この作品は、EINGRAD様の許可を得て執筆した
『逆行の時』、『逆行者の余波』の三次創作です。
ご一読される前に、前二作をご一読になられる事をお勧めします。
そして、この作品はダーク作品であり、ルリの扱いが悪いです。
上記が受け入れられない方は、御読みになられない方がいいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

プロローグ 『艦長……あなたは』 だけど、雑音はやまず想い人を苛み続ける。悪なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クレーターがいくつも重複し、元の地形をとどめない火星の大地。
 果てのない大地の上を、一台のバギーが疾走していく。
 運転する青年は、遥か遠くを眺めながら過去の自分を思い出していく。
 一ヶ月前、初めて火星を訪れた自分は、その景色の凄まじさに言葉を無くしていた筈だ。
 だが、今と一ヶ月前では趣が異なっていた……三日前に耳にした情報が、青年の意識にフィルターをかけ、目に映るもの全ての色を剥奪していく。
 ……一ヶ月前なら、もう『イヴ・ゴーヤラッカー』のジャンク屋が見えてもいた頃なのに、視界にはひときわ大きいクレーターが映るばかり。
 普段なら避けて通るクレーターの内側に、バギーで乗り上げながら青年はつぶやく。

「……ウリバタケさん、本当に吹っ飛んじゃったんだなあ」 

 耳にしたのは、凶報。かつてそこにあったジャンク屋が、謎の大爆発を起こしたというニュースだ。
 爆発する前日に、わけありっぽい青年がそこの店主の事を聞いて回っていたらしい……この情報と、以前あの男が語ってくれた家屋の仕掛けを思い返せば、何が起こったかは容易に推理できる。
 元々あったジャンク屋の規模からは考えられないほどに、大きなクレーターだ。どれだけの火薬をつぎ込めば、こんなにきれいに吹っ飛ばせるのやら。これでは、二人の死骸は跡形どころか肉片すら残っていないだろう。

「……?」

 青年は、ただ話を聞かせてくれた漢に対して、花の一つでも手向けたかっただけだ……なのに、運命は青年におせっかいを焼いた。
 深く抉られたクレーターの底に、人影を見つけたのである。
 どこかでみたような、人影だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……うむ? お主も、店主の弔いに訪れたのか?
 遠路はるばる、難儀したであろう。まずは、座るが良い。
 しかし、ウリバタケめ……自分で言うほど疎まれていなかったと見える。娘や息子すら寄り付かぬというのに、赤の他人に悼んでもらえるとは。

 

 先に言っておくが、勘違いするなよ、若輩。二人がウリバタケを疎ましく思ったことなど一度もありはせぬ。ウリバタケの遺言を、決して自分には関わるなという言葉を頑なに守っているからこそ、この場におらぬのだ。己が父の死をいたむことすら出来ぬ心情、うぬが如き若輩には計り知れまい。
 我がこの場におるのは、二人の代理人としてだ。

 

 我以外では、お主が初よ。ウリバタケセイヤの葬式に参加したのは。

 

 不思議か、若者よ……確かにこの場には坊主も棺も花輪もない。式と呼ぶには、余りに貧相な有様。だが、我はあえて型を捨て、ただあ奴の好んだ『海燕』を持ってきた。奴自身も、葬式は必要ないといっておったしな。
 魔女戦争では、我も敵を殺す事星の数であったが、友を弔わぬわけにいかぬ。特にあ奴とは、娘婿の事で夜通し語り合う仲であった……我の生涯で、片手で数えるほどしかおらぬ、貴重な友よ。弔わずにおられようか。
 ゆえに、我はここで酒を呑む。あ奴が生きていた頃と同じように、あ奴と語らうためにな……これが我に出来うる唯一の手向けぞ。
 そもそも、あ奴が後悔したとは思えぬ。大方、妻の元へ帰れると、笑いながら最期を迎えたのであろう……その点、あ奴は恵まれておるよ。この爆発ならば、痛みもなく、大手をふるって愛妻の下へ逝けたであろう。
 うらやましい話よ。

 

 お主も呑むがいい。幸い、杯はもう一つある。
 木連の地酒よ。どんなに舌の肥えた飲兵衛であれ、うならずにはおれぬだろう。
 目の前の杯は倒すなよ……それは、死者への送り酒ゆえ。

 

 美しかろう。ここから見上げるフォボスは……知っておるか? あのフォボスは、『恐怖』という意味を持っているのだ……くくくっ、皮肉極まるものであろう。A級ジャンパー虐殺の時に恐怖を撒いた衛星が、今では火星に暮す者達の眼に、愉悦を与えておるのだから。

 

 しかし、解せぬ。ウリバタケの奴は、いつの間に優人部隊とのかかわりを持ったのだ?
 我がいくら説得しても、軍と関わろうとしなかったあ奴が、優人部隊と接点を持つなどありえる話ではない……お主、如何なる妖術でもってあ奴に取り入ったのだ?

 

 ……何、佐世保虐殺について聞いただと? ウリバタケの最大の禁忌に触れて、話が聞けたというのか……?

 

 もしや、お主が高杉針太郎か?

 

 ……おお、矢張りそうか。以前、閣下が話していたのを聞いたことがある。真相究明の志士などとやたらと褒めちぎっておったから、どのような輩かと思えば……お主のような若輩とはな。

 

 何を驚く。我がお主の事を知っているのがそんなにおかしいか。
 我の正体など今はどうでもよい。我が問いに答えよ。
 お主のような若者が何ゆえに魔女戦争を知りたいと思うのだ? 幼き頃の記憶、人伝の言葉のみで十分であろう。当事者たちの意見など、知って得する事ではないぞ。
 ウリバタケが話したくらいだ……興味本位の醜聞書きではないのだろう。誠実でもあるようだ。だが、あえて今一度問おう。
 おぬしは、何のために魔女戦争を知りたがる。
 答えよ、高杉針太郎。

 

 何とも、珍妙な答えを返す男だ。
 『多すぎて判らぬ』とは。
 皆まで言うな。お主のその真剣極まる顔つきをみれば、切実な理由ばかりなのはわかる。
 うぅむ。ここは一つ、閣下の顔を立てるとするか。

 

 くくくくくっ。いまさら気付いたか、遅かりし探求者よ。未熟也。
 その通りだ。我の名は『外道奉天』影護北辰……魔女の宣告において、死を求められた誇り高き外道であったモノ、未来においては火星の後継者の影であったもの……今は、ただの老いぼれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコIF
火星戦神伝 5
第一項・影護 北辰の証言
♪♪♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、気付いておらなんだか。
 己で口にする事ではないが……我のような外道は、顔を知られておらぬのが常。調べようとしても調べられぬよ……電子世界において、北辰という暗殺者は存在しておらぬのだからな。未来でも似たようなものであっただろう。
 反木連を掲げる輩にとって、我のような者は格好の的。ゆえに、我らは元々存在しなかった事にされておるよ……戦後には新規の戸籍まで用意された。念の入った話であろう?
 今では、孫の相手と日課の鍛錬の傍ら、庭で盆栽をいじる毎日よ。汚れ仕事など、最後にしたのはいつのことやら。

 

 さて……それで、お主は我に何を問う?
 『金色の阿修羅』の事か? それとも我が愛娘『真紅の羅刹』の事か?
 機密に属さぬ限り話してしんぜよう。

 

 何? テンカワアキトについてだと?
 若輩。それを我に問うのはお門違いというものぞ。
 確かに、魔女が提示した未来の情報の中で、我はテンカワアキトと仇敵同士であった。だが、それはあくまで時の螺旋、その彼方での事よ。現世に生きる今の我は、漆黒の戦神と相対した事すら無い
 フォボス戦役では矛を交えもしたが、ただ一度の戦いで何かを語れといわれても、困惑してしまう……第一、あの時のあ奴は薬にて廃人同様の状態にあった。あれを関わりと呼んでいいものかは、迷うところよ。

 

 結論から言えば、我とあ奴の道は一度も交わらなんだ。少なくとも我自身はそう思っておるし、あやつもそう思っておろう。我があ奴から得たものなど何一つありはせぬ。
 平行線、などという生易しいものではない。始まりの場所も離れておれば行き着く先も違う。我等の道は八の漢字のように、相反する方向に進み続けた……
 生れ落ちた場所も、その後の道も全て違う。未来世界でならいざ知らず、この時代の我と戦神ではな。
 矛と、盾よなぁ。並ぶ事そのものが『矛盾』となり、対照的な形と機能を持つ……すなわち、我が戦神について語れることは少ない。

 

 ……我があの戦争で得たものか。
 いいだろう。その程度ならばいくらでも話せる……

 

 時に、高杉。
 話を始める前に聞いておくが……お主、我等暗部についてはどの程度の知識を保有しておる?
 ……ふむ。成る程。
 いやなに、感心したのだよ。まさか、戦後にお主のような日向の者が、我等の詳細を知りえるとは。ひとえに、遺伝子細工で与えられた力の賜物か。
 その通り。我らは木連の歴史が始まった初期から存在した。草壁家の影として、正義に反するものたちを葬り去り、汚れ役を引き受ける文字通りの影。木連の掲げる正義とは矛盾する業を背負う悪党の溜まり場。木連の信奉するゲキガンガーとはかけ離れた、外道の群れ……

 

 何? 何故我等が外道になったか、だと?
 ……これは、愉快な事を聞く。よもや、齢50を超えてからそのような疑念を投げられようとは思わなんだ。
 祖先の過ち故――裏切り者の子孫の血筋ゆえに、とでも答えておこう。
 しかし、未来を知り歴史を見ることで、かくも違ってくるものか……優人部隊の者、特に戦争初期に戦線に立った一期生では、こうはいくまいて。彼奴等が我等のことを考えると、疑問よりも嫌悪感が先にたつ有様よ。ゲキガンガーによる絶対善教育の、欠陥よなぁ。

 

 尤も、あ奴等がかような頑固者になったのは、我等の身から出た錆なのだが。
 閣下は、木連軍人に対して己が定めた基準を求め、己の幕僚をそのような人間のみで固めようとなさったのだが……幼い頃から我等を見てきた閣下の基準と、本来の軍人の基準は遠くかけ離れておったのよ。閣下は、若い軍人達に我等外道を求めたのだ。実力や思想ではなく、文字通り思い通り動く人間を。
 お主も、一度ならず人の上に立ったことがあろう。ならば、我がこれから話すことがわかるはずだ。
 部下というものが、いかに思い通りに動きにくいものかを。軍人と呼ばれる生き物でさえ、各々の判断には甘えや雑念が生じ、完璧に運用する事は容易ではない……現実に反して、兵士と呼ばれるものは、全てが統一されておらねば有機的に動かす事は出来ぬ。思想は勿論の事、実力や思考方法までもが一律である必要があるのだ。
 それは、将官でも例外ではない。他者と足並みをそろえ、かつそれらの思考が極めて高水準でなければならない。
 閣下は、己の部下に我等と同様の完璧を求められたのだ。慌てて周りのものが止め、閣下自身その認識を改められたのだが……意識の根底ではしっかりと、我等外道の実力を軍人の規範としておられた。
 遊戯のコマの如く、一切の乱れもない兵士をな。

 

 どうだ? 閣下がいかに無理難題を理想としていたか、わかるであろう。
 わからぬか。ふむ、やはり……こればかりは、長く人の上に立たねばわからぬか
 よいか高杉。我等と軍人を同類とみなすのは過ちぞ。我等のような、甘えや自己の意識を封殺できる者は例外中の例外なのだ。我らは閣下の理想どおりに動かねば死を賜る事になるのだから、完璧で当然。だが、軍人の奴らは、命令内容『しか』ない我々と違い、命令内容が『理想』なのだ。そこに生まれる甘えが、行動に誤差を生じさせる。
 その部下の動きを、完全に制御するのが一流の将官だ……閣下が無能だったのではない。閣下は、有能無能関係ない場所にあるズレすらも完全にしようと画策したのだよ。
 逆に言うならば、そうしなければ戦争に勝てないと思っていたのだ。

 

 それ故に、閣下の管理する優人部隊の人間は、苛烈とも言える実力重視教育を施された。
 思想は完全なるゲキガンガーに塗り固められ、才能は無理やりに磨き上げられた……ゆがんだ教育方法は士官の精神すらも歪ませたが、閣下は徹底して歪んでしまった士官候補生を処分させた。
 結果、生き残ったのは一切の歪み無く……金剛石の如き剛を持つ優人部隊が生まれたのだ。だが、硬いものは反面著しく脆い物。思想の徹底化によって計り知れぬ頑固者ばかりになってしまった。

 

 裏の世界は、殺し合いの世界よ。人死になど日常でしかない。
 暗部という底なし沼を歩くうちに、一人、また一人と黄泉比良坂に沈んでいった。余りに死ぬ勢いが早すぎて、一時期は多産を奨励した程だ。人口増加を防ぐために出産制限を布く影で、産めよ増やせよ……食い違いもはなはだしいではないか。
 そうするうちに、暗部の血筋は次々と断絶していき……忌むべき裏切り者の血筋も、今では我と六人衆を残すのみよ。それ以外の暗部は、犯罪者が免罪と引き換えに送り込まれるか、人体実験で社会復帰の不可能になった者かだ。
 我らはいわば、先祖の負債を、血で払っていた事になる。
 抜け出そうとはしなかった。我等にとって、働き恩を返す手段はそれしかなかった。正道に戻るなど恩知らずでしかない。
 考えもしなかったのか、だと?
 ……違うな。当時の我らは諦めておったのだ。
 『我等は所詮外道』と。『我が血筋は所詮裏切り者なのだから、死ぬまで外道である』と。その考えが、我はその『思想』を『妄信』した……かけがえの無いものを失うとも知らずに。

 

 我らは所詮外道……そう考え、すべてに対する疑問を切り捨ててきた。

 

 何故人を殺さねばならぬ?
 我等が、外道だからだ。
 何故見せしめに女を嬲らねばならぬ?
 我等が、外道だからだ。
 何故子孫を畜生の道に堕さねばならぬ?
 我等が――外道だからだ。

 

 気付いたか。気付いたであろう。『我は外道である』という言葉は、ありとあらゆる非道を正当化できる……否、ありとあらゆるしがらみから、身を護るための甲冑だったのだよ。外道であるから自己を正当化する必要もない。外道であるから人の目を気にする必要もない。外道であるから罪の影に怯える必要もない。
 説得力もクソも無い暴論であるが、語るものが信じれば真実になる……
 話は変わるが、未来の我の映像を見た中で、最も印象に残った台詞がある。多少なりとも、今の話に関わっておる映像だ。
 戦神と相対している時の掛け合いの中にその言葉はまぎれておったのだがな……聴いた瞬間、我は未来の自分の愚昧さを嘆いたよ。

 

『怖かろう。悔しかろう。たとえ鎧を纏うとも・・・・・・心の弱さは守れないのだ!』

 

 この畜生が、どの舌で吼えるのかと、気がつけば声に出しておったわ。
 100年も使い古された論の鎧で、己の弱さをごまかし続けたのはうぬではないか。怖かろうと悔しかろうと、鎧の与えてくれる申し訳程度の免罪に甘んじて、疑問すらさしはさまぬのはどこの犬畜生だ。
 同時に、未来の我が戦神に執着した理由も見当がついたわ……十中八九、同族嫌悪であろうよ。

 

 ホクセン、か……
 思えば、あ奴とも奇妙な縁で巡り会ったものよ。
 話は変わるが、我には妻と娘がおる。妻の名前はさな子、娘の名前は北斗だ。
 まあ、聞け。ホクセンとのかかわりを話すには、我が愛娘の事を多少知ってもらわぬと話にならん。
 二人とも、我自身の手で地獄に落とした。……我等の血筋ゆえにな。
 娘である北斗を外道にするために、さな子をこの手にかけたのだ。我に対する憎しみを糧に、強くする……そう考えて、我は北斗を追い詰めた。全ては、北斗の持つ卓越した武才を磨くためであった。
 罪悪感など黙殺した。全ては、我が外道ゆえ。我が畜生故に、妻も娘も地獄に落ちて我とともに焼かれる運命……そう、己を欺いておったのだな。
 五歳にして、そこいらに群れるゴロツキを圧倒できるほどの才能。それさえなければ、我がさな子を殺すことは無かった。北斗が人を傷つけるのを嫌う純真な子供でなければ、騙し騙し教える事も出来た……我に、いま少しの勇気があれば、己の存在意義の鎧を打ち破る事が出来たやも知れぬ。
 だが、すべては後の祭り。我はさな子を殺し、北斗の恨みを受けた。それだけが真実よ。
 結果、北斗の人格は男として形成され、今一歩で人格の乖離を引き起こすところであった。
 それを引き止めたのが、ホクセンという男だ。

 

 さて。前置きが長くなったな。
 肝心のホクセンとの出会いであるが……それこそ、簡単な話だ。
 我も、さな子を殺すまでは普通に父親をやっておった。白鳥などは全く信じておらぬし、閣下は未だに悪夢に見るそうだが……どこぞに遊びに行った北斗を探しに行くのは、常々我の役目であったよ。あの時着ておった割烹着は、北斗が嫁に行く時にくれてやったわ。
 ……何故目を丸くするのだ高杉。我が娘を迎えに行くのが、そんなに似合わぬか。
 いや、何も言うな。実際、その事で閣下に二、三度突っ込まれた経験がある。
 『その格好は捕まるからやめておけ』と。

 

 その日は、河原に愛犬と遊びに行った北斗を、迎えに行ったのだ。
 今でも憶えておるよ。あの時の衝撃はな。
 驚愕よりも、歓喜が先走りおったわ。
 我はいつも通りの道筋を進み……いつもどおりに警官に職務質問をされ。
 我が家から川原に至るまでの道筋。コロニーという人造の世界で作り出された、贋物の夕日。風情を出すためにスピーカーから発せられる、偽りの虫の声。安らぎを得るために作り出した、偽りの川のせせらぎ……何もかもがいつもどおりであった。
 何一つ変わる事のない世界の中で、川原で繰り広げられていた光景は常軌を逸しておった。

 

 子供が二人、笑いながら殺し合いをしていたのだ。

 

 まかり違っても幼子の喧嘩などではない
 全体の動きが、段違いであったのだ。早さ、技、力、反射……おおよそ武術における全ての基礎能力が、子供とは思えぬほどに研ぎ澄まされおった。
 否、それでも、少々体力のある子供という認識しか出来ぬ。肝心なのは、二人が笑っておるという現実よ。
 戦いを、その二人は明らかに愉しんでおったのだ。余りの事に、我は動く事はおろか声をあげる事すら忘れて、その光景に見入った。偽りの夕日が、本物の夕日に見えるほどに、その光景は幻想的であった。
 その異常性は、戦いを眺め続けるうちに際立ち始めた。
 殴りあいに過ぎなかった二人の動きに、目潰しが混じり、急所を狙い始め、必殺の一撃に昇華されていく。

 

 我は素直に、その光景を美しいと思ったよ。
 思えぬか、高杉。
 共感せずともよい。これは、我が外道であったからこそ感じた事、お主のように不幸の無い人生を送ってきた人間が、無理に理解することではない。いや、理解してはならぬ。
 その時殺し合いを演じていたのが我が愛娘北斗と……今では義理の息子である、ホクセンよ。

 

 我は正気を取り戻すと、すぐさま二人に当身を加え、持ち帰った……左様。我はホクセンを誘拐し、そのまま配下に組み入れたのだ。
 無理やりではなかったのか、だと?

 

 さて、あの時我はどのように言葉をかけたのであろうな。忘れ去ってしまったが……家に帰って、北斗を部屋に寝かせ、ホクセンを稽古場に連れ出したところで、あ奴は目を覚ました。
 目を覚ましたホクセンに抜き身を拝ませて、お前は暗部になるのだと宣告した……選択の余地の無い、断定であった。
 その時のホクセンの対応だけが、不思議と我の脳裏に鮮明に刻み込まれておるよ。
 我に刃を突きつけられ、幼子は泣き喚くはずであった。外道を強制されて、我を憎むはずであった。鞭打つような稽古の中で、心が壊れるはずであった。現に、今までそうして連れ込んだ幼子達の様に
 だが、あ奴はまるで正反対であったよ……何もかも正反対過ぎて、我の度胆を引き抜くほどに。

 

『……どうして、僕なの? 金色の髪してるのに』

 

 恥ずかしい話だが、我は言われて初めて、奴の髪に気がついたのだ。木連男児にあるまじき金色の髪に。
 幼い問いに我はこう答えたのだ。実力重視の暗部では、髪の色など関係ないのだからな。

 

『髪の色など関係ない。我は貴様の才が欲しい』

 

 遠まわしに、才さえあれば貴様の人格も何もいらん、と言ったのだが……あ奴はその言葉に喜びを見出した。

 

『なる! 僕、『げどお』になる!』

 

 後にも先にも、あれほどまでに喜びながら闇に浸った人間は、あ奴が始めてであろうよ。我に刃を突きつけられて『笑い』、外道を強制されて、我に『感謝』し、鞭打つような稽古の中で、心が『育って』いった。
 何もかもが異常な男。
 それが、我のホクセンに対する評価よ。

 

 ホクセンと北斗が我を超えるのに、時間はかからなんだ。元もとの才能も大きいが、それだけではない。
 億人に一人の才を持つ二人が並び立ち、互いを昇華させあったのよ。己に匹敵する者にめぐり合い、鍛えあうことが如何にまれなことかは主には想像がつくまい。
 まして、奴らのような最高の才をもつ者たちにとっては奇跡といっても良い。

 

 武才において完全な同格であった二人だが、全てが同じであったわけではない。成長するにつれて、進む方向も二つに分かれていった。
 我に従うか否か。我を憎むか否か。我に忠実たるか否か。
 北斗は我に従わず、我を憎み、我を唾棄した。この片目は、幼き北斗に抉りぬかれたものよ。
 ホクセンは我に従い、我を尊敬し、我に忠実であった。
 何もかもが真逆だったのだ。
 それでいて、あ奴は北斗とも仲がよかった。いや、当時から男女の仲にあったといってよい。
 先も言ったが、北斗の人格が壊れなかったのは、ホクセンの働きに寄るところが大きい。
 生まれつきかどうかは、情けないが親の我にもわからぬが、北斗の人格は完全な『男性型』であった。いわば、男の魂が無理やり女の体に宿っておるのだ。その精神的苦痛は計り知れぬ。
 『北斗の反目心を抑えるため、別の人格をつくりその者に仕事をやらせる』という案を提出したのだが……蓋を開ければなんと言う事はない。外道になりきれぬ哀れな男の親心よ。
 娘の心を弄繰り回すとは堕ちるところまで堕ちたと思うた。もう、畜生ですらないと。そして、それに罪悪感を感じぬ自分に苛立った。
 だが、我がそのことをホクセンに言った時、あやつはあっけらかんとこう言い放ちよったのだ。

 

『あ、それなら俺がなんとかしますよ』

 

 ……あ奴はヤマサキに渡りをつけ、北斗の中に女性の人格を構築した。
 我に一切かかわりを持たせぬ素早さであった。我に何一つ指示を出させなんだ。

 

 何故、我を無視して全てを進めたと思う?
 我に、罪の意識を感じさせぬためだ。あ奴はそのためだけに、自分が悪役になったのだよ。我が閣下にくらいしか悟らせなかった親心を、あ奴はそれとなく察し、便宜を図ってくれたのだ。
 あ奴がわれに対して気遣いを見せたのは、それだけではない。

 

 我がさな子を殺した後、噂は瞬く間に木連上層部に知れ渡った。否、知れ渡らせた。
 我は、間違いなくさな子を愛しておった。それを殺して何も感じなかったわけではなかった……だが、我はそれを誰にも悟らせなんだ。外道として、女の事で悲しむなど恥だと思うた。その思考こそが恥だとは思いもせずに、悲しみだけをかみ殺し、北斗を磨くという愉悦のみを前面に押し出した。
 確かに、さな子の体は病に冒されていた。治す当ても無い病であった。苦しませるくらいならばと、我がこの手にかけたのも事実だ。辛くなかったと言えば嘘になる。だが、どれだけ真実を撒き散らそうと、所詮言い訳に過ぎぬ。我が北斗の前でさな子を殺め、利用した事実に変わりは無い。
 その上、我はその時も己を欺いた。
 『我は外道だから』と。

 

 長い付き合いである六人衆は黙って我に付き従ってくれた。閣下は無言で我の肩を叩いて労をねぎらってくれた……それ以外のものは、すべからく我を軽蔑した。
 外道、と。
 ……そんな時、北斗の看病をしておったホクセンが、我の元に現れた。
 元々、さな子の死を偽装し、病を隠蔽したのは、北斗を外道にする事もさることながら、ホクセンの甘さを奪うためでもあったのだ。我の予想では、怒り狂ったあ奴が我を殺すはずだった。
 だが、そうはならなかったのだ。
 我が元に現れたあ奴は、今にも泣きそうな顔で、我にこうささやいたのだ。

 

『辛いご役目……ご苦労様でした。そして、申し訳ありません』

 

 ……我は、その一言で救われたと思うたよ。
 暗部の長という立場上、その言葉に答えることは出来なんだ。泣き喚きたいくらいにうれしかった事など、わが生涯で数える程しかないというのに。
 閣下も六人衆も、立場上我を慰める事は出来なんだ。無言の態度で我を非難せぬのが精一杯であった……そんな中で、あ奴は我を慰めてくれたのだ。生まれて初めてな。
 素直に礼を言えず、我はホクセンを張り倒した。そうして、自分にこう言い聞かせたのよ。
 『我は外道だから』と。
 さな子を殺したときと、同じ言い聞かせであったが……不思議と、この時は意味が軽かった。

 

 あ奴は、ありとあらゆる意味で異常だったのだよ。
 外道に身をやつしながら、あ奴は人のままであった。
 手をいくら血に染めようと、荒まず、お人よしのままであった。
 赤でいくら汚そうと、その心は純白のままであった。
 それ故に、あ奴は暗部でも孤立しがちだった。元々が孤独に耐えかねて暗部に入った男だ、これで甘さも抜けると思ったのだが……奴の異常な『明るさ』は、一向に抜け落ちる気配が無かった。

 

 あ奴に救われたのは我だけではない。六人衆もそうだ。
 烈風、陣風、秋水、桜花、震電、彩雲……当時我が率いていたのは、この六人だ。
 こやつ等とホクセンの間に何があったのかは、詳しくは知らぬ。知らぬ間に、ホクセンは六人を慕い、六人はホクセンに感化されておった。
 思えば、当時の我は六人衆を信頼はしていても、心を通い合わせようとはしておらなんだ。裏の世界に、そのような行動は不要なのだ。それを、ホクセンはやった……挙句に、成功した。
 真面目すぎて過労で倒れた事すらある烈風が、家族慰労のために休暇をとると言い出したときには、何事かと思うたよ。
 ……烈風の休暇か?
 案ずるな。当時の我もホクセン思考に侵されておったからな、しっかりとくれてやったわ。

 

 ……ふむ。
 高杉、この話を始める前に、おぬしに言っておく。
 お主は、ホクセンという男が、誠実で純真、非の付け所の無い善人であると思っておるようだな。
 戯け。
 あ奴がそのような人物か。暗部が清廉潔白のみで生き抜けるような部署か。あ奴は暗部にふさわしい狂気と鬼畜な性根を持ち合わせておるのだ。

 

 あ奴は確かに正直者よ。善人でもあるし、誠実で人の心を汲むことが出来る。
 だが、それゆえに……敵には、容赦せぬのだ。
 暗殺の対象などという生ぬるい話ではない。あ奴は、本当の敵に対して殺すなどという安易な罰で許してやる手合いではない。

 

 こんな逸話がある。今は煉獄で罪を償っておるヤマサキに関する逸話よ。
 ……む、知っておるのか?
 ならば話は早い。
 我がその場に居合わせたのは、偶然であった。ヤマサキを面罵した軍人が、閣下の利益となる男であったから、止めに入ったのだが……
 まあ聞け。おそらく、おぬしが想像する騒動の顛末と、真実は大きく食い違っておるだろうからな。
 いくら閣下に利するといっても、暗部で最強といわれる男と天秤にかければ、当然後者が勝つ。我はその将校に対し、ホクセンを訴えるなどと馬鹿なまねをせぬように脅し、ホクセン本人には注意のみで済ませたのだ。
 ……今でも夢に見るわ。あの時のあ奴の形相と問いは。

 

『北辰様。あいつは閣下にとって必要不可欠なのですか?』
『……それがどうした?』
『いえ、不可欠でなければいいのです。代わりになるものがいるのならば――』

 

 音で表すなら、ぎたり、といったところか。
 あの時のやつは、外道ではなかったよ。もっと下等で、更に残酷な化け物であった。
 ……その軍人が行方不明になったのがその三日後。
 一生ベッドから離れられぬ状態で見つかったのが、一週間後の事だ。怪我の大半は拷問によるもの……我等も検分に立ち会ったのだ。間違いはない。
 我等は外道。その役目柄、拷問や刑罰に関しては人並み以上の知識を持ち合わせておるが……その我等に、感嘆の声を上げさせるほどに、見事な拷問の痕であったよ。どうやれば人を死なせずに苦しませるのか、知り尽くしていなければああは行くまい。
 証拠など何もないが、我は直感したよ。ホクセンの仕業だとな。
 どれ程残酷な拷問であったか、想像がつかぬか。
 ふむ……こういえばわかろう。ヤマサキラボの実験台の方が、幸せだといえるそんな拷問だ。
 今までの話からは想像もつくまい。ホクセンがそのような男だとは。善意のものならばそもそも相手を傷つけなどせぬ。誠実な者ならば拷問などせぬ。ならば、ホクセンという人間の本質はいずこにある? 翌日には何食わぬ顔でヤマサキと談笑していたのだから、罪悪感など露程も感じておらぬだろう。

 

 奴を表すぴったりの言葉がある。
 『情』よ……それがホクセンの行動理念だ。
 あ奴はその髪の色故に居場所を失い、孤独の中で緩慢な苦痛に苛まれてきた……それ故に誰よりも居場所を失うことに恐怖する。狂的なほどに。その狂気は居場所を構成する存在……自分を受け入れてくれる人間が傷つけられた時、初めて発露する。
 自分を初めて受け入れたヤマサキが傷つけられた。それだけの理由で、あ奴は狂ったのだ。

 

 真っ当な考え方に聞こえるか高杉。
 ……そう。その通りだ。
 こやつの考え方ほど恐ろしいものは、二つとあるまいて。いわば、魔女と同じ行動理念なのだからな。己の愛情のために、世界そのものを玩具にしてのけた忌まわしい魔女と……
 否。ホクセンは魔女よりも恐ろしい存在だ。魔女が世間の眼目を恐れ己の行いを隠しぬいた臆病者であるのに対し、ホクセンはあくまで堂々と狂気をその身に宿しておる。
 弾劾されれば非を認めたであろう。そして、素直に刑に服すだろう。
 あ奴は、身内の命を異常なほどに重視し、敵の命を異常なほどに軽視する……我一人の命と1000万の人間の命、どちらかをとれといわれれば、我の命をとろう。一億人殺せば北斗が喜ぶと知れば、何のためらいもなく殺すであろう。そして、その行動に一切の呵責を憶えずに生きてゆくだろう。
 善人・誠実ゆえに生まれた、純白の狂気。それが、あやつよ。
 仕事を果たすにおいて、奴が情を、慈悲を見せた事は一度もない。情を向けるのは身内のみであり、誠実であるのも身内のみ……敵には、幼子が虫に行うような残酷さを見せたものよ。人権剥奪法違反者などは、その足でヤマサキの下へ届けておったくらいでな。

 

 一言で言うなれば『狂った善人』。それが、ホクセンという男の本質よ。

 

 異質でありながら、誰よりも同質であるホクセンを、我は信頼し、多くの修羅場を任せた。そして、ホクセンはその全てに応えていった……何、白鳥の妹の事件?
 成る程。お主は、あれが我の指示で行われたと思っておるのか。
 答えは否である。あれはあ奴自身が招いた事……もっと砕けた言い方をするなら、あ奴が偶然巻き込まれただけだ。我等暗部はその尻拭いをしたに過ぎぬ。やった事は暗部の理念に反するわけではないのだからな。
 何でも、街を歩いていたら、いきなり優人学校の生徒に殴りかかられたのだそうだ。追いついてきた南雲に聞けば、気絶させた男の妹が誘拐されたという話で……根がイイ人属性のホクセンが、捨て置けるはずがあるまい。

 

 暗部の制服か。
 情報元は何処なのだ? あの逸話を知るものは、そう多くはないのだがな。
 うむ。実を言えば、ホクセンが我等にぴったりの服装を何処からか持ってきてな。みればみるほど雄々しく、凛々しい服装であった。感銘を受けた我が、それを暗部の制服にしようと画策したのだが……何故か、六人衆や閣下から猛反対を受けてな。やむなく没案となってしまった。今でも悔やまれる事よ。

 

 北斗とホクセンが、それぞれ『真紅の羅刹』『金色の阿修羅』と呼ばれだした頃か。我が、北斗と親子水入らずで暮らし始めたのは。
 ホクセンの行ってきた折衷策の賜物よ。致命的な決別をした我等親子を、あ奴は口八丁手八丁で騙して同居させたのだ……血の雨が降ると、東舞歌などは心配しておったよ。我のではなく、北斗のな。あ奴には、北斗と枝織の教育を任せておったゆえ。
 まあ、それほど悪いものでもなかったがな。
 殺意や憎悪が交わる不穏な空気でも、娘と一緒に暮らしておるとふと気が緩む時がある。鬼の目にも涙、というやつよ。不覚にも、北斗と暮らしておって感涙を流しかけた事は、一度や二度ではない。
 肉をめぐって殺し合いをしても、風呂の順番で刃を解き放っても……そこにあったのは、我が贅沢すぎて望む事すら出来なかった団欒であった。娘とともに過ごす時間など、到来するとは思わなんだ。
 我が畜生であった頃、二番目に満たされていた時期が、そのときだ。一番目は、さな子と契ってから、北斗の才能が発覚するまでよ。

 

 ただ、枝織に服をせがまれるのは辟易としたな……いや、女子の扱いがわからなかったのだよ、単純に。さな子は常に貞淑で慎ましやかな、木連撫子の鑑であったからな。陽気で無邪気な枝織とは正反対であった……何故か妻に『娘にあなたが選んだ服を着せないでください』と遺言を託されていた事もあって、そういう時は烈風や桜花に押し付けたものだ。
 なに、ホクセンではないのか、だと?
 ……いや、我も最初はホクセンに頼もうと思ったのだがな。
 何故か、六人衆に全力で止められた挙句、枝織に嫌がられてしまってな。ホクセンと枝織は不仲というわけでもなかったのに、未だにこれだけは解せぬ。

 

 北斗と枝織の関係か。
 原因となった我が言うのもなんだが……険悪であったよ。一つの体に二つの異なる人格が存在し……しかも、北斗は己が女性であることを嫌っておったのだ。
 ホクセンとて万能ではない。北斗の女性嫌悪や枝織の臆病さを、『多少』軽減は出来ても、完全に消し去る事は出来なんだ。北斗は女性と呼ばれることに嫌悪感を憶え、枝織は北斗に嫌われている現実を悲しんだ……結局はホクセンの手で二人は和解するのだが、長い年月を経た後でのことだ。
 当時の二人は、天敵同士といっても相違ない間柄であった。

 

 ホクセンが地球に下りたのは15の頃か……  敵地に赴くというのに、あ奴はいかにも軽い調子であったよ。我等一人一人に、所望する土産物を聞いて回ったほどでな。
 出立の際は、大変に難儀した。
 我やホクセンが、ではなく、北斗と枝織がな……どちらがホクセンを見送るかで、苛烈な争いを始めおったのよ。何とかなだめて、北斗、枝織の順に別れの挨拶を交わしたが。
 北斗はともかく、枝織の扱いには困った。ホクセンと今生の別れになると思ったのか、泣き喚きおってな……これに、あの戯けが口付けなどしてなだめた為に、北斗が逆上して……
 あの大戯けめが。出立前に深手を負いおった。

 

 開戦の瞬間?
 ……よく憶えておるよ。
 我らは、閣下が全軍に向かって放った激励を、映像送信機越しではなくこの耳朶にて直接聞いたのだ。閣下の演説は、我等にとっても号令だったのだ。
 我らは戦場には出ぬ。後方の闇にて蠢動する獅子身中の蟲を裁くのが役目よ。
 いざ会戦となれば、厭戦派の愚か者共が動き始める事は目に見えておる。後方における一般人の道徳感覚の低下も視野にいれ、我等は常以上に大きな気組みを持って掃除をした。
 さよう、掃除よ。
 我等にとって、閣下の大義を阻むものはゴミですらなかった。

 

 ……東 八雲の死? なにゆえそのような事を聞く?
 あれは子供を庇って死んだのであろう。木連男児としては誉れのある死に方ではないか。
 ……ほほう。よく調べたものだな。
 庇われた子供の親は誰か、だと?
 ……古来より人が口にしてきた格言に、このようなものがある
 『沈黙は金、雄弁は銀』……そして、『口は災いの元』だ。わかるか? 高杉。
 そう、それでよい……

 

 サセボ虐殺についてだと?
 ふむ、それは木連軍人全員に問うておる事なのか? ふむ……
 単刀直入に言えば我らはあの事件を聞いた時こう思うた。
 『地球にも、見上げた外道がいたものだ』とな。民間人を虐殺するなど、人に出来る罪業ではなかろう。

 

 高杉三郎太の豹変……やはり、そこは気になるか高杉針太郎。
 あいにくだが、我がこの事件について語りうる事は少ないぞ? 閣下が高杉に対する拷問その他を一切禁じられてな……あの事件に関して、我等暗部は手付かずの状態であったよ。
 ただ、話を聞いた時は、高杉の正気を疑ったものだ。未来から心のみが帰還したなどという荒唐無稽な話、信じられるはずがなかろう。ヤマサキ印の嘘発見器によって、真実だと判明してからも我等はその情報を頑なに否定した。
 木連が負け閣下が失脚し最終的には罪人として捕縛される……我等暗部にとって、許容できる未来ではなかったのだ。魔女についても半信半疑であった。
 それ故に。我らはその後も、閣下には内密に高杉の粗を探し回ったのだ。本来の作業と平行してな。
 閣下がホクセンに連絡をとったのは、その作業も終わらぬうちの事であったな。

 

 ……白鳥から聞いたか。あのうつけが、口外していい事もわからぬのか。
 あ奴は確かに誠実であるが……全く、誠実すぎるのも困り者よ。
 ともかく、我等はヤマサキの作った小型跳躍籠にて、跳躍門を通り地球へと降り立ったのだ。我と北斗、六人衆と手勢を十人ほどか。
 船旅の不快さは相当のもの。不満の昂じた北斗め、合流直後に癇癪をおこしてホクセンを殴り倒し、おかげでその後の行動に支障をきたすはめになった。情けもない、あ奴の精神はまだまだ幼子のままということか。

 

 大方は白鳥から聞いておろう、語る必要もあるまい。
 ……うぬは、ほとほとあきれ果てた奴だな。
 勤勉すぎるぞ。何故、その時期に死んだ軍人の名簿など持ち歩いておるのだ。
 黙って聞いているだけでいい? ならば聞いてやろうではないか。

 

 ふむ。
 ならば貴様は、我等が魔女の暗殺と平行して、魔女に組する軍人を暗殺したと推理するのだな?
 何ゆえ、そのような事を我等がせねばならぬ。有象無象の始末など後回しにして、魔女をしとめたほうが正しかろう。

 

 ……それは、また、大胆な法螺を吹くものだな高杉。
 我等の真の目的が、白鳥を使って大豪寺 鎧との間に友誼を作る事にあったと、そういうのか。魔女の暗殺が成功せぬものと前提しておったと、そう考えるのか。
 確かに、当時の閣下は未来の情報にて、その鋼の信念が揺らいでおった。敵との和平も多少は考えられたであろう。その相手として、英雄と名高く聖典ゲキガンガーを信奉し、魔女にも近い場所にあるあの男を選んだのは、真に正しき判断よ。
 更に先を行き、戦争に勝つためにあわよくば味方にと閣下は……
 ……と。酔っ払った翁の戯言だ。命惜しくば忘れるがいい

 

 思えば、白鳥が今の奥方と知り合ったのはこの時であったか。合流した時にはいつの間にか女を連れておってな……婚約者のおる身で、中々に畜生な事をすると感心したものだ。尤も、あ奴が誠実なのは揺るがしがたい事実であるからな。大方、悩みぬいた結果出した答えなのであろう。
 あ奴の妻も誠実……絵に描いたようなお似合いの夫婦であったよ。ただ、それゆえの齟齬もあった。
 白鳥から告白され、喜悦に浸るも、捨てられる婚約者が痛々しい。結果、お互いの関係が剣呑になっていたようでな。
 直後に行われた魔女に関する議論においては、必要以上に熱くなっておったわ。
 我等はその女……白鳥ミナトを使って、大豪寺を呼び出し、魔女暗殺を決行した。
 結果はいうまでもなかろう。失敗よ。白鳥夫婦、北斗、ホクセン、六人衆以外の全員を失う大敗であった。

 

 ん? 魔女暗殺を明言していいのか?
 ふむ、いまさら隠すことでもあるまい。暗部云々は兎も角として、その時点で魔女暗殺を企てていたという事は、木連という国家、ひいては草壁閣下の先見の明を指し示す材料になりうる。魔女が端から外道を下回る悪党であったのは、今日日子供でも知っておるからな。
 魔女に対して半信半疑であった我等と違い、ホクセンはいつになく必死であったな。
 居場所を奪われる恐怖心がそうさせたのだ。本来なら、後方に下がるはずがしつこく食い下がって前線に止まったのだからな。
 これは、危険極まりない事よ。潜入任務では顔が割れば死に繋がるのだから、矢面に立ったあ奴が残留する事に益はない……魔女がその情報操作能力を発揮すれば、ホクセンが華音小隊に潜んでいる事は、すぐに露見するであろう。その程度がわからぬはずはないのに、あ奴は華音小隊にしがみついた。
 後方にいて仕事をする事が、我等の憂いを断つ……それがわからぬ奴ではないというのに、だ。
 あ奴は、華音小隊にも己の居場所を見つけておったのかもしれぬ。だから、華音小隊と木連、双方のために動ける場所が欲しかった。華音小隊にて情報を収集すれば、木連の益になる。華音小隊の面々を魔女より守り通すことは、華音小隊の益となる。
 まあ、全ては霧の向こうの事柄よ。
 奴自身が、華音小隊時代の事を語りたがらぬからな。推測するしかない。少なくとも、名義は『戦神と守護者が接触する理由の調査』であったが。お題目の下に集められた情報も、大いに閣下の益となった。

 

 ところでお主、『日出処の守護者』は存じておるか。
 む。流石に博識よな……今となっては、西欧の老人くらいよ。あの男の真実を知るのは。
 我のあの男に対する第一印象は、『清々しい男』であった。
 何故か。簡単だ。あ奴は、己を偽らなんだ。
 人が手柄を喜び、戦争で人を殺すのは何故か。簡単だ。金と名誉のためよ。木連で言うならば、ひたすら切実した食物事情と、正義の味方という名前の名誉。欲望を忌避し正義を信奉する木連でさえ、実情は異なったのだ。地球連合内部がどのような有様かは自明の理。
 だが、人はその本音をひたすら隠し、大義名分を振りかざす。お国のため、民間人のためとな……赤の他人のために、どうして命がかけられるものか。目に見える閣下のために外道に落ちた我等より、赤の他人を大義名分にして殺しあう人間のほうが、余程畜生に見えるわ。
 そんな中で、あ奴は素直であった。
 ホクセンからの報告では、あ奴自身が信じられぬほどに、ひたむきにこういったのだそうだ。

 

 『俺はヒーローになりたいから戦うんだ』

 

 とな。
 戦神との交渉ですら、奴はそう言って条件を突きつけたという。
 偽善が蔓延する世の中で、その本音は忌避されたが……誰よりも正直であった。英雄になれると戦争を喜び、英雄という名誉を誰よりも欲しておった。
 羨ましいと、素直に思うたわ。
 己の思うがままに語り、思うが侭にふるまい、思うがままに生きる……我等外道には絶対に出来ぬことをやりつくすその男が、眩しくてならなんだ。
 同時に危険だとも思うた……ああいう純朴さは、えてして利用されるものだからな。
 案の定、守護者の最後は、そこから足をすくわれた形になってしまった。

 

 あ奴が常日頃からつぶやいておった『英雄になりたい』という言葉……これを、周りの愚物が取り違えおったのだ。『正々堂々英雄になりたい』のではなく、『何をしても英雄になりたい』と。
 その素直さは魔女にすら影響を及ぼした……我も、あの魔女と同じ畜生の身。相沢祐一の言葉を聞いた魔女が何を思ったのか、手に取るようにわかるわ。
 余りの素直さに、忌避したのよ……英雄という目的の裏に何かが潜んでおるのではないかとな。英雄が目的ではなく、英雄が手段だと断じたのだ。
 さもありなん。魔女が見てきた世の中は、仮面の舞踏会よ。皆が皆偽りの仮面をかぶり、醜い素顔を隠しておる……守護者は、そこに素顔で躍り出たのだ。仮面しか見た事のない魔女は、守護者の素顔を仮面と誤認し排除したのだ。
 世に言う『逆魔女狩り』よ。愚物が犯した罪は、全て相沢祐一にかぶせられ、華音隊の解散が決定した。
 我等が地球に降り立ってから、二年後のことよ。

 

 我はこの一報を耳にした時、正直に喜べなんだ。
 華音隊が解散になれば貴重な戦力が、ホクセンが帰ってくる。魔女が送りつける暗殺者の対処に手間取る事もなく、立て続けに失敗した暗殺計画も成功しようというものだ。北斗や枝織などはひたすらに喜んでおった。
 反面、我は守護者の後援者であった。敵として、どう動くのか楽しみにしておったのだよ。その清々しさをもって、我等外道を相手にどうするのか。全てに正直であり続ける事が可能なのか。その答えを出してくれると思うた。
 喜びとほんの少しの失望を胸に、我はホクセンを迎えにいった……解散後、直に魔女を狙うためにな。そのための綿密な計画も練っておった。ヤマサキから送られてきた新型機も完全な状態で備えてあった。
 欲を言えば、守護者当人を暗部に勧誘したかったというのもある。
 何を不思議がる?
 当時の奴は、既に英雄ではない。どころか、死刑を目前とした罪人よ。助命をエサにすれば何とでもなると、当時の我は思っていた。
 そう、思っていたのだ……あの会話を聞くまではな。

 

 

 

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