桜坂

第2話 小さなユリカ




全身を包帯で巻かれているが、「金が無い」、「歩ける」の一点張りで、無理やり大吾は、退院を要求した。 当然反対をする医者たちだったが、大吾の鋭い眼光ではるか頭上から睨まれ、 自分の意思を主張できるようなできた医者はここの病院にはいなかった。 また、はんぶん、大吾を暴力団系かと思っている節も有り、 厄介払いができたとも思っているかもしれなかった。


退院数日前
大吾の意識が戻って最初の1日目、体はほとんど言うことを聞かず、軍に拘束されたかと思った。
あのミサイル直撃でよく生きてたものだと思った。
しかし、全身は包帯で巻かれているが拘束をされている気配は無い。 今更、反抗する気はまったく無いが、たまに様子を見に来る看護士に、嫌がらせも何もなく、 手厚く優しく看護され、軍に拘束された犯罪者は惨めなものと知っているので、 ひどく違和感を感じ得ざるなかった。
その瞬間、大吾の思考は、はじけた。目が大きく開かれる。
“ミサイル攻撃?”、“軍に拘束される?”自分の思考に大吾は驚いた。
自分がなぜ、軍に拘束されるのだと、多少目立ってはいるが自分は、普通の一般市民だ。 しかし、なぜかそれを是としてしまう自分がいる。
ナデシコ、ネルガル、火星、木連、蜥蜴戦争、・・・
大吾の記憶に無い、アキトの記憶が駆け巡る。そして、大吾の意識は、静かに静かに沈んでいった。

大吾が、全身を包帯でまかれた自分の姿を見る機会ができたのは、意識が戻って3日目だった。
全身を鏡で見た瞬間、また、意識が飛びそうになった。
夢と思っていた事象が夢でないと確信できた瞬間であった。


まだアキトの両親が健在であったころ、 火星においてのネルガルの表の警備担当の長であった小林大介氏の息子である大吾は、 アキトと顔見知りであった。大吾は、アキトを自分の弟のようにかわいがっていた。 また、アキトも巨大な体を持った力強い大吾を大吾兄ちゃんと言っては、とても懐ついていた。
(また、大吾のそばにいるとユリカが最初の頃寄ってこなかったことも関係しているが)
ユリカは、最初こそ大吾のその鬼瓦の風貌と巨体が怖くて近寄ってこなかったが、 アキトが大吾にあまりに懐くため最後は一緒になってまとわりついていた。

大吾の父も、アキトの両親が死んだテロのときに一緒に命を無くしている。 小林家には、ネルガルより多額の保険金が入ったが、地球に戻りたいという大吾の母の言により、 小林母子は、ネルガルの出した保険金の大半を使い地球に戻ってきた。そんな母も昨年再婚し、現在は 穏やかな日々を新しい夫と共に北九州市で過ごしている。一緒に住めばいいと言う母の言葉ではあったが、 いい大人となった大吾にとって、新しい父は、好いてはいるが、やはり他人であったので、別居を申し出た。


病院を出て、大吾の部屋であるどこにでもある家賃が安いだけが取柄の古ぼけた5階建て鉄筋コンクリートの市営集合団地に向かう。 大吾の事故の事を知っているのだろう、すれ違う近所の人から、大吾を心配した声をかけられる。 適当に挨拶をしながら、大吾は自分の部屋に向かう。 1階の集合ポストにたまった新聞とちらし広告を持って大吾は、自分の部屋に戻ってきた。
キッチンに向かい、やかんに水を入れコンロの火にかける。キッチンの洗い場においてあった急須を軽く洗い、 その中に戸棚から引き出したお茶葉を入れる。その動作に迷いは無い。
“俺はアキトだよな?この部屋のことなんて何も知らないのに、全て知っている”
“それとも、俺は大吾で、アキトの記憶を持っているのか?” ここ数日何度も繰り返した問答。
沸騰したお湯を急須に注ぎ、急須と湯飲みをもってリビングに向かう。6畳のリビングにテレビと丸いちゃぶ台、 読みかけの雑誌が数冊散らばっている。ちゃぶ台に急須と湯飲みを置き、カーテンを開けリビングに日を当てる。 座布団を引き寄せ胡坐をかいてちゃぶ台の前にすわり、お茶を入れ、取ってきた新聞を見る。
2190年4月13日、2190年4月14日、2190年4月15日、2190年4月16日、…、
現在は間違いなく、2190年だ。お茶を一口飲み、大吾は深いため息をはいた。

“とりあえず、あのトラックの男だ!”

しかし、予想に反し、例の男は業務上過失ではなく、殺人未遂容疑で逮捕、抑留されていた。 元々前科の多いチンピラであった為、警察も軽く調べるつもりであったが、男の部屋から、 大吾の写真とかが数枚でてきて、芋づる式に容疑が確定したようであった。 大吾にもいくつか証言を取りに警察官がやってきた。

心に残るしこりは有るが、法の下裁かれるので有れば、 それ以上の断罪は天に唾吐く行為と身にしみている身としては、 トラックの男の事は、記憶の下層に止めて置く事にした。

夜、大吾は行きつけのスナックに行った。
6人がけのL字のカウンターと小さなBOXが2つほど、ママとあき子の二人だけの小さいスナック。
国道沿いに面した扉を開けると、中からカラオケが漏れてくる。扉を閉め、外界から遮断すると、スナックという 雰囲気になる。空いているカウンタースツールに大吾は座る。カウンターの中に居たあき子がボトルを取り出し、 水割りを作ってくれる。今日は、常連の金子さんと春さんの二人しか客はいない。 事故の事、ストーカーの事、不死身の大吾の事、とか大吾の事故の事で会話が弾む。 あき子が終電前に上がる、大吾も一緒に上がる。
後ろからママが、怪我をしてるんだから激しい運動はだめだよと、声がかかり、 みんなの笑い声が耳に届く。
駅までたわいの無い会話、改札であき子が大吾の太い首にぶら下がるように キスをする。お休み、と手を振って二人は別れる。

朝、会社に行く、いつもと同じ朝礼、今日から大吾が事故から復帰したことが伝えられる。 同僚たちとのくだらない会話とルーチンワークの仕事。定時のベル、帰宅。
月曜から金曜まで働き、週に2回、水曜と土曜の夜に行きつけのスナックに行き軽く酒を飲む。 そして土日の休日。多少の起伏はあっても、穏やかで平和な日々を過ごす。そう、小林大吾が 本来過ごしていた日々を過ごす。唯一加わったのは、朝のランニングと幾つかの柔の型の練習。

なんとか、自前で、現在火星に居るであろう天河アキト(12)と連絡を取ろうと模索していた大吾だったが、 数週間たっても、成果と言えるものは何も無く、どうにも八方塞で手が打てなかった。 大吾は、初めて気がついたが、地球と火星間の民間人レベル連絡がものすごく取り辛い。 もちろん距離的なものもや費用的なものも有るであろうが、明らかに何かの意思が働いている。 情報伝達が明らかに操作されている。 色々な歴史の暗部を覗いてきたアキトの記憶が、うずく。
あまり、取りたくなかった手段だが大吾は、ある人物に手紙を送った。


大吾は、上級軍人であるミスマルに手紙を書いた。 情に厚く火星で知り合いでもあったミスマルであれば、力になってくれると信じて。
手紙を出して、数日後、週末にミスマル家に来るように連絡が来た。
ミスマル家で二人は会い。火星での話をし、昔を懐かしむ。 お互いの近況と、とりとめのない話のキャッチボールで少しづつ相手を知ろうとする二人。 ミスマルは、相変わらずの親馬鹿っぷりであった。大吾は、小さいユリカ(14)を見てみたかったらしいが、 遊びに行っているという事で会えず残念がっていた。
大吾が小さいユリカは可愛いだろうなと思って、顔が綻んだ瞬間、ミスマルの直感が、 何か感じるものがあったのか厳しい目になったのは、ご愛嬌。

時間は掛かるが、アキトの消息は調べて連絡すると、ミスマルは大吾に約束をし、大吾はミスマル家を後にした。
離れるミスマル家から、“お父様、ただいま!”と、 小さなユリカの帰宅を告げる元気な声が風薫る五月の風に乗って大吾の耳に届いた。

天河アキトをミスマル家が引き取る旨の連絡が、 大吾の元に入ったのは、蝉時雨とともにであった。



短いけど、切がいいので。
by 郎太

 

 

代理人の感想

確かにきりがいいです。

感想書くほうとしてはやりづらいですが。w

 

ところで、今回でコウイチロウは大吾が敵であると認識しましたか?(爆)