機動戦艦ナデシコ
        あした
〜懐かしい未来〜


第7話 “The Ones to Divide

とりあえず、ナデシコは無事サセボを出航した。
しかし、一向にアキトは現われない。
ラピスに連絡を取ってみようと考えるイネス。
地球にいる間しかラピスとの連絡は取れない。
思いついたら即実行である。

イネスは、医務室のコントロール部(ナナフシの分析をしていたところ)からオモイカネにアクセスする。
コミュニケでもオモイカネにはアクセスできるが、コミュニケの回線は傍受しやすいから、この方が安全だ。
コミュニケは着信拒否にしておく。
ついでに、医務室の扉もロックする。

「オモイカネ、ラピスの所に極秘で回線を繋げて。
ルリちゃんにも気付かれないように」

[音声ならびに映像が不明確になりますが、よろしいですか?]

「話が出来ればいいわ」

[了解しました]

オモイカネの返事の後、少しの間があってラピスのウィンドウが開く。

「ラピス、アキト君が・・・」

「イネス!アキトが、アキトがいないの!!」

イネスが話そうとすると、それを遮ってラピスが叫ぶ。

「アキトが、アキトが・・・」

「ラピス、落ち着いて。
いないって、どういう事?」

「いないの。どこにもいないの」

(つまり現在、アキト君はどこにも存在しない、ということ?)

ラピスの言葉をその通りに取ればそうなるだろう。

「いつまではアキト君の存在を確認できたの?」

「アキトは火星にいた。
そこにバッタが攻めてきた」

第一次火星会戦の事らしい。

「そこで、女の子に会ったみたい・・・」

アイのことだろう。

「それで?」

「ジャンプしたの。
でも、その後いなくなった。
どこにもいないの!」

なるほど、と納得するイネス。
つまり、アキトは前回の歴史をなぞって、アイと一緒にランダムジャンプした。
そして、そのままジャンプアウトしていない、というわけだ。
確かに、ランダムジャンプであの時と同じ場所に跳ぶという保証はない。
既に、完全に同じ状況ではないわけだから。
おそらく、アイの方は前回と同じ20年前に跳んだのだろうが・・・。

(アキト君はどうしたかしら。
ナデシコが火星から月へジャンプした時のように、時間差が出ているだけならいいけれど・・・)

「ねえイネス、アキトは、アキトはどこに行ったの?
もう会えないの!?」

「落ち着きなさい。大丈夫よ。
今は、アキト君が何処に行ったか知る術は無いけれど・・・。
きっと会えるわ。
今は、信じて待ちましょう。いいわね?」

また、こんなセリフを言う事になるなんてね、と心の中で苦笑いするイネス。

皮肉にも、ボソンジャンプがまたしても2人を隔てたのだ。
しかも、同じあの時のボソンジャンプが、別の形で。

(・・・何処に行ったの?アキト君・・・)

ラピスは、何とか落ち着いたらしい。

「いい?ラピス。
これからナデシコは宇宙に出るから、暫く通信出来ないわ。
電波を発すると木星の兵器に気付かれてしまうから。
でもアキト君が戻ってくれば私と連絡を取る方法はあるはずよ。
だから、戻って来たら、私に連絡を入れるように言って。
ラピス、暫く寂しくなるでしょうけど・・・アキト君は、きっと戻って来るから」

「・・・わかった」

「じゃあ、切るわよ?」

「うん」

「元気でね、ラピス」

そう言って、イネスは通信を切る。

 

アキトが行方不明というのは、流石に予期しない出来事だった。
仕方なく、分かる範囲でアキトの目的を達成する事にする。

いつかアキトがまた現われる事を信じて。

(その前に、確かこの頃ムネタケ提督の反乱が起きるんだったわね。
これはどうしようかしら・・・別に反乱を起こされても私は困らないんだけど・・・。
でも今回アキト君がいないし、無用なトラブルは避けるべきかしらね)

「オモイカネ、ムネタケ提督・・・じゃない、副提督の動きを調べてくれない?」

[現在、副提督の私室にて軍人十数名と会議中]

「内容は?」

[ナデシコを軍属にする事を考えているようです]

素直に答えるオモイカネ。
プライバシーなどなんのそのである。

オモイカネの返事でムネタケが前回と同じことを企んでいると確信したイネスは、オモイカネに次の指示を与える。

「少しの間、副提督の私室のドアをロックして。
それから、プロスさんに匿名のメールを送って。
副提督の動きに注意するように、と。
送信先が分からないようにしてね」

[はい]

(これで、後はプロスさんが適当にやってくれるでしょう)

「あ、それから、私のアクセス記録は削除しておいてね」

[了解しました]

あまりにも簡単に事が進む。
それもそのはず、イネスはオモイカネをイネスへの絶対服従のプログラムに書き換えたのだ。
なかなか大胆な事をする人である。
ルリに気付かれないようにするには注意が必要だが。

一通りの処置を終え、仕事に戻ろうとするイネス。


コントロール部を離れ、扉のロックを解除すると、コウジが入ってきた。

「あら、どうしたの?」

「仕事が終わったんで、ちょっと寄ってみようと思って。
ゴートさんが、僕を臨時パイロットにするって言い出したんですよ」

要するに、その話がしたかったらしい。

「ウラバ君、昨日は大活躍だったものね。
ヤマダ君はあの怪我だし」

ちなみに、ヤマダは奥のベッドで眠っている。

(足を骨折しているんだから、暫く安静は当然よね。
自分の意思で安静を守る事が期待できない場合、多少強制的にでも安静を守らせるのは医者の義務よね。
そう、これはヤマダ君の怪我を悪化させない為の善意に溢れた行為なのよ)

などと勝手な事を考えるイネス。

「あれ、ヤマダさん、でしたっけ?
何でベッドに括り付けられてるんです?」

「こうでもしないと脱走する危険があるからよ。
足を骨折してるんだから、安静は守ってもらわないとね。
彼の場合抑制も外して逃げかねないから、鎮静剤も打っておいたわ」

うるさいからという理由も多分にあるのだが。
と言うよりむしろ、そっちがメインの理由だったりする。

「でもなんか・・・眠ってると言うより、気絶してるように見えるんですけど・・・。
ほんとに、打ったの鎮静剤ですか?」

「神経を静めるという効用では間違ってないわよ。
ちょっと濃度は濃かったかもしれないけどね」

(通常量だと眠らないのよね。
何か耐性でも持ってるのかしら。
まあ、それで限界を試してみようという気になってもそれは純粋な知的好奇心であって)

と、イネスはまたしても勝手で危ない解釈をする。

ふと、コウジが少し怯えた目でイネスを見ているのに気付く。
それを見て、何かいけない事言ったかしら?と首を傾げるイネス。

・・・自覚が無いとは最も恐ろしい事である。

「え、えっと・・・。
あ、それでですね、補充パイロットが来るまで、
臨時パイロットとして待機しているようにって言われたんです」

何とか立ち直るコウジ。

「でもウラバ君は既に整備班と科学班を兼任しているのに、それじゃ大変でしょう」

「人手不足ですからねー。
でも整備班は割と十分な人数がいますし」

「そうね、科学班は大した仕事は無いし。
私1人でも十分なくらいだわ」

一般的に言えば大した仕事がないというわけではないのだが、イネスの能力では全く問題はなかった。
実際、前回は殆どイネス1人でやっていたのだ。

「じゃあ、僕は一生懸命ナデシコを守りますよ」

「ええ、お願いするわ」

笑いかけてくるコウジ。
それにつられたようにイネスも微かに微笑む。

その時、突然ウィンドウが開く。

「ブリッジからだ」

コウジが呟く。
どうやら全チャンネルに一斉送信しているらしい。

『今まで、ナデシコの目的地を明らかにしなかったのは、妨害者の目を欺く必要があった為です』

ウィンドウに映ったのはプロス。
勿体つけて眼鏡を持ち上げながら話す。

『ネルガルが、わざわざ独自に機動戦艦を建造した理由は別にあります』

コウジはイネスの横でウィンドウに見入っている。

『以後、ナデシコはスキャパレリ・プロジェクトの一端を担い、軍とは別行動をとります』

ウィンドウの映像が突然フクベ提督に変わる。

『我々の目的地は、火星だ!』

「火星か・・・」

そう呟いて、イネスの方を見るコウジ。

「火星、なんだか懐かしい気がしますね、イネスさん」

「そうね・・・」

『ちょっと待ってください!
では現在地球が抱えている侵略は見過ごすと言うのですか!?』

焦るジュン。
ナデシコは連合軍と一緒に地球を守るんだと思っていたのだろう。
彼もつい先日まで軍人だったのだから無理もない。

『多くの地球人が火星と月に植民していたというのに、
連合軍はそれらを見捨て、地球にのみ防衛線を引きました。
火星に残された人々と資源はどうなったんでしょう。
全滅の可能性も高いとはいえ、確かめる価値は・・・』

『無いわね、そんなこと!』

突然入ってくるムネタケ。
ブリッジクルーに銃を突きつける。

それを見ながら、イネスは今朝のメールを思い出す。

(プロスさんは、うまくやってくれたかしら?)

『ムネタケ、血迷ったか』

厳しい表情のフクベ提督。

『フフフ・・・提督、この艦をいただくわ。
今頃は、民間人に化けて乗り込んだ部下達がナデシコの要所を押さえているところよ』

「あの、イネスさん、僕達こんなに冷静に眺めてていいんでしょうか」

ブリッジの様子を見ても何の反応もしないイネスに対して、コウジが問い掛けてくる。
そのコウジも、あまり慌てた様子はないが。

「大丈夫よ」

あっさりと言い切るイネス。

『副提督、民間企業の情報収集能力を侮ってはいけませんな。
民間人に化けた軍人さんたちが乗り込んでいるのはバレバレでしたよ。
さらに今日新たな情報が入り、監視を強化してみたら、この有様』

プロスが言うと同時に、ブリッジにナデシコの主要個所の映像が映し出される。
どうやら、プロスはうまくやってくれたらしい。
軍人たちは既に縛られている。

ムネタケがその光景に呆然としている間に、ゴートがムネタケの銃を奪い、後ろから羽交い絞めにする。

『じゃあゴート君、副提督を営倉に』

プロスの指示で、連れて行かれるムネタケ。
なにやら喚いているが、勿論誰も気にしていない。

『さて、というわけで、ナデシコは火星に向かいます。
よろしいですね?』

改めて確認を取るプロス。

『しかし、これだけの戦艦をむざむざ火星に・・・』

『艦長、前方に艦影を確認。
連合宇宙軍の艦隊と思われます』

異論を唱えかけたジュンの言葉を遮って、ルリが報告をする。

(・・・なんでもいいけど、全チャンネルに映像を送信したままだって事に誰も気付かないのかしら?)

少なくともブリッジクルーの意思を統一してから全クルーに報告して欲しいと思うイネスだった。

『艦隊より通信入ってます』

『開いて、メグちゃん。
あ、それからルリちゃん、これ全チャンネルに放送したままだったりしない?』

やっとユリカが気付いたらしい。

『そうです』

『じゃあ、一応切っといて』

ユリカのこの言葉で、イネス達の前に開いていたウィンドウが閉じられる。
結局目的地についての論争には決着がつかなかった。
あの映像の途切れ方では多くのクルーが不安を抱いたことだろう。
この事態の収拾はどうするつもりなのだろうか。

「何か、大変な事になってるみたいですね、イネスさん」

「そうね」

「無事に火星に行けるのかなぁ」

呟くように言うコウジ。

「火星に行きたい?」

「うーん、そうでもないですけど・・・ちょっと気になりますよね」

「ウラバ君の故郷は何処なの?」

「故郷ですか?
一応、生まれはユートピアコロニーですけど・・・父親の仕事の都合で結構あちこち転々としてましたから。
故郷、と呼べるほど思い入れのある場所はないですね。
強いて言うなら火星全体が僕の故郷です」

コウジはそう言って笑う。
つまり、彼もA級ジャンパーだということだ。

(前回とA級ジャンパーの人数が違うというのは、後々大きな影響を及ぼすかもしれないわね)

そんなイネスの考えを知る由もなく、話を続けるコウジ。

「でも、故郷っていうんじゃなくて思い入れのある場所はありますよ。
あの砂漠」

「砂漠?」

「イネスさんと会った所ですよ。
あそこは・・・」

ガタン!



コウジが言い終わる前に、小さな衝撃が起こる。

「何でしょう?」

不思議そうに辺りを見回すコウジ。

(史実通りだとすると・・・そうか、ユリカ嬢がマスターキーを抜いたのね)

前回、この時点ではナデシコに乗っていなかったイネスは、少し考えてから事態を理解する。

「艦内状況を見てみる?」

コミュニケからオモイカネにアクセスし、艦内状況を表示するイネス。

「・・・どうやら、艦長がマスターキーを抜いたようね」

「ええっ!?」

驚くコウジを尻目に、イネスはウィンドウを指差す。

「ほら、相転移エンジン、核パルスエンジン共に活動停止。
艦そのものに外傷は無いし、連合軍と交渉していたであろう事を考えると、
艦長がマスターキーを抜いて直接交渉に行ったと考えるのが妥当でしょうね。
マスターキーを抜くことを交渉の条件にされたんじゃない?」

「それはやっぱり、ナデシコの行き先についてでしょうか」

「そうでしょうね。
現時点でナデシコは間違いなく最強の戦艦、連合軍としてはそれを手放したくないと思うのは当然ね。
実際木星蜥蜴と連合宇宙軍の戦力の差は歴然、確実に木星蜥蜴と戦える戦力は貴重だもの」

「ですね・・・。
でも、だとすると艦長が戻ってこないと僕達何も出来ませんね」

「まぁ、エンジンが止まっても艦内生活に支障は無いから。
おとなしく待つことにしましょう」

「それじゃ、僕はそろそろ部屋に戻りますね」

「ええ」

「じゃあ、また後で」

そう言うとコウジは医務室を出て行った。

(この後は・・・クロッカスとパンジーがチューリップに吸い込まれるんだったわね。
クロッカスとパンジーのクルーには悪いけど、これは史実通りにやってもらうしかないわね。
ボソンジャンプの理論を組み立てる上で実例は重要だし、ナデシコが火星から脱出するにもクロッカスは必要だわ)

クロッカスが前回と同じ場所にジャンプアウトするとは限らないのだが。


コウジが出て行った暫く後。
突然警報が鳴る。
チューリップが動き出したのだろう。
ユリカはまだ戻っていない。

ウィンドウが開き、ゴートからの通信が入る。

『ドクター、ヤマダを出撃させられるか?』

「足を骨折しているんだから、暫く無理よ。
どうしても必要だって言うなら、適当に処置して一応戦えるくらいにはするけど」

普通に考えて、骨折した翌日にエステに乗るのは無理だろう。
しかし骨折したのは全面的にヤマダの責任なのだから、多少痛い目を見ても自業自得だろう。
そう考えてイネスはああいう返答をしたのだ。

・・・結構非情である。

『いや、ならいい。
ウラバを出して艦長を連れ戻す』

そう言って通信を切る。

防衛ライン突破まで大事を取ろうということなのだろう。
さすがにデルフィニウム隊を相手に1機はつらい。
しかもコウジは本職のパイロットではない。
まぁいずれにしろ、それまでに完治はしないだろうが。



結局、コウジが出撃する前にユリカはナデシコに戻ってきた。
その後は、グラビティブラストのゼロ距離射撃でチューリップを殲滅。
ナデシコの性能を見せ付けられた連合軍はナデシコの拿捕を断念。
要するに、前回と同じである。
パンジーとクロッカスも、前回通りチューリップに飲み込まれた。


チューリップとの戦闘後、再び全チャンネルにブリッジからの通信が送られた。
今回映っていたのはユリカ。

『皆さん、改めてナデシコの目的地を発表します』

そこで一度言葉を切ったユリカは、前方を指差してはっきりと言った。

『機動戦艦ナデシコ、火星に向けて発進!』



TO BE CONTINUED・・・

 


〜あとがき〜

――突然長くなりました。

イネス「アニメのシナリオをほぼ忠実に再現したからでしょうね」

――しかし話の中心にいないイネスさんがメインだったこともあって、いまいち盛り上がりに欠けてしまいました。

イネス「今に始まったことじゃないでしょう」

――・・・ごもっとも。
次行きましょう。アキト行方不明です。
今後暫くアキトもラピスも出てきません。
イネスさんだけでどれくらい話を変えられるだろうか・・・。

イネス「アニメのままじゃおもしろくないしね」

――でも、マッドなイネスさん書く予定は無かったんですけどねぇ。
何処でああなったんだろう・・・?

イネス「他の作品に影響されまくっただけじゃない」

――・・・そうです・・・。
さて、次。イネスさんがオモイカネに何をしたかが明らかになりました。

イネス「つくづくルリちゃんをないがしろにしてるわね。
『金目教』の恨みを買っても知らないわよ」

――いや、とりあえず、アキトがいない以上イネスさんに何かしら力を持たせねばと思ったのです。
まあルリほどのことは出来ませんがね。
そしてコウジ・・・。
前のあとがきであんな事書いちゃったからなぁ。
もしかしてイネスさんとコウジの関係、分かっちゃった人いるでしょうかね?

イネス「鋭い人は気付くかもね」

――謎解きは当分しないつもりなんですが・・・。

イネス「と言っても本題に入る前にするつもりなんでしょ」

――だってやらないと話進めにくくてしょうがないんですよ・・・最後になって謎解きしたんじゃ意味無いんだし。

イネス「そういう発言がバレやすくしてるんだと思うけど」

――・・・気をつけます・・・。
ちなみにアキトがいないのに何故ユリカがマスターキーを抜いたのか・・・
交渉をスムーズに行なう為、とりあえず相手の要求をのんだ・・・という事にしておいて下さい(汗)
では、今回はここまでです。
お付き合い有難うございます。感想は掲示板へお願いします。

 

 

 

代理人の感想

 

むう。

TV版のシナリオ通りなので感想の書きようがない(苦笑)。

しかし、涼水夢さんのイネスさんはまともなのかな、と思っていたんですが・・・・

やはりイネスさんはマッドになるさだめなのか(爆)。