紅の戦神

 

 

第十三話

 

 

 

 と言うことで、主要メンバーはブリッジに集められた。

 今後の方針を話し合うためだ。

 とは言えもう決まってるはずだが。

 

「チューリップを通り抜けると瞬間移動をする、とは限らないみたいね」

 

 先ほどまでの熟睡ぶりからは考えられないくらい意気揚々と熱弁を振るうのは言うまでもなくイネスさん。

 専用のホワイトボードも運び入れて教授モードに突入している。

 四角い帽子がちょっと可愛い。

 

「少なくとも!

 火星での戦いから地球時間で八ヶ月は経過しているのは事実。

 因みに、その間にネルガルと連合軍は和解し、新しい戦艦を造って月面を奪還。

 で、私の見解では!!」

 

「ああ! それはまたの話で!!」

 

 プロスさん・・・さすがだな。

 イネスさんの『説明』に横入りするなんて俺には出来ん。

 

 ・・・出来たからどうだと言うわけではないが。

 

 

「で、ネルガル本社は連合軍と共同戦線を取るということになってまして・・・

 ね? 艦長」

 

「あ・・・・・はい。

 それに伴ってナデシコは、地球連合極東方面軍に編入されます・・・」

 

 納得のいかない。

 そんな表情で告げるユリカに、クルーは不満を隠しきれない。

 そりゃあいきなり軍に入れなどと言われてはいそーですかと従えるわけはないからな。

 第一ナデシコクルーは総じて軍人を嫌っている傾向がある。

 ここらへんはムネタケが悪かったと思うんだけど・・・・。

 

 そういや今ごろどうしてるかな?

 

 

「私たちに軍人になれって言うの?」

 

「そうじゃない。

 ただ一時的に協力するだけさ」

 

「誰? アンタ・・・?」

 

「アカツキ・ナガレ。助っ人さ。

 ま、さしずめ自由の旗の下に集った、宇宙を流離う海賊のようなものかなぁ・・・」

 

 キャプテン・ガバメントを名乗るにはまだまだだぞ、アカツキ。

 まあどーでもいいけど言ってて恥ずかしくならんのか?

 

「火星は? 火星に生き残ってる人達はどうするんですか?」

 

 ナデシコの目的は戦うことじゃなくて人命救助なはず。

 たぶんナデシコ内では一番優しいところのあるメグミちゃんは、そっちのことが気になるらしい。

 

「もう一度乗り込んで勝てます?

 勝てなくても何度でも立ち向かうなんてことに何の価値もありませんし、

 当社としてもそのような損害は負いかねます」

 

「戦略的に見れば連合軍と手を組むのは妥当なんだろうけど・・・・」

 

「俺たちゃ戦争屋、ってかぁ?」

 

「それが嫌なら降りればいいんじゃない?

 給料もらってさ」

 

 よく言うよな。

 俺や枝織ちゃんが降りるといっても絶対に聞きつけないくせに。

 

 っていうかはじめの時は給料の代わりに借金をもらったな。

 

 あれはみじめだった。

 

 

 

 さて、どうせ決定事項なんだしいつまでも文句言ってたってしょうがないからな。

 

 次の戦闘が始まるまでに枝織ちゃんを探しておかなくては。

 

 

 


 

 

 

 

「ああテンカワ君、枝織君を探しに行くんだったら僕も一緒に連れてって欲しいんだけど」

 

「アカツキか・・・・別に構わない。

 ただどこにいるかは分からないからな。

 結構探すことになるぞ?」

 

「別にいいよ。それに・・・テンカワ君とも話をしておきたいしね」

 

 ブリッジを出た俺にアカツキがいそいそと付いて来る。

 それはいいんだがまだ気を許すことは出来ないな。

 このころのアカツキはまだ良くも悪くも企業人だ。

 この行動も・・・・ジャンプに成功した俺や枝織ちゃんに実験対象としての興味がある故だろう。

 

「話したいこと・・・か。

 だいたい予想は出来るけどな」

 

「そうかい? なら遠慮なく聞かせてもらうよ。

 君はナデシコが軍に編入されることに対してどう思っているのか、教えて欲しい」

 

 ・・・・軍、か。

 思えば俺の軍人嫌いなんてのはただの我儘でしかなかったんだよな。

 フクベ提督やムネタケのことがあったから仕方ないのかもしれないけど。

 

 時を遡って・・・確かに腐った軍人達も数多く見てきた。

 でも実質そんな奴らばかりじゃないことも知っている。

 多大な影響力を持っているやつらが基本的に腐りきってるのは問題だがな。

 

 それに・・・軍は必要だ。たとえその一部が私利私欲のみを追い求めていたとしても。

 

 かつての西欧出向で俺は思い知った。

 ナデシコという極端に狭い範囲でしか物事を見ていなかった俺の知らないところで

 地球を、そこに住む人々を護るために戦っていたのは間違いなく軍なんだということを。

 あの地の軍人たちはみんな必死だった。

 必死で戦い、守り、自分達の命すら犠牲にして。

 程度の差はあるにしてもどこの戦場だって変わらないはずだ。

 

 だいたい、どんな組織だって人間の集まりである以上腐った奴は必ずいる。

 それは軍人だって同じだろう。

 俺は、軍と言うものに対して理想を押し付けすぎていたのかもしれない。

 完璧なものなどこの世界にあるはずがないというのに。

 

 

「別に何も変わりはしない。

 ナデシコはナデシコだ。

 これだけアクの強い連中の集まった艦が、軍に入ったからってどうにかなるとでも思うのか?」

 

 多少人格に問題があっても腕は一流、が方針らしいし。

 

「・・・・・・確かに。

 軍に入っても無茶な命令には拒否権が与えられていることだしね。

 あの艦長にとってはさしたる問題にはなり得ない、か。

 でも・・・・意外だね。

 てっきり君は軍隊を嫌ってるものとばかり思っていたよ」

 

「俺が嫌いなのは私利私欲のために命を食いつぶすような馬鹿だけだ」

 

「あ、それ僕も同感」

 

 今回もどうにかして西欧出向をしたいな。

 シュン提督やカズシさんにはだいぶ世話になったし。

 

 ・・・・いや、この先世話になるだろうし。

 

 

「それじゃ枝織ちゃんを・・・」

 

 探そうか、と口にしかけた時、艦内に警報が響きわたった。

 

 

「敵襲・・・かな?」

 

 

 ピッ!!

 

 

『敵艦隊接近中! エステバリス隊、迎撃準備!!』

 

『こらぁ! アキトにロンゲ!! 急げっ!!』

 

 警戒を呼びかけるジュンのウィンドウに、それを押し退けるリョーコちゃんのウィンドウ。

 だけど枝織ちゃんを放って置くわけには・・・。

 

「リョーコちゃん。枝織ちゃんは・・・?」

 

『あ? 枝織だったらもう準備してるぜ?

 お前らもさっさと来い!』

 

 むぅ、探すまでもなかったか。

 

「じゃ、僕らも急ごう」

 

「ああ」

 

 こんなところを歩いている意味もなくなったので、俺たちは格納庫へ急いだ。

 それにしても・・・ほんとに枝織ちゃんどうしたんだろうな?

 

 

 


 

 

 

 

 で、出撃した。

 

『リョーコ、フォーメーションは?』

 

『ホウセンカだ!』

 

『りょーかい!』

 

 格納庫についた時も、枝織ちゃんは既にエステに乗り込んでいて話をすることは出来なかった。

 今まで避けられると言うことがなかった為に非常に不安だ。

 まさか俺が何か怒らせるようなことをしたのか・・・?

 

 

 ピッ!!

 

 

『あのさ、テンカワ君。

 君、もしかして枝織君に嫌われてるんじゃ・・・』

 

 

 ドゥンッ!!

 

 

 俺の手許から放たれた一発の銃弾がアカツキのエステを紙一重でかする。

 

「アカツキ・・・・これだけの数だ。

 俺だって狙いを誤ることもあるとは思わないか?」

 

『・・・・・・・言葉は選ばせてもらうよ』

 

 ああ、わかればいい。

 まったく。だいたい枝織ちゃんが俺を嫌うなんてことがあってたまるか。

 

 ふと気になって枝織ちゃんの方を確認する。

 

「・・・・ん?」

 

 あれは・・・・枝織ちゃんがバッタと縺れ合っている!?

 

「枝織ちゃん!!」

 

 く・・・なんてことだ!

 俺の位置からじゃ全然間に合いそうにない!

 

「アカツキ! イズミさん!!」

 

 比較的近い位置にいた二機に呼びかけ、枝織ちゃんの危機を知らせた。

 だが間には無人兵器の大軍だ。

 

『―――っ! ダメだ! こっちからは手出しできない!!』

 

『ごめん! こっちも無理みたい!』

 

 くそ! なら俺が・・・!

 

 月の影に入っていく枝織ちゃんのエステを追おうとした時、

 

 

 ピッ!!

 

 

『アキトさん! やめてください!』

 

 ルリちゃんからの通信が邪魔をする。

 

「何を言ってるんだ!! 枝織ちゃんが遭難してしまうぞ!!」

 

 様子がおかしいとは思っていたが!!

 こんなことなら目覚めたときにすぐ起こして置けばよかった!

 

『落ち着け、テンカワ君!

 いま君が行ったって二人して遭難するのがオチだぞ!!』

 

「・・・・わかった。なら一度帰艦しよう。

 そのあとで対策を立てる」

 

 枝織ちゃん・・・・すぐに助けに行くから待っていてくれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか自力で帰艦できないのか?」

 

「無理です。エネルギーがありません」

 

「ああ。ナデシコの重力波ウェーブが届かないってことは、補助バッテリーで動くしかないわけで・・・

 五分も飛んだら終わりだからな」

 

 ゴートさんやルリちゃん、ウリバタケさんが額を寄せ合って話し合っていた。

 だが既にやるべきことは決まっている。

 

「ナデシコが近づけばそれだけ帰艦の可能性は上がるけど・・・」

 

「しかしナデシコは現在修理中です。

 このまま出たりしたら恰好の的となるのは目に見えていますよ?」

 

 イネスさん、プロスさんも難しい表情だ。

 前回ガイが遭難したときは軽い雰囲気だったが・・・。

 

「アカツキ。

 コスモスのノーマル戦闘機を一台出してくれ。

 セイヤさんはそいつに補助バッテリーの積み込みをお願いします」

 

「行く気かい?」

 

 尋ねてはいるが十分予想していたらしいアカツキは、苦笑しながらも手配してくれる。

 ウリバタケさんはすでに一言だけ告げて駆け出て行き、準備に取り掛かってくれていた。

 

「ああ。俺なら確実に連れて帰ってこれるからな」

 

 俺は即座にノーマルエステのカタパルトへと向かった。

 

 

 

 

 

 途中、バッタ達の襲撃を受けたが別段問題にはならなかった。

 戦闘機だからと言っても奴らの攻撃を避けるなんて容易いしな。

 

 まあ戦闘機でドリルアタックをやったのは

 おそらく人類史上で俺だけだろう。

 

 やはりドリルは漢の浪漫だ。

 

 

 

 

 

 

「枝織ちゃん。

 何があったのか・・・・・・話してくれるかな?」

 

 戦闘機に載せてきた補助バッテリーを枝織ちゃんのエステに付けたあと、俺はコクピットに入った。

 もちろんノーマル戦闘機もちゃんと持って来ている。

 無駄な出費はプロスさんがうるさいからな。

 

 で、今は狭いコクピットで枝織ちゃんを膝の上に乗せ、話をしているところだ。

 枝織ちゃんの沈み様は予想以上だった。

 そして紡ぎだした言葉は・・・

 

「・・・・・・・・・アー君。

 北ちゃん、今ごろどうしてるのかな?」

 

「北斗?」

 

 コクン、と枝織ちゃんは頷く。

 

 その視線はじっと左の手のひらに注がれたままだ。

 何かの感触を確かめるかのように開閉を繰り返している。

 

 

「北斗が・・・どうかしたのかい?」

 

「あのね・・・・・・・夢、見たんだ」

 

 少しずつ・・・枝織ちゃんはポツリ、ポツリと事の次第を話し始めた。

 

 どうにも、北斗が一人で苦しんでいるという夢を見たらしい。

 北斗がそんな状況にいるのに、自分がこんな幸せでいることが許せない、とのことだ。

 そういう考えが出来るようになったのは嬉しいが・・・・・

 

 北斗、お前はいったい今なにをしているんだ?

 

 

「アー君、私ね、一度木連に帰ろうかと思ってる」

 

「・・・・北斗を、迎えに行くんだね?」

 

「うん。北ちゃんも私たちみたいに過去に来てるのかは分からないけど、

 このまま何もしないでいるよりは確かめに行きたいの」

 

 俺の考えでは・・・北斗と見えるのは歴史に任せようと思っていた。

 なぜなら危険だからだ。

 北斗も既に戻ってきているのならば問題はない。

 しかし、もしまだ戻ってきていなかったり、

 考えたくはないがこの時間の北斗が俺たちの知っている北斗じゃなかったりした場合、

 枝織ちゃんの存在は北斗の心を壊す一因となってしまう恐れがあるのだ。

 

 北斗の心は―――正直言って脆い。

 

 常に存在と崩壊の境目にあると言っても過言ではない。

 ならそんなところに自分と全く同じ姿の人間が現れたらどうだろう。

 しかもそれが自分の中にいたもう一人の自分であると言うことに気付いてしまったら。

 

 バランスを崩すには十分な要因になるはずだ。

 だから、そんな冒険は避けたかった。

 

 だけど・・・・枝織ちゃんの気持ちもわかる。

 不安なのだろう。

 どんなに心配してもしたりないのだろう。

 北斗と枝織ちゃんは、互いに掛け替えのない存在なのだから。

 

 そうだな。

 それなら・・・・

 

「・・・・・しばらくしたら木連も生体ボソンジャンプに成功する」

 

「アー君?」

 

 俺はこの戦争を終わらせるためにも今は地球を離れることが出来ない。

 方向音痴の枝織ちゃんを一人で向かわせるのは不安だが、

 辿り着かせるくらいなら方法はいくつかあるだろう。

 

「ジャンプが成功したら同時に九十九たち優人部隊が戦線に参加するはずだ。

 だからその時・・・・・」

 

「うん! その時に九十九くん達に紛れ込んで一緒に行けばいいんだね!?」

 

 パッと明るくなった枝織ちゃんの表情に、俺もつられて笑顔を浮かべる。

 そして頷く。

 

 と言っても九十九たちが来るのは確かクリスマスの時だったから結構後だ。

 その時までに・・・北斗が還ってきていればよし。

 もしそうでなければ、別の手段も講じなければならなくなる。

 

 既に歴史の鍵となってしまっている俺は、そうそう簡単に動き回ることは出来ないだろう。

 一番いいのは北斗が自分の意志でこっちに来てくれることなんだけどな。

 あいつの実力ならそれほど難しいことでもないだろうに・・・。

 

 やはりまだ戻ってきていない、ということだろうか。

 

 

「枝織ちゃん、やっと笑ってくれたね。

 ずっと落ち込んでたから心配してたんだ」

 

 とりあえず今は枝織ちゃんが笑顔でいてくれるならそれでいい。

 それは俺の望みそのものでもあるから。

 

「あ・・・・・うん。

 心配かけてごめんなさい・・・」

 

「いいんだ。枝織ちゃんの気持ちもわかるしね。

 でも・・・できれば枝織ちゃんにはいつも笑っていて欲しいな」

 

 しおらしく謝罪する枝織ちゃんの頭に手を置く。

 

 まあ、一時は何か怒らせるようなことでもしたのかと本気で悩んだりもしたけどな。

 立ち直ってくれたならよしとしよう。

 こうやって二人で落ち着いて話の出来る機会を得たことにもなるし。

 

「大丈夫。私は笑っていられるよ。

 ―――アー君が側にいてくれるから・・・」

 

 そしてそれを示すように微笑む。

 枝織ちゃんはもういつもと何ら変わりない明るさを取り戻したようだ。

 

 ・・・北斗とは別の意味で、俺の心の闇を払拭してくれる。

 

 

 

「早く・・・・3人で笑えるときが来ればいいね」

 

 

 

 俺たちはナデシコに帰艦した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コスモスの格納庫に帰るとメインクルーが総出で迎えてくれた。

 いつも通りの笑顔で降り立った枝織ちゃんに一同はほっとした表情を浮かべる。

 

 みんな・・・特に同じパイロットの仲間は顔には出さなくてもやはり心配してくれていたらしい。

 

 戦闘中に気を抜く奴があるか、と照れながら怒るリョーコちゃん。

 まあまあ無事だったからいいじゃん、とそれを宥めるヒカルちゃん。

 ポロロン、と相変わらずなイズミさん(←意味不明)

 

 男性陣のほうは三人娘に弾き出されて近づけないでいるみたいだけど。

 

 

 

 

 

 そうだ。

 帰ってきたことをラピスに教えてあげなくちゃな。

 寂しい思いをさせてしまっただろうし。

 

 ・・・・・・ハーリー君、頼むぞ。

 

 

(・・・ラピス)

 

(アキトっ!?)

 

(ああ。八ヶ月も連絡が取れなくてすまなかった。

 いま月軌道にジャンプアウトしてコスモスと合流したところだ)

 

(うん! おかえり、アキト!

 あ、アキトに頼まれたやつ、昨日でAプランが終わったよ。

 今日からBプランに取り掛かるの)

 

 ふむ、とりあえず普通に育ってくれたみたいだ。

 しかもかなり明るい。

 ハーリー君もなかなかやるじゃないか。

 

(そうか。それは凄いな。

 ラピス、よく頑張ってくれた)

 

(ううん! 違うよアキト!

 これは私一人の力じゃない。二人で力を合わせたからだよ!)

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 ・・・は! あまりの事態に一瞬リンクが強制切断されてしまった!

 

 まさかあのラピスがこんないいことを言うなんて!

 素晴らしい! 心の底から君を見直したよハーリー君!

 

(ラピスは一人だけだとただの小さな火でしかないの!)

 

 うんうん!

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?

 

 

 

 

(でも私とダッシュが力を合わせればそれは大きな炎となる!!

 炎となった私たちは誰にも負けない!!

 ついでにこぼれた水はまた汲めばいいのよ!!)

 

 

 

 

 

 

 

(なぁんてこった!!!)

 

 

 

 

 全然ダメじゃないか!?

 これじゃあの時のラピスと変わらないぞ!

 

 ・・・・やはり人選ミスだったか!?

 

 

【ラピス! 明日香インダストリーがハッキングを掛けてきたよ!】

 

(ありがとうダッシュ! アキト、ちょっと待っててね。

 すぐに退治しちゃうから)

 

 ちなみにIFSを介しているラピスとダッシュの会話は当然俺も聞くことができる。

 

 いや、どうもこの場合は非常に聞きたくないような気がするんだが・・・。

 

 

 

(ダッシュ! アレを使うよ!!)

 

【うん! いいよ、ラピス!!】

 

 

 やっぱりアレか!? アレなんだな!!

 って言うか明日香ってたしかカグヤちゃんのとこの・・・!!

 

 

 

(うわぁぁぁあああぁぁぁああっ!!!)

 

 

 

 脳を揺さぶるラピスの叫び・・・

 

 ああもうこんちくしょうだね、ハーリー君?

 このふつふつと沸き起こる感情は誰に向ければいいと思う?

 

 

 

 

(スーパーっ!!!)

 

【イナズマっ!!!】

 

 

 

 

 

 

【(キィ〜〜〜〜〜ック!!!!)】

 

 

 

 

 

 ちゅどぉ〜〜〜〜〜ん!!!

 

 

 

 とか破壊音まで聞こえてきちゃったよ。

 あ〜あ、明日香インダストリーのコンピュータはお陀仏だな、これは・・・。

 

 カグヤちゃんって怒ると異常に怖かったような気がする・・・(汗)。

 

 

【やったね、ラピス!】

 

(再起不能だね、ダッシュ!)

 

 

 

 結局、放送でブリッジに召集されるまでラピスの話を聞いていたわけだが、

 ラピスがこの八ヶ月にどんなモノを見たのかがいろいろとわかった。

 

 

 そう、いろいろと。

 

 よくもまあこんなに最悪なものばかり見せてくれたものだよ・・・。

 

 

 

 

 電気か縄かガス。

 好きなのを選んで待っててくれ、マキビ・ハリ君!

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は止めたんですよぉ〜〜〜(涙)」

 

 

 

 


 

 

 

 

「では、新しくこのナデシコに就任された方々をご紹介いたします」

 

 ブリッジに入ったのは俺が最後だったようで、入室と同時にプロスさんが口火を切った。

 

 皆と向かい合うような形で立っていたのは予想していた二人、

 それから俺もはじめてみる青年が一人。

 

 ・・・見た感じでは軍人、だな。

 どこか頼りない印象がある。士官候補生だろうか。

 

 ともかく俺はまずムネタケに視線を向け、その真剣な表情に気を引き締めた。

 

「お久しぶりです、ムネタケ『提督』

 ・・・・・・答えはでましたか?」

 

「・・・アンタのおかげでなんとか身を護ることはできたわ。

 もしあのまま何も言われずにナデシコを降りていたら今ごろもう使い潰されていたかもしれない。

 とりあえずそのことについては感謝してる」

 

 俺の質問に即答はせず、まずは礼を述べるムネタケ。

 

 確かに地球を脱出した時とは目の色が違う。

 これは戦うことを誓った漢の目だ。

 今までは従わざるを得なかった軍と、相対する決心をつけたのだろう。

 

 

 ・・・・・で、それはいいんだけどルリちゃん。

 

 こんな所で幽体離脱しちゃダメだよ。

 

 

 そりゃ気持ちはわかるけどさ。

 ムネタケだってもともと軍人としては優秀なんだし。

 

 なにより現実を受け止めることは大事だ。

 俺もついさっき厳しい現実を思い知った。

 

 

「でも早とちりしないでね?

 アタシはまだアンタのことを完全に信用しているわけじゃないの」

 

「・・・・ではどうすれば信じてもらえるんでしょう?」

 

「それはこれからのアンタ次第よ。

 ・・・・ま、生きて帰ってきたんだから第一関門はクリアね。

 今のところはとりあえずそれで納得しておいてあげる」

 

 明確な手段を示して見せろ、と言うことか。

 おもしろい。そうこなくてはな。

 

 ちなみにクルーはプロスさんも含めて全員固まっていた。

 

 で、エリナさんが動き出してようやく我に帰る。

 

「エリナ・キンジョウ・ウォン。

 副操舵士として、新たに任務に就きます」

 

 必要最小限の事務的なセリフ。

 そしてその視線は真っ直ぐ俺に向けられていた。

 ・・・興味津々、今にも舌なめずりとかしそうだ。

 きっとどうやって俺を実験に協力させようかあれこれ考えているのだろう。

 

 もっとも、素直に実験台になってやるつもりはないが。

 

 

まったく・・・なんで会長秘書が乗り込んでくるんですか?

 ・・・・っと、すみません。

 それでは最後の方。

 こちらの方はなんと、艦長・副長の連合大学での同期らしいです。

 さ、自己紹介してください」

 

 ほう、ユリカとジュンの同期か・・・。

 それなら信用できるのかな?

 あとでジュンにでもそれとなく探りを入れてみよう。

 

「ナカザト・ケイジ。連合宇宙軍中尉です。

 ムネタケ提督の補佐を務めます。

 若輩者でありますが、どうかよろしく」

 

 直立不動のまま朗々と話すナカザト。

 

 それにしてもムネタケの補佐か。

 なんか堅物みたいだし、ナデシコに染まるまでは苦労しそうな奴だな。

 

 

 ・・・・・胃に穴でもあけなければいいが。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたも乗ってるなんて思わなかったわ」

 

「迷惑かい?」

 

「ええ、もちろん。・・・・で、会ったんでしょう?

 第一印象はどうだった?」

 

「う〜ん、彼女の方とはまだまともに話してないんだけどね。

 とりあえず彼の方は・・・・・そうだね、なんだかずっと前からの友人みたいに思えたよ」

 

「なにソレ? 情でも移ったの?

 でもダメよ。この映像を見たらもう引き返せないわ」

 

「人類初の生体ボソンジャンプ・・・・その瞬間、か」

 

「そうよ。彼には絶対に協力してもらわなくちゃ。

 ・・・・我が社のためにも」

 

 

 

 


 

 

 

 ――――同刻 木連 北辰邸

 

 

 腰まで伸びた紅い髪をポニーテールにし、

 同色の瞳をキラキラと輝かせた十歳前後の少女が忙しなく動き回っている。

 

 場所は台所。

 格好はひよこのエプロンをかけた巫女姿

 どうやらこの年で既に料理を始めているらしい。

 

 ちなみにエプロンは父親のお下がりをサイズ合わせしたもので、

 服装はこれまた父親の趣味だったりするのだが、

 本人はどうやら気に入っているらしく、かなりの上機嫌だ。

 

 と。

 完成したらしい大き目の鍋の火を止める。

 

 すでに後片付けは済ましていた。

 また、他の支度も全て整っている。

 

 後はそれを食す者、つまりは彼女の父親である北辰の帰りを待つだけだ。

 事前に連絡があったのでそろそろ帰ってくるだろう事はわかっている。

 それにこと娘のことに関して北辰は時間を違えたことはない。

 

 

「ふむ・・・・そろそろじゃな」

 

 少女――沙耶は時計を見ながら呟いた。

 

 続けてチューリップ柄の鍋つかみを装着し、

 しきりに暴れていた鍋を押さえつける。

 

「―――!! 父上の気配っ!!」

 

 気を周囲に張り巡らせ、自宅に近づく北辰の気配を察知したようだ。

 気配は一つではなかったがこの際それは関係ない。

 

 沙耶は押さえ込んだ鍋を持ち上げると、颯爽と台所を駆け出た。

 

 

 

 

 

 一方、北辰&ヤマサキ。

 

 

「北辰さん、ボクに用事っていったいなにかな?」

 

「うむ。我が娘の手料理を、貴様にも味あわせてやろうかと思ってな」

 

 

 ピキッ!!

 

 

 さらりと出た北辰さんのセリフに、ボクは自分の顔が凍りついたのが分かった。

 かわりに出てくるのは滝のような汗だ。

 なにかと思えば冗談じゃない。

 ボクはまだ死ぬつもりなんてないんだから。

 

 で、そのままくるりと後ろを向き、

 

 

「それじゃ、ボクはこのへんで」

 

「待て、何処へ行く」

 

 

 むんず、と襟首を掴まれてしまった。

 

 北辰さんは沙耶ちゃんの料理の腕前・・・・いや、あれを料理と呼びたくはないけどさ、

 とにかくそれを見たことないんだろうな。やっぱり。

 もし一度でも見てたら絶対にこんなことできないよ。

 

 入力した情報を完璧に記憶して、実行できるはずの沙耶ちゃん。

 それなのにこと料理方向感覚に関してだけは一向に上達がないんだ。

 もしかして移植した都市の欠片が料理に対してトラウマでも持ってたんじゃないかって疑うくらい。

 はじめて料理をさせてみたときは・・・

 

 

 研究所が半壊したんだよね。

 

 

 料理でだよ?

 材料は何の変哲もない卵だけだったんだよ?

 ・・・・コンロは改造済みだったけどさ。

 

 おっと、とにかくこんなことをしてる場合じゃない。

 実力じゃ北辰さんには絶対に勝てないから、

 こんなこともあろーかと用意しておいたこの液化窒素で・・・

 

 

「父上ーーーーーっ!!」

 

やぁ! 僕の名はくりぃむしちゅう君! 沙耶ちゃんの手料理なのさ!

ぷれぜんと・ばい・八影真申さん!

 

 うわ、しまった! 出遅れちゃったよ!

 

 あわわわわ・・・

 沙耶ちゃんの持ってる鍋・・・なんかもがいてるように見えるのは気のせいだよね?

 気のせいであって欲しいな。

 

 でもボクの苦悩など知らない北辰さんは、ちっとも疑問を持たないで沙耶ちゃんを迎えた。

 

「父上これをっ!」

 

「・・・うむ」

 

 グイ、と差し出された鍋を、北辰さんは本っ気で何も考えずに開けようとする。

 もちろんボクは出来うる限り距離をおいてたけど。

 

 そして・・・・

 

 

 

 パカッ!!

 

 

 

『キシャアアァアァァアアッ!!!!』

 

 

   バコンッ!!

 

                 ・・・・・・・・カポッ!

 

 

 

 出てきたのはメタリックブラックな異形なるモノ

 北辰さんはさすがだ。

 まったく動じずにその物体に一撃を加えた後で蓋を閉めちゃったよ。

 

 

「・・・・・・これはいったいなんなのだ、沙耶?」

 

「クリームシチューに決まっておろう?」

 

 沙耶ちゃん、クリームシチューは白いんだよ?

 そこらへんわかってる?

 

 

「父上のために沙耶が作ったのじゃ。

 さ、遠慮せずに食すがよい♪」

 

 邪気のない、眩しい笑顔。

 この笑顔にボクの助手であるタカハシ君(36歳独身)は騙されたんだよね。

 出掛けてたボクが戻って来た時、自分のラボだって一瞬わからなかったよ。

 

「むぅ、そうか・・・。

 ・・・・くりいむしちゅうとはなんだ? いかんな。どうも横文字は好かん

 

 

 まず食べ物じゃないことに気付こうよ?

 

 北辰さんってどんな食生活送ってるんだろ。

 

 

「ふむ・・・なるほど、踊り食いというやつだな。

 よかろう。いつでも来い」

 

「・・・・父上が何か激しく勘違いしているような気がするのじゃが・・・。

 まあよい。

 では、開けるぞっ!」

 

 

  パカッ!!

 

 

 沙耶ちゃんの手により、再びパンドラの箱は開けられ・・・・

 

 

 

 

 

『キャシャシャシャシャッ!!』

 

「滅っ!!」

 

 

 

 北辰さん V.S クリームシチュー(ナノマシン入り)

 

 

 木連最強の暗殺者と異形の化け物の対決か・・・。

 ある意味すっごく貴重な一戦かもしれないけど。

 できれば立ち会いたくなかったかな。

 

 だってもし北辰さんが負けちゃったら、その後どうなるのか簡単に想像できるでしょ?

 まあ万が一に備えて液化窒素の噴射スイッチはいつでも押せるようにしてるけど・・・

 

 一度しか使えないからちゃんと見極めなくちゃね。

 いざと言うときは・・・・・・・・・北辰さん、ごめん。

 

 

「ああ! 違うぞ父上!

 食べられてどうするのじゃ!?」

 

「む・・むぅ・・・」

 

 

 両腕をふさがれ、上半身をそのメタリックブラックな本体に取り込まれそうな北辰さん。

 ボクは右手のスイッチに親指をかけた。

 

 極低温の中ではあらゆる生物がその活動を停止し、少しの衝撃で砕け散る。

 実戦能力のないボクら科学者にはこれくらいの切り札はあってしかるべきだよ。

 

 

「ところで沙耶ちゃん。

 どうして料理にナノマシンとか使っちゃうのかなぁ?」

 

「何を言っておる。

 沙耶の料理はイキがいいと、舞歌殿も誉めてくれたのじゃぞ?」

 

 イキよすぎ。

 料理は食べるものであって人間を捕食したりはしないんだから。

 

「お、面白がってるだけだと思うな、あの人は・・・・。

 ―――って、ほ、北辰さん頑張って!!

 あなたがやられちゃったら次はボクっぽいんですよ!!」

 

「うむ、父上負けそうじゃな」

 

 ちなみに敗北=死は北辰さん達の世界では必定らしい。

 

 

 

『キャッシャァァアアァァッ!!!』

 

 

 ズガンッ!  ズガンッ!  ズガンッ!

 

 

 クリームシチューから伸びる2本の触手(?)が北辰さんを貫く。

 1回、2回、3回・・・・・何度も何度もだ。

 既に活動を停止していた北辰さんはなすすべなく・・・・

 

 その時!!

 

 

「おぉぉぉおおおおぉぉぉおおおっ!!!!」

 

 

 グシャッ!!

 

 

 向かってきた触手を素手で掴み、力強く引っ張って本体を引き寄せる!

 

「ち、父上再起動!!」

 

「まさか・・・・・暴走!?」

 

 あ、思わず反応しちゃったよ。

 ・・・ボクは腐っても木連人なんだね。

 

 とにかく密着とも言えるくらいに近づいた北辰さんの行動は・・・!!

 

 

『シャ・・・・!?』

 

「グゥオオオーーーーッ!!!!」

 

 

  ドカッ!!

                         バキッ!!

             ・・・・ブチッ!

 

   ムシャムシャムシャムシャ・・・・・・・

 

 

 

「し・・・使〇を食ってる!?」

 

「・・・あれはもともと食すものじゃが?(怒)」

 

 そこで素に帰るのはズルいよ、沙耶ちゃん。

 

 

「ふ・・・未熟なり!」

 

 最後の最後までぴくぴくと痙攣していた物体を平らげ、北辰さんが勝ち誇る。

 

 いやまさかほんとに食べるとは思わなかった。

 っていうか食べても大丈夫なのかな、アレ?

 いきなり腹を破って出てきたりしたらボクはやっぱりこのスイッチを押さなければならないのかい?

 

 ・・・・まあ、とりあえず2度とここには近づかないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「沙耶が死んでも代わりはおるのじゃ」

 

「わけわかんないよ、沙耶ちゃん・・・・」

 

 

 

 

 

 木連は今日も平和だったというお話。

 

 

 


 

 あとがき

 

 ごめんなさい(爆)。

 

 と、まず謝っておきます。今回もまた精神状態がやばかったんですよ。

 ちょっと塾の成績が下がっちゃって・・・・。

 特待生(授業料タダ!)な緑麗としては結構危うい状況です(汗)。

 やっぱしテスト前日に徹夜はまずかったみたいですね。

 

 さて、とりあえず後半部分は見なかった事にして、前半のアキトに関して捕捉致します。

 あれほどの軍人嫌いだったアキトが軍を認めるようなことを言っているのに違和感を感じる方は多いでしょうが、

 自分が幸せになると他人に優しくなれるよね?

 ということで勘弁してください(笑)。

 いや自分で書いてて少し「おや?」と思ったんですけどね。

 それだけ枝織ちゃんの存在がアキトの心の支えになっていると言うことにしてくれるとありがたいです。

 

 それではこんな駄作を読んで下さった皆さん!

 本当にありがとうございました!

 次はもう一つの方をそろそろ一話くらい出しておこうかな、と思っています。

 ではでは。

 

 

 

 

代理人の感想

前半でシリアスに吶喊しつつある話を後半で必死こいてギャグに軌道修正しようとしてる・・・・

ように見えるのは気のせいでしょうか(核爆)。

 

 

後・・・・

 

 自分が幸せになると他人に優しくなれるよね?

 

これほど説得力のある理由付けを聞いたのは久しぶりです(爆笑)。