――夏












山間に、小さな墓地がある。

普段は訪れる人も少ない、寂れた墓地。

そこに人影が二つ、まだ真新しい墓石の前にあった。

男と女。いや、青年と少女と言ったほうが良いだろう。

男は手に持っていた花束を墓前にそえた。

少女は線香に火をつけると、花と同様に墓前にそえた。

一連の事が済むと、二人は手を合わせた。

蝉の音と、木々の音以外、静寂が辺りを包んだ。

眩しい程の陽射しの中、男は異彩を放っていた。

顔に装着された漆黒のバイザー、全身を覆う闇色のマント、皮手袋。

バイザーの下の瞳は閉じているのか開いているのか分からない。

ただ、やや俯いて、頭をたれている。

少女の方は、どこにでも居る、ありふれた少女――ではない。

男ほどではないにしろ、やはり異彩を放っていた。

服装ではない。その髪の毛が、である。

緑色の髪。人には決してありえる筈の無い色。染めているにしては鮮やか過ぎる。

そして、こんなに強い陽射しを浴びて大丈夫なのだろうかと心配したくなるほどの、病的なまでに白い肌。

緑と白のコントラストが、少女に神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「・・・・・五年」。

不意に男が呟く。

姿勢は変えていないが、恐らくバイザーの下の瞳は開かれているはずだ。

「あれからもう五年も経ったんだな・・・・」。

青年の呟きに合わせるかのように、少女は合わせていた手を下ろしその髪の毛と同じ緑色の瞳で青年を見やる。

「・・・・・何かを成すには早すぎて、人が変わるには十分な時間だった・・・・」。

手袋で包まれた腕が、墓石を撫でる。

生憎遺影の類は持ち合わせていない。墓の中の彼女が死んだ時、一緒に燃えてしまった。

だが彼にとってそんな物は必要無い。彼女の姿は、今でも心の中に焼きついている。

彼が、この世で一番美しいと思う笑顔がだ。

「・・・・アキラ・・」。

切なげに、少女が青年の名前を呼ぶ。

「お前を失ってからのこの五年間、俺はただがむしゃらに走り続けてきた。後ろを振り返る事もせず、わき目もふらず、全てをかなぐり捨ててただひたすらに・・・・」。

まるでそこにいる誰かに語り掛けるように、彼は言葉を紡ぐ。

「・・・そのせいで傷つけた者もいる・・・・。・・・あいつは俺を探して今も宇宙を駆け回っている・・・。最低な男だな俺は・・・」。

彼の心の中を一瞬、墓の中とは別の女性が過ぎった。

十数年来の幼馴染。今は宇宙軍の提督をしているという事を風の噂で聞いた。

「・・・・・・・・・・・・お前の墓参りに来れるのも・・・・・・・・これが最後になるかもしれんな・・・・・・」。

そう言って口を閉じた彼だったが、再び口を開きかけた。

だが、その先を言おうとして彼は口をつぐんだ。

これ以上は言う必要は無い。死んだ人間に心配をさせる理由は、どこを捜しても見つからない。

「――行くぞメノウ。ヒスイが待っている。この後は忙しくなるからな」。

踵を返して歩き出すアキラの傍らに、少女――メノウは寄り添う。

そこが彼女の定位置であるかのように。

































二人はやがて風の中に消えて行った。


































まるで、今の今までそこに居なかったかのように・・・。









































墓石の前に添えられた花束だけが、彼らがここに訪れたことを証明していた。





























































時の流れの迷い子達

第一話 『ユーチャリス』















蜥蜴戦争が終結し、人類が宇宙に進出して数百年。

科学技術とボソンジャンプテクノロジーの発達は、人類に平和と繁栄を約束するはずであった。

だが生存圏の拡大と共に、人類の性である戦争もまた拡大する事となった。

地球連合は幾度もの内紛と二度の対外戦争を潜り抜け、今や人類唯一の恒星間国家の座に君臨している。

しかし幾度もの戦いは、政治、経済を疲弊させ、戦争で活躍した軍人達は政界へと転じ、軍国主義の台頭を許す結果となった。

宇宙軍は際限なく膨張を続けた。

膨張した宇宙軍は結果として連合を人類唯一にして最強の恒星間国家に仕立て上げたが、戦争が終結した現在でも、その勢力は更に膨張を続けている。

宇宙軍の膨張は軍需予算と言う形で財政を圧迫し、さらには人的資源の枯渇をも意味し、政治や経済、文化の面においてよりいっそうの疲弊を与える結果となった。

さらに悪い事に、民衆は政治に無関心となり、それをよい事に賄賂を貪る悪徳官僚が横行した。

最早地球連合は形だけの衆愚政治と化しているのである。














































西暦二五二〇年八月○三日




地球標準時十四時〇三分





火星宙域





地球連合宇宙軍第四艦隊所属パトロール艦<アリウム>












当直に当たっていた新米オペレーターは、そのデーターを見た時、我が目を疑った。

計器の誤作動か、それとも自分の観測ミスか、両方の線で調べて見たが異常は無かった。

彼の思考回路の中でその表示されたデーターが、完全な事実であるという事に結びつくのに数秒を要した。

「ぼ、ボース粒子の、増大反応!!」。

脳味噌が理解すると同時に彼は叫んだ。

「八時の方向、距離約百キロ、推定質量・・戦艦クラスです!!」。

「なんだって!?。・・・・お前また観測ミスしたな?」。

同僚の一人が軽口を叩いた。

以前にも彼は同じ観測ミスをしでかして、上官からこっ酷くしかられた事がある。

「観測ミスでも計器の誤作動でもありませんっ!れっきとした事実です!!」。

悲鳴とも取れる同僚の声に、男は隣のオペレーターと顔を見合わせ、同時にデーターを詳解する。

「おいおいっ!?」。

「こいつはっ!?」。

状況を理解すると同時に、<アリウム>のブリッジは慌しくなった。

「艦長!!。何者かがボソンアウトしてきます!!」。

「何っ!?・・・・全艦に警報鳴らせ!、それと本隊に連絡しろ!!」。

「了解!」。

即座に通信システムを起動させ、本隊に通信を送る。

「ボソンアウトしてくる物は何だ!?」。

「質量から推定して戦艦クラスと思われますっ!。距離、本艦より八時の方向、百キロ!!」。

「ボソン反応極大!。艦影具現化まで後五・・四・・三・・二・・一・・ボソンアウト!!」。

その瞬間、パトロール艦<アリウム>は、ボソンアウトしてきた戦艦より放たれた重力波の奔流に絡め取られ、爆散した。


















「ゲートを使用しないでのボソンジャンプだと?」。

「はい。報告によると、船籍不明艦は該当宙域に突如ボソンジャンプしてきたと・・・」。

火星宙域に程近い空間を哨戒中の地球連合宇宙軍第四艦隊所属の火星防衛艦隊第二師団に、その知らせが入ったのは<アリウム>撃沈直後の事であった。

「・・・・A級ジャンパーが生き残っていると言うのか?・・・・考えられん」。

「それはいいとして、対応はどうします?」。

「・・・・、第二大隊にでも当たらせておけ、相手は一隻だ、十分すぎるだろう・・・・」。

「その第二大隊からですが・・・」。

クルーの一人が神妙な顔で報告してくる。

「何だ?」。

「救援を求めて来ています」。

「救援?救援だと!?」。





















「救援要請?第二師団から?」。

「はい」。

司令官である、ミスマル ユリエ少将率いる同 第一師団は、第二師団からやや離れた宙域を航行中であり、その信号を受けたのは十四時二三分の事である。

「・・・・・何が起きたの?」。

「第二師団からの報告によると、火星宙域に船籍不明の艦がボソンジャンプ、交戦した後壊滅に近い打撃を受けたそうです」。

「ボソン・・・ジャンプ?ゲートを使用しない?」。

「報告ではそうなっています」。

「ふむ・・・」。

顎に手を当てて彼女は考え込んだ。

ボソンジャンプを行うにはヒサゴプランネットワークを使用しての限定的なボソンジャンプ、もしくはA級ジャンパーによる単独ジャンプの二種類の方法しかない。

しかし現在、この宇宙に単独ジャンプの可能なA級ジャンパーは公式上は一人も存在しない事になっており、かといってこの宙域にはボソンジャンプが可能なヒサゴプランネットワークコロニーは建造されていない。

「如何いたしますか?」。

「見殺しにする訳にもいかないでしょう。・・・全艦、該当宙域へ最大戦速!戦闘配備も忘れずに」。

思案の深淵から意識を戻すと、彼女は全艦へ命令を下した。











































火星北極冠には、かつてこの太陽系に存在したとされる、古代火星人の遺物である、『遺跡』が存在する。

三百年前の蜥蜴戦争時に、地球連合と木星連合はこの遺跡を巡って抗争を続けたが、ある戦艦の活躍により遺跡は太陽系の彼方へ飛ばされ、両軍は戦略目標を失い、うやむやの内に戦争は終結した。

だがその後に起きた『火星の後継者』の乱において、『遺跡』は草壁春樹一党の手に落ちたが、宇宙軍史上最年少のホシノ ルリ少佐が、民間人であるイネス=フレサンジュ博士の力を借りたボソンジャンプによって遺跡上空へ急襲。敵性コンピュータにクラッキングを敢行し、草壁一党を一網打尽にした事は、ボソンジャンプの有効性を示した貴重な事実として、半ば伝説となりながら歴史資料に広く語り継がれている。

その後『遺跡』は火星の極冠に戻され、連合政府の厳重な管理化の下、現在に至っている。

その遺跡内部に、純白に輝く美しい艦が停泊していた。

遺跡全体の巨大さから見ればその艦は小さく見えるが、実際は全長八〇〇mにも及ぶ巨船である。

棒のように長い艦首、胴体の上に突き出す形で存在しているブリッジから、この艦がナデシコ級戦艦の流れを組む艦である事が判断できるであろう。

八〇〇mを越す巨艦であるにも関わらず、この艦に搭乗しているクルーは現在の所たったの三人である。
















「該当宙域に存在していた宇宙軍の艦隊はほぼ一掃、残存艦は逃亡したもよう。軌道上には艦影らしきものは確認されず」。

真夏の木々の葉ような濃緑色の髪の毛と、春の芝のような柔らかな緑色をした瞳を持つ少女が、感情の篭らぬ淡々とした口調で観測機器から上がってきたデーターを読み上げている。

「予定通りだな、さて・・・ヒスイ、準備は?」。

「OKよ、いつでもできるわ」。

「そうか、じゃあ始めてくれ」。

闇色のマントに身を包み、同じ色のバイザーで顔を覆っている男が、ヒスイと呼ばれた女の座っているシートの側に歩み寄り声をかけた。

ヒスイと呼ばれた女性。

彼女は瑠璃色の髪に黄金の瞳を持つ、人にあらざる遺伝子をもった『妖精』の一族の血を引く人間だ。

彼女が座っているシートは彼女用に特別にIFSの受信装置を装備した、この艦の艦長席である

シートに深く座り直し、瞑目する。

IFSに反応して手の甲のナノマシンの紋様が輝きを増すと共に、身体中にナノマシンの燐光が現れる。

IFS強化体質の人間に見られる典型的な発光現象だ。

ナノマシンの発光現象により生じる微細なエネルギーは、彼女の瑠璃色の髪の毛を中に持ち上げ、たゆたせる。

IFSを通じて艦の、そして更にその外側に感覚の触手を広げて行く。

これまで『遺跡』に対してコンタクトを試みた事は何度かあった。

だがそれらの全ては、火星に存在している数少ないネットワーク回路を通じてであり、時間も限られていた為に満足の行く結果は得られなかった。

そこで今回は、直接遺跡にコンタクトを試みようと言う訳だ。

勿論、システムも言語も違う遺跡に直にコンタクトを取る事は出来ない、そこで間にワンクッションをおく事になる。

それがこの艦であり、この艦の巨大な思考コンピューターである。

ナデシコ級戦艦には高性能の独立思考型AI『オモイカネ』が組み込まれている。

しかしこのユーチャリスに組み込まれているのは、オモイカネを更に進化発展させたAI『ラピスラズリ』である。

彼女の感覚に変化が生じた。

開放的だった感覚は、狭い空間――遺跡の内部――へと突入した。

「コンタクト成功」。

「よし、次だ」。

更に感覚の触手を広げて行く。

複雑な防壁や難解なトラップに遭遇する事を覚悟していたが――意外にもあっさりと、奥に進む事が出来た。

驚いた事に遺跡の防壁は驚くほどお粗末な物だった。

外壁が一枚。ただそれだけである。

外壁を突破した後には巨大な空間が広がっていた。

――遺跡の中心。

ボソンジャンプを司る演算ユニット。

その中は想像もつかないほどの広大なネットワークの空間であった。

地球圏のネットワークがすっぽりと収まり、なお余りあるほどである。

その空間の中を、様々な形をしたデータ・キューブが目まぐるしく、しかし規則的に動き回っている。

休眠状態に見えた遺跡は、実際には活発に活動しているのだ。

その中心――ネットワークの中心部分には水晶を思わせる結晶が存在していた。

これこそ彼女が、そしてアキラが探していた物だった。

数バイトにまで圧縮されたそれに、彼女は手を触れる。

とたんに情報が津波のように襲い掛かってくる。

しかも量が半端ではない。

一つ一つの結晶に見えるそれには、実に数億ギガバイトものデーターが圧縮されていたのだ。

並みの人間ならそのデーターに触れただけで意識を飛ばされるか、もしくは情報の津波に飲まれて二度と現実世界には帰還できないだろう。

彼女とて一瞬意識を失いかけた。

だが、ネットワークの世界を揺り篭代わりに育った彼女だ。すぐに意識を取り戻すと、データーの切れ端を捕まえてもと来た道を戻り始める。

「『遺跡』内部のデータをダウンロード、古代火星言語の翻訳開始」。

肉体に意識が戻る。

行きと違い、帰りはほぼ一瞬である。

握っていたデーターは現実世界への帰還と同時に芋づる式にダウンロードされて行く。

膨大な量のそれは、並みのコンピューターならフリーズする程の情報量を持っていた。

目の前のウィンドウに不可解な文字列が乱舞し、それらが次々と翻訳されていく。

解読された文字列を定められた順序で定められた位置に組み込むと、はっきりとした文字が浮かび上がってくる。

「翻訳終了。情報出るわ」。

ウィンドウが複数展開し、その中を勢い良く羅列された文字列がスクロールしてゆく。

「こいつが・・・・ボソンジャンプの鍵を握るブラックボックスのデーターか・・・。おい、ちゃんと解読できているんだろうな?」。

バイザー越しにウィンドウを見つめたまま、アキラはヒスイに呼びかける。

「勿論よ。ただ情報量が多いから、翻訳には時間がかるけれど」。

IFSの燐光を消さずに彼女は言う。

「時間が無い。翻訳は後回しだ。ダウンロードを最優先。終り次第すぐに発つ」。

「了解」。

「さて、となると・・・・・、当面の問題は後一つだな・・・・」。

ブリッジの強化ガラスに歩み寄ると、アキラは遺跡の遥か上空を見据えた。






















「船籍不明艦の反応が消えました」。

火星静止衛星軌道上――。

「地上に着陸したかしら、となると探すのは骨ね」。

壊滅した第二師団の残存艦を指揮下に加えると、ユリエは全速で火星宙域に急行した。

船籍不明艦の反応は途中まで追尾できていた。しかし、こちらが火星宙域にさしかかった頃に、ぷっつりと途絶えてしまった。

現在、哨戒部隊をだして宙域をくまなく捜索中だ。

「それにしても」と副長。

「第二師団を数分で壊滅させてしまうとは、相手はいったい何者なんでしょう?」。

「さあね、でも、並大抵の相手ではない事は確かね」。

「索敵部隊より通信!遺跡内部に船籍不明艦を確認!」。

報告と共に画像が転送されてくる。

遺跡の底にそれらしい影が映っている。

「遺跡を隠れ蓑にするとは・・・・やるじゃない・・」。

不敵な笑みを浮かべていた彼女だが、次のオペレーターの報告を聞くとその笑顔が凍りついた。

「艦形照合完了しました。ナデシコ級戦艦ユーチャリスと確認!」。



















「・・・・なんですって?・・・・」。
























「俺とあんたじゃあ、生きる世界が違うんだ。・・・・・・・亡霊の事は忘れてくれ・・・・」。
























うめいた彼女の脳裏に、過去に出会い、そして自分の前から去って行った男の姿が脳裏を過ぎった。






















































『上空、一万mに艦隊が集結中』。

ブリッジのほぼ中央にでかでかとウィンドウが展開する。

そこに映っている薄桃色の髪の毛の少女が警告を発した。

人間のように見えるが、彼女こそこの艦の全てを司る、AI『ラピスラズリ』である。

かつて同じ名前の少女が、その半生を捧げて作り上げた、最も人間に近いAIである。

「チッ、気付かれたか・・。ダウンロードは?」。

アキラは舌打ちすると共にヒスイに視線を向けた。

「もう少し・・・」。

「メノウ、ラピスと協力して発進準備を進めてくれ」。

別の計器と睨めっこを続けていた先程の緑髪の少女に、アキラは指示を下した。

「了解・・・機動兵器の出撃準備は?」。

「必要無い、どうせ直ぐに発つんだ」。
























「全艦散開完了!」。

「宜しい」。

オペレータの最終報告を聞くと、ユリエは立ち上がった。

「火星遺跡上空を封鎖しつつ大気圏内に突入せよ。各艦グラビティブラストの充填を忘れずに。それと全艦に徹底させて頂戴。この戦闘はユーチャリスを撃沈させるにあらず、捕獲を第一の目標とせよ」。

「捕獲!?撃破じゃないんですか!?」。

彼女の副官が驚いて問い掛けてくる。

「あの艦は火星管理法に違反しているのよ。捕まえて目的を聞き出す必要があるわ」。

「ですが、その場合は無警告での発砲許可が下りているはずですが・・・・」。

「お黙りなさい副長。これは決定事項、命令なの。それとも・・・・・・上官反抗罪で拘束されたいのかしら?」。

普段から釣り目がちな瞳が、よりいっそう危険な角度に釣りあがり、副長を睨みつけた。

副長はその視線に射竦められて黙り込んだ。

彼女は視線を正面に戻すと、ぽそりと呟いた。






















「・・・・・・・・・・・やっと見つけたのよ。・・・・・・・・・・逃すものですか・・・・・・・」。




























「艦隊、大気圏内へ降下中」。

「大気圏内では相転移エンジンの可動効率が落ちる。それを承知の上で降りてくるとは・・・・あの艦隊の指揮官は度胸が据わっているのか、それともただの愚か者か・・・・ダウンロードは?」。

「完了!」。

「よし、相転移エンジン出力全開、ユーチャリス発進!」。

「了解」。

ユーチャリスの制御は、艦長であるヒスイ一人で行えるように設計されている。

OMOSワンマンオペレーションシステム

ユーチャリスのコンセプトの中核を担うそれは、オモイカネクラスのスーパーコンピュータが存在して初めて可能になった。

宇宙軍の艦隊でもOMOSを導入している艦も少なくはない。

だがこれほど大規模な、そしてこれほどの攻撃力を持った艦をOMOSで動かしているのは人類宇宙を探しても他に例を見ない。

「エンジンの始動を確認、出力上昇中」。

サブオペレーター席についているメノウが事務的な声でエンジンからのデータを読み上げる。

『宇宙軍の艦隊は遺跡上空に包囲網を展開しつつゆっくりと降下中。接触まで後十二分』。

「艦隊の背後にボソンジャンプで急襲する。ジャンプ終了と同時にグラビティキャノンで薙ぎ払う。できるか?」

「それはあたしの台詞、ジャンプナビゲートはしっかりやってよね」。

「艦隊接触まで後十分」。

『ディストーションフィールド最大出力、ジャンプフィールドの発生を確認、ジャンプ準備完了!』。

ユーチャリスを青白いフィールドが包み込む。

「目標、連合艦隊後方距離十五キロに設定。出現と同時に連合艦隊をグラビティキャノンで薙ぎ払う!」。

彼はバイザーの下の瞳を閉じ、一瞬瞑目した後、静かに言葉を紡いだ。






「ジャンプ」。

























「ユーチャリスの反応が消失しました!」。

探査機器と睨めっこをしていたオペレーターが鋭い声をあげる。

「全方位、ボソン反応の感知に全力をあげよ!!」。

ボソンジャンプで消えたのならボソンジャンプで現れるはず。

腕組をしていた腕を解くと、彼女は全艦にそう命令した。

じりじりとした時間が過ぎて、オペレータが声を荒げた。

「来ました!後方、距離十五キロ、ボソン反応感知、大型です!!」。

「後ろっ!?。全艦回頭百八十度!、ユーチャリスの具現化と同時に、グラビティキャノンを叩き込む、急げ!!」。

艦隊は急速に艦首を反転させる。

「ダメです!間に合いません!!」。

しかしユーチャリスの具現化の方が一歩早い。

「速いっ!」。

「総員衝撃に供えよ!!」。

言い終わらないうちに衝撃がやってくる。

重力波の奔流が旗艦の直ぐ脇を通り抜けた。

「・・・・っくうっ!」。

ユリエは倒れないように必死にシートの背凭れにしがみついた。

「ヒヤシンス、サフラン、撃沈!!」。

「アプチロン、シクラン大破、行動不能!!」。

「第一小隊から第三小隊までほぼ壊滅!、第四、第五小隊は半数が壊滅したもよう!!」。

直撃を受けた艦隊が絶望的なまでの被害を報告してくる。

「たった一撃でこれだけの被害を・・・・化け物か!?」。

副長がうめいた。

「っ!、全艦撃てぃ!!」。

残存艦がグラビティキャノンを発射するものの、相手のディストーションフィールドにことごとく弾かれダメージは無い。

「やっぱり化け物だっ!?」。

副長が叫んだ。

「ユーチャリスに高重力反応、第二撃です!!」。

「速い!?」。

グラビティキャノンはグラビティブラストのエネルギーをより集中させた圧縮版と考えてよい。

より多くのエネルギーを必要とするために、エネルギーチャージにグラビティブラストの二倍の時間がかかる。

その為に、この間隔での連射はほぼ不可能に近い。

だが目の前の艦は何か自分達の知らないテクノロジーを持っているらしく、従来の半分の時間も掛けずにグラビティキャノンを撃とうとしている。

「全艦散開!!!」。

彼女は指示を飛ばした。

「ディストーションフィールド、最大出力で前面に展開せよっ!」。

しかし、一瞬だけ遅かった。

ユーチャリスの放ったグラビティキャノンは射程内に存在していた艦艇のそのことごとくを薙ぎ払い、その重力の奔流で押し潰し、原子レベルにまで分解させ消滅させる。

ユリエの乗っている旗艦<ジャコピニア>もグラビティキャノンの砲撃に晒された。

幸いにしてディストーションフィールドによって重力波の奔流に押し潰される事は無かったが、代わりに凄まじい振動が艦を襲う。

「補助エンジン大破、出力低下!!」。

「タンデム相転移エンジンに異常発生、加熱しています!!」。

「外部ミサイランチャー、及びマニュピレータ損壊!」。

「推進機関に異常発生!!」。

「フィールドジェネレータ大破しました!!」。

耳を覆いたくなるような被害が、次々と昇ってくる。

「回路503を118及び303に切り替えなさい!急いで!!」。

「了解!」。

艦長がオペレータ陣に命令を下す。

すぐさま損傷を受けた部分の回路が切断され、別の回路に置き換わる。

「・・・・っ、ユーチャリスは!?」。

ウィンドウが開く。

指揮系統が乱れた一瞬の隙をつかれたらしい。

ユーチャリスは天高く昇り、既に火星の成層圏にまで達していた。

「ユーチャリスにボソン反応・・・・あ、消えました」。

甚大な被害を被った艦の中で、ボース粒子計測装置は生きていたらしい、ユーチャリスがボソンジャンプした事を伝えてきた。

「・・・・・・・・・・・完敗か・・・」。

ユリエは呆然と呟いた。

「・・・・・・やっと・・・・・、やっと見つけたと思ったのに・・・・またあの時みたいに私の前から消えて居なくなる・・・・・・。何故なの・・・・・?」。

ユーチャリスの消えた虚空を呆然と見続けながら、ユリエはうわ言のように呟いていた。






















西暦二五二〇年八月○三日に発生した火星艦隊とユーチャリスの初めての戦闘は、ユーチャリスの勝利で幕を閉じた。

ミスマル ユリエ率いる火星防衛艦隊第一師団はその半数の艦艇を失い、地球へと帰還した。

























































二週間後――

















「――これは?」。

デスクの上に提出された封筒を見て、司令官は目を丸くした。

「・・・見ての通りの辞表です」。

「これはまた唐突だな・・・」。

ユーチャリスとの戦いから二週間、地球に帰還したユリエは報告書の作成と損失艦艇の報告及び戦死者の合同慰霊祭に出席し、多忙を極めた。

それらがやっと一段落した今日、彼女は宇宙軍総司令官の元を訪れた。

理由は他でもない。

報告書と辞表の提出だ。

「第二師団の救助の遅れ、及び第一師団の艦艇半数の壊滅・・・全て私の責任であり、責任を取って辞職いたします」。

敗軍の将であるにもかかわらず、彼女は凛としていた。

「考え直す気は無いのかね?」。

「ありません」。

彼女は即答した。

「どうしてもかね?」。

「・・・・・」。

「・・・・・・・分かった、では君は現時刻を持って火星防衛艦隊第一師団司令官の任を解く」。

彼女の決意は固いと見て取ったか、司令官は溜息を吐きつつ言った。

「・・・・・」。

ユリエは何も言わない。

「・・・・・・同時に、君には中将に昇進し、第九艦隊の提督として赴任してもらう」。

「!?総司令!?」。

話が違うと言わんばかりのユリエ。

「君のような優秀な人間に、軍を止めて貰う訳にはいかんのだよ」。

「ですがっ」。

「黙りたまえ」。

司令官はぴしゃりと言った。

「たかが一度の敗戦で首にするほど、宇宙軍は甘くない。ましてや、君の功績はたった一度の敗戦で帳消しになるほどの物でもなかろう」。

彼女は若いながらも数々の功績を立ててこの地位にいる。

軍内部でもその信頼は厚い。

と同時に、彼女を妬む者も数多いが。

「・・・・・・・・・・・・分かりました、辞表は撤回いたします・・」。

渋々と言った様子で彼女は応じた。

「・・・・ですが、第九艦隊ですか?」。

連合宇宙軍第九艦隊――ナデシコ級戦艦十四隻のみで構成されている、宇宙軍の電子の要塞である。

「・・・・司令官、私を第九艦隊の提督に任命するからには何か理由がおありなのでは?」。

彼女は尤もな疑問を口にした。

「・・・・ユーチャリスという艦、君の報告書によれば一筋縄ではいかんという事だそうだな」。

総司令官は腕を組んで難しい顔をした。

「あの艦の性能は我が軍の最新鋭艦と同等、もしくはそれ以上と推察されます」。

「・・・あの艦を撃沈するにはこちらも多大な犠牲を被るだろう。だが、第九艦隊と君ならば、上手くすればあの艦を粉砕できるかもしれない。・・・・君の用兵家、戦術家としての腕前に期待したい」。

総司令官の期待には悪いが、それは出来ないと彼女は思う。

ユーチャリスに乗っているあの男の事は、この宇宙で彼女が誰よりも良く知っている。

傭兵家、戦術家としての腕前は彼のほうが自分より遥かに上手である事も、重々承知している。

精々自分も手玉に取られるのが関の山だろう。

しかし、だからと言って他の提督達にやらせる事は出来ない。

元々この地位に上り詰めたのも、ユーチャリスを探し出し、あの男を説得して自分の下へ連れ帰るのが目的ではなかったか。

この任務はその目的を果たすという意味では千載一遇の好機だ。

「正式な命令書はまだだが、君にユーチャリス討伐の任務を与える。第九艦隊の総力を結集して必ずや、連合に仇名す不貞の輩を討て」。

「・・・・それは、撃破命令ということでしょうか?」。

硬い声で彼女は訊ねる。

「そう言う事になるだろうな」。

「・・・・・・」。

「連合は敵対する者を決して許しはしない。ましてやテロリストどもに慈悲は必要無い」。

『火星の後継者』の乱以後、連合政府はテロや叛乱と言った類のものには苛烈なまでの制裁を加え、厳しく弾圧している。

事実、『火星の後継者』の首謀者である草壁春樹を始めとした幹部連中は尽く死刑もしくは終身刑で、仮釈放は一つも無く、叛乱に荷担した一兵卒でさえ、国家反逆罪で重労働二〇年の刑に処せられている。

また、草壁春樹と並ぶ当時の連合の二大巨悪の一人、テンカワアキトについても、連合政府はコロニー爆破の大量虐殺犯として全宇宙に指名手配しその行方を追ったが、結局彼は捕まる事は無く、現在でも行方不明――尤も、当に死んでいるだろうが――のままである。

――まあ、無許可で火星に着陸した上に、遺跡に潜り込んで、あまつさえ艦隊を襲撃したんじゃあ、テロリスト扱いされても文句は言えないわね。

今も宇宙のどこかを流離っている純白の戦艦も、こうなると少し可愛そうに思えて来た。

「承知いたしました。とにかく承ります」。

「艦隊の人事権は君に一任する事になるだろう。人員を補充するも良し、そのままでも良し、好きにしたまえ」。

人事権が自分の元にあるというのは正直ありがたい。嫌な人間や上官といがみ合わずに済むし、部下のほうも自分を気に入らなければ喜んで人事異動してやるつもりだ。

「ご配慮ありがとうございます。では・・・・」。

敬礼をして踵を返す彼女の背中に、総司令官の声が掛かった。

「君の活躍に期待しているよ」。

司令官は激励したつもりだったのだろうが、その言葉はユリエにとっては白々しく聞こえたのだった。


















あとがき


見づらかったのと、誤字脱字修正を兼ねて改訂しました。

・・・・しかし、<改訂>とは名ばかりでほとんど書きかえに近い気が・・・

ま、気にしないでおこう(苦笑)。



 

代理人の催促

 

早く続きが読みたいぞ(笑)。

もちろん最後まで、ね。