機動戦艦ナデシコ 空白の3年間 

第2話 拉致


ネルガルの暴力組織である警備部第三課、通称NSS(ネルガル・シークレット・サービス)が多大な犠牲を
払い救い出したアキトだが、エリナの下で匿われて以来、月臣のもとで訓練を続けている。

そのほとんどが月臣の得意とする木連式柔であるが、しかしアキトに対し最も叩き込まれたのは
「己の感情を支配する」ことであった。


「目的遂行の障壁となるものを敵とみなせ。敵は有無なくこれを潰せ」
「敵を倒すに躊躇するな!敵と対峙したなら感情を切り捨てろ」


しかし月臣のそうした声は、アキトの心には響くものではなかった。
アキトは生還したときから己にあることを課していたから。


己に心はもう必要ない、ユリカを奪った奴等を皆殺しにできればいい。
己を絶望に追い詰めた奴等を絶望に突き落すまで己を復讐に駆り立てろ。


アキトはユリカを奴等から取り戻す為には、自らを兵器と化すも厭うつもりはなかった。
彼はユリカに対し負い目を感じずにはいられなかったから。
「奴等」からユリカを守りきれなかったこと。
ユリカが『蹂躙』され今もなお、ボソンジャンプの研究材料として辱めを受けているのに
おめおめと救出されてしまったこと…

今も彼は夢を見ているのだ。
ナデシコ時代・長屋時代と続いたユリカとの生活を。
そして結婚の後、ユリカや他の有資格者たちと共に実験台にされたおぞましい日々を…






2199年6月19日 シャトル離陸前

「ア〜キ〜ト♪もう、なに恥ずかしがってるのよ!」


しがみつくユリカの表情とは対照的に、アキトは困っていた。

他の乗客たちの冷ややかな視線が痛い。

このシャトルには、アキトとユリカの他にも多くの乗客がいる。
企業の技術者や軍士官、火星開発公社等等。

アキトは引きつった顔で、周りの人にすいませんという顔をした。


出発ロビーでも、ユリカはアキトへ抱きつき行動を起こしたのだが、
ルリのジトーとした視線とリョーコの嫉妬、コウイチロウとジュンの涙腺が
既に緩んでる光景を前にメグミとエリナが「教育的配慮」を促したのだ。


二人の目が怖かったのかもしれない。
ユリカはしぶしぶ従い、アキトは解放された。


一服の時間も束の間、皆とお別れをしてシャトルに乗り込んだ瞬間から彼女は欲求を優先させていた。
周囲の風景は余り見えていないようだ。


先程などはシートに座った時「りょこ〜、りょこ〜、アキトとハネムーン♪」などとユリカが調子っぱずれた
歌を歌うので、注目を浴びアキトは「お仕置き」してやろうかという衝動が湧いたものだ。


シートベルト着用のサインがつき、発着用滑走路へ向け、シャトルが動き出す。


「アキトぉ…子供は何人がい〜ぃ?やっぱり女の子が2人に、男の子1人欲しいんだけどな」

お願いスマイルでの、さりげない要求にもアキトは頷いてみせた。
空調は27度に設定されていたが、アキトは発汗していた。

「ユ、ユリカが望むなら何人だって orz」
「ぐふふふ…もう、えっちなんだから!まったくぅー」

緩みきった顔で軽くにらむユリカ。
そのままごく自然に二人は見つめあい、ごく自然にキスをした。

アキトは己が雰囲気に流されやすいことを自覚した。


そうこうしている間にも、シャトルは滑走路へ到着し、
ルリたちの熱い視線をうけながら離陸を開始した。

加速により身体に少しずつのGの負荷がかかる。
後部車輪が滑走路を蹴って機体が持ち上がり始める、そんな時だった。





本能的に異常を知覚したのかユリカの表情が険しい。
「アキト…あれ見て」


添乗員の「立たないでください」という声を無視し、立ち上がる修行僧が数人いる。
ベルト着用のサインはまだ消えていない。

添乗員の注意の声に険悪さが混じり、それは次第に周囲の注目を集めるものとなった。

アキトが見ると、修行僧は7人。
まったく温かみの感じない表情だった。

添乗員も、何か普通じゃない気配を感じた取ったらしい。


1人の男が騒ぐ女性添乗員の首をつかみ、1挙手で首を切る。


一瞬、女性添乗員は呆気に取られた表情をしていた。

首の動脈が切れたらしい。
鮮やかな血が、通路にしぶいた。
返り血が、他の乗客やシートに降りかかる。

噴出す血を止めようとしたのだろう。
両手を首に当てたまま彼女は昏倒し、通路には血溜まりが拡がっていった。


すぐ側で見ていた乗客がパニックに陥り意味不明の声を上げていた。
立ち上がって逃げようとするが、ベルトを外すことも忘れもがいている。

念仏を唱えながら、ベルトで固定された乗客を刃物で襲う修行僧。

ザクリザクリと肉が裂ける音がして、襲われた乗客は声にならぬ悲鳴をあげた。



修行僧風の一団、後に知ることになるが草壁の子飼いの暗殺者集団と
その統率者である北辰がいましも乗客たちの殺戮を始めたところだった。

時代がかったセラミック刀を振るい、獲物を探す表情のそれは爬虫類の笑顔そのものだった。

機内は凄惨を極めた。
アキトの後方でも逃げ回る乗客を、3人の暗殺者が舐めるように殺して回っている。

乗客の中には、ただ逃げるばかりでなく立ち向かう人もいた。
アキトの前に座っていた女性士官も立ち上がり、果敢にも素手で近くの暗殺者に挑んだ。


アキトもベルトを外し立ち上がる。

ユリカに告白した時から、アキトにとって彼女は全てになっていた。
身を呈して、彼女を守るつもりだった。


二人の目の前で、抵抗していた女性士官が縊られている。
骨が折れる音がし、首がガクリと傾いだ。
放り出された骸が、アキトの前にドサリと落ちる。
女性は若かった、ユリカと同年齢ほどであったろう。
彼女の苦しみぬいた死顔を見てアキトは怒りと怖れで震えた。


女性士官を殺した暗殺者の視線とアキトのそれが合った。
口の端が笑う形をしている。


「喜べ、貴様は運がいい。お前たちは我々の栄光ある研究の礎となるのだからな。」


アキトには、彼が言う事を理解できなかった。
だが得体の知れない何かに利用されることだけはわかった。

「我は跳躍のための試験体を捕獲する任務をもつ。
 テンカワ・アキトならびにテンカワ・ユリカ。我々と一緒に来てもらおう。」

テンカワがユリカを隠すように立ちはだかる。
強い反感が瞳に宿っていた。


「哀れな生き物だ、生まれながらの人柱よ…」
北辰の表情は喜悦に歪んでいた。




「アキト、怖いよ…」
ユリカの声に震えが混じる。
無理もない、生きているのはアキトとユリカ、暗殺者集団のみだった
いつしか乗客は皆、殺され周囲には血の匂いが充満している。

「大丈夫、オレはお前の王子様だろ?絶対に守る」
アキトは自分に言い聞かせるようにユリカに言った。


アキトは目の前の敵に言うべきことがあった。
「オレとユリカが目的なら…なぜ無関係の人達を殺したんだ?」

折り重なるように転がっている死体。
全く無関係なのに、アキトたちと乗り合せた為に只殺された人々。
彼らは殺された意味を知る時間も術もなく逝ったのだ。


何故?という問いに対する北辰の答えは簡潔だった。
「外道だからよ。」

「我らは、人の道を忘れ、人の血を啜って生きる闇そのもの。
 人の生を奪うことが己の生を確認する唯一無二の方法なのだ」


餓鬼道に陥ちた自分を羞じるでもなく、むしろ慈しむようであった。



北辰の合図に暗殺者の1人がアキトの背後に迫る。

ユリカの警告の叫びがあり、アキトは反射的に身体を翻そうとした。
が、アキトの膂力を超える力で羽交い絞めにされアキトは一瞬で自由を失った。

訓練された者とそうでない者の差が出ている。


未熟を笑いながら北辰がセラミック刀を振りかざし、アキトの右胸部に突き立てた。

肉を裂く音がして、痛みが螺旋状に体をえぐった。

「どうした?テンカワ・アキト、お楽しみはまだ終わってない」

いいながら右胸部に突き刺さった刀の柄をつかみ、胸を裂くように動かした。
ズル・・・という不快な肉の抵抗があり、そこからゴボリと血が噴出した。


痛みに耐え切れず、アキトが身をよじらせる。



「アキトっ!!」

本能的にアキトに駆け寄るユリカに対し北辰は後頭部を殴りつけ、
蹴り上げて、ついには沈黙させた。

北辰がユリカの首を掴み、持ち上げる。
這いつくばり、立てないでいるアキトがその姿を目にし、腹の底から湧きあがる感情を抑えられなかった。

悔しい。
悲しい。

ユリカを守ってやれないのだ
守ると宣言しておいて、ユリカを裏切っている。

吐気を催し、アキトは血を吐いた。涙で目が霞んだ。


「ユリカを…ユリカだけは見逃してやってくれ…頼むから…」

北辰は、これ以上ないという喜びの表情で答えた。
「己の弱さを羞じるのだな」


北辰の低い含み笑いと同時に、北辰の部下達の蹴りがアキトの顔面を乱打し、
アキトの意識はユリカの名を呼びながら白濁化していった。


ユリカ…ユリカ…ごめん、俺が不甲斐ないばっかりに…



機体の数箇所に設置した爆薬に起爆コードが走る。

爆風が、血の泥濘も転がる死体も全て吹き飛ばした。



二人にとっての「忘れえぬ痛み」は始まったばかりだった。


第2話「拉致」 終わり





後書き

文章って書いてて難しいですね
ナデシコはシリアスな中にも軽妙さがあればこそ光った作品だと思っているので・・・


しばらく暗い道を突っ走りますが、どうかお付き合いくださいまし!







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代理人の感想

いきなりこっちメインですか・・・・。

・・・・本当に暗いからフォローしようがないなぁ(笑)。

 

後、夜天光や六連が錫杖を使うので時々勘違いしてる人がいるんですが、

北辰達は笠にマントを装着してるだけで、坊さんの格好はしてません。

マントの下に着ているのも忍者風のコスチュームで、少なくとも劇場版では生身で錫杖も使ってませんしね。

なんで、分かってて書いてらっしゃるならいいんですがそうでなければちょっとお気をつけになったほうがいいかなと。