紅の戦神

 

 

第四話

 

 

 

 ガイは入院した。

 ルリちゃんに聞いた話ではやはり反撃時に転倒したうえ、クルーに踏まれたらしい。

 かわいそうだとは思うがこれで最悪の事態は免れた。

 俺はなぜだかガイと会うのを非常に楽しみにしていた枝織ちゃんを連れてお見舞いに来ているところだ。

 

「お〜い平気か、ガイ?」

 

「おおお!! 見舞いか? 見舞いなんだな!?」

 

 無難な言葉を口に出しながら入ってきた俺たちをガイは感激の涙で迎えた。

 今まで誰も見舞いにきてくれなかったようだ。

 まあ好き好んでこんな暑苦しい奴のところに来たがるのはヒカルちゃんと万葉さんくらいのものだろう。

 

 見舞いに来たはずの俺達に対して茶を振舞うなど、怪我人とは思えないくらい機敏に動いていたのは流石だ。

 

「うわーすごいね、全身の骨がばきばき・・・。

 しかも突き刺さるはずの肋骨が内臓に弾き返されてる〜」

 

 ・・・ほんとに何者なんだ、お前は?

 

「ガイくん、よかったら私が治してあげようか?

 昔お父様から整体術とかも習ったんだ」

 

「なに!? そいつはいい! ぜひやってくれ!」

 

 因みに枝織ちゃんの本日の格好はナース服。

 もちろんウリバタケコレクションだ。

 とりあえず定番コースは制覇しておかなくちゃ。

 

「それじゃ枝織ちゃん。俺は用事があるから行くね。

 ・・・ほどほどにしとくんだよ?」

 

「(ジャリ)・・うん、いってらっしゃいアー君」

 

「ジャリっておい・・・」

 

 笑顔で言いながら鎖を取り出した枝織ちゃんに怪訝な顔をするガイ。

 前回は怪我人の癖に医務室を抜け出して出撃したりしたからな。

 悪いとは思ったが動けないように拘束しておいて欲しいと枝織ちゃんに頼んだんだ。

 

 そう、俺はこれからムネタケと話すつもりだ。

 かつてあいつ自身が言っていたようにお互いに笑い合える場所を作るために。

 そして・・・ムネタケはけして無能じゃない。

 あいつは自分の持っていないものを全て持つ俺を憎んでいたようだが、

 それは俺が持っていないものをムネタケが持っているということでもある。

 俺には大切なものを守ろうとする意志と、そのための力が。

 ムネタケには戦況を・・・いや、戦争そのものを見抜く眼力がある。

 俺も含めた誰もが最後まで気付いていなかったがな。

 だからこそあいつは俺を憎悪した。

 そして俺は親友を殺された恨みから、あいつの考え、思想、そしてすべてを否定した。

 結局行き着いたのはあの悲劇だ。

 もう繰り返すつもりはない。

 

 

「・・・なんでわざわざ鎖で縛るんだ?」

 

「気にしない、気にしない! 痛いのはちょっとだけだから。すぐに何も感じなくなるよ」

 

「ちょ、待っ・・・ぎゃ〜〜〜〜〜!!!」

 

 

 ・・・さて、第3防衛ラインまでに話を終わらせなきゃな。

 

 

 

 

「我々に対するこの扱いは明らかに条約に反しているぞ!」

 

「うるせえな〜。頭だけ残して改造しちまうぞ?

 大人しくしててくれよな、ったく」

 

 ちょうどウリバタケさんがムネタケ達を軟禁しているところのようだ。

 俺は気配を殺して物陰に潜み、彼がいなくなるのを待った。

 

「・・・・・・で、どう?」

 

「もうすぐです。それにしても今時縄なんてほんと、素人臭いって言うか・・・・・・っと、切れました」

 

 プシュ!!

 

「悪いが、逃げるのは少し待ってもらう」

 

「なにっ!?」

 

 入ってきた俺に対し、既に拘束を逃れていた数人が身構える。

 懐に手を伸ばす者もいた。

 ウリバタケさん、せめて武装解除くらいはしておいた方がいいと思うぞ。

 

「アンタ・・・テンカワとか言ったわね。

 このアタシに何かようかしら?」

 

「ああ、あなたに話があるんだ副提督」

 

 正面から俺を見据えるムネタケ。

 その表情からは何を考えているのか窺うことは出来ない。

 

「そう・・・でも残念ね。アタシにはアンタと話すことなんかこれっぽちもないの。

 悪いけど拘束させてもらうわ。

 ああ、安心しなさい。命を取るとまでは言わないから」

 

 ムネタケの目配せに応じて軍人達が俺を取り囲む。

 なるほどな。全員が拘束から解放されるまでの時間稼ぎか。

 

「無理にでも聞いてもらうさ・・・」

 

「馬鹿がっ!」

 

 不敵に笑った俺に対し、軍人達が一斉に襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

「・・・で、アンタいったい何者なワケ?

 連れの小娘と言いアンタ自身と言い・・・異常極まりないわ」

 

 ほう、この状況でもここまで落ち着いていられるとはな。

 俺の戦いを見た奴は大概まず畏怖や恐怖を抱くものだが・・・。

 

 今、俺はムネタケと連れ立ってシャトルの発射準備をしている。

 襲い掛かってきた奴らには当分の間眠ってもらった。

 すでにシャトルのなかに放り込んである。

 

 ナデシコから逃がすことを条件に話を聞いてもらえることになったのだ。

 やろうと思えば確かに無理矢理話すことも出来たが、こいつに対してそれは間違いだ。

 ムネタケという男は絶対に力に屈したりしない。

 だからこそかつての俺とあそこまで対立していたのだから。

 

「ただのコックですよ」

 

「コックと言うコックがみんなアンタみたいのだったらアタシ達軍人は揃って廃業ね。

 まあ言いたくないのなら追求はしないわ。そんなことできる立場じゃないみたいだし。

 ・・・それで話ってのは?」

 

「・・・副提督、俺に力を貸してくれませんか?」

 

 俺の言葉にムネタケはその動きを止める。

 そして一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたかと思うと、それはすぐに嘲りへと変化した。

 

「はは、なによ、話ってそんなこと?

 なにに力を貸せって言ってるのか知らないけど他を当たってくれない?

 アタシにはアンタに貸せる力なんて何もないわ。

 パパの評判を落とさないために今の地位に固執してる程度のくだらない人間にはね」

 

 ・・・既にムネタケの心は空っぽなのか。

 優れた父を持つが故に己の力を的確に評価されず、空回りしつづけた男のなれの果て。

 冷静になって考えてみると俺はどこを見てこいつを無能と判断していたのか。

 こいつが今の地位にまで至ったのは決して七光りじゃない。自身の実力だ。

 ただその実力をこいつ自身も含めて誰もが認めようとしなかっただけ。

 ・・・悲しいことだよな。

 

「現段階で、あなたがくだらない人間だって事は否定しませんよ」

 

「・・・・・・言うじゃない」

 

「事実ですからね。・・・でも、俺にはあなたの協力が必要なんです」

 

「・・・アンタ、いったいなにをしようって言うの?」

 

 自嘲気味な笑みが姿を消し、探るような視線が俺を貫く。

 どうやら俺に対して興味を抱いたようだな。

 

「それはあなたが俺に力を貸してくれると約束してくれたら教えます。

 敵に回る可能性のある人間に易々と話すわけには行きませんから」

 

「ふん・・・その通りね。アタシでも信用できない奴には話したりしないもの」

 

 不器用だな。口先だけでも承諾しておけば情報を得られるのに。

 

「副提督、あなたは俺には出来ない考え方を持っている。

 大切な人達の安否しか見えてない俺と違って、大局を見ることのできる眼もある。

 もしあなたがその力を俺に貸してくれるのなら・・・」

 

 一度切る。

 そしてムネタケに対して微笑みながら、

 

「俺は・・・いえ、俺たちはあなたに居場所を提供することが出来ます。

 あなたがあなたでいられる居場所をね」

 

 互いに見詰め合う形となったムネタケの瞳に動揺が浮かぶのが解った。

 そう、ムネタケは迷子になっているんだ。自分の居場所を求めて。

 誰も認めてくれない、誰も見てくれない場所から抜け出したいのだ。

 そしてそれは・・・ナデシコにある。

 俺や、多くの仲間たちと同じように。

 

「・・・どうやらアンタには隠し事できないみたいね。

 そう、アンタの言う通りだわ。確かにアタシは自分の居場所を求めてる。

 ムネタケ・ヨシサダの息子じゃなく、ムネタケ・サダアキと言う一人の人間だって事を認めてくれる場所をね。

 でもそんなものがどこにあるって言うの?

 アタシはどこまで行ってもパパの子供なのよ。半人前なのよ。

 でなきゃ民間用戦艦のお目付け役なんて任務を任されるはずないもの。

 体のいい厄介払いよね。

 アンタ達が使えると解って拿捕命令が来ても結局失敗しちゃったし・・・。

 あ〜あ、帰ったらまた言われるわ。お前は地球連合軍の面汚しだ・・・って」

 

 はじめ、軍はナデシコに関与するつもりはなかった。

 たかが民間と侮っていたからだ。

 そこへムネタケを派遣すると言うことは・・・つまりそう言うことなのだろう。

 

「・・・けどこのまま行くと軍はあなたを使い潰しますよ。

 到底出来ないような無理難題を吹っ掛けて、その全責任を負わせる・・・」

 

「わかってるわ・・・わかってるのよ、それくらい。

 でもね、どんなに辛くてもアタシは軍人なの。

 命令には従う義務があるし、もし逆らえばそれはパパの顔に泥を塗ることになるわ。

 だからアタシには逃げ場なんてないの。

 使い潰されるならそれも仕方ないわ。アタシが自分で招いたことなんだから」

 

 

 ドォォォォォッ!

 

 

 不意に微震が艦内を揺らす。

 第4防衛ラインに入ったようだ。

 

「テンカワ、悪いけどそろそろ行かせて貰うわよ。

 第3防衛ラインに入ったらここも慌ただしくなるでしょうしね。

 戦闘の間は身を潜めて、終わり次第こんなとことはおさらばだわ」

 

「副提督、帰ったらよく考えておいてください。

 今の軍はあなたにとって害にしかならないということ、

 その中であなた自身に何ができるのか、何をすべきかと言う事を。

 そして、戦うんです。かつてあなたが信じた正義の為に、ね」

 

 俺の言葉を背中で受けるムネタケは無言だ。

 俺もこんな言葉くらいでこいつを変える事が出来ないことくらい承知している。

 今必要なのは長い時間をかけて自問を繰り返し、自分なりの答えを導き出すことなんだ。

 

「次に会った時、もう一度真意を問います。

 出来ればそれまでに答えを出しておいてくれると嬉しいです」

 

「アンタ達が向かうのは火星・・・敵地の真っ只中よ。

 無事に帰ってこられると本気で思ってるの?」

 

「・・・帰ってきますよ。必ずね。

 それにこのナデシコはあなたの居場所となるところです。

 いきなり取引材料を無くすようなことはしませんよ」

 

 自身満々に言う俺にムネタケは振り返る。

 だがその口が開かれる前に俺は続けた。

 

「ただ、1つだけ忘れてはならないことを言っておきます。

 もしあなたが現状のまま何も変わらずにいれば、

 俺とは対極にあるその考えが必ず俺たちを対峙させる事になるでしょう。

 そして・・・俺は敵に対しては絶対に容赦しません」

 

 殺気を込めて言う。

 

「・・・ぞっとしないわね。ま、考えておくわ。

 でもあまり期待しないでちょうだい。

 そんな脅しに屈服できるくらいなら、もう少しマシな生き方をしてると思うもの」

 

「ええ。それから俺たちが戻ってくるまでに使い棄てられる危機を感じたら、ミスマル提督を頼ってください。

 いくらか自由は利かなくなると思いますが、あの人は部下を生け贄にしたりすることだけは絶対にしません」

 

「わかったわ。それじゃ、せいぜい生きて帰って見せなさいよ?

 そんなことも出来ないようじゃアンタにアタシの命を任せる気にはなれないわ」

 

 ムネタケはそれだけ言うとシャトルの扉を閉めた。

 自分を必要としてくれる者がいるということで、視野を広げてくれるといいのだが。

 考えてみると今一番先のわからない奴ではあるな。

 

 先ほどから揺れがだんだん激しくなっている。

 第4防衛ラインが最後の力を振り絞っているのだろう。

 つまり、第3防衛ラインが近い。

 

 ピッ!!

 

「ルリちゃん、状況は?」

 

『アキトさん・・・もうすぐ第4防衛ラインを抜けます。

 そして第3防衛ラインでは・・・』

 

「・・・来るだろうな。間違いなく」

 

『ええ。ですが普通、置き去りにされた時点であきらめませんか?』

 

 辛辣なルリちゃんの言葉。

 だがジュンもまたナデシコにとって欠かすことの出来ない人材だ。

 

「その一途さがジュンのいいところさ。

 それに、あいつを必要としてるのは何もユリカだけじゃない」

 

『・・・他に誰かいましたっけ?』

 

 き、きついなルリちゃん・・・。

 まあ知らないから仕方ないけど、チハヤを救うことが出来るのはジュンだけだからな。

 

『ところでアキトさん、どうしてシャトルの発射口なんかにいるんです?』

 

「ああ、いまムネタケ副提督を逃がそうとしたところだよ。

 とりあえず気付いてない振りをしてくれるかな?」

 

『・・・そうですね。さっさと居なくなってくれた方がいいでしょう。

 わかりました。オモイカネに頼んでおきます』

 

 なんか微妙に考えに食い違いがあるような気がする。

 

「あと枝織ちゃんがどこにいるかわかるかい?

 戦闘に入るなら話しておきたいんだけど・・・」

 

『む・・・枝織さんでしたら先ほどからブリッジでミナトさんと喋ってますね。いま繋ぎますから・・・』

 

 ピッ!!

 

『あ、アー君どうしたの?』

 

 新たに現れたウィンドウ。そこには相変わらずナース姿の枝織ちゃんが映っている。

 その姿に後ろの方でゴートさんが悶絶しているが・・・。

 

「枝織ちゃん、これから戦闘に入る。

 エステで待機していてくれ」

 

『は〜〜い、了解』

 

 ピッ!!

 

【敵機確認】

 

 ルリちゃんと繋がったままの通信に、オモイカネから知らせが入る。

 どうやら第3防衛ラインに入ったようだ。

 

『ありがとう、オモイカネ・・・艦長、第3防衛ラインに入りました。

 同時に敵機デルフィニウムを9機確認。

 10分後に戦闘に入ります』

 

『う〜〜ん、ディストーションフィールドで持ち堪えられない?』

 

『無理だと思います。現在のフィールド出力では完全には防ぎきれません』

 

『そっか。それじゃ、アキトに連絡してユリカを守るようにお願いしてくれる?』

 

 ・・・ナデシコを、じゃないのか?

 

『・・・ま、いいでしょう。アキトさん・・・』

 

 ルリちゃんが言いかけたときだった。

 

『あれ? でもなんでヤマダさんがエステに乗ってるんでしょう?』

 

 

 『うそ?』(ブリッジ全員+俺)

 

 

 メグミちゃんの呟きに思わずみんなで声を揃えてしまう。

 

「・・・枝織ちゃん?」

 

『えーー、私ちゃんとアー君が言った通りにしたよー?

 全身の骨が折れてるみたいだったけどとりあえず何箇所か外しておいたし、

 ベッドに鎖でガチガチに縛ってきたんだから・・・。

 アー君や北ちゃんじゃなきゃ抜け出せないよぉ』

 

 枝織ちゃんがそう言うのなら本当にそうしたのだろう。

 だがルリちゃんが開いてくれたウィンドウで、ガイが出撃しようとしているのは事実だ。

 とりあえず確認をとってみるべきか。

 

 ピッ!!

 

「・・・ガイ、何をして・・・いや、その前にどうやって抜け出したんだ?」

 

『決まってるだろうが!! 俺のこの熱い魂で、邪魔する奴を叩きのめす!!

 そのためにはあの程度の拘束は何の妨げにもなりはしないのさ!!』

 

 もうお前に常識云々は期待しないから、せめて物理法則は守ってくれ。

 

『ヤマダ機、発進しました。どうします? アキトさん』

 

「は〜〜、見捨てるわけにも行かないからな。

 仕方ない。俺が出て連れ戻してくるよ」

 

『あ、私も行く!』

 

 

 ガイの出撃から遅れること10分。

 俺たちはナデシコから発進した。

 にしてもあいつまともに操縦できてるのか?

 

 

 

 一応回避行動に専念していたようだが、かなりのダメージを負っていることが明らかだ。

 さすがに全身骨折・全身脱臼の状態で戦闘は無理だろう。

 自業自得とはいえ放っておくわけにも行かない。

 

 ピッ!!

 

「ガイ! 俺たちが到着し次第牽制するからナデシコに帰艦しろ!」

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

「―――ガイっ!?」

 

 やばい! もう意識が飛び掛ってる!

 

 

 ドン、ドン、ドドン!!

 

 

 俺は活動を停止し、落下しようとしているガイのエステを襲おうとした敵のブースターを破壊する。

 

「ガイ! ガイ、しっかりしろ!」

 

『お・・・おお? すまねえ、アキト。

 ちょっとばかし気が遠のいた・・・』

 

「いや、無事ならいい。後は俺がやるからお前はナデシコに帰艦するんだ」

 

『ああ、頼んだ・・・いてててて』

 

 ふらふらと危なっかしくガイがナデシコに帰艦していくのを見送る。

 

 俺たちが来るのが後少し遅れてたら死んでたぞ?

 無茶ばかりするなよな・・・。

 

 

 

 

 そのころブリッジではユリカがジュンと通信をしていた。

 

『ユリカ・・・最後のチャンスだ。ナデシコを戻して』

 

「ジュン君・・・」

 

「君の行動は契約違反だ」

 

 そう言う問題ではないでしょうに、ゴートさん。

 

『力づくでも君をつれて帰る。

 抵抗するなら、ナデシコは第3防衛ラインの主力と闘うことになる。

 僕は君と戦いたくない』

 

「臨界ポイントまであと19650キロメートル」

 

「どうしますか、艦長?」

 

 ルリちゃんの冷静な報告にプロスさんの確認をとる声。

 ユリカは少しだけ悩むようなしぐさの後決心したように顔を上げた。

 

「ごめんジュン君。私ここから動けない。

 ここが私の場所なの。

 ミスマル家の長女でも、お父様の娘でもない。

 私が私でいられる場所は、ここだけなの」

 

『そんなに・・・そんなにあいつがいいのかい!?』

 

「へ?」

 

 

『わかったよユリカ・・・、

 

 では、まずあの機体を破壊する!!』

 

 

 そう言うジュンの視線の先にはふらつきながらも何とか高度をとるガイのエステがあった。

 

 

 そしてそのエステに向けて8基のミサイルが放たれる!

 

「暴走してて自分が何やってるのか解ってないのかっ!?」

 

 ジュンの気持ちも解らないでもないが、これはやりすぎだ。

 俺はガイに向かうミサイルに正確に銃口を向けた。

 

 ピッ!!

 

『アー君、私に任せて!』

 

「枝織ちゃん!?」

 

 突然通信を入れてきた枝織ちゃんが俺の返答を待たずしてガイのエステとミサイルの間に割り込む。

 

『枝織ちゃん、危ないよ!!』

 

 ブリッジからのユリカの声。

 だがそんなことはお構いなしにミサイルは枝織ちゃんに向かって直行する。

 

 そして・・・、

 

 

    スススッ・・・

 

 

      ・・・ドカァァァァァァンッ!!!!

 

 

 枝織ちゃんの駆るエステが全てのミサイルの軌道をさばき、見当はずれの方向で誘爆させてしまった。

 叩き落すなら兎も角、ミサイルを無手でさばくなどたぶん前代未聞だろう。

 二回目の時間での俺も、この時点では出来なかったに違いない。

 

『なんだ・・・いま何が起こったんだ!?』

 

 その華麗な操縦に敵味方が戦慄する。

 

「よし、枝織ちゃん、そのままガイを連れていったんナデシコに帰ってくれ!」

 

『りょうか〜い!』

 

 言いながら止まっていた機体のブースターを打ち抜く。

 

 

 ドドン!! ドン!!

 

 

 俺も枝織ちゃんに負けてはいられない。

 殺さないように注意しながら確実に敵の行動を封じていく。

 

 ピッ!!

 

『アキトさん・・・いいんですか?』

 

「ああ、ま、仕方ないよ。

 いつまでも隠しておける訳じゃないしね。

 さ、あとはジュンの説得だ」

 

 心配してくれたのだろう。

 通信を入れてきたルリちゃんに軽く微笑みながら返す。

 それに枝織ちゃんのほうはあんまり隠していないからな。

 

『ええ、頑張ってください。ジュンさんはアキトさんじゃなきゃ納得しないでしょうから』

 

「了解!」

 

 そしてルリちゃんと入れ替わりにジュンから通信が入る。

 

 

 

 ピッ!!

 

『・・・テンカワアキト!!

 正直に言おう、僕は君が憎い!!』

 

「・・・羨ましいくらいに真っ直ぐな奴だな」

 

 解ってはいたが、こう正面切って言われると多少面食らう。

 思えばジュンも俺に似ているのかもしれない。

 ただこいつは俺よりも頭がよかった。

 何も考えず突っ込むだけというわけには行かなかったのだろう。

 だから憎むしかない。だから余計に苦しむのだ。

 

『お前の何がユリカを魅了したんだ!

 特別なものなど何も持っていないお前が!!』

 

「人が人を想うのに、特別なものなんかいらないさ。

 ま、俺が言えたことじゃないがな」

 

 はっきり言ってユリカが何故俺に惚れたのか、今でも解らない。

 10年は離れていたはずなのにな。

 

「ジュン、お前はユリカの為だけにここまで来たのか?

 ・・・いや、ユリカの為だけに軍に入ったのか?」

 

『違う! それは理由の一つに過ぎない!

 僕は何より正義の味方になりたかったんだ!!

 ユリカを・・・地球を守りたかったんだ!!

 その為に軍に入った! だけど・・・!!』

 

「・・・軍にも正義はなかった、だろう?」

 

『そうだ! だからこそユリカとナデシコをここで見逃すわけにはいかない!

 連合軍は命令に違反したユリカ達やナデシコクルーに反逆罪を適用するに違いないんだ!!

 そんなこと・・・そんなこと僕は認めない!!』

 

 必死だな、ジュン。

 そして前だけを見つめている。

 限られた力を使って、大切なものを護る為に精一杯なお前の姿は眩しくさえあるよ。

 

 やはり、お前は絶対にナデシコに必要だ。

 

「安心しろジュン。たとえここでナデシコに反逆罪が問われたとしても、だ。

 その性能やクルーの実力は無視できない。ならば軍も頭から対抗しようとはしないはずだろう?

 なによりそれはネルガルを敵に回すことになるからな。

 いくら頭の固い軍上層部もそんな無謀なことはしないさ」

 

『・・・ネルガルがユリカの為に動くという保証はない』

 

「動くよ。間違いなく。だから心配するな。

 それよりもお前にはユリカの傍にいてやって欲しい」

 

 だいたいネルガルの会長はあいつだからな。

 そしてもうすぐ俺の支配下になる。

 アカツキにしろ俺にしろ、ナデシコを最優先にする点では変わりない。

 

『・・・僕に、ユリカのサポートをしろというのか!?』

 

「ああ・・・それにこの世界にはお前でしか救えない人間だって居る。

 そんな人が現れたとき、ナデシコなら全力でお前をサポートできるんだ」

 

 だがそれもお前が居なくてははじまらない。

 

『僕にしか・・・救えない人・・・』

 

 俺から伝えられた思いもよらない言葉にジュンは動揺する。

 今まで真に必要とされたことがなかったジュンには想像もできないことだろう。

 

 そして、悩んだ末にジュンが出した答えは・・・、

 

『ならば・・・テンカワアキト!

 僕と一騎打ちで勝負しろ!!』

 

『隊長! そんな勝手なことを・・・!』

 

『お前達はステーションに戻れ! もうすぐミサイルの雨が来るぞ!』

 

『―――!! 了解しました!!』

 

 

 ゴオォォォォォッ!!

 

 

 第2防衛ラインの存在を思い出した部下達は一斉に帰投する。

 どのみちこれ以上はデルフィニウムの活動限界だ。

 自分の命を賭してまで戦う理由は彼らにはない。

 

『・・・僕の人望なんてこんなもんさ。

 それでも君は・・・僕にしか救えない人がいるなんて言えるのか?』

 

「あたりまえだ。そしてこのナデシコにも・・・お前は必要なんだよ」

 

『・・・ありがとう。テンカワ。

 だけど・・・もう遅いんだ』

 

 穏やかな様子で頭上を見上げるジュン。

 その瞳には何かを悟ったような輝きがあった。

 

『第2防衛ライン侵入、ミサイル発射を確認』

 

 オモイカネからの警告。

 だが問題ない。予定通りだ。

 

「ジュン、言ったはずだ! お前はナデシコにとって必要な人間だと!

 こんなところで死ぬことがお前の価値じゃない!!」

 

 

 ガンッ!!

 

 

 そう言いつつジュンのデルフィニウムをナデシコに向かって蹴り飛ばす!

 

 それは再発進していた枝織ちゃんにキャッチされた。

 

「枝織ちゃん、ジュンを頼むよ」

 

『ぶ〜〜! わかったけど、せっかく出てきたのに〜』

 

「ははは・・・ごめんね。

 ルリちゃん! 俺はこのままミサイルを迎撃する!

 ディストーションフィールドは解かないでおいてくれ!!」

 

 

 ピッ!!

 

 

『アキト! 危ないよ!

 今ならギリギリで間に合うから、早くナデシコに帰ってきて!!』

 

「ダメだ! それだとナデシコが撃沈される恐れがある!

 ・・・安心しろユリカ。これくらい、俺にとっては造作もないことだ」

 

 ま、北斗との戦闘に比べれば大抵のことはなんでもなくなるがな。

 

『わかった、アキトを信じるよ!』

 

『私も信じてますからね、アキトさん』

 

『テンカワ・・・すまない。生きて帰ってきてくれ』

 

 次々と開かれるウィンドウ。

 ・・・邪魔なんですけど。

 

『アー君・・・』

 

「枝織ちゃんか・・・大丈夫、俺はまだ死なないよ。

 北斗や枝織ちゃんのためにもね」

 

『ううん、そうじゃなくてね。私もやりたいな〜・・・って思って』

 

 そう言うと俺のエステの隣りに枝織ちゃんの空戦フレームが並んだ。

 ここまで近づいてわからないなんてな・・・どうやら俺も鍛え直さなきゃいけないみたいだ。

 

「よし! それじゃやるか!!」

 

『うん!!』

 

 

 ゴワァアアァァァァッ!!

 

 

 雪崩のようなミサイルが俺たちに向かって振ってくる!

 

 制限された空間でこれだけの量を墜とす・・・。

 たしかにかつては久しぶりに緊張で倒れてしまうほどだったが、今はそんなことない。

 北斗との身を削りあう戦闘の緊張感は、無機質なミサイルの攻撃には全く感じられないしな。

 それに何より枝織ちゃんとの二人がかりだ。

 はっきり言ってぬるい。

 

「枝織ちゃん! どっちが多く墜とせるか競争だ!」

 

『いいよ! 私が負けたらアー君の言うこと何でも1つだけ聞いてあげる!』

 

「それじゃ俺が負けたら枝織ちゃんの言うことを聞けばいいんだね?」

 

『うん!』

 

 ふふ、これはやる気が出てきた!

 

 

 ドンッ! ドンドンドンッ!!

 

 

 俺が放った銃撃が、拳が、確実にミサイルを墜としていく。

 至近距離で爆発するミサイルの衝撃も攻撃へと転用するのはやはり今だからこそ出来る技だ。

 

 一方枝織ちゃんはミサイルの隙間を縫うように回避しながらその手で撫で切るように触れていく。

 するとまるで魔法のように次々とミサイルが爆発していくのだ。

 時には先ほどのように最小限の力だけで軌道を変え、ミサイル同士で衝突させて誘爆させたり。

 フィールドを指先に集中させて切断したり。

 

 どうやら本気を出さなくてはいけないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

「第2防衛ライン突破・・・」

 

「・・・凄まじいですな〜〜」

 

「ほ〜んと。ミサイル1つもこないね〜」

 

「・・・・・・戦う看護婦か・・・(赤面)」

 

「テンカワ・・・本当に、僕は・・・」

 

「すごい! すごい! さっすがアキト!」

 

「・・・アキトさん、また非常識に腕を上げてますね」

 

【ミサイル、全基撃墜確認】

 

「うそ!? この短時間であのミサイル群を!?」

 

「見てる通りですよメグミさん。

 ミサイル、全て撃墜。エステバリス、ナデシコ、共に損害皆無」

 

「ルリちゃん! アキトを収容して!」

 

「了解!」

 

 

 オモイカネに指示された通り、俺たちはナデシコに帰艦した。

 そのまま医務室へ向かう。

 

 戦闘中に失神までしたガイの様子が気になったからだ。

 

 

 

 

 

「すごいなアキト!! それでこそ俺の親友だ!!」

 

 

 ・・・・・・妖怪め。

 

 医務室のガイは既に意識を取り戻し、元気に俺たちを迎え入れた。

 やはりこいつが医療室のヌシと呼ばれる日は近い。

 

「・・・枝織ちゃん」

 

「うん、まかせて!」

 

「へ? ・・・ぎょえ〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 シュタっとガイの前に降り立った枝織ちゃんはその両腕でガイの体を掴む。

 と同時に響き渡る絶叫。

 過激ではあるがこれはれっきとした治療・・・・・・らしい。

 

 俺は泣き喚くガイを静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 因みにさっきの勝負は俺の勝利に終わった。

 

 ふふふ・・・さて何をしてもらおうか・・・。

 

 

 

 

 

 あとがき

 ムネタケ及びジュンを救済。

 この二人嫌いじゃないんですよね。

 ムネタケはとにかくジュンは特に。あいつはただ恵まれないだけなんですよ。

 それに本編だとアキトはどこかジュンを見下してる節がありましたから。

 今回はジュンという人間を認め、ちゃんとした仲間として付き合っていくつもりです。

 だからジュンに対してあまり偉そうにしないようにします。

 ・・・ジュンファンとしてはあまりかわいそうな目にあって欲しくないんですよ。

 

 

 

 

 

代理人の

「アキトさん。あなたは堕落しました(びしぃっ!)」のコーナー(笑)

 

 とりあえず定番コースは制覇しておかなくちゃ。

 

なんだ!?定番ってなんだオイ!?

 

 

 ふふふ・・・さて何をしてもらおうか・・・。

 

なんだ!? 何をさせる気だ貴様は!?

 

 

コレだけシリアスの多い話でもきっちりと堕落してくれるアキト君、貴方は素敵です。

・・・いや、ジュンと同じでまっすぐなのか。自分の欲望に(爆)。

 

 

 それに本編だとアキトはどこかジュンを見下してる節がありましたから。

 

いや、見下していたのはアキトじゃなくてさく・・・ゲホゲホ。