機動戦艦ナデシコ
        あした
〜懐かしい未来〜 


第16話 “Nostalgia”

パーティーの翌日。
イネスはコウジと話をするため、格納庫にやってきていた。
ちょうど休憩時間であるようで、コウジは整備員数名と話している。
そこへ近付いてくるイネス。

「ちょっといいかしら・・・コウジ君」

「あ・・・はい」

少し驚いたような顔をして返事をするコウジ。
コウジと話していた整備員たちは、ひとしきり冷やかしてからどこかに去っていった。

「珍しいですね、イネスさんがこんな所に来るなんて」

整備員たちの冷やかしを軽く流して、イネスに笑顔を向けるコウジ。

「ちょっと聞きたいこと・・・というか、確かめたいことがあって」

「何ですか?」

言葉こそ質問の形を取ってはいるが、コウジは笑みを浮かべたままである。
まるで、その質問の内容が分かっているかのように。

「前に会ったことあるわよね。
 第一次火星会戦の半年前に砂漠で会った時じゃなくて、それよりずっと前に」

いわゆるナンパの常套句、というやつではない。
これは、確認。
まぁここがパラレルワールドである以上、ここにいるコウジとイネスが会ったわけではないのだが。

イネスの言葉を受けて、コウジはどこか嬉しそうに笑顔を向けて答えた。

「ええ、ありますよ。・・・アイちゃん」

その言葉を聞いて、イネスは、納得がいったと言うように頷いた。

「やっぱり、あなたはあの人の・・・」

「はい。火星の砂漠でイネスさんを見つけたネルガルのスタッフは、僕の父です」

砂漠でコウジと出会った時に感じた感覚・・・あの時会ったのもこんな人だったような、という感じは、
気のせいではなかったようだ。
ナデシコ出航の時に、コウジが思い入れのある所があの砂漠だと言ったのも、その為かも知れない。

「なるほど、じゃあ、クマのぬいぐるみをくれたのもあなたね?」

「思い出してもらえて嬉しいです」

イネスの問いに、笑顔で答えるコウジ。
嬉しいも何も、自分が思い出すように仕向けたんだろうに・・・

「あの後、父はあなたを引き取れなかった事をずっと申し訳なく思っていたようですよ。
 その為に、あなたが施設に送られてしまったと」

思い出話に入るコウジ。
要約すると、こういう事らしい。

アイが20年前の砂漠にジャンプした際、
パトロールをしていてアイを発見したネルガルのスタッフと言うのがコウジの父だった。
その後、アイの処遇が決まるまでの2、3日の間彼はアイと一緒に暮らしていて、
その時にアイとコウジも知り合っていた。
しかし主に経済的な事情からアイを引き取る事は出来ず、結果としてアイは施設に送られてしまった。

「父は、6年前に亡くなりました。
 僕は父の死後イネスさんの事を調べたんです。
 それで、イネスさんがネルガルで働いていると知って、ネルガルに入ったんですけど・・・
 顔もわからなかったなんて、お笑い種ですよね」

そう言って苦笑いするコウジ。

「でも私を探していた割には、砂漠で会った時には冷たかったわね?」

少しコウジをからかうように、冗談混じりに言うイネス。
その言葉を聞いて、コウジは更に苦笑いをする。

「でも、あれでも頑張ったんですよ、一生懸命みんなを説得したんですから」

どうやら、あの時あっさり研究所に連れて行ってもらえたのは、コウジのお陰だったらしい。

「じゃああなたは、最初から私がイネス・フレサンジュだと判っていたんじゃないの?」

「えっ?」

一瞬固まるコウジ。
まぁ、面影で判ったのかも知れないし、可能性を潰したくなかったのかも知れないが・・・。

「何でもないわ、言ってみただけ」

気にしないで、と言うようにその言葉を流すイネスだが、
コウジは真顔になったままイネスを見つめている。

・・・静寂が流れる。

その時、助けかどうかは知らないが、整備員がコウジを呼ぶ声が聞こえてきた。

「お〜いウラバ、そろそろ休憩終わりだぞ〜!
 いつまでもいちゃついてんなよ!」

「あ、はい、今行きます!」

コウジはその声に答えると、今の数瞬はなかったかのように、イネスに笑顔を向けた。

「じゃあイネスさん、僕はこれで。
 仕事が終わったらまた医務室に行きますね」

そう言うと、コウジはイネスの返事を待たずに駆け出す。
1人取り残されたイネスは、何か考えるように、コウジの後ろ姿を見送っていた。

「あら、ドクター」

医務室に戻るイネスを、廊下の途中でエリナが引きとめた。

「ちょうど良かったわ、ちょっと話があるの、来てくれない?」


そして、ナデシコクルーの滞在場所から少し離れた、ドックの一室にやってきた2人。

「まぁ、座って」

そう言って席を勧めるエリナに、イネスはふと、向こうのエリナの事を思い出していた。
イネスとともに、復讐鬼と化したアキトを支えようとした女性の事を。
それがどんな苦しみを伴おうとも、せめてアキトの側にいて、
自分にできることをしようとしていた彼女は、アキトが消えたと知ったらどう思うだろう?
イネスとラピスも消えていて、自分だけが取り残されたとわかったとしたら・・・。

ランダムジャンプ。
死と同義とされ、戻ってくる望みはないに等しいと、理解できてしまう彼女は、
一体どんな気持ちで毎日を過ごすのだろう?

そんなイネスの思いを知る由もなく、エリナは話を始める。

「単刀直入に聞くけど、ドクター・・・」

「イネスでいいわ」

「え?」

エリナの言葉を遮ったイネスの発言に、エリナは一瞬きょとんとする。

「ドクター、なんて言わないで」

「じゃあイネスさん、単刀直入に聞くけど・・・」

多少驚いたようなエリナだったが、気を取り直して話を続ける。
彼女が「イネスさん」と呼んだ時にイネスが微かに寂しそうな表情をしたのは、
エリナでなくとも分からなかっただろう。

「ボソンジャンプについて、どのくらい知っている?」

「ボソンジャンプについて?」

オウム返しに聞き返すイネス。
確かにエリナはボソンジャンプに興味を持っていた。
以前もアキトに接触する為にナデシコに乗り込んできたようだったし、
イネスと接触してボソンジャンプに関する情報を得ようと言う事なのだろう。
イネスは少し考えながら、差し障りのない程度で答える。

「そうね・・・木星蜥蜴が多用する、チューリップを介した空間移動手段。
 ボソンジャンプと呼ばれる現象が起こる際には、周囲で必ずボース粒子が検出されている。
 火星遺跡でチューリップと同じ組成のクリスタルが発見され、
 遺跡とボソンジャンプの関連が予想される・・・といったところかしら?」

そのイネスの言葉を聞いて、エリナは納得しきれない表情で返事をしてきた。

「なるほど、ネルガルのトップシークレットレベルね。
 でも、本当にそれだけ?」

「どういう事?」

疑うようなエリナの口調に、イネスの警戒心が強まる。
無論、表には出さないが。

「例えば、CCの利用法や生体ボソンジャンプについては?」

「それは、ネルガルでも研究は始まっていない筈でしょう?」

努めて、何を言いたいのかわからない、という表情をして質問を返すイネス。
イネスの言葉に、エリナは溜息をつく。

「始まっていない、と言うかねぇ・・・まぁ、ナデシコにいた貴女は知らないんでしょうけど」

「何?」

この疑問は本心からだ。
いや、ある程度予想は出来たのだが・・・。

「禁じられているのよ、ジャンプの人体実験は。
 でも、イネスさんは何か知っているんじゃないの?」

やっぱり、と納得するイネス。
これもアキトの仕業だろう。
ネルガルと交渉をした際に、人体実験の禁止を条件にしたのだ。
それはアキトの性格を考えれば当然と言えるだろう。
とにかく、しらばっくれようとするイネス。

「そんなこと言われても、私は知らないわよ。
 ネルガルでも研究されていないことを、私が知っているはずはないでしょう」

暫く、沈黙が続いた。
それから、エリナが根負けしたように、イスに背中を預ける。

「いいわ、どうして貴女が知っていると思うか教えてあげる。
 ナデシコ出航前にね、やたらとジャンプに詳しい人が現われたの。
 でも、その人は、自分よりもジャンプに詳しい人がいると言った。
 そして、その人が会長と交渉する時提示した条件の中に、貴女の特別待遇が入っていたわ。
 それに、貴女は今世紀最後と言われる天才、もし分かっていても不思議じゃない。
 どう考えたって、貴女が怪しいでしょう?」

・・・あのバカ。

イネスは、心の中でだけ、頭を抱えていた。
明らかにアキトの仕業だ。
とりあえず後でお仕置きをする事だけ決定した上で、当面の問題の方に頭を切り替える。

・・・どうやって誤魔化したものか。

さて、お仕置きされる事が決定したアキトは、その頃、厨房での仕事を終えて廊下を歩いていた。
そこに、ユリカが現われる。

「あ、アキト!」

「・・・」

アキトは無反応。
ユリカはそれを気にしていないのか、もしくは気にしないようにしているのか、言葉を続ける。

「あのね、昨日のパーティーの時はアキト忙しそうだったから渡しそびれちゃったんだけど・・・」

そう言って、1つのリボンのかかった包みを差し出す。

「メリークリスマス、アキト♪」

笑顔でそう言うユリカだが、アキトは受け取ろうとしない。

「お前の知っているテンカワアキトは死んだと、そう言ったはずだ」

冷たい言葉に一瞬たじろぐユリカだが、すぐに持ち直し、改めて包みを差し出す。

「うん、それでもいいよ。
 私は今のアキトに、プレゼントあげようとしてるんだもん」

アキトが一瞬困惑した隙に、ユリカは包みをアキトに押し付ける。

「よしっ、受け取った!
 返すのはダメだからね!」

そう言って笑うと、ユリカは走り去っていった。

「メリークリスマス、か」

1人になったアキトは、そう呟いて渡された包みを見つめる。

蜥蜴戦争が終わった後、最初のクリスマスをルリやユリカと共に過ごした事を思い出す。
この先ずっと、こうして3人でクリスマスを迎えるのだと信じていたあの時。
実際は3人でクリスマスを迎える事は、それが最初で最後だった。
2度と、ユリカに言って貰う事はないと思っていたその言葉・・・。

一瞬懐かしさ、愛しさがこみ上げる。
しかし、もうユリカとは関わらないのが最善策だと自分に言い聞かせ、アキトは再び歩き始めた。

・・・それでも、ユリカに貰った包みは持ったままで。

暫くして、イネスに呼び出され医務室にやってきたアキト。
アキトが扉を開けると・・・いきなり、
メスが飛んで来た。
まさか突然刃物が飛んでくるとは思わず、紙一重のところで避けるアキト。

「何なんだ、一体」

一瞬呆然としてから、ドアの外の廊下に落ちたメスを拾う。
そして、それを投げたと思われるイネスの方に向き直るが・・・。

「ア・キ・ト・君?」

・・・キレている。
今回は露骨にキレている。

「な、何でしょう、イネスさん」

思わず
両手を上げてしまうアキト。
更に口調まで丁寧語だ。

「つくづく考えなしね、あなたは」

「ええっと・・・?」

冷や汗を流しながら、引き攣った笑みで何のことかわからないと訴えるアキト。
そんなアキトに、イネスの体から更に怒気が滲み出る。

「あなた、アカツキ君との交渉の時に一体何を言ったの?
 聞けば、生体ボソンジャンプまでやったそうじゃない。
 しかも、私の存在までほのめかして」

口調が激しくないのが余計に怖い。
しかも微笑を浮かべている辺り、アキトが冷や汗を流すのも無理もないだろう。

「さっきエリナに問い詰められたのよ?
 CCや生体ボソンジャンプについて何か知ってるんじゃないかって。
 誤魔化すのがどれだけ大変だったと思う?」

「あ、あははははは・・・」

もはや笑うしかないアキト。
あの時は結構遊んでいたのは事実だ。

「さあ、どんなお仕置きがいいかしら?
 新薬の実験台にでもなってみる?」

妖艶な笑みを浮かべるイネス。

「わ、わかった、それはわかったから、それよりも、イネスさん!」

アキトは、焦って話題の転換を図る。

「何?」

イネスが真面目な顔になったので、アキトも真剣に答える。

「イネスさんに貰った、航海記録のディスクを見た」


「・・・そう。それで?」

今までの怒気はどこへやら、イネスは神妙な顔をしてアキトに先を促す。

イネスがアキトに渡したディスク。
それには、イネスの細工でオモイカネには残っていない情報も記録されている。
それを見て、アキトの思った事は・・・

「ウラバ・コウジ、彼は・・・・・・逆行者なんじゃないのか?」



TO BE CONTINUED・・・


〜あとがき〜

――さて、というわけで、謎解き前編です〜。

イネス「という事は、後編があるわけね」

――はい。まぁ、引っ張り方で分かるでしょうけど・・・。でも個人的にはこっちがメインです。

イネス「違うでしょうそれは」

――いや、だって・・・既にバレバレじゃないですか、次の方は。

イネス「それはそうでしょうけど・・・」

――今回は主に2話と4話の伏線を拾っています。他に5話や7話も関わってきますけど。
  後、現在ナデシコはドックに停泊中ですが、
  クルーは基本的に普段通りの仕事をしていると思って下さい。

イネス「ちょっと無茶な気もするけどね」

――その辺は、目をつぶって頂けると・・・。

イネス「それよりも、今回の謎解きの方が無茶かもね」

――・・・まぁ、パラレルワールドに跳んでいるせいで、
  イネスさんとコウジの関係が非常〜に複雑になっているのは事実なんですが。

イネス「複雑と言うか、ねぇ・・・」

――コウジも何か特別な思い入れをして欲しかったんですよ、きっと!

イネス「・・・まぁいいでしょう。とにかく、こんな話にお付き合い有難うございます。」

――掲示板に感想を頂けると、非常に嬉しいです〜。

 

 

代理人の感想

・・・・・まだ引っ張るんかい(笑)。

 

ほらほら、早いとこ吐いてしまったほうが楽になれますよ・・・・・

勿体つけたくなる気持ちは非常によくわかりますが(爆)。