紅の戦神

 

 

第一話 前編

 

 

 

 まず最初に感じたのは頬を撫でていく風の感触だった。

 

 続いて草の匂い。

 虫のさえずり。

 ほのかに甘い空気の味。

 なにより閉じた瞼の上から俺を照らす優しい光。

 

 前の世界で五感を失い、ランダムジャンプの影響で復調してからというもの、かなり感覚が鋭くなっている。

 

 

 目を閉じていても、耳を塞いでいても、辺りにざわめく命の鼓動は確かに感じ取れるようで、少し安心した。

 少なくとも今回のジャンプでは、人間の存在できないような場所に跳ぶ事は避けられたようだ。

 

 

「月が見える・・・・・・と言うことはここはやはり地球か?」

 

 開かれた瞼に差し込んだ光も記憶の中にある姿そのものだった。

 頭上に浮かぶは白銀の真円。

 かつては2度と見ることの叶わなかったもの。

 視力が甦ったあの日見上げた満月は、今もなおこの目に焼き付いている。

 見間違うはずがない。

 

 

 だがここが地球だからといって安心するのは少し早いことくらい既に承知している。

 何より一度経験済みだ。

 それはランダムジャンプによる時間移動の可能性。

 

「ふ・・・命があっただけでも僥倖か・・・」

 

 そう、命さえあれば。自らの意志で動ける肉体があるのならば。

 俺は必ず帰ってみせる。

 

 彼女達の待っているあの場所へ・・・。

 

 たとえそれが時間の壁に遮られているとしても。

 

「兎にも角にも・・・まずは情報だな・・・」

 

 寝転がっていた草の上に身を起こす。

 とりあえずは自分の体のチェックから始める。

 

 ―――関節、内臓、体内の各種ナノマシンに至るまで、全て問題なし。

 

 ・・・・・・いや、筋力及び骨格が若干弱く細くなってしまっているようだ。

 まあ、その程度なら修正範囲内だろう。

 弱ったのならまた鍛えればいいし、今の俺なら相手が北斗レベルでもない限り遅れをとる事などない。

 

「―――!! そうだ!! 北斗はっ!?」

 

 あの時、遺跡から俺を庇おうとしたダリアがジャンプフィールドに包まれるのを確かに確認した。

 ジャンパー処理を受けている北斗ならば命に別状はないだろうが、万一ということもある。

 俺自身、ジャンプについてそれほど詳しいわけじゃない。

 

 慌てて周囲を探索しようとしたその時だった。

 

(アキト!!)

 

 ・・・・・・・・・まさか!?

 

(・・・ラピス? ラピスなのかっ!?)

 

 脳裏に直接響く、聞きなれた声。

 そう言えば前回のランダムジャンプの時も、ラピスとのリンクは繋がったままだったことを思い出す。

 

 俺は、もしかしたらこれがもとの場所に戻る手掛かりとなるかもしれない、と希望が湧きあがってくるのを感じた。

 

 

 しかし・・・、

 

 

(う、うん。ねぇアキト、いま私昔いた研究施設にいるの・・・どうして?)

 

 な・・・!!

 昔の研究施設だと!? 

 これじゃあまるで・・・!!

 

(・・・それに、私の体が6歳に戻っちゃってる)

 

 ラピスのその言葉に・・・俺は確信した。

 

 あの時だ・・・。

 俺の身勝手な願望が、希望へと変化を遂げた時。

 二度目の、そして俺にとっては全ての始まりとも言える時。

 

 まさか三度ここへ戻ってきてしまったというのか・・・!?

 

(アキト・・・これってもしかして・・・)

 

(・・・ああ。どうやら過去に戻ってきたらしい・・・)

 

(・・・やっぱりそうなんだ・・・)

 

 過去と同じようにラピスに受け答えしながらも俺はかなり混乱していた。

 これが遺跡の意志なのか?

 俺に何をしろといっているんだ!?

 

(・・・・・・・・・アキト?)

 

 ラピスの不安げな声に我に返る。

 とりあえず現状を正確に把握するまでは過去と同じように進めていくのが好ましいだろう。

 何かあっても臨機応変に対応できるように。

 

(ラピス・・・すまないが今日の日付を教えてくれないか?)

 

(え? ・・・うん、えっとね、今は2196年の・・・)

 

 どういう意図があったのかはわからないが、さすがボソンジャンプの演算ユニットが直接跳ばしただけはある。

 西暦、日付はもちろんのこと、時刻までピッタリだ。

 少なくとも俺の記憶が正しければ。

 

 そう、この日こそが運命の日。

 そして始まりの日でもある。

 だが、これは三度目じゃない。

 これは俺があの世界に帰るための最初のスタートなんだ。

 

(ラピス・・・必ず北辰よりも先にお前を研究所から助け出す!!

 だからその間、地球でやっておいて貰いたいことがあるんだ・・・)

 

(うん、任せて。私はアキトを信じてる)

 

 ラピスの盲目的な信頼は、俺の心を抉る。

 いま、俺と話しているラピスは俺の知っているラピスじゃない、というのがはっきりとわかるのだ。

 あの活発な少女の面影は何処にも感じられない。

 だがこの娘もラピスであるというのは紛れもない事実。

 はたして俺は、ラピスを含めたほかの娘達までも振り切って、もとの世界に帰る事ができるだろうか?

 

 ・・・いや、帰らなくちゃいけないんだ。

 

 あの世界で俺の帰りを待ってくれる人たちを見捨てることなど出来ない。

 

(・・・済まない・・・ラピス・・・)

 

 その俺のセリフにこめられた二重の意味を、ラピスは理解することは出来ないだろう。

 それでも、言わずにはいられなかった・・・。

 

 そして俺はラピスにサレナ及びブローディアの開発を頼んだ。

 これらが必要になることはわかっている。

 

 

 

 

(・・・以上だ。俺はこれからナデシコAに搭乗する。後は頼んだ)

 

(うん・・・アキト、いつでも話し掛けていいよね?)

 

(・・・ああ。どんなときだって話し相手になってあげるよ)

 

 ラピスの声に含まれた寂しさ、不安が手にとるようにわかる。

 だが今はこうしてリンクを介した話ししか接する手段がない。

 

 そして俺はラピスに別れの言葉を告げ、リンクを切ろうとした。

 

 が・・・、

 

(それじゃ、ラピス。行って来・・・・・・!?)

 

 

 

 ふに。

 

 

 

(頑張ってね、アキト・・・・・・・・・・・・アキト?)

 

 

 ふにふにふにふに・・・

 

 

「・・・んっ! ・・・はぁっ・・・!」

 

 立ち上がろうとして手をついた地面・・・いや、地面だと思っていたところはやけにやわらかかった。

 思わず数回揉んで見てしまったが、返ってきたのは今の色っぽい溜め息だ。

 あまりの出来事に俺の思考回路は一瞬のうちにフリーズする。

 

(アキト・・・なにやってるの?(怒))

 

(―――はっ!! ち、違うんだラピス・・・!!)

 

「んんっ・・・アー君もっとぉ・・・」

 

(怒怒怒怒怒怒怒っ!)

 

 ラピスとの会話に夢中になっていたのもあるかもしれないが、俺に気配すら悟らせない程の達人。

 そんなのは俺の知りうる限りでは1人しか存在しない。

 そう、俺の隣りには赤い髪の美少女、枝織ちゃんが横たわっていたのだ。

 

 

 

 

 しかも裸で(爆)

 

 

 

 

(すまないラピス、それじゃまた何時でも話し掛けてくれ! じゃ!!)

 

(アキ・・・!!)

 

 ラピスとのリンクを強引に打ち切ると、俺は改めて枝織ちゃんを見・・・・・・

 ・・・ようとして再び目を反らした。

 

 寝相がいいとはいえない枝織ちゃんである。

 はっきり言おう。全開だ。

 しかも場所は草原のど真ん中。

 隠す物など何もない。

 

 ・・・あ、しまった、鼻血が・・・。

 

「・・・うにゅ・・・んあ?

 ・・・あれ〜・・・? ここ、どこ・・・?」

 

 目をこすりながらぼけーっと起き上がる枝織ちゃん。

 その姿はあまりに無防備だ。

 

 と、あやふやだった記憶がピンっと繋がったらしく、その瞳をパッチリと開ける。

 

「アー君!? アー君・・・ひぐっ・・・よかったぁ・・・無事、だったんだね・・・?」

 

 突然俺に飛びついてきたかと思うと、枝織ちゃんはそのまま泣き出してしまった。

 普段ならば優しく抱き返して謝罪の1つも言うのだろう。

 

 だけど今はダメ。頼むから勘弁してくれ。

 これじゃ拷問だよ。

 

「あのさ・・・その・・・そろそろ離してもらえないかな・・・?」

 

「ふぇええ〜〜〜ん!!」

 

 

 ぐにゅ!

 

 

「うほうっ!!」

 

 ああああああああっ(嬉泣)!!

 小振りながらもなんて感触のいい・・・じゃなくて!

 こんなことしてる場合じゃないだろ、俺!!

 

「枝織ちゃん!! ・・・と、とりあえず俺の荷物からなんか出して着て・・・」

 名残惜しくはあったが何とか枝織ちゃんを引き剥がすと、脇にあった俺のリュックサックを手渡す。

 

 キョトン、とした顔の枝織ちゃん。

 それに続いて自分の体に目をやり・・・、

 その頬をポっと薄く染める。

 

 ああ舞歌さん、枝織ちゃんの情操教育は着々と進めていたんですね・・・。

 

「ア・・・アー君・・・ダメだよそんな・・・。

 初めてのときはちゃんとベッドで・・・って、舞歌おねーさんが言ってたのに・・・」

 

 舞歌さん・・・(涙)。

 あなたがナニを重点的に教えたのか、手に取るようにわかりますよ・・・。

 

 俺は千切れ掛ける理性を精一杯維持し、なんとか荷物から服を取り出して枝織ちゃんに着せた。

 ジーンズにポロシャツの簡単なものだ。

 下着はさすがに着せられないが、とにかく視覚的には漸く落ち着いた。

 

 

 

 

 

「アー君のふっく♪ アー君のふっく♪」

 

 枝織ちゃんは俺の服がいたく気に入ったらしい。

 それはお世辞にも似合ってるとは言えず、袖や足首を何回も折っているのだが。

 彼女は襟に顔を埋めたりして、かなりご機嫌だ。

 

「枝織ちゃん・・・体のほうは大丈夫かい?

 なにかいつもと違うところがあれば言って欲しいんだけど・・・」

 

「ん? ・・・う〜ん、別にないよ?

 どっちかって言うとなんか体が軽く・・・・・・あれ?」

 

 その場でくるりと一回転した後、不意にこめかみの辺りに手をやり、空中に視線を向ける。

 その表情はどんどん困惑の色を浮かべていった!

 

「あ・・・あれ? あれれ? はは・・・そんな、どうして?

 なんで・・・? おかしいよ! こんなの今まで一度も・・・!!」

 

「枝織ちゃん!! どうしたんだ!?」

 

 俺は突然慌て始めた枝織ちゃんの肩を強く掴む。

 乱暴な方法だったが効果はあったようで、彼女は必死の思いで俺に訴えてきた。

 

「アー君・・・北ちゃんが・・・北ちゃんがいないの!!」

 

「なんだって!?」

 

 まさかジャンプの影響で消え去ってしまったというのか!?

 そんな・・・そんな、馬鹿な・・・!!

 

「ふぇ・・・ほ、北ちゃんの気配が全然感じられないの・・・。

 どうして・・・? ・・・ヒック・・・やっと、仲良くできると思ったのに・・・!!」

 

 そう言って堰を切ったように泣き出す枝織ちゃん。

 俺は彼女をあやしながらも動揺を隠すことが出来なかった。

 

 北斗が死んだだと・・・?

 くそっ! そんなことがあってたまるかっ!!

 

「枝織ちゃん! まだあきらめちゃダメだ!

 もしかしたら俺たちとは別のところにジャンプアウトしただけかもしれない・・・!

 あいつがそう簡単に死ぬわけないだろうっ!?」

 

「だ、だって・・・体がここにあるのに!!

 じゃあ北ちゃんは何処に行ったのっ!?」

 

「・・・それはわからない・・・。

 だが予感がするんだ。あいつは必ず生きている。

 ・・・枝織ちゃん、ジャンプ前のこと、何か覚えてないかな?

 もしかしたらなんかの手掛かりになるかもしれない」

 

 もちろん根拠なんかない。

 どんなに戦闘力が高かったとしても、不死身ではないのだ。

 それでも俺にはどこかそれが事実であるように感じられていた。

 

「・・・ごめん・・・あんまし覚えてないや・・・。

 ただ・・・頭の中が真っ白になっていく中で、私はひたすらアー君と離れたくないって願ってた。

 もしかしたらあの時、もう北ちゃんはいなかったのかも知れない・・・」

 

 その枝織ちゃんの思いに俺はなるほど、と妙に納得してしまう。

 ボソンジャンプはナビゲートする者達のイメージが全て。

 たぶん俺の傍にいることを強く願った枝織ちゃんの想いが影響を及ぼしたのだろう。

 とすると北斗は・・・、

 

「なるほどな・・・だとするとやはり北斗も生きてこの時代にやってきてる可能性が高い」

 

 あいつならきっと俺と同じ事を思っているだろう。

 

「え!? 北ちゃん、無事なのっ!?」

 

「ああ。ジャンプは当事者達の意識が大きく影響するんだ。

 枝織ちゃんが俺の傍にいることを願ってくれたように、北斗の願いも別の形で反映されてるはず」

 

「北ちゃんの願いって・・・アー君と一緒にいることなんじゃないかな、やっぱり・・・」

 

 ぴっと立てた人差し指を顎に添えて悩む枝織ちゃん。

 確かに一面的に見ればそれは正しい。

 俺にとって北斗の存在が不可欠のものであるように、あいつにとっても俺は不可欠であるはずだ。

 だが俺たちの関係はそんな簡単なものじゃないことも確か。

 

「いや・・・北斗は間違いなく俺の宿敵として再び出てくることになるだろう。

 それこそがあいつの願いであり・・・俺の願いでもあるからね」

 

 そう、俺たちの間に馴れ合いと言う言葉はない。

 互いに己の力の全てを振り絞って戦うことのできる唯一の存在なのだ。

 争い、競い合う。それこそが俺たちにふさわしい。

 

「・・・・・・あいかわらず不器用だよね。アー君も北ちゃんも・・・」

 

 枝織ちゃんの微笑みは時々思わず息を止めてしまうほどの母性を秘めている。

 まだ幼い彼女の心がかえってやわらかな思いを持つことを可能にしているのだろうか?

 

「ところでアー君。ここ何処?」

 

「ん? ・・・え〜〜と・・・たぶんサセボの近くだったと思うけど・・・」

 

「サセボ・・・って、地球だったよね?

 跳躍事故ってどっかに跳んでっちゃうんじゃなかった?」

 

 そう言って辺りをきょろきょろと見渡す枝織ちゃんに、本当のことを言っていいものか少し悩む。

 

 時間跳躍なんてのはかなり突拍子もないことだ。

 いくら枝織ちゃんでもそう簡単に信じはしないだろう。

 が、彼女には現状について知る権利と義務もある。

 俺は数秒の思考の後、結局枝織ちゃんに全てを話すことにした。

 

「枝織ちゃん・・・信じられないかもしれないけど、今は2196年。

 遺跡の力によって俺たちはどうやら過去に跳んできてしまったみたいなんだ・・・」

 

「過去?」

 

「そう。今は俺がナデシコに搭乗する前の時間だ。

 ・・・・・・すまない。君たちを巻き込むことになってしまって・・・」

 

 小首を傾げた枝織ちゃんの、その無邪気な表情に、俺は思わず目をそらしてしまった。

 本来なら遺跡の目的は俺だけであり、彼女らは完全に巻き込まれただけに過ぎないのだ。

 

「・・・アー君・・・どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?」

 

「―――え・・・?」

 

 反らした俺の顔にそっと両手を沿えて、優しく向き直させる枝織ちゃん。

 鳶色の瞳が正面から俺を覗き込む。

 

「私は全然平気だよ? 北ちゃんも無事だって言うし、何よりアー君が一緒なんだから。

 確かにみんなとお別れになっちゃったのは寂しいけど、もう2度と会えないって訳じゃない。

 ・・・でもあの時アー君がいなくなっちゃってたらって思うとすっごく怖くなる。

 だから私は後悔も何もしてないの。

 アー君の傍にいたいって言うのは・・・私の・・・本当の願いだから・・・」

 

 その言葉に・・・・・・俺は枝織ちゃんを抱きしめた。

 

 この娘の想いが嬉しかったから。

 そのか弱い姿が愛しかったから。

 

 そして・・・何より俺は不安だったんだと思う。

 

 はじめの時間では俺には絶望しかなかった。

 だからやり直す機会を得たことに、隠しようのない期待と興奮を抱いていたのだ。

 

 しかし今回は違う。

 力の限り戦って、何とか和平に辿り着いた矢先の出来事・・・。

 確かに防ぐことが出来なかった悲劇もある。

 だが俺はそれを乗り越え、漸くみんなが幸せに暮らせるだろう世界を作り上げたのだ。

 そして俺はこれからもそれを護ろうと心に誓っていた。

 

 ・・・だと言うのに気が付いてみれば全てが振り出しだ。

 やり場のない怒りが、堪え切れない悔しさが、俺の心を蝕む。

 そんな俺にとっては枝織ちゃんの存在はまさに女神そのものだった。

 

 俺たちはかなりの時間、誰もいない草原の真ん中で、何も言わずにただ抱きしめあっていた・・・。

 

 

 

 

 

「ごめんね、枝織ちゃん。いきなり抱きついちゃって・・・」

 

「ううん、私もうれしかったもん」

 

 ほんのりと紅く染まった顔に照れ笑いを浮かべて、並んで座った俺の肩に寄りかかる枝織ちゃん。

 漸く落ち着いた俺は彼女に今後のことを話しているところだ。

 

 遺跡が何を考えているのか俺にはわからない。

 ただ、俺に出来ることは精一杯にやるつもりだ。

 だから今度もこの馬鹿げた戦争を終わらせようと思う。

 この戦争は悲劇しか生まない。

 俺にとってはけして放っておくことの出来ないものだ。

 

「うん! アー君らしいね! 私もお手伝いしてあげる!!」

 

 そのことを枝織ちゃんに話すと、彼女は笑顔で賛成してくれた。

 考えてみれば前回救えなかった人たちを救うチャンスでもあるのだ。

 もともと自虐的思考の俺にとって、枝織ちゃんの存在はかなりありがたい。

 枝織ちゃんの前向き思考は、非常に俺の心の支えとなってくれている。

 

「枝織ちゃん、俺は最終的にもとの時間に戻ろうと思っている。

 あそこには俺たちの帰りを待ってくれている人たちがいるからね。

 この時代の戦争を治めた後、俺と枝織ちゃんと、北斗の3人で何とか戻る方法を考えよう。

 きっと、何か方法があるはずだから・・・」

 

「・・・そうだね。あんまり心配かけさせちゃダメだもんね。

 うん、そうしよ!

 それじゃあ早く北ちゃんのところに行かなきゃ!」

 

「ああ、そのためにはもう一度ナデシコに乗る必要がある。

 ・・・枝織ちゃん・・・改めてお願いしたい。

 俺に・・・君の力を貸してくれ。そして・・・俺を支えていて欲しい」

 

 俺は自分がとても弱い人間であると言うことを知っている。

 そう誰か、支えてくれる人がいなければいけない。

 そして、枝織ちゃんなら俺を支えてくれると思う。

 ・・・・・・いや、違う! 俺が彼女に傍にいて欲しいんだ!

 

「アー君・・・あたりまえだよ。

 だって私はアー君のことが大好きなんだからっ!」

 

「ありがとう・・・枝織ちゃん。

 俺も・・・・・・君のことが大好きだ・・・」

 

「―――アーく・・・んむっ!?」

 

 驚きに目を丸くした枝織ちゃんの唇を、俺は奪った。

 一瞬だけ躯が強張るのを感じたが、すぐに力が抜け、その身を俺に委ねてくれているのがわかる。

 

 閉じられた瞼から伸びる長い睫毛の感触。

 抱きしめた細い肩から伝わってくるほのかな温もり。

 すぐに自ら求めるようになり、俺の背中にしがみついた華奢な両腕。

 全てが愛おしく、俺はさらに強く彼女を求めるようになる。

 

 風の音と、虫のさえずりだけが支配する空間。

 そしてそこに、新たに淫靡な水音が加わることとなった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 後編でまとめて。