桜坂

第1話 二つの死と一つの誕生


小さい物は小石程度の物から大きいものは戦艦サイズまでの岩石が無数に浮かぶアステロイドベルトの一角で、 機動兵器の戦闘が行われている。
ブラックサレナを22体の白い機動兵器が囲んでいる。 いや、もし広範囲全天レーダを見ている者がいれば、更に離れた場所から、 常にブラックサレナを中心に囲うように6隻の戦艦が鎮座している事に気がつくだろう。

白い機動兵器は、脚は無いが腕は有るものである。 ロケットの下部とロボットの上部を着けたような、宇宙戦専用の高機動兵器だ。
常に3体以上で多方向からブラックサレナに対し、ヒットアンドウェイを仕掛けている。 ブラックサレナは、すでに1時間を越すヒットアンドウェイ攻撃を受けている。

通常の機動兵器ではブラックサレナの速さについていけず、 1対1では、ブラックサレナ、いや、ブラックサレナに乗った天河アキトにかなうパイロットは、いない。 統合軍の出した対ブラックサレナの戦術は、シンプルだが確実に勝利につながるものであった。 しかし、最初のアタック時、サレナの周りにいた機動兵器は50機を数えていた。

しかし、すでに、勝敗は見えていた。ブラックサレナは勝てない。
ブラックサレナの左腕と右足の膝から下はすでにパージされている。
それを象徴するように、ブラックサレナのコックピット内は、ちょっと騒がしい。 11個のアラームブザーが響き、16個のアラームランプが点灯している。 もっとも五感の無いアキトには感知できていないが。

ブラックサレナの天上部、前面、左側面から、3機の機動兵器が超高速で迫る。 アキトは前面の敵を目標にした。信じられないスピードでのランダム回避のまま、更にブラックサレナは加速する。 3機の機動兵器からそれぞれ半拍ずつタイミングをずらして多弾頭ミサイルが放たれる。 ミサイルがミサイルを撃つ、1発のミサイルが6発に増える。レーダーに映っていた3条の軌跡が18条になる。 しかし、アキトは、まるでミサイルなど気にしないようにサレナを操る。 前面の敵がサレナ近接コースから回避に移る。他の2機は、サレナに相対速度を合わせつつライフル攻撃を行うが、 スムーズに移行してるとは言えない。もっとも、白の機動兵器がサレナの機動性能についていけたとしても、 中のパイロットはそうはいかない。5感を失い、人としての肉体の限界をも越えた者だけが超高速機動戦闘に耐えられる。 戦闘に意識を集中しているときのアキトの感覚は、常人の1秒が10秒以上の体感で感じられている。 アキトは器用にサレナに直撃予測されるミサイルだけを落とし終えた。そして、目標機動兵器と交差。 白い機動兵器は下部推進部をやられ戦線を離脱していく。 瞬時に、離脱する機動兵器を守るように、他の機動兵器が追撃阻止の援護射撃を始める。
今回はサレナは無傷だが、アラームランプとアラームブザーが が各1つ増えたことがIFSより伝わる。

「戦闘は、ここまでか」
1時間を越える戦闘と、ひっきりなしに脳に伝わるアラームとに、さすがにアキトも根を上げた。 そして、アキトは、ジャンプシステム作動させるが、 なぜか、システムの最終ステップに入るとシステムがリセットされてしまう。
フィールド生成ができない。初めて、アキトに動揺が生まれた。
システムチェック、オールグリーン、バックアップOK、リカバー
アキトのイメージングがコマンドになり脳裏に浮かび消えていく。 5度目のリセットとリカバー作業を終わり、アキトはあきらめた。 なんらかしらの手段でジャンプ妨害を成功させたのだろうと、アキトはあたりをつけた。
すでにユーチャリスは無く、支援も望むべくも無い。死んでもやらねば成らぬ事は、やり遂げた。 ゆっくりと、アキトの手から力が抜け、手甲のIFSタトゥーの光が消える。 常にランダム回避行動を行っていたサレナの動きが慣性運動になる。 すぐさま、4機の機動兵器が襲い掛かる。常道どおり多弾頭ミサイルが発射される。 好機と見たのか今回は2発ずつ計8発、コンマ数秒後48の軌跡になる。
視界を覆いつくす48のミサイル。アキトはすべてを知覚し数瞬後を予測。もう間に合わない。

”さようなら”、”ありがとう”、”ごめん”、色々な人達の顔が現れては消える。
アキトの脳裏に、ナデシコで馬鹿をやってたときの記憶がよみがえる。 まだナデシコに搭乗したばかりのころ、ホウメイさんのもとで料理の修業をしてたとき、 食堂でのユリカやルリちゃんやガイがいて楽しかった記憶が蘇る。
暇があれば(暇でなくても)食堂に来てアキトにまとわりついて、 会えなかった10年の歳月を埋めるように色々な事をアキトの事情お構いなしに話続けるユリカ。
ナノマシンのせいで成人男子の2倍はカロリーを摂取しないと体が持たないのに、 最初はそれを人に知られるのが恥ずかしかったため、あまり食堂を利用せずにいたけど、 そのうち開き直ってたくさん食べてくれるようになったルリちゃん。 俺のつくった料理を一番食べてくれた女の子。
ゲキガンガーの話もたくさんしたが、馬鹿話もいっぱいしたガイ。 ユリカが来たのに気がつかず二人でエッチ談義をしてたとき、 ユリカにもらった張り手は痛かったなー。そのあとホウメイガールズの視線も痛かった。
厳しく優しいホウメイさん。もっと、コックの修行をしたかったです。

コックになりたかったです。


アキトの光を失なった瞳から、一筋の涙が流れた。
“楽しかったな、あの頃にもどりたい”
そう思ったとき、最初の着弾、 振動。続けて第二波、三波・・・。アキトの思考は第二波着弾後のコックピット内を荒れ狂う奔流となった 高温の金属イオンに焼かれながら真っ白なって消えていった。
白く、白く・・・。




小林 大吾
佐世保シティーにて船体溶接を行っている20台前半の男。日本人ばなれした190cmの長身とそれに見合った 100kgを超す重量の体を持つ男。巨体に似合ったその鬼瓦の風貌は、初対面の人間なら避けて通るだろう。
しかし、幼いころから親父に叩き込まれた剣道と柔道のその習得の間に出来上がった、 曲がったことが大嫌いな性格は、会社の会議では意見が食い違えば、上司と言えども猛然と反抗するし、 町内会でも規則を守らぬ連中がいれば、その性根を叩きのめす等で、遺憾なく発揮されていた。 しかし、自分がした悪いことを指摘されると結構落ち込むその性格を知る、近所の人や会社の同僚たちにからは、 “だいちゃん”と呼ばれ親しまれている。
また、“不死身の大吾”として割と佐世保シティーでは有名でもある。

“さすがに、今回はだめだな”
静止した世界で大吾は思った。
なぜだか知らないが、いつからか大吾は、 危機に陥ると世界が静止したように感じられるようになっていた。 いや、常人の1秒が10秒以上の体感に感じられるのだ。 はじめて、その感覚を味わったのは高校の時、通学途中で車にぶつかった瞬間だった。
自転車で大急ぎで学校に行く途中、T字路を一時停止せず曲がってきたセダンの車が突然、大吾の目の前に現れたときだ。
轢かれた、死ぬ!と思った瞬間、時間が止まった。いや、正確には、時間がとてもゆっくりに感じられた。
その瞬間、まず、視界から急激に色が消え、視界全てが灰色のモノトーンになった。音も消えた。 しかし、車の運転手の瞬き一つ、ハンドルを握る手の動きすべてが知覚できた。 なんとなく運転手の考えていることも伝心してくる。 ゆっくりと時間が進む中、大吾は、事故は避けられないが死なずに避ける事はできると思い付く。 自転車を捨て、自動車のボンネットで受身を取れば良いと。

車のバンパーに自転車の前輪がぶつかった瞬間、大吾は飛んだ。 しかし、その動きそのものもとてもゆっくりとしか動かない。ゆっくりと大吾の体は宙を舞う。 自転車が車にはじかれ、ひしゃげ、前方にゆっくり飛んでいく。 運転手が下を向いて目をつぶり、力いっぱいハンドルを握っているのが大吾に見えた。 運転手の心は恐怖でいっぱいというのも、なんとなく大吾にはわかった。 対向車の運転手がこれ以上開かないと言うくらい目を開けてみているのがわかった。 通学路の歩いている男子中学生が下を向いて背を丸めている。怖いのはお前じゃなくて俺のほうだ、 と突っ込みを入れる余裕も大吾にはあった。 ボンネットにうまく背から落ち、ゆっくりとだが確実に右回り受身を取る。もう一度宙に舞う。 もう大丈夫だ怪我は少しするかもしれないが死にはしない、危険は去ったと思った瞬間、 大吾の視界に色彩が一気に戻り、音の洪水が、大吾の頭蓋を振動させる。
大吾の着地の受身は、少し失敗した。右手小指骨折。

その後も、階段から足を滑らせて落ちたときとか、雨の日バイクで転んだときとか、 5人のヤンキーに闇討ちを受けたときとか、 とても危険な状態に陥るとゆっくりとした世界は現れるようになった。 そしていつも大吾は大怪我をしなくてすんでいた。
そして、近隣では“不死身の大吾”としてちょっとした有名人にもなった。

しかし、今回の事故は、だめだなと、いつもどおりのゆっくりとした時間の中で大吾は思っていた。 大吾は歩道に突っ込んできたトラックに跳ね飛ばされる直前だった。 自分一人の事故だったら避けれたかも知れないが、 いま、大吾は小学生の女の子を突き飛ばした形でゆっくり動いている。女の子ははじかれ、 トラックのコースから、外れるだろう。しかし、その結果大吾自身は、トラックの真正面に静止して立つことになる。 逃げ場を色々模索したがどうも良くない、どうしてもトラックに正面からはねられてしまう。そして、その後は、 壁に激突するしかないだろう。どう転んでも死ぬイメージしかわかない。肩にトラックが接触を始める。 ゆっくりとした動きだが確実に俺の体に食い込んでくる。大吾はあきれめた。そして、事故から逃道を探すのを をやめ、周りを見渡す。 女の子のお母さんだろうか、なにか叫んでいるようだ。言葉にならない心の叫びだ。 大丈夫、あなたのお子さんは、怪我はするかもしれないが死にませんよ、安心して。
運転手を見た。サングラスをしてる20代の男だ。どこかで見たような気がする。サングラスの男の感情が伝わる。 恐怖でゆがんでると思ったその感情は、大吾の期待を裏切り、歓喜に染まっていた、大吾が死ねばいいと思っている。 これであの女は俺のものだ!

大吾は、理解した。これは事故ではない!俺を狙った殺人だ!畜生!畜生!畜生! 一瞬死を受け入れたが、大吾は猛烈に感情を爆発させていた。こんなやつに殺されたくない。
しかし、すでにトラックは大吾の肩をつぶし、頭蓋に当たり始めていた。
ちきしょー!仇をおおおおぉぉ!、大吾の思考は真っ白になった。
白く、白く・・・。



白い世界、意識、混濁、アキト?、大吾兄ちゃん?、死ぬ、戻りたい、仇、あき子、ユリカ、・・・



病院の霊安室。大吾の死体がベッドの上に乗っている。
いや、死体だった大吾の体が震える。手のひらに一瞬IFSタトゥーが浮かび消える。
大吾の目が開いた。

”不死身の大吾”蘇生す!
2190年4月13日、地方新聞の片隅に記事が載った。


 

 

 

 

代理人の感想

次が読みたい! 是非読みたい!

以上。

 

や、本当に期待させてくれます。