ありえないおはなし

another story

 目を覚ますと殺風景な部屋がまず頭に入る。別に殺風景だと自覚している訳でもなく、ただ幼馴染がそう言うからそうなのだろうと納得しているだけである。寝惚けて跳ね飛ばした掛け布団が部屋の反対側にあるので掴んで敷き布団の上へと戻す。
 時計の時間を見ると、起きるにはやや遅いと思われる時間帯を針が指し示している。その時計が意味 することに寝惚けた脳が一気に急回転を始めた。弾かれたように転がっていた制服をできる限りの早さで着ると顔を洗う。
 洗面台に備え付けられている鏡に幼い頃から成長を見守ってきた顔が映る。真紅の髪が束ねてないことに気付くと慌ててまとめた。
 そして、とるものもとらずに外へと飛び出す。
 外には様々な職員が既に動き始めている。近くを通ると挨拶をしてくるが、それに無表情で手をあげて応えるだけにして先を急ぐ。ライバルに差をつけることは良いことなのだ。
 冷たい無機質な通路を歩いて食堂へと足を踏み入れる。中には、朝食をとろうとするたくさんの人間でごった返していた。完全に出遅れたということを理解し、食堂の出入り口で途方に暮れてしまう。人の善意に訴えかける為に拳を固く握った時に幼馴染が手を振っているのを見つけた。
「北ちゃん!はい、ここ。席取っといてあげたんだよ?」
 近付くと隣の席をぽんっと叩きながら嬉しそうにそう言ってくる。妙に熱っぽい視線だったが、それを通路で出会った職員同様無視する。そのかわりに肩の辺りで短く切り揃えた髪の生えた頭をぽんぽんっと子供をあやすようにして軽く叩く。
 そして、北斗は挨拶もそこそこに厨房付近の行列を見て舌打ちをした。
「順番待ちか、くそっ」
 席は確保したのだが、いかんせん順番待ちの連中がずらっと列を作っている。
「私の分けてあげようか?」
 零夜が申し訳なさそうに自分の食事を見ながら聞いてくる。だが、北斗は小皿に分けようとしていた零夜を手で制した。
「いや、良い。自分の飯ぐらい自分で確保する」
「そう? 北ちゃんがそういうのなら」
 とは言うものの列は長い上に目の前で食事をされては否応なしにお腹の減り具合を再確認させられる。
(……お腹が減ったな)
 そんなことを考えるとお腹の虫が盛大に鳴った。近くで食事中だった何人かが驚いた様子で見てくるがにらめかえすと慌てて目を反らす。
 だが、さすがにお腹の音を聞かれたのは恥ずかしかったのか少し頬を桃色に染めていた。
(待ってられんぞ)
 などと思っていた時に目の前にまた見知った顔が座っているのが見えた。しかも何やら大事そうにサランラップで封をした炒飯を傍に置いている。封を外すと恐らくほかほかとした湯気がたちまちあがることだろう。水滴で白く中身が見えなくなっているのが、その良い証拠であった。
 にやり。
 北斗の頭の中でとても甘美な提案がされる。もちろん理性党員からそんな動物のような浅ましい行為はやめろと議案について反対されたが、本能陣の猛攻から押し切られてしまう。
 議案が成立すると北斗が行動を始めたのは直ぐだった。
 一瞬の内に気付かれぬように間合いを狭めると問題の炒飯をさっと掴み自分の場所へと移動する。座ってから一度だけ相手の様子を伺ったが、炒飯が無くなったことに気付いた様子はなかった。
 自分の行動がバレていないことに気付いて内心喝采をあげる。これも日頃の訓練の賜物というものであった。
「いっただっきます!」
 きちんと勝ち鬨の声をあげてからラップを剥ぎ取る。そして、その見栄えのよい炒飯を手早く口の中へと運んだ。

 箸を置き、程よい満腹感に包まれながら屈伸をする。
 気持ち良い感覚に体が包まれるが、いつまでもその感覚に身を委ねているわけにもいかない。朝食が済んだら直ぐに舞歌の護衛の仕事に移らないといけないのだ。それが和平後に行なっている北斗の主な仕事である。
「さ、行くかな」
 独り言のように呟きながら隣にいるはずの零夜へと伝える。いや、伝えたつもりだったのだが、北斗の隣に零夜の姿はなかった。
「ん? 出ていったのか?」
 良く見ると周りにいないのは零夜だけではなかった。あれほどいたたくさんの食堂利用者が人っ子ひとりいなくなり、ガランとした食堂だけが残っている。北斗以外には、今まで食べていた炒飯の皿と箸だけが置かれていた。
 食堂から通路へと出ると余計に訳がわからなくなる。通路は食堂の内装と違い岩や地面といった戦艦の中とは思えない作りになっていた。それにかがり火の明かりだけが通路の明かりを維持している。どこを探ってみても蛍光灯などの近代的な明かりは見つからなかった。
「俺はどこに迷い込んだんだ?」
 その疑問の答えは直ぐに返ってきた。
「黄泉路へと遂に足を踏み入れおったか」
 嘲るような聞き覚えのある声に慌てて声のした方向へと視線を向ける。そこには、暗部の制服に身を包んだ蜥蜴のような目付きをした男が立っていた。気配も感じさせずに忽然と現れた男を睨みながら北斗は搾り出すように男の名を言った。
「……北辰」
「久しいな」
 いつもの表情で簡潔に挨拶を交わしてくる。
 だが、どうやって警報も鳴らさず、監視の目も掻い潜って戦艦の奥深くまでやってきたのかがわからなかった。
(それだけ北辰の腕が上がったということなのか?)
 いくつかの考えが上がるが最後に残ったのはボソンジャンプの移動だった。もっともボソン反応すら抑えこむことができるのかという疑問が残る。
 と、考えにふけっていると北辰が口を開いた。
「付いてこい」
 北辰は無防備に北斗へと背中をさらすと歩き始める。
 その姿に北辰らしからぬ行動に動揺している内に北辰は北斗を置いてけぼりにしながら歩いていってしまう。
「ま、待て!」
 用心深い北辰に無防備な背中をさらされたことによって北斗は頭が困惑していた。何がしたいのかがさっぱりわからないのが原因である。何しろ殺したいと思っている人間に背を向けるなど自殺行為だ。
(それとも何かで背中を守っているのか?)
 疑問は尽きなかったが、北辰ばかりに気をとられている場合ではない。周りの薄気味悪い風景も北斗にはわからないのだ。何故、こんな場所にいるのか。何時の間に移動したのか。
 ふと気付くと北辰が足を止めているのが分かった。
「なんだ、お前がいかせたい場所についたのか?」
「……畜生が会わせろとうるさいものでな」
 北辰がゆっくりとした動作で目の前を指差す。その指の動作に従うように視線を動かすとそこに柴犬がいた。
「?」
 北辰の意図が読めず眉をしかめる。柴犬はどう考えても場違いな場所にいるように感じられた。こんな小汚い場所にも関わらず毛は綺麗な栗色をしていたし、背後にある犬小屋はどう見ても新品に見える。
「で? 俺にどうしろっていうんだ?」
「見下げ果てた奴よ。未だに我が意図が読めぬとはな。貴様の記憶にはおらぬのか? 数奇な運命の巡り合わせで会えたのだぞ」
 北辰はそれだけ言うと愉快そうに笑いながら消え失せた。目の前で忽然と消失した北辰の姿に北斗はぎょっと目を疑う。だが、いくら目を擦ってもその場に北辰の姿はもはやなかった。
(幽霊?)
 頭を捻って考えていると柴犬の鳴く声によって現実へと引き戻される。
 見ると尻尾を懸命に振りながら北斗を見詰めている。まるで付いて来いとでも言うかのように少し歩いては北斗に向かって鳴いていた。もともと深く考えない北斗は頭をぽりぽり掻きながら柴犬に導かれるがままに歩き始める。
(そういえば武器を持ってなかったな)
 そんなことを考えると自分の手の内に金属の感触が現れた。
 ぎょっと慌てて手を離すと棒状の物体が地面へと落下し、カランッと地面と衝突して金属音を発する。その物体はもう見慣れてしまったDFSであった。突然現れた物体に困惑するが、好都合とばかりに上着のポケットへと突っ込んでおく。
 少し柴犬に置いて行かれそうだったが、直ぐさま追いつく。
(だけど今更武器があってもな。北辰は臆病風に吹かれてしまったし……代わりに誰か相手にしてくれる奴はいないのか)
 溜息を尽きながら呟くと、今度は戦場が現れた。
「なっ!?」
 驚愕の声をあげながらも既に体は動いている。敵の姿を捉えると殴り飛ばす。極稀に戦車などがいたが、特に気にせずに歩兵達と一緒に拳で破壊する。
「……ふむ」
 屈強な兵士たちを相手にしながら考える。そして、考えてからぽつりと一言呟く。
「満漢全席」
 すると目の前にいた兵士たちは霧散し、代わりに凄まじい数の皿に盛られた料理が出現した。一番近くの皿にもられた料理を一口味わう。
「うん、俺好み」
 そして、十分に味わった後に飲み下してから笑う。余りに愉快なこの世界の予想に思わず笑みがこぼれるのだ。
「はははっ、ようやくわかったぞ」
 目の前にある料理を無視してぶつぶつと自分の世界に浸る。どうやら答えを見つけれたことが余程嬉しかったらしい。
「なるほど、なるほど。なんでもありなんだな」
 一人でぶつぶつ言うのも飽きたのだろう。そこまで言ったところで北斗は目の前を歩く柴犬へと話しかけた。
「ようするに夢なんだろう?」
 そう言うと前を歩いていた柴犬が立ちあがる。四足歩行から二足歩行へとよっこいしょなどと掛け声をあげながら二本の足でしっかりと立つ。それと同時にぽんっと空中から現れた金太郎の涎掛けを見に付ける。
 そして、北斗が願った通りに昔からの友達は話を始める。
「うん、ここは北斗の夢だよ」
「しかし、夢と認識しながらまだ寝てるとはな」
 いつも浅い睡眠をとってきた北斗にはとても信じられなかった。自分がこうして夢を見ていることを認識してもまだ起きないということがである。
「いや、えっとそれには事情があるんだ」
「事情?」
 妙に歯切れの悪い小さい友達に聞き返す。しかし、それには答えずに別のことを言う。
「当分目を覚まさないんだ。それまで夢を楽しんでおいでよ」
 尻尾を振り、肉球のついた毛深い手を振ってそう言う。
「……もう道案内はしてくれないのか」
「うん、北斗は一人が好きだからね」
 それだけいうともう会えないはずの友人は消え失せた。
「一人が好きか……確かにな」
 その言葉を噛み締めるように言いながら一人で歩き始める。どこからか聞こえる銃声などに耳を傾けながら遠くを見ると、遠くから黒い巨大な闇が北斗目掛けて飛んでくるのがわかった。
 その闇はあっという間に世界を覆っていた色彩を奪い、黒一色に変えてしまう。特に闇をむやみに恐れない北斗はまた歩き始める。
(でも闇には嫌な思い出しかないな)
 牢屋。
(もし、このまま闇に閉じ込められたらどうなるんだろうか?)
 ふと思う。
 あの時のように誰とも会わず、世間とのしがらみから解放されながら永遠に閉じ篭る。それは、和平が制定され戦う場所がなくなった北斗には、とてもとても甘美な誘惑に感じた。
(戦争は終わってしまった。俺の戦う場所も居場所もない……って、俺もどうしてさっさと起きないんだ? 楽しめと言われたが楽しもうにもくだらん考えばかり浮かんでしょうがない)
「……まあ、今後どうするかは気楽に決めるさ」
 と、何時の間にか闇は消え失せていた。
 代わりに現れたのは、断崖絶壁の崖と向こう側に立っている着物姿の女性だった。女性と言っても女物の着物を着ているからそう判断しているに過ぎない。しかし、北斗にはその着物に見覚えがあるからこそ女性だと即座に断定した。
「――母様」
 背中に冷や汗が流れるのを感じる。
 会いたくても会ってはならない人物が目の前に突然現れてしまったので、北斗としても平静を保つことがどうしてもできなくなってしまったのだ。
「あ、あの!」
 相手に話しかけようとした時だった、そこで着物を着た人が崖の底へと転落していくのを捉える。その姿に声にならない悲鳴なのか、怒声なのかもはや自分でもわからないものを叫びながら追いかけて崖へと落ちる。
 寸でのところで捕まえることに成功した北斗は音もなく着地する。
 そして、母親の顔を見て北斗は目が点になってしまった。
「バッタ?」
 人間の顔の部分に貼りついたバッタの顔がモノアイを赤く輝かさせながら応える。そのバッタ顔に騙されたと知った北斗は直ぐに行動に出た。
「えい」
 掛け声をあげながらバッタを真上へと放り投げる。
 そして、制服の上着からDFSをゆっくりと取り出す。
「くたばれ」
 バッタが落下してきて北斗は無言で体を動かした。
 人間で言えば、脳天から股までを一気にエネルギーの刀で立ち斬る。文字通りの一刀両断というところだろう。斬ると機械らしく爆発した。その爆風から昂氣で身を守りながら偽者を立ち斬ったことに対して安堵の溜息を漏らす。
 だが、ふと落ち着くと別の考えも思い浮かんでくる。
(母様の顔か……もう俺は合わす顔がないのかもな)
 そこまで考えたところで首を振って考えを打ち消す。
(くだらない考えだ……そう、くだらない。ん?)
 どこかから気の抜けた拍手が響き渡る。それがどうやらバッタを叩き斬ったことに対する拍手だということに気付く。機嫌の悪い北斗は、その拍手をする人間も同じように叩き斬ってやろうと振り向くと思いもかけない人物が拍手をしていた。
 その人物は、拍手をやめて北斗へと話しかけてくる。
「よう、北斗!」
 何故かへらへら笑っている。軽薄そうな雰囲気のみが北斗の見知ったアキトとの違いだった。後は、良く着ている黒い戦闘服に身を包んでいる。
「……貴様、一体何をしている?」
 怒りに拳を強く握り締めながらそう問う。
 北斗が怒るのも無理はない。この目の前にいるアキトはまさに王様気取りなのだ。豪奢な装飾類に煌びやかな服装に身を包んだ女性達を付き従えている。
「ん? 何を怒ってるんだ?」
 瑠璃色の髪を持つ妖精に酒を注いでもらいながら疑問の声をあげる。どうやら心底不思議がっているらしい。声に躊躇というものが感じられない。
「貴様、外道か!? そんな厭らしいことを無理やり――」
 と、そこで肩を揉んでいた金髪、銀髪の双子が抗議の声を発する。
「私達、別に強制されてやってる訳じゃないです」
「そう、私達は自分の意志でアキトさんにご奉仕しているんです」
 北斗には理解しがたいことだったが、一人は誇らしげに胸に手を当てながら、もう一人はアキトへと顔を近づけながら答える。機嫌良さそうにアキトは口笛を鳴らしながらそれら多数の女性のご奉仕とやらを喜んで受けている。
 ふと。北斗はこのだらしないアキトを見て思い立ってしまう。
(こ、このアキトも俺の願望だというのか!?)
 呆然としながら下卑た笑いと黄色い歓声を無理やり頭から追いやる。
「……違う」 
 じりじりと後ずさる。
「あれ? どうした北斗。楽しもうぜ」
「違う! これは何かの間違いなんだ!」
 走って逃げようとしたが、性格は違っても一応アキトである。夢の中とは言え、現実のアキトが持っている実力も同じようにあるらしく、昂氣を使って易々と北斗を捕まえる。
 北斗は混乱していて昂氣を使うことを忘れていたのも原因だ。
「さ、楽しもうぜ?」
「うるさい!!」
 アキトが手を掴んでくるが、その手を弾き飛ばす。その様子に女性陣が黙っているはずもなかった。口々に文句を言ってくる。
「――ちゃんたら! アキトさんに謝らないと!」
「へ?」
 思わず変な声が口をついて出る。
 何やら聞き捨てならない声が、女性陣の中に混じって聞こえてきたような気がしたのだ。顔を声の聞こえたところに向けると彼女はいた。
「北ちゃん! アキトさんは私達を理想郷へと導いてくれるのよ?」
 ぴらぴらとした薄い布きれ1枚で体を包みこんだ幼馴染が立っていた。しかも良く見ると妙に艶っぽい肌までしているのが見て取れる。
「れ、零夜?」
「さあ、私と一緒にアキトさんに謝りましょうね」
 もう嫌になってきていた。北斗には、何故自分がこんな仕打ちを受けなければならないのかがさっぱり理解できなかった。
「夢だったら」
「え? 何?」
 隣の見知らぬ女がそう言うのが聞こえたがもうどうでも良かった。
――この馬鹿な登場人物達を全員消してしまおう。
「夢だったら――俺の思い通りに動けぇ!!」
 叫ぶと同時に昂氣を広域放射する。その熱量に地面が溶け、同時に地面と同じようにして溶けるようにアキト以外の女性陣が消え失せる。
「思い通りにしてるじゃないか」
 また軽薄そうな笑みを浮かべるアキトがそう北斗に告げる。確かにこれほどの量を放出しているのだ。現実だったら倒れていることだろう。だけど、これは夢なのだから昂氣も無尽蔵だと北斗が思えば無尽蔵なのだ。
「で、もしや俺も間違いだと思ってるわけ?」
 どうやら最初の方も台詞を覚えていたらしい。
(そうだ。間違いなんだ。間違いは正さないといけない!!)
 気持ちを一つに決めると北斗に総ての迷いはなかった。この世界の法則は、既に理解している。後は北斗がそれをどう願い、扱うだけにかかっているのだ。そして、もちろん北斗は迷わない。
「ダリアッ!!」
 叫ぶとまるでその場に元からあったかのように真紅の機体が忽然と現れた。北斗が望めば現れ、願えば来る。思い通りにいかない訳が無い。ここは自分の夢の中なのだから!
 北斗は手早くコクピットの中へと滑りこむ。そして、システムを立ち上げると自分が知っている信頼のおける防御ユニットの射出に取りかかった。
「出番だぞっ!! 来い! 氷雨、蒼天、暗尭、風魔!!」
 ダリアが背中に背負っているバックパックから四つのクリスタルのような物体が出る。それが上下左右に展開すると歪曲場を形成し始める。
 それに加えて現実では、体力が尽きるほどの大量の昂氣が機体を防護しようと巻き起こる。
 そして、北斗の防御は完璧になった。
 もうこの時点で目の前でへらへら笑っている偽アキトにやられる訳が無い。
 だが、北斗は決着をつけるつもりだった。夢の中にこのアキトが登場したことが北斗には屈辱のように感じる。だから全力で粉砕することにした。

「―――――羅刹招来ッ!!!!!」

 機体を覆っていた歪曲場が渦を成してダリアへと収束していく。内包していた力が弾けるかのように開放されていった。そして、2対の真紅の翼が生え、バーストモードは完了する。
「……覚悟はできてるんだろうな?」
 青筋をこっさえながら北斗が目の前のアキトに問う。意外にもこのアキトも肝が据わったものでまだへらへらと笑っている。
「覚悟? あぁ……わかってるよ。マイ・ハニー!」
 時が止まった。
「なっ!? なっ!?」
「うん、分かってるよ。俺が他の娘達に夢中だったから怒っているんだね? 大丈夫、心配はいらないよ。だって俺の心は君の瞳にフォーリン・ラブ!!」
 妙な手振りを交えながら愛の告白は続く。北斗は先程までの勢いもどこへやら自分の頭に先刻までとは別の意味で血が昇るのを感じた。そして、アキトが背後で何かを掴み、北斗へと差し出すかのように突き出す。
 それは薔薇だったりする。
 北斗にとっては、花束の種類などよりもプレゼントの意味することが理解を超えており混乱を極めた。現に勢い良く花束とアキトの顔をモニター越しに交互に見比べている。
「え、えぇぇぇぇっと、その、えっと、あのだな」
「気に入らないのかい?」
 わざとらしく、肩眉をひそめながら優雅に溜息を吐く。
「いや、わかっていたさ。君が花なんて望んでいないなんてことはね。だけど俺の想いを何か物にして君にプレゼントしたかったんだ」
「想い? 想いっても、もしかして、それって」
「愛してる! 俺は君が欲しいんだっ!!」
 大げさに手を大きく広げながら、にこやかにとんでもない発言を言い放つ。
 北斗はその言葉を何回も頭の中で反芻し続ける。どうやら既にこのアキトを粉砕するという考えは一旦休止してしまっているらしい。
(こ、こ、こ、こ、これは俺の夢の中の話であって、そう現実じゃないんだぞ? だ、だけど夢って確か零夜が人の願望が形になるって言っていたんだ。だ、だからまたこれが俺の願望なのか!?)
 ショックを隠し切れないらしく、頭を抱え込む。
 余りに自分の考えとかけ離れた願望だったようだ。と、そこで北斗の中で何かがプチッと何か小気味良い音が聞こえる。
 つまりキレてしまった。
「う、嘘だぁぁぁぁぁ!!」
「嘘なもんか! 俺は君を心から愛してるよ!」
 アキトが違うのに律儀に北斗へと言葉を返している。その言葉を返す物体に北斗はひきつった笑みを浮かべながら自分のある考えを呟く。
「なかったことにすれば良いんだ! ははっ、名案じゃないか!!」
 今までパワー全開にされといて放って置かれたダリアに力が戻る。
 ダリアの手にあるDFSに昂氣が収束し、そして無造作にアキト目掛けて振り下ろした。技も何もあったものじゃない、ただ目障りな障害を叩き潰すかのように北斗は剣を叩きつける。
 その結果、ダリアのエネルギーが爆発を起こし、巨大な爆風が発生した。爆風に吹き飛ばされる無傷のアキトの姿を見て北斗は絶望へと表情を変える。
「愛してるよぉ!」
 何故かダリアのフルパワーの攻撃を食らっても消滅しなかったアキトが、そう叫びながら空の彼方へと吹き飛んでいく。
 北斗はその愛の告白に返事を思わず叫んでいた。
「黙れぇ!!」
 それと同時に北斗は世界が歪んでいくのを感じ、この茶番がようやく終了したことに気付いた。

 目を覚ますと病室にいるということがまず頭に入る。白いカーテンに遮られた向こう側で何やら言い合っている音が鼓膜を刺激する。感覚が一つずつ戻ることを実感しながら北斗はまだ鈍い意識と共に体をゆっくりと起こした。
 カーテンをどけると零夜と飛厘が言い争っているのがわかる。
 そこで言い争っていた零夜が北斗が意識を取り戻したことに気付いて声をかけてくる。涙目になっているのが近付くにつれて理解できた。
「北ちゃん、大丈夫だった!? 食堂で倒れたんだよ!?」
 食中毒の意味を飲みこむには、北斗の脳はまだ眠っていた。
 だが、零夜の後を次ぐように飛厘が声をかけてくる。
「北斗殿、私の実験サンプルを食べましたね?」
「実験サンプル? 一体なんのことだ?」
 口ではとぼけるがもはや言い逃れはできない。北斗自身が嘘は上手ではないということを自覚している。
「ところで俺はなんで寝てたんだ?」
「要するにですね。北斗殿が食されたのは、ナデシコのある人たちが作成した炒飯な訳でして……さしもの北斗殿も食中りを起こされてしまった訳です」
「食中り? 俺が?」
「はい、もちろん」
 北斗は空いた口が塞がらない。ありとあらゆるマズく、毒性のあるものを食べた北斗が食中りを起こしたというのである。おまけに昂氣を身に付けてからはあらゆる強力な毒薬も効果が薄れるほどだった。
 つまりありえないことなのだ。
「だが、腑に落ちん。何故あそこに劇薬があったんだ?」
 今度は、飛厘が気まずそうに北斗から目を反らそうとする。もちろん北斗は目を反らすことを許さずにさらに問い詰める。
「なんでだ?」
「えっと、実は……冷たい時と暖かい時の違いを調べようとした訳ですね。そこでまあ食べ物を温めるのは電子レンジが一番だと思って」
「じゃあ、何か? 劇薬温めた時点で腹が減ったから食堂でのんきに劇薬を脇にのけて食事していたのか?」
「……そ、そうは言っても! 北斗殿だって盗み食いなんてするから悪いんですよ!?」
(はぁ……もう盗み食いはやめよう。死ぬ)
 頭痛がする頭を手で抑えながら溜息をつく。そんな北斗に黙っていた零夜が何か思いついたかのように北斗に話し掛ける。
「あ、北ちゃん。ところでさ、夢でも見てたの?」
 やや心臓の鼓動が高まる。
「な、何でそんなことを聞くんだ?」
「あのね、北ちゃんが寝ている時に「黙れ」とか「違う」とか魘されていたものだからひょっとしたら悪い夢でも見ていたんじゃないのかなあって思って」
 ふと先程までの不愉快な夢が脳裏をよぎる。同時に覚えていた自分に対して少々腹が立つ。
(このことは絶対誰にも言わんぞ)
 そう固く決意しながら当面の敵である零夜をなんとか言いくるめようとした時である。
 視界がブレた。
 いや、視覚から離されていくのがわかる。北斗は自分の意識が深層部分へと押し込まれるのを感じながら体が自分の意思を離れて動き始めたのを見た。
「おっはよ! 枝織だよぉ!」
「あれ? 代わったの?」
「だってぇ、北ちゃんの夢について知りたいんだよね?」
 北斗が悲鳴をあげた。

後書き
 この作品は題名の通りに話が進んだと思っております。しかし、凄くダラダラとした作品に仕上がってしまったように感じてもいます。
 それに話の進め方が夢とは言え強引過ぎた気もしております。まあ過ぎたことなのですけどね。(ヲイ)
 さて、本作品のhtml化に際してhyu-nさんの作品を参考にさせていただきました。それに加えてご許可もいただき、ありがとうございました!

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・・・確かに悪夢だ(爆)。