紅の戦神外伝

 

「Rouge et Noir」

 

 

第四話 前編

 

 

 

 

 

「・・・状況は芳しくないようだ」

 

 暗い部屋だった。

 照明を目的とした設備はもとから備えられていない。

 広さすらも定かではない部屋の中央にある円卓。

 そこについているディスプレイの明かりが、かろうじて会議の出席者の表情を照らし出している。

 各人に一つずつ与えられているその画面には、現在の西欧方面軍の各地域の戦線地図が表示されていた。

 

 正直、我が目を覆いたくなるような戦況だ。

 

 総本部を守るように緊密な防衛線を構築しているはずが、今では各戦区とも味方の戦力を敵が凌駕していた。

 もちろん、一部に例外はあるとしても。

 

 宇宙(ソラ)に比べてろくな設備もないこの戦地で情報部の仕事の速さと正確さを称えるべきか、

 数日前まではあった味方を示す青い光点がいくつも除かれている。

 

 声を発したのは壮年の男性だった。

 艶やかな銀髪を撫で付け、鋭いまなざしで戦略図を睨む。

 恰幅のいい紳士然としていながら他のものにはない威圧感が感じられる。

 グラシス=ファー=ハーテッド中将。ここ西欧方面軍の総司令である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もはや3日になる」

 

「これ以上の時間の経過は、致命的です」

 

 ここに至り、臨時に召集した会議の席にて漏らした呟きに参謀の一人が律儀に応えた。

 分かりきった事実に辟易したかのように、方々からあからさまな溜息が聞こえて来る。

 

 焦っているのだ。いまこの場にいる誰もが。

 

 自らの場違いな発言に気付いた参謀官は、居心地悪そうに、けれどそのまま言葉を続けた。

 

「68時間前、チューリップ4基を主軸とする敵対勢力が西欧方面エリア372に侵入、占拠。

 当該地区の防衛に当たっていた第11機械化混成大隊はその半数がほとんど抵抗も出来ずに壊滅。

 現在は第13旅団の支援を受けて目下部隊の再整備に掛かっていますが、正直戦線復帰にはしばらく・・・」

 

 実際のところエリア372を強襲した無人兵器部隊は強力だった。

 数が、ではない。

 物量的には、とりあえずこの西欧方面軍の主力の一つである第11機械化混成大隊にとってさしたる脅威と成り得なかったはずだ。

 だが・・・

 

「成長した、とでもいうのかね?」

 

 耐え切れない、という様子で参謀の一人から質問が出る。

 

「ディストーションフィールドの強度上昇。攻撃フォーメーションの変化。

 どうやら極東の連中の報告を信じないわけには行かなくなりましたな」

 

「しかし『進化する無人兵器』とは・・・認めたくないものだな」

 

 確かにその通りだ。

 今まででさえ、けして戦況は有利とは程遠かった。

 だというのにここへ来て敵の性能の急速向上。

 私ですら、その事実を前に内心大きな焦燥を感じている。

 

 ・・・無人兵器にとって、破壊対象は軍に限らない。

 心を持たぬ機械には何の交渉も通じない。

 戦力に差が開けば、ただ蹂躙されるのを黙って見ているしかなくなってしまう。

 

 護るべきものも護れずして、なにが軍人か。

 先日、義娘が戦闘の最中で行方不明になったという報告を聞いてからというもの、その焦燥は私の中で刻一刻と大きくなってきている。

 

「なんとかして木星蜥蜴をこの地から追いやる必要がある」

 

 私は、呻くように呟いた。

 

「ええ、このままでは分断された多くの部隊の全滅は必至です」

 

「戦力の分断、各個撃破。

 戦術の理に適ってるとは言え、よもやここまで大規模にやるとは・・・」

 

 今回木星側が占拠したエリアは、西欧における軍事的交差路とも言える。

 補給や情報、各部隊の戦力の増減などをコントロールしている要所の一つであった。

 もちろん襲撃に曝される状況も考慮し、西欧での主力とも言える部隊が常駐していたし、

 万が一占拠されてしまったときのために、他にもいくつか同様の施設が用意されている。

 要は端末のようなものだ。

 今回にしても、すでに施設の機能は別のところへ併合されていた。

 

 しかし、問題はその地でいまなお抵抗を続けている兵士たちの命である。

 彼らが蹂躙されていくのを黙って見過ごせる程、西欧軍人は恥知らずではない。

 

 

 

「敵の今後の動きが不明瞭な以上、あまり強硬な作戦は取れません。

 現状ではいま少し様子を見るのが最良かと・・・」

 

「様子を見るだと? 前回も同じような結論だったではないか!

 その結論からすでに3日、なにか進展があったのなら言ってみるがいい!」

 

「しかし敵がどれほどの戦力を向上させたのかが正直見当もつかぬ。

 強行したとして果たして戦果が得られるかどうか・・・」

 

「近隣3個大隊を結集させて一気に突入すれば!」

 

「その間の防衛はどうなる?

 どこの部隊も自分たちの仕事で手一杯だろう」

 

「今のところ、木星蜥蜴側に攻撃の兆候が見られないとはいえ、戦闘となったら話は別だな。

 取り残され、補給が絶たれた部隊に抵抗するだけの余力が期待できるか・・・」

 

「じゃが放っておくわけにも行くまい」

 

「ならば東部の方で何とかして頂けますかな?」

 

「馬鹿を言うな! いま東部戦線が崩されたら西欧は一挙に瓦解するぞ!」

 

「それはどこも同じでしょう!」

 

「こーなったらもう西欧全軍全戦力をもって・・・!!」

 

「「「「あんたは黙っとれ!!!」」」」

 

 ひたすらに徹底抗戦を主張していた参謀官が、他の者達に黙らされる。

 

 西欧方面軍各司令官。

 それなりに激戦を潜り抜けているだけあって、血の気も多いし手も早い。

 

 

「総司令、例の部隊を使ってみてはどうでしょう?」

 

「「「「!!!!!」」」」

 

 そう、一人の若い参謀官が提案した意見に、興奮冷めやらぬ様子で威嚇しあっていた各司令官達の顔色が変わる。

 そして全員がまるで息を合わせたかのようなタイミングで、議長席に座する私に視線を向けた。

 

 

「・・・たかだか1個中隊に任せるには、いささか荷が勝ちすぎていないかね?」

 

 内心の動揺など露とも見せず、私はその参謀に睨みをきかせる。

 

 参謀は懐から取り出したハンカチで額の汗を拭き取りつつ、それでも気丈に振舞って見せた。

 

 

「た、確かにただの部隊ならば荷が重いでしょう。

 しかし最近の彼らの戦果には鬼気迫るものがあるのは皆さんご存知の通りです。

 特に、あの者が配属されてからは・・・」

 

 民間人、及び味方の戦死者数0。

 能動出動時の敵勢力全滅率87パーセント。

 防衛戦においては輸送トラックの一台すらも失っていない。

 

 地獄の最前線を、一転して天国に変えてしまった男。

 

 

「漆黒の戦鬼! テンカワアキトか!」

 

「信じがたい戦績ではあるが、事実は事実・・・」

 

「聞くところによると、かのナデシコの戦果もほとんどがただ1機のエステバリスによるものだとか」

 

「うむ。この報告が事実ならば、まさにうってつけではないか!」

 

 まるで英雄に憧れる幼子のように、頬を高潮させて語る各司令官と参謀たち。

 しかし私はその中にあって、ただ一人踏ん切りがつかないでいた。

 

「かの部隊には『漆黒の戦鬼』だけでなく『白銀の戦乙女』までもいる。

 西欧の2大英雄が揃っているのだ。他に誰が適任と言えようか」

 

「それにテンカワアキトには極東でのノウハウがある。

 強化された無人兵器の相手は慣れたものだろうしな」

 

「総司令、ご決断を!」

 

 

 そしてまた、会議場に集まった全員の視線が私のもとに向けられた。

 

「・・・・・・さて」

 

 はっきりしない私の態度に、何人かが忌々しげに舌打ちをする。

 さらにそれに気分を害された幾人かが、不快げに眉をひそめた。

 

「・・・西欧方面軍総司令も所詮は人の親か」

 

「貴様っ!! グラシス閣下に対してなんと言う暴言!!」

 

 吐き捨てられた言葉に、長年私に仕えてきた部下が怒りを顕にする。

 やれやれ・・・どうやらまだまだ落ち着きが足りぬようだ。

 

「構わぬよ。そう思われても仕方のないことじゃ。

 例の中隊に私の孫娘が配属しているのは本当のことなのだから」

 

 義娘が・・・ミシェルが行方不明となったことを息子から聞いたとき、私は3年前を思い出した。

 幼馴染から結ばれた二人が、揃ってアリサの入隊に反対したときのことだ。

 

 

 

「父さん!! 僕と違ってアリサは女の子なんだ!!

 軍には絶対に入隊させない!!」

 

 「お前の意見はそうでも。

 アリサ自身が入隊を希望しているんだ・・・止める事など出来るものか」

 

「嘘だ!! 父さんの権限でアリサの入隊を阻止出来る!!

 アリサはただ軍に・・・父さんに憧れているだけだ!!

 絶対に最後にはあの子が傷付く!!

 父さんにもそれは解ってるんだろ?」

 

 「・・・それでも、私は西欧方面軍総司令のグラシス=ファー=ハーテッドだ。

 軍にとって有益な人材を見逃す事は出来ん」

 

「また、僕から家族を奪うんだね・・・母さんと同じ様に」

 

「・・・」

 

 

 

 両親と姉であるサラの反対も押し切って、アリサは入隊した。

 

 そして息子・・・クレヴァーは、少しでもアリサの近くにいたいと言い、今の街へ引っ越した。

 その街は、もはや瓦礫の山となってしまったが。

 

 

「第13旅団に撤退命令を。

 代わりに現在彼らが担当している南地区の防衛に当たらせろ。

 バッタ一匹、ジョロ一匹たりとも防衛ラインを越えさせるな」

 

「では!」

 

「第1師団司令部に通達。

 明日1200をもって、第1師団所属第24中隊にエリア372奪還を命じる!」

 

 

 テンカワアキト・・・

 サラたちに見せた奇跡を、私にも示してみるがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風を、炎を切り裂いて・・・

 

 

   ザシュウウゥゥッ!!!

 

 

 また一つ、チューリップと呼称される敵戦力の主軸が赤い刃の前に崩れ去った。

 

 振りぬいた剣を目の高さに構え、残身の体勢にあるのは、赤い炎に照らされてなおも変わらぬ漆黒の人型兵器。

 ネルガルの新型エステバリス。そのカスタムタイプ。

 そしてそれを駆るのは、史上最強として名高い『漆黒の戦鬼』テンカワアキト。

 

 しかし、戦闘状況時において常時接続されている通信システムから見ることのできる彼の表情は、

 歴戦の英雄といった風貌ではなく、どちらかといえば凡庸なごくごく普通の青年に見えた。

 

 好き放題にはねたぼさぼさ頭。幼さの残る顔立ち。

 若干引き締められた口もとに、意志の強さを感じる。

 そして何より、翳りのある深さと優しさを同時に湛えた瞳。

 

 体つきも、細身というわけではないがけして偉丈夫というわけでもない。

 しかし戦闘に必要とされる実用的な筋肉のみで引き締められている。

 性格も基本的に温和。少なくともこの隊に対しては極めて友好的で、隊内の評判も高い。

 お人好しで、頼まれごとをされると(特に女性からだと)絶対に断ることが出来ない。

 料理を好み、最近では自ら隊の台所を支えている。

 その腕前は一流で、なんでも本職はコックだとか。

 にわかには信じられないことだが。

 

 だが、一度戦場に出ればその強さは鬼神。

 疾風の如く漆黒の機体を駆り、その手に携えた赤き刃はどのような巨大な敵も瞬時にただの鉄塊へと変える。

 そして一切の被害を味方に与えない。

 

 

 

 最強の英雄。

 

 

 

 

 

 もはや日常となってしまった、木星蜥蜴の無人兵器との決着は残酷なまでに明白についた。

 その日、私たちを襲った木星蜥蜴の無人兵器は、漆黒の戦鬼ことテンカワアキトの獅子奮迅の働きによって壊滅。

 正面突破を図ろうとしたチューリップ2基を含む敵主力部隊はほんの1時間足らずの戦闘で消滅した。

 また、こちらの横を突こうとしていた伏兵は私の率いるエステバリス部隊が応戦し、これを打ち破ることに成功。

 

 1人だけ完全に戦術の通用しない、この戦鬼の存在は、敵側にとっては確かに反則とも言えるものだろう。

 だが、公式の記録には今回の襲撃者を撃退したのは、驚異的な働きを見せた第24中隊だということになっている。

 そう・・・かのナデシコが、常識では考えられないような戦果を挙げたのと同じように。

 

 

 ピッ!

 

『よーしよし、お疲れさん。

 これにて状況終了(ミッションコンプリート)だ。

 各機は速やかに帰投してくれ』

 

 コクピットに機嫌のいい通信が入る。

 私が所属する中隊の隊長のオオサキ シュン少佐だ。

 現場士官が極度に不足しているこのご時世で、少佐でありながらこんな辺境の中隊長でしかないというのは、

 偏に彼がいかに上層部に煙たがられているかという証明である。

 

 優秀な人材ほど冷遇される、というお約束ではないが、確かにシュン隊長は有能だといえた。

 並みの軍人なら、こんな非常識な部隊ではやっていけないと思う。

 シュン隊長だからこそ、あの『軍人嫌い』のアキトさんが大人しく言うことを聞くのだというのは、誰しもが理解している。

 

『アー君アー君、はやくはやく!』

 

『ああ、もうこんな時間か。

 まったく、今日は週に一度テアさんが来てくれる日だって言うのに・・・』

 

 今日は戦闘に参加せず、指揮所にて暇を弄んでいた枝織さんが通信越しに時計を示してアキトさんを急かす。

 年齢的には私とそう変わらない筈なのに、彼女の仕種はひどく幼い。

 そこがいいのだと言い切って憚らない人々も少なくはないのだが。

 

 テアさんというのは地元で食品店を経営している方で、隊内の食糧事情を憂いたアキトさんが自分で探してきたのだそうだ。

 そして今日が週に一度の仕入れの日。

 なのに予想外の戦闘が入ったせいで、予定が大幅に遅れてしまったらしい。

 戦闘中もいらだちからか、いつもより余計に気合が入っていたような気がする。

 

 

『ま、気にするな。

 お前さん方のおかげでこちとらこうして安心して商売が出来るんだ』

 

『そうですよ。それにメティもアキトさんに会えるって、ずっと楽しみにしてたんですから』

 

『アキトお兄ちゃん、すごいすごい!!』

 

 溜息をつくアキトさんに、指揮所から聞きなれない声が届いた。

 

『いやー、そう言って貰えると俺も気が楽です・・・え?』

 

『しっかし凄まじいってのはこのことだなー』

 

『当たり前だよ! アキトお兄ちゃんはメティのおむこさんになる人なんだからね!』

 

『あらあら、ごめんなさいねアキトさん。

 最近この娘ったら本当に手がつけられなくて』

 

 きょとんとするアキトさんを尻目に、腕を組み、うんうんと何度も頷く中年の男性。

 その足元をちょこまかと軽やかに跳ね回る10歳前後の少女。

 右手を頬に当て、困ったような仕種をとる22〜24歳くらいの女性。

 

 この部隊においてはもはやお馴染みの、テア食品店の従業員一同である。

 

 とはいえ・・・

 

 

「せ、戦闘中の発令所に民間人を入れるなんて・・・」

 

 眩暈を覚えてしまいそうな非常識。

 卑しくも軍人として、これだけは慣れる事が出来ないし、また慣れてしまっても問題のような気がしてならない。

 

 まあ、どんな時代の軍隊でも料理番と補給番に逆らうのは愚の骨頂と言えるため、

 アキトさんや、アキトさんが連れてきたテアさん一家の行動はほとんど黙認されてしまっている状況である。

 なんにしろ、それで美味しいご飯が食べられるのだから隊員たちから不満の声が上がるはずもない。

 

『まあまあ中尉、いいじゃないですか』

 

『そーそー。堅いことは言いっこなしってね』

 

 案の定、私の指揮下のパイロット達からも予想通りの言葉が掛けられる。

 サアード・ジャロノン伍長に、ソラシッチ・バンカード軍曹。

 どちらもアジア方面の出身で英語に結構な訛りがある。

 中尉である私に対する彼らの(いい意味での)気安い態度も、この部隊特有のもの。

 私としてもそれを不快に思ったりはしないし、むしろやりやすい。

 

 

 

 もっとも、私のほうは彼らに対して心を許してしまう訳には行かないのが残念であるが。

 

 

 

 

 

 

 私がこの部隊への転属を志願した理由は、テンカワアキトにある。

 

 彼に近づき、仲間という立場を利用して彼の隠された過去を暴く。

 それがクリムゾンの特殊諜報員(エスピオナージ)エマージィ・マクガーレンが私に与えた任務。

 

 こんな任務、できることなら私だって放り出したい。

 私にも西欧方面軍エースパイロットとしての、『白銀の戦乙女』としてのプライドがあるのだ。

 いくら強大な力を持っているとは言え、守るべき対象である民間人を逆に企業間の謀略の中に陥れようとするなど、決して許されない。

 

 しかし・・・

 

 

「私には、やらなければならない理由があります・・・」

 

 IFSのコンソールパネルの上で、両手をぎゅっと握る。

 任務の放棄は絶対に出来ない。

 それをやってしまえば、現在行方不明と言うことにされている母とは二度と見えることが出来なくなるだろう。

 それどころか、口封じのために私や姉さん達までもが消されてしまうかもしれない。

 

 テンカワアキトは確かに素晴らしい力を持った英雄だけど、所詮は一個人に過ぎない。

 対して、クリムゾンは世界中の人間が知る大企業。

 正面からぶつかれば勝敗は目に見えている。

 だから、私達家族が生き残るためには、誇りも尊厳も捨ててクリムゾンの走狗となるしかないのだ。

 

 

 私は、私の無力を呪わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「アリサ=ファー=ハーテッド中尉、帰投します」

 

 頭を振って暗くなった表情を誤魔化し、何時も通りの調子で発令所に報告をする。

 返答はすぐにあった。

 私は通信士が示したとおりのコースをとって基地へ向かう。

 

 

 

 

 そのときだ。

 開きっ放しになっていたアキトさんの通信ウィンドウにノイズが走ったのは。

 

 

『・・・あれ?』

 

 ノイズのせいで表情は窺えないが、きっと間抜けな顔をしていることだろう。

 アキトさんの素っ頓狂な声が聞こえた。

 

『お兄ちゃん!?』

 

『なんだ! なにが起こった!!』

 

 突然消えた画面に、シュン隊長とメティちゃんが声を張り上げる。

 私は開いていたウィンドウを片手で乱暴に蹴散らし、メインカメラにアキトさんのカスタムエステを捕らえた。

 ズームアップした画面上には、漆黒の機体が煙を上げながら急降下していく様がはっきりと映っていた。

 いや・・・もはや墜落していると言ったほうが適切だろう。

 

「ソラシッチ軍曹! サアード伍長!

 テンカワ機をっ!!」

 

『『了解っ!』』

 

 私の後方に控えていた2機のエステバリスが、アキトさんの機体に向かって最短距離を疾駆する。

 地獄の最前線と呼ばれたこの部隊で生き残ってきた二人の技量は、そこらのパイロットとは一線を画している。

 

 数秒後には2機の標準カラーのエステバリスが、漆黒のカスタムエステの両腕を支えて私に追いついてきた。

 

 私は目線でソラシッチ軍曹に合図を送る。

 先ほどから、ノイズがひどくなってしまってアキトさんとの通信が開けないのだ。

 中の様子を探るには、接触通信を利用しなくてはならない。

 

 

 ピッ!

 

 

『まいったな・・・』

 

 ソラシッチ軍曹の通信システムを媒介にして何とか自機の通信を復活させたのだろう。

 通常よりも粗い画面に、苦虫を噛み潰したような顔をしたアキトさんが映っていた。

 

『カスタムエステではもう限界か・・・

 くっ、ブローディア・・・せめてサレナがあれば―――』

 

「アキトさん?」

 

 私はかすかな呟きを捉えて、疑問符を浮かべた。

 

『いや、なんでもないよ。

 ソラシッチ、悪いがこのまま基地まで連れてってくれ。

 どうにも機体が言うことを聞いてくれそうにない』

 

 そう言って肩を竦めて見せる。

 軍曹と伍長はそれを見て互いに苦笑を交わした。

 

『漆黒の戦鬼もこうなっちまえば可愛いもんだよな、はは』

 

 

 

 

 エース機のトラブル・・・言葉にしてみればただそれだけのことだ。

 これだけの激戦区である。

 どんなに優秀なパイロットと言えど、いやエースと呼ばれるほどに戦い続けている者だからこそ、

 トラブルなどの危険は常に付き纏う。

 生産ラインさえしっかりしていれば生き残れたと言うものも中にはいるだろう。

 メカニック達がどんなに立派に仕事をしたとしても、大幅に物資が不足してしまっている現状では、細かいところでのミスは免れない。

 そこを何とか誤魔化して遣り繰りするのが整備班・補給班の腕の見せ所であり、

 ことそういった姑息な事に関しては、うちのサイトウ副主任は他部隊の追随を許さない。

 だから、私達はテンカワ機の故障をあまり深く受け止めずにいた。

 アキトさんなら何とかしてしまうだろう、という思いもあったかもしれない。

 

 その油断が、この部隊に最大の危機をもたらすことになるとは、その時には私を含めた誰もが想像すらしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっちゃぁ〜! こりゃお手上げね」

 

 2機の人型機動兵器に両脇を抱えられるようにしてハンガーまでたどり着いたテンカワ機。

 しかし安心したのも束の間。

 両機がゆっくりと地面に降ろした漆黒の機体は、間接と言う間接から白煙を立ち上らせ、見るも無残な状態になってしまった。

 7メートル弱の巨人の足元には数人の整備員が集まっており、全員で動かなくなったエステを見上げている。

 その集団の一番前でスパナを片手に頭を抱えているのが、つい先日ネルガルから派遣されてきたアキトさんの専属メカニック、

 レイナ・キンジョウ・ウォンだった。

 

「ごめんレイナちゃん、ちょっとこっち見てくれ」

 

「はいは〜い、と。

 はぁ、今日も徹夜か〜・・・とほほ」

 

 コクピットからのアキトさんの呼びかけに、溜息をつきながらレイナはタラップを上る。

 私はその様子を横目にアサルトピットから降り、チェックのために集まってきたメカニックからドリンクとタオルを受け取った。

 ありがとうございます、と礼を言ってからドリンクを渇いた喉に流し込む。

 

「お疲れ様です。

 あとは俺達がやっとくんで中尉は先にあがってて下さい」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 今回の作戦では、私の機体はほとんど損傷を受けていない。

 なにせ私のやったことと言えば、苦し紛れに突撃してきた敵部隊を万全の体制で迎え撃っただけ。

 向こうからこちらの包囲に飛び込んできてくれたのだから、後は撃ちまくればいいだけだった。

 最近、死と隣り合わせとも言える様な無謀な戦闘には全くお目に掛かってない。

 

 自分の機体の点検をメカニックに委ねると、私はアキトさんのエステの下へと歩いていった。

 ここが今一番人が多く、すでに機体から降りたパイロット達も何人かその周りに集まっている。

 そこにはサアード伍長にソラシッチ軍曹も確認できた。

 

 

 テンカワエステの漆黒の装甲には、別段これと言って損傷は見当たらなかった。

 ・・・一番敵勢力の密な戦場を担当していたのに1発の被弾もない。

 つくづくアキトさんの非常識さが身に染みる。

 

 私は装甲に付着したほこりをタオルで拭い、曲面に映し出された自分の歪んだ顔をのぞき見たりしていた。

 と、頭上からレイナの声が聞こえてくる。

 声をかけようとしたが、その気難しげな表情にタイミングを逸してしまった。

 

 レイナは眉をしかめ、口もとを固く引き結んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・耐久力に限界が来たみたいね。

 残念だけど、このコはもうダメだと思う」

 

「ずっと限界以上の機動につき合わせちゃったからな。

 ・・・正直、もう少しくらいはもってくれると思ってたんだけど」

 

 テンカワ君のエステはかなりのレベルでカスタマイズされている。

 初めてそのスペックを見たときは、絶対に彼は狂人か自殺志願者だと思ったものだ。

 しかしその機体ですら、漆黒の戦鬼の全力機動にはものの数秒も耐えられない。

 

 能力を制限され、さらに手加減をした状態であれだけの戦果を挙げていたなんて・・・

 

「参ったわね・・・

 ここんとこ連戦続きで本社から持ってきた予備のパーツも底をつき掛けてたとこなのよ。

 かといって今の西欧の戦況じゃ、1機分の補修パーツなんて手に入らないだろうし・・・」

 

 本社に頼んでもいいが、それだと早くても3日はかかる。

 その期間、主力不在でどれだけ敵を抑えられるかは想像も出来ない。

 なにせ最近の木星蜥蜴ときたら、生意気にも機能向上などしてぐいぐいとこちらの防衛ラインを圧迫してくるのだ。

 

「いや、どっちにしろ駄目だ。問題は機体よりもソフトの方でね。

 今までだってラピス特性のプログラムのお陰で、何とか俺の動きについてこさせてたんだ」

 

 う〜〜ん、と二人で同時に唸る。

 確かにこのエステに搭載されていた補助プログラムは、惚れ惚れするくらいに見事な出来栄えだった。

 私もプログラミングには結構自信を持ってたほうだけど、比較の対象にすらならないわね。

 それに、私がわかってるのはコレを作った人の名前が『ラピス』というらしいことだけ。

 私はそんな名前を聞いたことがない。

 

 これほどの腕を持っていながら世界に全く名を知られていない。

 そんな知り合いがいるのが当然のような言い方。

 

 ・・・テンカワ君の謎は深まるばかりだわ。

 

 

「ノーマルエステでもいいから何とか1機調達できないかな?

 DFSさえあればノーマルでもそこそこ戦えるんだが・・・」

 

 DFS・・・未だ2人しか使うことの出来ない最強の兵器。

 ディストーションフィールドを紙のように切り裂き、戦艦を一撃で沈める。

 確かにそれだけでもあれば戦闘ではかなりの優位を勝ち取れるかもしれない。

 

 ただ・・・

 

「エステに関しては後で隊長に相談してみるわ。

 でもDFSは・・・」

 

 言いながら手元のパネルを慣れた手つきで操作し、テンカワ君の前に在庫表を突きつける。

 

「残念ながらさっきあなたが使い潰したので試作型は最後だわ。

 もちろんすぐに新しいのを作るつもりだけど、

 物資の補給から入らなきゃいけないからちょっと時間が掛かりそうなのよ」

 

「・・・なんてこった」

 

 急ピッチでやったとしても1週間はかかる。

 機密に触れる箇所が多すぎるため、本社からのスタッフだけでやらなければいけないのだ。

 

 

「まぁ、何とかして見せるわよ。

 こっちだってプロなんだしね。

 とりあえず今日からみんな徹夜だから、夜食は奮発してよ?」

 

「ああ・・・頼む」

 

 力なく笑うテンカワ君に私は優しく微笑む。

 

 考えようによっては今回の件は幸運だったかもしれない。

 この部隊は戦いすぎだ。隊員達も強がっているが、そうとう疲労が蓄積している。

 ここらへんで少し休憩を取るべきだと思っていた。

 

 主力であるテンカワ君がこの状態なら、そうそう無茶な作戦はあり得ないだろう。

 

 

 でも・・・

 

「嫌な予感がするわ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 今週に入ってから既に3度目の出撃を数えた先の戦闘の直後。

 息をつくまもなく、俺は大隊長の青二才に呼び出しを受けた。

 前線指揮官である俺とは違い、大隊指揮官ともなると滅多に本拠地を離れることはなく、

 呼び出しに応じるために俺は折角腰を下ろした仮拠点から2000メートルも後戻りしなければならなかった。

 

 ・・・通信を使わず直接呼び出したということは、それだけ重要な用件だと言うことだ。

 

 本来ならとりあえずその面に一発ぶち込んでから軍隊流の常識を教育してやるとこだが、

 まあ我慢しておいてやろう。

 

 

「来たか・・・」

 

 司令室に入室した俺を迎えたのは、大隊司令の深刻な視線だった。

 いつもとは違う意味で落ち着きのない表情に眉をしかめる。

 

 何かあったな、こりゃ。

 しかもとびきり厄介な感じだ。

 

「はっ! 第24中隊中隊長オオサキ少佐、出頭しました!」

 

 かつん、と踵を揃え敬礼をする。

 内心思うところが無い訳でもないが、あっちは大佐でこっちは少佐。

 けじめはつけとかなきゃならない。

 

 大佐はそれに対して投げやりに答礼し、続けた。

 

「時間が惜しい。手短に話そう」

 

 ため息を一つつくと、大佐は席についた。

 スプリングのいかれた椅子がぎしぎしと悲鳴を上げる。

 

「良い話が一つ、悪い話が二つだ。

 ・・・どれから聞きたいかね?」

 

 時間がないんじゃないのか、と喉元まで出掛かった言葉を押さえ込む。

 しかしこっちの表情から、俺の言いたいことを大方理解したようだ。

 存外に素直に謝罪する。

 

「そうだな・・・すまん。

 では良い方の話からさせてもらおう」

 

 頭を振る。何があったか知らないが、ずいぶん参っているようだ。

 よく見ると、目元にははっきりと隈が浮かんでいるし、頬もげっそりとこけて頬骨が見えている。

 もともとやせ気味な男だったがしばらく見ないうちにだいぶやつれてしまった。

 

 大佐は机の引き出しから取り出した封筒を無造作に俺の前に置いた。

 辞令だ、と早口に言う。目は合わせなかった。

 

「オオサキ少佐。君の中隊は本日1200をもって正式に廃用される事になった。

 決定だ。

 同時に、人員・装備をそのまま、独立駆逐中隊として運用してもらうことになる。

 ・・・命令系統や戦区に囚われない遊撃部隊だ。

 補給物資も今までに比べればだいぶ融通が利くようになる。

 体制的にはおそらくこの西欧でもっとも恵まれた部隊になったな。

 君らの実績が上層部に評価されたのだ。おめでとう」

 

 早口に捲くし立てた。

 しかし、確認した辞令は本物だ。

 こいつは破格の待遇と言える。

 

「・・・ずいぶん急な話ですね」

 

「ああ、そうだな。・・・それだけ現在の戦況は切迫している。

 順調に戦果を挙げている君達は気付いていないかもしれんが、他戦区では敵味方の戦力差がここ最近で大きく変化している。

 防衛ラインも押される一方だ。

 我々軍の戦術方針は点ではなく線。

 君らのような実績ある部隊が遊撃部隊として広範囲にわたる作戦支援に従事し、防衛ラインを押し戻すのが理想だ。

 上層部も期待している。・・・私も含めてな」

 

 厳しい戦いになる。

 ・・・が、間違いなくこの体制があいつの力を引き出すには最適だ。

 

 ヤツの人となりを理解しているのか、単に優秀な駒の性能を熟知しているだけなのか。

 どちらにしろ、この配置を指示したのはかの有名な知将、グラシス=ファー=ハーテッド中将に違いないだろう。

 

「で、悪いほうの知らせは?」

 

 ああ、とため息が漏れた。

 両手を顔の前で組み、口もとを隠す。

 

「エリア372、知っているな?

 我々の命を繋いでいる主要補給線(ライフライン)の一つだ。

 これが有力な敵勢力に占拠され、防衛に当たっていた第11機械化混成大隊及び救援に向かった第7師団がほぼ壊滅の打撃を受けた」

 

 なんてこった。思わず呟きがもれる。

 

 第11機械化混成大隊は西欧における主力部隊の一つだ。

 明日香インダストリーがネルガルとは異なるコンセプトで開発した、

 キャタピラ(・・・・・)つきの人型戦車『ラークスパー』を主装備とし、練度の高さを突き詰めた地上戦のプロフェッショナル。

 “歩く武器庫”の異名をとるほどの弾薬量と、独立した動力源搭載による広範囲活動能力を武器とし、

 連携のとれた怒涛の対空砲火でアキトが来る前の西欧では一番の撃墜数を誇っていた部隊である。

 アリサ中尉のようないわゆるエース級のパイロットはいないものの、部隊としては恐ろしいほどの完成度を誇っていたはずだ。

 

 それを破ったとなると・・・

 

「敵の戦力は甚大だ。

 無人兵器の機能向上など、今まではごく一部でしか確認されていなかった。

 しかしエリア372を強襲した部隊は・・・・・・違う!

 極東から流れてきたのか宇宙軍が素通りされたのかは知らんが、地上軍(こっち)の旧いデータでは最初から勝ち目がなかったのだ」

 

 相手の戦力の正確な数値がわからない。

 また外観に何の変化も見られないために、敵の機能アップを冗談と判断する将兵も多い。

 情報の不足は何よりも恐ろしい。

 能率的な対策がとれなくなり、全体に混乱の火種を生むからだ。

 

「そして・・・ここで二つ目の悪いニュースだ」

 

「俺達の部隊に、エリア372の奪還命令が下ったんですね?」

 

 そう来るのは極々自然なことだと思った。

 『漆黒の戦鬼』という優秀な手ごまを手放す。

 そんな提案は、いくら西欧方面軍総司令の発案だとしても他の幕僚連中が認めない。

 

 ・・・認めざるを得ない理由があったわけだ。

 

 

 しかし大佐は小さく首を横に振る。

 

「救出任務だ」

 

 それは驚愕の事実だった。

 

「まさか! 生き残りが・・・!?」

 

「情報部が救難信号を受信した。

 付近の市街地へ、何とか逃げ込めたそうだ」

 

 いったん戦闘に突入してしまえば無人兵器共は相手が民間人だろうと容赦しない。

 しかし、戦略的価値の薄い市街地に攻撃するのは稀であることも統計からわかっている。

 少数の部隊が身を隠すなら、彼らの判断はベターだと言えるだろう。

 

 だがその状況での救出任務となると・・・

 

「市街戦になりますが」

 

「人命は守る。こういう時に備えてシェルターを設置してあるのだからな。

 が、無駄に被害を出すつもりはない。

 そのためには迅速な作戦展開が求められる。

 ・・・我々の責任は重大だぞ、少佐?」

 

「はっ!」

 

 ・・・答えてから、おや、と思った。

 俺の聞き間違いでなければ、大佐は今“君ら”ではなく“我々”と言ったのだ。

 

 

「・・・今回の作戦では、私も前線に出て指揮をとる」

 

 

 思わずぽかん、と口をあけてしまった。

 大佐が唇の端をつり上げるようにして笑い、はっと我に帰る。

 

「バカな! 総指揮官が前線にでるなど・・・!!」

 

「総指揮官は君だ、少佐」

 

 立ち上がった。

 

「新たに編成される君の部隊『Moon Night』こそが本作戦の中核となる。

 私は少しでも兵力を募って貴隊を支援するつもりだ。

 これは正式な命令ではない。だからこそ、指揮官である私が率先して動かねば兵は集まるはずがない。

 士官学校では何よりも先じて教えられることだぞ?

 私はしばらく忘れていたがな・・・」

 

 後ろを向き、窓に向かって直立した。

 ブラインドを開ける。荒涼とした戦場跡がひろがっていた。

 

 

「大佐・・・」

 

 

 何故、という疑問がまず立った。

 

 こいつは保身の男だ。

 この間も、不利な戦況での救出部隊編成を最後まで渋り、結局俺は決死の覚悟で志願制による救出活動を実行したんだ。

 

 ・・・アキトがいなかったら、俺達も全滅していたに違いない。

 

 しかし・・・

 

 

 

「息子がいるのさ。

 『漆黒の戦鬼』に憧れていてね・・・

 だと言うのに、父親が臆病者ではクラスメートに自慢もできんだろう?」

 

 

 それだけだった。

 それで十分だった。

 俺にはその気持ちが痛いほどよくわかってしまったからだ。

 

 家族がいる。そのために銃をとる。

 命を懸けるには十分過ぎる理由だ。

 

 

 俺は立ち上がった。もはややるべきことは決まっている。

 

 

 かつん、と踵を鳴らす。

 大佐が振り返る。目が合った。

 

 自然な動作で・・・敬礼を交わす。

 

 

 

「餞別を贈らせてもらった。

 ・・・貴隊の無事を祈る。そして作戦の成功を」

 

「感謝します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新品のエステバリスが届いた。パイロットの数だけ、きっちり15機。

 しかもネルガルからではなく軍からだ。

 納品表にはしっかりとした字で軍のサインが為されている。

 

 現用の機体はどれも何かしらの問題を抱えていて、パイロットの安全を考える整備班としては

 新しい機動兵器の陳情をしていたのは確かである。

 しかし、1機でも手に入ったら儲けもの、というのが本音だった。

 補給係の曹長も腰を抜かしていた。

 

 

『Moon Night』

 

 鈍色の装甲。そして肩にマーキングされた見慣れぬ部隊章。

 それを見て呟いた、テンカワ君の懐かしむような声音がやけに印象に残っている。

 

 私、レイナ・キンジョウ・ウォンは、愛用の携帯端末に表示された納品表のチェックリストを参照しながら食堂への道を急いでいた。

 

 納入物品はなにもエステだけではない。

 

 ネルガル技術開発部がつい先日完成させたばかりのディストーションフィールド中和機構を搭載した白兵戦兵器『フィールドランサー』

 明日香インダストリーが開発した準人型重武装機動兵器『ラークスパー』主武装180mmキャノン。

 これは本来ならラークスパーの両肩に合計二門ついているのだが、今回納入されたモノはエステが手で操作できるように改造されていた。

 即席のスナイパーライフルといったところだろうか。

 あとは新型の移動指揮車に、補給トラックが数台。至れり尽くせりね。

 さすがにDFSはリストに載っていなかったが。

 

「まあ、これ以上は贅沢言えないかな・・・」

 

 パチン、と端末を閉じる。

 気がつけば食堂の目の前に来ていた。

 

 

 気持ちを切り替えて、仮設食堂の入り口をくぐる。

 

 食堂は盛況で、ほとんどの席が埋まっていた。

 テンカワ君が厨房を仕切っているという噂を聞いたけど、当の本人は見当たらない。

 きっと奥のほうでコックさんをしているのだろう。

 アリサも見つけた。

 しかし周りはパイロット連中で溢れかえっている。

 空きはない。相変わらずの人気者ぶりね。

 

 私は何とかカウンターの端っこに空きを見つけ、腰を下ろす。

 同時に、右から白い腕がにゅっと伸びてきて水滴のついたグラスを私の目の前に置く。

 中の氷がカランと音を立てた。

 

 

「おつかれさま、レイナちゃん。なんにする?」

 

 枝織ちゃんだった。

 私は、ありがとう、とお礼を言おうとして顔を向け、目を丸くする。

 

 すみれ色を基調とした矢羽柄の・・・・・・着物。めずらしい。

 その上に純白のエプロン。肩のところが大胆なフリルとなっていた。

 腰のところにはやたらと幅広なベルトが・・・いや、確か『帯』って言うんだったかな?

 私はつけたことないけど姉さんが何度か着付けをしていたから覚えている。

 それがハイウェスト気味に着付けられていて、綺麗な赤い髪は藍色のリボンでポニーテールに。

 

 つまり・・・・・・和風ウェイトレスってやつだ。

 

 西欧のこの地ではそれが珍しいのか、枝織ちゃんには男性隊員の視線がもう針山のように・・・

 この娘も無防備よねー。

 まあ枝織ちゃんの実力を持ってすればどうという問題でもないのだろうけど。

 

「枝織ちゃんも食事係を?」

 

「うん、アー君のお手伝い。

 ナデシコでも私のお仕事はウェイトレス兼パイロットだったんだから」

 

 私の問いに心なしか胸を張る枝織ちゃん。

 任せとけー、とでも言わんばかり。

 自分の仕事に誇りを持っているのね。いいことだわ。

 

「さ、注文は?」

 

「注文って言われても・・・

 軍の食堂で調理できるものなんて限られているんじゃ無い?」

 

「甘い! 甘い甘い甘い甘い!

 アー君のオートミールより甘いよレイナちゃん!」

 

 いきなり右手の人差し指を突きつけられた。

 

「アー君と私がここにいる以上、この食堂はもうただの軍用食堂じゃないの。

 いい? ここはもう『ナデシコ食堂西欧支店』なんだよ?

 そして・・・ナデシコ食堂には注文(オーダー)できない料理なんか存在しないのです♪」

 

 左手を腰に当て、私に突き出していた右人差し指をぴっと立てて力説する。

 ・・・噂どおり、すごいところらしい。ナデシコって。

 

「んじゃまあ・・・そうね。

 お寿司、とか食べたい気分なんだけど・・・」

 

「お寿司っ!?」

 

 驚愕の表情を浮かべる枝織ちゃん。

 しまった、さすがに無茶苦茶だ。

 

「あ、ううん。冗談よ、冗・・・」

 

 にへら、と枝織ちゃんの相好が崩れた。

 

「し、枝織ちゃん?」

 

 顔がふにゃふにゃとほころんでいる。

 ・・・いったいなに?

 

 かなり不気味に思って逃げ腰になっている私を尻目に、枝織ちゃんはふわりと音もなくカウンターを飛び越えた。

 それからしゃがんで、なにやらごそごそやってたかと思うと・・・

 

 

 ばん、と目の前に木製のまな板が置かれた。

 

 

「うそでしょ・・・」

 

 まさか本当にあるとは。

 

「ん?」

 

 私の呟きに、枝織ちゃんは小首を傾げる。

 しかしその両手は遅滞なく次々と作業をこなしていっていた。

 専用のタッパに入った数種類のネタ。銀シャリ。

 海苔にわさびに台布巾。そして最後に刺身包丁。

 

 細身の刃を右手に取り、グラスの中から氷を一個摘まんで放り投げる。

 

 

 パシュ! パパパパッ!!

 

 

 氷と一緒に浮かび上がった幾数の水滴を、悉く包丁で弾く。

 素人目にも、それは達人技を思わせた。

 抜けば珠散る氷の刃、というやつだ。

 

 おおっ!

 

 ・・・いつのまにかギャラリーまで出来ている。

 

 

「ふふ、刃物の扱いにだけは自信あるんだー♪」

 

 綺麗な笑顔で怖いことを言う・・・

 

 人だかりに興味を引かれたのか、厨房からテンカワ君も出てきたようだ。

 包丁片手に鼻歌まじりの枝織ちゃんと、その前に座っている私を見て訳知り顔で微笑んでいる。

 私はおもわず視線で合図を送った。

 

「ああ、レイナちゃん。心配しなくて良いよ。

 こう見えて枝織ちゃん、鮮魚の扱いに関してだけは長年コックやってきた俺より上なんだ」

 

 へー、と少し感心したところに・・・

 

「まあ、生き物がどうやったら死ぬかを誰よりもよく知ってる枝織ちゃんにとってみれば、

 魚の新鮮さを保ったまま調理するくらい簡単なんだろうな。

 教える時も『生かさず殺さずにしろ』って言うだけで良かったし」

 

「うぅ・・・」

 

 やっぱりなんか怖いわこの人たち・・・

 ちょっぴり泣きたくなった。

 

 

「さ、それじゃ何を握ろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「注目」

 

 食堂に入るなり俺はそう言い放った。

 その場にいた全員が反射的にこちらを向く。

 俺はそいつらの顔をさっと見回すと、隣に立つカズシと無言で頷きあった。

 よし。予想通り主要メンバーは全員揃っている。

 

「たったいま、俺は西欧方面総司令部発行の辞令を受け取ってきた。

 これより今後の我が隊の方針について示す」

 

 言ったとたん、アリサ中尉が立ち上がり不動の姿勢をとる。

 他の隊員達も遅れてそれに倣った。

 アキトは腕を組んでカウンターに腰掛けたままだし、枝織ちゃんは熱心に調理中。

 他にもネルガルからのメカニックたちなどはきょとんとした顔でこちらを見ているだけだったが、俺は構わなかった。

 どうせ彼らは軍人ではない。

 

「独立遊撃部隊『Moon Night』・・・それが俺達に与えられた新しい部隊名だ」

 

 ざわめく。

 

 方針なんてものは、この部隊名が全て表している。

 ふっ、とアキトが笑った。

 実に楽しそうな、大昔の戦友と再会したかのような、そんな顔だ。

 

 

「厳しい戦いになるだろう。

 今までのように、襲撃してくる敵をただ迎え撃っているだけというわけにはいかなくなる。

 戦況が不利な地域へ、苛烈な戦場へと自ら赴かなければならなくなる。

 だが俺はあえて言いたい。

 俺達の任務は、生き延びることだと。

 敵を倒すだの味方を守るだのはその後で考えればいい。

 兵は死なない限り、銃を取って戦うことが出来る。だが死人は攻撃も防御も出来ん。

 歴戦のパイロットやメカニックが死ねば、軍はまた一から新兵を教育していかなければいけなくなる。

 これは大きな損失だ。

 西欧の主力である俺達の戦力が低下すれば、その影響は連鎖的に拡がる。

 誰よりも死に近い戦場で生き延びろ。

 俺達が死ななければ、もう誰も死ぬことはない。

 俺達が生き残れば、それだけ多くの人命が守られる」

 

 息を吐いた。

 隊員の顔を一人一人見回していく。

 いつもはどこか緩みきったような感じのある連中が、どいつも生真面目に唇を引き結んでいた。

 俺は言葉を紡ぐ。

 

「メカニック達は届いた機体をいつでも使える状態にセットアップしろ。

 パイロットはすぐにブリーフィングだ。支援部隊との調整を行う」

 

「出撃が?」

 

 聞いてきたのはアリサ中尉だった。

 

「『Moon Night』の初仕事だ。

 エリア372にて敵の強襲を受け、孤立した第11機械化混成大隊の生き残りを救出する!」

 

 アキトと目が合った。

 俺が頷くと、アキトもゆっくりと頷き返してくる。

 

 そして、言った。

 

 

「はじめよう・・・・・・俺達の戦争を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 使用不能となったテンカワ君のカスタムエステは、分解して枝織機のパーツとして使用した。

 だから現在、テンカワ君は搭乗機体を持たないことになっている。

 

 

「こいつは・・・・・・俺用だと思っていいのかな?」

 

 テンカワ君が見上げているのは先ほど届いた軍正式採用型エステバリスの一つ。

 色は漆黒。

 明らかに軍がテンカワ君専用に用意した機体だった。

 

「無茶よ。確かに他のエステに比べたら機体性能は突出してるけど・・・」

 

 それでもテンカワ君の乗機としては問題外。

 こと人型機動兵器関連の技術に関しては、軍はネルガルより2歩も3歩も遅れているのだ。

 テンカワ君が今まで使っていたカスタムエステを比べると、軽トラとスポーツカーくらいの差がある。

 

「ネルガルの社員として言わせてもらうわよ?

 この程度の機体で貴方をこの作戦に参加させることは出来ない。

 リスクが大きすぎるわ。

 今回は『Moon Night』のみんなに任せて、貴方は後方で待機しているべきよ」

 

「・・・俺は、誰一人として死なせたくないんだ」

 

 強い口調だった。思わず、気圧される。

 

『Moon Night』はテンカワ君の戦闘力を計算に入れた上での運用を前提とした部隊だ。

 彼が抜ければ、今回の作戦の成功率は大幅に下落するだろう。

 それは、未熟な猟犬を野獣の群れに放り込むようなものだ。

 

 ・・・それでも、パイロットが全力を出せないような状態で戦場に出すのは、技術屋としてのプライドが許さない。

 

「一応、俺なりにちゃんと考えてはいる」

 

 私の視線のプレッシャーに苦笑いしながら、テンカワ君は視線をエステの横に動かした。

 そこには・・・

 

「こいつを使おう」

 

 明日香インダストリー製機動兵器『ラークスパー』メインウェポン 180mmキャノンが固定されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白銀の機体には『Moon Night』の部隊章の他に、もう一つのマークが印されていた。

 鎧を纏い、(クラブ)を携えた2枚羽の天使、戦乙女(ヴァルキリー)である。

 『白銀の戦乙女』専用機というわけだ。

 

 他の機体はアキトさんの漆黒の機体を除き、全て鈍い鉄の色で統一されている。

 

「これが・・・『フィールドランサー』」

 

 ご丁寧に今回は槍まで持っていた。

 

 私の近接戦闘術の基本は、幼い頃から続けていたフェンシングにある。

 威力よりもスピード。予備動作のない先制の連撃で、疾風迅雷の勝利を掴むのが基本的な戦法だ。

 その延長線上で『突き』に特化した槍の扱いも、一生懸命覚えた。

 IFS・・・こちらのイメージどおりに動いてくれるなら、得物も使い慣れた物が一番であるのは言うまでもない。

 

 

 ふいに、ぽん、と肩を叩かれた。

 びっくりして思わず振り返る。

 ソラシッチ軍曹だった。傍らにはサアード伍長もいる。

 

「どうしました、小隊長殿? 浮かない顔などして・・・」

 

 おどけて言う。

 伍長のほうは対照的に本当に心配そうな表情をしていた。

 

 軽薄を装うソラシッチ軍曹に対し、未だ少年っぽさが抜け切っていないサアード伍長。

 軍人としてはあまり評価されないだろう二人だが、その実力は本物だ。

 私は、何度も二人のサポートで助けられている。

 

 ・・・こと戦闘技術に関しては、この二人のほうが私よりも上かもしれなかった。

 

「うわあ! かっこいいっすねー!」

 

 伍長が目を輝かせて私の機体に駆け寄る。

 専用機、というのはパイロットの憧れだ。

 彼らの実力ならばもう専用機が与えられていてもおかしくはないはずだが・・・

 彼らの機体は他と同じ鈍い色の装甲をしていた。

 

 伍長の無邪気さに少し、胸が痛む。

 

 

 私と彼等との間に、どれだけ差があると言うのだろう。

 

 私は、自分に与えられる名誉を、全て自分の実力によるものだと思っていた。

 しかしどうだろう。

 ここには私と同じかそれ以上の実力を持ちながら、それを認められていない者がいる。

 なぜ私だけがその功績を認められているのか。

 もしかしたら、それすらもお爺様の名が原因なのではないかと邪推してしまう。

 

「あの・・・もし良かったら私からお爺様に具申して、専用カラー塗装の許可を頂く事も出来ますが?

 二人の実力ならば何の問題もないでしょうし・・・」

 

 これは、心の底から思ったことだった。

 

「ほ、ほんとですかっ!?

 じゃ、じゃ、ボクのエステをテンカワさんみたく真っ黒に・・・いてっ!!

 な、何するんですか軍曹!!」

 

「なーにバカなこと言ってんだ。

 そんなことだからお前はいつまで経っても坊やなんだ」

 

「だからって“ぐー”でぶつことはないじゃないですかあっ!!」

 

 食って掛かる伍長を軍曹がめんどくさそうにあしらう。

 いつものパターンだが、初めの頃は大いに戸惑ったものだ。

 あの頃の私は、彼らとのチームワークなど不可能だと思っていた。

 けれで今になってみれば、彼らほど安心して背中を預けられたチームメイトは他にいなかったと思う。

 だからこその進言だったのだが・・・

 

「悪いけど中尉さん・・・その申し出を受けるわけにはいかない」

 

「どうしてですか?

 専用機を持つエースパイロットともなればどこの部隊でもかなりの待遇が受けられます。

 発言権も大きくなるし、けして悪い話ではないと思いますけど」

 

 何より、私はそのお陰でようやく『西欧方面軍総司令官の孫娘』から『最年少エースパイロット』と見てもらえるようになったのだ。

 私が無我夢中の努力をして手に入れた椅子が目の前にあると言うのにそれに座ろうとしない軍曹の態度は・・・

 なんだか少し、少しだけ腹立たしく思った。

 

「・・・気を悪くしたんなら謝ります。

 でも、いまここで中尉に口添えしてもらって、グラシス中将から専用機を頂いて・・・

 それで同じ西欧で戦ってる同胞達に言われるんですか?

 『あいつらは総司令の孫に取り入った紛い物のエースだ』って」

 

「そんなこと・・・!」

 

「ぐ、軍曹、言いすぎですよぅ・・・」

 

 カッ、と血が上った。

 信じられなかった。

 私を信頼してくれていると思っていた人たちが、まさか私をそんな風に見ていたとは。

 私をお爺様の孫娘としてしか見てくれていなかったとは。

 

「中尉は・・・なんで軍人になったんです?」

 

 なんの脈絡もなく、ソラシッチ軍曹は尋ねてきた。

 

「俺はね、ぶっちゃけ金のためです。

 どこの国に言っても戦争戦争の世の中。軍ほどいい仕事は無いからね。

 実力さえあればいくらでも稼ぐことが出来る」

 

「・・・ずいぶん、卑しい理由なんですね」

 

 私にとって軍とはお爺様を表し、お爺様は憧れの対象である。

 お爺様の持つ正義に憧れて私は入隊を希望した。

 

 それを・・・金銭のためだなんて!

 

 

「・・・お、お金が目的じゃダメなんですか?」

 

 意外なことに、反論はサアード伍長から挙がった。

 私も軍曹も、思わず伍長の気弱な顔を注視する。

 

「サアード伍長・・・?」

 

「ボ、ボクだって軍に入ったのはお金が必要だったからです。

 今は戦時体制でどこも人手不足だけど、それだけ労働に対して支払われる賃金はずっと低い。

 ボクたちの国では、食べるのにも困ってる家庭はいくらでもあります。

 ウチだって働き手はボクしかいないし・・・

 中尉みたいな人たちにはわからないでしょうけど」

 

 俯いて、その口調もだんだんと尻すぼみになっていく。

 しかし言いたいことは痛いほどよくわかった。

 

「軍曹だってそうです。ボク、前に聞きました。

 本当はミュージシャンになりたかったんですよね?

 でも家族がいるから、いつまでも夢ばかり見ていられないって・・・」

 

「おいおいおいおい! サアード!

 ったく、おしゃべりなヤツだなー・・・

 酒の席とは言え・・・・・・言うんじゃなかったぜ」

 

 くしゃくしゃ、と髪をかきむしる軍曹・・・

 そういえば以前隊内で開かれたパーティでは、見事なギターの弾き語りを演じていた。

 かなり酔っていて足元も覚束ない様子だったが、指先だけはまるで機械のように動いていたのを覚えている。

 

「・・・ごめん、なさい」

 

 自分の無神経さが恥ずかしくて、私は二人から目を逸らした。

 戦う理由なんて人それぞれだ。

 その人にはその人の事情があるのだし、何も知らない者が自分勝手な理想を押し付けたりしていいものではない。

 

「あ、その、別に中尉のことを非難してるわけじゃないんです。

 ただ、他の人たちはそうは見てくれないから・・・

 ボクたちも、自分の実力でエースって呼ばれるようになりたいなー、なんて・・・」

 

「ほー、さっきは猫みたいに飛び付いてたくせに・・・かっこつけてくれちゃってまあ」

 

「ちゃ、ちゃかさないでください!!」

 

 彼らは強い、私なんかよりずっと。

 改めてそう思った。

 

 そして・・・・・・悲しくなった。

 

 

「重過ぎるんです・・・

 お爺様の孫娘と言う立場も、『白銀の戦乙女』なんて呼ばれるのも!」

 

「「・・・・・・・・・」」

 

 母を救うために、アキトさんを敵に回す。

 ずっと自分にそんな言い訳をしてきた。

 でもやっぱり無理だ。私はそんなに強い女じゃない。

 誰にも何も言えない状況で、たった一人で巨大な敵(クリムゾン)と戦うなんて私には出来ない。

 

 誰か。誰か私を助けて。

 この胸に秘めた叫びを聞いて。

 お母様を取り戻して。

 家族が笑って過ごせたあの懐かしい家を私に返して。

 

 

 

 もしここで全てを彼らに打ち明けることが出来たら(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)・・・

 

 

 

「あー・・・まあ、アレでしょ?

 テンカワの実力を目の当たりにしてちょっと自信喪失気味になったんじゃないすかね?」

 

「そ、そうですよね! そりゃあイキナリあんなの見せられたら誰でも自信なくしちゃいますよ!」

 

 突然の私の告白に、二人は空笑いを浮かべる。

 私の気持ちを少しでも和ませようとしてくれているのだ。

 その好意が、嬉しかった。

 

「あいつは次元が違いますよ。

 ウチの腕に自信のある連中も、あいつが来てからは軒並み大人しくなっちまったし・・・」

 

「ええ、ええ、ほんとです。

 軍曹だって初めの頃はテンカワさんにつっかかってしょうがなかったんですから。

 あのDFSさえあれば自分もテンカワさんなんかに負けないとか粋がっちゃって・・・ぎゃん!

 ま、また“ぐー”で殴りましたね!!」

 

 DFSはアキトさんと枝織ちゃんにしか使えない・・・

 それが信じられなくて、パイロット連中はこぞって挑戦した。

 もちろん私も参加したが、やはり真実だったと認めざるを得なかった。

 何人かは刃を発生させることに成功したが、それだけ。

 発生させるのに極端に集中力を使ってしまい、それをもって走るどころか振りかぶる事さえできない始末。

 しかも刃を発生させている間はディストーションフィールドが使えないのだ。

 一発でも被弾したら致命傷。

 そんな状況下で、刃を生成できるほどの集中力を捻り出せるパイロットは残念ながら存在しなかった。

 

 

「中尉・・・もうちょっと自信、持ってもいいんじゃないですか?

 アンタにはエースと呼ばれるだけの実力がある。

 ここにいる奴らはみんな認めてます。

 ・・・アンタが『アリサ=ファー=ハーテッド』だってことをね」

 

 グラシス中将の孫娘、なんてのは一切関係ない。

 ここにはアンタの居場所がある。

 

 そう、言ってくれているのだ。

 不覚にも、涙が流れそうになる。

 

 

 私は、私の甲冑となる白銀の機体を見上げた。

 右手に携えた槍は、とても頼もしく見える。

 

「大丈夫・・・私は、やれる」

 

 彼らがいてくれるのだから。

 

 

 きっとやれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここしばらくのところ、忙しさを理由に見ないようにしてきた顔が目の前にあることに、正直私は内心穏やかではいられなかった。

 西欧方面軍総司令という肩書きを持つ私と、軍人嫌いの息子。

 となれば、自然と疎遠になってしまうのも致し方の無いことのように思える。

 

 事実、私にとっての孫娘、息子にとっての娘であるアリサがパイロットとして軍に入った経緯の後には、

 互いに連絡を取り合うことが気まずくもあり、ほとんど音信不通となってしまっていた。

 

 こうして親子で向き合って座るのは、おそらく半年振りにはなるだろう。

 もっとも、お互いに望んだゆえではないというのが、至極残念ではあるが。

 

「残念だが・・・」

 

 ため息を一つ吐いた後、私は切り出した。

 金髪、碧眼。繊細で気の弱そうな雰囲気のある優男の表情がぴくりと動く。

 ・・・わが息子ながらどう見ても軍人には向いていない。

 

「父さん――――」

 

「これ以上の人員と時間を、たった一人の民間人のために割くことの出来る余裕は・・・

 残念ながら今の西欧には無い。

 現状はお前が思っているほど生易しいものでは―――」

 

「父さんっ!!」

 

 

   ダンッ!!

 

 

 息子―――クレバー=ファー=ハーテッドがデスクに拳を打ちつける。

 

 ずいぶん前にサラと一緒に退室させたメイドの淹れてくれた紅茶が純白のクロスに致命的なダメージを与えたのを見届けながら、

 私は顔の前で腕を組み直した。

 

 

「またなのか! また! 僕から奪っていくのか!!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴る息子を、私は悲痛な面持ちで見つめた。

 しかし掛ける言葉は、私が掛けることを許されている言葉は、いまこの場において一つも存在しないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、母さんはもう・・・」

 

「・・・そういうことに、なるだろうな」

 

「・・・・・・・・・」

 

  カチャ、カチャ

 

 別室。

 降り立った沈黙の中に、ティーカップの置かれる音だけがいやに響く。

 この場にいるのは3人。

 西欧方面軍総司令官グラシス中将のボディガードであるこの俺、ヤガミナオ。

 中将の孫であるサラ=ファー=ハーテッド嬢。

 そしてまるで自分は存在しないかのように振舞う、長身の使用人だけだ。

 

 サラちゃんがソファから立ち上がった。

 俯いたその表情はよく見えない。

 

 ・・・もっとも、わざわざ女性の泣き顔を覗き見るような趣味は持ち合わせていないが。

 

 

    ダッ!

 

 

「! サラちゃん!?」

 

 駆け出す。

 突然の行動に俺はうろたえた。

 

 今の俺は、グラシス中将からサラちゃんの護衛も命令されている。

 ここ西欧において中将のことをよく思っていない輩も多い。

 そういった奴らの手から、中将本人やその周りの人間を守るのが俺の役目だ。

 

 しかし、追おうと立ち上がった俺の目の前に、先ほどから控えていた使用人が立ちはだかる。

 

 

「サラお嬢様のことは私が・・・」

 

 初めて、俺はその顔を見た。

 能面のように無表情で、人形のように美しい顔立ち。

 思わず息を呑んだ。

 

「あ、ああ・・・」

 

 その視線の圧力に、咄嗟に肯定の返事を口にする。

 それを確認した女は、無言でくるりと向きを変えるとサラちゃんの後を追って部屋を出てこうとした。

 

 ・・・気付くと俺は、何故かその女を呼び止めていた。

 

「・・・なにか?」

 

「いや・・・あ〜、っと」

 

 呼び止めてから、なんと呼んでいいものやら悩む。

 「お前」だの「貴様」だの呼んだら、いくらなんでも失礼だろう。

 

「・・・ヤシオ、と申します。

 先日、産休をとった侍従長の推薦で臨時に当屋敷のメイドを勤めさせていただいております」

 

 その雰囲気を察したのか、女・・・ヤシオは淡々と述べた。

 

 見た目は十九歳くらい。

 緑がかった黒髪が肩のあたりで軽く外にはねている。

 身長は女性の割には長身で、170センチを超えているだろう。

 瞳の色は茶色だった。

 カラーコンタクトだな。一目で見破る。

 

「ヤシオさん・・・いきなりこんなことを聞いて、変に思われるかもしれないんだが・・・」

 

 俺は自分の中の戸惑いを極力隠しながら、尋ねた。

 ヤシオの表情はぴくりとも動かない。

 

「俺たち、前にどこかで会ったか?」

 

「・・・・・・!」

 

 変化があった。

 直感する。俺はこいつに会ったことがあるんだと。

 

 しかし・・・いつ、どこで?

 記憶を探ってみても、まったく思いあたりが無い。

 

 俺がどんな虚偽も見逃すまいとその瞳をじっと見続けていると、ふいにヤシオの唇が歪んだ。

 微笑んだのだ。

 注視していなければ気付かなかった程、かすかにだが。

 

「さあ・・・?

 もしかしたら生き別れた姉弟なのかもしれませんね」

 

 それだけ言って、ヤシオは姿を消した。

 俺はぽかん、と口をあけて立ち尽くしていた。

 

 はっと気付く。

 からかわれたのかもしれない。

 

「ナンパだと、思われちまったかな・・・?」

 

 やれやれ・・・。ぽりぽりと人差し指で頬をかく。

 

 きっと俺の気のせいだ。

 だいいち、アレだけの美人なら絶対に忘れない。

 

 

「でも、冗談にしては目がマジだったよなー・・・」

 

 視線に魔力があるのだとしたら、彼女はきっと最強だろう。

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 たいへん長らくお待たせいたしました。復活の緑麗です。

 およそ一年半ぶりの投稿になるでしょうか。

 本当は書きたい分だけ全部書いてから投稿する予定だったのですが・・・

 あまりに文章量が多くなってしまうことと、あまりに時間がかかってしまうことから前後編に分けさせていただきました。

 前々から掲示板等で「5月くらいに復活する」と言ってましたしね。

 後編に関しては鋭意執筆中ですので、いましばらくお待ちください。

 

 で、久しぶりに文章を書いたせいか、文体がかなり変わってしまっています。

 前のほうがいいと言う方もいらっしゃるでしょうが、今後はこの文体で統制されると思います。

 というか思いつくまま文章を綴っているだけなので故意に変えたりするのは無理。

 ある程度自分で読み返して、読みやすいように気をつけてはいます。

 

 それから、まああとがきが長いってのは褒められる事じゃないんですが、ちょっとこの1年について書こうと思います。

 私、緑麗は幼い頃からの夢であった航空機パイロットになるための道を歩み始めました。

 そのため、24時間ばりばり管理される牢獄のような寮で現在生活しています。

 パソコンを私的に利用できる時間は週に数時間程度。

 平日はまったく無いと言っていいでしょう。そんな環境下で、執筆は完全に滞っていました。

 なにせやることが多い多い。空き時間なんてあり得ません。

 (座学の)訓練時間に教官の目を盗んでノートに少しずつ書いています。

 もちろん本業をおろそかにする訳にもいかないので、極々たまに、ですが。

 

 たとえ素人の趣味でやっている小説だとしても、長編を書き始めたからには終わらせようと思っています。

 どんなに時間が掛かっても、書き続けます。

 これからも、更新ペースは非常に遅々としたものになってしまいますが、付き合って頂ければ幸いです。

 

 なお、メールの私的利用もあまりいい事とは言えないらしいので、

 もしご感想など頂けるのでしたら、感想掲示板の方にお願いします。

 暇を見つけ、過去ログを漁ってでも必ずレスさせて頂きますので。

 

 それでは、次回「紅の戦神外伝第4話後編」をお待ちください。

 

 

 

 

 あ、ちなみにソラシッチとサアードは、「エレドアとミケル」みたいな感じで読んでくれると嬉しいです。

 

 

 

代理人の感想

いや〜、お久しぶりです!

「我々は一と四半年待ったのだ!」というノリで喜んでます、私。

文体が変わってしまったのは悲しむと同時に喜ぶべき事でもありますし、

何よりこれだけのブランクにもかかわらず筆力自体は殆ど衰えが見られないのが嬉しいですね。

続き、期待してます。

 

>ことそういった姑息な事に関しては、うちのサイトウ副主任は他部隊の追随を許さない。

こういう誉めてるように聞こえない賞賛ってなんか好き(笑)。

 

>エレドアとミケル

あー、なるほど(にやり)。

一応解説しておきますとOVA「機動戦士ガンダム08小隊」に出てくるサブキャラです。

こっちの凸凹コンビは原作と違って命令違反して死にかけたりはしそうにないし、

上司を口説いたりもしそうにないですが(笑)。

 

んでは最後に一言。

 

緑麗さん、頑張ってください。