちゃん!」

「はは、楽しみにしてますよ」

ガラガラ…

会話の途中で、突然何かが崩れるような音がシェルターに響く。

その場にいる者が全員その音がした方向を見ると、壁に走った亀裂から赤い光が二つ放たれ、

カッ!

「危ない!」

ドガアアァァン!!!

「キャアァァ!!」

爆音と閃光が辺りを包む。アイとその母親は、とっさに海人が伏せさせたので取りあえずは無事だ。

煙が晴れると、そこから黄色い強大な虫のような機械――後にバッタと呼ばれる――が現れた。

「うわああぁぁぁーーーー!!!!」

それを見るや否や、シェルター内の全ての人間が出口に殺到する。

「ただ今、手動で扉を開けています!慌てないでください!!」

パパパパパパパ…

軍人たちがマシンガンで応戦するが、全然効果がない。銃弾の雨を無視して、バッタはその歩みを進めていった。

「ったく、損な性格してますね、僕も!」

「お兄ちゃーーん!!」

海人がIFS制御式の小型のトレーラーのような車に乗り込み、バッタに突撃する。彼にしては珍しく、結構必死な顔をしていた。透真かアキトあたりが見たら驚くだろう。

ガン!!ガリガリガリガリガリ……ドガァン!!!!

バッタに激突し、そのまま引きずって壁にぶつけ、押し潰す。その衝撃のおかげで、バッタの四つあるカメラアイの内の三つが割れた。

「お兄ちゃん、すごいすごい!」

「よーし、みんな行くぞ!」

バッタが沈黙して取りあえずの危機は去った…。が、いつまた襲われるかわからないのでシェルターから脱出しようと扉を開く、その他大勢の人たち。しかし、

ズガガアアァァン!!!

開けた途端に、待ち構えていた数機のバッタの攻撃をくらう。…その結果どうなったかは、言うまでもあるまい。

「!?」

その音を聞いて振り向く海人。そこへさらに、シェルター内にバッタが侵入する。

ガシャンッ

「くっ!」

それを見て5メートルほどジャンプし、間合いをとる。

「多勢に無勢…。いえ、それ以前の問題ですね。流石にナイフじゃ壊れてくれないでしょうし…。仕方ありませんか」

懐からCCを取り出し、イメージを開始する。目標は…どこでもいい。ここ以外で、人の生存できる場所だ。

バシュバシュバシュバシュン!!

「ジャンプ!」

バッタから大量のミサイルが発射されるのと、ほぼ同時にジャンプする。すぐそばにいた少女を巻き込んで…。





…気が付くと、どこかの草原にいた。時刻は夜のようだ、遠くに街の光が見える。

「フゥ…」

ドサッ

疲れた顔をしながら、その場に仰向けに倒れ込んで夜空を見上げる。きれいな星空だった。

「ハァ、だから嫌だったんですよ…。……ちゃんと飛べましたかね、あの子…」

ミカンをあげた少女に思いを馳せる。順調にいけば、一年後には会えるはずだ。…ずいぶんと年をくってしまっている上に、記憶を失っているとは思うが。

「あ、ミカン持って来るの忘れちゃいましたね…。ま、いいか…」

ミカンでそのことを思い出すが、どうせそんなに重要なことではないので、忘れておく。

…翌日、会社の同僚五人に文句を言われてかなりムカついたのは、余談である。










西暦2196年、ノア本社ビル、会議室。

重役会議…とは言っても、三人の若者と、同じく三人の少年少女が席を囲んでいるので、あまり『会議』という感じはしない。

「第一次火星会戦敗退から、早一年余り…。すでに火星と月は完全に敵の勢力下、このままでは地球も時間の問題…。で、その状況を打破するために、ウチで戦艦を作ってるんだけれども…」

上座に座っている青年が淡々と話す。やる気がありそうで実は無さそうなしゃべり方だ。

「それを動かす人材がいない、ですか…」

その右隣の眼鏡をかけた青年が言葉を補う。こちらはなかなか真面目な顔だ。

「そーゆーこと。ま、大体の目星はついてるんだけどねー」

書類の束を眺めながら黒髪金目の少女が言う。この人物にいたっては、完全にやる気が無いように見える。

「誰がスカウトに行くんだ?…俺は嫌だぞ、そんなこと」

室内だというのに、黒いマントに黒バイザーをした男が会議室に座っている…。面妖である。

「…アキトが行かないなら、私も行かない」

薄桃色の髪に金色の瞳をした少女が告げる。ほとんど感情がこもっていないような喋り方だ。

「大丈夫だ、この役目は海人とハーリーにやってもらう」

「ええええええぇぇぇぇぇーーーーーー!!!!??」

「…うるさいぞ、ハーリー。会議室でバカでかい声なんか出すな」

ハーリーと呼ばれたツンツン頭で黒髪、青い目をした少年が、いきなり大声を上げて立ち上がる。余程びっくりしたらしい。

「な、何で僕なんですか!!?」

「俺とルチルは出航ギリギリまで仕事をせねばならんし、アキトとラピスは人と交渉する仕事は向いてない。と言う訳で、消去法でお前と海人に決定した」

「そんなぁ、なんでスカウトなんて面倒くさい仕事を僕が…」

「あきらめなさい、ハーリー。これも運命ってヤツです」

「ううう…。あ、そうだ透真さん」

「何だ?」

「この仕事の分の特別手当って出ます?」

「…さっさと行け、クソガキ!」



チュィィーーーン…

「むふ、ふふふ、むふふふふふ…」

一見してまともでない男が、一見してまともでない場所で、一見してまともでない作業をしていた。

「ねえアンタ、見つかったら罰金…」

「うるせえな!これをこうすりゃ、リリーちゃんは無敵なんだよ〜〜…」

信じられないことだが、この男には妻子がいるらしい。が、その妻子は夫であり父である男を見て怯えているようだ。何だって彼女はこんな男について行く気になったのだろうか?

ガラガラガラーッ

「すいませーん」

「えっ!?あ、いや、違うんです!!これは…」

突然シャッターが開けられ、慌てて作業中の物をごまかそうとする。が、

「コンニチワ、アタシ、リリー♪」

「うげぇっ!!?」

カシャン! パシュパシュパシュパシュン!!

パパン! パン! パパン!

いきなり起動を開始したお手製人型ロボットが、これまたいきなりミサイル――と言っても花火だったが――を乱射したことにより、彼のもくろみは失敗に終わった。

「いやーミサイルの嵐ですか、一年前を思い出しますねぇ」

「何の話です?」

「何でもありませんよ。…えーと、ウリバタケ セイヤさんですね?あなたをメカニックとしてスカウトに来ました」

「え?俺をメカニックに?」

「違法改造屋ですけど、いい腕ですし」

「ぜひともウチの…」

「シッ シッ シーーーーーッ」

海人の台詞をいきなり中断し、小声で話し始める。

「よーし行こう、スグ行こう、パッと行こう!」

「でも、雇用条件の確認とか、契約書とか…」

「いいの!いいの!!あいつと別れられるんなら地獄でも…」

横目で妻を見るウリバタケ。結構美人でいい人だと思うのだが、何が不満なのだろうか。





名前もわからないが、何となく大企業っぽい会社のビル。

その企業の社長秘書の女性が、社長に退職願を出していた。

「本気なのかい?…そんなに社長秘書ってイヤなの?」

「うーん、て言うか…。やっぱ、充実感かなぁ?」

彼女の後ろでは、眼鏡をかけた青年とツンツン頭の少年が、共に腕を組んで壁にもたれかかっていた。





「通信士はいらないんですか?」

「オペレータがすでに三人もいるんだから、必要無いでしょう?そんなことより、次行きますよ、次。ネルガルより早く行動しないといけないんですから」

「はーい」





人間開発センター。その名の通り遺伝子レベルで人間を研究、開発する施設である。

海人とハーリーはここに訪れていた。目的はもちろん、ホシノ ルリの確保だ。

ピッ ピッ ピッ ピッ…

「ほぉーーー…」

「おや、一目惚れでもしましたか、ハーリー?」

「まっさかぁ。ただ単にキレイだ、と思っただけですよ。確かに顔はイイ感じですけど、感情の起伏が無さすぎますね。僕の好みはおしとやかで優しくて、男の後を黙ってついてくるような女性なんですから!」

「…少なくとも、地球上ではもうすでに絶滅した人種ですね…」

「いいんです!僕は少年らしく、いつまでも夢をあきらめないんですよ!!」

(木星の女性を見たら、狂喜乱舞しそうな勢いですねぇ…)

研究面でもプライベートでも『助手』と呼べるこの少年の未来を、少しだけ心配する海人であった。

「じゃ、取りあえずコレで…」

そう言って研究所の責任者らしき男に、アタッシュケースいっぱいに入れられた金塊を見せる。

「えっ、こんなに!?」

「ははは、優秀な人材を確保するためには、金に糸目はつけませんよ」

「あれ?海人さん、なーんかホシノさんの様子がおかしいですよ?」

「「ん?」」

ハーリーに言われて、海人と責任者が同時に少女を見る。そこには、全身にナノマシンのパターンを浮かばせながら、苦しそうに自らの体を抑えるルリの姿があった。

「くうっ…、ああ…あ……。はっ!?」

ナノマシンの発光がおさまると、突然顔を上げて辺りを見回すルリ。困惑したような表情をしている。

「何が起こったんでしょうね?」

「さあ…?」

海人とハーリーが相談していると、ルリが二人を見つけて、かなりびっくりしたような顔をする。

(僕たちを…いや、これはハーリーを見て驚いたんですかね?それに…)

しきりに自分の体を見たり触ったりするルリを見て、海人はある結論にたどりつく。

「…申し訳ありませんが、この話は無かったことに」

パタン、とアタッシュケースのフタを閉める海人。

「ええっ!?な、何でですか!!?」

「実験レベル程度で原因不明のトラブルを起こすような人物をスカウトするほど、ウチは楽観的じゃないんです。それじゃ」

「そ、そんな!!あと、あと一時間待ってください!!問題が無いかチェックしますから!!!」

「行きますよ、ハーリー」

「あ、ちょっと待ってくださいよ海人さん!それじゃ、お邪魔しましたー」

「あああ……」

振り向きもせずに出て行く海人と、ペコリと一礼して出て行くハーリー。去って行く彼らに手を伸ばしながら、責任者はその場に膝から崩れ落ちた。

一方のルリは、どこか今の状況をつかめていないように見えた。





「よかったんですか?ホシノさんをスカウトしなくて」

「構いません。僕の勘が正しければ、彼女は僕たちの計画の最も危険な因子になります。そんな人物を手元に置いておくなんて酔狂なこと、僕にはできませんよ」

「はぁ、そうなんですか…」

ハーリーはいまいち納得していないような顔で海人についていく。取りあえずのノルマは達成したので、これから本社ビルに戻るのだ。

(一応、透真にも報告しときますか…)

『危険因子』についてあれこれ考えながら、海人は親友の元へと急ぐのだった。





「ほっとこう」

海人が透真に、『ホシノ ルリは未来から精神のみがジャンプした可能性が極めて高い』と報告して、かえって来た言葉がそれだった。

「…いいんですか?」

「いいんだよ。今のままじゃナデシコとダイアンサスの戦力差がありすぎてつまらんし、それに…」

「それに?」

「それに、不確定要素があったほうが面白そうだから、でしょ?」

隣にいたルチルがいきなり会話に割って入る。かなり嬉しそうだ。

「…人の台詞を取るんじゃない」

ジト目でルチルを見る透真。見つめられた本人はそんな視線など、どこ吹く風、だ。

「僕とラピスとルチルとホシノさんで、鉄壁のオペレータ陣を作るつもりだったんでしょ?後悔しないんですか?」

「後悔するような生き方はそんなにしなかったし、これからもできるだけ少なくするつもりだよ」

少し笑いながらハーリーの質問に答える。『後悔しない生き方をする』なんて不可能だ、と彼はわかっているのだ。

「さて、後はネルガルがどう出るか、ですか…」

「そうだな」

窓の外を眺める、なかなかいい景色だ。わざわざ高い土地を買って、高層ビルを建てた甲斐があったと言うものだ。

(どう来る、アカツキ?そっちにもいくつかカードは渡してやったが…。それでもまだこっちの方が有利だぞ?)

賭けに勝つ可能性が99.9%から90%に下がったというのに、透真はこれからのことを思うと胸が躍るのであった。










同じ頃、ネルガル会長室。

「はあ?もうスカウトされてた、だって?」

「ええ、これが皆さんウチが行く三日前にノアにスカウトされた、と口をそろえて言ってまして…」

かつてアキトの両親を殺した男――プロスペクターが、あの時の姿からは想像もつかないほど情けない声でアカツキに告げる。

「やってくれるねぇ、石動君も。ここまで見事に先手を打たれるとは」

「ちょっと!感心してる場合じゃないでしょう!?どうすんのよ、これから!!?」

エリナが額に青筋を浮かべてアカツキを怒鳴りつける。かなり激昂しているようだ。

「いやいや、それでも艦長と副長、通信士とオペレータはお望みの人材が確保できましたよ。…オペレータの方はノアでも接触しに行ったそうですが、ちょっとした事故がその場で起こったそうで、断念したそうですが」

「何だい、その事故ってのは?」

「聞く所によると、そのオペレータ候補…ホシノ ルリさんが、丁度ノアのスカウトの方が来ている時にナノマシンのトラブルがあったらしいんです」

「…その子、ちゃんと使えるんでしょうね?」

エリナが確認の意味を込めてプロスに聞く。勝率は少しでも高いほうが安心できるからだ。

「ご心配なく。事故の前と事故の後では、圧倒的に事故の後の方が高い成績をはじき出しています。これで少なくとも、オペレート面でノアに負けることは無いでしょう」

「ならいいんだけど…」

…彼らは知らない。その『事故の後のホシノ ルリ』と同レベルのオペレータが、ノアの側に三人いることを。

「ま、これで勝つ見込みはいくらか出てきたわけだ。えーと、出航は三日後でいいんだよね?」

「ええ。でも、わざわざノアの戦艦と同じ出航日にする意味があるの?向こうより早く出航しちゃえばいいじゃない」

「いや、この出航日はかなり早い段階から決まっていてね。同じ出航日じゃないとフェアじゃないだろ?時刻は決まってないけど」

「ルールあってのゲームですからな。そういう所はあちらもわかっているようで」

「そういうこと」

そう言ってアカツキは、腕を組んで思案にふける。

(さーて、向こうのジョーカーはどんな絵柄なのかねぇ?)

秘書の不安をよそに、ネルガル会長は不敵な笑みを浮かべた。










三日後、ノアヨコスカドッグ。

ここに、ノアの新造戦艦『ダイアンサス』が収納されていた。

そのブリッジに、少年少女が三人とお兄さんが二人、お姉さんが一人。

「…制服って窮屈だから苦手。そう思いません、ミナトさん?」

黒髪でショートカット、金の瞳の少女――ルチル オニキスがぼやく。

「そう?私は結構、気に入ったけど」

茶髪にロングヘアーの、グラマーな女性――ハルカ ミナトがそれに答える。

「そりゃ、ミナトさんはそんだけ制服を着崩してるんだから窮屈じゃないでしょうけど…」

ハリネズミみたいな黒髪の少年――マキビ ハリが、会話に横から口を出す。

「あ、あのねえ、ハーリー君?これは着崩してるんじゃなくて、そういうファッションなの」

「あー、そうですか」

「かっわいくないわねぇ…」

「…どうでもいい」

薄桃色の髪に、ルチルと同じく金目の少女――ラピス ラズリは、二人の会話を聞いて呆れているようだ。

「いやー、楽しくなりそうですね、この航海」

「そうか?」

ブリッジ下段の様子を見て、面白そうに笑う眼鏡の副長――天宮 海人と、先行きに不安を感じる艦長――石動 透真。

以上が、ブリッジのメインクルーである。

ピピピッ

「あ、透真、そろそろ出航時刻だけど?」

「もうそんな時間か?んじゃ、各員チェックよろしく!」

透真の号令を合図に、それぞれが点検を始める。

「相転移エンジン、出力異常なし」

「各箇所に異常は見られず」

「アルファ、イクス、ダッシュ、三つとも正常に作動してるよ」

「乗組員全員の点呼、一応とっといた」

「よし!!機動戦艦ダイアンサス、発進!!目標はとりあえずサセボ!!!」

「「「「了解!」」」」

かくして、石動 透真の計画は実行段階に移る。――その先にあるのは一体何なのであろうか?

それはまだ、誰にもわからない。そう、計画を立てた本人にも…。







あとがき



ラヒミス「長かったですねぇ、当初は五話くらいでこの『序章編』を終わらせるつもりだったのですが…。ま、予定は未定ということで」

ハーリー「序章で五話も使わないでくださいよ。…結果的に七話になったし」

ラヒミス「痛い所をついてきますね、ハーリー君。けど、かなり伏線も張れたでしょ?」

ハーリー「ちゃんと全部使えるんですかぁ?」

ラヒミス「…使うつもりではいますが」

ハーリー「どうだか…。それじゃ、今回の反省です」

ラヒミス「冒頭のシーンと、その次の火星のシーン…。どっちを先にしようか迷ったんですが、やっぱり透真を先にした方がいいかな、ということで、会社のシーンを先にしました」

ハーリー「なんか、危険な賭けやってますね」

ラヒミス「結構いいアイデアだあと思ったんですが…。他の人の目にはどう映るんでしょうかね?感想とか掲示板に書いてくれると嬉しいです」

ハーリー「ちなみに、『緻密』は『ちみつ』と読みます」

ラヒミス「その次、クルーのスカウトですけど…」

ハーリー「メグミさん、すっとばされましたね」

ラヒミス「うーん…。彼女の描写は難しいんですよ」

ハーリー「と、言うと?」

ラヒミス「メグミさんって、良くも悪くも『普通の女の子』じゃないですか。そうなると、逆にキャラがつかみにくくなるんですよね」

ハーリー「ぶっ壊しちゃえばいいじゃないですか」

ラヒミス「壊れも壊れで結構難しいんですよ。…ま、あとはルリくらいですか」

ハーリー「ポツンと一人、逆行者…。いいんですか?」

ラヒミス「なるようになれ、です。ルリの逆行した時の詳しいシチュエーションは、次回やります」

ハーリー「そう言えば、僕はホシノさんに惚れてないんですね?」

ラヒミス「…『ハーリーはルリに惚れなければならない』、と誰が決めました?」

ハーリー「前回言ってた『セオリー破り』、ですか」

ラヒミス「そういうことです」

ハーリー「あ、それとアルファとイクスって何です?ダッシュはわかりますけど」

ラヒミス「搭載コンピュータの名称です。イクスは『EX』とも書きます」

ハーリー「三つも要るんですか?」

ラヒミス「多くて困る、ということは無いでしょう?」

ハーリー「描写が大変ですよ?」

ラヒミス「…困ってから考えます」

ハーリー「やれやれ…。あ、ゲスト紹介忘れてますよ」

ラヒミス「おお、そう言えば。じゃ、次回のゲストはラピス ラズリです。皆さん、お楽しみに」





 

 

代理人の感想

メグミは普通の〜女の子〜♪

議長のお好きな〜女の子〜♪

 

は、さておき。

 

彼女もナデシコクルーであるからには

「普通の女の子ではあってもどこか普通じゃない」

と言うことになるはずなんですが、さて、その「普通じゃない」部分はどこらへんだったんでしょうねぇ。

案外「あのクルーの中で普通である事」が普通じゃないのかもしれませんが(爆)

 

 

追伸

搭載コンピュータが三機ですか。

これでコンピュータ同士の合議制だったりするとまんまMA・・・・(ばきぃっ)