機動戦艦ナデシコ
        あした
〜懐かしい未来〜 


第17話 “The Past of the Future”

「ウラバ・コウジ、彼は・・・・・・逆行者なんじゃないのか?」

しばし、部屋は沈黙に包まれた。
そしてその沈黙を破って、イネスが静かにアキトに問い掛ける。
考えを窺わせない表情と声で。

「・・・どうして、そう思うの?」

イネスの静かな問いに、アキトは少し逡巡してから答えた。

「そう思って見れば、彼は怪しい所だらけだろう。
 例えば、ジュンと戦った時に彼はジュンの名前を呼んでいた。
 しかしあのディスクの映像を見る限り、彼は地球脱出までにジュンと接触した様子はないし、
 誰かにジュンの名前を聞いていたようでもない」

「オモイカネのアクセス記録も調べたけど、彼は1度も乗員名簿を見ていないわ」

アキトの言葉を、イネスが相変わらず淡々と補足する。
アキトの方はそのイネスの言葉に特別驚いた様子もなく、話を続けた。

「それ以外のことはオモイカネの記録には残っていないようだったが・・・まだいくつかあるな。
 まずは、ヒカルを見た事も無いはずのコウジが、
 ガイとヒカルがマニアな話をしている、と聞いて納得していたこと。
 そして何よりも・・・火星からのジャンプの後、彼は『ジャンプアウト』という言葉を使っただろう。
 今の時代では、まだそういった言葉は使われていないはずだ」

話を終えて、イネスの反応を待つアキト。
イネスは、それまで表情も動かさずにアキトを見つめていたが、ようやく溜息をついて口を開いた。

「私も、彼についてはアキト君にも話しておいた方がいいとは思ってたのよ。
 それでさっき、アキト君を呼び出したんだけど」

呼び出したのはその為だったのか。
てっきり、メスを投げつける為だと・・・
・・・とは思ったが口には出さないアキト。

「・・・まさか私がメスを投げつける為だけにアキト君を呼び出すわけ無いでしょう」

(ギクッ!)

考えを読まれていたのだろうか?
・・・恐るべし。

「まぁそれはそれとして、私はアキト君の意見に賛成よ。
 彼は逆行者であると考えるのが自然でしょうね」

それでも、今までその考えをアキトに伝える事をためらっていたのは何故だろう?
はっきりと断言する事は出来ないから?
しかしイネス自身、それだけではないような気がしていた。

「それで、どうするの?
 本人に確認でも取ってみる?」

多少冗談めいた口調でイネスが言うと、アキトは真剣な表情で答える。

「そうでなくてもコウジはイレギュラーだ。
 その上逆行者ともなれば、彼の行動が今後の歴史に大いに影響を与える可能性がある。
 少なくとも、彼が何を考えているかくらいは知っておきたいな」

「歴史に対して上に立った発言ね。まぁとりあえずそれはいいわ。
 でも、彼に確認を取るなら、それは私達も逆行者であると知らせる事になりかねないわよ」

「確かに、未来から来たなんて、実際にそれを経験した者でもなければ考えないだろうしな」

そう言って、考え込むように腕を組むアキト。
そのまま、少し迷いのある声で呟く。

「それでも、俺達以外に逆行者がいるとすると・・・
 それぞれの思惑によっては歴史がとんでもない方向に動くかもしれないだろう」

「でもね、アキト君。
 そんな事直接聞いたところで、相手が正直に答えるとは限らないのよ?」

多少呆れたようなイネスの声。
それを最後に、2人とも暫く言葉を発しなかった。
ここで考えていても結論は出ない、結局は堂々巡りだ。

2人の意識を現実に引き戻したのは、部屋に響くチャイムの音だった。
条件反射的にドアの方を振り向く2人。

「オモイカネ」

イネスが呼びかけると、イネスの前にウィンドウが開き、ドアの外の様子を映し出す。
それを見たイネスは、アキトの方を向いて言った。

「コウジ君よ」

アキトはその言葉を聞いても、再び何か考える風にするだけだった。
イネスはドアの方に歩いて行き、ロックを解除する。
いつもと変わらないコウジの笑顔がそこにあった。

「こんにちは、イネスさん」

いつも通り、笑ってそう言うコウジ。
特に用も無いのに当たり前のように訪問する辺りは、ある意味尊敬すべきかも知れない。

「あ、テンカワさんもいたんですか」

部屋の中を覗き込んだコウジは、表面上は普通に、しかしどこか複雑な感情を感じさせる調子で言った。
そして黙ってコウジを見ているアキトを見ると、イネスの方を向いて付け加える。

「あの・・・お邪魔でした?」

「いいえ。むしろ、ちょうど良かったわ」

イネスはそう言うと、ちらっとアキトの方を見る。
コウジは少しの間不思議そうにしていたが、イネスに促されて中に入った。

人口密度の高くなった部屋に、しばし沈黙が満ちる。
居辛そうにしていたコウジに、アキトが意を決したように話し掛けた。

「コウジ、1つ聞きたい事があるんだが」

「はい」

事実この沈黙に居心地の悪さを感じていたコウジには、その言葉は救いにも思えただろう。
しかし、続くアキトの言葉を聞いて、コウジは自ら沈黙を作り出すことになる。

「お前は・・・未来を知っているんじゃないか?」

その言葉に、一瞬絶句するコウジ。
意味がわからないという顔をしないというだけで、それは肯定を意味する。
少し間を置いてから、コウジはいつもの笑顔に戻って言った。

「やっぱり、ばれちゃいましたか。
 正直言って、僕、隠し事するの下手なんですよね」

ちっとも悪びれる様子もなく、そう言って笑うコウジ。
そのコウジの様子に、少なからず拍子抜けする2人。
何も言えないでいる2人に、コウジは笑顔のままで言葉を続けた。

「でも、イネスさん達もそうでしょう?
 あと、ラピスもかな」

「あなたも分かっていたのね。まぁ、そうでしょうね」

驚きもせずにそう言うイネス。
アキトの方は、多少驚いたようだ。

「いつから知っていた?」

そのアキトの問いに答えたのは、コウジではなくイネスだった。

「私に関しては、最初からでしょうね。
 なぜか火星の砂漠にいて、最初に聞いた事が、『今がいつか』。
 自分が逆行者なら、それだけで相手も逆行してきたという予想は立てられるでしょう。
 それに、その私の質問に、コウジ君は西暦から答えた。
 私が逆行者だという予想はつけていたはずね」

イネスの言葉を、コウジは笑顔で肯定する。

「さすが、鋭いですね、イネスさん。そういう事です。
 テンカワさんとラピスについては、イネスさんが逆行者だと予測していればなんとなくわかりますよね。
 ラピスの方はあんまり確信なかったですけど・・・
 テンカワさんに関しては、今の状況だけでも予想つきますしね」

さらっと説明するコウジに、返す言葉もないアキト。
とりあえず、1つだけ質問する。

「それで、コウジはいつの時点まで知っているんだ?」

「2199年。でも、イネスさん達の世界とは違うんじゃないかと」

「・・・どういう事だ?」

アキトの質問に、コウジは真顔になって答える。

「テンカワさん、前の歴史でもナデシコに乗ってました?」

「ああ。それがどうかしたか?」

アキトにとって、ナデシコにいる事は既に当たり前のようになっていた。
いや、ナデシコB、Cには乗っていないが・・・
それでも、アキトにとってナデシコが特別な場所であることに変わりはない。
ナデシコに乗っていない歴史など、考える事も出来ないくらいだった。

アキトの言葉を受けて、コウジは少し首を傾げて話を続ける。

「だから、違う世界だったんじゃないかと思うんです。
 僕のいた歴史では、テンカワさんはナデシコには乗っていませんでしたから」

「「!」」

これには、イネスもアキトも驚いた。
とすると、コウジはただの逆行者ではなく、更に別の世界からの逆行者ということか・・・。

「火星で記録を見たんですけど、テンカワさんのご両親はネルガルの研究者ですよね?
 その、テンカワ博士の名前は前の世界でも聞いた事があるんです。
 でも僕の記憶が正しければ、テンカワ夫妻に子供はいなかったか・・・
 もしくは、小さい頃に亡くなっていたと思います」

コウジの言葉に、ただ驚くアキト。
自分が存在しなかったと言われれば、それは動揺するだろう。

「じゃあ、コウジ君の世界はどういう歴史を辿ったの?」

放心気味のアキトに代わって、イネスが尋ねる。
しかしそのイネスの質問に、コウジは初めて暗い表情を見せた。
少し長い間を置いて、コウジは話し始めた。

コウジが語った歴史は、アキト達の辿った歴史と大体同じだった。
違いと言えば、アキトが存在せず、代わりにコウジが乗っていたということくらいだ。
・・・ヒサゴプランが開始され、ネルガル・宇宙軍が弱体化した時点までは。

そこまで話したコウジは、そこで一度言葉を切り、いくらかゆっくりとした調子で話を再開した。

「・・・その頃、『火星の後継者』と名乗る勢力が活動を始めました」

『火星の後継者』。
その名前に、息を呑むイネスとアキト。

「彼らは元木連組と統合軍の一部で構成されていて・・・ボソンジャンプ技術の独占を狙っていたようです。
 そして、それによる政権の掌握を。
 その為に・・・・・・彼らはA級ジャンパーを狩り始めました」

アキト達の歴史と同じ・・・。
この後に語られる事が悲劇であろう事は、2人には何となく分かっていた。

そしてこの後、コウジの世界はアキト達の世界とは違った歴史を辿る。
・・・いや、大きな目で見たら、大した違いではないのかもしれない。
しかし、それがコウジの運命を、大きく変えることになったのだ。

「僕はその頃、イネスさんと一緒にネルガルの研究所で働いていました。
 ・・・その研究所が、火星の後継者に襲撃されたんです」

段々、コウジの口調が重くなっていく。
いつもの笑顔からは、想像もつかないほどに。

「勿論、狙いは僕とイネスさん・・・A級ジャンパーでした。
 僕は、何とかイネスさんを助ける事には成功したんですが・・・僕自身は結局捕まってしまったんです。
 それでも、イネスさんが無事ならそれでいいと思っていました・・・・・・その時は」

口を挟む事も出来ず、イネスはただコウジを見つめている。
それは、アキトも同じだ。

「でも、半月もしないうちに、彼らはイネスさんを拉致したんです」

その言葉に、イネスは地球脱出の時にコウジが言っていた言葉を思い出した。

<守るなら、最後まで側にいて、最後まで守り続けないとダメです>

ジュンと戦った時のコウジの言葉・・・あれは、その時の思いから来ていたのかも知れない。

「火星の後継者は、イネスさんの知識を利用しようと考えていました。
 ・・・イネスさんは、当然協力を拒否しました。
 彼らは実力行使に出たりもしたようですが、結局イネスさんを従わせる事は出来ませんでした」

イネスは、どこか複雑な表情でコウジの話を聞いている。
違う世界の自分の話。
何となく、不思議な気がするのも無理はない。

「火星の後継者のトップ、草壁は、決してイネスさんを殺してはいけないと命じていたようです。
 しかし、イネスさんを従わせようと手段を講じていた研究員の1人が、
 どうしても思うようにならないイネスさんに逆上し・・・・・・イネスさんを、射殺したんです」

イネスの体が硬直する。
アキトの瞳は、驚きと怒りで見開かれる。
コウジは、ゆっくりと話を続けた・・・・・・

「その研究員は、すぐに草壁の命令で『処刑』されました。
 ・・・彼らは、僕をイネスさんに対する交渉材料にしようと考えていたようで、
 それまで僕には手を出そうとしなかったんですが、イネスさんが殺されてから、
 僕も実験体として扱われるようになっていきました。
 まるで人とは思っていないかのように、あらゆる実験が行なわれて・・・僕は、全ての感覚を失いました」

聞いている2人は、既に、自分が何を感じているのかさえわからなくなってきていた。
怒りとか、悲しみとか、哀れみとか、そんな簡単な感情ではなく・・・何も、考える事が出来なかった。

「その後僕の周りで何が起こったかは、全く分かりません。
 知る方法がありませんでしたから。
 五感もなく、体を動かす事も出来ず・・・ただ意識だけがある状態で、
 自分が生きているかどうかさえ確信が持てない・・・もしかしたら、僕は死んでいたのかもしれませんね」

比べる物ではないが・・・アキトは、コウジに比べれば、まだ幸運だったと言えるのかも知れない・・・。

「だから、僕がどうしてこの世界に跳んできたのかも僕にはわかりません。
 気が付いたらこの世界にいた、ただそれだけなんです」

そう言って、コウジは話を締めくくった。
それから長いこと、またも部屋を沈黙が支配した。
そして、イネスが呟くように言った。

「・・・ごめんなさい、聞かなければ良かったわね」

イネスの言葉に、コウジはどこか陰のある表情で微笑む。

「いいんです」

また少しの間があって、アキトが多少言いにくそうに切り出した。

「・・・それで、コウジはこれから何をするつもりなんだ?
 歴史を、どう変えていく?」

その質問に対するコウジの答えは、アキトにとってあまりにも意外なものだった。

「別に何も」

当然のことながら、アキトは一瞬呆然としたような顔でコウジを見つめる。

「何も、って・・・」

「僕はイネスさんが守れればそれでいい。
 歴史の変化に興味はありません」

そう答えたコウジの瞳には、どこか狂気に似たものが感じられるようだった。

コウジが出て行った後の時が止まったような部屋で、アキトとイネスは暫くの間ただ黙っていた。
そして、アキトの言葉で、時が動き出す。

「・・・どう思う?」

もちろん、コウジのことだ。

「まぁ、多分嘘はついていないでしょうね」

「歴史の変化に興味はない、と言っていたが・・・」

腑に落ちないといった表情のアキト。
イネスは、アキトの方を見ないまま、何か違うことを考えているような様子で言った。

「多分・・・本当なんじゃないかしら?
 わかる気も、しないでもないし」

「そうか?」

「ええ」

イネスの言葉に、信じられないという顔をしたアキトだったが、
迷わず答えたイネスにすっぱりと切り捨てられてしまった。
それ以上言い返す言葉もなく、黙り込むアキト。
しばらく沈黙が続いた後で、今度は、変わらぬ調子でイネスが切り出した。

「ところでアキト君、さっき『わかった』って言ったわよね」

「何がだ?」

唐突な言葉に、一瞬きょとんとするアキト。
視線を外していたイネスは、ここでアキトの目に視線を合わせ、真顔で言った。

「お仕置き」

「うっ!?」

思わず固まったアキトの様子に、イネスは笑顔を作る。

「冗談よ。ただ、その件について話したいことはあるんだけど・・・後にしましょう」

「・・・イネスさん・・・」

思いっきり脱力するアキト。
しかし、イネスは場を和ませるつもりで言ったのだろう。
とりあえず今は、そのイネスの心遣いに甘えておきたいと思うアキトだった。



TO BE CONTINUED・・・


〜あとがき〜

――というわけで、謎解き後編です。でもこっちはバレバレだったのでしょう・・・。

イネス「コウジ君の評価が大幅に変わりそうね。いえ、この話の、と言うべきかしら?」

――別に好き好んでこんな設定にしているわけではないのですが。一応意味がありまして。
  何はともあれ、これでコウジに関する手札は全て明かしました。
  その手札をどう使うかは、また別の問題ですが。

イネス「そもそも、この先の展開は考えてあるの?」

――うっ・・・まぁその・・・大筋では。

イネス「それにしても、ここまでやたらと引っ張った割には、ずいぶん思い切りよく明かしたわね」

――これ以上引っ張っても仕方ないですし、この物語はコウジメインじゃないですから。

イネス「誰がメインなの?」

――アキトとラピス。

イネス「・・・・・・」

――嘘です!冗談です!イネスさんが主人公です!だからその注射器はやめて!

イネス「全く・・・信用ならないわね」

――ですから冗談なんですよ冗談。はは、はははは・・・。

イネス「・・・まぁいいわ。では、今回も読んで下さった方にお礼を申し上げるとして・・・」

――掲示板に感想を頂けるととても有難いです。反応が非常に気になっているもので・・・。


<追記・あるいは後書きその2>
今回で正真正銘、1つの区切りとなります。第1部完、といったところですか。
次回からは、別のものを軸に物語が進んでいきます。
それでですね。・・・実は、ストックが尽きました(爆)
週一投稿はなかなか辛いものがありますねぇ・・・。という訳で、次の投稿は遅くなるかと・・・。
ああすみませんすみません。
出来るだけ早いうちに投稿を再開しようと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

 

 

代理人の感想

コウジ君、ちょっぴり壊れルリ風味(爆)。

愛って時に怖い物なんですねぇ。

 

>第一部完

 

なんかエラい不吉なフレーズですが(核爆)。

ちゃんと続き始まりますよね・・・・ねえ?