先の大戦(地球側では主に「蜥蜴戦争」と言われ、木連側では「懲罰戦争」、「解放戦争」などと呼ばれることが多かったが、統一的な呼称は、今のところ存在しない)の末期、和平の大立者にして漆黒の戦神、テンカワ・アキトは消滅した。

 

 ……地球近傍宙域に於いて。「遺跡」と共に。

 

 それを耳にした時、数多くの女性たち――具体例については、『漆黒の戦神、その軌跡』(民明書房刊)等を参照のこと――が悲嘆と絶望の海に沈んだことはよく知られている。

 

 がその一方、その知らせに歓喜で身を打ち震わせ、嬉し涙で洪水を起こしかけた男たちの数も、負けず劣らず多かった。社会的影響力という点から見れば、間違いなく後者の方が大きかった筈である。

 

 ところで、彼らの多くは政治家や高級軍人、その他社会的に高い地位を有する人々であったが、実際のところ、その大半は戦神と直接の面識を持ってはいなかった。

 

 それも当然のことで、テンカワはそういう地位にある人々を実のところあまり好んでおらず、一部の例外を除いて、必要最低限の人たちにしか会おうとしなかったからである。

 

 ……では何故にそういった、いわば見ず知らずの人々までが、戦神に対してそこまで隔意ある態度をとったのであろうか? 

 

 これについては、彼が一個人としては常識外れとしか言いようのない力を持ちながら、その一方でしばしば反戦的、反政府的な言動や態度を弄していたため、どうしても警戒されざるを得なかったのだ、と一般には思われている。

 

 無論、それが一番の理由だったと考えても差し支えはない。しかし、本当にそれだけが原因であったのか?

 

 確かに、彼には反戦的言辞が多かったが、地球の政軍上層部にも無用の流血を好まないだけの良識を備えた人々は数多く存在していた。従って、彼らにとり戦神は、本来最も頼もしい味方たり得た筈である。

 

 だが現実には、テンカワに好意的だったのは彼と接し、その人となりに直接触れた者の中の、更にその一部だけであった。……それ以外の大半の人々は、最後まで彼に対して警戒的な態度を崩そうとしなかったのである。

 

 一体、何が彼らをそうさせたのだろうか? 疑問は尽きないが、しかし戦神が消滅して久しい今日、最早その謎が解明されることは恐らくないのであろう。

 

 

 

 

 

 

 さて、以下の文章は、或いはその謎に関連があるかもしれない、ある非公開の会議の内容を読みやすく取りまとめたものである。

 

 しかし、些かその結論が常軌を逸していると思われるため、読者諸君は、あまり真面目に受け取らないほうが賢明かもしれない。その旨、先に忠告しておこう。

 

 

 

 

 

 

極秘

 

 

「空白の2年間」補完計画

 

 

Action最高幹部会

 

 

第4次中間報告

 

 

 

 

「空白の2年間」補完委員会

 

 

Action暦3年度業務計画概要

 

 

総括編

 

 

 

 

 

 

 地球と木星の間の戦いが、いまだたけなわであったある日のこと。

 

 その日も、地球連合最高評議会議長はいつものように事務に精励していた。この職務は、平時でさえ激務の連続なのだが、戦時中ともなればそれに数倍することは言うまでもない。

 

 だが、彼は旺盛な精力と責任感を発揮して、これまでの所大過なく仕事を続けてきていた。滅多に物事に動じない非常時向きの性格もまた、彼をその椅子に座り続けさせていたのである。

 

 しかしその彼が、提出されていた報告書の1つに目を通した途端、昔、ある総統を演じたコメディアンの如く、真っ青になってしまった。……一体何が、彼をそこまで驚愕させたのであろうか?

 

 議長は、動揺も露わにすぐさま秘書を呼び出すと、慌しく命じた。

 

「今すぐ、都合のつく閣僚を全て集めてくれたまえ。大至急だ!」

 

 ……1時間後、何事が起こったのかという問いを顔面に貼り付けて、執務室に集まった人々に対し、議長は先ほどの報告書の写しを配らせた。読み進んでいくにつれ、閣僚たちの顔もまた、紙のような色になっていく。

 

「……まさか、こんなことが」

 

「信じられん。だが、可能性としては有り得る」

 

「ゆゆしき事態だよ、これは……」

 

 

 

 

 

 

 彼らが目を通していた報告書。その表紙には、

 

「人類の健全なる未来について

 〜種としてのホモ・サピエンスの遺伝的多様性と、テンカワ・アキトがその阻害要因となる可能性〜」

 

とあったのであった。

 

 

 

 

 

 

1.テンカワ・アキトは、もしこれを放置するならば、最終的に、最低でも200人の(実質的な)妻を持つ可能性が極めて高い。

 

「……むう、しかしこんなことが許されていいのか? たった1人の男が、200人もの女性を妻として独占するなど!」

 

「許す、許さぬの問題ではない。事実だ。とにかく受け入れて、対策を練るしかあるまい」

 

「さよう。昔の王侯などで、後宮に数千人の妃妾を囲っていた例はざらにあるが、奴の場合は権力や富力ではなく、わけの分らぬ個人的な力でそれを成しておるのだからな」

 

「……一体、学者どもは何をしているのだ!?

 ニュートリノ式フェロモンだの、アキト・テンカワ絶対女性陥落領域(通称A・Tフィールド)だのと、怪しげな仮説をあれこれ立てて議論に熱中しておれば、奴らはそれで楽しいのかもしれん。

 だが、予算をたらほど使った挙句の果て、何の対抗策も見出せぬというのでは、全く意味がないではないか!」

 

 

 

 

 

 

2.200人の妻が、平均2人ずつテンカワの子を産むと仮定すれば、彼には妻の総数とほぼ同じ、約200人の男子2世ができることになる。

 

「……200人のテンカワか」

 

「ははは、さぞかし壮観なことだろうな」

 

「まったく。戦神の子ならばその戦力も並々ならぬはず……。史上最強の1個中隊ができるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

3.テンカワ2世男子が、1世と同レヴェルの対女性能力を有していると仮定する。すると、200人の2世が父同様各々200人ずつの妻を得るわけで、合計すると約4万人の女性を妻として必要とすることになる。

 そして、彼らがやはり平均2人ずつ子を儲けるとすれば、同様に約4万人の3世男子が生まれる計算になる。

 

「……真に問題なのはこの辺りからだよ」

 

「さよう。息子の方の孫だけでも4万×2で8万人。更に、桁が2つ少ないとは言え娘の方の孫がそれに加わるわけだからな。1回お年玉を配ったら破産だぞ(笑)」

 

 哄笑。

 

「しかし、同時にこれは恐ろしいことを示唆してもいる……」

 

 一転して沈黙。

 

 

 

 

 

 

 

4.同様に考えると、3世男子4万人に必要な妻、及びその生むところの4世男子は×200で約800万人。4世男子800万人に要する妻及び5世男子の数は×200で約16億人。

 そして、5世男子16億人には、妻として×200、約3200億人の女性が必要という計算になるのである。

 

「……3200億人か」

 

「非常識も甚だしい! 一体この宇宙のどこに、それだけの数の女性がいるというのだ?」

 

「テンカワ・アキトは、いまだ20歳といったところ。つまり1世代20年として、5世過ぎるのに要する年月は、精々100年というわけだな」

 

「……僅か100年で、地球、いや全人類社会から女性が枯渇してしまうわけか。は、全く冗談ではない!」

 

「女性がいなくなってしまうわけではないぞ。ただ、テンカワの血を引く男以外には手に入らなくなるというだけだ」

 

「しかも、これには女系の男子子孫のことを計算に入れてないからな。隔世遺伝もあり得ると考えれば、もっと早くそういう事態になりかねん。いや、多分なるだろう」

 

「つまり、遅くとも100年後、全ての人類は、先祖をたどれば必ず奴に行き着くようになるわけか……。

 馬鹿馬鹿しい! 競走馬でさえ、父祖は3頭いるんだぞ? それがたったの1人とは!」

 

「……とにかく、このまま手を拱いていれば、奴が未来の全人類にとって、文字通りアダムになってしまうというわけだな」

 

 

 

 

 

 

5.一方、テンカワ・アキトの対女性能力が世代ごとに半減すると仮定する。その場合、2世男子200人が妻として要する女性の数は1人平均100人ずつ、約2万人となる。

 そして、彼女たちが平均2人ずつ子を産むとすれば、約2万人のテンカワ3世が誕生することになる。

 

「ははは、そうだろうそうだろう(笑)。アメーバではあるまいし、奴がそのまま増えていくことなど、あるわけがない!

 いくらテンカワの血が強力といえど、世代ごとに、必ず半分ずつには薄まっていくのだからな。大したことはないじゃないか」

 

「……安心するのは、最後まで読んでからにしたまえ」

 

 

 

 

 

 

1.同様に、2万人の3世男子が100/2人ずつ妻を得、その妻が2人ずつ子を産めば、4世男子は約100万人。

 更に、彼らが各々50/2人ずつ妻を得、同様に子を儲ければ、5世男子は約2500万人。

 

「こ、これは一体……?」

 

「……まだ何も言うな。ともかく最後まで読み進めるのだ」

 

 

 

 

 

 

7.5世男子2500万人が平均25/2人ずつ妻を得、その妻が平均1人ずつ男子を成せば、6世男子は約3億1250万人。これが、更に25/4人ずつ妻を得、平均2人ずつ子を産んだなら、7世男子は約19億5312万人。

 彼らが、25/8人ずつ妻を得、1人ずつ男子を儲ければ8世男子は約61億351万人。

 8世に至って漸く、彼ら1人当たりの妻の数は25/16人と、平均して2人を割ることになり、ほぼ常人に近くなる。

 が、その時には、9世男子が約95億3673万人誕生している計算になるのである。

 

「……」

 

「……」

 

「……、ごふっ(吐血)」

 

 

 

 ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポー

 

 

 

 

 

 

8.これまでのことをまとめるならば、テンカワの遺伝子が完全に薄まった時、それは、全人類の体内に彼の遺伝子が拡散した時にほかならないということである。

 しかも、これはテンカワの男系子孫に限っての話に過ぎない。もし、女系を通じても彼の能力が隔世遺伝し得るとするならば(その可能性は決して低くはない)、そのような事態が遥かに早く現出すると見て、ほぼ間違いないということになるのである。

 

「なんということだ……(汗)。これでは、結局何も変わらんではないか!」

 

「さよう。この場合でも、精々この先200年以内に、テンカワ以外の男系の子孫は途絶えることになる」

 

「……認められん、断じて認められんぞ! そのようなことは!」

 

「そうだ! 人類の遺伝的多様性を守り、種としての人類を繁栄させ続けていくためにも、かかる事態は断固阻止せねばならん!」

 

「テンカワ・アキト許すまじ! 断固排除すべし!」

 

「人類の未来のために!」

 

 

 

 

 

 

 ……かくして、地球連合政軍上層部の、反テンカワ・アキトの空気は決定的なものになってしまったのであった、とこの会議の抄録を載せた文書は伝えている。

 

 無論、娘や孫娘しか持たぬ人々の場合はそうでもなかった筈なのだが、反対に、戦神と同世代で未婚の息子を持つ女性などは、例外なく反TA連合に加わり、しばしば男性の仲間よりも更に過激な主張を行ったので、結局大勢は変わらなかったのだそうだ。

 

 もっとも、この会議自体実在を疑われるものであるため、この話の信憑性についてはかなり疑問符がつけられていることも、一応付け加えておく。

 

 

 

 

 

 

 ……因みに、とある学者グループから上申されたと言われる先の報告書。あまりにも論理展開が強引であり、かつ結論がこじつけ臭いため、科学的裏付けを持たない単なる怪文書なのではないか、またこれを執筆した学者たちはいわゆる某組織の構成員であって、この文書自体、彼らの陰謀だったのではないかとも後になって言われているが、真相は定かではない。

 

 なぜなら、その報告書が提出されてから暫くして、突如そのグループに対する研究費支出がストップされ、グループは解散。学者達は全て消息不明となったからである。

 

 何故、そのようなことになったのか? 現在に至るも理由は明らかになっていない。

 

 

 

 

 

 

(終わり)

 

 

 

 

 

 


(後書き)

 

 好! 「シリアスにギャグを語る男」、李章正です(笑)。

 

 今回の話は、『時の流れに』序章及び2章で散見される、反TA感情についてのものです。

 

 会ったこともない人々にまで忌避される戦神。強すぎることが、彼を孤立させずにはおかなかった……。しかし、何故にあそこまで?

 

 ……そうです。実は彼の「夜の強さ」こそが真の原因だったのです! 政府や軍部のお偉いさんたちは、「人類の未来のために」戦ってくれていたのですねぇ(笑)。

 

 ……いや、冗談ですって。だからそんなに怒んないでください(汗)。

 

 

 

 

 

 

 他にも別人28号さんの、『マイヤの1日』をヒントにさせていただきました。2世じゃ無理でも、世代を重ねていけば「世界中から女性が消えてなくなる」んじゃないかな? とか思って……。結果は、御覧のとおりになりました(笑)。

 

 さて、我が日本では、江戸幕府第11代将軍徳川家斉が40人以上の側室を持ち、55人(!)の子を儲けたことで知られています。

 

 絶倫というか、単なる助平というか。ほんまようやるよ(笑)。……もっとも、我らが戦神には遠く及ばないけど(ホントか!?)。

 

 しかし、世界は広かった! ギネスブックによると、近世モロッコのムーレイ・イスマイルという皇帝が、耶蘇教暦1703年までに525人の息子と342人の娘を儲け、同1721年に、700人目の息子を産ませたという記録があるそうで……。戦神、完全に顔負け(笑)

 

 ……言い古された言葉ですが、「事実は小説よりも奇なり」というのを実感させられますねぇ、というかまんまやん(笑)。

 

 

 

代理人の感想

 

女の敵、男の敵・・・・・・・いや、まさしく全人類の敵っ(笑)!

 

それにしても本人は一応全人類の為に戦っているというのに、

作者によって「女殺し」の能力を付与されたばっかりにその守るべき人類にまで忌避されるとは・・・

やはりアキト君が不幸な最大の原因は大魔王ですね(笑)。