機動戦艦ナデシコ

The Triple Impact


第八話 ナデシコ



西暦2201年、火星宙域。

火星の後継者残党の一団を掃討し終え、かなりボロボロの外見になったユーチャリスがフワフワと漂っていた。

その船に忍び寄る一機の機動兵器。

高杉三郎太が操る、スーパーエステバリス・ステルス仕様である。

「いいんすか、艦長?」

「うるさいですよ三郎太さん。それに、これは艦長命令です。あなたに拒否権はありません」

「ヘイヘイ…」

そのステルス仕様の機体に、ナデシコC艦長ホシノ ルリが同乗していた。

目的はもちろんテンカワ アキトの捕獲だ。このためにネルガルにハッキングしてユーチャリスの能力を徹底的に調べ上げ、ウリバタケに頭を下げてパイロットに無断で機体を改造してもらったのだ。

ナデシコCは、ユーチャリスの索敵範囲のギリギリ外で待機している。オペレータの少年がひそかに涙を流していたりするのだが、そんなことを気にしている場合ではない。

「もう少しでユーチャリスにたどり着きますね。…フフフ、アキトさん、待っていてください……」

(こ、怖ぇ…)

不気味に口元をゆがめる上司を見て、戦慄する三郎太。こんな女性に追いかけられるテンカワ アキトに、羨ましいような同情するような複雑な気持ちを抱く。

「…ん?艦長!」

「アレは…ジャンプフィールド!?」

まもなくスーパーエステバリスがユーチャリスに到達する、というところでユーチャリスが青い光に包まれる。

「冗談じゃありません、ここまで来て!三郎太さん、スピード上げてください!!」

「了解!」

いきなり速度を上げる高杉機。これだけ近づいているのだから、今更向こうが速度を上げても間に合わないだろう。しかし、さすがにジャンプされるとそういう訳にもいかない、なにせ瞬間移動みたいなものなんだから。

「よし!間に合っ――」

パシュウウゥゥゥン!!

ジャンプフィールド内に高杉機が到達した途端、ユーチャリスは光と共に消える。

約二名をジャンプに巻き込んだことに気付かず…。










(で、過去に戻ったのはいいんですけど…。どうなってるんでしょう?)

ナデシコAのオペレータ席に座り、首をひねるルリ。あのあと過去にジャンプした、と理解できたのはいい。その後でネルガルにスカウトされたのも、まあ予定通りだ。問題は…。

「あー…、だりぃ…」

自分の右隣に座っているのがハルカ ミナトではなく、やる気が全然感じられない男性だ、と言う点である。

(…まあいいでしょう。それほど歴史に関わりがあるとも思えませんし…。いや、そうなると白鳥さんが…)

あれこれと悩む。が、そんなことはこれから考えればいいだろう。自分がこうやってここにいるのだ、アキトだって『戻って』いるに違いない…。そう、二人で相談して決めればいいのだ。

そう結論づけて、取りあえずアキトがやってくるまでの間、暇つぶしに艦内の様子を見る。まずは格納庫、ヤマダ ジロウがエステバリスで迷惑をかけているはずだ。

「…あれ?」

エステバリスが動いていない、ピクリとも。それに、ウリバタケもいない。いや、整備班が総入れ替えしているではないか。

(な、何故?)

困惑するルリ。その辺もアキトと相談しようと決め、気を取り直して食堂を覗いてみる。これから何かとお世話になる所だし、それは恐らくアキトも同様だろう、と思ったからだ。

が、そこにルリの見知った顔はいなかった。若い男連中が食器を洗ったり、説明好きの科学者と同じくらいの年の女性がモップで床を磨いたりする光景がそこにあった。

(どういうことでしょう?)

こめかみに指をあてて考え込む。しかし、いくら考えても結論は出ない。そして嫌な予感が脳裏をよぎる。

(ま、まさかアキトさんもいないんじゃ…)

その予想は八割がた当たっているのだが、今の彼女にそれを告げるのは酷と言うものだろう。…後ろで喚いている副提督とか、いらない人間は乗り込んでいるのだが。

「あーーー!ここだここだ!」

ルリが頭を悩ませていると、気弱そうな青年を引き連れた女性がブリッジに入ってきた。

「みなさーーん!私が、艦長でーす!!ぶいっ!!」

(ほっ…)

ミスマル ユリカのそんな行動を見て安心するルリ。ちなみに、他のブリッジクルーは例外なく呆れている。

(ユリカさんがいるんです、アキトさんだっています!!いるはずです!!!そう、絶対に…!!必ず…!十中八九…!きっと……。た、多分……。お、おそらく………)

だんだん自信が無くなってきた。記憶によると確かアキトはドッグの入口から入り、それから成り行きでエステに乗るはずなので、ドッグ入口と格納庫を入念に見張るルリなのであった。





ビーッ! ビーッ! ビーッ!

「現在、敵機動兵器と地上軍が交戦中。ブリッジ要員は直ちに――」

ゴートがブリッジから全艦に通信し、ナデシコが緊張感に満ちる。

「ええっ!?」

「…大丈夫か?」

思わずルリが声を上げる。右隣の操舵士の青年――カミヤマ タクヤが少し心配して彼女に声をかけるが、それに答える余裕は今のルリには無かった。

「敵の攻撃は我々の頭上に集中している」

「敵の目的はナデシコか?」

「そうとわかれば、反撃よ!」

ムネタケが勝手に結論を出す。間違った選択ではないので、別に構わないのだが。

「どうやって?」

「ナデシコの対空砲火を真上に向けて、敵を下から焼き払うのよ!!」

「上にいる軍人とか、ふっ飛ばしちまうのか?」

「ど、どうせ全滅してるわ」

「それって、『非人道的』って言いません?」

「キイイィィーーー!!」

カミヤマと通信士のメグミ レイナードが作戦に異を唱え、それを聞いたムネタケが聞き苦しい声を上げる。この時点で、彼の『嫌われ者』というイメージは確定してしまったと言えるだろう。

「艦長は何か意見があるかね?」

「海底ゲートを抜けていったん海中へ。その後浮上して、敵を背後より殲滅します!」

フクベの問いに、現状ではほぼ理想的な答えを返す艦長。しかし…、

「あの、艦長?その間に囮となるパイロットはまだいないんですけど…」

「へ?」

プロスに言われて、ユリカが間抜けな声を出す。その様子から彼女を『地球連合大学を首席で卒業した逸材』と判断するのは難しいかもしれない。

「…そんな状態で、どうやって敵と戦うつもりだったんですか?」

「いや、途中のコロニーで人員を補充するつもりでしたので。それに、機動兵器が必要になる状況なんてそんなにはありませんし…」

ジュンが呆れた声でプロスに聞くが、答えを言われた所で今の状況の根本的解決には決してならないのだ。

ピピッ

「…未確認飛行物体、超高速度で接近中」

ルリがショックもそこそこに自分の職務をこなす。ちょっとだけ虚ろな目をしているように見えるが、気のせいだろう。

「新手か?」

「いえ、これは…!?」

しかし、そんなルリの精神状態も、次の映像を見て吹っ飛んだ。

ドドドドドドン!!!

黒い大型の戦闘機のような機体が突如現れ、バッタを撃ち落とす。

バシュンッ! バシュンッ! ドドン!!

オプションパーツのようなものを外し、それをジョロにぶつけ、

ジャキン! ジャキン! ジャキィン!

変形完了。武骨なフォルム、やけに大きい肩アーマー、ハンドカノンが二つ。

「そんな…、ブラックサレナ…?」

信じられないものを見るような眼差しをしながら、誰にも気付かれないほど小さな声でルリが呟く。その胸に渦巻くのは期待と、不安と…。

「誰だ、君は!?」

フクベがブラックサレナに通信を入れる。当然の反応だ。

『…テンカワ アキト、ノア所属のパイロットだ』

「……!!」

ウインドウに表示された人物の声を聞き、姿を見て、ルリが驚愕する。

そう、そこに移る男こそ、彼女が追い求めた人物。…しかし、どこか違和感がある。かつてナデシコに乗っていたときの彼ではなく、かと言ってあの時の冷たい彼でもない。そう、根本的な何かが違うのだ。

「ノア?なぜノアの人間が我々の手助けをするのだ?」

『知るか。俺は透真に言われて来ただけだ』

ゴートの問いに感情を込めずに答えるアキト。…そして彼女が口を開く。

「アキト!!アキトだ!!」

『?』

「懐かしいー!そっか、アキトか!!」

「ちょ、ちょっとユリカ、アイツ誰なの?」

「うん!私の王子様!!ユリカがピンチの時、いつも駆けつけてくれるのよ!!」

『…お取り込み中の所、申し訳ないのだが』

アキトがユリカとジュンの会話にすまなそうに割って入る。

「なーに、アキト?あ、そうか、ユリカとお話したいんだね!でも今は戦闘中なの、アキトが囮をかってくれるのはわかるけど…」

『いや、そうではなくて…。お前、誰だ?』

「…………………………………え?」

一気にユリカの目が点になる。…ここまで来ると、彼女は本当に二十歳なのか、と疑いすら抱きたくなってしまう。

『お前は誰だ、と聞いている』

「そ、そんな…!まさか私のこと、忘れちゃったの!!?」

『知らんものを覚えている、とは言えんだろう』

「ほら!火星にいたときに隣だった…」

『…小学校で隣の席だったスズキさんか?』

「違うーーー!!ほら、よく一緒に遊んだ…」

『幼稚園の時に一緒に遊んだタカノリ?』

「わたし、女の子ーーー!!」

『…ああ、思い出した。よく火星で一緒にいたあの…』

「そう、その!!!」


『カグヤ オニキリマルか。なんか印象変わったな、お前』

ガクンッ

「ユ、ユリカ、どうしたの?」

「………」

突然うつむいてなにやらブツブツと呟くユリカと、不安げに彼女の顔を覗きこみながら声をかけるジュン。こうして見ると、ジュンの頼りなさがよくわかる。

バッ!

「うわぁっ!?」

いきなり顔を上げた艦長に驚いて、ひっくり返る副長。しかしひっくり返した本人はその子ことに気付いていない。アオイ ジュン、つくづく不幸な男のようだ。

「…違うよ!!違う!!私だよ!!!ミスマル ユリカ!!!何でそこでカグヤちゃんが出てくるの!!!??」

『ミスマル?ミスマル…、ミスマル…クッ、クククッ、アッハッハッハッハッハッ!!そうか、ミスマル ユリカか!!そうだ、そうだ!!アーッハッハッハッハッハッ!!!

ドドドン!!

アキトが大笑いしながら最後の無人兵器を撃墜し、ブラックサレナを陸地に着陸させる。ユリカと会話しながらも、きちんと敵の掃討はやっていたらしい。

「むーーっ、そんなに大笑いすることないじゃない!」

『いや、悪い悪い…。ククッ、そうか、そう言えばあの日…、お前が火星から離れたあの日…、アレから全てが始まったんだったな…』

「え?私が火星から引っ越した日に、何かあったの?」

『いや、そんなに大したことじゃない…。にしても、なんでお前がそんなところにいるんだ?』

「彼女はこのナデシコの艦長です」

『…ほお?』

「そうだよ、ユリカはナデシコの艦長さんなんだぞ!エッヘン!」

『そうなのか…おや?』

先ほどユリカが艦長であると教えてくれた眼鏡の人物に目がいき、それにつれてブリッジのウインドウも縮小化してプロスの目前に移動する。

「?…あの、私が何か?」

「もうっ、アキト!!見るんだったら私を見てよぉ!!」

『黙ってろ、ユリカ。…懐かしいな。俺のことを覚えているか?』

「…私とあなたはこれが初対面のはずでは?」

喚くユリカを黙らせて、プロスと会話を始めるアキト。他のメンバーはすっかり蚊帳の外で、手持ち無沙汰になっていた。…全神経を使ってアキトを観察するホシノ ルリを除いて。

『…つれないな、こっちは一時期お前のことを考えて夜も眠れなかったというのに……』

「え!?」

ザワッ

「あ、あの!?いきなり誤解を招くようなこと言わないでくれますか!!?」

「プロスさんって、もしかしてそっちの人なんでしょうかね?」

「うーん、ちょっと身の危険を感じちまうな」

「まさか、ミスターがそういう人だとは…」

「…むう」


「勝手に話を膨らませないでください!!!大体あなたは何者なんですか!!!?」

周囲の人間を一喝した後、ビシッとウインドウ越しにアキトを指差すプロスぺクター。かなり鼻息が荒くなっているようだが、彼の血圧は大丈夫なのであろうか?

『まだ思い出さんのか?ならヒントをやろう。[十年前]と[テンカワ]だ』

「十年前、テンカワ?……!まさか、あの時の!!?」

プロスがいきなりクワッと目を見開く。…なかなか怖い絵面だ。

『やっと思い出してくれたようだな』

「しかし…何故、あなたがここに!?しかも、ノア所属のパイロットになって!!」

『色々あったのさ。色々と、な』

これまで歩んできた十年を振りかえりながら、自嘲気味に笑うアキト。ナデシコのブリッジクルー全員がその意味を図りかねていた。そこへ、

『やかましい笑い声がこっちにまで聞こえてきたぞ、アキト』

『…透真か』

突然男の声で通信が入り、漆黒の機動兵器が後ろを向く。その方向にあったのは…。

(ナデシコ…B!!?)

「なんか、ナデシコに似てるね」

その形状は、『過去の未来』でホシノ ルリが艦長を務めた――知っているものはごく一部しかいないが――ナデシコBそのものだった。

『アキト!てめえ、オレに無断で活躍しやがったな!!くっそぉ〜!そのロボットといい、何でお前だけ特別なんだ!!!』

暑苦しい顔と髪型の男が悔しそうにアキトを怒鳴りつける。

『お前じゃサレナは乗りこなせんからな。…それより帰艦するぞ』

ドシュンッ!

現れた戦艦に向かってブラックサレナが飛び立つ。程なくハッチが開き、ブラックサレナは無事に収容された。

『コラ、待て!!話はまだ――』

『黙ってろヤマダ。…さてナデシコの諸君、お初にお目にかかる。この機動戦艦ダイアンサスの艦長にして、ノア会長の石動 透真だ。以後、お見知り置きを』

『俺の名まプツンッ

『ナイスだ、ルチル』

『それほどでも』

話がややこしくなりそうなので、問答無用でガイからの通信を切断するルチル。…結構酷い性格かもしれない。

『…声だけというのも味気ないな、映像に出してくれ』

『はーい』

(この声は…)

えらく聞き覚えのある声がスピーカから聞こえてきたので、ルリは思わず顔を上げる。

ピッ

(なっ!!?)

開いたウインドウに移ったのは彼女の知人が三名、知らない人間が三名。知っている人間の面子は、いい相談相手だった操舵士と、弟のような存在だった部下。そして電子の世界を通じて知り合った薄桃色の髪の少女。

「ほお、これはこれは。ノア会長が直々に艦長をお務めになるとは…」

気を取り直したプロスが透真ににこやかに語りかけるが、その胸中にはあまり友好的ではない考えが渦巻いていた。

『いやいや、一応社運を賭けたプロジェクトなんでね。手を抜くわけにもいかないのさ』

「それがダイアンサス、ですか」

『そう、機動戦艦ダイアンサス…。外見はそちらのナデシコに酷似しているが、中身は雲泥の差があると自負しているよ』

「…それは楽しみですな」

妙な緊張感がお互いの艦に満ちる。話の外にいるメンバーは、それぞれ呆れていたり、笑っていたり、無表情だったり、ボーッとしていたり、ギャーギャー喚いたり…と、様々なリアクションをしていたりするのだが、その中で一人ルリだけが状況についていけず…いや、状況を理解しようとして混乱していた。

(わかりません…。一体何がどうしてどうなってるんでしょう?)

彼女の頭の中では、現在その九十九パーセントがクエスチョンマークで占められていた。ナデシコのメンバーのこと、アキトのこと、そしてこのダイアンサスと名乗る戦艦のこと。何から何まで分からないことだらけだ。

『んじゃ、今回は顔見せだけと言うことで。…またいつか会おう、ナデシコの諸君!ハルカ君、進路を火星へ!!』

『りょうかーい!』

ゴオオオォォォーーーー

ルリが悩んでいる間にプロスと透真の話は終わったらしく、ダイアンサスはお空の向こうに飛んでいった。

「むう、石動 透真…。やはり侮れない人物のようですね。艦長、こちらも負けずに発進です!」

「え?あ、はい!機動戦艦ナデシコ、…えーと、どこに向かって発進するんです?」

ユリカがプロスに言われて慌てて号令を出そうとするが、そう言えばまだナデシコの目的地を聞いていない。

「ナデシコは火星に行きます!!」

「では、現在地球が抱えている侵略は見過ごすと言うのですか!?」

ジュンが納得がいかない、という風に抗議する。何気に彼が結構目立っていると思うのは気のせいであろうか?

「多くの地球人が火星と月に植民していたと言うのに、連合軍はそれらを見捨て、地球にのみ防衛線を引きました…。火星に残された人々と資源はどうなったんでしょう?」

「死んでるんじゃないのか?」

プロスが演説している横から、カミヤマがだるそうに茶々を入れる。見た感じ、本当にやる気が無さそうだ。

「わかりません…ただ、確かめる価値は――」

「無いわね、そんなの」

パチンッ

いきなりムネタケが指を鳴らすと、格納庫、食堂、そしてブリッジなどが武装した軍人によって占拠された。なかなかいい手際である。

「ムネタケ!血迷ったか!?」

「フフフフ、提督、この艦をいただくわ」

「その人数で何ができる?」

「残念、まだいるのよ。…ほら、来たわ」

ザバーーーーッ

海中から戦艦が三隻ほど浮上し、通信が入る。

『こちらは連合宇宙軍第三艦隊提督、ミスマルである!』

かくして、ネルガルと連合軍との交渉(ミスマル親子のお茶会とも言う)が始まったのであった。








――その頃のダイアンサス、格納庫。

バシュ!

ブラックサレナのアサルトピットが開き、機体と同じく黒尽くめの男が中から出てくる。

「よお、流石だな」

「…あの程度、俺とコイツにとっては戦闘の内に入らんさ」

メカニック班長、ウリバタケ セイヤが格納庫で待っていた。

「整備する必要が無いほど腕のいいパイロットってのもなあー」

「そうでもないさ。こうやって細かい整備や調整をしてくれるからこそ、俺も安心して乗り込める」

「へっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。ま、確かにコイツの整備は並のメカニックじゃ無理だろうがな」

そう言って二人でブラックサレナを見る。

初めてこのサレナを見た時、ウリバタケは『この機体を設計した人間はバケモノだ』と考えた。が、その設計した人間が今自分が乗っている戦艦の副長だと知って、しばらく思考が停止してしまった。

二十一歳の若造が追加装甲オプションや変形機構、小型相転移エンジンを独力で開発したなど、果たして信じられるであろうか?おまけにこの戦艦まで設計したと言う。

ウリバタケはそれまで、自分はかなりのメカニックの腕を持っていると思っていたのだが(実際そうなのだが)、海人の登場によって自信を一気に失ってしまった。

そこで腐らないのがこの男のいい所で『それならコイツを超えるのが俺のこれからの目標だ』と、かえってやる気を出したのだ。

以来ウリバタケと海人は、たまにメカについて熱く議論する仲になったのである。

「じゃあ、整備は任せた」

「おう、任せろ」

アキトが格納庫を出ようとしたそのとき、

「くぉら!アキト!!俺と話が終わってねえぞ!!」

「…ヤマダか」

「ダイゴウジ ガイだ!!!」

ヤマダ ジロウ(魂の名前はダイゴウジ ガイ)に呼び止められた。

「何の用だ?」

「何の用だとぉぉ〜〜!?貴っ様ぁ、人の見せ場をかっさらいやがってぇ〜〜〜!!」

「お前のディモルフォセカではダイアンサスのエネルギーウェーブの外では長時間活動できないだろうが」

「くうううぅぅぅ〜〜〜〜!!博士、俺のゲキガンガーにもコイツと同じエンジンを積んでくれ!!!」

「あー、そりゃ無理だな」

ブラックサレナの整備をしつつ、ウリバタケが答える。

「何でだよ!!?」

「じゃあ聞くが、お前サレナの急加速Gに耐えられるか?」

「うっ…」

「できないだろ。まあサレナタイプは他にも二つあるんだが、こいつは艦長と副長用の機体だからな。…でも、金色のサレナってのも悪趣味っつうか何つうか…」

「アイツは目立つのは嫌いだったはずなんだが…。やるんだったらとことんやる奴だからな、良くも悪くも」

「ま、そういうのも嫌いじゃないけどな」

アキトとウリバタケが二人で苦笑し合う。

「お前ら、何気に話題をすり変えるな!!…え〜い、いずれ俺もコイツを乗りこなしてやる!!!」

「…期待しないでその時が来るのを待ってるよ」

ギャーギャー騒ぐヤマダを尻目に、アキトは今度こそ格納庫を後にした。



プシュン!

「よ、おつかれ。どうだった?感動の再会は」

アキトがブリッジに報告に来ると、まず艦長からねぎらいの言葉がかけられた。

「…知ってたな?」

「当然。なかなか面白かったぞ、お前のバカ笑いは」

「まあ、おかげで色々と思い出せたからな。取りあえず感謝しておく」

「どういたしまして」

艦長と艦搭載機のパイロットとは思えない会話をする透真とアキト。だが、それを咎める者はいない。副長は苦笑しているだけだし、操舵士は面白そうに眺めている。オペレータ三人組に至っては言うまでもない。…いや、一人だけ例外がいた。

「…ん?どうしたラピス?何だか機嫌が悪そうだな」

「あら、本当。珍しいこともあるのね」

アキトがラピスの様子がおかしいことに気付き、言われてラピスの右隣に座っているルチルもその変化に軽く驚いた。

「ねえ、ハーリー君?私には全然違いがわからないんだけど…」

「うーん、確かにラピスの機嫌の変化は素人目には難しいですからね。ミナトさんも二年くらいラピスと一緒にいれば、わかるようになりますよ」

「…二年待つよりラピスちゃんに情操教育した方が早いんじゃないかしら?」

「けど、あそこまで持っていくのに三年かかりましたよ?」

「それって誰が育てたの?」

「アキトさんです」

「あー、何となく納得できるわね…」

『アキトが育てた』というハーリーの説明(ん?)により、大体の事情が理解できたミナト。しかし、そこで彼女の脳裏に『アキトは具体的にどのような育て方をしたのだろうか?』という疑問が浮かんだ。

(ダ、ダメだわ…、とても想像できない…。今度アキト君に聞いてみようかしら?)

そんなことをミナトが考えているうちに、ブシッジ下段左側ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

「アキト、私の前ではあんなふうに楽しそうに笑ったこと無い」

「い、いや、アレは『楽しかった』んじゃなくて、『おかしかった』んだぞ」

「それでも、大笑いするアキトなんて見たことなかった」

「あ、僕たち一応ありますよ」

後ろから海人が口を出し、

「…いつ?」

「四、五年くらい前…、ラピスたちに会う前のことだな。『とある女性』と一緒に大笑いしている所を見たぞ」

透真がそれに補足する。なかなかのコンビネーションだ。

「う、う、ううう〜〜〜〜」

「あーもう、涙ぐむなラピス!透真、海人!!余計なことを言うんじゃない!!」

「「だってホントのことじゃん(ないですか)」」

「俺は『あいつ』はともかく、『あいつ』のことは女と思ってないぞ!」



「ふぇっくしょん!へっくしょん!」

「あ、北ちゃん、くしゃみ二回は悪口だよ?」

「じゃあ、一回は何だ?」

「えーと、確か一回が褒めてて、三回が『好きだ』って噂してて、四回目からはただのカゼだって」

「…よく知ってるな、そんなこと」

「昔、何かのテレビでやってたの」





「ねえ、『あいつ』って誰なの?」

「さあ?あの三人には謎が多いですからねぇ」

「ふーん、何もかも知ってるってワケじゃないんだ」

「誰だって秘密の一つや二つくらいあるでしょう?」

「知りたいとは思わないの?」

「知って得になるなら」

「…やっぱ、かわいくないわ」

ほとんど井戸端会議と化しているブリッジ下段右側、ミナトとハーリー。一方左側では、すでに騒ぎが『ちょっと』では済まなくなりつつあった。

「ウウッ、透真と海人はともかく、ヒック、その女の人の前では大笑いしたりするんだ、グスッ」

「いや、だから、えーと…」

困り果てるアキト。「大笑いしたのはお互いが全力でぶつかり合った後の爽快感があったからだ」と言いたかったが、『アキトと全力でぶつかり合える女性』がいるなんて、ラピスが信じるとも思えない。

チラッ

すがるように透真と海人を見る…が、二人は懸命に笑いをこらえていて役に立ちそうになかった。ハーリーとミナトは…なにやら話をしていてこっちに気付いていない。残ったのは、

「もう、しょうがないわね…。ほらラピス、とりあえず涙ふいて」

ルチルが懐からハンカチを取り出し、ラピスに貸す。

「グスンッ、うん…」

ハンカチをルチルから受け取り、涙でぬれた顔をふくラピス。これが結構かわいかったりするのだ。

「それじゃ、ラピスはアキトにどうしてほしいの?」

ラピスの頭をなでながら優しく尋ねる。ルチルは中々『お姉さん』しているようだ。

「…わたしの前で、笑ってほしい」

「いや、笑うくらいはしたことあるだろ」

思わずツッコんでしまうアキト。…情けない姿が、妙に育ての親(笑)とダブっているような気がする。

「…あんな暗くてブキミな笑い方じゃなくて、もっと『アハハ』って」

「今すぐにはちょっと難しい注文ね。…んじゃラピス、今日のところはアキトのお手製オムライス一つってことで手を打たない?」

「…チョコケーキつけて」

「だ、そうだけど?」

「…わかった、作るよ。ケーキは食堂のでいいか?流石に菓子は作れないんでな」

「うん」

ラピスがようやく泣き止んで笑顔を見せる。周りの人間が「おおー」とか言って拍手しているが、アキトは恨めしそうに拍手している連中を眺めていた。

「貸し、一つね」

「…すまん」


…裏でそんなやりとりがあったことは、取りあえず触れないでおこう。








ところ変わってナデシコ食堂。ここに大半のクルーが閉じ込められていた。

(このままではどうにもなりませんね。…やむを得ません、私が何とかしますか)

『前回』ではここでアキトがゲキガンガーに触発されて何とかなったのだが、あいにくと『今回』はアキトもゲキガンガーを持ち込んだ人物もいないのだ。

ならば自分がやるしかあるまい…と、ルリはおもむろに立ち上がる。

「あれ?ルリちゃん、どこいくの?」

「ちょっとヤボ用です」

メグミにそう返事をするとルリは厨房へと入っていき、中から何かバカでかいお好み焼きのヘラのような物を持ってきた。

「おいおい、ピザをかまどから出し入れするときに使う道具なんて持ってどうするんだ?」

「こうします」

ドガン!

カミヤマに答えつつ、ヘラ(でいいのかな?)に思いっきり反動をつけて見張りの兵を殴りつける。

「さ、行きましょう。たぶん艦長たちもすぐに戻ってくると思いますし」

ヘラを放り出し、スタスタとブリッジに向けて歩き出すルリ。

「い、意外と行動力あるのね…」

「ああ、意外とな…」

呆気にとられつつ、他のメンバーも自分たちの持ち場へと戻って行く。

…人知れずクロッカスとパンジーがチューリップに吸いこまれているのだが、ナデシコ内でそのことに気付いた人はそんなにいなかった。





「たっだいまー!!」

プロスを連れてユリカが帰ってきた。やはりと言うか何と言うか、副長は付いてきていない。

カチッ

マスターキーを挿し込み、ナデシコがゆっくりと再起動を開始する。ちなみに、すでにナデシコはドッグを出ていた。ユリカがトビウメに移動するときに、ドッグから発進だけはしていたのである。…そのまま軍のドッグに入れる、と言うミスマルの思惑もあったのだが。

「それじゃ、全速前進です!」

「え?全速前進…って、チューリップに入っちまうけど?」

「行きます!グラビティブラスト、スタンバイ!」

「了解。グラビティブラスト、チャージ」

チューリップに向かっていくナデシコ。艦がスッポリとチューリップに入ったところで、

「グラビティブラスト、発射!!」

カッ!

ドオオオーーーン!!!

爆発四散したチューリップの中から、何事も無かったかのようにナデシコが現れる。

「敵の腹の中から大砲…。無茶なこと考えるなぁ」

「ですよねぇ…」

ルリを挟んで会話するカミヤマとメグミ。どうやらこちらでも井戸端会議メンバーが決定したようだ。…挟まれたルリはいい迷惑だと思うが。

「そう言えば艦長、一体何のためにトビウメに行ったのだ?」

フクベが思いついたようにユリカに尋ねる。

「お父様にアキトのことを聞きに行ってたんです。結局何にも収穫ありませんでしたけど」

「…あの黒いロボットのパイロットか。プロス君は何か心当たりがあるようだったが…、ネルガルのライバル企業の人間なのだろう?」

「いえ、私も詳しいことは…」

自分に話が及んだようなので、会話に参加するプロス。確かに知っていることはあるが、それはごく僅かだ。別に嘘は言っていない。…屁理屈とも詭弁とも言えるやり方である。

「こうなったら、もう一度アキトに会って直接聞きます!!」

(そう、それしかありません…。しかし、『ノア』でしたか?どうも私の知っている世界とは違うようですね。ちょっと調べてみますか)

決意を固める女性が二人。しかし二人が思っている男性は、彼女たちのことなど歯牙にもかけていなかった。

こうしてダイアンサスに遅れること数時間、ナデシコは無事に火星を目指し始める。

それぞれの思惑を複雑に絡ませつつ…。







あとがき



ラヒミス「第八話終了、です」

ラピス「…何か、私の名前とあなたの名前って似てる」

ラヒミス「いや、この名前に深い意味はありませんよ」

ラピス「ま、どうでもいいけど」

ラヒミス「どうでもいいんなら言わないでくださいよ…。ともかく、今回の反省です」

ラピス「ありそうで無さそうな逆行シーンだけど、なんで三郎太を巻き込んだの?」

ラヒミス「木連内部での動きを面白くするためです。堅物バージョンって、扱いづらいですからね」

ラピス「そう言えば、TV版から劇場版にかけてあの男に何があったのかしら?」

ラヒミス「ある意味、永遠の謎ですけど…。私なりに推理してみました」

ラピス「どんな推理?」

ラヒミス「では、どうぞご覧ください」





――地球と木連の和平成立後、地球のアニメショップにて。

高杉 三郎太は、地球のゲキガングッズを求めてここに訪れていた。

「いらっしゃいませ!」

「よっしゃ!地球限定のゲキガングッズを買いまくってやるぜ!!うおおー!燃えーーー!!!」

「萌えと言えばこちら、ナチュラルライチのトレーディングカードはいかがですか?売れてますよ?」

にこやかに語りかける店員。邪心は感じられない…ように思う。

「ケッ、そんなもん邪道、邪道!やっぱ男はゲキガンガーだよ!!そんなちょっときわどそうなコスチューム着た美少女が媚びまくってるトレカなんて、…トレカなんて…。……ト、トレカ…なんて…………」

チーーン!

「ありがとうございましたーーー!」

「うわああああぁぁぁーーーーーーー!!!!!」





ラヒミス「とか、どうです?」

ラピス「…某店長のドラマCD、ほぼそのまんま」

ラヒミス「いいじゃないですか、好きなんだから」

ラピス「しかも、あなたもこういう経験したことあるでしょ?」

ラヒミス「いや、私だけじゃないと思いますけど」

ラピス「そうなの?」

ラヒミス「ええ、きっと」

ラピス「ふーん。じゃ、次。いきなりブラックサレナが出てきたけど?」

ラヒミス「ええ、ちゃんと下にはカスタムディモルフォセカがありますよ」

ラピス「ゴールドサレナって、趣味悪いと思う」

ラヒミス「いや、もう面影もほとんど無いですけど、一応透真はDC版主人公がモデルですから。ちなみに、海人はブルーサレナです」

ラピス「…戦隊モノ?」

ラヒミス「違います。サレナタイプは合計で四機しか出ませんよ。それに、銀はともかく金なんて今までに無いでしょ」

ラピス「基本を三人にして、助っ人として金を…」

ラヒミス「戦隊の名前は?」

ラピス「機動戦隊サレナレンジャー」

ラヒミス「あーもう、この話題止め、止め。次行きましょう」

ラピス「結構楽しかったのに…。そうそう、今回はルリが反乱を鎮圧する口火になったのね」

ラヒミス「あの場合はああするしかないでしょう?積極的に動く人間が乗ってないんだから」

ラピス「確かに」

ラヒミス「それではこの辺でしばしのお別れ。次回のゲストはルチル オニキスです」

ラピス「ねえ、このあとがきってセリフの前に名前がつくよね?」

ラヒミス「そうですけど」

ラピス「最初にも言ったけど、私の名前とあなたの名前ってすごく紛らわしい。ちょっと読みづらい」

ラヒミス「いや、今更そんなケチつけられても…」





 

代理人の感想

ん〜、戦隊もので金色・・・・・(ピン)

ああ、キングピラミッダー((C)オーレンジャー)ですね?

他のサレナと合体して相転移砲を撃ったりするに違いありません(笑)。

 

 

で、ようやくニ隻共に火星を目指して旅立った訳ですが・・・・・今後の展開を予想しようとすると、

どうしてもチキチキマシン猛レースを思い浮かべてしまう

のは私だけでしょうか(核爆)。

 

 

>サブ、堕落の秘密

ん〜、真面目な話、私にはある意味で偽態っぽく見えるんですよね。あの軽さは。

ぶっちゃけた話、色々と嫌なものを見たので堕落したフリをしてそれを誤魔化そうと。

まぁ、一時期は本当に堕落していたのかもしれませんが・・・。