紅の戦神

 

 

第九話

 

 

 

 

 ピッ!!

 

 

 

 『『『さ〜ん!!』』』

 

 

 『『『に〜っ!!』』』

 

 

 『『『い〜ち!!』』』

 

 

 

 『『『どっか〜〜ん!! わぁ〜〜い!!

 

  なぜなにナデシコ!!!』』』

 

 

 

 

 ネルガルの研究所に向けて運行中のナデシコに、突如として明るい音楽が流れた。

 同時に各所のメインモニターに強制的(オモイカネもノリノリ)に映像が表示される。

 

『はいは〜い! ナデシコの良い子のみなさんこんにちは!!

 ヒカルお姉さんで〜〜〜す♪』

 

『こんにちは〜! ボクは枝織ウサギだよ♪』

 

 舞台の上に現れたのはオレンジ色のオーバーオールに身を包み、緑のベレー帽を被ったヒカルちゃん。

 それから首のところの大きな赤いリボンが特徴的なウサギの着ぐるみを着込んだ枝織ちゃんだ。

 ユリカが前に着ていたアレ。

 俺としてはバ〇ーガールをやって欲しかったのだが、まあこれは良い子のためのテレビだからな。

 それにウリバタケさんの協力がなぜか得られなくなってしまった今では手に入れるのは困難だ。

 地球に戻ったらみんなに内緒でその手の店を回らなくちゃいけなくなってしまった。

 

 ルリちゃんのボイコットにより一時は中止も考えられていたが、

 枝織ちゃんの無邪気さが監督の目に止まり、番組の路線を変更してまで急遽代役が立てられたのである。

 

 因みに俺はカメラマン。

 後ろには専用の椅子に腰掛けたイネス監督とADのプロスさんまでいる。

 なんでこんなことをする羽目になったのかは全くの謎だが。

 

 ・・・・・・成り行きと言うのは怖いな。ほんとに。

 

 

『さて! みんなはナデシコがどうやって動いているか知ってるかな?』

 

『え〜〜〜、ボク知らないや〜♪

 ねえねえお姉さん、どうやって動いてるの?』

 

 以前のようなルリちゃんの棒読み口調ではなく、二人ともかなり上手い。

 とはいえ枝織ちゃんは間違いなく“地”なんだろうけどな。

 

「ふふふ、どうやら私の目に狂いは無かったようね。

 影護枝織・・・すばらしい素材だわ」

 

「もちろんですともミス・フレサンジュ。

 枝織さんのアイドル性を生かした今回の番組・・・

 低下しがちな士気を高揚させるのにはまたとない方法ですな。

 経済的側面との釣り合いを考えても損はありません、はい」

 

 怪しく笑うイネスさんに、ぴぴぴ、と手元の電子算盤を打ちながらしきりに頷くプロスさん。

 

 さっきの戦闘からは何とか抜け出せたもののナデシコが受けた被害はシャレになるような物ではなかった。

 加えて救いに来たはずの火星の民を助けるどころか、自分達の安全さえどうなるかわからない現状。

 艦内の士気は急降下である。

 普段は底抜けに明るいユリカや、鋼の心臓を持つガイでさえさすがに消沈していた。

 

 そんな状態を打破すべく、イネスさんの出した案にプロスさんが飛びついたのだが・・・

 

「・・・どう考えてもミスキャストだと思いますけどね」

 

「あらアキト君。そんなことはないわよ。

 大衆は常にアイドルを求めているものなのだから。

 戦争屋さんだって同じ。

 むさくるしい軍人がモニターを埋めるよりも、

 可憐な美少女がそのはちきれんばかりの若さを振りまく方が何倍も効果がある。

 そう言った事を考えれば彼女達はまさにベストだわ」

 

「番組によるでしょう?

 あの二人にナデシコの動力源の説明をさせるなんて・・・」

 

 無謀としか言い様が無い。

 つーか俺も良くはしらん。

 番組自体は本気でイネスさんらしいと思うが、ルリちゃん以外でまともに理解できる奴なんかいやしないだろう。

 プロスさんもまずはじめに無謀だと言うことに気付いて欲しいよな。

 

 

『いい質問だね、ウサギ君。

 それではお姉さんが説明してあげましょう!

 え〜〜っと・・・』

 

 『説明』という言葉に後ろの方でピクリと気配が動いたが、さすがに乱入する気はないようだ。

 俺は気にせずカメラを回し、あからさまに落ち着きの無くなったヒカルちゃんをアップで映す。

 別に嫌がらせじゃない。

 『説明シーン』は大々的に放送しろとのお達しだからしょうがないんだ。

 ごめんねヒカルちゃん。

 

『ナデシコの周りの真空から高かったり低かったりするエネルギーを取り出して・・・

 あ! そうそうインフレーション理論がどうのこうの!』

 

『いんふれーしょん理論?』

 

『う〜んとだからね、ナデシコの機関部ではたくさんの中華な小人さんが働いてるんじゃないかな?

 グラビティブラストやディストーションフィールドを使う度に小人さんが大地のエネルギーをガシャンガシャンと・・・』

 

 

 ・・・って、枝織ちゃんに妙なこと吹き込まないでくれ。

 

 

『む〜〜〜〜・・・。ダメ! 全然わかんないや!』

 

『そうだね! お姉さんもわっかんないや〜〜〜!』

 

『『あっはっはっは!!』』

 

 

 あ・・・イネスさんが頭抱えてる。

 ようやく自分の過ちに気付いたみたいだな。

 

「・・・ごめんなさいアキト君。確かにあなたの言う通りだったようね」

 

「いえ・・・失敗は成功の母ですよ、イネスさん」

 

「はぁ・・・電気代が嵩むだけでしたなぁ〜・・・」

 

 やつれたな・・・プロスさん。

 しかも哀愁背負ってるし。

 もしかして本気で賭けてたのか? この番組に。

 

「ふぅ・・・まあ、過ぎたことは仕方ありませんな。

 さ、皆さんお疲れ様です。

 この辺でそろそろお開きに致しましょうか。

 これ以上は電気代も馬鹿にならなくなりますし・・・」

 

 プロスさんが溜め息混じりにそう宣言した時だ。

 

 

 

 ズドドドドドドドドドドドドドド・・・!!

 

 

 

「な、何!? この地響きはっ!?」

 

「ここに近づいているようですな・・・」

 

 もちろん俺も感じていた。

 この俺が戦慄するほどの強烈な気配を放つ存在を。

 

 故に俺にはこの足音の正体がはっきりとわかり、無言で正拳突きの構えを取る。

 

 

 

 キキーーーーッ!!!

 

 

 

 ドア一枚隔てた向こうで盛大なブレーキ音。

 そして・・・

 

 

 プシュ!!

 

 

 

「―――!!」

 

 

 

 バキィッ!!!

 

 

 

 口を開きかけた巨漢の男に容赦なく拳を叩き込む。

 

 ・・・いったい何を言おうとしたんだ?

 

「おお、お見事ですテンカワさん」

 

「何かしら? この物体は・・・?」

 

 言うまでもない。

 今俺の目の前にある肉の塊の正体はナデシコの戦闘指揮補佐、ゴート・ホーリー。

 最近顕著に壊れつつある中年筋肉である。

 

「・・・理解に苦しむわね。

 なんでウサギの付け耳なんかしてるのかしら?」

 

 ちなみにゴートさんの頭にはバニーガール用のウサ耳が着けられていた。

 意図は知りたくも無いが目的は明白だ。

 と言うことで俺たちはゴートさんが目覚める前に二人の役者を更衣室へ避難させることにした。

 

 

 

 

 

「―――むぅ!? 俺の・・・俺のウサ耳は何処だ!?」

 

「・・・とにかく落ち着きなさいゴート君」

 

 意識を取り戻してからの第一声がそれか・・・(怒)

 

 

 

 馬鹿め! あのウサ耳は俺の専用だ!!

 

 

 

 ・・・とまあ、問題発言は心の中だけに留めておいて・・・

 

 

「ゴート君・・・

 君には確か提督のお相手を頼んでおいたはずですが?」

 

 あ〜〜〜・・・それはいろいろヤバイと思うな。うん。

 

「し、しかしだミスター! それはあまりにも・・・」

 

「・・・君は責任という言葉をご存知ですかな?」

 

「むぅ・・・こ、古代スワヒリ語かなにかか・・・?」

 

 

「ふぅ・・・そーですか。わかりました。

 それが貴方の答えなんですな。ええ、わかりましたとも」

 

 

 

 

「ア、アキト君。今のうちに逃げた方がいいんじゃないかしら・・・?」

 

「ダメです。いま下手に動いたら俺でもどうなるかわかりませんよ」

 

 

 

 

「時々ね・・・私にだってどうでも良くなってしまうことがあるんですよ?

 数少ない常識人がふとしたことで奇人変人の仲間入りをさせられたり。

 戦略的にも経済的にも危ないときに仕事もしないで騒ぎ立てる人がいたり・・・。

 そういうただでさえ忙しい私の仕事を増やそうとする人には・・・」

 

 笑みを絶やさないプロスさんに、ゴートさんは汗を流しながら後退しようとする。

 もっとも、それは無駄な足掻きでしかないのだが。

 

「ひ、人には・・・?」

 

「そうですな。

 こういう風にキュッ・・・と」

 

 

 

 

「アアアアアキト君!? あれは本当にプロスさんなのかしら?

 以前会った時と大分違うのだけれど・・・」

 

「男子三日会わざれば括目して見よ、ですよイネスさん」

 

 

 

 

 

「た、ただちに提督の私室へ向かう!」

 

 

 ビシッと軍隊式の敬礼を決めて脱兎の如く駆け出すゴートさん。

 

 どうやら目の前の危険から逃れるためにあえて精神的な戦いに挑もうと言うらしい。

 ・・・それが後々取り返しのつかないことになればいいのだが。

 

「おやおや、残念ですな・・・」

 

 怖いってプロスさん・・・。

 

 

「プ、プロスさん・・・俺たちはちょっと医務室に用があるんで・・・」

 

「そ、そうね! 失礼させていただくわ!」

 

 俺とイネスさんは互いに愛想笑いを張り付かせてカニ歩きでプロスさんから遠ざかる。

 とばっちりなんて冗談じゃないからな。

 

「・・・ま、よろしいでしょう。

 ではフレサンジュ博士は医務室勤務となります。

 テンカワさん、案内の方はよろしくお願いしますね?」

 

「「は、はい!」」

 

 ・・・ナデシコでもっとも逆らってはいけないのはプロスさんだと確信する俺たちだった。

 

 

 

 


 

 

 

「ナノマシンの体質検査?」

 

「ええ、枝織ちゃんにIFS用のナノマシンを投与しても平気かどうかを調べて欲しいんです」

 

「別にいいけど・・・そんな神経質になることないんじゃない?

 地球はともかく火星じゃ一般的なんだし・・・」

 

「そうなんですけどね。

 まあ、万が一ってこともありますから」

 

 何やら気に入ってしまったらしいウサギの着ぐるみ姿の枝織ちゃんを連れて俺たちは医務室に辿り着いた。

 枝織ちゃんの身体調査をするためだ。

 

 前回と同様、おそらく精神だけの時間跳躍であった俺とは違い

 枝織ちゃんは本来ならば存在しなかったはずの場所へジャンプアウトした。

 はじめのうちは理由はともかく枝織ちゃんは肉体ごとジャンプしたのだろうと思っていたのだが

 裸で現れたことなども含め、どうにも納得できない点が多い。

 

 何よりナデシコ搭乗後に行った2人だけの身体検査では、

 枝織ちゃんが記憶していた数値との食い違いが確認されている。

 胸が2センチ程小さく・・・・・・いや、体が少し若返ってしまったらしい。

 

「そうね。常に万全を期すのはいい心構えだわ。

 ―――じゃ、調べてみるからまずその着ぐるみを脱ぎなさい」

 

「は〜〜い!

 アー君、背中のチャック下ろしてくれる?」

 

「ん、わかった」

 

 背中を向けてきた枝織ちゃんに近づき、巧妙に見えないように隠されていたジッパーを下ろす。

 

 

 

 現れた枝織ちゃんはまたもブルマー姿だった。しかも

 

 

 イネスさんの目もあってさすがに暴走はしなかったが。

 どうやら枝織ちゃんは室内着兼運動着としてブルマーを各色取り揃えているらしい。

 

 うん、実にいい心がけだな。

 俺も頑張らなくては。

 

 

「あら・・・?」

 

 脱ぎ終えた枝織ちゃんの姿にイネスさんが眉を顰める。

 

「はっ! ち、違うんですイネスさん!

 これは別に俺の趣味とかそーゆーんじゃ・・・!」

 

「あれ? アー君、これ大好きだって前に言ってなかったっけ?」

 

「な、何を言うんだ枝織ちゃん!?」

 

 かつて俺は不本意にも『稀代の女たらし』とか呼ばれていた。

 色々と言いたいことはあるがこれについてはまあいい。

 だけどこの時間で変態と呼ばれるのだけは避けなくちゃいけない。

 

 ・・・やめるつもりはさらさらないがな。

 

 

「・・・ふふ、そんなに慌てなくていいわよ。

 まあ趣味かどうかはおいとくとしても、こういった格好が比較的男性に好まれるのは確かね。

 これは統計学的に見ても既に実証されているわ」

 

 そうやって冷静に返されるのもなんだか気恥ずかしいものがある。

 

 しかしイネスさんって結構こう言った事に理解があるよな。

 これなら例の計画もスムーズに進められそうだ。

 

「ま、その話は置いておくとして・・・

 じゃあ枝織ちゃん、とりあえずそこに寝てくれる?

 ナデシコの設備は最新のものだから、数分もあれば終わるでしょう」

 

「この箱だね。んしょ・・・っと。

 ・・・・・・これでいい?」

 

「ええ。それじゃ後でね」

 

 

 ウィ〜〜〜〜ン!  ガシャン!

 

 

 イネスさんの指示でカプセルの中に入っていった枝織ちゃんの姿が、スキャナーによって隠される。

 遺伝子地図の調査が主となってるみたいだ。

 まあ、詳しい医療知識の無い俺には何が何だかサッパリだけど。

 

 

「それにしても・・・・何か不思議。

 アキト君を見てると懐かしい感じがするのよね。

 以前何処かで会ったかしら?」

 

 調査機器の動作を確認した後、

 備え付けられていたコーヒーメーカーにポットを置きながらイネスさんが俺に問い掛けた。

 この段階ではまだ記憶は戻っていないはずだが、無意識下で俺のことを覚えているのだろうか?

 顔を合わせていたのはほんの数分だけだったんだけどな。

 

「さあ? けど俺も火星出身ですからね。

 もしかしたらすれ違ったことくらいあるかも」

 

「へぇ・・・アキト君火星にいたんだ・・・。

 あら? そう言えばテンカワって・・・・・・もしかしてテンカワ博士の?」

 

「ええ、息子です。

 俺の両親をご存知なんですか?」

 

「まあ・・・ね。

 でもよくそれでこの艦に乗るのを決心したわね?」

 

 手渡されたコーヒーを口に含みながら、俺はイネスさんの冷たい微笑を見つめる。

 先ほどまでのどこか気を許していたような印象は、既に見当たらなかった。

 

「・・・提督のことですか?」

 

「知っていたの・・・。

 そう、フクベ・ジン。

 第一次火星大戦の指揮官にして初戦で敵チューリップを撃破した英雄・・・」

 

「でもその時コロニーがひとつ、火星上から消滅した」

 

「その通りよ。

 貴方の故郷を奪った男の下で、なぜ貴方は戦っていられるのかしら?」

 

 最初の頃はともかく、今の俺はフクベ提督を責める気には到底なれなかった。

 確かにイネスさんの気持ちもわかる。

 軍としての面子などのために故郷を失ったのだ。

 

 やってもやらなくても既に勝敗の決していた戦いでの最後の足掻き・・・

 だが足掻くことこそが人たる証明であり、

 神ならぬその身で誰があのような結果になってしまうと予測しただろう?

 

 提督は軍人としての本分を全うしただけだ。

 もっとも、それが俺の軍人嫌いの一角を担っているのは否定できない。

 だが彼らとて人間なんだ。

 それぞれに戦う理由を持ち、その手に護りたい・・・護るべき人たちの未来を握っている。

 そしてフクベ提督はその点に関してまさに理想の軍人だった。

 だからあの時チューリップが落ちたのは・・・・・・必然、だったと言える。

 終わってしまったからこそどうとでも言えるが、結局は避けられないことだったのだろう。

 

 少なくとも自分の目的のために数千の命を奪った俺よりは遥に救いがある。

 

「・・・・・・もう、過去のことですよ。

 それにあれは事故です。

 責められるべきは戦争そのもので、提督じゃないでしょう。

 一番惨めだったのは提督ご本人です。

 それに・・・・・・」

 

 

「ああ、今のあの男の姿を見たら怒る気も失せるわね?」

 

 本気でどうでもいいと言った感じのイネスさん。

 今の提督の状態を考えると、腹を立てるだけエネルギーの無駄だと判断したらしい。

 

「ええもう何と言っていいのやら・・・」

 

 

「ほんと、無様ね」

 

 

「はは・・・」

 

 もはや笑うしかない。

 あれはまったくもって予測の範囲外だった。

 前はゴートさんがいい塩梅にぶっ壊れてたけど、まさか提督までがああなってしまうとはな。

 戦場では時たまあることらしいが理解できるものではない。

 

 

 ピーーーーッ!!

 

 

 沈黙の降りた医務室に響き渡ったブザー音。

 点灯していた赤のランプが緑色に変わるのがわかった。

 

「終わったみたいね。

 どれ・・・・・・ん、特に問題は見当たらないわ」

 

 手元のモニターを覗き込んでからイネスさんが俺に微笑む。

 同時に開いたカプセルからブルマ姿(←しつこい)の枝織ちゃんが現れた。

 

「お疲れ様、枝織ちゃん。

 それじゃナノマシンを入れましょうか。

 アキト君、そこの注入機を取ってくれる?」

 

「わかりました・・・ええと、これですね。

 はい、枝織ちゃん」

 

「ありがと、アー君。じゃ、つけるね」

 

 

 プシュッ!!

 

 

 先端部分を首筋に当てて躊躇い無く注入する。

 ナノマシンが補助脳を形成する感覚に、一瞬だけ枝織ちゃんの目が宙を泳いだ。

 

 

「・・・枝織ちゃん、どこかおかしなところは?」

 

 俺の問いに枝織ちゃんは首を振った。

 どうやら心配は杞憂に終わったようだ。

 

 が、自分の手の甲を見ながら首を傾げる枝織ちゃんに俺は疑問を抱く。

 

「ん? どうかした?」

 

「あ・・・ううん、たいしたことじゃないんだけど・・・。

 地球の思考制御装置って山崎さんのと少し違うんだな・・・って」

 

 ・・・なんだと?

 それはおかしい。木連に流れたナノマシン処理の技術は盗まれた俺のデータかクリムゾンの物しかないはずだ。

 つまり地球のものと何ら変わりない。

 

 俺は枝織ちゃんの右手をとり、その紋様を確認した。

 

「・・・? 別に変わりは無いと思うけど・・・」

 

「だってこっちの手にも出てきちゃったよ? ほらコレ・・・」

 

 左手を差し出す。

 そこには今までにみたことの無い、奇妙な紋様が浮かんでいた。

 IFSの紋様は通常右腕にのみ出来るのであり、両手に出てくるのは前例が無い。

 さらにはパイロット用ともオペレーター用とも模様が違う。

 

「イネスさん! これは!」

 

「ええわかってるわ・・・。でも変ね?

 確かに何の異常もなかったはずなのに・・・」

 

「そんなこと言ったって現に・・・!」

 

「はいはい! 慌てないでアキト君。

 これからちゃんと調べてみるから。

 枝織ちゃん自身に異常が見られない以上すぐに何らかの影響が現れるとは考えにくい。

 そして今のナノマシン技術ならほとんどの異常はどうとでも出来るわ。

 そんなに心配すること無いわよ」

 

 自信に満ちたイネスさんに何とか俺は気を落ち着ける。

 

 ・・・しかしどういうことだ?

 ナノマシン自体は地球・火星圏内で使用されている標準のIFSなはずだし

 前の時間軸では同じ物をつけていたんだから先天的な体質の問題とは思えない。

 やはりあのランダムジャンプが影響してるのか・・・?

 

「はいそこ、悩まない悩まない。

 若いうちにあんまし悩んでばっかりだとあっという間に老けちゃうわよ?」

 

「そーそー! アー君ってただでさえ心配性なんだから」

 

 ま、たしかに心配しだすときりがない。

 本人はいたって無事なんだし、後はイネスさんに任せるべきなんだろうな。

 

 苦笑しながら俺は残ったコーヒーを一気に流し込む・・・その時。

 

 

 ピッ!!

 

 

『テンカワ、すまないけどすぐにブリッジに・・・・ぶはぅっ!!』

 

 現れたジュンは言葉を終えないうちに一気に赤面し、急いで鼻を押さえる。

 

「・・・・・・何をやってるんだジュン?」

 

『い、いや・・・って、君は枝織ちゃんになんて格好をさせてるんだ!?』

 

 ん・・・・・・?

 あ、枝織ちゃんブルマーのままだったか・・・。

 

 しかしこの格好を見た瞬間に俺が着せたと思うあたり俺のことをよく理解していると言うか・・・。

 ・・・少しむかつくな(怒)。

 

「ふ・・・ジュン。顔がにやけてるぞ?」

 

『えっ!? な、何を言ってるんだ!! 僕はそんな・・・!

 ―――っ、とにかくブリッジに来てくれ!』

 

 言うだけ言って強制的に通信を切られる。

 

 まだまだ若いな、ジュン。

 いくらウリバタケさんの同志となったからって枝織ちゃんの萌えレベルには到底届かない。

 現時点ではその域に達しているのは俺だけさ。

 

「じゃ、俺はブリッジに行って来ます。

 イネスさんどうしますか?」

 

「そうね。私も行くわ。

 枝織ちゃんの検査はいつでも出来るし、色々と『説明』しなくちゃならないかもしれないしね」

 

 うきうきとホワイトボードを持ち出す。

 ブリッジまで持っていくつもりか?

 

「ん〜〜、それじゃあ私は・・・」

 

「あなたはとりあえず着替えてきた方がいいんじゃないかしら?」

 

「そうだな。これ以上艦内がパニックになるのはさすがにヤバイ」

 

 露出の少ない猫耳スーツだけであれだったしな。

 これでブルマー姿なんぞで艦内を歩き回ったら、各所の機能が停止しかねない。

 

「そっか。じゃあ先に部屋に帰ってるね」

 

 バイバイ、と言ってまずは枝織ちゃんが部屋を出て行く。

 

 時間的に見てそろそろクロッカスが発見された頃だ。

 で、調査後にチューリップで地球へ・・・と言うことになるのかな。

 まあ歴史通りだ。提督の変容以外は。

 

 俺はとりあえずイネスさんを追って医務室を後にした。

 

 

 


 

 

 

「メグミちゃん、反応は?」

 

「いま識別信号を確認しました。

 ・・・記録と、一致しています」

 

「ということは、あれはやはりあの時チューリップに吸い込まれた・・・」

 

「クロッカス、だったっけ?」

 

「でも変ですよ。あれが吸い込まれたのは地球。

 それに吸い込んだチューリップはグラビティブラストで吹き飛んじゃったじゃないですか」

 

 ブリッジに入るとみんなが額を突き合わせて議論していた。

 俺と一緒に来た筈のイネスさんはまるで今までも参加していたかのように説明をはじめる。

 

「前にも説明したかもしれないけどチューリップは木星蜥蜴の母船ではなく一種のワームホール・・・

 あるいはゲートだと考えられる。

 だとしたら地球で消息を絶った船が火星で発見されたとしても不思議ではないでしょ?」

 

「ふぅむ・・・つまり地球のチューリップから出現している木星蜥蜴はこの火星から送られていると?」

 

「いえ、それもないわね。

 今回の場合は吸い込まれたクロッカスがたまたま火星に放置されていたチューリップに出現しただけ。

 現にもう一方のパンジーの姿は見当たらないわ」

 

 ちゃんと制御されていないチューリップはほんとに無作為に跳ばしちゃうからな。

 ここにジャンプアウトしたのだってなかなか際どい確率だったはずだ。

 

「ヒナギクを降下させましょう。

 生存者がいるかもしれません」

 

 ユリカの宣言にナデシコの行動は決定された。

 

 ちなみに提督とゴートさんがいなかったが、それを口に出すものは一人もいない。

 まあ、無理も無いが。

 

 

 結局とりあえずエステでの先行偵察と相成った。

 クロッカスが確認された地点はネルガルの北極冠研究所の近くで、

 補給も必要だと言うこともありプロスさんも反対しない。

 偵察隊は俺とリョーコちゃん、ヒカルちゃんにガイだ。

 イズミさんと枝織ちゃんは緊急時に備えて待機。

 ナノマシンの状態がよくわかっていない枝織ちゃんを戦闘に参加させなくていいから少し安心だな。

 

 

 

 

 一面の雪景色の中を俺たちは疾走していた。

 先頭は俺だ。

 続いてガイとヒカルちゃんの陸戦フレームがあり、最後尾にリョーコちゃんの砲戦フレームが続いている。

 本人は嫌がっていたがナデシコから離れての作戦ではバッテリーを積むために砲戦は欠かせない。

 正当なくじ引きの結果だし。

 

 

『―――ったく、どうもこの砲戦フレームってのは気にいらねえな〜・・・。

 いいな〜お前らは。いいな〜〜〜・・・』

 

『へっ、ぼやくなぼやくな。よく似合ってんじゃねえか』

 

『だ〜〜!! うるせえぞヤマダ!!』

 

『まーまー、リョーコってば落ち着きなよ〜』

 

 緊張感の無い会話ではあるが実際結構緊迫している。

 リョーコちゃんの砲戦フレームがさっきから何度もガイの陸戦にターゲッティングしてるからな。

 もちろんそんなことはガイも気付いてるはずだが・・・。

 命がけでからかったりするなよ。

 

 策敵レーダーに異常が無いとは言え敵はすぐ近くまで来てるんだぞ?

 

『―――おいヒカル! 氷の下に何かいるぞ!!』

 

 ほう? まさかガイが一番初めに気付くとは思わなかったな。

 

『えっ――――きゃあ!』

 

 敵無人兵器の移動によって空白が作られ、ヒカルちゃんの足下の氷が陥没した。

 当然バランスを崩して転倒してしまったヒカル機。

 そこへ浮上したオケラが襲い掛かる。

 

『やらせるかっての!!!!』

 

 

 ドゴッ!!

 

 

 オケラとヒカルちゃんが接触する寸前に、ガイがドロップキック気味に攻撃。

 吹き飛ばされたオケラはそのまま再び氷の下に姿を隠した。

 

 

『おい、無事か!?』

 

『う、うん・・・ありがとうヤマダくん』

 

『俺の名はダイゴウジ・ガイだっ!!』

 

『あははは・・・』

 

 ・・・仲がいいのは結構だが今はそれどころじゃないんじゃないか?

 敵の気配は真っ直ぐにリョーコちゃんのほうに向かっている。

 

「リョーコちゃん気をつけろ! 足下にいるぞ!」

 

『なにっ―――!?』

 

 

 ドゴオォンッ!!

 

 

 ヒカルちゃんの時とは違い、足下を陥没させるだけでなくそのまましたから貫くように飛び上がるオケラ。

 砲戦は装甲が分厚いので何とか持ちこたえたが、その分動きが鈍く懐に入り込まれたら非常に危険だ。

 

『―――くそっ、だから砲戦フレームでは・・・・・は!!』

 

 倒れた砲戦フレームのコクピット部分に敵が取り付き、止めを刺すべく動き出す。

 それを確認したリョーコちゃんの顔に恐怖がよぎり・・・

 

『お・・・おい待てよ・・・』

 

 

 キュイイィィイイィンン・・・

 

 

 無人兵器に慈悲などが介在するわけも無い。

 無機質なさっきはただ真っ直ぐにリョーコちゃんを貫く。

 

 先頭にいた俺は全速力で最後尾のリョーコちゃんに向かい・・・

 

 

『―――テンカワ〜〜〜〜!!!!』

 

 

「任せろ!!」

 

 

 ドゴッ!!

 

 

 走ってきた速度をそのままにリョーコちゃんに圧し掛かっていた敵を弾き飛ばす。

 そいつはそのままガイ達の方までゴロゴロと転がっていった。

 

「ガイっ!!」

 

『おうよっ!!』

 

『フクロだフクロだ〜〜〜!!』

 

 起き上がろうとしたオケラを2機の陸戦フレームが踏む踏む踏む・・・(汗)。

 

 ついにはその節足でいじめられっこの如く頭(?)を抱えて動きを止めてしまった。

 ガイたちは粉々になるまでやめなかったが。

 

 

「ふう・・・・大丈夫か? リョーコちゃん」

 

『あ・・・ああ。助かったぜテンカワ』

 

 ・・・なぜそこで紅くなる?

 はっ、もしかして俺はまたやってしまったのか?

 

 いかんな〜・・・フラグが立ってしまったような気がする。

 

 

 

 

『・・・リョーコさんも参戦ですか』

 

 

 

 うぅ、寒気が・・・・(涙)。

 

 

 

 


 

 

 

「研究所周囲に5基のチューリップか・・・。

 厳しいね。どうするユリカ?」

 

「・・・私、これ以上クルーを危険な目に合わせるのは嫌だな・・・」

 

「しかし、あそこを取り戻すことはいわば社員の義務でして・・・。

 皆さんも社員待遇であることをお忘れなく」

 

「俺達にあそこを攻めろってのかよ?」

 

 足下に表示された周囲の地図には厄介な位置に配置されたチューリップが5個も確認できる。

 傷ついた今のナデシコでは強行突破は不可能に近いな。

 とりあえずゴートさんと提督を除いたメインクルーはみんな集合して作戦を考えていた。

 

 ・・・そう言えば提督がああなってしまった以上クロッカスを囮にして、と言うのはもしかして使えない?

 

 

 ピッ!!

 

 

『アレを使おう』

 

 

「て、提督!?」(ブリッジ全員)

 

 

 見た目いつもと変わらないフクベ提督にブリッジはみんな引け腰。

 にしてもいきなりの登場だな。

 

 

「あの・・・提督? アレとは・・・?」

 

『うむ。当然クロッカスの・・・・むっ、何処に行くのかね!?』

 

 話を途中で切り上げて画面上から提督の姿が消えた。

 どうやらコミュニケをはずしたままの通信のようだ。

 

 みんなは何と無く嫌な予感がしながらも提督の消えたウィンドウに注意を向ける。

 

 すると・・・

 

 

 

 ぶるぉおんっ!! どっどっどっどっ・・・・!!

 

 

 ガソリン車の排気音に似た・・・モーターの回る音。

 

「・・・な、何の音なんだろうね」

 

 引き攣った笑いを浮かべながら呟くジュンに応える者はいない。

 もっとも本人とて答えを期待していたわけではないのだろうが。

 

 しかし・・・

 

 

 

 

 ぎゅるりりりりりり!!!!

 

     がりっ!!  ぎゃりりりりっ!!!

 

 

 

 

 

『ぎぃやぁあああああっ!!!!』

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・」(ブリッジ全員)

 

 

 

 

 ・・・わかっちゃったよ、俺(汗)

 

 

 

『ふぅ・・・いやすまんな。

 それで続きなんだが、護衛艦クロッカスを使用して・・・』

 

「ま、待って下さい提督! 今のはいったい何の音ですか!?

 なんかゴートさんの悲鳴みたいなものが・・・!?」

 

 お、お前こそ待つんだジュン! 世の中には知らない方が幸せなことがあるんだぞ!

 

 さっきの音が何の音かに気付いてしまった俺はジュンを黙らせようとするが・・・

 

『なに今のは歓喜の悲鳴というやつだよ。

 彼自身は気付いていないようだが私にはわかる。

 ゴート君はこのナデシコでも最も類まれな神の戦士となり得る漢だ。

 上辺では謙遜してそれを認めはしなかったがな』

 

 ・・・遅かった。

 

『たったいまゴート君はこの神のチェーンソーによってあの御方の御許に召されたのだよ。

 どうだねアオイ君? 君も一度試してみては・・・?』

 

 いろんな意味で手遅れだったか・・・。

 迷わず成仏してくれ、ゴートさん。

 

 

『ぐっ・・・・お、俺はまだ死なん・・・・・』

 

 

 

 細かいところは省くが結局提督は過去と同じ事をするつもりのようだ。

 その思考形態は理解不能なものとなってしまっても、罪の意識は拭えないのだろうか?

 

 

 


 

 

 

「アキトさん・・・」

 

「ルリちゃんか・・・。

 仕方ないよ。俺たちが火星を抜け出すためには提督にやってもらわなければいけないんだ」

 

「いえ、そんなことはどーでもいいんですけど」

 

 近づいてきたルリちゃんに力なく応えるが、ルリちゃんはそれをきっぱりと切り捨てた。

 で、持っていたものを俺に差し出す。

 

 そういえばこの頃に完成したんだっけ?

 

「ジャンプフィールド発生装置です。

 つい先ほど完成しました。どうぞ」

 

「ああ、ありがとう。

 ・・・でもやっぱりこれじゃあナデシコを飛ばすことは出来ないよな・・・」

 

「済みません。オモイカネやラピスにも協力してもらって頑張ったんですが・・・」

 

「いや、今はコレで十分だよ。

 それじゃテストも兼ねて少し地球に行って来る」

 

「わかりました。ラピスによろしく言って置いてください」

 

「ああ・・・それじゃあ」

 

 俺はジャンプフィールドを展開した。

 そして、

 

 

 ヴォオオオォォオンン・・・

 

 

「ジャンプ」

 

 

 目指すは・・・・

 

 

 

 

 とりあえず薬局かな?

 

 

 


 

 

 あとがき

 

 お久しぶりです。ようやく続きを書くことが出来ました。

 しかし壊れた人ってのは難しいですね。

 いつかゴートさんを神の戦士へと進化させるための練習のつもりでしたが、なんとも動いてくれない。

 まだまだ未熟って感じです。

 ここらへんはイベントがぎっしり詰まっているのであまり遊べないことも理由の一つですが。

 

 ちなみにチェーンソーは緑麗の趣味です。

 何でそんなものが趣味かって?

 

 全てはカトリーヌが知っています(爆)

 

 受験勉強で読むのを我慢してて、一区切りついた今読み始めた文庫本のキャラ(?)ですね。

 けっこうみんな知っているでしょう。

 

 そう言えば調子に乗って堕落アキトなんぞを書いてたりしましたが、

 

 僕受験生だったんですよね(笑)

 

 受験生に落ちる・すべる・転ぶは禁句だと古来から決まっているのに・・・。

 

 ま、いいか。

 いまは自堕落な生活を満喫していることですしね〜。

 

 

 

 

代理人の

「アキトさん。あなたは堕落しました(びしぃっ!)」のコーナー(笑)

 

・・・・・・今回は堕落してないな(爆)。

と、いうかアレは元からだし(笑)。

 

フクベ提督の新コーナー始めようか?

 

 

不定期おまけ連載

「緑麗さん、貴方は堕落しました(びしぃっ!)」のコーナー(超爆)

 

 

そうか、既に堕落していたのかっ(超謎爆)!