この作品は、EINGRAD様の許可を得て執筆した
『逆行の時』、『逆行者の余波』の三次創作です。
ご一読される前に、前二作をご一読になられる事をお勧めします。
そして、この作品はダーク作品であり、ルリの扱いが悪いです。
上記が受け入れられない方は、御読みになられない方がいいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

プロローグ

『嘘だ……嘘ですよね、艦長』

問いかける声は、想い人には届かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

  「……僕がここに来る事になるとはなあ」
 しみじみと、妙な感慨を込めて、青年は目の前の壁を見上げる。懲役を過ごす罪人と罪無き人々を別つその壁は、空の高さにあるコロニーの天井まで伸びていた。
「絶対脱走できないね、ここ」
 というか、抜け出す隙間がない。
 まあ、今から会いに行く人間に限って、脱走する必要性などありはしないのだが。
 気合を入れて荷物を背負いなおすと、青年は歩き出す。荷物の中で揺れる『お土産』が、相手に気に入ってもらえるかどうか心配ではあった。

 

 ……刑務所の壁が何故かゲキガン模様に彩られているのは、まあ、お国柄という奴だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、どうもうどうも♪ 僕に面会に来てくれた奇特なお方ってのは、あなたですか……ありゃりゃ、随分と若い人だねえ。
 んー。その年頃と服装を見ると、僕に切り刻まれた人の息子さんか何かかな?
 それで、悪逆非道の人体実験マスターにどんな罵倒をしに来たんだい。何を言われても言い返す気はないけどさ。だって、罵られても文句の言えない事してきたんだし。
 ただ、君たちみたいなのが言う台詞ってどうもマンネリでねえ。お願いだから、『悪の木連に従ったマッドサイエンティスト』って標語は勘弁してね。

 

 ……あれ? どうしたの、固まっちゃって。

 

 あ! そうかそうか。いやいや、最近僕に面会する人ってば、北ちゃんくらいのもんだったもんで、忘れてたよ。
 びっくりしたでしょ? 僕がこんなよぼよぼのおじいちゃんで。
 ……うわ。傷つくなあその言い方。
 北ちゃんにも言われたよそれ。なんなのさ、『何年経ったら死ぬのかわからないハッスル爺』ってのは。
 え? ほめ言葉なの、これって……いいや! 北ちゃんは絶対からかって言ってたよ。

 

 ……へえ、君知りたいんだ。僕がこんなおじいちゃんになってる理由。
 いや、ちょっとねえ。驚いたんだよ。今まで僕に会いに来る連中は、僕のこの容姿を見て、牢屋の中で人体実験の被験者にされてる、なんて本気で思ってるらしくてね。自業自得だ〜みたいな目で見るんだよ。
 勘弁して欲しいよねえ全く。
 まあ、君はそういう連中とは違うみたいだから、教えてあげるよ……木連が当時どれだけ追い詰められたのかを示す、生きた証人としてね。

 

 あれ、名刺くれるの?
 何年ぶりかなあ。名刺なんてもらうの……ありゃりゃ、優人部隊のお人だったの。じゃ、草壁さんが手紙で言ってた人かな。
 高杉針太郎……ん? ひょっとして君……
 駄目駄目。こんなバレバレの偽名使ってちゃ。高杉君の苗字に『針』なんてつけたら、誰だって気付いちゃうよ。未来を知っていて、それを信じてる人ならね。
 ……そんなに落ち込むことないんじゃない?
 うわあ、漫画みたいに世界が暗く見えるよ君のまわり。

 

 話し始める前に言っておくけど、あんまり長居しないほうがいいよ? ここがどういう場所かは知ってるでしょ。
 木連唯一の超重犯罪者収監所・煉獄。木連時代は人体実験の被験者……人権剥奪法に触れた連中を閉じ込めておいた収監所として機能した、人体実験の実地場。それをそのまま流用していて、地木連が成立してからも重犯罪者専用の監獄として機能している、ぶっちゃけ、人外クラスの悪党の溜まり場なの。
 出てくる食事なんて、木連時代に作り置きされた軍用レーションの余りものだから、不味い不味い。生活環境も悪いし、娯楽もないし……薬学研究なんて出来る僕は滅茶苦茶優遇されてるね。
 普通……ここに放り込まれる奴なんて、普通なはずがないんだけどね。ともかく、放り込まれた囚人は、強制労働も何もせず、一日中独房で過ごすんだ。
 間違えちゃいけないよ。これは何もしなくていいって意味じゃなくて、『なにもしないでいなくちゃならない』って意味。ここの囚人は歌うことも落書きする事も何も許されない……ただ、灰色の世界で『生きる』事以外の現実を根こそぎ奪われちゃう。ただただ、不味い飯と暇な時間をもてあますだけ。話す相手どころか、視界に自分以外の人間が入ってくる事もない。
 ここの牢獄ってさ。君が思ってるよりずっとえげつないんだよ? 窓もなければ鏡も無い。あるのはぼっとん便所と腐ったせんべい布団だけ……部屋そのものは無機質なチタン板で出来てて、入り口は囚人放り込んだらすぐに溶接しちゃってつぶすんだ。食糧供給なんて、ダストシュートみたいな穴からぽんと出てくる。人に接する機会すらないの。
 こうなるとどんどん無気力になっちゃって……最終的には、病死か自殺だよ。

 

 ここだけの話ね……化けて出るんですよ。自殺した囚人とか昔の被験者が。
 僕なんてこの15年で2765回も金縛りに遭っちゃってねえ。律儀に数えてる僕も僕だけどさ。枕元に解剖途中の人が立つなんて日常茶飯事。今じゃあ、金縛りにならなきゃ寝れないくらいになっちゃって、参っちゃうよ本当に。
 こういう図太いところが、北ちゃんの言うところの『鋼の神経』なんだろうけど。
 あ、ちなみに北ちゃんってのは、北斗君のことじゃないよ。『金色の阿修羅』を僕は北ちゃんって呼んでるんだ……いまさらホクセンなんてフルネームで呼ぶのも、恥ずかしいしねえ。いやあ、幼馴染ってある意味損だよねえ。

 

 え? 自己紹介?
 あ、そっか。ゲキガンファンディスク。草壁さんも好きだねほんとに。

 

 僕の名前はヤマサキ・ヨシオ。戸籍上はヤマサキカズオ、ヨシコ夫婦の一人息子で……実際は型式番号SMSタイプ人造人間YシリーズY。25番目の子供さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコIF
火星戦神伝 3
第一項・ヤマサキ・ヨシオの証言
♪♪♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ありゃりゃ、やっぱ固まっちゃったか。
 考えてみれば当たり前だよねえ。いきなり目の前の人間に、『自分は人造人間です』なんて言われたら当然の反応だね。僕なら正直に精神科行くことをお勧めするよ。昔の僕なら解剖してたかも。
 木連に人造人間を作った記録はない……やっぱりマシンチャイルドは詳しいねえ、そこらへんの事。当たり前だよ、この事はここ、煉獄のコンピューターにしか記録されてない極秘中の極秘だから。こんな事を研究所がやってるなんて知られたら、木連瓦解しちゃってたよ? 当時は『正義の研究、その象徴』なんて一般には認識されてたんだし。
 だから、草壁さんだって、北ちゃんから教えられるまで僕の身の上知らなかった。

 

 僕の製造理由は……まあ、必要に迫られたから、かな?
 戦争当時の木連が、人体実験に明け暮れてたって知ってる? あ、知ってるの。それならここは教える必要はないね。
 ボソンジャンプの存在そのものは、火星に逃げ込んだ独立派が遺跡を発見した時に、発見されたものだった。だから、ボソンジャンプに耐える人間を作るために、当時の木連はじゃんじゃかじゃんじゃか人体実験を繰り返してたんだ。だって、上手く制御できたら戦争に勝てるどころか食料の心配もなくなるんだよ? お酒以外が徹底的に不味い木連じゃあ、戦争よりそっちのほうが重要だった。プラントで作る食料って不味いんだよねえ(汗)
 この問題は、戦争が始まるどころか……月独立派が木星に移住した直後、ボソンジャンプの存在が発覚してすぐに、人体実験は開始された。
 けどねえ、問題は山積みだったんだよ。
 倫理的な問題でも技術的な問題でもない。当時の木連は、倫理的なものとかは『ゲキガンガー』を使った思想統制で無理やり押さえつけてたから。
 問題は、技術者の精神面さ。

 

 想像できる? 君が科学者だったとして、だ。
 泣き叫ぶ人間の頭蓋骨を容赦なく割って、そこにピンセットつきこんでグリグリ抉る……出来ないでしょ? 出来るはずがないんだよね、普通の人には。
 特に当時の木連は何もかも手探り状態からジャンパー実験をやってたわけだから、文字通り『なんでも』やったよ。遺伝子書き換える技術とか、的を得ている技術もあったけど……中には、『乳のサイズがジャンプに関連してる!』なぁんて言い出して、女性の乳を膨らませたり、萎ませたりした技術者もいたんだ。『ナナコ・アクアマリン法』適用で自分が被験者になっちゃったけどね。
 そんな状況だったから、人体実験というより、拷問に近い事がこの研究所で行われてた。被験者はそんなに数をそろえられないから、一人の人間を使いまわし……わかる? この意味。
 もう、こうなるとやってる方は罪の意識が凄い事になる。どんな研究者にも良心は存在するし、それがない人間は一握りさ。当時の研究者の死因のトップは過労死や病死じゃない、自殺だったんだ。ノイローゼになったり夢にうなされて追い詰められたり、発狂したり……一時期研究がストップしちゃって。
 だけど、研究をやめるわけにはいかないんだよね。ボソンジャンプに『人間』が耐えられない限り、まともな暮らしは期待できない。当時のプラントで作られた物資なんて、すずめの涙どころか、食料配分で一杯一杯だった。

 

 そこでとられた方針が……いわゆる、『倫理観を持たない研究者』の育成さ。僕の両親はその世代で育った。
 勿論、こうやって人間を育てる計画は、木連上層部にも届け出なかった。単純に外聞が悪かったのと、人権剥奪法を適用されて研究所が解体されるのを恐れたんだよ。
 全ては科学理論の名の下に正当化される! そんな事を本気で刷り込まれた研究者が、研究所の一室で育てられたんだ。この世代は、僅か18歳で研究について、莫大な功績を残した。勿論、それに比例する被害者を出しながらだよ?
 この世代……歴史上は『冷血世代』なんて呼ばれてる連中は、教えられた倫理に従ってずんずんと研究を推し進めていった。けど、それも限界が来たのさ。
 元々がゆがみきった教育の産物で植えつけた思考方法だったから、周りの人間からは奇異に映る。『冷血世代』はその反応に戸惑った。当然のことを悪とされた……彼らからすれば、空気を吸う事を悪とされたも同然だしねえ。

 

 この研究所は、一種の無法地帯になってたんだね。ゲキガンガーは放映されてたけど、研究所では全く違う解釈のされ方をしてた。正義のためなら全てが許されるっていう思考方法がされていた。
 で、ゲキガンガーに本当の意味でかぶれていたある軍人が、研究所内がそういう地帯になってる事に気づいたんだ。でもって、短絡的に弾劾しちゃったの。勿論、研究所が解体されちゃ困るから、内密な粛清が行われただけですんだけど。
 慌てたのが研究所の上層部……そんでもって、歪んだ教育されてたなんて知らされてなかった『冷血世代』さ。『冷血世代』の中には、その弾劾で自分のしてきた事に悩みだした人までいてね。教育方針の根っこにゲキガンガーがあったから……そういった人たちはすぐに、前の世代の研究者と同じ末路をたどった。

 

 また研究停滞か!? と思われたそのとき! 悪魔の発明を思いついた奴等がいた!
 そ。僕の遺伝子上の両親。戦後すぐに電気椅子で処刑されたヤマサキカズオ、ヨシコ夫婦さ。奇跡的なくらい、ゆがんだ倫理観に肩までどっぷり浸ってた二人組は、なぁんのためらいもなく自分達の受精卵を使って実験を開始したんだ。
 名前を『スーパーマッドサイエンティスト計画』ってね。

 

 当時、地球側には『英雄王計画』ってゆー計画が存在したらしいね。いやー、人間何処でも考えることは同じって奴? 最低の発想の仕方するよね。
 早い話が、受精卵の遺伝子弄くって才能の塊みたいな子供作りましょう、て計画なのさ。二つとも。
 地球側の『英雄王計画』は肉体能力や頭脳は勿論、カリスマ性や女性にもてる要素はおろか、強運まで全部兼ね揃えた人間を作り出して、英雄に祭り上げようとする計画だった。
 結果はどうなったのかって?
 あのねえ。遺伝子のどの部分がどんな才能に役立つのか、遺伝子の引継ぎによる才能の遺伝は……その他諸々なぁんにもわかってないのにこんな計画が成功するはずないじゃない。勿論、成功しなかったよ。
 それに比べて、僕の両親が進めた『SMS計画』は成功しやすかったんだ。
 コンセプトがもんの凄く簡単だったし。

 

 話は変わるけど、針太郎君、蟻を踏み潰したことはあるかな?
 たとえば、虫を火の中に放り込んだりしなかった?
 子供の頃ならあるはずだよ。無知ゆえに残酷だった時期が。
 あの夫婦は、それを利用するためにこの計画を立ち上げたんだ。ニュアンスが少し違っちゃうけど、頭でっかちの子供をつくろうとしたんだね。マシンチャイルドなら、覚えがあるんじゃないかな?
 遺伝子改良で行うのは『頭脳指数の増加』と『成長の倍加』だけ。ロールアウトして10年も経てば、有能でかつ理想的な『人体実験専門化学者』が残る。子供の無邪気さに大人の知識ってのが、この計画のコンセプトだった。
 僕は、その25番目にして唯一の現存素体さ。
 他の素体は……全部廃棄って言えばどういう末路をたどったかわかるかな?

 

 全く、両親もとんでもない事してくれるよ。おかげで僕の体は年取るの早くてね。その速度たるや常人の二倍。僕ってば、35歳なのにもう70代の体してるんだよ? 戦争終わる前は、薬品使って若さ保ってたんだけど……今じゃそんなの使ってないから、一気に老け込んじゃって。
 これが、僕がおじいちゃんである理由ってわけさ。
 科学者として純粋培養された両親だから、僕を息子だなんて見てなかった。名前の付け方も適当なもんさ。ヨシコとカズオの息子でヨシオってなに? 女の子だったらカズノコになってたの?(笑)
 二人からすれば、自分達の身の安泰を図るのと、優秀な同士を増やしたかったってのもあるんだろうけど。そうやって作られた子供に罪全部暴かれて処刑されたの考えたら、皮肉だよねえ?
 自分の成長速度に違和感を感じないように、適度な催眠術をかけられた状態で僕は純粋培養されていった。両親は僕にゆがんだ価値観を徹底的に刷り込んで、そのもてる知識を全部与えた。その甲斐あって、10歳になる頃にはもう研究の第一線で活躍してたよ。

 

 北ちゃんとの関わり?
 親友だよ。周りの人間が誰一人僕に近づこうとしない、そんな中で、僕を親友って呼んでくれたんだよ彼は。北ちゃんがいなかったら、多分僕はなーんの疑問も持たずに人間切り刻んでただろうねえ……しみじみ言う台詞ぢゃないけどさあ。
 別に北ちゃんだけが僕を改心させたわけじゃないよ? 僕は成長と共に自然にまともな倫理観を見につけて、自己分析をして刑に服したんだ。北ちゃんの存在は、その自己分析を加速させてくれたのさ。

 

 一番最初の出会いなんて覚えてないよ。針太郎君だって、一歳のころの記憶とかないでしょ? 理由は後から聞かされて知ってるけど、詳しい情景なんて全然覚えてないよ。
 ほら、木連って日系人ばっかだし。金髪なんて生まれたことなかったから、金髪=悪の地球人って思考が定着してたんだ。北ちゃんは、そんな木連で生まれたんだよ……運の悪い事に、最初から金髪の状態でね。
 遺伝子的にも確実に当人達の息子、祖先に金髪がいることでの隔世遺伝……担当医は散々説明した筈なんだけどねえ。両親、特に母親のほうがノイローゼになっちゃって、赤子のうちに捨てられちゃった。
 それを孤児院の院長さんが育てたんだ。当時の木連に金髪だからって差別するような人はいなかった。だからって、あんまりいい傾向でもないんだけどね。
 その院長さんの性格がよかったのは認めるさ。今でも北ちゃんと交流があるぐらいだし。けど、周りの大人達が彼を差別しなかったのは単純に怖かったからさ。子供を差別なんてしたら『マッサカ禁止法』で処罰されるんだよ? 命が惜しいから虐待しなかっただけで、実際は軽蔑のまなざしばっかり浴びてたんだ。
 僕等の出会いはここだったらしいよ? 隔世遺伝のサンプルとして検査を受けに来た北ちゃんと僕がばったり出会って。
 出会った時の状況は憶えてないのに、別れ際の言葉は鮮明に憶えてる。『他の誰がなんと言おうと、俺はお前の友達だ』……いやあ、そう言ってくれた時はうれしかったね。それからも、ちょくちょく遊びに来てくれたよ。

 

 そこから、何処をどう辿ったのか、北辰さんが暗部に引き込んだんだ。当時五歳の北ちゃんをね。
 北斗君と仲がよかった子供に興味があって見に行って、直に攫って暗部に直行したらしいよ(汗)なんでも、北斗君と互角に戦ったからってのが理由だとかなんとか。
 北ちゃんは、さらわれて選択肢押し付けられたってのに、喜んで暗部に入った。ここが、北ちゃんが六人衆以外の暗部に嫌われてる理由なんだけどさ。気味が悪く見えたみたいだよ。
 僕からすれば納得物だったね。
 だって、北ちゃんは金髪のせいで辛い思いをしてきた。僕に髪を染める薬品頼んできたくらいだから、相当思い詰めてたんだと思う。
 その金髪を気にせずに北ちゃんを求めてくれる人が、ようやく現れたんだ。嬉しさ一杯で暗部に身を置いた。もう、これは予想じゃなくて過去に起きた現実さ。

 

 それから、僕と北ちゃんの関りは私的なものから公的なものも交えたものになった。
 当時の僕は、もう専用の研究室を与えられてたからね。北ちゃんは、よく街中で『人権剥奪法』違反者を見つけては、僕の研究室にみやげ物として持ってきてくれた。中には暗殺しなきゃならない和平派の軍人とかもいたみたいだけど、北ちゃんは我侭を通して僕のところに持ってきてくれた。
 そんな自由が利くくらい、北ちゃんは暗部で重要視されてたんだ。デビューしてから任務達成率100%、北辰さんの懐刀『金色の阿修羅』を木連上層部で知らない人はいなかった。いやあ、僕も鼻が高かったね、あれは。

 

 けど、あの怪しい格好を気に入っちゃったのには参ったなあ。サングラスに傘に覆面、あのスタイル勧めたの、実は僕なんだよねえ。面白半分で勧めたんだけど、まさか気に入るとは思わなかった。
 しかも北辰さんまでその格好気に入って、下手すりゃあれが暗部の制服になるところだった。北ちゃんと北辰さんの美的感覚ずれてるって気付いたの、この時なんだよねえ。(笑)

 

 性格は……うん、当時から馬鹿みたいに明るかったよ。
 内心で落ち込んだ事は何度もあるみたいだけど、それを表に出すことはなかったね。軽い奴の仮面を誰の前でもとらないんだよ彼は。僕が彼の仮面をはずしたところを見た事は……三回くらいかな?
 いっつも切れると仮面剥がれちゃうんだ。

 

 え? 白鳥君の妹の事件?
 あー、そういえば……優人学校の生徒五人くらい連れてきたことが一回だけあったなぁ。
 それだけだよ。僕は何にも知らない……何の実験に使ったかも忘れちゃったなあ。

 

 僕が15……肉体年齢30の頃だったかな?
 戦争が始まる直前に、北ちゃんが地球に潜入してたのは、知ってる?
 いやー、あの時は大変だったよ。研究所の連中、北ちゃん使って跳躍技術の実験しようとするんだもん。僕、その時点でかなりの権力持ってたから……強権発動させてやめさせたからいいものの、あと一歩でモルモットだったんだよ? 彼。
 当時の僕は子供っぽい友情で、北ちゃんだけは死なせたくないと思ってた。だからわがまま言って彼を特別待遇したんだ。十六夜なんて北ちゃん専用として作ったんだから。
 北ちゃんのために武器も用意したな……結局使わなかったみたいだけど。

 

 開戦の瞬間かぁ……うーん。覚えてないなあ。
 直接戦闘に関わる事そのものが少ないからね。僕からすれば、『ああ、何だ始まったんだ』程度の認識しかなかった。バッタの改造やプログラム構築は僕の担当じゃなかったし、北ちゃんが被害こうむる確率は低かったし……後方勤務の戦争感覚なんてこんなもんだよ? 僕だけじゃない、僕以外の研究員も皆そんな感じだったんだ。
 地球でも似たような現象があったって聞くけど、本当?

 

 それよりも、北ちゃんがクリムゾンの部隊に入ったって事に興味があったんだ。IFSのデータやサンプルと一緒に送られてきた手紙は今でもとってあるよ。
 僕はその日から、草壁さんから送られてくる仕事を片手間扱いして、あるものの製作に取り掛かった。
 そ。『金色シリーズ』と『太陽シリーズ』はこの時期に構想が始まったのさ。
 木星圏内に地球製らしき戦艦が漂着したのもこの時期なんだけど……こういう訳で、僕はその調査に参加しなかった。

 

 高杉君の豹変? ああ、あの時の……
 今も言ったけどさ。その時期の僕は草壁さんからのお仕事片手間でやってたんだよね。仕事はきっちりしっかり成功させたけど、印象に残る仕事はそうそうなかったんだ。
 その仕事は、そんな時期の中で一番印象に残ってるよ。使ったのは僕が子供の頃に開発した嘘発見器で、頭蓋にドリルで穴を開けて、そこに電磁針を刺して脳波の変化を計るタイプ。子供の頃作ったから、失敗も多くて僕でもあんまり使いたくない代物だったんだ。当時の僕は罪悪感なんてないから、『こんな恥ずかしい作品を!』って意味で人様に見せたくなかった。
 人からすれば怖くて見たくもないはずのそれに、自分から進んでかかった人は、多分高杉君が初めてだと思うよ。意識のある状態で脳に針打ち込まれてもいい、って時点でかなり覚悟が据わってる。
 詳しい描写は省くよ? されても気味が悪いだけでしょ。ともかく、結果は『真実』。高杉君が未来から来たって言うのは、間違いない事実になった。
 え? 高杉君が人体実験をされる可能性? やっぱり、心配かい?
 そりゃあね、未来から来たボソンジャンパーだ! しかも未来の発展した跳躍処理! 僕等科学者からすれば、涎だらだらの被験体だよ。『金色シリーズ』の開発、『ナデシコB』に付属してた『スーパーエステバリス』。この二つのどちらかが欠けてたら、僕が生きたまま解剖してたかもしれない。
 草壁さんが止めたのと、僕が非積極的だったのとで、高杉君は解剖されることなく助かった。まあ、僕は引き換えにIFSについての意見もらったけどね。
 エステバリスのデータも含めて、『金色シリーズ』に流用するつもりだったんだ。

 

 僕がその当時造ってた『金色シリーズ』『太陽シリーズ』の基本コンセプトは『キンキラキンにさりげなく〜』……じゃなくて、『ディストーションフィールドを必要としない機動兵器』だったんだ。だって、フィールドが必要なければ、ジェネレーターの分だけエステは軽くなるし……何より、エネルギー効率がぐんと上がる。
 そうして考え付いたのは、よける事を前提とした機体と、フィールド無しでも敵の攻撃を無効化できる抜群の装甲を持つ機体の二種類だった。地球側なら、前者の方が現実的だろうけど……僕は後者を実現しようとした。よけやすくたって、当たっちゃ意味ないし……肝心の装甲に当てがあったんだ。だから、両方作っちゃった。
 ……ふっふっふっ。なにがなにやらわからないって顔してますよお客さん。
 ま、僕はここでもったいぶる趣味ないし、素直に教えてあげるよ。

 

 木連が木星圏で生活できたのは、『都市』と呼ばれるプラントがあったから。プラントって本当になんでも作れちゃうんだよ……生産可能までこぎつけるのにとんでもない労力割いたけど、それに見合うだけの能力をプラントは持っていたんだ。
 けど、プラントが凄いのはそれだけじゃない。幾度も行われたのっとり事件に耐え、グラビティブラスト何十発とぶつけられても小揺るぎもしない、その装甲……そうさ。僕が『金色シリーズ』の装甲として目をつけたのは、プラントの装甲だよ。

 

 僕はプラント装甲の有用性を草壁さんに説いて、一番小さなプラントを実験用に回してもらった。プラントでプラントの装甲を、ってわけさ。当時の草壁さんは魔女に対抗するための全く新しい兵器を御所望だったからね。
 ……あれれ。なんだか混乱してるねえ。
 プラントでプラントの装甲を作れるのか? 君が考えてるのってそれでしょ?
 甘いよ。プラントを……古代火星の科学力を舐めちゃいけない。
 ここからは僕の仮説もいり交ぜて説明してあげよう。

 

 君たちがどうやって未来からこの世界へボソンジャンプしてきたか。これを説明するだけで、プラントや火星文明の凄さがわかってもらえると思うよ。
 先に言っておくけど、この世界は厳密に言えば『君たちの過去』じゃないんだよね〜。一種のパラレルワールドに君たちは跳ばされてきたんであって、ここは君たちのいた未来とは何のかかわりもない世界。そう結論付ける理由はね……この当時既に開発されていたシステムが、ナデシコBのデータじゃあ、まだ存在していなかったからさ。
 さて、その原因だけど。
 君たちはランダムジャンプで単純に、って考えているのかもしれないけど……実際はそんなに単純なことじゃないんだよ? だって、魔女が派手にばらして、ナデシコBにも残ってる記録じゃあ、テンカワアキトは時を超越するランダムジャンプを二度も経験してる。その時彼は同じ時間軸に跳躍したんだ。なら、今回パラレルワールドに跳躍した理由は?

 

 イメージだよ。過去に戻りたいという強いイメージが、『歴史の変換』を可能にするボソンジャンプを可能にしたんだ。で、ここで現実的な話になるけど……
 思っただけで過去にいける。これって凄まじいことだと思わない? 遺跡だけじゃない、古代火星のプラントだって、物理常識の限界に挑戦したような滅茶苦茶な代物がたくさん作れるんだ。コンソールに向かって数値を入力して、生産物を設定したら文字通りなんでも『創』れる、それがプラントさ。
 ひょっとしたら……ナノマシンに人格写したり、死者を蘇生させたり、不死身の人間作ったり、人間を化け物に変えたり……魔法みたいな事も、火星の技術は可能にするのかもしれない。与太話でもなんでもなく、これは本当にそう思うよ。
 与太話を信じたくなるくらいに、火星の技術は途方もないんだ……未来世界の僕は、多分それを求めてテンカワアキトにナノマシンを注入したんだと思う。古代火星人と近いナノマシンをもったテンカワアキト――A級ジャンパーなら、成功するかもしれない、ってね。
 そうに決まってるよ。そうでなきゃ、数の限られた貴重なジャンパー……それも、遺跡にコネクトした経験のある逸材を壊したりしない。結果は、五感を失った事からもわかるよね?

 

 さて、話を戻して。件のプラント装甲だけど……これが中々面白い性質をもっててね。グラビティブラスト、相転移砲、ディストーションフィールド……遺跡から拾い上げた遺失文明系兵器を、全部キャンセルしちゃうんだ。剛性も完璧だし、重量も軽い。機動兵器の装甲としては、理想的なものさ。圧縮して精製すると、遺跡みたいな奇麗な金色になる。これが金色シリーズの名前の由来。
 だけど、これにも欠点はある。

 

 第一に、頑丈すぎて加工が出来ない。これについては設計図どおりの装甲を、プラント製作の時点でインプットすればいいんだけど……機動兵器の装甲って実際にはミリ単位でしょ? プラント技術だって、元はわけのわからないものを流用してるんだし、そんな細かい設定は難しくてね。
 第二の欠点。量が作れない!
 これには参ったよ。細かいところまで設定できるようになったはいいけど、生産率ががた落ちになっちゃったんだ。
 この欠点さえなければ、戦艦の装甲総取っ替えする事も出来たんだけど……そうすれば、フォボス戦役での死者は半分以下に減ってた。
 第三は……問答無用で目立っちゃう。
 装甲が持つ性質が影響するんだろうけど、塗装が出来ないんだよね。ペンキ弾いちゃって。だからって上に何か貼っちゃうと、今度は『遺失文明兵器無効化』の特質がなくなっちゃうし。しかも、装甲そのものは薄く発光するんだよ?
 想像してみてよ。戦場に金色に輝く機体があったらどうする?
 絶対集中攻撃するよねえ?(笑)

 

 『金色シリーズ』壱式『金那羅』なんて酷いもんだったよ。金色とは名ばかりで、プラントの装甲使ってるのは盾部分だけなんだから。
 あんまり芳しい結果とは言えなかったけどさ。草壁さんは喜んでくれたよ。ステルスの必要のない旗艦の装甲としては最適だったし、盾として持ち運ぶなら多少の欠点は目をつぶれるから。ジンシリーズに持たせるって形で。優人部隊の人には、評判無茶苦茶悪かったけど。
 初めて機体全面にプラント装甲を張り巡らせたのが『金色夜叉』さ。関節とか狙われると弱いし、過度の衝撃がコックピット直撃したらパイロットは死ぬけど……当時の技術じゃあ、最高の防御力を持った機体さ。
 画像が残ってないから見せられないのが残念。いやー、北ちゃんのセンスに合わせたから、デザイン物凄い事になってるよ? 見た目はもう完全に土偶。
 関節狙えるだけの猛者相手なら苦戦するけど、逆に言うなら関節が狙えなきゃ絶対に負けない機体だった。

 

 一方の『太陽シリーズ』はクリムゾンとの技術提携で作ったんだけど……壱式『陽光』が造られただけで終わっちゃったよ。弐式からは、『金色シリーズ』と技術が併用できるから、一緒にしちゃったんだ。
 『陽光』そのものは、重力波スラスターと対Gシステムを極限まで昇華させた機体さ。回避して、斬る、これが基本コンセプト。限りなく軽量にするために、装甲を薄くしたんだけど……薄くしすぎて凄い事になっちゃったよ。僕みたいな非力君が殴ってへこむってどーゆー事? スラスター所々につけたら、それを保護する極薄装甲が鎧武者みたいになっちゃったね。
 けど、そこまでした甲斐はあった! 機動力、初速、最高速度……どれをとっても一級品の超高速機動兵器になったんだ! 対Gシステムはプラントや遺跡から発掘した技術を使ってるから、パイロットの負荷が十分の一になったトンでもマシン!
 理想的過ぎて怖い? そうそう、確かに理想的なんだけど……僕もクリムゾンの人も、調子に乗って性能上げすぎちゃってね。速すぎて誰も扱えないようなじゃじゃ馬になっちゃったんだ。ちょっと、横に移動しただけで、時速70キロくらいで横に吹っ飛んじゃう……余程のエステバリスライダーでも、これは乗りたがらないだろうねえ。『三色の覇王』も、これの設計図見たら顔蒼くしてたし。
 そんなわけで、こいつはデータ取りのためにクリムゾンへ贈呈しちゃった。
 そしたらいたんだよねえ。乗りこなした人がさ。『陽光』は、『サンライトハート』って名前を変えて、彼の鎧として活躍した。
 そう。『日出処の守護者』さ。

 

 ……北ちゃんがここに運び込まれた時はびっくりしたよ。
 最初は、北ちゃんが怪我して運び込まれるって聞いた時、てっきり片腕を失ったとかだと思った。命に別状はないと思ったんだ……
 実際は別状どころか命の危機だった。担架に乗って血塗れで……どうやって跳躍に耐えたのかわからないくらいの大怪我だったよ。左目なんて破片が刺さったままだった。
 ――いやー、人間って絶望したら本当に真っ暗になるんだね。目の前。
 僕が始めて、『人の死』に直面した瞬間さ。僕にとって被験者はモルモットだったし、実際モルモットって呼んでたから、壊れても『死』に対する自覚が全く無かったんだ。それが、一番親しい人が死に掛けて始めて実感を持った。極めつけに、原因が自分の作った兵器ときた。
 肉体年齢は四十代でも、精神年齢は教育の賜物で十代の辺りをうろついてたんだよ、当時の僕は。もう、どんな風に執刀してどんな風に助けたかなんて覚えてないよ。ともかく、無我夢中でメス握ってナノマシン処置して義眼作って……執刀に立ち会った人たちは『ヤマサキ博士は医者でも食っていける』って太鼓判押してくれた。その位すごいオペだったらしいけど、僕の脳裏には全然残ってない。
 運びこまれた北ちゃんを見た後の記憶がおぼろげで……はっきりした記憶が始まるのは、麻酔の効いた北ちゃんの前で、北斗君と一緒に項垂れてた時かな?
 思えば、この時からだね。
 僕が、一人前の倫理観……『死』って何なんだろうって言う、素朴な疑問を抱き始めたのは。。

 

 え? 『日出処の守護者』の九人の女?
 僕としては失敗確実の実験を何度も繰り返してやろうか、とも思ったんだけどね。
 自殺さ。死んだ恋人の後を追って……ってやつだよ。モルモット置き場で手首掻き切って全員。嫌ぁな死に顔してたよ……今でも夢に見る。
 魔女もあんな死に顔だったのか、そう考えるとぞっとするよ。けど、北ちゃんはよく考えると……女の狂気に巻き込まれ通しだったんだよね。KANON隊は勿論のこと、魔女とも長い因縁だったしさ。
 ネルガルの会長さんなんか、これが原因で女性不信になっちゃったって話聞くよ。

 

 北ちゃんが持ち直してからは、いつもどおり研究三昧の毎日さ。『金色夜叉』と『サンライトハート』が衝突して、『金色夜叉』が勝った……これを聞いて、僕はすぐ次のプランを立てたんだ……『金色夜叉』と『サンライトハート』両方の能力を兼ね備えた最強の『金色シリーズ』、『金剛阿修羅』の製作さ。
 サンライトハートで得た対Gのノウハウを生かして、装甲はプラント装甲……総合力で前者二機を追い抜く最強の機動兵器。
 『漆黒の戦神』のデータから抜き出して作った『ダリア』の製作とあわせて……いやいや、今思うと物凄い無茶したよ。

 

 時期的には魔女が物凄い放送した後かな? ……あ、これはオフレコか!
 御免御免。これは言えないんだよ。
 『三色百合』? 『三色の覇王』が乗ってる機体のことだよね?
 僕はあれ、ゲキガンガーって呼称してたけど?(笑)
 あれ凄いよね! 『金剛阿修羅』とは全く逆のコンセプトで、ディストーションフィールドの出力を限界まで上げて攻撃にまで転用可能にした機体!
 圧巻なのが、圧縮ディストーションフィールドシステム! これ、凄いよ!
 早い話が、DFを超圧縮して性能をアップさせるんだけど、これを使えば素のディストーションフィールドでDFSを受け止められるんだ! 超小型相転移エンジンは、バッタのサイズで戦艦級の出力を可能にして……うーん、今思い出しても興奮するよ!
 ディストーションフィールドそのものが攻防一体のシステムだからね。『金剛阿修羅』でも、正面衝突したら危なかったかもね。
 あれを作ったウリバタケさんって、天才だよね……多分、魔女のところから直に持ってきた未来の情報を参考にしてるんだろうけど。

 

 え? 魔女からの命令を聞いた時の感想?
 まー、やっぱりか、程度にしか思わなかったね。あらかじめ覚悟はしてたから、特にショックは受けなかった。
 ナデシコBの記録の中に、魔女の日記があったんだけど……凄いよ? 後半は僕や北辰さん、草壁さんへの呪詛でビッシリ! 文体だけ見たら、年頃の女の子が書いたなんて思わないよあれは。
 あれ見てれば、死刑にしろくらいの命令はすると思うよ。絶対。
 けどまあ、思うところはあったよ。

 

 魔女がマスドライバーで火星潰した時なんだけどね……落ちていく隕石見てさ、思ったんだよ。『あの魔女は下にいる人たちをどう思ってるのかな?』ってさ。
 思い至って吐き気がしたよ……僕は、僕の姿を最悪の形で目の前に提示されたんだ。
 『貴様はこんなに醜いんだ。お前は魔女ならぬ魔の獣だっ!』って、自分が殺した人たちに弾劾されてるような心境だった。だってそうだろう? モルモットかそうでないかの違いはあっても、魔女が罪を犯して罪悪感を感じてないのは確かなんだ。僕と同じように……そう、人体実験を繰り返して、罪の意識を感じない僕と同じようにね。何の抵抗も出来ない人達をためらいなく殺す態度なんて、僕そのものだったよ……
 北ちゃんが死に掛けなかったら、僕もこんな風に考えることはなかったんだけどね。北ちゃんの死に掛けと、魔女の悪行……この二つが僕にとっての罪状を自覚させた。生まれで理論武装する気にはなれなかったよ。そんな事したら、僕はますます魔女と同じになっちゃう。罪を認めることで魔女と違う道を歩きたい……僕が思ったのは、そういうエゴイズムさ。
 人目につかないように、こっそりとトイレに行って……吐いたよ。自分が汚物みたいに思えてしょうがなかった。ともかく、僕はその日、子供から大人へと成長したんだ。成長なんて、したくなかったとは言えないけど……成長してうれしかったとも思わなかったよ。

 

 最終決戦にはついていったよ。僕の作った『金剛阿修羅』をそばで見たいのと……北ちゃんを死なせたくなかったんだ。自分の業を実感したせいで、敏感になってたんだろうね。
 かぐらづきに医療スタッフ兼技術者として同乗させてもらったんだ。
 肝心の戦闘そのものは覚えてないけどね……なんせ、倒れて意識がなかったからさ。流石に、僕一人でダリア、『三色百合』、『金剛阿修羅』、夜天光、フルチューンジンシリーズ全部整備するのはつらかったよ。
 けど、これだけは他人任せに出来なかった。子供っぽい感情さ。『僕以外の人間に触れさせて北ちゃん達が死んだらどうする!』ってね。これで実力ともなってなかったら、本当にいやな奴だよねえ。
 結果倒れりゃ、わけないけどさ。

 

 医務室のベッドで目覚めた時、何故か僕は白衣に着替えてた。もう、目覚めてすぐに執刀できる状態でいたんだ。目覚めた時は帰還した病床兵を治療させるつもりで、着替えさせたんだろうって思ったんだけどね、違ったんだ。
 治療させるつもりだったのは確かなんだけど……患者はたった一人だった。
 薬漬けにされたテンカワアキトさ。
 話は変わるけど、今の世の中、彼が『薬漬けにされて操られてた』って喧しいくらいに主張する人が多いよね? ……僕はこれに異を唱えたい。
 人体実験なんてやってると、抵抗する被験者がどうしても出てくるんだ。そういう被験者には、薬打って言うこと聞かせるんだけど……そんな僕の体験談からして、テンカワアキトが薬漬けになって魔女を護ったのが『操られた』程度の理由だなんてありえない。薬打って理性を消すってことは、相手の『本能』を剥き出しにするって事でしょ? つまり獣と同じになっちゃうって事。彼はそんな状態でも、『薬漬けにされたとは思えない』行動を何度もしてる……自主的に高度な作戦を立てたり、凄まじい先読みを繰り返した戦闘を行ったり。
 薬漬けにされて命令を聞くだけの人形にされたんなら、矛盾することが一杯あるんだ。最後の、北ちゃんがフィールドランサー突き刺して止まっちゃったのもそう。薬漬けで操られて、『戦え』って命令されてたんなら、自爆してでも相手を倒したはずだよ。
 これはね、僕の意見を聞いた北ちゃんの想像なんだけど……あんなになった魔女でも、『漆黒の戦神』にとっては大切な家族だった。けど、魔女のやってる事は褒められたことじゃない……そんなジレンマに陥った結果が、あの奇怪な行動の数々さ。自発的にか魔女が強制したかは知らないけど、薬を打たれてそれが更に顕著になった。
 魔女は護りたい、けど魔女を止めたい。ジレンマがあの行動を生み出したなら……ま、証明しようのないIFの世界だけどね。

 

 結局、テンカワアキトの手術は成功したんだ。完璧なくらいに。後は薬を抜くだけで正常には……戻らないかもしれないけど、安静にしていれば衰弱死はしない。そういうところまでこぎつけた。
 けどまさか……あんな事になるなんてねえ。それがわかってたら、麻酔でも何でもかけて意識戻させなかったのにさ。

 

 手術が終わって、テンカワアキトを病室に運び込んですぐに、『三色の覇王』様がお見舞いに来たんだ……親友の様子を見に来たんだって事で、僕達医者は遠慮したんだけど……それが運のつきでね。
 『三色の覇王』の話じゃあ、目覚めたところに語りかけたら、すぐにボソンジャンプしちゃったんだってさ。もお、その後は大騒ぎさ。
 ボース粒子観測機やらなにやら元病室に持ち込んで、観測、調査……もう一度倒れるかと思うくらい、僕は忙しく走り回った。
 結局、得られるデータも少なくて、テンカワアキトの行方については簡単な捜査しかされなかった……戦後の後始末が大忙しだったってのも大きいけど、『三色の覇王』様が放っておいてやってくれって、強く求めたからさ。薬のせいでボロボロの体……無事どこかにジャンプアウトしたとしても、生きてられるとは思えないしね。

 

 戦争の後始末は大変だったよ……とにかく、当時の木連や地球連合には人がいなかった。特に、復興作業を取りまとめる責任者が決定的に欠けてたんだ。そのくせ、対応しなきゃならない民衆の数は莫大な数だった……当時の木連士官は物凄い過重労働を強いられたんだ。後にも先にも初めてだよ。僕の栄養剤が軍部の命令で大量生産されたのは。中毒性があるんで僕でも使いたくない代物なんだけどね……その分効果は抜群で、木連士官は文字通り24時間働いたんだ。
 人手が足りなくなって、戦犯や僕みたいな科学者引っ張り出して……それでもてんてこまいだった。もしもだよ? フォボス戦役で草壁さんが死んじゃってたら……戦後の地球圏は、この時点で復興に失敗してたんじゃないかな。
 ともかく、僕も破壊された都市の建て直しとか……建築関係のお仕事で、地球圏の復興に走り回った……なんて言っても、その頃の記憶、僕おぼろげなんだよねえ。なんせ、62回も倒れたから、朦朧とした記憶しかない。あれ? 64回だったかな?(笑)

 

 しかも、僕が工業用バッタやエステバリスを作っている間も、人体実験は続けられてたんだ。地球連合の政治家さん達は、揃って僕等木連の支配に抵抗したから……北ちゃんが速攻で始末した。主題だったジャンパー実験は既に成功したも同然だったし、特に追及するような目標はなかったんだけどね。僕が彼等の人体実験を請け負ったのは、自分を見つめなおすためでもあったんだ。今の自分はどうなんだろう、ってね。
 もぉ最悪だったよ。実験中も実験後も、ずっと嘔吐感や嫌悪感と戦ってた。ほら、子供って些細なことで食べ物嫌いになったりするじゃない? あれと同じで、もう僕の体は人体実験をする事に耐えられなくなってたんだ。
 政治家連中の実験が終わってすぐに、その事を正直に北ちゃんに話したんだよ。そうしたら、すぐさま草壁さんに話をつけてくれたんだよ……人体実験はもう嫌だってね。

 

 今でも覚えてるよ。草壁さんの執務室で、声を張り上げてくれた北ちゃんの後姿は。自分の全ての武勲を差し出して、僕を人体実験から遠ざけてくれるように……うれしかったねえ、あの時はさ。けど、意外だったのが草壁さんの反応さ。
 僕が人造人間だって知ったとたん、目を丸くして詰問してきたんだ。『ヤマサキ君、それは本当か!』ってね。この時初めて、僕は自分の存在が極秘で、両親の地位を脅かす代物だった事に気がついたんだ……後の祭りって奴さ。
 結局、僕の両親は翌日には拘束されて、煉獄に閉じ込められちゃった。

 

 罪悪感? ああ、少し感じたかな?
 意外そうだねぇ。やっぱ、僕みたいな身の上だと恨むか依存するかに決まってる……そう思ってるんでしょ? まあ、『親子』ならそうなるんだろうけどねえ。
 僕と両親はそもそも親子っていう間柄じゃなかった。両親も僕を息子だとは思ってなかったし、僕も両親を親だとは思わなかった。どちらかといえば……同じ志を持つ、同士として認識していたね。僕もあの二人も、お互いを肉親だとは思わず同格の科学者として尊敬しあってた。ある意味ではいい話だよね。マシンチャイルドが道具扱いされたのに対して、僕たちはあくまで対等の科学者として扱われた……どうしてこんなゆがんだ親子が出来たんだと思う?
 両親は悪くないよ。だってさ、あの二人は純粋に『研究』が途切れるのを恐れて、後日発覚したら確実に全てを失う所業をしてまで、僕という存在を産み落としたんだ。文字通り命を懸けて僕を作り出したんだよ。原因は、それが正当だと思わせた教育の内容さ。
 なら、悪いのは『冷血世代』を作った人間? それも違うよ。彼等だって好きで研究を続けたわけじゃない……そのためなら何でも許されるわけがないけど、あの環境は一つの要素が良心を打ち消させた。
 戦争だよ。
 木連が長年仮想敵として認識していた地球、そして戦うための研究……戦争って言う化け物が、僕達みたいな狂った科学者を産み落としたんだ……って思うのは、自己弁護かな?

 

 ともかく、僕は両親を追いやった事はなんとも思ってないし、両親も僕に追いやられた事はなんとも思ってなかった。だって、処刑の寸前に面会した時の会話が、事務的な研究の引継ぎだったんだよ? 両親は当時着手していた、『マシンチャイルドが干渉できない新型コンピューター』の開発を、僕に託したんだ。恨み言も何も言わずに、ただ自分の研究が途切れることを怖れてたんだ。
 ひょっとしたら、自分達の研究が『少数の不幸で多数の幸せを生む』ものだって、割り切ってたのかもね。今となっては確認も出来ないけどさ。
 僕は自分の両親を、人間としては三流以下だったと思ってる。けどね、あの二人を尊敬している一面もあるんだ……あくまで科学技術の発展に全てをかけた科学者としての二人をさ。
 だから、毎年の墓参りは欠かさず行ってるよ。墓そのものが煉獄の中にあるからお手軽なんだ……けど、墓参りの内容が、今年はどういう研究が成功しました、って言う報告なのはやっぱり異常なのかな?

 

 その時に、僕は自分の罪も告白したんだよ。死刑になってもかまわないってつもりで、草壁さんに……研究所が今まで行ってきた悪行を全て報告した。なんていうか、無気力になってたんだよね、僕は。
 結果、木連内部で研究所所員の一斉摘発が行われた……ニュースにも出たから知ってるでしょ?
 そう。地球圏と木連共通の新法律が制定されてから始めての死刑執行……それも大量の研究者が同じ罪状で裁かれた『研究所事件』さ。
 僕は自供したのと北ちゃんの口利き……何より、その出自が同情を誘って、無期懲役に落ち着いたよ。
 今じゃあ、刑に服しながら、持ち前の頭脳を生かして薬学研究をしてるよ……勿論、昔とは正反対な人を生かすための薬だよ?

 

 あー、そういえば。『研究所事件』の時にちょっとした騒ぎがあってね。あんまり知られて無いけど。
 地球側の政治家さんは、法律施行早々の死刑に危機感抱いちゃってね。『木連は自分に都合の悪い連中を抹殺する気だ!』とかなんとか言って、木連の人間を排斥するように運動して……でもって地球の人達に弾劾された。
 これは当然の流れだったよ。当時からすれば。
 当時の民衆の支持は、混乱を収拾した木連と草壁さんに集中してたんだ。逆に何の役にも立たなかった地球の政治家、軍人の信望は地に落ちるを通り越して、地獄の最下層まで堕落してて……あ、これ北ちゃんの表現ね。
 草壁さんもこれを好機と見たんだろうね、当時の地球連合軍の醜聞を徹底的に暴き立てて、自分達の正当性を更にアピールしたんだ。
 悲惨だったのがバール……元帥だったかな? 大将だった気もするなあ。元々アフリカ方面軍の少将で、『逆魔女狩り』のどさくさにまぎれて連合宇宙軍を丸ごと乗っ取っちゃったお人なんだけど……いやあ、なんというか……今じゃあ無能で腐った軍人の代名詞みたいに言われちゃってるよ。
 乗っ取った軍隊でやった事といえば己の保身だけで、民衆の護衛なんぞこれっぽっちもしなかったし。木連軍人を軽蔑すること甚だしく、自己の栄光が護れればなんでもよし……魔女に狩られなかったのだって、無能すぎて無視されたからってんだから。
 そんな男だったから、過去の罪状も凄いものがあったよ。結局、真っ先に草壁さんのつるし上げにあって処刑さ。
 罪を全て暴露しての裁判……腐敗していた連合軍にうんざりしていた民衆はこれに飛びついたんだ。結局、戦争が終わってから五年もしないうちに地球連合は消滅、地木連が誕生した。

 

 僕が草壁さんと一緒に火星極冠遺跡に行ったのは、いつだったかなあ? 煉獄に収監された後、10年くらい経過してたのは確かなんだけど……当時、僕の肉体は老化が進んでもう今みたいなよぼよぼの状態だった。けど、火星の遺跡解析するのに僕の頭脳は必要不可欠だってんで、重たくなってた腰を上げて頑張ったんだよ?
 あ、思い出した! 2208年の12月21日だ。それまでの火星は、その重要性の事もあって一切の立ち入りが禁止されてたんだ。
 火星調査団の護衛を名目にして、艦隊組んで行ったんだ。ウリバタケさんはその時に火星に入植したんだよ。関係ないけどね。
 地球連合の技術と木連の技術を融合して造った巨大輸送船……ウリバタケ・セイヤ最後の作品である『SOTK−001 ユリハナ』に乗って行ったのさ。老体に軍艦勤務は堪えるしね……いやあ、まさか30代でシルバーシートに乗れるとは思わなかったよ。あれって、結構座り心地良かったりするんだよね。
 で、行ってみたら驚いたのなんのって。
 僕はその時環境で極冠遺跡が見える場所にいたんだけど……いつ極冠が見えるのかなって目を皿にしてモニターの風景を眺めてたんだ。そしたら……

 

 目の前にあるのは、でっかいクレーターだったとさ。

 

 艦橋にいた全員が固まったよ。だって、予備知識として頭に入れてた映像と、余りに違いすぎるんだもの。慌ててオペレーターに地図を確認させたら、間違いなく遺跡があった場所はここだって結果が出たんだ。
 急いで付近を捜索した結果、驚くべきことがわかったんだよ。
 極冠遺跡があった場所を中心に、クレーターは出来上がってたんだ。そして、クレーターの表面には、ディストーションフィールドで削られたような特徴があった。
 これらの事から、僕等調査班はこう推察した。
 遺跡……それを含む大量の施設が、どこかにボソンジャンプをした。全てをディストーションフィールドで包んで……ボソンジャンプが依然使用可能であることから考えると、遺跡はこの宇宙のどこかで稼働しているものと思われる。
 原因ははっきりしてる……状況証拠だけどね。
 地質を調査した結果、このボソンジャンプが行われたのは2199年10月前後……フォボス戦役のあった時期さ。フォボス戦役前だったら、フォボスの魔女の基地にデータが残ってるはずだけど、それがない。よって、そのボソンジャンプは魔女の基地が機能を停止した2199年10月12日以降……それも、討伐艦隊が帰還のために火星から離れたときという事になるんだけど……実を言うとね、僕にはこのタイミングに心当たりがあった。
 テンカワアキトさ。彼が僕達の前から姿を消して、遺跡を丸ごとボソンジャンプさせたって考えたら、全ての辻褄は合っちゃうんだ。彼A級ジャンパーだしね。
 尤も、意識すら定かじゃなかった彼が、何故遺跡を跳ばしたのかは定かじゃないよ? 自分の運命をめちゃくちゃにした遺跡が憎かったのかもしれないし、自分が元いた世界に帰りたかったのかもしれない……真相は闇の中ならぬ、ボソンの彼方さ。

 

 魔女戦争から15年……短いように思えるけど……寿命の短い僕からすれば長い長い時間さ。
 僕がおじいちゃんになるくらいの長い時間……北ちゃんくらいしか面会に来てくれる人のいない場所で、僕はこのまま老衰で死ぬのか復讐で殺されるのか……よく、わかんないなあ。
 どうでもいいんだ。僕はもう自分の生き死になんか。北ちゃんの結婚式にも出れたし、二人の子供も見れた。その子がさあ、僕のことおじいちゃんって呼んで慕ってくれるんだよ……僕にも子供が出来たら、あんな感じなのかな?
 もう、思い残すことなんて何一つないよ。
 こんな風に、面会に来た人との間に一切の仕切りを作らないのもそういう理由さ。殺すなら殺せ、どうせ悔いのない命、どうせなら復讐者のために散らせて上げましょう……ってやつだよ。

 

 え? 『妖精教』についてコメント?
 御免、僕宗教とかに興味ないから、良く知らないんだけど……聞いた話じゃあ、『魔女の行動は全て今の世の中を作り上げるためにあったから、現人神として崇拝しましょ』っていう宗教だっけ?
 確か、主教は元地球連合軍のアララギさんだったっけ? まあ、今の『上手く行き過ぎた』世の中見たら、そう感じちゃうのもわかるけどさぁ……僕はどうかと思うよ? こじつけすぎるような気がするし。

 

 最後の質問?
 なんだい、改まっちゃって……魔女と戦神について?
 ……あんな最後を遂げたのでなくちゃあ、僕が首を差し出すべきはテンカワアキトだったんだろうねえ。五感奪っちゃったし、奥さんあんなにしちゃったし。彼等の世界の僕がどんな末路をたどったのかは知らないけど……その位はしなきゃ、罪なんて償えないよ。
 魔女に関しては……近親憎悪の対象でしかないよ。もう、顔も見たくないな。

 

 こんなになっちゃった僕と、北ちゃんは一ヶ月度に面会してくれるんだ……いやあ、うれしいよ凄く。今となっちゃあ、北ちゃんは僕のたった一人の縁者だしね。ここ十年でこの部屋を使ったのは、弾劾者以外じゃあ北ちゃんだけなのさ。
 飾りも何もない部屋でしょ? この施設は皆こんな感じの部屋なんだ。
 僕の部屋は本当に恵まれてるんだ……入り口と同じ標高にあるだけ大分マシなのさ。他の人は地下に放り込まれて絶対脱出できないように処置されるから、孤独感が違う。
 薬学研究っていう一種の娯楽もあるし、ニュース用のテレビもあるんだよ……破格の待遇だよねえ? ここの体制からするとさあ。
 ……僕もねえ、ここに放り込まれてからすっかり霊感が発達しちゃって。ちょっとした除霊の真似事なら出来るようになっちゃったよ。
 そんな僕からの忠告。質問終わったんならもう帰ったほうがいいんじゃない?
 ほらほら。ラップ音してるでしょ? 早く出て行かないと祟られちゃうよ?
 へえ? お土産があるんだ……じゃ、それ置いて早く行ったほうがいいよ……なんか、団体さんっぽいしさぁ(汗)本気で不味いよ?
 あ! 熊屋の特製芋羊羹! 僕、これ大好物なんだよね♪
 なにせ知識強化型の人造人間だから、糖分の要求が激しくて……甘いものには目がないんだ♪
 じゃ、また何か聴きたいことがあったら来てよ。
 お土産もって、僕がくたばらないうちにね。
 ……って、丁寧に頭下げてる場合じゃないってば! 本当に危ないから! 早く〜!(汗汗)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エピローグ

「……世の中って、常識じゃ計れないんだなぁ」
 生まれて初めて怪異に遭遇した少年は、タップダンスを踊る心臓をなだめながら、スクーターを走らせていた。コロニーの天井は、蒼い闇に染まって星を映し出し、偽りの月明かりで道を照らす。

 

 

 

その日、少年はありもしない妄想に身をゆだねていた。
思い人が自分に、愛の詰まったチョコレートをくれるのではないかと。

 

 

 

「帰ったら……清めの塩振ってもらおっと。その前に、お払い受けたほうがいいかな?」
 何故かやたらと重い肩。季節設定は夏のはずなのに、何故か全身を包む寒気。
 そんなのは気のせいだと自己暗示をかけつつも、青年はスクーターのアクセルをかけた。

 

 

 

予想に反して、少年の下に少女を発端とした贈り物が届いた。
ただし、それは余りに苦い現実、許容範囲を超える凶報。
想い人が歩んできた、血の斑道の実証。

 

 

 

 自分の現状を忘れるために、青年はあえて別の話題を一人でつぶやく。
「んーむ。やっぱり名前がそのままだったから、ばれちゃったのか。それじゃあ、次からは名前を変えたほうがいいかな」
 そこまで考えて、青年は思い直した。
 名前を変えるだと? そんな事はもっての外だ。自分は一人で歴史を追っているわけではない……高杉針太郎という名前は、自分の尊敬した人から借りた大切な名前なのだから。

 

 

 

『嘘だ……嘘ですよね、艦長』
問いかける声は、想い人には届かずに。
ただ、メディアは無知なまでに一人の少女の罪状を暴き立てた。

 

 

 

 自分のやっている事は、自慰行為に他ならない。
 既に完結した事件を、当事者達に聞いて回る事にいかほどの意味があるのか。それを抉る事で自分は何を得るのだろうか。
 想い人の狂気に逃げ出した自分が、何を知る資格があるのだろうか?

 

 

 

 先日まで持て囃していた『妖精』を、『魔女』と断じるマスメディア。
 その声を、少年は茫然自失の状態で聞き流す。
 嘘だ嘘だと自らに言い聞かせようと、現実はゆがまず、曲がらず……
 ただ残酷であり続けた。

 

 

 

 頬を、空気が撫でていく。
 季節設定が夏であろうと、人が操作するコロニーの気候は、基本的に住みやすい状況を作り出す。猛暑も厳寒もありえない。昼がいくら暑かろうと、夜にもなればすごしやすい涼しさで住人を包み込むのだ。
 監獄に住む罪人も、自分のような卑怯者も……全てに対して平等に。
 差別的な運命とは対照的な、分け隔てのなさで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憧れの人が『魔女』と呼ばれる世界。
 少年にとっては悪夢としか言いようのない世界で、彼は思った。
 自分は何をしているのだろうと。
 何故あの時、嘘をついたのか。何故あの時、『僕です』と言えなかったのか。
 なによりも。何故、少女はこのような狂行に走ったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年は気持ちのいい風を全身に浴びながら、スクーターを走らせる。
 電灯など一つもない、人工の月明かりだけが世界を照らしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『何故ルリさんがあんな事を?』
 何が彼女を狂わせたのか? 何が彼女を壊したのか?
 周りの人間が魔女の弾劾に夢中になる中で、少年はただ黙々とその理由を追い求めた。
 父であり初恋の相手である人を失ったから?
 一度失ったものが戻り、もう一度失われるという恐怖感に耐えられなかったのか?
 何故狂ったのか……少年は、死者の想いを知るために長い時をすごしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明りは、眼前に広がる道を照らして逆行者を導いていた。

 

 

 

 あとがき
 どうも。記号斉射三連! の♪♪♪です。
 ヤマサキの身の上については、前々からあっためてた『ネタ』なんです。人体実験に追われていた木連ならば、十分にありえる話だと思います。
 前回KANONネタについて色々突っ込まれたので、あえて名前を伏せてみました。いかがでしょうか?

 

 

 

代理人の感想

うーむ。うーむ。
面白え。
実は第一話読んだ当初、続編が出るに連れてマンネリにならないかな、と危惧してたのですが・・・
まるっきり杞憂だったようで。(笑)

やー、面白いですわ。

あ、それと前回指摘を忘れてましたが、ゲキガンガー後半の敵幹部は「マッカサ」じゃなくて「マッサカ」です。

ではまた。