機動戦艦ナデシコ

            あした
〜懐かしい未来〜

第5話 “Disposition”

その辞令が届いたのは5日前の事だった。
転属先は地球、それも、ナデシコの建造をしている所。
地球でナデシコの建造に直接関われ、という事らしい。

これはやはり、アキトの仕業だろう。
最初からこんなに歴史を変えて、後々どうなっても知らないから、とイネスは溜息をつく。

(でも、これはこれで都合がいいわ。
こっちも、勝手にやらせてもらおうじゃない)

これからの事を考えて、口元に笑みを浮かべるイネス。

その時、研究室のドアが開いた。

「あ、イネスさん」

入ってきたのはコウジだった。
彼の所にも同じ辞令が来ている。
他に2、3人の研究者の所にも地球の研究所への転属命令が出ていた。
皆同じ研究所という訳ではないが。

ただ、コウジはイネスと同じ研究所に行く事になっている。
彼が辞令を受け入れればの話だが。

今回の辞令は、なぜか拒否が可能という事になっている。
拒否権があるのは辞令とは言わないが、まぁ、言葉の綾という奴である。
・・・何か違う、という突っ込みは入れないように。

恐らく、アキトがアカツキに直談判してこういう事をさせたものの、
アカツキの方ではいまいち理由がわからなかったからだろう、と完全に事態を把握しているイネス。
火星の研究所の方が研究は進んでいるし、優秀な研究者を皆火星から連れ出してしまうのは、正直痛い。
それでアカツキはそれぞれの判断に任せる事にしたのだろう。
アカツキは、アキトを100%信頼しているわけではない。
まぁ、賢明な判断だろうが。
はっきり言ってアキトは怪しすぎる。

「イネスさんは、行くんですか?地球」

イネスの隣のデスクに座って尋ねるコウジ。
彼はまだ地球に行く事に迷いがあるらしい。
それは無理もない。
彼に限らず多くの人は地球にはほとんど知り合いがいないし、
木連が小惑星帯を侵犯している現在、地球への航路は安全とは言い切れない。
今を逃したら地球に行くチャンスはないのだが。

勿論他の人達はそんな事を知る由もないから、辞令を拒否する人も多い。
現にこの研究所で辞令を受け取った人物は、イネスとコウジ以外全員辞令を拒否している。
それで、コウジはイネスに相談してきた、というわけだ。

「私は行くわよ。
・・・と言うか、拒否権が認められていないの、私だけは」

この辺が、これがアキトの仕業だという明らかな証拠である。

「えっ!?何でですか?」

「さあね。
あなたは、まだ悩んでいるの?」

「そうですね、まだもう少しこっちの研究がしたいですし・・・」

確かに、地球に行ったらこっちの研究は捨てる事になる。
それが拒否する人達の一番の理由なのだろう。

「あなたが行きたくないと言うなら私は行けとは言わないけど。
・・・でも、行った方が・・・」

とはいえ、火星に残ったからといって死ぬとは限らない。
イネスがいなければ、アキトも敢えてユートピアコロニーに行ったりしないだろう。

「え?」

「・・・何でもないわ」

イネスは手元のウィンドウを閉じ、コウジの方に向き直る。

「結局、あなたはどうしたいの?
どうして悩んでいるの?
拒否権が認められている以上、こっちの研究がしたいと言うなら、無理して行く事はないわよね?」

「・・・そうなんですけど・・・」

そこで言葉に詰まるコウジ。

(何か気がかりな事でもあるのかしら?)

イネスはそのコウジの様子に疑問を持つ。

「でも、イネスさんは行くんですよね?
こっちの研究を捨てても?」

「ええ。
どっちにしても拒否権は無いし、向こうに行ってやりたい事もあるし」

「そうですか」

1人で深く頷くコウジ。
何やら決断したようだが・・・。

「じゃあ、僕も行きます!」

椅子から立ち上がり、固い決意を込めて言う。

「じゃあ、って・・・人の意見に流されるのはやめなさいよ?」

「いえ、僕は、イネスさんが行くから、僕の意思で、イネスさんと一緒に行く事に決めたんです!」

なんだか無茶苦茶な言い分である。
自分の意志と言えなくも無いのかもしれないが・・・
とりあえず、この時イネスの中でコウジについて「変な子」というイメージが確定した。

それだけ言うと、コウジは研究室を出て行った。


シャトルが出発したのはそれから2日後。
地球までは2ヵ月近くかかる。
この時代のテクノロジーでは無理も無い。
ナデシコの相転移エンジンでも1ヵ月かかるのだから。

シャトルが地球に着く頃には、第一次火星会戦まで後4ヶ月程になっていることになる。

結局、火星にある全てのネルガルの研究所で、地球に向かう事にした人物は5、6人に過ぎなかった。

(そう簡単に歴史は変わらないのかもしれないわね・・・)

「イネス・フレサンジュ博士」

考え事をしていたイネスに、後ろから50過ぎくらいの男性が声をかけてくる。

「あら、タニ博士」

イネスと一時期同じ研究所で働いていたボソンジャンプ研究の中心人物。
あと6年もすれば、また会う事になる。
もしそれまでに、歴史が変わらなければの話だが。

「ちょっといいかね」

「ええ。何か?」

イネスが答えると、彼はイネスの隣に座る。

「いや、大した用事は無いんだがね。
君に会うのも久しぶりだし、地球に着くまで時間はたっぷりあるからね」

「そうですね」

「ところで・・・君は、どう思う?」

「今回の辞令ですか?」

頷くタニ博士。

「地球への転属を命じられたのは、各研究の中心人物ばかりだ。
地球行きを受け入れたのはごく少数だがね。
遺跡のテクノロジーやボソンジャンプについては、火星と地球では研究出来る事が違いすぎる。
これでは火星を放棄するようなものじゃないか?」

まぁ、事実その通りである。
心の中で肯定するイネス。

「拒否権が認められていたのも疑問だ。
中心人物を集める事が目的なら、拒否権を認めては何にもならない。
喜んで地球に行く人は少ない事くらい、予想できると思わんかね?」

単に目的がわからなかっただけだろう。
そう考えると、段々バカらしくなってくる。

「本社が何を考えているのか全く理解出来んね。
火星で何かやらかすつもりだろうか」

無理も無い考えだが。
そう考えて地球行きを決めたのだろうか。

「で、君はどう思う?」

ずっと黙って話を聞いていたイネスに意見を求める。

(どう思う?って言われてもね・・・)

「昨年から小惑星帯付近を謎の無人兵器が侵犯していますから。
火星は侵略される危険があると考えたのではないでしょうか?
今のところ各研究の第一人者は皆火星に集中していますから、
もし火星が敵の手に渡ればそういった第一人者を一度に失ってしまう。
だから地球に連れて行こうと考えたのでしょう」

「それは随分と消極的じゃないか?
まだ火星が侵略されると決まったわけでもないし、負けると決まったわけでもないだろうに。
寧ろシャトルで地球に向かう事の方が危険では?」

「だから拒否権が認められていたのではありませんか?」

「ふむ・・・」

少し考え込む風にするタニ博士。
そんなに深く考える事でもないのだが。

「まあそれはそれとして、だね。
君と同じ研究所にいたウラバ君だが・・・」

今度は表情が一転し、楽しそうに話す。

「彼ともさっき少し話をしたんだがね、彼はなかなかいい子だね。
もう20歳を過ぎているのにとても純粋だ。
彼のお父さんもきっと幸せだろう」

「何の話です?」

突然の話題の転換についていけず、きょとんとするイネス。

「それに君もね、イネス博士。
君は幸せ者だよ。
・・・それじゃ、また後で」

言うだけ言うと去って行くタニ博士。
取り残されたイネスは、今のタニ博士の言葉について考える。

(ウラバ君のお父さん?
確かネルガルの名簿に載っていたわね。
多分、私は会った事は無いと思うけど・・・。
名簿には写真が載っていないから確かではないけど。
名簿には、5年前に亡くなったと書いてあったわね。
そこでどうして私が関わってくるのかしら?)

どうも、コウジについてはわからない事が多い、と首を傾げる。
あれでも一応オーバーテクノロジーの研究の中心人物だ。
それもどうも腑に落ちなかった。

 

何だかんだ言っても、2ヵ月というのは過ぎてみると結構あっという間で・・・
あっさりとイネス達は地球に到着した。
サセボシティ、サセボドックの近くにある研究所に着いて、一通り顔合わせも済み、
イネスはナデシコの建造状況について研究主任に質問する。

「本体は、現在サセボドックにて建造中。
まだ6割弱といったところ。
あと半年はかかるだろう。
エンジンやエステバリスのパーツはここで改良を進めながら制作中」

30半ばくらいの研究主任が言う。

「SVC2027はどうなっているかしら?」

SVC2027・・・オモイカネのこと。

「それは8割方完成している。
ただ、担当者が他の研究と兼任する事になったので、現在あまり進んでいない」

なるほど。
これなら、うまくいきそうだと、心の中でほくそ笑むイネス。
やはり、顔には出さない。

「じゃあ、SVC2027のプログラムは、私に一任してもらえないかしら?」

「えっ」

驚いたように言う主任。

「一応私もプログラムは出来るわよ」

そう言うと、主任は少し考えて、所長と相談する、と答えた。

結局、意外にもあっさりと、オモイカネのプログラムはイネスに一任された。
しかも、どうやらその判断は本社のものらしい。
これも、アキトが関わっているのだろう。
なんだか、アキトに踊らされているようで気に入らないイネス。

(まぁいいわ、障害は少ないに越した事は無いし。
アキト君には、ナデシコに乗ってからたっぷり苦労してもらいましょう)

この時、ナデシコ出航後のアキトへのお仕置きが決定した。

最終的にイネスが関わる事になったのは、オモイカネのプログラム以外に、エステバリスのシステムの改良、
ディストーションフィールドや相転移エンジンなどの遺跡からリバースしたもの、その他・・・要するに全部だ。
基本設計をしたのがイネスなので、出来るだけ関わらせた方が作業しやすいという考えもあるのだろうが。
人使いの荒い会社である。


アキトはあの悲劇を繰り返さない為に動いているはずだと、イネスは考えていた。
そして、少しでも多くの人を守る為に。
しかし今のアキトにとって、この時代のテクノロジーは遅れていて、歯がゆくてたまらないだろう。
この時代のテクノロジーでは出来る事も限られている。
だから、出来るだけテクノロジーを進めておく必要がある。
自分が好きなように動けるのがアキトのお陰だとしたら、アキトはそれを望んでいるのだろうと判断するイネス。

(それに、いざという時の保険は、いつでも必要よね。
切り札はあって困ることはないわ)

そういうわけで、イネスは既に作られていたオモイカネのメインシステムをリプログラムした。


TO BE CONTINUED・・・

 

〜あとがき〜

――過去最短かも・・・。どうもイネスさんメインだと説明的になりますね。

イネス「でも私に全然説明させてないじゃないの」

――うっ・・・。お気に召さなかったですか?

イネス「そうねぇ・・・相変わらずの駄文だけど、まぁぎりぎり合格点ということにしておいてあげましょう」

――ほっ・・・。
さて、イネスさんが何やら企んでいますね、怪しいですね。
オモイカネいじってるし。

イネス「本人目の前にしてそこまで言う?」

――ふっ、プログラム段階で手を入れられてはたとえルリルリでも手は出せまい!!

イネス「でもあなたコンピュータの事なんてさっぱりわかってないでしょうが」

――・・・多分そうではないかと・・・そういう事にしておいて下さい。
ところで、なんだか変なキャラになりつつあるウラバ・コウジ君ですが。
実は、彼のお父さんとイネスさんの間に浅からぬ?因縁があります。
彼がイネスさんにこだわるのもその辺に原因があったりします。最初は。

イネス「果てしなく不透明な言い方ね・・・」

――まぁ彼には他にもいろいろと秘密があったりするんですが。
では、今回はこの辺で・・・。
例によって、申し訳ありませんが感想は掲示板にお願いします。


あ、そうだ

2話の後書きであった問題の正解の発表をすっかり忘れていました(爆)

4月4日。
別に話には何の関係もありません、イネス役の声優松井菜桜子さんの誕生日です(笑)

 

 

 

代理人の感想

 

コウジ君・・・・そこはかとなく不幸(笑)。

なんのかんの言いつつイネスさんってそっちの方鈍そうだし。

 

それにしてもアキトってやはり「お仕置」からは逃げられない運命なのですね。

目指せ、不幸の一番星(笑)。