この作品は、EINGRAD様の許可を得て執筆した
『逆行の時』、『逆行者の余波』の三次創作です。
ご一読される前に、前二作をご一読になられる事をお勧めします。
そして、この作品はダーク作品であり、ルリの扱いが最悪です。
上記が受け入れられない方は、御読みになられない方がいいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

プロローグ

ルリさんはやっぱ凄いやぁ!

何も知らずにその戦渦をはしゃいでいた時代があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ――お、大きい。
 青年は、目の前にたたずむ屋敷のそのサイズにびびっていた。
 自分が地球で暮らしていた家と、倍のサイズがある。土地が少ない、スペースが無い、人気があると、土地価の値上がり三拍子が揃った木星コロニーにおいて、このサイズは十分異常だ。
 地球圏で言うなら、超巨大なる豪邸……一キロくらいの奴に相当する豪華さである。
「な、なんか気負っちゃうなあ……」
 とほほ。擬音で表すならそんな音が似合う、疲れた笑みを浮かべて、高杉針太郎はインターフォンを押した。

 

 ゲキガンフレアーッ!

 

「…………」
 響いてきたインターフォンの音に関しては、一生涯突っ込むまいと心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようこそおいで下さいました。ささ、かけて下さい。コートは、そちらの服掛けに。
 階級? 今の私は休日を迎えている人間です。休日にまで地位や軍規を重んじては息が詰まってしまいますよ。
 これはお互いのためです。あなたも、休暇の間位は上司の圧力から解放されたいでしょう?
 私自身の性分というのもありますしね。直属の部下でもない限り、敬語を使ってしまうんですよ私は。
 部下は『木連中将ともあろう方が、いま少し威厳を』と嘆いてますけど、こればかりは個人の性質ですからね。気合とか根性……偉大なる『妄信ならざる熱血』でも直せない。

 

 ……え? そんな事は感じた事が無い?
 ひょっとして……あなたはシンジョウ中将の下で働いているのですか?
 成る程。あの人の部下ならば余計な圧迫感は感じないでしょう。
 生かさず殺さず……あっ、例えが悪かったですね。規律の緩め方と締め方、あの人ほどそれを理解している軍人はいないでしょうから。昔の木連では、考えられなかった事です。
 規律ずくめでしたからな。戦争当時は。

 

 ミナトさん――お客人に、お茶を出してくれませんかぁ?
 ……返事がありませんね。
 も、申し訳ありません! 本当なら今日は、家内と一緒に過ごすはずだったので……すねてしまっているのです。
 あいつも、この程度のことでへそを曲げるような女性ではないのですが……私は立場上、休日が潰れるなど日常茶飯事です。それがこの頃は、五回も続いてしまいました。
 ええ、堪忍袋の尾が何とやら、という奴ですよ。

 

 そう言えば知っていますか?
 木連の人間と地球の人間が結婚する。今となっては当たり前の事ですが……トラブル発生率が高いんですよ、地球木星間の結婚は。
 ははあ。その顔はもう、理由がわかったのですね。
 そうです。地球と木星とでは、『女性の立ち位置』『男性の権限』、これらに関する意識が非常に異なるのです。地球の方には、古風な木連の考え方が合わないのでしょうな。
 元々好き合って行う結婚ですから、離婚にまで進んだ例は少ないのです。ですが、別居した夫婦は多い。今まで確認された地球木星間の結婚のうち、実に五割が別居状態にあるんですよ。
 嘆かわしい事です。男ならば、惚れた女性の小さな差異くらい酒と一緒に一飲みにするべきでしょうに。

 

 この家ですか?
 ははは。私は豪華なものは嫌いな性質なんですが……家内のためですよ。彼女には、木星の狭すぎる家が耐えられないんです。
 彼女は笑って違うといっていましたが、彼女は閉所恐怖症のきらいがありましてね。家内の事ですからわかっています。理由は聞きませんよ。親しき仲にも礼儀あり、夫婦仲にもその程度の礼儀はあってしかるべきです。

 

 さて、前置きが長くなってしまいましたね……本題に入りましょうか。
 自己紹介、ですか? 草壁閣下から絶対やらせるようにいわれた?
 格式……やれやれ、草壁閣下にも困ったものだ。
 あの方も、心を入れ替えてからゲキガン熱が酷くなってしまって……いえ、それ自体はいい事なのですが。趣味と仕事を一緒にするのは一寸。
 木連軍人の悪い癖です。
 モデルはゲキガンガーのファンディスク、自己紹介編でしょうな。ゲキガンガーのキャラクターが自己紹介をしていくファンディスクで……閣下の命令はその影響でしょう。
 では、改めて自己紹介と行きましょうか……

 

 地球圏及び木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパおよび他衛星小惑星国家間連合体、通称地木連所属草壁春樹副官中将、白鳥九十九と申します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコIF
火星戦神伝 2
第一項・白鳥九十九の証言
♪♪♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……高杉針太郎殿、ですか。
 まさかここで三郎太君と同じ苗字をもつ人間に出会えるとは。
 誇っても誰も文句は言えません。彼は間違いなく、木連を崩壊から救い出した英雄です。

 

 テンカワアキト――
 意外、ですね。私はてっきり、魔女の事でも聞かれるのかと思っていましたが。
 ふむ、魔女の事も含めて戦争の逸話をですか……
 ならば、ホクセン殿の事から話し出すべきでしょう。
 表の記録にこそ残らなかったが、あの方は間違いなく英雄の一人です。木連上層部では『金色の阿修羅』とあだ名されているほどの男です。本当に、記録に残せないのが悔やまれる。
 第一あの方は、『金眼銀髪の魔女』と強い因縁を持っている。木連では三郎太君に次ぐ縁でしょうな。
 ホクセン殿の漢字ですか。
 北の川と書いて、北川。これでホクセンと読みます。
 きたがわと読んでしまう方が多いので……文章には、カタカナでホクセンと記されていますよ。

 

 私とあの方の出会いは……ああそうか。もう二十年以上前ですね。私が十二歳のときだから、間違いありません。
 ご存知かもしませんが……先の大戦時において木連の軍事思想は『優れた人間による戦争』でした。人数か少ないんですね、木連は。住む場所の規模、人数の規模……共に桁が違う。生存の綱であるプラントが、常に一定量の食料、酸素しか供給できないのですから、増え続ける事も出来ない。ですから、少ない人間を優れた人間にしなければ勝ち目がなかった。
 そのために、着々と準備が進められていた……木連優人部隊は、その時の産物ですね。
 当時はジャンパー処理など二の次で、いわゆるエリート部隊の創設に力を注いでいました。当時から、地球側が我等の謝罪を拒絶して、戦争が起きる可能性は考慮されていたんです。
 そのために、有為の人材を集め、鍛え上げる……エリート専門の学校を創設しました。私の両親が死んだ直後の話です。名前はひねりをあえて加えず、優人学校。幾つかある名前候補の中で、ゲキガンガー養成塾と最後まで争い、勝った名前です。
 コロニーの人々の地球圏に対する憎悪は、当時凄まじいものがありましたから、優人学校が創設された時、大人達はこぞって自分の子供を優人学校に入れました。
 私は当時、既に親がいなかったので――正直、奨学金欲しさに入学しました。子供でも、『入りたい』といえば即座に入学させてくれるんですよ優人学校は。気軽なだけに、私はすぐさますがった。
 妹を飢えさせたくない一心でね。養護施設に入れるのが正しい選択なのでしょうが、幼い妹を置いていく気にはなれなかった。意固地になって自分と共にいさせることを選んだのです。幼かったんですね、私は。
 そのためにがむしゃらに勉強してトップを独占しました。
 どういう結果が生まれたかは……木連の恥部ですので、余り話したくないのですが。
 風当たりが強い、なんてもんじゃありませんでしたよ。同輩に比べて、私は傑出していました。成績で肩を並べられるのは、元一朗と源八郎くらいのもので……そして理由は金のため。嫉妬されて、嫌味を言われた事など一度二度ではありません。

 

 月独立時代からの名家出身者は特に酷かった。当時の木連は名家の連中が幅を利かせていましてね。私たちから言わせれば、あんな連中、祖先の栄光を汚しているに過ぎないのですがね。
 権力を行使しての暴虐……自分達の気に食わないものは徹底的に排除するやり口は、横暴そのものですよ。そして、私たち兄妹も、その横暴に目をつけられた。
 優人学校にいるときはいいのです。当時の優人学校校長は南雲――四方天の一人であり、現地球駐在武官の南雲大将でしたから、名家の人間でも過度な行動はできなかった。精々嫌味を言ったり組み手と称して殴りかかったりするくらいです。

 

 嫌味は耐えればいい。組み手は返り討ちにすればいい。その他の嫌がらせはやるだけ連中の首を絞めるだけです……今までなら権力で揉み消せたのでしょうが、厳格な優人学校ではそれも出来ないのです。
 入学当時は鳴り物入りだった名家出身の連中は、一ヶ月もすると白い目でしか見てもらえなくなりました。私に対して行った嫌がらせが噂で流れて、その品性の下劣さを証明してしまったから。
 それで心を入れ替えてくれればよかったのですがね。連中は最後まで腐りきってとんでもない行動に出た。

 

 『ナナコ・アクアマリン法』というのをご存知ですか。
 今は廃止された木連独特の法律です。わかりやすく言えば『女性を敬わない人間は人権を剥奪する』という法律です。裏側にはどろどろした事情がありましてね……跳躍技術を発展させるための『実験台』が一人でも多く必要でした。ですから、こういう『人権剥奪』系の法律を多く作って、人体を確保していたんです。『反友情法』、『反海燕ジョー法』などがあります。
 そういった法律がある世界ですから、いくら名家の人間でも婦女暴行だけは働きませんでした。木連の名家にも派閥がありますから、そんなものを揉み消した日には――敵対する派閥の手で、実にあっさりと露見してしまいます。敵の情報操作の痕跡を見つけ、本局に通報すればいいんです。
 そうなってしまうともうその家は名家と呼べなくなる。その犯罪を揉み消した者、行った者、知っていて隠していた者、全員の人権が剥奪されて人体実験行きです。下手に情報を多く所有してますから、人権が剥奪された人間がどうなるか位知っています。
 木連設立後……中期になってくると、この法律で粛清される人間が続出しました。その甲斐あって、私が今話した時代では婦女暴行など起こりうるはずも無い事だったのです。

 

 だが、奴らはそれをやった。
 私の妹ユキナをさらって、殺そうとしたのです。
 私が12の時でした。ユキナがさらわれた事を知ったのは、成績を決めるテストの最中です。
 すぐに連中を探し、ユキナを助けるために寮を飛び出しました。
 南雲先生……失礼、大将も協力してくれましたよ。当時の木連は良くも悪くもゲキガンガー一色でしたから、大義の前に細かい事は吹き飛ばす習慣がありました。連中からすれば、私が試験で動けない隙をついたつもりだったのでしょうがね。

 

 けど、現実はゲキガンガーのようにはいかないんです。
 私はユキナが浚われた場所も聞かずに飛び出してしまったんですから、間抜けとしか言いようがありません。それに気付いたときは、もうどうしていいのかわかりませんでした。

 

『――何やってんのお前?』

 

 木連式の礼儀作法からすれば、無礼極まりない声がかけられたのが、そんな時。
 それが、私とホクセン殿の出会いでした。

 

 その時のホクセン殿は、私を心配して追ってきた元一朗、源八郎が凍りつくくらい、その……怪しさ爆発、というのですか? とにかく、面妖な格好をしていました。
 なんといっても、目深に被った傘と顔全体を覆う布。血の色をしたマント……一番怪しかったのは、顔にかかっている遮光眼鏡(サングラス)です。
 正直にいいましょう。
 私も元一朗も源八郎も、反射的に殴りかかってしまいました(笑)
 今思えば寒気がしますよ。ホクセン殿の腕前を考えたら、ひねり殺されて当然なのですから。不意打ちとはいえ、若干六歳で北辰殿に手傷を負わせ、『真紅の羅刹』と互角に戦った男……
 当然、私も元一朗も源八郎も、一瞬で『たたまれて』しまいました。一瞬で気絶させられてしまって、目覚めた時にはユキナと一緒に病院で寝ていたのですからね。
 三日も気絶していたそうです。

 

 名家の連中は、問答無用で人権剥奪の上、実験場へと運ばれていった。私を気絶させた怪しい男が、木連の暗部の一人……その中でも最強といわれる男だと聞かされたのは、退院してからでした。
 それからの私はがむしゃらに自分を鍛えましたよ。妹をこの手で護れなかった自分がふがいなくて……あの怪しい男、ホクセン殿を目標にしてね。

 

 はっきり覚えてますよ。私は十分に体重の乗った拳をホクセン殿の顔面に打ち込んだ。あの人は首を傾けるだけで拳をかわすと、半身になって突き出された手首を握って、一本背負いをしたんです。
 全て一瞬。彼が修めている木連式柔などではない、技などではない力任せの一撃で、私は意識を失って三日目覚めなかった。屈辱ですよ、技を修めるものにとっては。
 その結果は知っての通り。強すぎる人間を目標にした私たちは、木連の中でも傑出してしまい……三羽烏と呼ばれるまでになりました。

 

 これは完全な余談なのですが。
 ユキナは、簡単な記憶操作をされてこの時のことは覚えていません。ですが、潜在意識の底には、襲われた記憶が残っているんでしょう。どうも、筋骨隆々の男というのが苦手になってしまったんです。
 三羽烏に対しては以前どおりだったのですが、別の人間が近づいてくると、無意識に距離を置く……それでなんでしょうね。
 あの、筋肉の無い……アオイ・ジュンと交際し、結婚したのは。(怒)

 

 次にあの方と再会したのは――15の時です。
 私たちのほうから、南雲先生にお願いして、ホクセン殿との手合わせを実現してもらったのです。ホクセン殿を超えるという執念の元修行した私達はようやく自信をつけたのですよ。
 今ならあの男に勝てる! とね!

 

 ……聞かないでください。
 経過は思い出したくありません。圧倒的すぎです。
 ただ、翌日には医務室に全身包帯塗れの男が三人転がっていましたよ。

 

 しかし、その時驚いたのはホクセン殿の容姿ですね。ご存知の通り、木連は日本人の末裔……それ以外の民族は極端に少ないのです。
 そんな場所で育った私たちですから……金髪を見たのは、生まれて初めてですよ。あの時が。
 ホクセン殿の格好の理由も、同時に理解しました。あれは自分の髪を……金髪を隠すためにつけていたのだと。
 あるいは、あの容姿こそがホクセン殿が暗部に身を沈める原因となったのかもしれませんね。肝心の真相は聞いた事もありませんが。
 それ以後、私達三羽烏とホクセン殿は友人として付き合っていく事になりました。

 

 性格……ですか?
 よく言えば非常に友好的、悪く言えば軽すぎる人ですよ。今も余り変わっていません。
 元一朗は少々苦手意識をもっていたようですが、私と源八郎は、ホクセン殿とすぐにうちとけました。しかし、今思い出しても笑えますよ。
 ホクセン殿は、元一朗を相手にする時必ずといっていいほどからかうんです。それで元一朗が真っ赤になって反論して……
 懐かしい思い出です。三羽烏が一羽烏になってしまった今では、もう二度見られない光景ですから……余計に貴重な時間に思えてしまう。

 

 あの人がいなかったら、私たちは暗部というものを忌み嫌っていたでしょう。暗部も私たちのことを侮蔑していたかもしれない。
 そうはならなかった……暗部と軍部に致命的な亀裂が穿たれなかったのは、ホクセン殿の働きによるところが大きい。嫌いあってはいましたが、有事ともなれば自主的に連携をとることが何とかできた。ホクセン殿がいなければそれも危うかったでしょう。
 不思議な人ですよ本当に。暗部に身を置くくせに、人の長所を良くみていて……北辰殿を『忠臣』『閣下の親友』と呼んだのは、おそらくホクセン殿が初めてでしょうな。
 先入観を持つ、という事をしない人……なのでしょうか? 同僚の暗部からは大層気味悪がられていたようですが。
 北辰殿は『信頼する相手でも、木連のためになるならば容赦なく殺せる男』と評しておりました。確かにそうなのかもしれません。
 もしも、私が魔女の見せた未来どおり、和平大使になったとしたら……彼はなんのためらいも無く、親友と呼んだ私を殺せるでしょう。
 公私の区別がつき『過ぎて』いるんですよ。あの人は。
 ちなみに、私は北辰殿が嫌いでしたが……ホクセン殿にある事実を教えられて、一気に親しみを覚えましたよ。
 あの北辰殿が、娘に服をせがまれておろおろしているところなど、想像できませんから(笑)

 

 ホクセン殿が地球に降下したのは……私達が15の時、和平文章が握りつぶされた年ですね。
 クラタ・トウキチロウという男を知ってますか?
 正解です。あの、アカツキ・ナガレを超えるS級戦犯ですよ。木連が和平を結ぶにあたって最大の障害になるであろうあの男の住む町に、潜入任務に向かったのです。
 何故クラタが和平文章を握りつぶしたのか、ですか……
 これは、木連の人間でも限られた上層部……怒りを抑えて公私混同を避けられる人間にしか教えられていない事です。勿論、オフレコでお願いしますよ。
 子孫なんですよ。
 火星に核を打ち込んだ連中……その首魁がクラタ・ノブナガ。トウキチロウの祖父なのです。勿論、トウキチロウはその事実……火星へ核を打ち込んだという醜聞を知っている上に、その縁者ですから……事が露見すれば、政治家生命は断たれます。
 地球側で、一番木連の存在を明るみに出したくない男でしょう。運の悪い事に、私達木連がその事実を知ったのは、その男を代表者とした集団に和平文章を渡した後だった。

 

 その男の動向を伺うために、ジャンパー処理を施して地球に降下したのです。情報収集を行うために地球の情報は絶えず収集していましたが、本格的な間者を送り込んだのはこれが初めてでした。
 跳躍に耐える処置方法そのものは、当時既に確立されていました。
 問題はコストでして……現在の技術の40倍の資材と50倍の手間をかけなければならない、といえばどれ程非効率的かお分かりいただけるでしょうか。当時の研究所の目標は、このジャンパー処理をもっとお手軽なものにする事でした。和平文書が握りつぶされたことで開戦ムードは高まっていましたから大量の人間に処置する必要が出てきたのです。
 その旧式で効率の悪いながらも、高いジャンパー能力を与えられる処置を受けて、ホクセン殿は行きました。それだけ、ホクセン殿の能力が高く評価されたのでしょう。

 

 開戦の瞬間は今も覚えていますよ。無人兵器で火星住民を皆殺しにした初戦……言い訳がましいですが、私たちはあそこにいる人間は軍部の人間のみだと疑わなかった。
 草壁元帥――当時は少将でした。あの人は殺戮プログラムといえるバッタを出撃させる際、こう演説されました。

 

『僕らは負ければ死ぬしかない窮地に立たされている! ゲキガンガーは常に一人でメカ怪獣と戦った! だが、僕らの敵は10、20ではなく、100000を超える悪の地球人なのだ!』

 

 負ければ死ぬのは……誇張にしても事実の一面です。
 もしも木連が戦争に負けたら……殲滅か植民地ですよ。ですから、私たちはなんとしてでも勝たなければならなかった。無人兵器を大量投入し、一気に火星を殲滅、そして占拠――
 これが作戦です。そこから敵に巻き返す隙を与えず、無人兵器でもって殲滅する……これしか、木連がまともに生き残る方法は無かった。これは、後になって草壁閣下が話してくださった、火星虐殺の真相です。
 あそこにいるのが民間人だと知っていれば、私たちも立ち止まれたのですが……無人探査機をジャンプさせて行う情報収集では、わからなかった。わかるべきだったのに……
 今でも悔やまれますよ。誰も知らない事ですが……閣下は毎年、火星虐殺の日には寺に篭って般若心経を写経し、祈っていますよ。
 死して地獄に落ちるはわが身、とね。

 

 戦争が始まった時、ホクセン殿はそのクラタの娘のいる部隊……クリムゾンの最新鋭武器を装備するKANON部隊に入隊したそうです。クラタの動向を探るためだったのですが……後々、これがホクセン殿と魔女との深い因縁に繋がった。

 

 サセボ虐殺ですか。
 ホクセン殿の報告を聞いた時、私たち三羽烏の反応はそれぞれ異なりました。
 私は無言で拳を握り、歯を食いしばりました。
 元一朗は『悪の地球人が!!』と絶叫しました。
 源八郎は拳で自分のデスクを殴打しました。
 真相などその時は知りませんでしたから、『軍人が護るべき民間人を虐殺した』としか見えないのですよ。それで、私達の地球人憎しの感情は更に膨れ上がった。
 今思えば、魔女はこの事も計算に入れていたのではないでしょうか。

 

 三郎太君の豹変は……ナデシコBの解析と彼が未来から来たという証言の場に、私は立ち会いませんでしたよ。
 ちょうど、完成した戦艦の試験運用を行っていたので。
 鬼気迫る様子で自分の記憶の正しさをとき、なおかつヤマサキ印の嘘発見器にまで体をささげる……私は三郎太君の豹変を聞いた時、正直寒気を感じました。
 それほどまでに、未来とは醜悪なものなのか、とね。

 

 帰還して秋山から一連の騒ぎを聞いた後、私は独房に入れられた高杉君と面会しました。詳しい話を聞くためです。
 同時に、私はその話が……自分が草壁閣下に殺されるという未来が信じられませんでした。元一朗は、三郎太君がこの話をした時、殴りかかろうとしたそうです。
 私が悪の地球との和平大使になる、それはいいのです。記録にあったナデシコの方々ならば、木連との和平を結べる……当時、植民地にされる可能性を知らなかった私は、半ば本気でそう考えたのです。
 未来の話を途中まで聞いて、私の心は和平に傾きました。ですが……最後まで聞き終わってからは、徹底抗戦することを心に誓っていましたよ。
 我ながら現金かもしれませんが、当然の反応ですよ。ホシノルリ……『金眼銀髪の魔女』の本性を垣間見れば、戦艦乗りは誰でもそうなります。
 艦長とは、乗組員の命を預かり、その命を護る職業です。それを、自分自身のわがままで巻き添えにしたんですよ、あの魔女は。
 私は、魔女の存在を許せなかった。許せなくなりました。
 それゆえに、私はその後……ホクセン殿に命じられた魔女暗殺に、協力を願い出たのです。和平をしようにも、あのような魔女がいたのではしようがないので。

 

 そしてもう一つ。今の私には魔女と通信を受け取った時の、三郎太君の内心の声が実際に聞いたかのように理解できました。

 

(ふざけるんじゃねえぞクソガキ――てめえが俺から何を奪ったと思ってやがる。リョーコもハーリーもクルーも……全部てめえのせいで幸せを手放したんだぞ。挙句の果てにてめえ一人が幸せになろうってか、自分の義母殺してまで!)

 

 とね。
 口調が違うのは、その後の三郎太君にあわせての事です。
 彼は、豹変してから魔女への憎しみを忘れないために、髪を染めてメッシュを入れて、口調すら変えていましたから。

 

 『三色の覇王』との出会いですか……ふっ!
 今でも思い出しますよ! あの人と熱く語り合ったあの夜を!
 そう……ゲキガンガー幻の三話に加えて劇場版を貫徹で見た後のあの感動! 喜び! そして燃え滾る熱い血潮!
 あれぞまさに『熱血!』その一言に――

 

以下・一時間ほど省略

 

 ゲキガンガーは! 勧善懲悪などではなく正義と正義の激突であり!

 

以下、更にエキサイトして一時間経過

 

 ……え? 教えて欲しいのは具体的な経過、ですか?
 あ、いや、あははははは……失礼しました。
 どうも熱くなってしまう癖がありまして。いやー、ゲキガンガーはいいですねー。

 

 私は、ヤマサキ博士がホクセンさん用に用意をした跳躍対応小型カプセル……『十六夜』に乗って地球へジャンプしました。
 海底に沈んだ跳躍門にジャンプした後、自動航行システムを起動して、最寄の海岸に漂着する仕組みです。私以外では、北辰殿や北斗殿、その手勢が同じカプセルに搭乗しました。
 緊張はあまりしませんでしたよ。
 だって、ホクセン殿から大量にこの親子の愉快な話を聞かされてましたからね。(笑)
 一番の傑作は、この二人が夕飯のおかずを取り合って殺し合いを始めて、遊びに来ていたヤマサキ博士やホクセン殿に、全部横から掻っ攫われた時の話ですね。
 考えてみたらしゃれにもならない話なんですけど、ホクセン殿の話し方が巧妙というか、上手くて……噺家で食っていけますよあの人。
 で、十六夜の中であの二人の顔見たら、思い出し笑いで噴出してしまって……結局、ホクセン殿がした話を吐かされてしまいました。
 その後、私は狩られる寸前の子兎のように、恐怖に震えていました。実際怖いんですよ、あの二人が揃ってキレると。

 

 十六夜が海岸線についた後、迎えに来たホクセン殿がフクロにされたのはもうご愛嬌ですね。

 

 合流した後、私達は別行動をとり始めました。
 相手の魔女も私達の存在は感付いていますから、警戒は十分です。そこで、私達は一旦そこから分散して別の場所で合流する事になりました。
 ホクセン殿……この時は、北川 潤と名乗られていて、KANON隊と共に移動していきました……北斗殿と北辰殿は、その荷物の中にまぎれてこっそりと。
 北辰殿の人相は目立ちます。北斗殿は無類の方向音痴。この二人に個人行動など出来るはずも在りませんし、反面潜入任務はお手の物です。荷物にまぎれたほうが都合が良いのでしょう。
 それ以外の面々は散らばって単独行動をとりました。
 本来来るはずの無い時期に私が来たことを、魔女に向かって明言するためです。あの魔女を自発的に動かすため、私はあえて普通の行動をとって魔女の視線を向けようとしました。ごくごく普通の航路や道筋をたどって、私は合流地点に向かいました。

 

 唖然としたのは、地球側での魔女の扱いです。
 文化よりも何よりも、そのショックが大きかった。おかげで地球側の文化を抵抗無く身につけることは出来ましたが……感謝する気にはなれませんでしたね。
 英雄。妖精。
 どの新聞や週刊誌をとっても、魔女を飾り立てるのはほめ言葉ばかり。その戦果の凄まじさたるや我々でも眼を見張るほど……暗殺という手段は私の本分ではないのですが、これは暗殺しかないと思いました。そして、騙されている地球の人間を助けなければならない……悪の地球人、という考えは、一般社会に溶け込む中で消えてしまいましたから、考える事はそれだけですよ。
 ぼろを着た私に食事をおごってくれた老人を、私をいたわってくれたその奥方を……騙して利用している魔女許すまじとね。たいした事はない、敵愾心を向ける対象が、地球人から魔女に変わっただけです。
 家内にあったのは、そんな時でしたね。

 

 あれは、私が夜の森を闊歩していた時です。
 魔女が私に接触しやすいように、人通りの少ない場所を選んで歩き回っていたのですが……そこでまさかあんな場面に遭遇しようとは思いませんでした。

 

 最初は、茂みが揺れたのを見て、猫か犬かと思ったんですよ。
 けれど、違いました。そこから飛び出してきたのは……半裸に近いくらいに服を引き裂かれた女性だったんです。
 表情を恐怖にゆがめて、それでも気丈に歯を食いしばりながら、這い出してきたその女性は、私の存在に気付いて凍りつきました。
 私はとっさに、問いかけました。

 

『な、何があったのですか!?』

 

 彼女の姿を直視できませんでしたね。顔も耳まで真っ赤だったのでしょう。我ながら情けない話ですが……
 後から彼女に聞いた話だと、彼女はその時、ナデシコクルー狩りの被害にあっていたのだそうです。当時のクルー狩りについてはご存知ですか?

 

 知っているのならいいのです……人間は弱い生き物には無制限に強くなる、木連では『マッサカ禁止法』によって規制されるほどの罪悪です。
 それ故に、木連内では非常に皮肉な風潮がはやっています。ナデシコクルー狩りに関わった人間を絶対に国内に入れないのですよ。
 ええ。はっきり言いましょう。私が中心になって指示を出しました。
 あの人達は出所したら必ず同じ事を始めるでしょう……彼等にとってクルー狩りは復讐の一環であり、正当な行為なのです……同じような動機で戦争を開始した私たちにはそれがわかります。ですから、ナデシコクルーの安全を確保するために、木連に安全地帯を作ったのです。
 ウリバタケ博士のように、あえて安全地帯から抜け出す方もいますがね。

 

 その時の彼女は、『取り返しのつかないこと』をされる寸前でして……裏返して言えば、助けが間に合ったわけです。
 彼女に言わせれば『いまどき漫画みたいな展開』だそうですよ。ええ、今思い返せばその通りだと私も思います。
 優人部隊の教育には、その……女性をいたわりながら初体験を迎えさせるという、今思えばおかしな課目がありましたから――女性の服装を見れば彼女が何をされようとしていたのか、わかりました。

 

 先ほどもお話しました、『ナナコ・アクアマリン法』。それを魂の髄まで刻み込まれている世代です。強姦の類は絶対に許容できません。
 結果……私は問答無用で茂みの中に飛び込んで、暴漢どもを叩きのめしました。
 ええ、それはもう力の限りね……鉄パイプ持っただけの普通の民間人でしたが、手加減は一切しませんでした。いえ、てっきり私は、あの『ナナコ・アクアマリン法』が地球でも施行されていると思ったので……以前ホクセン殿に教えてもらった、凶悪極まる業を実践してしまったのです。
 その、『子宝断』という技でして……男の象徴に、ひじを叩き込んで再起不能にする、という恐ろしい技です。頭に血が上っていたので、思わずブチッとやってしまいました。

 

 幸い、相手が防水使用のズボンを履いていたので返り血は浴びずにすみました。私は男たちのことは即座に忘れて、上着を脱ぎながら茂みから飛び出し、目を白黒させる彼女にかけました。
 彼女は、私の服がこう、ふわっと肩にかかった瞬間……気が緩んだのでしょう、気を失ってしまいましたよ。
 その女性が、ハルカ・ミナト。現在は私の妻です。

 

 私はミナトを置いていく事が出来ず、現場の近くで野宿をして夜を過ごそうと思い、彼女の体を人目につかないよう、かつ玉の肌に傷をつけぬように細心の注意を払い、岩陰に寝かせました。
 女性は国家の宝。それこそ、宝石よりも貴重な存在……ゲキガンガーにおける女性観をそのまま生かした対応ですね。あの場に他の木連軍人がいたら、手伝わせて天蓋と毛布を用意したかもしれない。

 

 ――目を覚ました彼女から話を聞いて、初めて私は彼女がナデシコのクルーだと知りました。私は田舎からのおのぼりさんを装って、彼女に詳しい話を聞きましたよ。
 ……後悔しましたね。詳しく話を聞いたこと、彼女の心の傷を広げてしまった事を。女性が肩を震わせながら、血を吐くように何かを語る姿は見るものじゃない。
 私は目の前の女性が、三郎太君の話した記憶で、自分と恋仲になるはずだという女性だとは気付かなかった。ただ……こんなうら若い女性を、自分のわがままのために恐怖に陥れた魔女が憎くてならなかったのです。
 私は、魔女を更に深く憎悪しました。未来では部下を見殺しにし、現在ではクルーを地獄に陥れる、艦長にあるまじき愚か者を絶対に許さないと、心に誓いましたよ。

 

 

 

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