桜坂

第4話 華慶



日本の州都東京に隣接する日本内3位の人口を擁する都市、横浜。
全国的に港都市として昔から有名であるが中華街も有名である。また、昔から日本最大級の夜の歓楽街を持つ都市でもある。従って暴力団事務所も多い。郊外の閑静な住宅地で隣人が、何気に暴力団幹部と言うことが良くある街でもある。
また、2058年から施行された“外国人等受け入れについての特別指定区法”の適用を受けた都市であり、流入する外国人とのいさかいも多くなり、近年では関東地区では新宿区に並ぶ犯罪が多発する街になっている。

そんな横浜には大吾を引き寄せる理由が三つあった。
一つは、ホウメイさんがこの時期中華街のどこかで働いていると記憶が有り、できればホウメイさんに師事を仰ぎたいと思った事。
二つ目は、ネルガル本社が横浜に在る事。
そして最後に、木連スパイアジトの一つが横浜に在るという記憶が有る事。

大吾は、できれば中華街内で働こうと思っていたので、中華街から歩いて30分圏内で部屋を探したが、佐世保から横浜に来て、まず物価の高さに驚いた。佐世保で暮らしていた同じような賃貸が3倍位の値段もするのである。こんな値段を出せば佐世保なら中心街から少し離れれば、一戸建ての家が借りれると大吾は思った。いくら大金を手に入れたとは言え元々派手な生活をしてなかった大吾には、たかが家賃にこんなに払うのかと少々ためらいがあったが、いくつか見て回った不動産屋でどこもほぼ同じ感じとわかり、高い家賃はしょうがないとあきらめた。

2週間ほど大吾は中華街をぶらつき回り、ついにホウメイさんを見つけた。厨房の中まで見るわけにはいかず、自分で探すのも疲れ始めた頃だったが、ぶらりと寄った中華素材屋“永楽”で偶然ホウメイさんを見つけた。
大吾とほぼ同じ身長のホウメイさん、女性ではまずお目にかかれない長身長のため一目でわかった。

やはり記憶にある顔より若い、そして、細い。確か今年は25、6歳だったと思う。店の買出しだろうか、洗いざらしのジーパンにTシャツその上からエプロンを着ている。何か香辛料をたくさん買っている。とりあえず、大吾は、店の外に出て店の前の細い通りの反対側で、携帯電話で話している振りをしながら店の中で買い物をしているホウメイさんを覗き見をする。ほどなく、中華素材や香辛料等でいっぱいに膨れ上がった茶色の麻袋を両手で抱えるようにしてホウメイさんは店から出てきた。

ホウメイさんの今いる場所がわかった。中華飯店“華慶”、その店は、中華街のメインストリート中華大通りに平行して隣をはしる広東通りにあった。ワンフロアは細く奥に長い造りでそれほど広くない。ワンフロア大体20坪位だろうか、いわゆる土地の隙間に建てた感じのビルである。しかし、抜き打ちのコンクリートむき出しの5階建てのビル全てが華慶と言う割と大きな店だ。一度、大吾も食いに入った店でもあり、活気もあるいい店だったと記憶していた。


翌日、大吾は華慶に行き、だめもとで、雇ってくれと頼んでみたところ、下働きでいいならとすんなりと初老を迎えた店長からOKがでた。大吾は後で知ったことだが、中華街は雇用の出入りが多く、ちょうど華慶も二人ほど下働きの人間が抜けたばかりであったそうだ。店長の劉恩華(リュウ・エンファ)さんは、ホウメイさんの大伯父にあたる人で、また、若い頃武術をたしなみ180cmの身長で60歳を過ぎても100kgある、がっしりとしたでかい店長だ。
そんなエンファさんは、最近の背は高いがガリガリの若い男が嫌いで、がっしりとした大吾の体格を見て一目で気に入ったそうだ。

華慶の厨房の人間は大吾を入れて7人。店の中では序列がしっかりある。料理長たるエンファさん。副料理長にホウメイさんとユイロンさん、助手の竹之内さんとチョンインさん、下働きのヤンプーさんと俺だ。下働きは、客に出す料理には直接係われない。下働きは、買出し、掃除、食材の洗い、皮むき、皿洗い等だ。買出しはやった記憶は無かったが、それ以外の下働きはやった記憶があり、とても重宝した。

大吾の下働きは手際が良かった。その手際のよさは、先輩従業員が新しい事を教える必要がなかった。いや、先輩従業員よりひたむきさが感じられる大吾の下働きは先輩従業員達の上を行っているものであろう。そういうひたむきさは、少しずつ店内の人間に感染していく。もともと手を抜いてる感じの店では無かったが、さらに隙が無くなっていく。
もともと、中華街の店は口コミで人気が出やすい。常連は目や舌が肥えている。
つまり、華慶は、繁盛していく。


「大吾は、ほんとに料理が好きなんだな」
ある日店じまい後厨房を片付けているとき、大吾は、ホウメイさんに声をかけられた。大吾は、包丁、おたま、鍋等調理器具を一つ一つきれいにし、所定の場所に収めていた。
普通、下働きっていうのは嫌がるが大吾は、嫌がらないのかと、ホウメイさんに聞かれる。

大吾は、右手で顔を掻きながら、照れたような困ったような顔をした。

今も、お前とてもいい顔で片づけをしてたのに気が付いてるかと続けてホウメイさんに言われる。

「楽しいです」
低い大吾の声が、照れたような大吾の顔から出てくる。
昔、料理ができなくなった時期があって、また料理に携われるようになってうれしいから楽しいですと、大吾は答える。大吾は、今度は、デッキブラシを取り出し厨房の床を洗い始める。
それに、こういう厨房の下働きって、なんて言うか生きてるって言うか生活しているって実感がすごいあるじゃないですか。そう言うの俺、好きなんです。ゴシゴシと床を洗いながら大吾は答える。

ホウメイさんは、大吾を見つめていた。大吾のその言を聞いて少し考えていたがほどなくして微笑みながら言った。
「私な、知ってるかもしれないが、この前紛争地域に行ってたんだ」
知ってる人間が目の前で死んだ。そいつの好きな料理もつくってやれなかった。料理人辞めようと思ったこともあるんだ。気が抜けてる所に無理やりエンファ伯父さんに連れられて、ここで働いていたんだ。大吾を見てたら、なんか元気がでた。
「ありがとうよ」と言って、ホウメイさんは出て行った。


「エンファさん、立ち聞きは悪趣味ですよ」
大吾は、デッキブラシをかけながらつぶやいた。
ホウメイさんが出て行った逆の方からエンファさんが出てくる。
「ほう、よく俺がいるとわかったな」
大吾は何もいわず、掃除を続けている。
「とりあえず、ホウメイの伯父として礼を言っておく」
大吾は、俺は何もしてないと答える。
まあ、そうだが、そういうものだと思っておけとエンファさんが答える。あいつ(ホウメイ)は、もう少しすれば一流の料理人になれるが今ひとつ悩んでいたんだが、一つ壁を越えたようだ。後、数年修行すれば一流になるだろう。お前もスジがいい。今の気持ちを忘れず修行を怠るなよ。
そう言ってエンファさんは出て行った。

大吾のデッキブラシを動かしていた手が止まる。
“料理の修行か。今はとても楽しい。こんな時間が、何年続くかな。2192、2193、2194、・・・、でも、できればできれば一生続けたい”

新しい年を迎える頃、大吾は助手に昇格した。




by GWに中華街に取材に行こうと思ったが行けなかった郎太

 

 

 

代理人の感想

んー、なんか新鮮(笑)。

これが後何年かすると、あのくそ落ち着きに落ち着いたホウメイさんになるかと思うと余計に(爆)。