機動戦艦ナデシコ 空白の3年間 

第1話 星になって



はるか昔、紀元前7世紀ごろクレタ島では、イラクリオンの南7キロに位置する
クノッソスを中心として強力な文明が花開いていた。

通称ミノア文明。

ミノス王は、后が牛と交わったことで生まれたミノタウロスを
閉じ込める為、名工ダイダロスに命じラビュリントスを建設する。

ミノタウロスへの食事として供された少年少女。

やがてアテナイの王子テセウスとミノスの王女アリアドネによって
ミノタウロスは殺害、2人はアテナイへと旅立った。

アテナイに王女を奪われ怒りに燃えるミノス王は2人の手引きをしたダイダロスと、
その息子イカロスを寂しい絶壁の孤島に閉じ込める。

しかし名工ダイダロスは蝋で固めた鳥の翼をもって、イカロスと共に
空に向かって脱出するのだった。


「空へ、もっと高く、もっと高く」


少年イカロスの心は浮き立ち、はるか太陽を目指した。
そして蝋は融け、翼と希望を無残に散らしながら彼はイカリア海へと落ちていった。


イカリア海の藻屑と消えた「宇宙の翼」への憧れ。


それから人類は本当に行ける「希望」もないのに、飽くことなく繰り返し繰り返し
宇宙への夢を紡ぎ続けた。

それはまるでリレーだった。

無数の、決して報われることのなかった走者たちにより夢は次代へと
受け継がれていった。

その夢はウェルナー・フォン・ブラウンによって叶えられ、
今また宇宙はボソンジャンプ技術により「メヴィウスの宇宙」を構成し
新たなる秩序を打ち立てようとしていた。





22世紀、地球

「それじゃ、行ってきます。」
「おみやげ、楽しみにしててくださ〜い♪」

2199年6月19日。

空港の出発ロビーに立つアキトとユリカはまぎれもなく幸せに輝いていた。
多少、気恥ずかしげだがまっすぐな瞳をもつ好青年、アキト。
そんなアキトからしがみついて離れない、元ナデシコ艦長ユリカ。

お似合いだった。

テンカワ・アキト。23歳。Aランクボソンジャンパー。
戦艦ナデシコに乗艦し、エステバリスの操縦者として大戦末期を戦ってきた。
現在はラーメン屋台をユリカとかつぎながらの生活である。

テンカワ・ユリカ。25歳。Aランクボソンジャンパー。
大戦末期に建造された戦艦ナデシコの艦長として就任。
彼女と戦艦ナデシコの力により、大戦は急速に和睦へと導かれた。
大戦後は大佐に昇進し、アキトのラーメン屋台を手伝っている。
横になれば、一分で熟睡に入れるというお子様みたいな女性。


そんな二人をまぶしげに見つめる、艱難を共にした大勢の仲間達。

ホシノ・ルリ、メグミ・レイナード、ハルカ・ミナト、アオイ・ジュン
白鳥・ユキナ、ミスマル・コウイチロウ、ウリバタケ夫妻、エリナ・キンジョウ・ウォン
ゴート・ホーリー、プロスペクター、スバル・リョーコ、アマノ・ヒカル、ホウメイさん等々。


二人は新婚旅行として、これから二人が生まれ、幼年期をすごした火星へと旅立とうとしていた。
例え戦渦にまみれようとも火星は二人の故郷であったし、それになにより
アキトにはある想いがあるから…


幼き日に二人で火星の草原を自転車で駆け回ったように、また二人で草原を行きたい。
たとえ道が長くても、たとえ遠回りだとしても…愛する人がそばにいれば
つらいときでも、きっと戦ってゆける。
終わりなき幸福に刻まれた記憶をきっと紡いでゆける。

そういう想いがあるからだった。



スバル・リョーコとエリナ・キンジョウ・ウォンは真に清々としていた。

アキトとユリカの結婚前には刺々しく舌戦を繰り広げた彼女たちだったが、
リョーコとエリナは心のモヤモヤを一切、清算するつもりでここに来ているのだ。

「プライドが邪魔して言い出せなかったくせに」
「自信がなくて言わない意気地なしよりマシよ」
「権威主義者」
「意気地なし」
「タカビー」
「軟弱物」

リョーコとエリナは低次元な争いを繰り広げたものの、要するに二人は
テンカワ・アキトにひとかたならぬ想いを持っていたが、
想いの達成ならず、ここでモラトリアムを捨て去ろうとここに来ているのだ。

すなわちリョーコはアキトをここで見送った後に宇宙軍を退役、
そして新設されたばかりの統合平和維持軍の中でパイロット育成の教鞭を執るつもりだった。

もちろん、リョーコは教官として過ごすだけでなく第一線の指揮官として
使い慣れたエステバリスに搭乗するつもりであり、統合軍もその条件につい了解していた。


リョーコやエリナだけに限らずここに集まった大勢のものが、
アキトとユリカ達に対して特別な感慨を抱いている。

二人の旅のためにある者は歓声で、ある者は表情で別れを告げるのだった。

「テンッカワー!艦長!行ってこーい!」
「ユリカ、パパはちゃ〜んとお前が帰る日を待ってるからね」
「アキトくーん、即売会までには戻ってきてねー」

かしましい歓声がロビーに響き渡る中、アキトとユリカは運命の
シャトルへと踏み出していく。


二人にとって「決して忘れえぬ痛み」の序曲が奏でられようとしていた。


「ねぇねぇ、リョーコ、アキト君たちと次に会うときはもう子供いたりして〜」
「アキトと…艦長が」
何を思ったか、ほんのりと頬を染めるリョーコ。
側で聞いているコウイチロウは気が気でない。リョーコと同じ想像らしく蒼い顔をしている。

「パパもユリカについて行くんだった…」

連合宇宙軍の提督から総司令へと上り詰め、本部を東京へ移したコウイチロウ。

実は統合軍との会合を無断で抜け出しての見送りであり、
きっと皆怒ってるだろうと思いつつ、しかしユリカが最優先の父コウイチロウなのだった。



シャトルは唸りを上げ、ついに飛び立っていく。


シャトルを見上げるメグミ、夜遅くのラジオ生放送だったため目をシバシバさせている。
「でもアキトさんの子供だもの、きっと可愛いんだろうなぁ」
「…。」
ハンカチを噛んでいるジュンを横目で見やるユキナとイネス。
何か不潔なものでも見るかのようである。


「あ…」

その時だった。

シャトルから数度の閃光が見えルリが思わず、つぶやいた瞬間。


シャトルの爆発。



唐突だった。
それはまるでフィルムが抜け落ちていたかのように唐突な瞬間。

煙と炎とともにシャトルの残骸が墜落していく。

一瞬、何が起こったのかわからぬ静寂の後、もっとも素早く反応したのは
意外にもアオイ・ジュンであった。

「ユ、ユリカー!!」

絶叫しながらも墜落現場付近に向うため、外へとつながるゲートに走り出す。

安全確保のため静止を図る空港職員を文字通り突き飛ばし、ジュンは炎上する残骸に向かうのだった。


ミスマル・コウイチロウはと、こちらは各局に連絡のため通信を開いているのだが
相手の飲み込みの悪さに罵声を浴びせている。

リョーコは「おい…ふざけんなよテンカワっ!艦長ー!!」と号泣し、子供みたいに顔を
くしゃくしゃにさせている。
そしてルリは…


ルリは完全な虚脱状態にあった。
放心状態のまま、ミナトの自分に向けられる声もまったく耳に入らなかった。
ルリの明晰であった頭脳は役割を、とめているようで
しかしむしろ体のほうが心よりも正確に事態を把握しているらしく
とめどめもなく涙があふれてくるのだった。


それはルリが流した初めての涙…


アキトさん…。ユリカさん…。ワタシは…




それからはシャトル事故は2週間程の間、紙面をにぎわせる。
搭乗名簿から死者は乗員乗客37名。
爆発の影響で遺体は損壊、四散しており身元の特定は不可能。

事故とテロ両面で調査が進められたが、政治的な力が働いたのか
最終的に「機体の不良による」と曖昧なものとなった。


事故は1つの時代が終わった瞬間であった。
集団の中のアキトとユリカという核を失い、皆はそれぞれの道を模索し歩みだす。


そして3年後、彼らは複雑な思いで会合を果たすことになった。




第1話「星になって」 終わり




後書き
はじめまして、サキノハカと申しますペコリ

とうとうナデシコ続編の可能性が消えたことを公式板などで知り
「じゃ、何かいても問題ないやねー」と思い筆をとりました。

話としては、アキトとユリカの結婚後から劇場版の間で、
オリ要素はなるべく少なく作るつもりです。(ワライの要素もナイデス)


また物語書くの初めてなので、色々指導してくれると助かります。
今回は導入部、次回はもう少し長くなると思います。

よろしくです。


 

 

感想代理人プロフィール

戻る

 

 

 

 

代理人の感想

うーむ、結婚してから劇場版までの間?

そりゃ割と難易度が高そう・・・というか暗い話になりそうですねぇ(苦笑)。

こわごわと期待しつつ、それではまた。