かつて地球と木星、2つの惑星に別れ棲んだ人類が激戦を繰り広げていた時のこと。……戦争とは何の関係もなく突如「解脱」を果たし、自称「神の戦士」へ華麗なる変貌を遂げてしまった男、ゴート・ホーリー。

 

 戦火の続いていた間こそ、「そんな余裕がない!」として放っておかれていた彼であったが、人々の努力によって漸く砲声が止み、少し世の中が落ち着いてくると、周囲の人間達はこの巨漢の自称使徒に対し、病院で検査を受けるよう口を極めて説得した。

 

 ……無論多少の抵抗はあったようだが、それがあえなく排除されたのは言うまでもない(笑)。

 

 

 

 

 そのため、彼は戦後数ヶ月の間、あちこちの病院、若しくはある種の施設を転々として日々を過ごしていた。

 

 しかし、そのいずれも長続きすることはなく、結局周囲の努力が実を結ばずじまいだったのは、読者諸君も御存知のとおりである。

 

 その時の詳しい経過についてはまた別な話に譲るとして、そんな彼が、何故その後もネルガルで働き続けることができたのか? 抑もそのような精神状態で、職務遂行に支障を来さなかったのであろうか?

 

 今回は、それについて説明をでっち上げるする話である。

 

 

 

 

極秘

 

 

「空白の2年間」補完計画

 

 

Action最高幹部会

 

 

第5次中間報告

 

 

 

 

「空白の2年間」補完委員会

 

 

Action暦3年度業務計画概要

 

 

総括編

 

 

 

 

「ミスター、彼の様子はどうだい?」

 

 ここは日本の某都市。とある大企業本社ビル中のVIPルームである。わざと照明を落とし、薄暗くしてある室内に、その日3人の男女が顔をそろえていた。

 

 豪華な事務用椅子に腰掛けた青年が、それまで眺めていた書類をぽんと机の上に投げ出すと、長髪をかき上げながら疲れたような声で尋ねる。それに対して、対面に立つ髭に眼鏡の中年男は、青年以上に疲れた表情をして答えた。

 

「駄目ですな。もう目ぼしいお医者さんは当たり尽くしましたが、全部匙を投げられました。

 ……第一、脳髄にはどこも全然異常がないそうでして。それに、神様云々を除けば、言うことやすることは尋常ですからな。

 脳外科や精神科の役目じゃないと言われれば、頷くしかありませんよ」

 

 ここで、3人目の人物が口を挟む。

 

「かといって、このままにしておくわけにもいかないでしょ? 問題が発生してからじゃ遅いのよ。

 ナデシコの中でこそ、多少のことは大目に見られたけど……、外の世界じゃそうはいかないわ」

 

「それはそうなんですが……。病院以外の所に頼んでも、禅寺に上らせれば、宗教戦争を起こしかけて2日で追い出されるし、ヨットスクールに入れれば、暴力コーチを逆に半殺しにして施設を壊滅させる有様ですからな」

 

「この間行かせた、自己啓発セミナーはどうなの? 毀誉褒貶の多いやり方ではあるけど……」

 

「駄目でした。あべこべに他の参加者達を、危うく洗脳してしまうところだったそうでして……。

 大体、自己否定的な中学生とかならともかく、ゴートさんには、あれは全然向いてませんよ。

 ……なにしろ、ご自分を『神の戦士』と信じ込んでいらっしゃるんですからな。自己否定の対極に位置してます(汗)」

 

「つまり、打つ手なしってわけかい? 困ったねえ。

 ……今のところは内業を命じて本社内に縛り付けてあるけど、いつまでもその手は使えないんだよ」

 

「自由にさせれば、外で布教活動を始めかねないものね。

 とりあえず、例の腐れジャーナリスト2人を生け贄としてあてがってはあるけど、それだけじゃとても物足りないでしょうし。

 ……そんなことになったら、ネルガル自体のイメージダウンにつながりかねないわ」

 

「かといって、彼を放り出すわけにもいかない。……彼の能力は惜しいし、何より、色々知りすぎているからね」

 

 ここで、髭の中年が眼鏡を怪しく光らせながら提案する。

 

「それなんですが、会長」

 

「なんだい? ……言っておくが最後の手段は許可しないよ。

 彼は重罪を犯したわけでもないんだし、第一、戦友として忍びない」

 

「いえ、そうではなくて。……いっそのこと、このままにしておくというのはいかがでしょうか?」

 

「何を言ってるの? それじゃなんの解決にもならないじゃない!

 第一、今の彼にどんな仕事を任せるつもりなの?」

 

 たちどころに黒いショートカットの女性が反論するが、男はにっこり笑って続けた。

 

「大丈夫ですエリナさん。こうするんですよ、つまり……」

 

 

 

◆  ◆

 

 

 

 ……3人による密談が行われた、次の日のこと。ネルガル本社ビルの玄関を、宇宙船操縦シミュレータと、ビニールで覆われた正体不明の物体がくぐった。

 

 そのままプロの宅配屋たちの手によって、ビル内のいずこかへと運び去られていく。

 

 それを目撃した社員の一部には、妙な物を会社の中に持ち込むものだと怪訝に思った者もいたようだが、大多数の者はそんな事実があったことさえ知ることなく、従って、特に注目を集めはしなかった。

 

 ……なおその日、ここ暫く本社ビル内で事務や雑用にかかりっきりのため、些か欲求不満の気味を見せていた大男が、なぜか終始ご機嫌であったという。

 

 しかし、彼の周囲の誰1人としてそれと、運び込まれた物体とを結びつけて考える者がいなかったのは言うまでもない。

 

 

 

◆  ◆

 

 

 

 それから凡そ1ヶ月後の深夜、ネルガル本社ビルの内部に、ガードマンや警備システムの壁を突破して侵入した謎の一団があった。

 

 所属不明のその男達は、全員暗闇で目立ちにくい暗褐色の服を纏い、光線銃とおぼしき物や、使途不明の機械等を小脇に抱えている。

 

 彼らが、停電で照明が落とされたため真っ暗闇に包まれたビルの地下を、音も立てずに苦もなく疾走できるのは、全員が顔面にパッシヴ式の暗視装置を装着しているからであった。

 

 彼らの狙いはネルガル本社の中央電算室。そこに据えられた、ネットワークに接続せず独立した人工頭脳中に収められている筈の、極秘データである。

 

 上級者からの命に伴いメンバーを選りすぐった後、数週間をかけて作戦を練り、綿密に武器の準備や逃走ルートの選定を行った上で、更に数度の演習さえ繰り返した後の、それは本番であった。

 

 十数人の陽動班が、演習通り的確に動いて敵を攪乱したおかげで、予想以上に楽々と警護陣を突破し得ている。5人から成る突入班の班長は、既に作戦の成功を疑っていなかった。

 

 自らの勝利を確信しつつ、男達は無人のネルガル本社ビル地下をひた走る。

 

 やがて、侵入者達は目的地である中央電算室へと辿り着いた。ここまでくれば、彼らの目的は半ば達成されたも同然だ。データを奪えずとも、極秘情報をハードごと物理的に再現不能にするだけで、敵の被害は甚大なものとなるであろう。

 

 余裕を持って最後の関門たる電子ロックの開閉コードを割り出し、室内へ侵入する。いまだ、敵は本陣に侵入を許したことに気づいてさえないらしく、背後から追っ手が迫ってくる気配はない。この分なら、敵の極秘データの破壊は無論、奪取も容易に行えそうだ。

 

 

 

 

 ……男達は仕事に熱心だった。否、熱心過ぎたと言えた。プロフェッショナルらしく、彼らは侵入の準備に十分な手間と暇とをかけた上、装備にも金を惜しんでいなかった。

 

 そしてそれ故に、彼らは物事がスムーズに運ぶのを当然だと考えてしまったのだ。あまりにも思いどおりに進んでゆく展開に対し、途中で疑惑を抱くことがとうとうできなかったのである。

 

 

 

◆  ◆

 

 

 

 遂に電算室内部への侵入に成功し、目当てのコンピュータに向けて歩み始めた彼らの前に、突如まばゆい光の玉が出現した。咄嗟に片腕で顔を覆い、思い思いに遮蔽物目がけて飛び込む男達。味方に当たる恐れがあるため、銃は使えない。

 

 しかし、先頭を歩んでいた1人だけは暗視装置の光量調節が間に合わず、強力な真っ白い光にもろに網膜を灼かれて、絶叫をあげつつその場に蹲った。当分の間、視力の回復は望めないだろう。

 

 そしてその時漸く、残る4人は、自分たちの前に立ちはだかる巨大な気配に気づいたのであった。

 

「何者だ!?」

 

「……それはこちらの台詞だと思うがな。まあいい。我が名はゴート・ホーリー。神の戦士だ」

 

「……!」

 

 突入班長は一瞬の身振りで部下に指示を出すや、真っ先に巨大な影目がけて躍りかかった。

 

 事前に彼の存在に気づけなかったのは油断だが、室内にゴート以外の敵が潜んでいる気配はない。自らともう1人で彼を牽制し、その間に残る2人を、本来の目的であるデータ奪取に向かわせる戦術である。

 

 無論班長はゴートの名を知っており、容易なことで打ち勝てる相手ではないとも思っていた。だが要は、データ奪取までの時間稼ぎができればいいのだ。2人がかりで押さえに専念する限り、それは十分可能である。班長はそう読んだ。

 

 しかし、敵の行動は彼の想像を超えていた。ゴートはぱっとその場から飛びすさるや、彼らに向かって再び照明弾を投げつけたのである。再度、まばゆい純白の光に染め上げられるコンピュータ・ルーム。

 

 彼らが顔面に着けている暗視装置は、無論最新式のモノであったが、それでも光量調節にある程度の時間差が生じることは避けられない。いきなり室内の明るさが激変したりすれば、一瞬とはいえ視力を失い、その間の行動能力を奪われてしまう。

 

 しかし、それは双方にとって同じことであり、自分が動けない間は、ゴートもまた身動きできないはずであった。とすれば、彼がこのような戦法を採る理由は、味方の増援が来るまでの時間稼ぎ以外に有り得ないであろう。

 

 ほんの僅かな行動不能時間にそれだけのことを考えた班長は、別動の2人に対して新たにコンピュータの破壊を命じようとした。ゴートによる妨害を阻止しきれない以上、データ奪取の時間を稼ぐのは難しいと判断したのである。

 

 従って、そちらを向いて命令を発しようとした時、既に敵によって地に叩き伏せられ、ぴくりとも動かなくなっている2人の部下を見て、彼は唖然として言葉を失うしかなかったのであった。

 

(何故だ!? 何故奴は動けた? 奴は、タイムラグ無しの暗視装置でも持っていやがるのか?)

 

 そして、彼が一瞬自失に陥った隙を見逃すことなく、ゴートは3発目の照明弾を投げつけてきた。反射的に顔を覆い、目を守る。一瞬失われていた視力を、最新式の暗視装置はすぐに回復させた。

 

 しかし、その次の瞬間班長が見たもの、それは……、床に倒れ伏した4人目の部下。そして自らの眼前に迫り来る、巨漢の鮮明な姿だったのである。

 

「ばっ、馬鹿なっ! 何故動ける!? めっ、目隠しだとっ!?」

 

 その瞬間彼は、腹に巨大な衝撃を感じた。そして男の視界は再び暗転し、今度は暫く回復することがなかったのである。

 

 

 

◆  ◆

 

 

 

 一仕事を終えたところで、自称「神の戦士」は、暗視装置をつけたまま口から泡を吹いて気絶している敵を見下ろし、こう呟いた。

 

「いかに進歩していようとも、所詮暗視装置など人の技に過ぎん。

 使徒となり、ヒトを超える力を身につけた今の俺にとっては、目に頼らずともおまえ達の気配を読むなど、児戯に等しいことなのだ……。

 喜ぶがいい、取り調べが終わればおまえ達にもまた、めくるめく神の世界を見せてやる。先の2人に続く、神の僕として迎え入れてやろう」

 

 固く目の前に結んでいた黒い布を解きながら、1人そうごちるゴート。

 

 ……そんな彼の背後に、外部の敵を掃討し尽くして応援に駆けつけてきたネルガル警備部隊の男達が姿を現したのは、そのすぐ後のことであった。

 

 

 

◆  ◆

 

 

 

「……どうやら、うまくいったようですな」

 

「はははは、そのようだね。

 しかし、いつもながら鮮やかなもんだね。ミスター。

 まさか、宇宙船操縦シミュレータと『神像』とを安置することで、ネルガルのビル自体をゴート君にとっての聖地にしてしまうとは。

 ……なるほどこれなら、彼の信仰心が強ければ強いほど、護衛の仕事も完璧になるわけだ」

 

「それも、警護陣をわざと手薄にして敵を誘い込んだ上で、一気に叩き潰してしまうなんてね。

 ……ホント、貴方だけは敵に回したくないわ」

 

 それを聞いて、長髪の青年が軽口を叩く。

 

「おやおやエリナ君。それは、ミスターを敵に回すくらいなら、テンカワ君と戦った方がましっていう意味なのかい?」

 

 プロスペクターは、嵐の予兆を感じて思わず首をすくめた。

 

 しかし、ショートカットの女性は激発することなく、にっこり笑って

 

「あら、それはないわ。

 だってわたしにとって、あの人の味方でない自分なんて考えられないもの(はぁと)

 

「……はいはい、御馳走様(汗)。

 ま、なんにしても、ミスターの手並みが冴えわたっていた、ということだね」

 

 

 

 

 ……そう、実はネルガル本社ビル内には先日来、「祈祷所」と「神像」がこっそり据え付けられていたのだ。

 

 一般社員等、無関係の人間に不信や不快感を与えないよう、目立たない所にひっそりと設けられてはいたものの、そこはゴートにとって、正に聖域となっていたのである。

 

 そして言うまでもないことだが、「神の戦士」にとって、聖地を護るのは崇高なる義務であり、喜びでさえあった。

 

 ここに侵入しようとする者は紛れもなく神の敵なのだ。容赦はいらない。これは、文字どおり聖戦(ホーリー・ウォー)なのだから。

 

 

 

 

「……いやいや、それほどでも。

 警備を故意に薄くして敵の突入を誘ったのは、実のところ賭けだったのですよ。

 『神のためと思うと全身に力が漲り、どれほど困難な任務も可能に思えてくる』と、先日ゴートさんがおっしゃっていましたのでね。

 動機をうまくマッチさせれば、仕事に支障はないだろうと思っただけなんですが……。正に期待以上の働きでした」

 

 髭に眼鏡の中年男は、いつものように柔和な笑みを浮かべて謙遜した。

 

「しかも、こちらの用が済んでから捕虜を引き渡すことで、彼にも外部での伝道行為は行わないって約束させることができたし。正しく一石二鳥ね」

 

「まあ、それが条件の一つでしたからな。些か敵さんには気の毒なことですが……(笑)。

 ま、それが『彼ら』に対する抑止力になってくれるとしたら、一石三鳥と言えるかもしれませんな。

 テンカワさんが戻ってこられるまでの、多少の時間稼ぎにはなるわけですからね」

 

 そして3人は、漸く愁眉を開いたのである。

 

 

 

 

 

 

(そして「時の流れに」第2章に続く)

 

 

 

 

 

 


 

(後書き)

 

 好! 李章正です。

 

 今回は、「神の戦士」となられたあの方が、例の2年間をどのようにして過ごされていたのか? ということに焦点を当ててみました。いかがだったでしょうか?

 

 第2章でも分るとおり、「使徒」と「サラリーマン」の2足の草鞋を履いている彼。まあ、宗教しながら働いている人なんか、我々の周囲にも珍しくはないですからそれはいいんですが、かの巨漢の特殊な勤務内容から考えて、落ち着くまでには些か変わった経緯があったんではないかなと……(笑)。

 

 ま、何を信じようが信じまいが、それ自体は個人の勝手ですからね。鰯の頭だろうと十字架に吊られた木彫りの人形だろうと黒い隕石だろうと。要は、他人に押し付けてこなけりゃいいんです。

 

 で、彼が無事に勤務を続けているからには、信仰と仕事とが矛盾することなく、寧ろうまく補完しあっているのではなかろうか。また、周囲に迷惑がられるような無茶な布教も行っていないのではないか。そう思ったわけでして。

 

 その結果、今回の話ができました。お楽しみいただければ幸いです。

 

 それではまた。

 

 

 

 

代理人の感想

 

・・・・・その内A.T.フィールド張れそうだな(汗)。

意外と「神像」には七つ目の仮面がついてるとか・・・

実は神ではなくて暗黒神や魔王の類だとか・・・

はたまた中身はともかく外面は全く普通に見えるとか・・・

 

いやいや、根拠のない想像はこれくらいにしておきましょう(笑)

 

それにしても流石だ。(色々な意味で)