時は11世紀半ば。ここはスコットランド北部、インヴァネスの城である。

 

 これだけ言えば、分かる人には分かるであろう。……そう。ここはスコットランド王族にして、先の叛乱鎮圧で活躍し、王にその功績を嘉されたマクベスの居城なのだ。

 

 さてその夜、王を迎えて行われた戦勝祝いの宴もとうに果て、人々は深い眠りに就いていた。月もなく、星明かりすら疎らな夜更け。草木はおろか、風すらも眠り込んでしまったかのように、静寂が辺りを包む。

 

 墨で塗り込められたような漆黒の闇の中、1人の男が、音を立てぬよう注意しながら歩を進めていた。彼こそが、この話の主人公マクベスその人だ。

 

 周囲が明るかったなら、彼の顔面が鉛のように蒼白となり額には玉の如き脂汗、胸は破鐘のように高鳴っている様子を見て取ることができたであろう。これから自分が行おうとしていることに対し、戦場の勇者もさすがに平静ではいられないものらしい。

 

 どこか浮ついた歩調のまま彼は歩き続け、遂に、とある部屋の前へ来た。計略通り、城主夫人が供した美酒に酔い潰れたと見え、入り口の両脇に蹲り正体無く眠り込んでいる2人の護衛に一瞥をくれる。

 

 その後、マクベスは彼らの傍らに並べてあった短剣の1本を拾って右手に握り締めると、扉を開いてそっと中へ入り込んだ。

 

 窓から差し込む僅かな明かりが、室内にある豪奢な天蓋付きベッドをうっすらと浮かび上がらせている。そこに横たわり、寝息を立てている人物こそ彼の狙う相手、スコットランド王ダンカンなのだ。

 

 ぶるる、と侵入者の体に痙攣のような震えが走る。己がこれから為そうとしていることに対する怯えか、はたまた大望成就を目前にしての武者震いであろうか?

 

 グラームズの領主はベッドの側まで歩み寄り、そこでごくりと1つ唾を飲み下した。ここまで来てなお、短剣を頭上に振り上げるのを躊躇するマクベス。

 

 ここに来るまで、無論誰にも見とがめられてはいない。今なら、まだ引き返せるのだ。そう思うと、だらりと力無く右手が下がりかかる。

 

 だがそこで、妻の叱咤が彗星のように、彼の脳裏を過ぎった。

 

(あなたは、王になりたくないのですか!?)

 

 インヴァネスの城主は、きっと視線を下に向けた。ベッドの上で、暖かそうな毛布に包まれ、緩やかに上下動を繰り返しているこんもりとした盛り上がりを見据える。反対側を向いているため顔は見えないが、そこにいるのは紛れもなく彼の主君。だが同時に、彼の野望の前に立ちふさがる最大の障害なのだ。

 

 再び、妻の叫び声が彼の心中に木霊する。

 

(あなたには野心がないのですか!? 王になれるのですよ! 殺るのです! 今しか機会はありません!)

 

 男の目に、ぎらりと殺意の光が奔った。そのまま心中の声に呼応するかの如く、右手が大きく振りかぶられる。そして、殆ど衝動的に、逆手に持った短剣が眼下のふくらみに突き立てられた!

 

ドスッ

 

「!!」

 

 

 

 


 

 ……一体、こりゃ何の話だと首を傾げた向きも多かったでしょうが、実はこれ、

 

 ヤマダ迷惑劇場 勝手に番外編

 

 です(笑)。

 

By 李章正

 


 

 

 

 

 たった今、大逆の罪を犯したばかりの男。

 

 床まで突き抜けよとばかりに、力任せに刺し貫いた短剣をぐいと引き抜き、傷口から迸る鮮血に両手を浸す。

 

 そのまま、暫し耄けたように立ちつくすマクベス。

 

 ……とまあ、ここまでは脚本通り(?)と言えよう。

 

 

 

 

 

 

 ……だが、タイトルにもあるとおり、これはヤマダ迷惑劇場なのだ。

 

 というわけで、シリアスモードはこれで終わり。ここから、ギャグモードに移行します(笑)。

 

 

 

 

 

 

「痛ってえなぁ! いきなり何しやがる!?」

 

 なんと、ベッドに横たわっていた死体が、訳の分からぬ叫び声をあげて起きあがってきた!

 

 あまりの恐怖に凍りつくマクベス。叛乱軍相手には鬼神の如き働きを見せた彼も、相手が化け物ではどうにもならない。股間から生暖かいものが溢れ出し、床を濡らしていくのを感じる。と思う間もなく、彼はその場に頽れてしまった、……恐怖のあまり失神したのだ。

 

 マクベスが倒れた後、ベッドに起き直ったのは、白髪の老人ダンカン王とは似ても似つかぬ、黒い髪に浅黒い肌をした若く逞しい男であった。なぜそんな奴が、こんな所にいるのであろうか?

 

 ……いやそれよりもっと驚くべきは、彼が胸に短剣を突き立てられていながら、まるきり平然としていることだろう。よく見れば、先ほどまで真っ赤な血を吹き出していたその傷は、もう塞がりかけているではないか! ひょっとしてこいつこそが、かの不死者なのか?

 

(作者注:吸血鬼のモデルになったヴラド公は、この時代まだいません

 

 ……丁度その時、ベッドの向こう側でうーんとうめき声がした。頭に大きなたんこぶをこさえ、痛そうにさすりながら起きあがってきたのは、スコットランド王ダンカンだ! 

 

「うーぬぬぬ、一体何事だ……? むうっ、貴様は? 皆の者出会えぃっ! 曲者じゃ!」

 

 王の叫びと相前後して、マクベスも意識を取り戻した。だが丁度王の言葉を耳にして、反逆の意図が暴露したと思い、観念してその場にへたり込んでしまう。

 

 が、何故だろう? ダンカン王は彼の側に走り寄り、その背後に身を隠すではないか。

 

 それを怪訝に思う間もなく、王の呼ばう声に応じて、人々が夜着のまま押っ取り刀で駆けつけて来た。赤々と燃える松明や、抜き身の剣を引っさげて駆け込んで来た王子や貴族達に囲まれると、ダンカン王は黒髪の男を指差し、威厳を込めて命じる。

 

「この男、いきなり我が寝室に押し入り、眠っている余を気絶させてベッドから落とした不埒なる奴。恐らくはノールウェイ王か、コードーの残党の手の者であろう……、何としても引っ捕らえい!」

 

 おう! という鬨の声とともに、人々は男へ向かって殺到した。瞬く間にきらめく白刃の群れに取り囲まれる、黒髪の侵入者。

 

「さあ、もう逃げ場は無いぞ! 潔く縛につけ!」

 

 王子マルカムが、両手で剣を握りしめながら男に向かって宣言する。それに対して、黒髪の若い賊はちょっと小首を傾げ、二言三言口にしたが、それはなんとも全く意味の分からぬものだった。

 

 それを見て、いらだった貴族の1人が剣を大きく振りかぶる。しかしその瞬間!

 

ドグワッシャーン!

 

 いきなり鋼鉄の巨人がその場に出現した! それも2人! 巻き込まれて何人もの人が或いは吹き飛ばされ、或いは崩れた壁の下敷きになる。王の周りの人々は辛うじて難を免れた模様だが、あまりの出来事に悉く度肝を抜かれ、声をあげることすらできない有様だ。

 

 石造りの屋根を突き破って静止した巨人達は、暫くぐりっ、ぐりっと辺りを見回した。と、その視線がある1点で止まる。

 

 ……その先に、あの若い男がいた。

 

 揃って、妙な筒のような物を男に向ける2人の巨人。と同時に、巨人の1人が若い女と思しき声で男に語りかける。何を言っているかは全くちんぷんかんぷんだが、どうやら、巨人は男に対して怒っているらしい。

 

「まっ、待てヒカルッ! 話せば分かるっ! だから、生身の人間に40粍ガトリング砲を向けるのはやめろっ!」

 

「……全くそのとおりだねヤマダ君。だから帰って話そ? じいいっくりと、ね?」

 

「そうだぞガイ。男ならいつまでも逃げてないで、潔く覚悟を決めろ!

 あのテンカワ・アキトでさえ、既に北斗様達の所へ戻っていったんだぞ!」

 

 ……とうとう捕まったのね、彼(汗)。

 

 人々が見守る前で、訳の分からないやりとりを繰り返す若い男と2人の巨人。しかし、とても埒があかないと見るや、男はぱっと身を翻した。

 

 すると見よ! いきなり巨人達の抱える筒が、轟然と火を吐き始めたではないか!

 

 

 

 

 

 

 ……その後、夜明けまで続いた阿鼻叫喚の地獄については、多くを語る必要はあるまい。

 

 堅固な石造りの城を易々と吹き飛ばしつつ、男を追う2人の巨人と、巨人の放つ火炎に時折直撃されながらも平然と逃げ続ける若い男。瞬く間に城は瓦礫の山と化し、運の悪い人々がその下敷きになっていく。

 

 この世のものとも思われぬ光景に、マクベスを始め人々は為すすべもなく、ただ王の周りに集まって或いは抱き合い、或いはぶるぶると震えながら、ひたすら神に祈るしかなかったのであった(笑)。

 

 

 

 

 

 

 ……やがて漸く日が昇り、恐怖の一夜が過ぎ去ったことを人々に教えた。――とはいえ、暫くは誰もが放心状態であり(無理もないが)、あの若い男と、2人の巨人が何時の間にか共に消えていたことにも、なかなか気づかなかった程である。

 

 ともかく、埃だらけのまま蹲っていた人々も周囲が明るくなると漸く立ち上がり、とりあえず互いの無事を喜び合った。……その時、周囲はまるで世界貿易センタービルの跡地の如き情景を呈していた、と後になって当時の目撃者は語っている。

 

 さて、衆目の見るところ今回の事件における一番の殊勲者は、王の危機に真っ先に駆け付け、敵に手傷を負わせたものの、逆に無惨にも居城を破壊されてしまったマクベスということで一致した。

 

 ダンカン王は人々の前で親しく彼に労いの声をかけ、その功績を嘉し、更なる領地の加増をも約束する。

 

 居並ぶ人々の喝采を受けるマクベス。無上の栄光に包まれているにも関わらず、彼はまるで死人のような顔色となり、完全に憔悴しきった有様であった。

 

 だが人々はそれを見ても、

 

「労しいことだ。大魔王の襲来で一夜にして城を失ったばかりか、奥方まで急死なさってしまったのだからな。無理もない……」

 

と思い、全く不審を抱かなかったそうである。

 

 ……マクベス夫人は昨夜、ダンカン王の呼ばう声を耳にした途端心臓発作を起こして倒れ、そのまま瓦礫に埋もれて亡くなっていたのであった(笑)。

 

 

 

 

 

 

 ……その後、マクベスはスコットランド最大の貴族として、平穏無事な人生をおくった。

 

 だが、どんなに勧められても、遂に後妻を娶ることだけはしなかったという(笑)。

 

 また、一夜にして20歳も老けたかのようになった彼の顔からは、かつての野心に満ちた精悍さは完全に抜け落ち、親友のバンクォーでさえ、一時は見間違えたほどであったそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……終わりです)

 

 

 

 

 

 

(後日談その1)

 

 ……因みに3人の魔女は、予言が外れたために上役に怒られ、占い師を廃業する羽目になったということである。

 

 

 

 

 

 

(後日談その2)

 

 ……スコットランドの南の隣国イングランドにおいて、ある禿頭の戯曲作家「3大悲劇」を始めとする数々の傑作を著すのは、それから更に5世紀半ほど後のことである。

 

 

 

 

 

 

(……だから終わりですってば)

 

 

 

 

 

 


 

(後書き)

 

 どうも、李章正です。……我ながら、一体何書いてるんでしょうね?(汗)

 

 今回は、BA−2さんの「戦神異世界逃亡シリーズ」のおまけ、ヤマダ迷惑劇場を独立させて書いてみました。

 

 英語と言うのは大まかに言って、西暦1150年頃を境にそれ以前は古代英語と言われ、現代の英語を母語とする人々でも普通は読めないそうです。我々にとっての古文みたいなものでしょうか。

 

 ですからマクベスと、某逃亡者たちが意思疎通できないのは当たり前なんですね。いくらなんでも古代英語は知らんでしょう、彼ら(笑)。

 

 ……ヒカルちゃんなんか、第3火星語なら知ってそうな気はしますが(笑)。(ネタ、分る人いるかな?) 

 

 しかしおまけとは言え、結構難しいもんですね。軽妙洒脱な文体のBA−2さんに倣い、笑える小品を目指したのですが。結果は……

 

 ……やはり文豪シェークスピア。李ごときが題材にするには無理があったか?(笑)

 

 それではまた。

 

 

 

代理人の感想

 

遂に!

遂に遂にっ!

 

ヤマダ迷惑劇場が

独り立ちしましたっ(超爆)!

 

 

しかもBA-2さん以外の作家の手によってというおまけつき!

漆黒の戦神アナザーと並ぶ人気シリーズとして「ヤマダ迷惑劇場」が認知される日も近い!

・・・・かもしれません(笑)。