機動戦艦ナデブシコ

 〜劇場版の後日談 これもひとつの有り得る未来〜

 

 

 

 

李笑生(りしょうせい)

 生年月日、出身地ともに不明。実は李章正と同一人物ではないかとの噂もあるが……。

 

 

 

 

――Actionの諸作品とは、結構関係があります。

 

 

 

 

 地響きがする――と思って戴きたい。

 地響きといっても、地殻変動の類のそれではない。

 一定の間隔をおいてずん、ずんと腹に響く。所謂これは跫(あしおと)なのである。たかが跫で地響きとは大袈裟なことを――と、お考えの向きもあるやもしれぬが、これは決して誇張した表現ではない。振動は、例えば道端のクルマをがたがたと揺らし、手抜き工事の建売住宅をぎしぎしと軋ませ、停泊中の機動戦艦をびんびんと震わす程の勢い――すまん、ちょっと法螺を吹いた。

 その跫の主は、棚やテーブルの食器をかたかたと震わせながら食堂へ入ってくると、どっすん、と椅子に座った。椅子の足や背もたれがぎぎいっと悲鳴を上げ、文字通りの過重労働に抗議の意思を表明した。

 台所で中華鍋を威勢良くジャッジャッと振るっていたアキトは、鍋を置くと火を止めてひょいと首を回し、震動の源に目をやった。

「おはよう、ユリカ。よく眠れたか?」

どすん

「うん、もうぐっすり♪」

どすん

「そうか。他のみんなは?」

どすん

「もう起きてるよ。そろそろここに来るんじゃないかな」

どすん

 彼女の言葉を裏付けるように、再び同じ音が室内に響きわたる――今度は重奏で。

どすん

 程なくして、それらの跫の主も、次々と食堂へ入って来た。

どすん

「おはよう、エリナ。イネスさん」

どっすん

「おはよう、アキト君。ユリカさんも」

ぎぎいっ

「今日もいい朝ね」

どすん

 にこやかに朝の挨拶を交わす、男女四人。

どすん

「ああ。ところで後の二人は?」

どすん

「さっき、顔を洗っていたところよ。もうすぐここに来るんじゃないかしら?」

どすん

「わかった。じゃあみんなが揃ったら朝食にしよう」

どすん

 そうアキトが言ったところで、再び、あの地響きが室内に轟く。

どすん

「おはよう、ラピス」

どっすん

「ふにゃ……。おはよ、アキト」

ぎぎいっ

「なんだ、まだ眠そうだな。駄目だぞ、あんまり夜更かししちゃ。第一、美容に良くない」

どすん

「うん、わかった」

どっすん

「いい子だ。……おはよう、ルリちゃん」

ぎぎいっ

「おはようございます、アキトさん」

「これで全員席に着いたな。じゃ、みんなお皿を出して」

 

 

 

 

 「火星の後継者の乱」が鎮圧された後、悲願の復讐を成し遂げ、妻であるユリカの救出も果たしたテンカワ・アキト。しかし彼は彼女の元に戻ることなく、そのまま戦艦ユーチャリスに乗っていずこへともなく旅立っていった。そこまではまあ、読者の皆様も御存知のとおり。

 本人としては、あのまま人知れず故郷の土に還りたかったのかもしれないし、ことによると過去の平行世界へ跳んで、天下無敵のスーパーヒーローになりたかったのかもしれない。

 だが、そうは問屋が卸さなかった。

 彼は、電子の妖精の実力、及び執念深さを些か甘く見過ぎていたのである。例えるなら、砂糖を大匙五杯入れたコーヒーくらいには甘かった。

 彼女は「帰ってこなかったら、追いかけるまでです」という件の宣言どおり、リハビリを終えて完全に回復したユリカ、及びエリナやイネスを巻き込んだ挙げ句、あろうことか、アキトにくっついて共に逃亡していたはずのラピスまで丸め込み、とうとう「闇の皇子」をとっ捕まえてしまったのである。更にその後、イネスの手腕が冴えに冴えたおかげで、彼の肉体も元のとおりの健康体に戻ってしまったのだった。

 そうなれば、もはやその後の展開は決まったようなものだ。五人の女性の愛情(と怨念)にがんじがらめに縛られて、ピンク色の牢獄における終身刑を宣告された彼は、結局その運命を受け入れることにしたのである。というより、他に選択肢がなかったというべきか。

 ここまでは、今までにも結構書かれたことがあるようなお話かもしれない。

 ――違っていたのは、彼と彼女たちの共同生活があまりに幸福だったため、主に女性陣の、食が進み過ぎてしまったという点だった。

 

 

 

 

「ん〜っ♪ 今日も美味しいねー。アキトのごはん」

 ユリカが、揚げ立ての春巻きや蒸したばかりの焼売を次々と口中に放り込み、どんぶりに山盛りの米飯をもっさもっさとかき込みながら言った。ちなみに、現在五杯目だったりする。

「そうね。やっぱり朝は、アキト君の淹れてくれたコーヒーがなくっちゃ始まらないわ」

 エリナが、大さじに山盛りにした砂糖を、半リットルは入りそうなマグカップにざらざらと流し込みながらうなずいた。ミルクは既にたっぷりと注いであるので、もはや学校給食に付いているコーヒー牛乳、そのまんまである。

「朝食は金、昼食は銀という言葉もあるわ。一日の活力源として、朝御飯をしっかり摂るのは、生理学上、理に叶っていることよ」

 イネスも、バターと蜂蜜をべっとり塗りたくったトーストをもぐもぐと貪り喰いながら言った。毎朝、これを前菜代わりに一斤食べるのが、最近の彼女の日課となっている。

「わたしはアキトの舌、アキトの胃、アキトの腸……。アキトのごはんを消化」

 白砂糖をたっぷりまぶしたドーナツをむしゃむしゃと頬張り、ジョッキに入ったコーラをストローでずずっと吸い上げて胃の中に流し込みながらラピスも言った。アキトと共にユーチャリスを駆っていた頃は、携帯口糧とサプリメント以外知らなかった彼女であるが、彼に食事を作ってもらえるようになってからは、すっかりそれがお気に入りとなっている。

「食べ物が美味しいのは心身共に健康な証拠。良いことですよ」

 最後に、ルリが話を締めくくった。その白くむっちりと丸い指がつまんでいるのは、彼女が好きなハンバーガーにフライドポテトとシェイクという、典型的なファストフード。

 ただし、全てアキト厨房謹製の、手の込んだ品々であったりする。はっきり言って、既にファストでもなんでもない。そして言うまでもなく全てLサイズ。それを既に三セット平らげ、現在四セット目に取りかかっているところである。

 ――こんな食事が毎日三回(日によっては、四回とか五回の時も)、来る日も来る日も続いたのである。それどころか、これは朝食だからまだしも軽めなのであって、昼食や夕食は遙かにこれを超えているのだ。

 幸せであるが故に食が進み、美味しい食事が更に幸福感を増大させる彼女たち。一方アキトはアキトで、とっくに諦めていた味覚を思いがけずも取り戻した嬉しさに、注文されるがままひたすら料理に打ち込んでは、求められるがまま際限なくお代わりを用意する。不幸なことに、通常なら働くはずの経済的なブレーキも、彼女たちの場合は存在しないに等しかった。

 斯くしてこの循環作用というか悪循環によって、彼女たち五人の体形はあっという間に見るも無惨な、もとい、見るからに福々しい状態になってしまったのである。

 そういうわけで、冒頭の場面へと至るのであった。

 因みに、五人合わせると既に一トンを超えているらしい。

 

 

 

 

「みんな、今日の昼食はどうする?」

 米飯と味噌汁、塩鮭一切れに納豆に焼き海苔、量もごくまっとう――という自分用の朝食を終え、ほっと一息ついてお茶を啜りながらアキトは尋ねた。

 現在六人はひとつ屋根の下で暮らしている。今日は日曜で休みだが、ユリカとルリは軍、エリナとイネスはネルガルに勤務し、ラピスは学校へと通っているため、平日の昼間、この家にはアキト一人である。

 とはいえその間も、彼はその日の夕食作りや次の日の食事の下拵えに忙しく立ち働くのが常なので、全く退屈することはないのだが。

「う〜ん、今日はステーキがいいなぁ」

 ユリカが、空気を入れ過ぎた太鼓のようになった腹を、満足そうに撫でながらそう言った。他のみんなも異論はないらしく、揃って首を縦に振る。

「ステーキだな、わかった。肉の量は、一人前五キロでいいかな? それとも、八キロくらい焼いた方がいいか?」

「もう、アキト君ったら。わたしたちを一体何だと思ってるの?」

 エリナが御機嫌斜めな声をあげた。その拍子に、垂れ下がった頬肉がぶるんと震えたその様は、見る人によってはブルドッグを連想するだろう。

「五キロで充分よ。もし足りなかったら、おやつの時間を少し早めればいいんだから」

 エリナがそう断言すると、他の女性陣も頷いたので、その日の昼食の主菜はステーキ五キロということで決定事項となった。

「ところでエリナさん。先日注文しておいた座席の件、どうなっていますか?」

 ルリがエリナにそう問いかけた。真珠色に輝くツインテール、黄金色燦然たる瞳、白磁のように滑らかな白い肌――そういった点は、昔のまま変わっていない。

 目が皮膚の中に埋まって小さな点となり、顔は満月のように丸く、顎が三重になり首が無くなっているところを除けば、の話だが。

「そうそう、わたしも聞きたかったんですよ、それ。ルリちゃんの艦長席だけじゃなくって、わたしが軍で使ってる椅子も、最近よく壊れるんですよね」

「予算不足なんでしょうか。最近、椅子が妙にちゃちになった感じです」

「軍だけじゃないわ、ネルガルもよ。わたしの研究室の椅子も、何度取り替えてもらってもすぐ駄目になるのよね。なんとかするよう、総務に言ってくれない?」

 ユリカとルリが不平を鳴らし、イネスもこれに唱和した。彼女の見た目も、大体他の三人と似たようなもの――そう、アンコ型の関取だ。

「わかったわよ。……ラピス、あなたはどう? 学校の椅子は大丈夫?」

「今のところ大丈夫。わたし用の学校の椅子は、この間壊れたときにパイプの中に特殊合金を充填して補強してあるから」

 恐ろしいことに、桃色の妖精さえも若干サイズが小さいと言うだけで、他の女性と体形は一緒だったりする。縦横の比率で言えば、彼女が一番横長かもしれない。

 五人の女性が、デザートのアイスクリームを一リットルずつ食べながらそんな会話を交わしている横で、アキトはのんびりと緑茶を啜りつつ、優しい目をして彼女たちを順番に眺めていた。その穏やかな表情からは、かつて彼が凶悪なテロリスト「闇の皇子」として悪名を馳せていた往時を窺い知るのは難しい。

(ああ、平和だ……。あの頃は、こんな風に過ごせるようになるなんて、想像もしていなかったなあ)

 それは想像できまい。寧ろ、できる方がどうかしている。

 もっとも、眼前に広がる肉玉の群れに何の疑問も持っていないらしいあたり、彼もまたとっくにおかしくなっていると言うべきかもしれないが。

 

 

 因みに、旧ナデシコクルーを含め、かつての彼女たちを知る者は皆、この光景を見て或いは驚き、或いは涙したという。

 ハルカ・ミナトは錯乱した挙げ句、アキトを刺そうとして周囲に取り押さえられ、そのまま病院に運ばれていった。現在も、自宅で療養中とのことだ。

 アオイ・ジュンはその場に昏倒し、気がついた時には白鳥ユキナとの婚姻契約書にサインしていた。今は妻の尻に敷かれて、見ようによっては幸福な生活をおくっているという話である。

 最後にマキビ・ハリだが――。彼はテンカワ家からの帰り道、発作的に太陽系外超長期探検隊に志願して、そのまま宇宙へ飛び立っていった。今頃は、数光年の彼方を目指し航行中の筈である。

 地球へ帰ってくるのは、五十年は先のことになるらしい。

 

 

 

 

 ぴんぽーん

 六人が、ほんわかとした雰囲気で朝食を終えた丁度その時、玄関のドアホンが鳴り響いた。どうやら、来訪者のようである。

「また来たみたいだな」

「ほぼ時間どおりだね」

「何度も何度も、よく厭きないわね」

「まあ、腹ごなしの運動と思えばいいんじゃないの」

「で、今日は誰が相手する?」

「あ、じゃあわたしやります」

 アキトはひょいと、他の五人はのっそりとそれぞれ立ち上がり、アキトはすたすたと、他の五人はどすん、どすんと(五重奏で)玄関へ向かった。

 家の前には、彼らが予想していたとおりの人物が待っていた。

「来たな、撫子の奴らめ。待っておったぞ」

「いや、ここは俺たちの家で、来たのはおまえらの方。

 何度も言ってることだが、もういい加減にしろよな。迷惑なんだよ全く、……草壁」

 そう。そこにいたのは、「火星の後継者の乱」の最高責任者、草壁春樹であった。

 彼は、叛乱に失敗して逮捕された後、裁判にかけられたのだが、判決前に精神に異常を来してしまい、そのまま病院に直行。免訴となった現在も入院中である。――そして時々、病院から脱走しては、彼ら六人の住まいに押し掛けて来るのであった。

 草壁は、露骨に嫌そうな顔をしているアキトにおかまいなく、傍らに佇む菅笠に黒外套の人影を指し示した。

「ふふん、そんなことを言っていられるのも今日限りだ。見よ、我が秘密兵器、メカ北辰の勇姿を!」

「ピー、ガガ。遅カリシ復讐人ヨ、今日コソオマエタチノ命日ダ。ピー、ガガ」

 そこに立っていたのは、生前の北辰を模したと思しきアンドロイドであった。――但し、顔面や手の指先が妙に角張っているのはともかく、目が、あの特徴的な細い吊り目ではなくぴかぴか光る丸い電球だったり、口もまるっきり腹話術の人形だったりするあたり、本物と違ってちっとも怖くなかったが。

「……先週まではクローン北辰だったろうが。なんで、今日はメカなんだよ?」

「う、うるさい! 大体それは、貴様が火星でオリジナル北辰を挽き肉にしてしまったからではないか。クローンを造ろうにも、材料になるオリジナル部分がもう尽きてしまったのだ!」

「……だったら、クローンからクローンを造りゃいいだけじゃないのか?」

「ああ、それはね。テロメアの問題よ。オリジナルに比べるとクローンはどうしても寿命が短くなるわ。更に言えば所詮は複製だから、コピーを重ねればどうしてもエラーが生じて、質が落ちていくしね」

「そういやあ先週のクローン、随分よれよれとしていたっけ。……でも、テロメアって何ですか、イネスさん?」

「説明しましょう!」

 アキトの不注意な問いかけに、イネスは嬉々として懐(!)からホワイトボードを取り出した。そのまま、遺伝子工学について講義を始めようとする。

 まずい。このままでは、これから延々何百キロバイトにもわたって、この話とは関係ないDNAやら遺伝子組み換えやらに関する論文が続いてしまう。そんなことになったら、読者は退屈して読むのをやめてしまうではないか。それどころか、感想掲示板で一体何を書かれるかわかったものじゃない。

 だが、安心してもらいたい。この場には、読者と作者にとっての救い主がちゃんと存在しているのだ。

「そんな話はいいからさっさと勝負しろ! 今日こそは、このメカ北辰で貴様ら撫子一味を葬り、その余勢を駆って、全太陽系の制圧に乗り出すのだからな!」

「あーはいはい。わかったわかった」

 

 

 

 

「ひぃがぁぁしぃぃ、ふぉしのやむぁぁ。にぃぃしぃぃ、ほくすぃんぐぁわぁぁ」

 行司の衣装を纏い、腰にはちゃんと脇差まで帯びたアキトが、軍配を回しながら呼び出しをかけた。呼び出しに応じて、ルリとメカ北辰が、それぞれのっそりと動き出して向かい合い、蹲踞の姿勢をとる。

「ルリちゃん、がんばってねー」

「そうよ、この際だから頭捻りで決めちゃいなさい! 元ネタに合わせて」

「エリナ、頭捻りってどういう技?」

「さあ。たぶん作者も知らないんじゃないかしら?」

 メカ北辰と向かい合うルリを応援しつつ、見物の女性陣の間で会話が交わされる。一方、ぶつぶつ文句を言っていた割に、アキトは行司役をそつなくこなしていた。彼の生来の器用さが、こんなところにも表れている。実は結構、本人もその格好を気に入っていたりする。

「見合って見合ってぇっ」

 行司の掛け声に合わせ、睨み合う一人と一台。

 片手だけ地に下ろし、顔は意図的に無表情。そのまま、電子の妖精は目の前の敵にひたと視線を据え、どうやって片づけようか思案した。

(……先週は、ユリカさんがローリング・ソバットでぶちのめしたんですよね。その前はエリナさんがフライング・ニーアタックを顔面にめり込ましたんでしたっけ。……四十八手も何もあったものじゃありませんね。なんでみんな、体形の割にあんなに身軽なんでしょう?)

 自分のことは棚に上げ、本気で首を――実際には首はないが――ひねるルリ。

(イネスさんもラピスも、なんだか知らないけど、やたらと派手な技を使っていましたし。

 まあ、ストレス解消には最適の相手ですから、当然といえば当然ですか。

 わたしも負けてはいられませんね、どうしましょう。……ペガサス流星拳でも使ってみましょうか?)

 ルリがそこまで考えた瞬間、アキトがさっと軍配を挙げた。

「はっけよぉい、残ったっ!」

 立ち上がったルリは、まず激しいぶちかましをメカ北辰に浴びせようとした。しかしメカ北辰は、横っ跳びに跳んでこれをかわす。

 それではと、張り手を連射して突き倒し一気に勝負を決めてしまおうとするルリ。だが、速射砲のごとき掌打をかいくぐってメカ北辰はルリに組み付いた。そのまま腰のあたりの衣服をしっかと握りしめる。

 ルリもまたメカ北辰の帯を両手でつかみ、ここで両者はがっぷり四つの体勢となった。

 とはいえ、両者のあまりの体格差は、河豚に絡みつく竜の落とし子という印象を周囲に与える。妖精が相手に体重を預け、そのまま押し潰してしまうだけで簡単に勝負はつくだろう。

 反対に、メカ北辰がどうじたばたしたところで、ルリはびくともしそうにない。先週までと同様、一方的な展開になりそうだ。

 観衆がそう思って肩の力を抜きかけた時、不意に草壁が、からからと高笑いに笑い始めた。

「ふっふっふ、はーはっはっはっは。愚かなり妖精! まんまと我が策略に引っかかったな!」

「!?」

「なにいっ、どういうことだ!?」

 ルリは驚きに目を見開いた。アキトも、勝負そっちのけで草壁にくってかかる。草壁はなおも笑いながら、

「その体勢になっては最早逃れようがあるまい。メカ北辰、背中のロケット・ブースターに点火せよ! そのまま妖精ごと宇宙へ飛んで逝くのだ!」

 その言葉と共に、メカ北辰の背中がぱかりと割れ、銀色に輝くノズルが現れた。すぐさま、凄まじい炎と煙を噴射し始める。驚きのあまり硬直する一同。

 ルリもまた、内心大いに焦っていた。――そんなことになっては、今日の昼食に間に合わなくなってしまうではないか。

 だが、相手を突き放そうにも、メカ北辰はここを先途と彼女にしがみついてくる。少しでも力を抜けば、一気に空中へ持って行かれてしまいそうだ。

「ルリちゃん!」

「ルリ!」

 漸く金縛りが解けた見物の女性陣やアキトが、ルリを救うべく近寄ろうと試みる。しかし、既に濛々と立ち込める煙と水蒸気にさえぎられて視界が全く利かず、なすすべがない。

 独り草壁のみが、勝利を確信した笑みを浮かべて、眼前の白い雲を見つめていた。

 

 

 

 

 ところが白煙が晴れてみると、そこにはルリとメカ北辰が、微動だにせず組み合ったまま立っていた。想定外の事態を前に、愕然と両目を見開く草壁。

「ば、馬鹿な!? なぜだ、なぜ打ち上げに失敗したのだ!?」

「……説明しましょう。一言で言えばパワー不足ね。要するに……、重すぎたのよ」

 イネスが、頬に垂れ下がった肉をぶるぶると震わせながらそう呟いた。その言葉に、電子の妖精はむっと不機嫌そうな顔をしたが、アキトをはじめ他の見物人たちは一様に安堵の溜息を漏らす。

 草壁は、なおも呆然としたまま。

 その瞬間、ルリの黄金の瞳がかっと輝いた。――目が肉に埋もれているので、外からは見えなかったが。

 溜めていた力を右手に集中し、渾身の上手投げを打つ。背中のロケット・エンジンを燃焼し尽くして、既にタンクが空になっていたメカ北辰に、それに抗う術はもはやない。

 メカ北辰は豪快に投げ飛ばされて土俵の外へ飛び出した。そのまま一回、二回と地上を回転し、ぼけっと突っ立っていた草壁に激突する。そこで意味無く爆発したのは、いわゆるお約束という奴だ。

「おのれ魔女めぇっ! 次こそは、絶対に負けんぞぉっ!」

 粉々となったメカ北辰の爆風に吹き飛ばされ、草壁はそう捨て台詞を吐きながらひゅるるるるう〜っと空高く舞い上がった。そのまま、お空にきらりと輝くお星様となる。

 因みに今は真っ昼間なのだが、そんな細かいことを気にしてはいけない。それが、ギャグを読む時の読者の姿勢というものだ。

 ――かくして悪は滅びた。次の出番は、また来週のことだろう。

「……終わったな」

「そうだねー。……ドキドキしたら、なんだかおなか空いちゃった」

「同感。そう言えば、もうすぐお昼ね」

「じゃ、少し早いけどお昼ご飯にしましょうか」

「賛成! ほらルリ、早くいこ?」

「ええ、すぐ行きますよ」

 ――そうして彼女たちは、アキトの作った昼食を食べるため、家の中へと戻っていった。

 その真ん丸い背中を見ながら、アキトは、今日の昼食であるステーキを一人前五キロ半にしようと、心密かにうなずくのであった。

 

 

 

 

 これは、それだけの話なのである。

 だから――怒らないで貰いたい。

 

 

 

 

(おしまい)

 

 

 

 


(後書き)

 好! 李笑生です。

 「三人目の復讐者」の時にも言ったことだけど、映画の後こういう風になる可能性だって、絶対ないとは言い切れないんじゃないかなと。

 ねえ、代理人様。

(聞こえない聞こえない! 「絶対あり得ねぇ!」なんていう、怒号や罵声は聞こえない!)

 

 まあ、これもまた一種のハーレムエンド(笑)ということで。嗤って許してくださいな。

 それではまた。

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

頭捻り(ずぶねり)ねぇ・・・ここ何年か出てない決まり手だったような(突っ込みどころはそこかい)。

ちなみに記憶が確かなら10年くらい前に寺尾が決められて(相手の名前は忘れた)、

それ以前は40年近く幕内では出ていない決まり手だったそうです。

 

まぁそれはともかく、これはこれでアリだ!

というわけで、嗤って楽しませていただきました。(爆)

 

>腰に脇差まで

立行司かい!

(横綱の相撲を仕切る一番偉い行司。脇差は横綱戦で差し違え=誤審をしたときに責任を取って腹を切るための物)

 

・・・ってことは、ルリは横綱締めてるって事でいいのかな?(爆)