〈ナデひな〉勝手に番外編

 

 

 

 

あの、忌まわしい戦争が和平という奇跡の幕を閉じ、

激戦を戦い抜いたナデシコの面々も、今は平和な世界へと溶け込もうとしていた。

 

しかし、その平和を享受できぬ不幸な男が1人……、

 

これは、その男の愛と戦いの話である。

――勝手に番外編だけど(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、今日訪問する予定の気象観測所です」

 ――ここは北極圏。激しく吹き荒れるブリザードの中、びっしりと氷に覆われた建物の群れを目の前にして、1羽のペンギンが重々しく告げた。その言葉に、傍らにいた2頭の白熊が深々とうなずく。

 ……ちょっと待て。何故ペンギンや白熊が人語を解する? 会話を交わす?

 なにより、北極にペンギンは生息していないだろうに?

 ――だが、目標を前にそれらの鳥獣が昂然と頭を上げたことにより、その疑問は氷解した。ペンギンの嘴の下に少年の金色の瞳が、2頭の白熊の口中には眼鏡と細面の青年の顔が、それぞれ覗いたからである。

「いいですね、くれぐれも友好的な態度を崩さないように。……例え相手がくれると言っても、決して全部もらっては駄目ですよ。欲をかき過ぎて金の玉子を産む鶏を絞め殺してしまっては、元も子もないんですから。

 ……それでは、逝きましょう!」

 

 ――これが、22世紀末に世界を騒がせ、それ以後も幾度となく、その実在性について論議の交わされることになった、「世紀末極北三覇王」誕生の瞬間であった。

 

 ……っていうか、あんたら適応能力高すぎ(笑)。「同盟」が手を焼くわけだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

第十話のちょっと後の話 お雑煮ウォーズ

 

 

 

 

 

 

 

 

 なるちゃんと一緒に再度神社にお詣りして、おみくじを木の枝に結んでからひなた荘に戻ると、他のみんなは居間でTVを見ているところだった。なんだか妙に盛り上がっているようだけど、一体どんな番組なんだ?

 何々、『北極に吹き荒ぶ泣き声の主!!』? ……なんだこりゃ。また、センセーショナルというか何というか(汗)。大昔に存在したと聞く『川○浩○険○』とか『進○!電○少○』などと同じやらせ番組の類かな? ……ま、いいか。どうせ俺には全く関係のないことだし。さ、勉強勉強。

 

 

 

 

 ――で、暫く部屋に籠もり、一心に過去問と格闘していた俺であったが、

「腹、減ったな……」

 そう、受験勉強というのは実は結構エネルギーを食うものである。当初は、じっと座っているだけなのに何故腹が減るのか不思議でしょうがなかったが、だらだらとながら勉強をするのならともかく、勉強に集中して脳をフル回転させるとなると、どうも生半可なカロリーでは足りないものらしい。

 そう言えば、ルリちゃんもユリカも、見た目のスマートさに比べれば意外なほどよく食べてたもんな。あれはつまり、こういうことだったんだな(笑)。

「……取りあえず、雑煮でも食べるか」

 それはともかく、今は自分の空腹をなんとかしなくてはならない。そう1人ごちた後、俺は台所へ降りていった。でも、確か昨晩も言ったような気がするな、この台詞(苦笑)。

 

 ――気のせいだ!(by李章正)

 

 

 

 

 俺の目の前で、ぐつぐつと心地好い音を立てて雑煮が煮えている。既に台所は、郷愁と食欲を誘う甘やかな匂いで一杯だ。

「……ふむ、もう少しと言ったところだな」

 箸で、鍋の中の餅をつつき出来具合を調べる。うん、かなりいい感じになってきた。自分で言うのもなんだが、実に美味そうだ。

 ――考えてみればここ数年の俺は、戦いに次ぐ戦いに明け暮れて、のんびり雑煮を食べるなんてことはついぞなかった。……去年も一昨年も更にその前も、俺の正月と言えば、エステのアサルトピットの中で携帯口糧を囓っていただけだったような気がする。

 そう考えれば、この雑煮こそは正に平和の象徴そのものと言えるだろう! 有り難く、味わって食さねばなるまい。ついでに鍋を拝んでみたりして。ぱんぱん。

「……なぁなぁアキト、何作ってるんや? 美味いんか、それ?」

 トイレにでも降りて来て気がついたらしい。スゥちゃんが、廊下から顔を覗かせ声をかけてきた。戸棚からお椀を2つ取り出しながら、俺は言葉を返す。

「これはお雑煮だよ。勿論、とっても甘くて美味しいさ。スゥちゃんも食べるかい?」

「うん!」

 スゥちゃんはぱっと顔を輝かせた。

「じゃあおいで。でも、寝る前に沢山食べると太るから俺と半分こしよう。朝になったら、たっぷり作ってあげるからね」

 

 

 

 

 ――翌朝、俺はいつもより少し早起きした。裏山で日課の鍛錬をこなした後、早速雑煮作りにとりかかる。なんといっても割と多人数だし。早めに作り始めておかないと、みんなが起きてくるのに間に合わなかったら困るもんな。昨日はおせち料理を食べたけど、やはり正月と言えば雑煮も欠かせないでしょ、うん。

 餅については、とりあえず買い置きが結構あるから問題はない筈。もし足りなくなったら、後から餅米を買ってきて自分でつけばいい。……なに、例え臼や杵がなくとも大丈夫。餅米を蒸しさえすれば、俺なら素手で餅をつき上げるくらい、2分もあれば十分だからな(笑)。

 小豆を水でさっと洗った後、大鍋に入れて煮る。やわらかくなったところで湯から上げ、丹念にすりつぶす。これに砂糖を混ぜ込めばつぶし餡の完成だ。

 この餡を再度鍋に入れて水でのばし、煮立ったところで今度は餅を入れる。後は、煮崩れしないように気をつけながら、餅がやわらかくなるまで煮ればいい。

 

 

 

 

「――あ、あの先輩。おはようございます」

 餅がいい具合に煮えたところで、しのぶちゃんが台所にやってきた。いつものように朝食作りの手伝いをしてくれるつもりだったらしい。うんうん、やっぱりいい子だねえ。

「やあおはようしのぶちゃん。みんなは起きたかい?」

「は、はい。みなさんもう食堂に集まっています」

「そ。よかった、丁度お雑煮ができたところなんだ。これから持っていくから、先に行っておいてよ」

 俺は火を消してガスの元栓を閉じると、ひょいと鍋を持ち上げた。

「は、はい。分かりました(……え、お雑煮? え? え??)」

 

 

 

 

「お雑煮お雑煮〜♪」

 お椀を箸で叩きながら歌っているのはスゥちゃんだ。昨晩約束したのが、よっぽど楽しみだったらしい。そんなに喜んでもらえれば、俺も作り甲斐があるというものだ。……でも、それはちょっとお行儀が悪いぞ(笑)。

「……んー? なんやー、この甘ったるい匂いは?」

「甘味屋で食べるあれに、よく似ていますよね」

「……っていうか。これってまるっきりお汁粉じゃない?」

 これは上からキツネさん、素子ちゃん、なるちゃんだ。鍋の中身を見ながら、何やらひそひそ話し合っている。……ひょっとして、みんなお雑煮見たことないのかな?

「あ、やっぱりみなさんもそう思われますか? 私も、なんか変だなーっとは思ったんですけど」

としのぶちゃん。何言ってるのかよくわからないけど、早く食べないと冷めちゃうよ。

「さ、お雑煮をよそうから、みんなお椀出して」

「「「「……」」」」

「お雑煮お雑煮〜♪」

 

 

 

 

 ――思ったとおり、お雑煮はスゥちゃん以外のみんなにも好評だった。最初のうちこそ何やら怪訝な顔をしていたものの、いざ食べ始めたらどんどん食が進んで、餅をもう一回煮たくらいだ。これはやはり、餅米をもっと買ってきた方がいいかもしれないな。

「……ま、美味かったのは美味かったけどなあ」

「確かに。朝に甘い物を食べるというのも、1日の活力源として悪くはないです。が……」

「でもさ、これってやっぱりお汁粉よね?」

 再びキツネさん、素子ちゃん、なるちゃんが何やら口々に言い始めた。なんだよお汁粉って。何度も言うけど、俺が作ったのはお雑煮だってば。

「いーや、それは違うでアキト!」

 いきなりキツネさんが、右手の人差し指を俺の目の前にびしっと突き立て、ちっちっと振った。

「あんさんが作ったもん……、つぶし餡の汁で餅を煮たこれは、世間様ではどーみてもお汁粉、それも田舎汁粉っちゅうやっちゃ。

 確かに、これはこれで十分美味い……。けどな、汁粉と雑煮の区別ぐらいは、ちゃんとつけなあかん思うで?」

「そうよねえ。……第一アキトがそんなこと言ったせいで、スゥちゃんなんかすっかりこれをお雑煮だって信じ込んでるじゃない。

 日本文化についての間違った知識を植え付けるのは、どう考えてもよくないわ」

 キツネさんとなるちゃんの連続口撃に、俺はすっかり落ち込んでしまった。……いや、肉体的な打撃なら毎日のことでもう慣れてるけど(それはそれでかなり哀しいものがあるが、この際それは言うまい)、食事に対するクレームはひなた荘に来てから初めてのことだったし。

 いくら味に対してのそれではないといえ、やはりコックとしては、自作の料理に対する批判は結構へこむものだな。

 

 

 

 

「――でも、うちじゃずっと、お雑煮と言ったらこれだったんですけどね。じゃ、みんなの言う『ホントの』お雑煮って、一体どんな奴なの?」

 俺は思わずそう問い返した。すると、素子ちゃんが胸を張って、

「それは決まっている。丸い餅に里芋、二十日大根の輪切りを入れて、白味噌で仕立てるんだ。うちでは、代々ずっとそうだった」

 ……し、知らなかった(汗)。雑煮って、そういう食べ物だったのか? 俺の知ってる物と、ちょっとの違いどころじゃあない。全然別な料理じゃないか。

 ところが、朗々とそう述べた素子ちゃんに対し、今度はキツネさんとなるちゃんが口々に異を唱え始めた。

「えーっ! なんやのんそれ? お雑煮ゆうたら、焼き豆腐が欠かせないやん! 出汁は昆布と鰹節やし。大根と人参を入れて、後花鰹も忘れたらあかん。白味噌は合うてるけどな」

「何言ってんのキツネ、違うわよ。お雑煮っていえば澄まし汁よ。その中に小松菜や大根、人参、里芋を入れて煮た後で、四角に切ったのし餅を焼いて入れるんじゃない」

「な、なんですかそれは? 餅をわざわざ焼いて入れるなんて、どう考えても二度手間でしょう? それに、澄まし汁では味が出ませんよ。やはり白味噌でなくては」

「後、花鰹と焼き豆腐は欠かせんて。それに、角張った餅は食べる時危険や。やっぱり丸うないと(笑)」

「最初からお餅を煮たら澄まし汁が濁っちゃうのよ。それに、下手をすれば煮崩れするじゃない。焼いてから入れる方が合理的なの。

 大体、丸かろうと四角だろうと、お餅で怪我するわけないでしょ!」

 

 ――侃侃諤諤。

 

 俺は、突然始まった3人の論争を唖然として見ているしかなかった。一方スゥちゃんは、いつの間にやら俺の隣に座り、面白そうに笑いながらそれを眺めている。

 この子の人生は、凡そ悩みとは無縁そうだなあ、――俺と反対に。なんだか羨ましいよ。

 俺が、わけもなくため息をついたその時、さっきまでおろおろしながら3人の議論を見ていたしのぶちゃんが、不意にこう口にした。

「あ、あの……。お雑煮って地域によっていろいろ特色があるそうですから、どれが正しいっていうことは、多分ないんじゃないでしょうか……。きっと先輩のふるさとでは、これがお雑煮だったんだと思います。

 ……因みにうちでは、鰹節と昆布で出汁をとった澄まし汁に、四角ののし餅を焼いて入れて、小松菜と鶏肉と油揚げを添えたものでしたし」

 

 

 

 

 ――しのぶちゃんの言葉に、3人はちょっと互いの顔を見合わせた。やがて、その表情が気恥ずかしげなものに変わり、漸くその場が静かになる。

「……それは、確かにそうね。アキトって確か火星出身だったし。地球とは違う食習慣があっても、不思議じゃないわよね」

「……うん、ちっとばかり大人げなかったかもな」

「……確かにそうでした。すまん、しのぶ。浦島も許せ」

 おや、さっきまで賑やかだったのが一転、随分暗い雰囲気になってしまったぞ。折角の正月なのに、これではいかんな。

「大丈夫大丈夫、全然気にしてないから。俺も悪かったんだよ、ちゃんと最初から『火星風雑煮』って正確に言えばよかったんだ」

「なあなあアキト、どういうことなん? これって、お雑煮ちゃうの?」

「ううん。お雑煮はお雑煮なんだけどね。沢山バリエーションがある中の、その1つってことさ。例えばバナナにも、細かく分ければいろんな種類があるだろ? あれと同じ。

 そうだ。良い機会だから、みんなのお国自慢代わりに、それぞれのお雑煮を作ってみようか? 雑煮1つとってもこれだけいろんな種類があるってことで、スゥちゃんに日本文化の多様性を知ってもらうことにもなるし。どうだろう?」

「……ふむ。悪くないアイデアですね」

「なかなか面白そうやな」

「まあ、別にわたしはいいけど」

「わ、私も賛成です」

「うちは、美味けりゃなんでもええで〜」

 俺の提案に、みんなは揃って頷いた。

「じゃ決定だね。お袋の味の再現まではさすがに無理だけど、まあそこそこ標準的なものならできると思うよ。早速明日からやってみるから、楽しみにしててね」

「あら何よ、全部アキトが作るつもりなの、お雑煮?」

 それを聞いて、なるちゃんが不審そうに言った。

「だって俺が食事担当なんだから、当然だろ?」

「それはそうだけど、アキトが作ったんじゃお国自慢にならないじゃない。自分のとこのお雑煮くらい、わたしたちが交代で作ってみせるわよ。――何、その不信感に満ちた顔? ひょっとして、わたしたちの料理の腕が信じられないわけ?」

「いえいえ滅相もない(汗)。それじゃ、よろしくお願いいたします」

 ――正直なところ、普段料理を手伝ってくれるしのぶちゃん以外については不安だらけなんだがな。でも、まさかYesとも言えないし。

 ま、どれほど酷くても、あの3人のレベルに達することはまさかあるまい(笑)。そう思えば気も楽といったところかな。

 

 

 

 

 それから数日間、ひなた荘の朝食メニューは、日替わりお雑煮となった。……もっとも当初の予想通り、ちゃんと自分で作ったしのぶちゃんの分を除いて、後は結局俺がこしらえることになったけど(汗)。

 

「レンジで3分〜♪ チンして上がり〜♪」

「……キツネさん。そういうのは『作った』とは言いません」

 にしても、正月にしか食べない雑煮をレトルトにするか、普通? 侮れんな、食品メーカー。……あ、よく見たらネルガル製だ(汗)。

 

 

「ふっふっふ、所詮は同じ刃物。止水すら操るこのわたしが、たかが包丁如き!」

「わあっ素子ちゃん!? その包丁、持ち方違う! それに、食材は斬っちゃ駄目だって!」

 ……一汁一菜しか作った経験がないんなら、先にそう言って欲しい。頼むから(涙)。

 

 

「――あれえ? なんでお餅もお野菜も、みんな黒くなっちゃうのかな?」

「お兄さんが教えてあげよう、それはだね。……みんな燃えてしまったからだよ、要するに(汗)」

 ある意味、この娘が一番凄い。なんで普通にお雑煮を作っているのに、できあがりがになってしまうんだ? ……そりゃ、まだにならない分だけ、あの3人よりはましだけどさ。

「突出した才能は、それを埋め合わせるための異常な欠落を要求する」っていうのは、実は真理なのかもしれないな。

 

 

 

 

 ……そして1月6日。お雑煮週間、最後の日の朝。

 当初感じた不安は見事に的中し(自慢じゃないが、俺のこの手の予感は外れたことがない、――かといって、回避できたためしもまたないのだが)、俺は、心身共にくたびれ果てていた(泣)。

「やれやれ、やっと終わったか。――それにしてもたかがお雑煮だってのに、結局トラブルからは逃れられないんだなあ、俺って奴は(涙)。

 年始めからこんなんじゃ、この1年も先が思いやられる。……誰のせいだよ、一体?」

 ここ数日、朝食作りに加えてみんなの暴走を抑える仕事まで背負い込む羽目になった俺は、心中でそうぼやきつつその日の雑煮で最後まで残っていた蒲鉾を、口の中に放り込んだ。

 

 

 なんだか、妙に苦い味がした。

 

 

 

 

(終わり)

 

 

 

 


(後書き)

 

 好! 李章正です。

 管理人さん連載の『ナデひな』番外編です。相変わらず、こつこつ隙間を埋めております(笑)。というか、それしか能がないもんで。 

 『ナデひな』には、結構突っ込みどこ……ごほんごほん、番外編のネタが多いんで、これからもこういうの、時々書いていこうかなとか思っています(笑)。

 方針は無論「最大多数の最大幸福」これです(笑)。敢えて宣言しましょう! 複数の女性の幸福のためならば、男性約1名の(それも主観的な)不幸など、取るに足らないのです(笑)。

 

 特に、漫画は御存知のとおり、ああいう終わり方をしたことですし……。勿論、順当なラストですし、あれはあれでいいと思うんですが。かと言ってハッピーエンドというには、李には些か疑義があるわけでして。

 主人公に想いを寄せながら、叶わなかった正ヒロイン以外の娘達にとっては、良く言ってほろ苦い結末でしょ、やはりあれは。

 で、Benさんに協力して(ここポイント)、一丁ここで補完させてもらおうかと思ったわけです。よろしくお付き合いください(笑)。

 

 ――因みに、4人娘のお雑煮については適当に決めたわけではなく、Benさんにそれぞれの出身地の設定を確認した上で、資料を調べて書いてます。……誰が何処になってるか、皆さん分かりましたか?(笑)

 

 

代理人の感想

ああ、そ〜いえば久しく火星式雑煮食べてないな〜。

さすがに自分で作る自信はなし(爆)。

ああ、ムラムラと食いたくなってきたな〜。

 

ちなみに私の家では昆布出汁の澄まし汁に鶏肉、人参、ダイコンを入れ、

食う直前によく焼いた餅と刻んだ柚子と三つ葉をさっと入れて食べてます。