Dパート

なあ…………何がいけなかったのだろうな?

俺は信じていたんだ…………『正義』と言うものを………。

それは厳然として存在し、そしてそれは俺達……いや我々木連其のものがそれを具体化した物だと思っていた。

だが現実は…………俺達は正義の使者ではなく……彼等にとっては『虐殺者』でしかなかった。

お前は、気づいてくれているのだろうか?

その事実に………。

それともまだ…………。

 

 

ピースランドの城下町……赤い髪を持った女性が雑踏の中を歩いていた。

かなり体形が良く、一見モデルか何かだと思えるほどの美貌。

彼女を通りすぎる男の10人に一人は、彼女の方を振りかえるであろう。

最も、大抵の人間は彼女の近くにいるだけで震えがくるのを禁じえないだろう。

目はいくばかりか鋭く、そして歩き方にも隙と言うものが見当たらない。

「………」

その女は、歩みを止めるとちらりと横目で周囲を見渡す。

どうやら彼女は誰かに見張られているらしい。

「七・八人といったところか………」

そう呟くと、少し背を丸めてまた歩き始めた。

別段何処に行こうという訳ではなく、ただ歩いていた。

ただ静かにいると血のたぎりを押えられそうに無かったからだ。

そう……『漆黒の戦神』テンカワ アキトと対面できるという喜びが、

彼女を興奮の極みまで引き上げさせている。

だがその喜びは、ある声によって、中断される事となった。

(フフフフフフ………違うよ。アー君と対面するのは、枝織だもん。北ちゃんじゃないよ)

ブワッ!!

無邪気な声が彼女の心の中から響いてくる。

それと同時に彼女からは殺気が迸った。

(ウウウウウウ……何でそんなに怒るの?本当のこと言っただけなのに(涙))

次に聞こえたのは泣き声だった。

(黙れ………殺すぞ)

冷たく吐き捨てる侮蔑を含んだ拒絶の言葉。

(!!)

その言葉がよほどこたえたのだろう。

彼女の頭に響く声が聞こえなくなった。

(いつもいつも……余計な時にしゃしゃり出てきやがる………北辰に尻尾を振る犬が!!

何時もは反論してくる声も、今度ばかりは沈黙していた。

「フンッ!!」

鼻で笑う北斗。

彼女にとって、忌々しい存在の一つでしかない者――それが彼女のもう一つの人格『枝織』であった。

だがこれで、暫くは大人しくしている筈だ。

しかし1度火がついた苛々は、完全に消えることなく燻りつづけていた。

その状態では、逆にここにいたのでは、人を殺してしまいそうだ。

(路地裏にでも行くか)

だがここで彼女は、良いストレス解消の材料に出会う事に成る。

「ねえそこの綺麗な彼女ゥ。俺達と一緒に遊ばない?」

下簸た笑いを浮かべながら、未青年らしき集団の一人が声を掛けてきた。

ざっと九・十人だろうか?

幸い女の子はいなかった。

「そんな怖い顔しないでさァ。どおこれから一緒にパーティーしない?」

どうやらその青年たちは、北斗の事を『気の強い感じの女』ぐらいにしか見ていないようだ。

恐らく断った所で、次は力ずくだろう事は予想が付いていた。

だが逆に彼女にとって彼等は、一石二鳥の鴨だった。

「良いだろう。遊んでやる。だがどうせなら、街の外で楽しまないか?全員一辺に相手をしてやる」

「ヒュ〜〜〜♪話が速いねえ………俺達は別に構わないが……」

「俺が良いといっているんだ。まあ優しくしてやるから安心しろ」

キュッっと目を細め、唇に笑みを浮かべて言う北斗。

その笑みは、見る者が見れば、舌なめずりしている肉食獣のそれににている事に気が付いたであろう。

そしてその笑みの答えを彼等は予想をしていなかった。

おもいおもいに喜びの感情を示している。

だがそれが、この世の別れになろうとは北斗以外気づいているものは誰もいなかった。

 

 

「どうする?」

「俺達の命令は『北斗の監視』のみだ。あの女が自分勝手に何処かに行かなければ、止める必要はない………最も、止められればの話だがな」

「あいつ等は確実に死ぬぞ?」

「気の毒だが……自分の不運を呪ってもらおう」

 

『蒼馬!!『剣鬼』と呼ばれる貴様の実力、今一度確かめてくれる!!』

『サブロウタ………これで十回目だぞ?』

『ウッ!!今まではほんの小手調べだ。次こそは貴様に俺の実力を見せてやる!!』

『秋山先輩達が呆れているぞ』

『ソウマ……後がつかえているから遠慮せずに眠らせて遣れ』

『と、月臣先輩が言っている。暫く寝ていろ………『孤影斬』!!

バキィ!!

ド〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!(サブロウタ、地面に背中から激突)

『ウググッ………まだ………だ』

バタッ!!

『柔術では遅れをとっても、剣では負けぬさ………ッ!!』

『?如何した?ソウマ』

『い……いえ……(どこからか………殺気が……気のせいだよな(汗))では、白鳥先輩お願いします!!』

『あ………ああ』

『『遅れをとるなよ。九十九!!(笑)』』

『………(怒)』

思えば、あの頃が一番輝いていたのだろう。

木連の軍人として、己の正義を木星の正義を疑うことなく、ただ一心に成って剣の修行に明け暮れていたあの時が…………。

サブロウタ……我が友よ。

お前は今でも、木連の正義を信じているのか?

お前は今でも、父を、我が父を尊敬しているのか?

俺達の正義は…………あまりにも身勝手過ぎる……そう………身勝手過ぎた。

『サブロウタ!!コオノギ!優人部隊に志願するそうだな』

『ああ!!我等木連の正義を地球の奴等に示さんが為にな!!』

『ソウマ……貴様は如何なのだ』

『俺は『烈士部隊』に志願した』

『何だと!!あの部隊は………』

はっとした顔で、俺のほうを見るサブロウタ。

『我等『優人』の先駆け『烈士』部隊には名誉は無いぞ』

コオノギが、俺に諭す様に説明をする。

『烈士』部隊……『優人』部隊の先駆け的存在

だが活動内容は、テロ的な部分が多いため、公表される事は無かった。

彼等の活躍により、優人部隊が結成された後、『烈士』の隊員の殆どが遺伝子改造を受けなおし、

『優人』部隊に編入される事となった。

『知っている。だからこそ志願した。我々はこれより遺伝子改良を施し、4ヶ月後地球に旅立つ。

 上手く行けば、我等の同志となったクリムゾンの本社に付ける筈だ。

 我等は地球の連中を混乱の淵に叩き落している間に必ず来い!!連中の青い顔を見せてやる』

『こいつ………』

『貴様こそ、地球の連中に遅れを取るなよ』

そんな事を言いながら、笑い会っていたあの日が夢の様だ。

そうだ。

俺にはこれがとても誇らしい仕事に思っていたあの日が。

優人部隊の実験部隊にして、地球への斥候部隊であったこの部隊を…………

あの時の俺は何も考えずに、そう思っていた。

『しかし貴様は………』

『親父にはもう話はつけた。』

親父は仕方がなさそうな顔で了承してくれた。

だがその後言ってくれた言葉は、忘れられない。

『木連の軍人として、立派に勤めを果して来い。お前は母さんと私の自慢の息子だ』

どんな思いであんたはそう言ってくれたのだろうか?

言われた時俺は涙を流して、頷いていた。

しかし今は………。

 

「地球の緑の美しさは………木星のそれとは、比べ物に成らんな」

俺は今……地球にいる。

木連の戦士としてではなく、ネルガルの犬として………。

だが……ただの飼い犬になるつもりは毛頭ない。

俺は自分の意思に従い行動する。

まずは、ヨーロッパに潜む屑を消しておくか。

そうすれば、グラシス中将も少しは自分の身を固められるだろうからな。

それが終わったら、如何するか?

奴の頼みを聞いて、オーストラリアに行くか?

それとも……我が父、草壁を殺しにいくか。

「どちらにしろ………ナデシコが来るまで時間がなさそうだ………」

己の暗澹たる思いにと息をついたその時、複数の断末魔のような叫び声が、俺の耳を貫いた。

 

『これが………正義だというのか?』

呆然としたまま、焼け野原になった村を見渡す。

彼の背には小さな女の子が、背負われていた。

息も絶え絶えで、額から血を流しているその姿は、あまりにも痛々しい。

(我々の……正義は………こう言う事だというのか!!)

あるジャンプ中の事故により、一人だけ別の場所に飛ばされ、気が付いたら、この村の近くに倒れていた。

朦朧とした意識の中、ようやく村を見つけそこで意識を失った。

そしてある一家に拾われ、そこでけがを癒しながら、その村で生活をしていた。

その村の人たちは優しかった。

その村の中で村人として生活していくうちに、自分の考えがいかに、短慮な物であったかを知るようになった。

(100年前からの怨嗟が、俺達に歪んだ正義思想を植え付けた。

 今度はそれを彼等にも俺達はばら撒くつもりなのか?)

憎しみは憎しみを呼び、血で血を洗う戦争。

そんな泥沼のような闘いをしようとしている事に、彼はたとえようもない恐怖と絶望を受けた。

そんな考え事をしていると、四人兄弟姉妹のうち一番下の女のこが彼の方に笑顔を向けていた。

ソウマも自分の感情を表に出さないように微笑み返した。

(信じよう………木連を………戦う術のない者達を攻撃することは無いと。)

いつかの日か……わだかまりを消して木連人と地球人が互いに笑い会える日が来る事だろう。

(この微笑を………消してはならない)

そのためには、戦争を回避する事が不可欠だ……まずクリムゾンの本社に行く事にした。

そして彼は、早急に父を説得し和平を進める為に木星へ戻る事を決意した。

だが、それはその日の夜、潰え去る事になる。

そう………彼の予想をはるかに越えるほどに、木連の進行は早かった。

彼が去ろうとしたその夜に村の一つ山の向こうにチューリップが落ちて来た。

それが、この村の破局の始まりだった。

 

 

鬱蒼と繁った森の中。

そこの広場の様になっている所に複数人、人がいた。

女が一人で後は全員男のようだ。

ニタリと笑いながら、頬に付いた返り血を手で拭っている赤い髪の美女。

その周りにいるのは、彼女より少しばかり年上と思われる青年達が倒れていた。

「まだ俺は満足していないぞ。もう少し遊んでくれ」

うめき声を上げ地面に臥せっている男の一人に近づくと、頭を足の甲に乗せて軽く上に持ち上げた瞬間

「グゥ!!」

突如その男が跳ね起きた。

そしてその男の胸倉を掴むと息が掛かるくらい顔を近づける。

その男は蜂にでも刺されたかの様に腫れ上がっていた。

「誘ってくれたのはお前達だろう?寝てばかりいないで、俺の相手をしてくれ………なあ?」

「も………う………ゆ………るじ…………て」

良く見ると身体全体が二倍に膨れ上がっていた。

所々血が滲んでいる。

「……フンッ!!」

突如興味を無くした子供の様に、投げ捨てる北斗。

そして鋭く、周りの木よりも3周り大きいイチョウの木のほうを見る。

そしてその視線に反応したかの様に、其の木の方から流れてくる男の声。

「鬼女の伽の相手には、そいつ等は役者不足だった様だ」

若く朗々とした声で語り掛けてくる男は彼女の前に姿を表す。

「次はお前が遊んでくれるのか?」

皮肉るようなその声の中には、微かな喜びが含まれていた。

近づいてくるその男が、かなりの腕前を持っていると感じたからだ。

「そうだな………暫く相手になってやろう」

顔の半分を仮面で隠したその男は、4・5歩の距離で止まり、左足を前にして少し上半身を前に倒し、腰を落とした。

対する北斗は、棒立ちのままだ。

そのままにらみ合う二人。

だが二人から迸る物は、紛れも無い殺意。

かなり長い間二人は睨みつづける。

何分経ったのだろうか?

突如無造作に前に動き始める北斗。

だがそれは北斗にとっての事。

常人では見切れる速さではない。

だがそれに反応した男も只者ではなかった。

ガシッ!!

ドンッ!!

「フッ!!」

北斗の拳を二回ともさばくと、そのまま強引に懐に入ろうとする。

「フンッ!!」

だがそれより速く、体当たりをカウンター気味にいれてくる北斗。

ドスッ!!

「クッ!!」

それにいち早く反応した男は、それに逆らわず、後ろに飛ばされる。

空中で一回転した後、後ろにある木に足で着地する。

身体全体で威力を殺した後、それを蹴る様にして、地面に着地した。

「北斗?」

姿を見失う仮面の男。

突如横から風のような物を感じる。

「!!チィィィィィ!!」

斜めに振り下ろすような蹴りが左肩に直撃する前に、前に飛びこむ。

ブンッ!!

全てをなぎ払うかのような風圧が後ろから聞こえて来た。

すぐさま、距離をとってそちらの方を向く、男。

そこには、赤い髪の美女がさっきとは質の違う笑みを浮かべていた。

「クックックックックックック………中々遣るではないか。面白いぞ貴様」

嘲るような笑みではなく、獲物を狙う肉食獣の笑みだ。

「あの男に出会ってから、面白い事続きだ。全くこの地球にいる奴等は、俺を飽きさせないでくれる」

「テンカワ………アキトだな」

肩で息をしながら、それでもハッキリとした声で、確認するかの様に問う男。

その時になってその美女の顔が始めて動く。

「ほおっ………面白すぎるぞ貴様。何故そうだと思う?」

その後益々笑みを深くする北斗。

その答えを聞くとその男は深く息をつくと、少し顔を左右に振って、

「ここらが限界か」

と呟いた。

「?」

それを聞き、訝しげな表情をする北斗。

「『羅刹』と相対するには、素手では無理か」

その言葉に、ゆっくり笑みを消す北斗。

「本気で俺を殺せるつもりだったか?」

だが目には好奇心のような物が輝いている。

「遊べる程度にはなっていると思ったが……遊びにも成らぬらしい」

「そうでもないぞ……テンカワ アキトを除けば、お前は遊び相手にはもってこいだな」

「だから俺も少々本気になろう」

「フッ!!面白い………見せてみろ」

その言葉を合図に、突進する北斗。

だが突如、彼女は後ろに飛びすざり、間合いを取る。

その男の手には何時の間にか、得物が握られていた。

「これは『野太刀』と呼ばれる部類の物だ。おもに戦国時代に鎧をぶった切る為に作られた代物でな。

 銘は無いが、良い物だ。もっとも切れ味はあまり良くないがな」

確かにその刀は、江戸時代に造られた刀より、かなり大きい。

だがそれを彼は、片手で振っていた。

「卑怯だと思ってくれるな。俺はお前の実力を、正当に評価しているつもりだ」

「思わんさ……如何やらお前はそちらの方が本職の様だし、こちらも手加減無しで出来ると言うもの………

 奴と戦って以来と言うものだ……この感じ」

「……では、参る」

『羅刹』と呼ばれる者と『剣鬼』とよばれた者が……同じ木星に連なる者達の闘いが、始まりを告げた。

 

「怒る事の程でもなかろう………ただアキトの人生に、薔薇色の鎖が掛かるだけだ」

(複数本な)

『本気で止めてください。私はナデシコを、悪鬼の巣窟には変えたくありません』

深呼吸をしながら、自分の想像に表情を暗くするプロス。

「嫉妬の嵐が吹き荒れる……か。

 じゃあ今度は、『ナデシコにおける戦神の地位』と言う題で、書いて見ようかな?」

『冗談でも止めとけや……』

無理に笑おうとしているが、もはや感情が、理性では押え切れない状態となっていた。

『全く……ルリさんがこの頃マスコミなどの監視強化プログラムを改良したばかりだというのに何故……………』

「俺の相棒は………彼女より優秀みたいでね」

[恐れ入ります]

言葉が表示される。

『ぷ………プロト………タイプのオモイカネですか?(汗)』

そう言えば、これだけは彼にとっては未だわからない点が多い。

「そう……そのプログラムに対するダミ―プログラムを作ってくれたんでね。

 俺達が送る又は集める情報はスル―パスさ」

『しかしネルガルが圧力をかけていると言うのに…………』

「持つべきものは出版社の友と、無能なお偉いさん」

『脅したんですか?』

この男なら、えげつない事でも平気で遣りそうだ。

「俺をなんだと思っているんだ?俺はそんな下劣な真似はせん」

『ほう……』

何故か力説する彼の言葉を全く信用していないプロス。

「ただ単に、『この本を出版しなかったら、お前さんが今まで遣って来たありとあらゆる違法行為が、

 ネットの中に叛乱しますぜ?それが嫌だったら、このぐらいのギャラでさっさとこの本を製本化しやがりなさい』

 と言っただけで、脅迫してもいないし、友達にしたって『肩叩きってこの頃の景気だと辛いねえ』

 って世間話をしただけで、別に揺すっているわけじゃない」

言われた人間は、さぞ恐かった事だろう。

『世間一般では、貴方のやっている事は、立派に犯罪で、脅迫になるんですよ』

頭を抱えながら、プロスはタカトに説明をする。

本当に頭痛がして来たみたいだった。

「そ………そんな………」

なんで衝撃を受けたのかはわからなかったが、プロスの言葉に、呻きの声を上げるタカト。

しかし無表情でそう言うアクションをされたので、プロスのほうが怖かった。

「『勝てば官軍』と言うのがこの世の常だろう。しかも、ばれる前にそれが罪になるなんて………」

………ばれてもばれなくても犯罪は犯罪だ!!

「趣味に走るぐらい良いじゃないか…………」

『別の趣味に走ってください……他人に迷惑をかけなければ、何しようと貴方の勝手です』

「前向きに検討し様」

そう答えを聞いて、何か思い出したのか不思議そうな顔をして、タカトに聞いてきた。

『そう言えば何故教官を、引きうけてくれたのです?』

自ら進んで表に出ることは、この男にしては珍しい事だった。

「そうだな………強いて言えば……この基地の司令官が気に入った……と言った所かね」

その声にはなんの感慨も、浮かんではいなかったが、その口調からタカトがその老人を認めている事が伺えた。

その表情を珍しいものでも見たかの様な表情で見ていたプロスは、何時ものにこやかな顔に戻して、タカトに話した。

『そうですか…………。それを聞いて安心しました……ではお願いいたしますね』

そう言って切ろうとした通信を、今度はタカトのほうが止めに入る。

「ああ……そういや一つ言い忘れていたことがある」

『なんです?』

「アキトがピースランドに行っている間にゴミ掃除しておけ」

そう言うと彼はプロスの元へ、何かを送った。

それを見たプロスは、驚愕の顔をあらわにする。

『なんと!?こ……これは……』

彼が送ってきたもの………それはナデシコ内に潜む、クリムゾンのダブルスパイの資料だった。

「アキトがいないと知れば、気を抜くかもしれん。ゴートと連携して消しておけ」

『これを今送った理由は?』

「もっと速く送っても良かったのだが………」

そこで一端言葉を切って、顔を俯かせる。

やがて、身体を小刻みに振わせ始めると、押しつぶしたような笑い声が聞こえ始めた。

「あまりにも必死になっているクリムゾンの諜報員が哀れになってな。ついつい見逃しまった」

そういうと、押え切れなくなったのか、爆笑し始める。

『最初から気が付いていたと………』

その笑いとは対照的に、プロスの顔に危険な色が浮かび上がる。

とても静かでそれでいて、鋭い刃のような雰囲気………そして血の匂いを感じさせた。

「まあな。最も奴等が行動を開始し始めたのは、熊の親善大使を救おうとした時に見せた戦闘からだ」

だがそれを見ても、タカトの表情は変わらない。

まだ笑いつづけていた。

『何故それを……言わなかった』

静かな声が響き渡る。

「奴等の行動がたかが知れていたからだという事が一つ。後一つは、確認を取りたかったためだ」

笑みを含ませながら話すタカト。

『確認?』

「ああ」

そう言った時には既に何の感情も浮かんでいない表情になっていた。

「買収された人間とそれを監視する人間が入りこんでいる事が解ったのは、じつは、北辰乱入の時だ」

『まさか』

「奴等を手引きした人間がいるに決まっているだろうが…………

 そうしなければオモイカネの監視網をだし抜けるものか」

『しかし………俺やゴート、ナオさんやテンカワさんを、気づかせないとは………』

「おまえ………胡瓜がどんな顔しているかわかるか?」

突然訳の分からない事を言い始める、タカトに困惑の表情を見せるプロス。

『?』

「胡瓜でもなんでもいいが、お前は野菜や魚がどんな風に顔を変えるかわかるか?」

『わかるわけないだろう』

(いきなり何を言い出すのかと思ったら………)

「主要メンバー達が、あまりにもあくが強い性格のために、お前ほどの人間でも、鈍る事があるんだな……」

『!!』

唐突に、理解したプロスは、顔を歪める。

それは自噴の表情だった。

「解ったか」

『ああ』

気が回らなかった。

それではすまされない事態だ。

(他のサブメンバーの表情や仕草にまで、気が回らなかった)

「では、頼むぞ」

そう言うと今度は一方的に、彼は連絡を絶った。

「………後悔できると言う事は……幸せな事だぞ……プロスよ」

そう呟くと……彼は其の場から唐突に姿を消した。

 

刃を地面すれすれにまで下に下げ左足を前にして構える仮面の男。

相変わらず棒立ちだが、鋭い目つきで、その男を睨む赤毛の女。

顔も真剣なものへと変化している。

いや、そこにはどこか困惑のようなものが見て取れた。

(この男の構え……見た事がある)

その男が刀を持ってから、既に一刻が過ぎていた。

7メートル離れていた距離はすでに5メートルまで縮まっている。

少しずつ二人が動いているからであろう。

二人は待っている………きっかけを………。

それを二人とも見出せずにいた。

男は女の隙の無さに……女は困惑故に………。

そして二人の間に落ちた葉が……彼等を動かした。

さっきまでとは別人の速度で、女に近づいた男。

女の前に先に来たのは、刃ではなくその男の身体。

その困惑故に遅れたとはいえ、その女の尋常の腕ではなく、

女から見て左側にある男の背中にフック気味に拳を突き出し自分のその方向へと移動しようとする。

だが不意に、その男は後ろに下がる。

いや下がる様にして、剣を振り上げる。

身体の振りを利用して振り上げられた刃は寸分違わず、女の方へと伸びた。

それを紙一重にかわす女。

シャン!!

空を切る刃。

だがその女が攻撃に転じようとした瞬間。

男が視界より消えた。

「!!」

(下!?)

その瞬間、その女は危険を感知した。

自分の思いに従って上に跳ぶ。

ブン!!

刃よりも早い地を這う回し蹴りが、彼女がいた場所を通過する。

「フン!!やるじゃないか」

そのまま彼の後ろの方にある木の幹を蹴って攻撃に転じようとした瞬間、またもや下からの圧迫感を感じた。

「古式連殺技『円脚飛翔刃』!!」

(対空技だと!?)

刃が襲いかかる中……彼女が浮かべた顔は………満面の笑みだった。

交差する二人。

そして着地。

片膝を付く二人。

そしてゆっくり立ちあがったのは………女のほうだった。

「面白い………技を使う」

笑みを浮かべる……女……北斗。

「立て…………俺に奇襲は無駄だ」

その言葉に従ったのだろうか?

その男も何事も無かったかの様に立ちあがる。

「無茶をする………だが如何言うつもりだ?情けをかけるとは……それほど俺は殺す価値のない男かね?

 それとも……あの瞬間俺を殺すことが出来なかったと?お前ほどのものが………」

彼女はあの瞬間、横から手で彼の刃の軌道を変えた後、足を首にかけ、もう片方の足で、彼の首を砕こうとした。

だが男も足が引っ掛った瞬間、手でその女の足を押すようにして、逃げた。

だが蹴りは男の首を掠り、女の手は未だ痺れている。

「あの瞬間は本気だった……逃げられるとは思わなかったよ………」

そう言って笑みを深くする。

「そしてお前の正体も……解りかけて来た」

「………俺にも……な。解って来たよ………」

「何がだ?」

そして次の瞬間……

「お前の中の狂気が……無くなった意味がだ」

その男が浮かべた笑みは……北辰と……昔の自分を連想させた。

「何を……」

「北斗……お前に選ばせてやる」

「………」

訝しげな顔をしながらも、彼女は警戒を解かない。

「『昔』か『今』かをだ」

「何を……」

だがその答えは、後ろの声が導いた。

「イタ〜〜〜〜〜イ!!」

ドン!!

何か重いものが落ちた音と共に、声が聞こえて来た。

「もう……何なの!!北ちゃんは勝手に無断で消えちゃうし、扉の向こうは落差が出来ちゃ……あ」

彼女にとっては聞き覚えのある声だった。

「零夜!!」

「北ちゃん!!」

女―北斗の顔に驚愕の表情が浮かぶ。

「えっ?えっ?エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!(汗)

 何で何で北ちゃんがここに……

 って、ここ何処なのホクチャン!!(涙)

皆何処行ったの!!

頭がパニック状態の零夜。

そしてそこに、嘲るような声が、聞こえて来た。

「さあ……始めるとしようか?『羅刹』よ」

瞬時に意味を理解する北斗。

貴様!!蒼馬…………外道に堕ちたか!!

怒気を纏って叫ぶ北斗。

「言っておくが、動けばその女が死ぬ……動かなければお前が死ぬ……」

答えずに笑みを拭くませたまま、語る男―蒼馬。

何!?

「古式には『飛び燕』と言う遠当ての技がある。これが如何言う意味か………解っているな?」

北斗の顔が怒りに歪む。

「さあ………選べ『昔』か『今』かを」

(……北斗、如何出る?)

自ら『外道』を演じし男は、『羅刹』を見つづけたまま、答えを待った。

 

 

 

続く