機動戦艦ナデシコ

『影(シャドウ)』

 

 

 

 

 

 宇宙を覆い尽くさん勢いの軍勢。

 それが放つ幾千にも及ぶミサイルの猛攻。

 

 それらを掻い潜り、ナデシコは地球へと帰還した。

 

「―――――ナデシコか」

 

 その白亜の艦体を見上げ、一人の女性が艦の名を呟く。

 黒曜石の如き瞳が見定めるのは、懐かしき過去の記憶か。それとも新たに胸へ去来するものがあったのか。

 それは定かではない。

 

 だが、エリナ キンジョウ ウォンは、ただ艦体を見詰め続けていた。

 

 

 

 

 

 その後、ナデシコの改修は終了した。

 その改修した部分は多く、火星へと出立する前からナデシコに装備されていた武装は強化され、

 エンジン効率、艦内のエネルギー消費、キッチンの低燃費の実現と効率化も図られている。

 

 当然、その改修をしていたドッグ内の人員は撤収を開始していた。

 今ではドッグ内の細かい後片付けをしている人間しかいない。

 

 そんな外の光景を余所に、ナデシコ艦内ではナデシコのクルーが集まっていた。

 主だった面々、各部署のまとめ役のような人は全員ブリッジへと集合している。

 

「私達、軍隊に編入となりましたぁー!」

 

 どこかズレた声がブリッジに響く。

 この集まりで上の方からの話をするはずのユリカがそう言ったのだ。

 

「……」

 

 その言葉が齎す効果はさしてない。

 全員さしたる反応も見せずにユリカが次に何を言うのかと待ち構えていた。

 それも当然、仕事が一段落したので、次の指令待ちなのである。

 

「……」

 

 だから、このように全員黙ってユリカを眺めていた。

 

「あの、皆さぁーん。

 こんな雰囲気は私達らしくないと思うんですけど、如何なものでしょうか?」

 

 その無言の沈黙に耐えかねたのか、ユリカがおそるおそる口を開く。

 酷く無様な光景だ。

 自然とブリッジのあちこちから耐えかねたように溜息のようなものが聞こえてくる。

 

「えっ!? えっ!?」

 

「艦ぁぁぁん長! こういう時こそ艦長がビシッと決める時ではないですか!

 さあ存分に乗員の皆さんへ次のお仕事の概要を伝えてあげてください!」

 

 その声を代表するようにプロスが怒鳴る。

 凄い剣幕だった為か、ユリカも慌てた様子で―――。

 

「す、すいません! そ、それじゃあ気を取り直して!

 えっとですね、私達は軍に編成され直され、各地の木星トカゲを討つことになりました!」

 

「それって、私達に軍人になれってことですか?」

 

「えっとぉ、それは……」

 

「まあ、端的に言えばそういうことになりますかな」

 

 先程の剣幕もどこにやら、コホンと咳払いを一つ付いてからプロスはこう説明し始めた。

 

「私達の本社であったネルガルはクリムゾングループに吸収合併と相成りました。

 ですがクリムゾンとしてはナデシコを扱いかねたのでしょうなあ」

 

 メガネを押し上げながら、飄々とした口調でプロスはそう言った。

 

「それで軍に預けると」

 

 そんなプロスの説明にユリカは感心したような声を漏らす。

 ネルガル本社が吸収合併になったこと、クリムゾングループに関することはユリカも耳にしていたはずである。

 なのにこのような声を漏らしてしまう。

 

 まったく脳味噌を使っていない

 

 ざわざわ。

 と、プロスの言葉は先程のユリカの言葉と違い、ブリッジ中に波紋を齎しているようであった。

 近くのもので何かを確認するかの如くひそひそ話をしている。

 

 ある者はコミュニケを。

 またある者は記録表を眺め。

 

 とにかく全員間違いがないようにと何かを確かめ合っている。

 

「あの、皆さんどうされたんでしょうか?」

 

 と、そんな現状についていけてないものが一人。

 周りの乗員が全員ざわついている様子にきょろきょろと忙しげに視線を動かしている。

 

「さあ、どうされたのでしょうなあ?」

 

 いや、二人であった。

 こちらも眼鏡の縁に手を当てながら不審な動きをする乗員一人一人を観察している。

 自らの言葉が齎した結果とは言え、やはり気持ちの良いものではない。

 

「あのよぅ」

 

 疑問の答えはウリバタケによって出された。

 

「ネルガルって何時潰れたんだ?」

 

「あれ、言いませんでしたっけ?」

 

 質問に対し、質問で返している。

 二人とも頬をぽりぽりと掻きながら不思議そうに相手を見詰めている。

 

 だが、ユリカの記憶になかろうと、ユリカは誰にも伝えていなかった。

 アキトの入院生活に付き添ったり、気持ちが悪いことを理由に色々と忙しくしていたからである。

 さもありなん。

 

「艦長はネルガル吸収合併に関する言葉を艦内であまり喋られていません。

 むしろ、それを避けているような節があるとオモイカネは記憶しているみたいです」

 

「えぇ!? そ、それってオモイカネが間違っているってことないのかな」

 

 一抹の希望に縋りつく。

 だが―――。

 

「残念ながら」

 

 無情にもルリの首が横に振られる。

 その瞬間、まるで堰を切ったかのような勢いで一人の男が跳ね上がった。

 

「艦ぁぁぁん長っ!」

 

 プロスの怒声がブリッジに鳴り響き、他のブリッジに集まっていた面々はやれやれと肩をすくめた。

 そんな現状をじっと眺めていたルリは、たった一言で場が持つ雰囲気を纏めてしまう。

 

「バカ」

 

 

 

 

 

 結局、次なるナデシコの仕事に関することはユリカ抜きで行われることになった。

 ここでナデシコを降りる者もいるだろうが、それはユリカには関係のない話になりそうだ。

 

 その為、ふくれっ面でユリカはぶーたれている。

 

 だが、そんな抗議を幾らしようとも、今ユリカがいる場所にはその抗議をする相手はいない。

 説明をする為には邪魔な存在と思われたのでブリッジから乗員の手によって追い出されたのである。

 

「こんなの横暴っ!

 私が艦長なのにー」

 

 身振り手振り口振りと、とにかく不満を表す。

 やはり積み重ねてきた月日に対して、些か精神の方が年を取っていないように思われた。

 

「うるさいぞ!

 お前が隣で騒いでいると治るものも治らないだろうが!」

 

 と、そんなやかましく喚いていたユリカを怒鳴りつける。

 その怒鳴りつけたのは、ベッドで横になっているアキトであった。

 

 そう、病人の横で騒いでいたのである。

 

「えぇー、そんなこと言ったって」

 

 ぷいっと頬を膨らましながらユリカがそっぽを向く。

 そのスネていると思われる態度は、ベッドで横になっていたアキトの感情を逆撫でにするには十分であった。

 眼力が強くなり、ギプスで覆われた腕が小刻みに怒りで震え始める。

 

「だぁってじゃないだろうが!

 だいたい俺だってなあ、好きでこんなところで寝ているわけじゃないだぞ!?

 ケガが酷いから仕方がなくだなあ」

 

「うん、分かってるよ。

 ミナトさんも酷いことするよね……なんだってあんなことをしたんだろう」

 

 アキトが怖かったから

 

 とは、誰も考え付かない。

 やはり血塗れで倒れているような人間が被告を半狂乱の状態にさせたとは信じがたいであろう。

 

 ミナトの普段の言動、手に持つ銃火器、返り血を浴びていた立っていた現場。

 これだけのものを目にしておいてアキトを疑えというのは無理がある。

 

「―――きっと、虫の居所が悪かったんだろ」

 

「あれ、アキトったら、おっとなぁ!

 これだけのことをされておきながらミナトさんを許すっていうの?」

 

「うん……まあ……こっちにも色々事情があるんだよ!!」

 

「?」

 

 そうアキトは言い放つと、布団を目深に被る。

 あの時の感情を思い起こす度にアキトは、心と体が穴が空いたように冷えるにも関わらずミナトを許してしまう。

 

(たとえ一時の気の迷いとは言え、好きになった相手だし)

 

 命の危機が去ったのでアキトの勘違い、もとい胸のドキドキも収まったようである。

 どこかしら己の行為を思い返して続けていくうちに瞳が力を無くし虚ろになっていく。

 

「はあ」

 

 自分の行動を恥じる。

 と、そんな元気の無い様子が見るに忍びなかったのか、ユリカが布団ごと揺すり始めた。

 

               ゆさゆさ

 

「元気だしてよ、アキトったら」

 

「……俺は元気だっつうの」

 

 布団に包まっているせいでどうしても声が曇ってしまう。

 その為、あまり布団を揺さぶっているユリカを制止させるには至らなかった。

 

「だから元気出してよ。

 今度は地球各地に存在する木星トカゲの戦力を撃破して回っていくんだけど、

 その目的地に南の島があるから、そこで少しぐらい休養できるよ」

 

「ふーん、南の島ねぇ」

 

「あ、南の島が駄目だったら北極方面とかいけるよ。

 きっとペンギンとかアザラシとかにも会えると思うんだけど」

 

「……だぁかぁらぁ、俺は元気だっつうの!

 良いから、さっさと自分の仕事に戻れよ。艦長なんだろ?」

 

「あ、だったら仕事は全部終わってるよ」

 

「へ」

 

 思わずマヌケ面を披露してしまう。

 その顔があまりにも間が抜けていたのだろう、ユリカの顔がぷぷっと笑いを我慢する表情に変わる。

 顔色が真っ赤に変色していく。

 

「お、お前ってちゃんと仕事できたんだ」

 

「ふふん、これでもユリカは艦長さんなんだぞ。

 でも、なんかいつもより仕事の量が増えてたみたいだから妙に疲れちゃった」

 

「軍に編入されるっていうし、それでか?」

 

「うーん、それにしては何だか日常業務の量が増えたみたいに感じたけど、

 まあ地球に帰ってきたんだから補給物資についてのものとかあるからなんじゃないかな」

 

(なんか……ひっかかるな)

 

 この時のアキトは覚えていなかった。

 自分の犯した過失が後々多大な恨みを生むことになるのだが、それはまだ暫く後の話となる。

 今はその人物も色々な目にあって恨みをぶつけることができないのだから。

 

「ま、思い出せないのだから大したことじゃないだろ」

 

「ん? どうかしたの?」

 

「いや、なんでもない。

 それよりもさ、木星トカゲを倒しに行くって言うけどさ。まずはどんな場所に行くんだよ」

 

「えっと、最初は北極らへんだったかな。

 そこをウロウロしている木星トカゲの勢力を倒さないと親善大使が危ないとか何とか」

 

「は? 親善大使?」

 

「うん、なんかそこにいるらしいよ。

 そんな場所で何をしてるんだろうって話だけど」

 

「随分と勇敢な親善大使だな。

 今の御時世、まさか北極らへんに出向いたりするなんてなあ……命知らずなのか?」

 

「親善大使が命知らずってのは問題あるんじゃないかな」

 

「いいさ、それよりさ。

 ……俺達って結局、何しに火星へ行ったんだろうな」

 

「え」

 

「あのさ。

 ナデシコは最新鋭の戦艦だってのは分かるよ。だけど、それも木星トカゲには敵わなかった。

 あの連中、数が多過ぎる。火星に着く頃には大破寸前にまでなってたし。

 艦内ではガイが撃たれるし、変な侵入者は出るし、結局火星にいた人達は誰かが助けてた。

 それで、俺等が火星に行った成果みたいなものはあったのかよ」

 

「―――――きっと、あったよ」

 

「そ、そうか?」

 

「たくさんの人は助けられていたけどさ。

 事情は知らないけどイネスさんは私達を待っていてあの火星に居たんだし、

 それに、木星トカゲの数だってナデシコが撃墜した分は減ったんだと思うよ」

 

「……なんか、楽観的な考えだよな」

 

「そうかな。でも、そういう風に考えた方がきっと良いよ。

 だって、火星に行って帰ってくるまでの間になんだかんだで誰も欠員を出さずに成功したんだから」

 

「助ける人もいなかったのに、成功ってのはおかしくないか?」

 

「良いの、良いの、大成功!

 他の人に先を越されたけど、これが私にとっては初の成功みたいなものなんだから」

 

「? なんだよ、それ」

 

「ミスマル家の私じゃない、私が掴んだ居場所での成功って意味」

 

 

 

 

 

 その頃、もう一人のアキトはというと。

 相変わらず白鳥家に居候をしつつ、会社運営、ダッシュへの指示を行っていたりしていた。

 同時にたくさんのことをしているが、実際にやっているのは他の人なので楽だったりする。

 

「さてさて、どうしようかな。

 俺の目的通り、ナデシコは無事に火星から戻ってきたし……次の段階に移るか?

 例の奴も完成間際ってところだしなあ、そろそろ頃合って奴かな」

 

 怪しげにバイザーが光る。

 その蛍光灯の灯りを受けて怪しく光る様子は、見ている者に妙に不安を与えていく。

 

「くっくっく、平行世界だから元々俺の世界とは違う道筋を辿ったかもしれない。

 だけど、もう準備はしてしまったんだ。一気にこんな戦争は終結させないといけないな」

 

 笑う。

 

「あっ、でも実行するからにはダッシュに連絡を取らないといけないな。

 全部終わらせた後には、遺跡の力とここの世界のユリカに協力してもらわないといけないし」

 

 笑う。

 

「ようやくだ。

 ようやく……元の世界を」

 

 笑う。

 

「そしたら、きっと―――「トイレに篭ってるんじゃない!」

 

 大声が個室に響き渡った。

 さらにドアを激しくノックする音も加わる。

 

「あんたねぇ!

 いっつもトイレに篭ったりするんじゃないわよ。一回の時間がめちゃくちゃ長いの!!」

 

 どうやら外の人物はアキトがトイレに長居し過ぎていることが気に食わないらしい。

 

「うるさい奴だな。

 言われなくても出てやるよ、ミユキちゃんとも連絡は終わったんだし」

 

 ガスマスクを身に着ける。

 やはり顔を晒すわけにはいかないらしい、こういう場所でもないと外そうともしない。

 

               ガチャ

 

「長いのよ!!」

 

               ひゅんっ!!

 

 風が切り裂かれる。

 その鋭い一撃は的確にアキトの顔面へと唸りあげて迫ってきた。

 

 常人では不意の一撃でもあったので、中々避けにくい。

 だが、そんな一撃もアキトにとっては、例えガスマスク越しでも簡単に避けることができた。

 

「くっ!」

 

「ふふん♪」

 

 得意げな声をアキトがあげた。

 そのアキトの眼前には悔しげに歯をかみ締めるユキナの姿がある。

 

 先程の一撃は体の捻りを加えた蹴りであったらしい。

 その一撃を避けられてしまったので、ユキナはその蹴ろうとした足を折り曲げた状態で後ずさる。

 後ずさる様子をアキトも律儀に見守った為に、なんだか変な沈黙が続く。

 

「チッ、運動神経だけは中々ね!」

 

「はぁ? それがこの前野球でコテンパンに負けた奴の言うことか?」

 

「あんたねぇ! 今頃その話題を持ってくるわけ!?

 確かにあの野球大会では遅れを取ったわよ。でも、まだまだこれからよ!!

 いつか、コテンパンにのしてあげるから」

 

「はいはい、そりゃ楽しみだ」

 

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

               ひゅんっ!!

 

 再び、蹴りが放たれる。

 だが、やはり完全に見切っている攻撃を食らう道理もないのであっさりとアキトも避ける。

 

 と、そんなじゃれあいを続けている二人に声がかかった。

 

「おーい、二人共!」

 

 それは九十九であった。

 もう一人白い学ランを着ている人物を背後に連れながら二人の方へと歩いてくる。

 

 その九十九の後ろには、何人かの銃器を持った人間が見えた。

 

「ん、どうした九十九」

 

「うおっ!? 名前で呼ばれた!?」

 

「え、じゃあ、白鳥?」

 

「二人いるだろうが」

 

 ユキナと自分を指差す。

 

「じゃあ、白鳥兄ぃ」

 

「気持ち悪い言い方をするな。もう良い、名前で呼べ。

 それよりもな。閣下がお前を連行せよとのことだからついてきてくれ」

 

 どうやら一緒に九十九とついてきた人物は、草壁の命を受け連行に来た人物らしい。

 そのことを理解したアキトであったが、一応何故連れて行かれるのかを聞くことにした。

 

「なんの用なんだ?」

 

「それは直接閣下にお聞きしろ。

 俺は用件に関してお聞きしていないから教えることもできん」

 

「ふぅーん、なんか手土産を持っていった方が良いか」

 

「なに?」

 

「いや、茶菓子でもそこら辺で買ってくるから少々待ってくれ。

 幾ら何でも手土産の一つも持たずに会うのは失礼ってものだろうからな」

 

「良いからさっさと行け」

 

「わかった。

 それじゃあ、買ってくるから暫くの間待っていてくれ」

 

 そんな買出しに出かけようとしたアキトに声が掛かる。

 今まで事の成り行きを眺めていたユキナであったが、何か思うところがあったのだろう。

 

「今更あんたの手土産を貰っても閣下が困るだけなんじゃないの?

 あんたの買うような手土産なんか、閣下が普段口になさるものに勝るわけないんだから」

 

「酷っ! 俺をなんだと思ってる!」

 

「ホームレス。それか食い倒れの貧乏人」

 

「……まあ良い、手土産はこっちの誠意だからな。

 持って行かない方が可哀相ってものだろう?」

 

「もう良い!!

 手土産はこっちで用意してやる! だから今直ぐ閣下のところに向かうぞ!!」

 

 九十九の怒声が二人の会話を止めた。

 

「ラッキー」

 

 

 

 

 

 そして、草壁の執務室へと案内される。

 

 そこへ連行されている最中、アキトは何度か口を開いたが誰も相手をしてくれないので諦めた。

 やはりこの異邦人がトップと会うということでピリピリしているのだろう。

 

「着いたぞ」

 

「ふん、ここか。

 だいたい俺は客人な訳だからもっと愛想良くしてくれても良いんじゃないか?」

 

 その問いの返答はアキトを連行するようにと九十九に伝えた男が答えた。

 

「それは今までの話だ。

 閣下はお前の正体を知っている。そこで貴様の有効な活用法を考えられていたというわけだ」

 

「正体? 一体何のことやらさっぱり」

 

「とぼけるな。

 我々が繋がりを持っているのがどういう奴等なのかは知っているだろう。

 当然、貴様の存在もこちら側にも伝わっている」

 

「ああ、なるほど」

 

 ポンッと手を叩いて音を立てる。

 アキトは会社にいた時からさほど姿を隠すという発想があまりなかった。

 

 一々姿を隠す必要性が見当たらなかったのだ。

 

 勿論、最初は同列軸にある並行世界であるという確証はアキトになかった。

 その為、正体を知られたことから、この世界にいるテンカワ アキトに辿り着く者も出たかもしれない。

 だからと言って、正体を隠したところで、もし元の世界の過去に飛ばされた場合、そこで矛盾が発生したことだろう。

 

 あの時代にいた場所と違い、別の場所で好き勝手暴れまくるアキト。

 このような存在を時代や世界や宇宙や超常現象が許すはずがないのだ。

 

 その為、並行世界と知ってからは進んで姿を隠すということをしなかったので、こういうことになったのだろう。

 

「分かったかね。会長さん

 

「人違いじゃないのか?」

 

「一体何の話だ。

 それよりも閣下をお待たせしているのだろう?」

 

 目の前で行われる会話についていけなかった九十九が口を挟む。

 忙しなく視線を二人と目の前にある執務室への入り口を行き来している。

 

「ああ、そうだな。

 では、白鳥中尉ご苦労だったな。ここから先は君は必要ない。

 自分の仕事へと戻りたまえ」

 

「なに」

 

「聞こえなかったのか。

 君は閣下とこの道化との話し合いに参加しなくても良いということだ」

 

「そんな!」

 

「わからないのかね?

 君は優人部隊の一員だが、閣下を護るには役不足ということだ」

 

「くっ」

 

「わかったら、さっさと妹さんのところに帰ったらどうだね?

 ……何も彼を見張っていたのは君だけではなかったということだよ」

 

「―――っ」

 

「それじゃあ、君の協力には感謝しているよ」

 

「はあ、やれやれ。

 おい、そんなところで気落ちしてないで家に戻った方が良いぞ」

 

「どういう意味だ!」

 

「さあて、どうしても一枚岩というわけにはいかないということかな」

 

 

 

 

 

「で? どんな用なんだ?」

 

 単刀直入にそう尋ねた。

 それに対し、草壁は腰に両手を当てながらじっとガラス越しに宇宙を眺めている。

 

「なに、簡単なことだ」

 

「あぁー、親善野球大会をまたするとか」

 

「それで話を逸らしたつもりかね?」

 

「え、無理なのか?」

 

「……」

 

「ふむ。今後に反映しよう」

 

「ともかく、君のことについてだ。

 我々の知人が偶然にも君のことを熱心に調べていたんだが。

 彼らは君がどんな人物なのかと興味津々だったよ。

 何せ、一から企業を設立し成功させ、気まぐれで軍やコロニーを助ける、さらには木連へやってくる。

 ここまで来ると一体何が目的なのか」

 

「ふぅん、あれが俺の仕業だって思ってるわけだ」

 

 感心したようにアキトが顎をさする。

 だが、ガスマスクを被っている為に顎をさすることはスムーズにはできなかった。

 

「無論だ。

 そうとしか考えられない。

 何よりこちらでも調べてみた」

 

「なに?」

 

「我々にも優秀な人材がいるということだよ。

 地球で君の仕業と思われる事件を総て調べ、私の方へと集めるように言ってある」

 

「それはご苦労なこって」

 

「木連の暗部は地球が飼っているような連中とは比べ物にならん。

 近いうちにそれ相応の成果を携えて私の元にやってくるだろう」

 

「ふーん」

 

 その優秀な人材が以前アキトと茶をすすっていたのは無視らしい。

 

「興味がないのかね」

 

「いや、どこも結構熱心に調べてるんだなあと思ってな」

 

「疑問は早めに潰すに限る。

 特に今回のような現状に強い影響力を与えられると思しきものにはな」

 

「ふーん」

 

「だが、これら全部を君一人でしたというのかね?

 とてもそうは思えないが……」

 

「違う、一人じゃない。

 こっちも色々と協力してくれる人(人じゃないけど)がいるというわけだ」

 

「ふむ、まあそんなところだろう。

 ところで我々も独自に調べ上げていることは先程も言ったが」

 

 宇宙を眺めるのをやめ、自分の椅子へと座る。

 

「その時、分かったことがあった。

 君が以前許可した空間に巨大空間歪曲場発生装置を建設中ということがな。

 そこで……そろそろあれをどう使うつもりなのかを教えてくれないか」

 

「…………」

 

「ふむ、だんまりか。

 それも良いだろう。だが、いつまでも黙っていられるようなことじゃないぞ」

 

「―――――黙ってるわけじゃない」

 

「何?」

 

「忍法 多○分○の術ッ!!」

 

「な、なにぃ!?」

 

 アキトの体から突如として幾人もの手が発生する。

 それは次第に体から生えていくと胴体が見え、遂にはガスマスクを被っているのが生えてきた。

 その奇妙な光景に驚いた草壁は行動が遅れた。

 

 体から生えてきた一体が草壁へと間合いを詰めていく。

 一気にアキトと草壁の間に存在していた長い距離を一息に詰めてしまう。

 

「ッ!」

 

「ぐはっ!」

 

 放たれた一撃は正確に草壁の鳩尾を貫く。

 玄翁の如き、硬く、重い衝撃が体を突き抜けていった。

 

 その衝撃を受け、意識が白濁とする。

 そんな中、草壁が意識を失う直前に見たのは、部屋の中で待機していた護衛兵がやられている光景であった。

 

「ま、タイミングは良いかな」

 

 部屋の主が倒れ伏す中、元から位置から一歩も動かずにアキトが呟く。

 もはや部屋の中で立っているのは、アキトの他には体内から飛び出した連中のみであった。

 その為、アキトの声だけが部屋の中で聞こえている。

 

「草壁中将、あんたとは話がしたいと思っていたんだ。

 対等の立場ではなく、こちらの要求を一方的に呑むしかない状況でな」

 

 そして、倒れている草壁へと近寄っていった。

 

 

 

 その3にジャンプ!