「おおーっ! 速い速い! エントリーナンバー13番、テンカワ・ハルナさん!

 全く信じられません。カレーライス10杯を、な、なんと8分51秒で完食! 正に驚異的なスピードです!」

 ウオオォォッ

 観客席から雷のようなどよめきが上がる。……まあ、ハルナの奴は外見だけなら可憐といって差し支えないものを持っているからな。大方皆、見た目とのギャップにとまどっているんだろう(笑)。

 中には、100年の恋も冷めた奴もいるかもしれないがな。……ハルナ、おまえ人前で口を大きく開け過ぎだよ(汗)。

 

 


 『再び・時の流れに』 〜またまた勝手に作者公認(笑)外伝〜

 大食美神伝説 フードファイターハルナ3

   〜発動編〜

By 李章正


 

 

 ――話が前後したが、今日は大食い大会当日だ。

 聞けば、会場となる市民会館を朝から借り切ったとのことだが、開会1時間前には、既に観客席はあらかた埋まっていた。いかに元々がこぢんまりとした建物だとはいえ、人気がなければなかなかこうはいかない。

 セットや照明にも、結構金が掛かっているようだし、スモークも惜しげもなくぼんぼん焚かれている。……意外と、みんなが楽しみにしている企画であるようだ。

 大会は、30人の招待参加者 ――無論ハルナもその1人だ―― に、見物人からの飛び入り5人ほどを交えて、まず予選からスタートした。正直、新聞記者くらいはいるだろうと思っていたが、ステージの脇に据え付けられたTVカメラまでは予想外だったな。

 なんでも、大会の模様をローカルながら放映するという話だ。祝勝会の附属イベントということで、ゲストとして西欧方面軍の将官に、何故かネルガル現地法人の代表さえ招かれているのだからある意味当然とも言えるが。……それにしても、結構派手な催しだったんだな、これ。

 因みに、今日ハルナに付き添ってここに来たのは俺と、後1人だけだ。サラちゃんやアリサちゃんはしきりについて来たがったんだが、俺とアリサちゃん、ハルナとサラちゃんが同時に駐屯地を離れたのでは、さすがにいざという時の戦力が低下しすぎるということで、諦めてもらわざるを得なかった。

 ――どちらか1人というのでは残った方が承知しないから、というわけではない、と思う。……多分(汗)。

 ということは当然、ナオさんも居残り組だ。また隊長をはじめ、Moon Nightの他の男どもも、同様にほとんどが待機となった。……そう、くじ引きで勝利を収めた結果、俺の隣に座っている彼を除いては。

「テ、テンカワさん! やっぱ凄いですねハルナさん。こりゃ絶対、優勝間違いないっスよ!」

「……なあサイトウ君。さっきも言ったことだけど、俺達ほとんど歳変わんないんだからタメ口でいこうよ。ハルナもそう言ってたろ?」

「いやあ、やっぱりいいですハルナさん。うん、誰が何と言っても絶対にいい!」

「……って、全然人の話聞いてないね、君(汗)」

 

 

◆  ◆

 

 

 ――予選は前にも言ったように、カレーライス10杯の早食いだ。単に沢山食べるだけでなく、いかに速く胃袋に食物を詰め込めるかも競技の対象になるということらしい。早食いと大食い、両方の能力を兼ね備えていなければ勝てないというわけだ。

 ……もっとも、カレーライス10杯と言えば少なくとも5kgの重量。普通のスピードで食べても、並の胃袋に入りきる量じゃあないんだが。

 

 とはいえ、予想どおりというべきだろう。ハルナは予選を圧倒的な強さで通過した。やはり予選レベルでは、まだまだ常人に毛が生えた程度の人も多いようだ。早食いどころか、完食すらできない参加者も何人かいた。……所詮、5人前や6人前の量で根を上げるようでは、我が妹の敵ではないな(笑)。

 かくして、タイム順に上位7人が決勝に進出するということになったわけだ。――因みに、5人の飛び入りは全員予選で討ち死にした。やはり、多少腹に覚えがある程度では、ハルナの同類たちには太刀打ちできなかったのだろう(笑)。

 まあ、たまにはこういう催しを見るのも悪くはない。コックとしては、人がどんどん料理を平らげていくのは見ていて気持ちの良いものだしな。

 で、さっきも言ったように我が妹は予選を楽々通過したのだが……。1つだけ驚いたのは、ハルナの通過順位が2位だったことだ。

 これは正直予想外だった。……やはり、世の中は広いと言うことか?

 

 

◆  ◆

 

 

 そして、ついに決勝戦が始まった。

「ではこれより、西欧地区大食競技会、ファイナルステージを始めます」

 左手にマイクを持ち、派手なラメ入り衣装を纏った司会者がそう告げると、さっと右手を振る。それを合図に、舞台袖からぞろぞろと決勝進出者たちが進み出てきた。勇壮なBGMが流れる中、そのまま舞台に設えられた雛壇に、7人の侍(笑)が並んで座る。

 ……ハルナ以外は全員が男、なのは当然とも言えるが、体格的にはさして差がないのがある意味非常に不思議だ。中には、ハルナより背が低い奴さえいる。

 筋骨隆々とした大男や、パンタグリュエルみたいな太鼓腹をした奴など、いかにも沢山食いそうな連中も結構参加していた筈なんだが、その殆どはあえなく予選で消えてしまった。……どうも大食いには、体格はあまり関係しないものらしい。

 俺がそんなことを考えている間にも、司会者は出場選手の紹介を続けていた。

「――エントリーナンバー8番。『英国の餓える悪魔』、ジェイコブ・マーリーさん!

 続いてエントリーナンバー12番。人呼んで『巴里のキレンジャー』、フランツ・デピネーさん! 因みにデピネーさんは今回、予選を1位のタイムで通過しております。

 そして、エントリーナンバー13番。今大会の紅一点にして、あのMoon Nightの一員でもあります。『腹ぺこのヴィーナス』こと、テンカワ・ハルナさん!」

 紹介が進むにつれ、会場がどよめき津波のような歓声がわき上がる。特に、ハルナがにこやかに笑って手を振ったりしたもんだから、男どもの野太い歓声が一際大きくなった。だから、それはやめなさいっておまえ……(汗)。

 因みに、最も大きな声を上げていたのが俺の隣に座っている奴であったことは言うまでもなかったりする。……大会終了まで眠らせてしまうべきだろうか?

 俺がちょっとだけ危険な考えに取り憑かれたところで出場者の紹介が終わり、観衆の興奮もやや静まった。……ふっ。命拾いしたな、サイトウ君。

 やがて雰囲気が少し落ち着いたのを見計らい、司会者が満場の注目を再び自分に集めた。

「では、引き続いて決勝戦の食材を御紹介いたします。

 みなさんに食べていただく物、それは……、これです!」

 そう言って彼がさっと左手を振ったその先に、舞台の反対側の袖から山盛りになって運び出されてきた物。――それは。

「そう、ウィンナーです。これを、制限時間30分の間にどれだけ沢山食べられるか……。みなさんにはこれによって、勝敗を争っていただきます!」

 先ほどのそれに倍するどよめきと歓声が会場を包んだ。

 

 

◆  ◆

 

 

「――15分経過。残り時間、あと15分です」

 無機質な響きを持つ女性の声で経過時間が告げられると同時に、会場を覆うどよめきは一際その大きさを増した。ステージ上の7人は、最初から激しいデッドヒートを繰り広げていたが、さすがに時間が半分も経つと個々の差がはっきりとしてきたようだ。

「現在、トップはエントリーナンバー5番、『食のスーパーパワー』こと、ツキシロ・ユキウサギさんです。続いて『腹ペこのヴィーナス』テンカワ・ハルナさん、『胃袋ブラックホール』サイゴウ・タカナガさん。以上の3人が120本台で、ほぼ一線に並んでいると言ってよいでしょう。

 残る4人は80本から90本台……、ちょっと差がついてきたようです。しかし、まだ半分の時間が過ぎただけ。まだまだタイムは十分残っています。とにかく、皆さん頑張ってください!」

 

 ――俺は、呆れ顔でステージの上に繰り広げられる狂宴を眺めていた。やはり世間は広い。いかに男とはいえ、あのハルナと互角に大食い合戦を戦える奴がいるなんて。しかも2人も(汗)。

 それにしてもあいつら、揃いも揃って一体、どうやったらあんなペースでウィンナーを食えるんだ? まるで、食べるはしから口の中で溶けていってるみたいじゃないか……。いや、いくらなんでもそんなわけはないが。

「やはり30分の長丁場では、早食い属性の人には辛いみたいスね。3番と8番の奴、もう殆ど手が止まりかけてます。それと、あのキレンジャー野郎。カレーではハルナさんを負かしたけど、ウィンナーが相手じゃどうも勝手が違ったんでしょう。

 結局残る敵は、ツキシロとサイゴウだけですか。みんな最初っから飛ばしてますし、いかに大食らいといっても人間なんですから、やっぱり後半はペースが落ちてくるはず。ハルナさんが今のペースを維持していければ、十分に逆転できますよ!」

「……いや、逆転がどうとかより、俺はハルナが無事決勝を終えてくれれば、それでいいよ」

 そう、隣に座るサイトウがやけに丁寧な解説を加えてくれるが、俺の方は既にそれどころじゃなくなっていた。正直な話、こんな接戦になるとは思っていなかったのだ。

 身内が目の前で他の誰かと鍔迫り合いを演じているというのは、いかにそれが単なるエキジビションだと分ってはいても、あまり心臓にいいものじゃない。ましてハルナの奴はこういう大会に出るのは初めての筈で、経験がない分だけ他の参加者より分が悪いんだから。

 頼むから、あんまり無茶するなよハルナ。競争相手に釣られて知らない間に限界を超え、気がついたら胃袋が破裂していた―― なんてことに、お願いだからならないでくれ。

 

 

◆  ◆

 

 

「――29分経過。残り時間、あと1分です」

 再び、無機質な女声のアナウンスが場内に響いた。ステージ上では、参加者達がラストスパートとばかり、猛然とウィンナーを口に詰め込んでいる……、というわけでは必ずしもなかった。

 ほぼ手と口が止まってしまった4人に加え、サイゴウも180本を超えた辺りで完全にペースダウンしてしまっている。……既に優勝争いはハルナと、もう1人ツキシロという男とにほぼ絞られていた。

 そのツキシロも、さすがに当初のペースで食べ続けているわけではない。ハルナはといえば、いつの間にやら逆転してトップに踊り出ていたが、これまた圧倒的な差をつけるまでには至らず、ツキシロより2〜3本ずつ多く食べているだけという状況である。

「この分なら、230本台の勝負になりそうスね。ハルナさんが今のペースを保ち続けていられればまず勝てるとは思うんですが、……あのツキシロって奴も、今はちょっと力を溜めてるとこっていう感じがあるし。侮れないです。

 終了間際にスパートをかけて逆転って可能性もあるから、最後まで気は抜けませ……、ああっ!?」

 サイトウの台詞は、言い終わる前に悲鳴に変わった。正にその瞬間、ツキシロが猛然とラストスパートをかけてきたのだ!

「残り時間30秒を切ったところで、『食のスーパーパワー』が猛然とラストスパート! 『腹ぺこのヴィーナス』は、突然のスピードアップに対応し切れません!

 ――終了間際まで、自らのペースを敢えて落として相手のスピードをも鈍らせる一方、目の前に食材を貯め込んでおいて、直前に逆転逃げ切りを図る……、正に駆け引き! フードファイトを熟知した『食のスーパーパワー』ならではの鮮やかな作戦です!」

 

 ――司会者の興奮した声を聞き、隣でサイトウがうろたえまくるのを横目にしながら、俺は妙に冷静な気分でステージ上に繰り広げられつつある最後の攻防を眺めていた。たかが大食い大会と思っていたが、これもやはり、単なる容器の大きさ比べなどではない、人と人との戦いだったのだ。

 自分のペースに相手を巻き込んで試合の主導権を握ることもそうだが、一見食べるのが追いつかなくなって渋滞したと見せかけて、ラストスパート用の食べ物を目の前に蓄える、それらを全て冷静に、残り時間を計りながらきっちり布石してのけたわけだ。……しかも相手がそれと気づかないうちに。これが戦いであれば、正に智将だけが成せる業と言っていい。

 ……残念だったなハルナ。単に胃袋の大きさだけなら多分負けてなかったろうが、最後の最後で経験不足による駆け引きの差が出てしまったようだ。今から再逆転しようにも、おまえの前にはそれだけのウィンナーがもう無い。給仕に要するタイムロスまで計算に入れて、相手はラストスパートをかけてきたわけだからな。

 せめて後1分。いや30秒あればなんとかなったろうけど、残り10秒じゃもう無理だ。ま、2位でも大したもんさ。十分だよ。基地に帰ったら、みんなと一緒に残念会をやろうな。山盛りのウィンナーを作ってやるからさ(笑)。

 

 そう思って、俺が肩をすくめかけたその時、

「貸してっ!」

 ハルナが不意にフォークを投げ捨て、立ち上がったと思うや絶叫しながら後ろを向き、そこに控える給仕の女の子からウィンナーの積まれた大皿をかっさらった。そのまま、ぐるんと体を回しながら大皿を両手で抱え込み、正面を向くと同時に皿の端にがっと口をつける。

 

 

 ――その直後出現した光景は、さすがの俺も我が目を疑うものだった。俺だけじゃない。会場を埋め尽くしていた千の観衆もまた、同じ思いだっただろう。……ハルナの口が一瞬ぐわあっと1m以上もの大きさに開くや、皿中の山盛りのウィンナーが残さずその中に吸い込まれていっただなどと、一体、その光景を見ていなかった誰が信じるだろうか? 

 

 

「く、口裂け女? い、いや寄生獣? ええっ! そ、そんな馬鹿な!?」

 ……隣のサイトウもまた目の前の光景に錯乱したと見え、突然わけの分らないことを口走り始めた。とりあえず首筋に手刀を当てて落ち着かせ、辺りを見回す。

 後ろの方にいた人々は、遠くてはっきりと見えなかったのかざわついているだけだが、逆に俺の周りは先程までの喧噪が嘘のように、ただ茫然として声を失っていた。……無理もない。目の錯覚にしては、あまりにも鮮烈に過ぎたからな。

 ――正にその瞬間だった。決勝のタイムアップを告げるベルの音が、異様な雰囲気に包まれた会場に鳴り響いたのは。

「ファ、ファイナルステージ終了! 優勝は……。

 30分で、ウィンナーをな、なんと270本完食! 『腹ぺこのヴィーナス』テンカワ・ハルナさんです!」

 

 

◆  ◆

 

 

「いやあ、流石ッスねハルナさん。きわどい勝負に見えて、終わってみれば結局ぶっちぎりの優勝なんですから……。でも、やっぱりもったいなくないですか? 賞金」

「いーのいーの(笑)。元々、お金が欲しくて出たわけじゃないんだもん」

 ――大食い大会と、その後に行われた表彰式その他が終わって凡そ1時間後。俺達はサイトウが運転する車に乗り、駐屯地への帰路についていた。

 俺は車には詳しくないからよくわからないが、流石に整備屋のマイカーらしく、相当あちこちを改造して出力など上げてあるらしい。……もっとも、ハルナを助手席に乗せている手前、ちゃんと安全運転を心がけているようだったが。

「でも、元々賞金の半分は寄付金なんでしょう? だったら何も、残る半分まで全額寄付しなくってもよかったんじゃ? 美味しい物、沢山買えましたのに」

「あはは、まあ普通はそうかも知れないけどね。でも、どのみち最初っからそうするつもりだったからさ。……大体、自分のお金を自分でもらってもしょうがないしね(笑)

「え? なんですかハルナさん?」

「ううん、なんでもないよ(笑)」

 後部シートに身を沈め、前に座る2人の会話を聞くともなしに聞きながら、俺はつい先ほどまでの出来事を、再び思い返していた。

 

 

 ――大食い決勝戦終了直後。ハルナが最後の最後で見せた怪奇現象に、一時会場はパニックになりかけた。まあ、無理もないことだろう。単なる大食いとは、非常識度の桁が違う出来事だったからな。

 だが、場内の騒ぎが収拾のつかないものになる直前、会場に巨大なウィンドウが開いた。……一体誰が機転を利かしたものやら(実のところ、俺にははっきり予想がついているが)、TVカメラで撮影していた終了直前の映像が、タイミングよくその場に流れたのだ。

 そして無論、そこには何の変哲もない光景 ――ハルナが終了直前に素晴らしいスピードでラストスパートをかまし、ツキシロを再び抜き去る場面―― が映っているだけだったのである。

 

 ……効果は見事なものだった。会場の人々は非常識な記憶を封印して、まだしも常識的な証拠映像の方を受け容れる道を選択したのだ。

 まあ、普通の人にとっては、自分の目よりも常識や現代科学の方を信じるのが当たり前なのだろうな。……特に記憶というのは、しばしば嘘をつくものであるそうだし。

 結果として、会場に蔓延しかかっていたパニックは、瞬く間に鎮静したというわけだ。

 ――もっとも、俺だけは例外だがな。ただ、これまでハルナが披露してきた数々の超能力に比べれば、口が一時的にカネゴン化するくらい、可愛いもんだと思うだけの話だ。

 因みにサイトウはと言うと―― 実は、そのどちらでもなかった。というのも、彼は決勝戦終了前後の記憶を、何故か綺麗さっぱり失っていたからだ。……ちょっと、右手に力を入れすぎたかな?(汗)

 後で、彼には精密検査を勧めておこう。うん。

 

 

「――けど、ハルナさんって結構負けず嫌いだったんですね。後から映像で見たけど、最後の最後で再逆転した時のラストスパートなんて、殆ど人間業じゃないッスよ。なんていうか、人の執念っていうものを見せられた感じ……、ヒイッ!?

 

キキキィーッ!

 

 いきなりサイトウがハンドルを切り損ね、車が大きく蛇行して対向車線に飛び出した! 咄嗟にハルナが手を出してハンドルを切り返す。そのままハルナは助手席から見事なハンドルさばきを見せ、ガードレールをすれすれの所でかわしてなんとか態勢を立て直した。

 ……正に間一髪だった(汗)。たまたま対向車や後続車がいなかったからよかったものの、もしいたら、大事故につながりかねなかったところだ! おいサイトウ、もっと気をつけて運転しろよ!

「何言ってんのっ! いきなりあんな真っ黒い気をぶつけられたら、大抵の人はびびるに決まってるでしょ! お兄ちゃんこそ気をつけてよ!」

 ……え? 俺、気なんか出したか? 俺のせいなのか?

「当ったり前でしょうがあっ!(怒)」

 

 

 ――その後駐屯地に帰り着くまで、俺は後部座席で小さくなっていた(泣)。そのためか、サイトウももう運転をしくじることはなかった。

「はあー。しかし今日は流石に、ちょっち疲れたわね(笑)」

「そりゃあそうでしょう。並み居る強者相手に、あれだけの激戦を繰り広げたわけですからね。

 お土産話は明日に回して、今日は早く休んだ方がいいっすよ」

「あはは。そうだね♪ ありがとう」

 

 

「別に負けず嫌いってわけじゃないんだけどね。……あんまり常軌を逸した勝ち方になんないようにセーブしてたら、その隙を突かれちゃったんで思わず裏技を使っちゃったのは事実だけど。

 でも、やっぱりまずかったかなあ、あれ。考えてみれば、2位でも全然よかったんだもんね。……つい熱くなったせいで、会場中のデジカメにわざわざ干渉しなくちゃならなくなっちゃったし。あたしも、まだまだ青いわね(笑)」

 

 

 

〜その頃のナデシコ〜

 

 

「艦長。ネルガル本社、会計監査部から通信が届きました」

 メグミさんが受信記録に目を走らせた後、ユリカさんにそう呼びかけました。

 ……その時、ナデシコは何度目かの巡回航行の途中でした。「会計監査部」という言葉を耳にして、ブリッジにさっと緊張が走ります。

 ひょっとしてカブラギさんからでしょうか? でも例の証明期限までには、もう暫くあった筈なんですが。

 

 ――先日来、私は着々と彼女に対する裏工作の準備を進めていました。が、いよいよ決行という時になって、突然ハルナさんから「近々、一時的にナデシコに帰れるかもしれないよ。でも、まだはっきりしないからみんなには内緒ね♪」というメールを受け取ったのです。

 もし彼女が一時にせよ戻って来られるのなら、問題は全て解決することになります。私は一縷の望みを得たような気持ちになって、裏工作を凍結していたのでした。

 しかし、未だ待ち人はナデシコに帰ってきてはいません。……まさかカブラギさん、約束を破って期限前に告発を行うというようなことはしないでしょうね?

 艦橋中がじっと注目する中、ユリカさんは心なし顔を強張らせて、自分宛に届けられたメールを開きました。そして、すっと目を通します。……と見るや、その大きな目が、一層大きく見開かれました。

「カブラギさんからです。……プロスさん、例の横領疑惑が晴れました! ハルナちゃんの食事量について別ルートからちゃんとした証拠が入手できたので、前回のクレームは取り下げるそうです!(笑)」

 ブリッジに、忽ちわっと歓声が上がりました! 提督とゴートさんがプロスさんに次々と握手を求める一方、艦長の指示でメグミさんが、食堂に吉報を伝えています。最近連合軍との折衝絡みで厳しい表情をすることが多くなっていたエリナさんも、久しぶりに晴れやかな笑顔を見せています。

 ……きっと、これもハルナさんのおかげですね。確証はないけれど、間違いないって気がします。一体、どんな手品を使ったのかは知りませんけど。

 いろいろと、裏の顔を沢山持っていそうな人ですが、今回のことは純粋にお礼を言いたいと思います。――なんといっても彼女のおかげで私は、行きたくない道へ足を踏み入れずにすんだのですから。

 詳しいことは、アキトさん共々ナデシコへ帰ってきた折のお土産話として、ゆっくりと聞かせてもらうことにしましょう。……これでまた、アキトさんが戻ってきた時の楽しみが1つ増えたわけですね(笑)。

 さ、これで漸く肩の荷が下りました。明日から、また頑張りましょう!

 

 

 

(『フードファイターハルナ』終わり)

 

 

 

(おまけ)

 

「おおい。現像に出してた写真、できてたぞ」

 父は、2階の自室にいる息子に階下から声を掛けた。先日訪れた祝勝会イベントで息子が撮りまくった写真を、先程外出したついでに現像屋から取ってきたのである。

 ……この家では、父親の趣味を子も受け継いでおり、彼ら2人はデジカメではなく、現在では既に稀となっている、感光フィルム使用のカメラを専ら用いていた。年長の方いわく「こいつで撮った方が、写真に味がある」とのことである。

「ほほう、よく撮れてるじゃないか」

 顔を寄せ合って、できたばかりの写真を眺める親子。各種イベントを背景にして、お互いを撮りあった写真が主であるが、その中に何枚か、大食い大会の模様を写したものも混じっていた。

 カメラ持ち込み禁止だったコンサートと異なりその会場では何も言われなかったので、彼らは客席後方から、ステージにも数回ファインダーを向けていたのである。本来、ただそれだけのことの筈だった。

 ――しかし。

「わあっ!? な、何これ? 気持ち悪いっ!?」

 息子は、手に取った写真の1つを思わず放り出してしまった。何事かとそれを拾い上げた父も、思わずううむと唸り声を上げる。

 ――そこには、と見まがうほどに巨大な口を大きく開き、今まさに皿の中の食物を残さず呑み込まんとする、1人の髪の長い少女が写っていたのであった。

 

「パパ!? 何だろうこれ? 気持ち悪いようっ!」

「うーん? ……ひょっとして、これが噂に聞く『心霊写真』という奴か?

 昔、写真技術が未発達な頃には、よく怪しげなモノが写真に写ったと聞いたことはあるが。……これほどはっきりしたものは、俺も初めて見たな」

「どうしよう? ……ま、まさか、祟られちゃうんじゃ? ねえ、僕たち一体どうすればいいの?(泣)」

「そうだなあ……。雑誌やTVに送って謝礼をもらうっていうのも1つの手だが、もしこれが本当に悪魔の仕業だとしたら、その後が恐ろしいし(汗)。

 ……やはり、神父様の所に行って御祓いしてもらおう。さ、ネガも全部出しなさい。教会に持っていって、お祈りしてから焼いてもらうんだ」

「うん!」

 

 ――かくして、誰も知らないところで、1つの危機が回避されたのであった(笑)。

 

 

 

(おまけも終わり)

 

 

 


(後書き)

 

 好! 李章正です。

 御存知ゴールドアームさんの快作『再び・時の流れに』。その外伝たる李の駄作『フードファイターハルナ』、如何だったでしょうか? 一応、これにて終了です。

 何と言っても、テンカワ兄妹の西欧出向期間は僅々3ヶ月。しかもその更に一部でしかない余暇を舞台にした話ですから、差し込めるのは精々これくらいなんですよ。

 因みに時系列的には11月末、テツヤ襲来の直前ということになります。ハルナちゃんが大食い大会なんかに出ていられる時間的、精神的余裕のある頃って、それくらいしかないんですよね。

 ……無論、今回の話とは別な、短い挿話を作ることは可能ですよ。この物語を引っ張れば不自然になるので、いったん切るというだけの話です。李は、外伝書きは本編の設定にファンダメンタルに従うべきだと考えておりますので。

 

 その割に、オチが些かコミカルな気がするぞ、ですか? ――鋭い! 当たりです(笑)。

 まあ、単に李がコメディ好きなせいなんですけど、実はもう1つ別な理由が存在するのです。

 それは――、とここで李が拙い説明を延々と行ってもいいんですが、それよりも、吉田元首相に簡潔明瞭に答えてもらうことにしましょう。(ごめんねイネスさん♪)

 ――他のサイトに投稿したSSの後書きでも使った手で恐縮ですが(苦笑)。

 

「先日、イリア・エェレンブルグというロシアの文学者が、第一次世界大戦中に書いたという詩を読んだ所が、それには、戦争中のことを後世のものは、人々が砲声と弾丸の雨に怯えて暗い生活をしていたと思うだろうが、戦争中にもやはり花が咲き、人々はそれを見て喜びを覚えたのだ、というような意味のことが書いてあった。歴史上の大事件と言ったものは、皆そういうものではないだろうか」

 

 それではまた。

 

 

 

 

 

 

(蛇足)

 

 ――どことも知れぬ空間―― と言いたいところだが、実のところはとあるアパートの1室のような場所。因みに、割と小綺麗に整理整頓がなされている。

 さて、カーテンが閉め切られ薄暗くなった室内に、TVの画面がぼうっと浮かび上がり、その前に1人の若い男が座っていた。TVの光に照らし出されたその姿は、一見普通の好青年に見えなくもない。

 しかし、その表情には紛うことなき、電波な笑みが浮かんでいた。――もしその場に別な人物がいたならば、その人は彼の口から、次のような言葉が漏れているのを聞き取ることができたはずである。

「見つけた……、漸く見つけたよ」

 やがて、その口は三日月状となりくつくつと笑い声を発し始めた。

 

「ボクと『蒲鉾勝負』できそうな人……」

 

 

 

(『蒲鉾編』が書けるどうかはゴールドアームさん次第♪ ……嘘ですごめんなさい)

 

 

 

 

代理人の感想

・・・・いや、大笑いしてしまいました。

笑い所を一つ付け加えてくれたとーるさんに感謝(笑)。

「デジタルカメラ」と言うセリフが出た時点で「感光写真」のネタが出てくる事は予測できましたが・・・

「心霊写真」はやられましたねぇ(笑)。

 

追伸

>巴里のキレンジャー

やはりカレーはフランスなのかっ(謎爆)!?