――西暦二五二〇年 八月十七日 午後十三時二十一分



グリフォン恒星系第四惑星『エヴァンス』公転軌道――




地球連合宇宙軍第九艦隊旗艦ディアントス







ユリエは艦橋に設けられた司令座席に座り、瞑目していた。

視覚情報を全てカットし、聴覚のみを生かし、他の感覚は全て思考の渦に飲み込まれている。

「敵艦隊目視距離に入りました、砲撃可能圏内到達まで、相対距離一〇〇」。

その報告に、彼女は思考の淵から浮上した。

考えは纏まった。後はなるようになる――はずだ。

「敵艦隊との距離、七十・・・・・」。

淡々とカウントダウンを続ける艦長の言葉は、どういうわけか耳に心地よい。

「相対距離が五十になり次第、攻撃準備」。

ここに来て、彼女は初めて声を出した。

「了解。艦内、警戒態勢パターンAに移行します」。

甲高い警報と共にブリッジの照明がやや落ちる。

「敵との距離、五十」。

オペレーターの声。

ブリッジの緊張は高まった。

「全艦戦闘配置」。

ユリエは立ち上がると麾下の艦隊に下命した。

「了解、全艦戦闘態勢に移行します」。

彼女の従えている艦はこの艦も含め全部で七隻。

レーダーに捕らえられている敵も七隻。

艦艇数だけで言えば五分と五分だ。

この宙域はアステロイドも、星間ガス雲も無いだだっ広い空間。艦隊同士の正面からの激突になるだろう。

「全艦戦闘配置完了。敵との距離、三十」。

「艦隊の編成を行う。全艦、ディアントスを中心に単縦陣を組め」。

命令は速やかに伝達され、単縦陣が整う。

「敵艦隊との距離、十!」。

両者の隙間は刻々と縮まりつつある。

「・・・・・三、二、一・・・・敵艦隊射程距離に突入!」。

「戦闘開始!!」。

警鐘がけたたましい音を紡ぐ。

「敵艦隊よりグラビティブラスト!」。

真正面から重力波の奔流が押し寄せる。

狙いが甘い、外れた。

「グラビティブラスト、撃て!!」。

敵に先制を取られはしたが、次はこちらの番だ。

七隻が同時にグラビティブラストを放つ。

敵は防壁のように展開している。直撃はしたが牽制の役にしかたっていないだろう。

「全艦任意に攻撃しつつ、突撃せよ!!」。

上げた腕を勢いよく振り下ろす。

七隻はディアントスを先頭に全速前進、敵艦隊に肉迫する。

「敵艦隊、回避行動に入りました!」。

防壁のように展開していた敵艦隊は左右に割れ、突撃してくる艦隊を後方から包囲しようとしている。

「甘い甘い。全艦、敵陣突破の後、背面攻撃に移れ!」。

単縦陣を組んでいた艦隊は、敵陣を突破すると、左右に展開し、逆に敵艦隊を押し包む形に包囲する。

こちらからの苛烈な攻撃に、敵艦隊は怯んだ。

それを見逃す彼女ではない。

各艦に搭載されているミサイルランチャーから無数のミサイルを吐き出させ、敵が統率を失ったところに最接近する。

数分の後に包囲しようとしていた艦隊はあべこべに包囲される形となり、味方の集中砲火を受けている。

勝敗はついた。

「敵艦隊より降伏信号を受諾」。

「了承」。

賢明な選択だ。全滅するよりは生き残る方を選んだのだろう。

「全艦に通達。演習終了。直ちに通常の指揮系統に復帰せよ」。

「了解。通達します」。

「それと、ダイアンサスと通信回線を開いて頂戴」。

「了解しました」。




今回の演習は第九艦隊の運用試験も兼ねていた。

ユリエが提督としてこの艦隊に赴任してきてからはや二週間が経過している。

彼女ほどの位になると、人事問題においては多少の我侭が効くので、彼女と旧知の仲の人間達――連合軍大学の同期生や軍の親友など――で艦隊を固めてもらった。

そのせいで、古参兵が居なくなり、艦を運営する人間達は艦隊に不慣れな者ばかりとなってしまった。それを補うためにこの二週間、運動試験を行ってきた。

その締めくくりが今回の演習であった。

ユリエの副官が艦隊の半数を率いて仮想的となり、彼女に挑む。

まあ、勝敗は呆気無くついてしまったが。

「まあまあかしら、私の部下としては及第点をあげてもいいわ」。

『ありがとうございます。・・・・と素直に喜ぶべきでなのでしょうか?』。

「あら、喜んでくれていいのよ?。一応誉め言葉のつもりだから」。

ウィンドウ越しに苦笑いを浮かべている彼――アオイ ショウ副提督を見やって、彼女は笑った。

「それよりも早く戻ってきてほしいわ。事務仕事は私一人だと大変だもの」。

『こちらの点検が終れば直ぐにでも。では』。

崩れた敬礼をして彼は消えた。

「何か異常はあったかしら?」。

ウィンドウの消えた空間から顔を逸らして、彼女はオペレーターに問うた。

「現在の所、異常は見当たりません」。

「そう。検査を続行して頂戴」。

そう言うと、彼女は頭の後ろで腕を組んだ。

今回の演習には何か裏があるのではないのか、と彼女は思う。

でなければ、彼女がこの時期に提督に任命される理由は無いし、もう一つ言ってしまえば、わざわざグリフォン星系まで来て演習する必要性は全く無い。

太陽系のカイパーベルトあたりで十分の筈だ。

理由として考えられるのは――つい先日彼女の頭に浮かんだ事だが――安定を欠く各恒星系に対する武力威圧ではないかと思う。

だとすれば、グリフォン恒星系が演習地に選ばれたのも、近頃不穏な動きのあるセカンドテラに対する威嚇と考えれば納得できる。

・・・・・・不穏な動きねえ・・・。

組んだ腕が痛くなってきたので、彼女は腕を解き、大きく伸びをした。

原因は恐らく連合そのものにあるのだろう、十五年前のあの事件が無ければ、こんな事は・・・・・。

「提督、通信です」。

ユリエの思考はオペレーターからの呼びかけで中断された。

「・・・・副提督から?」。

「・・・違います。宇宙軍司令本部より入電。・・・・A級機密指定が施されています」。

「A級機密指定?・・・・・わかったわ。こっちに転送して頂戴」。

ユリエはキーボードを優雅な手つきで叩き、転送されてきたA級機密指定扱いの通信文に自分のIDを打ち込む。

プロテクトが外され、閉じ込められていたデータが剥き出しになる。

表示された文字列を一瞥して、彼女は目を見開いた。

『どうかなされたのですか?』。

脇に小さなウィンドウが開き、艦長――ホシノ サンゴ――が顔を出す。

瑠璃色の髪に金色の瞳を持つ彼女は妖精の一族の血を引く人間だ。

「なんでもないわホシノ大尉。・・・・・副提督はまだかしら?」。

慌てて取り繕うように話を変える。

『ダイアンサスからシャトルの発進を確認しています。もうすぐかと』。

「そう。・・・・・戻ってきたら私の部屋に来るように伝えてくれるかしら」。

『了解しました』。




『ユーチャリス発見との報が司令部に入電せり、ミスマル ユリエ麾下の艦隊は直ちに真相を究明されたし――』。

送られて来た電文の内容は、要約するとこのような物であった。

「ユーチャリス!?」。

ショウは読み終えるなり、渦中の艦の名を叫んだ。

「そう、ユーチャリスよ。三週間ほど前にコロニー『スサノヲ』を襲撃した、A級指名手配犯達の乗る艦・・・・・。私も火星でこっ酷くやられたわ」。

一月程前に火星防衛艦隊第一師団司令官として指揮を取っていた彼女は、ユーチャリスに苦杯を舐めさせられていた。

ユーチャリスに乗っている人間達の事は、連合は何も掴んではいない。

以前は海賊行為を行っていた艦であるが、火星への強行着陸を皮切りに連合に完全に牙を向いたと推測されている。

連合はかつて同じようにコロニーを襲った、連合史上最悪の凶悪犯――テンカワ アキト――の行為に次ぐ犯罪として全力で捜査している所であるが、その消息は一向に掴めない。

だが、ユリエは消息は知らないが、あの艦に乗っている、少なくとも二人の人間については確証がある。

緑髪の少女、メノウと、彼女がこの宇宙で誰よりも大切に思っている男――アキラ。

――数年前、彼がまだあのような格好になる前、そして彼女がまだ駆け出しの軍人だった頃、ユリエとアキラ、メノウ、それにアキラの妻、レティシアの四人は、良き友、良き妻、良き娘、そして良き恋敵としていられた。

だが五年前、惨劇が起き、レティシアは殺された。

その後、アキラはユリエを突き放し、メノウと共に何処かへと去って行った・・・・。

その数ヵ月後、意気消沈していた彼女の元に、アキラから一通のメールが届いた。

喜び勇んで彼女はメールに指定された場所へ行き――そしてそこで別れを告げられた。

泣き喚き、理由を問いただす彼女の前で、アキラは何も言わず、メノウと共にユーチャリスに乗って宇宙へと去って行った・・・・。

その直ぐ後だった。ユリエが後方勤務から前線勤務希望の書類を提出し、そして受理されたのは。

僅かな希望を求めて、彼女は宇宙へと旅立ったのだ。

再びの再会を望んで。

だがその望みは未だに果たされていない。

・・・・・・・・・ユリエが青春の思い出から意識を呼び戻したとき、ショウは打ち出された電文を見ながらぶつぶつと何事か言っていた。

「何か不満でもあるのかしら?、副提督?」

部屋に戻ってきたときに入れた紅茶を一口、優雅に啜りながらユリエは聞いた。

――うまい。紅茶はやっぱりダージリンに限る。

「大いにありますよ、せっかく演習も終って、やっと地上でのんびり出来ると思っていたのに突然の命令です。この後の予定が全部パーになってしまいましたよ」

「そう興奮せずに、一息入れなさいな」

そう言って紅茶を差し出す。

勿論、彼女がショウの為に入れた物であって、決して飲みかけのほうではない。

ショウは乱暴に受け取ると、砂糖も入れずにごくりと飲み込んだ。

美味しかった。

「落ち着いたかしら?」。

「ええ。まあ・・・」。

ショウは曖昧に答えて

「じゃあ、第九艦隊全部で行くのですか?」。

「流石にそれはしないわ。ディアントスで行きたい所だけれど、旗艦だとそうもいかない。・・・・ダイアンサスのセーラ艦長に連絡を入れて頂戴」。

「了解しました。ですが信用できるんですか、この情報。出所も分からないじゃないですか?」。

「でも、行くしかないでしょ」。

尚も興奮するショウをの言葉を、彼女はサラリと返した。

彼女達に与えられた任務はユーリャリスの捕縛、もしくは撃破にある。

『ツクヨミ』に入港したという事は、『スサノヲ』の時と同様、テロ行為に走る危険性がある。

そうしないためにも、現地に赴いて自分が直接説得するしかない――ユリエはそう思っている。

自分の額の奥のあたりがピリピリする――『虫の知らせ』と言う奴で、彼女曰く、これが起きると大抵ロクな事が起きないそうだ――のが気になるが、彼女は気にしないことにした。

アキラ達を説得できるのは、宇宙広しと言えど、彼女ぐらいしかいないのだから。

何より、あの人に会えるかもしれない・・・・。そんな淡い期待のほうが大きかったから。










機動戦艦ナデシコ 時の彼方の迷い子達

第一話 『星界の女神 Goddess of the Stars










惑星エヴァンス静止衛星軌道コロニー『ツクヨミ』。




同――司令室。




「なんだ貴様らは!」。

開口一番、怒鳴り声が司令室に響いた。

『ツクヨミ』を訪れたユリエとショウは、ダイアンサスをドッグに繋留させた後、司令官室を訪れた。

当初、司令官は訪れた連合宇宙軍提督を快くもてなすつもりだった。

だが入ってきたのが自分より二十歳も年下の小娘だと知って、媚を売るチャンスを逃したと思ったのか、途端に不機嫌になった。

「地球連合宇宙軍提督 ミスマル ユリエです」。

「同じく大佐、アオイ ショウ」。

ユリエは「ここに入って来れるのは宇宙軍関係者しかいないのに、そんな事も分からないのか」といいそうになったが、ぐっと堪え、形式的な敬礼を交わす。

「そんなことはわかっとる!。ここは小娘如きが入って来られる場所ではない!!」。

ユリエは天を仰いだ。訪れて早々この様子だとまともな協力は期待できそうに無い。

どうやらこの司令官は自分達の事を快く思っていないらしい。そう感じ取ると、彼女は早々に話を打ち切ろうと思った。

仰いでいた顔を正面に戻し直すと、彼女は淡々と用件を切り出した。

「先日、『スサノヲ』を襲った『ユーチャリス』と思しき艦が、『ツクヨミ』に入港したという極めて有力な情報が我々の元に入りました。連合宇宙軍はこの事に対し、直ちに我々を派遣した次第です。『ツクヨミ』内にて『ユーチャリス』が発見された場合は、クルーの逮捕、もしくは『ユーチャリス』の撃破にご協力下さい」。

「小娘の命令など聞かん!!」。

淡々と用件だけを述べるユリエに対し、司令官はきっぱりと言い放った。

「第一、ユーチャリスなど、たがが海賊船ではないか!。『ツクヨミ』の駐留艦隊五〇隻で、完膚なきまでに粉砕してやる!、貴様らの手出しは受けん!」。

「あなたの手におえる相手ではありませんよ。ユーチャリスは」。

「そう言う貴様こそ、火星宙域で無様な敗北を味わっているではないか。何が『星界の女神』だ」。

侮辱には甘んじているユリエではあったが、この時ばかりは普段冷静な彼女でも、僅かばかり眉を寄せた。

この司令官の言い方があまりに一方的だったからだ。

傍らにいたショウは今にも食って掛りそうになったが、ユリエが片手で制した。

「分かりました。では精々頑張って下さい。・・・・行きましょう副提督。この人には何を言っても無駄だわ」。

呆れた様子で突っぱねると、彼女はショウを促してさっさと退出してしまった。

「全く宇宙軍も何を考えているんだ。あんな若い小娘を寄越すとは」。

椅子に踏ん反り返って腕を組んだまま、司令官は呟いた。

「お言葉ですが少将、あの方は少将より階級が高いことをご存知で?」。

「何?わしと同じじゃなかったのか?」。

「それは先日までの事です。彼女は昇格して、確か今中将のはずです。上官に対してあんな事を言い散らして、減俸で済めばよろしいですな」。

「・・・・・・・今から呼び戻しても、遅いよな?」。

「・・・ええ・・」。






実の所、ユリエはあの司令官に対して如何こうしようという気持ちはさらさら思い付かなかった。

外見と年齢で差別されるのは馴れていたし、何より釈明が面倒だったこともある。

怒声の十や二十、彼女は平静に聞き流せるほどの冷静さを併せ持っているのだ。

「とりあえず、これからどうします?あの様子では協力しろと言った所で、してくれそうにありませんね」。

「別に端から期待してはいなかったわ。大方こんな所だろうと思っていたし、我々だけでする事にしましょう。ダイアンサスの索敵能力を使えば、如何に偽装工作をしていようとも、『ユーチャリス』を発見するのは時間の問題」。

ショウは彼女の言わんとしている事が分かった。

「つまり、ハッキングって事ですか?」。

ショウの言葉に、ユリエは艶かしい視線で彼を見た。

すれ違う軍人達が彼女達の姿を見かけて崩れた敬礼をして去っていく。

「・・・まずいんじゃないんですか?」。

軍人達をやり過ごした後で、ショウは再び問うた。

「表から見たのでは、分からない事だってある。いえ、むしろその方が多い」。

謳うように彼女は言った。

「そんなものですかね・・・」。

「そうよ、あら?」。

ユリエは何かに気付いたように立ち止まった。

「何か?」。

「あれを見て頂戴」。

外の宇宙空間を指差す。

彼女達の歩いていた通路は外壁に面しており、片側が一面の強化ガラスで出来ていた。

クリヤーガラスの向こう側には、美しい青い星が見えている。

「ああ、惑星エヴァンスですか。こうして見ると綺麗ですね」。

地球そっくりの惑星がガラスの大半を占めている。

惑星エヴァンス。恒星グリフォンを主星とするその第四惑星であり、その大きさは金星ほどしかない。

二百年程前にテラフォーミングが開始され、その後多くの移民が移り住んだ人類最初の外宇宙惑星である。

現在の人口は十億ほど、衛星が二つありその何れにも居住設備が整っている。

「そうじゃないわ、私が言っているのはあれよ」。

彼女の指先を注意深く辿って行くと、停泊中の大型船に当たった。

「あれは・・・・・豪華客船 マリー・アントワネット二世号のようですが、それが何か?」。

「妙だと思わない?」。

「何がです?」。

「この宙域からそういかない所に問題のコロニー『スサノヲ』があるわ。あんな事件があったばかりなのに、豪華客船がこんな所に来るなんておかしいと思わない?。それに今のご時世に、のんびりと宇宙旅行を楽しもうだなんて思う人間はそうは居ない」。

連合の腐敗政治のおかげで連合内部では反乱が後を絶たない。今まで起きた反乱は何れも小規模なもので直ぐに終息しているが、何れ大規模な反乱があると彼女は予測している。

「確かに・・・言われてみれば妙ですね」。

「・・・・・何かありそうね」。

彼女は自分の額の奥の方がピリピリするのを感じた。

ここに来る直前にも感じた、『虫の知らせ』だった。






――爆発が起きたのはその時である。






同時刻――ダイアサンス ブリッジ。

「今の爆発は!?」。

――ダイアンサス艦長 セーラ・バーミンガム中佐。

「サードニクス!、解析を!」。

「今やっています!」。

――ダイアンサス主席オペレーター サードニクス少尉。

彼女は今まで行っていた『ツクヨミ』とその周辺の艦へのハッキングを中止して、爆発原因の解析に入っていた。

「コロニー『ツクヨミ』内部にて爆発があったもよう、規模は不明!」。

「司令達は無事なの!?」。

「・・・・・・IFSテレメタリーに反応あり、負傷はしていないもよう」。

「直ぐに連絡を取って!」。

「それが・・・」。

彼女は困惑した面持ちで

「先程からコミュニケを呼び出しているのですが、反応がありません。コロニー全域に大規模なジャミングが掛けられている可能性が・・・」。

「非常回線でもダメなの?」。

「今使用しているのがその非常回線です」。

「他に手段は?」。

「人手では無理です。今の爆発で、非常扉が閉まりました。こちらから向こうへ行く事は出来ません」。

副長の報告に、セーラは下唇を噛んだ。

「原因は一体何なの?」。

「内部で反乱が起きているもようです」。

「反乱?、反乱だって!?」。

副官が信じられないと言った表情で素っ頓狂な声をあげた。

「今の連合の政治状況を見れば起きても不思議じゃないわよ。それより連絡は!?」。

サードニクス率いるオペレータ達が無言で頭を振る。

「何とかして連絡を取るのよ!。エステバリス隊はスクランブル待機!」。

「総員、第二級臨戦体勢!!」。

艦内に警報が響き渡る。

セーラは副長に締め括りの言葉を取られて渋い顔をしていた。




「何なのいったい?」。

マシンガンを持った軍人達が流れ込んで来たのを見ながらユリエは呟いた。

数名がユリエとショウを取り囲み、他の所を制圧でもするのか他の人間達は通路を急ぐ。

「提督!」。

「慌てないで」。

ユリエはショウに耳打ちした。

「同じ軍人同士、殺し合うのはゴメンよ」。

座った目付きの軍人達数名を見渡しながらユリエは呟く。

「これはこれは、ミスマル中将閣下ではありませんか・・・・」。

「どなたかしら?」。

後ろからの声に、ユリエは優雅にふり返った。

「こんな所にお越しとは、一言申し上げて下さればよろしいものを」。

「あなたは確か・・・・・ラオ大佐・・・だったかしら?。宇宙軍参謀本部の」。

「はい、閣下のご高名はいたく存じております」。

――ご高名・・・ねえ。そんなに私を女神様か何かにしたい訳?。

剣呑な目付きになりそうなのを必死に押さえて、彼女はあえて無表情を装った。

「そんな事はともかく、これはいったいどういう事か、説明してもらえるかしら?」。

ユリエはマシンガンを構えている軍人達を見渡しながら、ラオ大佐に問うた。

「申し訳ありませんが、それは致しかねます」。

大佐ははっきりきっぱり断った。

「命令だ、と言っても?」。

「これは手厳しい・・・・、しかし私は閣下の命令系統に属してはおりません」。

――私のような小娘から命令を受ける筋合いは無い・・・・・、そう言う事かしら?

確かに、この中年の大佐から見れば、ユリエは所詮小娘としか見れないであろう。

だがその小娘は、実際には自分よりも上官なのだ。

――この男はとどのつまり、私を見下しているのね。・・・・・さっきの司令官と言い・・・。ま、なれているけど。

若くして中将などと言う位にまで上り詰めてしまったために、羨望と同時に嫉妬の視線も彼女は浴びている。

だからそう言う類のものには慣れっこだ。

「・・・・で、どうするのかしら?」。

ユリエは髪を掻き揚げながら聞いた。

「申し訳ありませんが、閣下と大佐殿には拘束して我々の監視下に置かせて頂きます」。

「じゃあ、艦には返してくれないのね?」。

「そう言うことです。――おい、このお二人から武器を取り上げろ、それから手錠で拘束しろ」。

部下が数名やって来て、ユリエの腰にあるホルスターからレイ・ガンを取り上げる。

ショウは身体検査をさせられ、やはりレイ・ガンとカートリッジを取り上げられる。

そして彼女達は後ろ手に手錠を嵌められ拘束された。

「大佐、向こうに黒服を着た、いかにも怪しそうな奴がいますが、いかが致しましょう?」。

部下の一人が駆け寄って報告してきた。

「何? ・・・・・・分かった、私が行こう。お前達は提督閣下達を丁重におもてなし致せ」。

「はっ!」。

ユリエ達を拘束している数名を残して、彼らは何処かへと行ってしまった。

残された兵士達はユリエ達を、自分達が来た方向へと引っ張っていく。

歩かされている間に、彼女はこの兵士達の素性を解き明かそうと、頭脳をフル回転させていた。

さっきの男――ラオ大佐は宇宙軍参謀本部の次席幕僚で、実質上のbQと言ってもいい。

――とすれば、今回の反乱――彼女はそう断定した――は参謀本部が中心になって考えた?。

そんな考えが浮かんだが、直ぐに消えた。

参謀本部で不穏な動きは無かった。

恐らく、ラオと言う男は彼自身の意志でここにいるのだろう。

連合軍は今回の反乱そのものを掴めてはいなかったようだから、少なくとも参謀本部は無関係のはずだ。

諜報部は何をしていたのだか――彼女は毒つき、そこで、諜報部自身が今回の反乱に荷担しているのではないか、という恐ろしい考えが浮かんで来た。

だとすれば、連合が、これほど大規模の反乱を、事前に予期できぬはずが無い。

今回の反乱は連合の奥深くにまで賛同者がいるようだ。

かつての『火星の後継者』のようには行かないだろう。

目的は分からないが、このまま拘束されているのもどうかと思う。

君主危うきに近寄らず。長居は無用。彼女はこの状況から脱出するために一芝居うってみることにした。

女の持っている最大の武器――美貌と色気――を駆使して。

「・・・・ねえ、ちょっとこの手錠外してくれるかしら?」。

やや甘い声で、ユリエは隣の男に言い寄った。

「それは無理です」。

「・・・そんな事言わずに、ねえ、お・ね・が・い(はぁと)」。

普段の彼女なら絶対に出さないような色っぽい声だ。

ショウはギョッと目を見開いた。

「下着がずれちゃったのよ、ねえ、良いでしょう?」。

ユリエは頬を赤く染めて、恥ずかしげに言った。

「男のあなたには分からないだろうけど、下着がずれると女は色々大変なのよ」。

やや伏せ目がちに、ユリエは男を見上げる。

そうしながら、胸の膨らみを男に押しつける。

「それとも、あなたがしてくれるかしら?」。

耳元で囁く。

ピクリ――男の肩が震えた。

「ねえ・・・。これを外してくれたら、ちょっとぐらいの事は、しても良いわよ?」。

ピクク!――男の肩は更に震えた。

「・・・・ちょっとぐらい?」。

「そう、・・・・ちょっとぐらい・・・」。

尚も身体を摺り寄せながら、ユリエは耳元で囁く。

男は少しの間考え、何事か考えた後、「デヘヘ」と笑った。

「ま、まあ、ちょっとぐらいなら良いかな。ちょっとぐらいなら」。

男は嫌らしい笑みを浮かべながらうんうんと頷く。

「・・・・じゃあ、手錠を外してくれるのかしら?」。

ユリエは色気を保ちながら言った。

「まあ、いいでしょう」。

どうせ相手は女だ、抵抗した所で害は無い――男はそう踏んだのだろう、それに、あのスキンヘッドの大佐の慰み者にさせるのはもったいない。

男は手錠の電磁石を解除するボタンを押した。

カチャリと音がして手錠が緩む。

「――どうもありがとう」。

男が手錠を取り去り、ユリエは男の腕に自分の身体を摺り寄せる。

男は益々嫌らしい笑みを浮かべる。

「うふふふ・・・・」。

ユリエはスーッと、絡みつけた腕を、男の腹から胸元へとあげてゆく。

軍服の襟に手をかけ、ボタンを外す。

「う・・・、うおおおお!!」。

男はついに我慢できなくなったのか、そのままユリエに覆い被さろうとして――。

――一瞬の後には男は自分の身体が宙に浮いている事に気付いた。

「な!?」。

ドオォン・・・――男の身体は中を舞い、引力に従って地面に叩き付けられた。

あの一瞬――男がユリエに襲いかかろうとした瞬間、その勢いを利用して彼女は男を背負い投げの要領で放り投げたのだ。

「――木連式柔 『花月』」。

ユリエは静かに呟いた。

本来なら、突進してくる相手の勢いを利用してかける技なのだが、ユリエは少々アレンジしたようだ。

「どうせ女だろうと思っていたんだろうけど・・・・生憎だったわね」。

最早ピクリとも動かなくなった男から手を離し、ユリエは憐れんだ。

「人は見かけで判断しちゃ駄目よ。特に、女の子はね。何を隠しているか分からないから」。

技を決めた時に落ちた帽子を拾い、パンパンと叩いて頭の上に乗せる。

――ひでぇ・・・、ショウは同類として男を憐れんだ。

「――。!?き、貴様――!?」。

「―!?」。

一人の男が我に返り、マシンガンを構えた瞬間、ユリエは素早く内腿からレイ・ガンを引き抜き、振り向きざまに撃つ。

「ぎゃあ!」。

白いレーザービームが銃口から放たれる。見事に脇腹を打ちぬかれて、男は倒れ伏す。

「このッ!!」。

周りの男達も構えるが、その片っ端からユリエは銃を連射し、男達を打ち抜く。

彼らはバタバタと倒れた。

ユリエは銃口を口元に持って行き、ふぅっと――もちろん煙は出ていない――吹いた。

「――こういう時、女は便利ね。色気で男を惑わせるし、武器の隠し場所にも困らない。貴方だけだったら、この状況を打破する事は出来なかったはずよねえ?」。

彼女は得意満面な顔で言った。

「――はは、はははは・・・」。

ショウは笑うしかなかった。




「やれやれ、全くとんだ事になりましたね」。

外した手錠の痕を摩りながら、ショウはユリエを見やった。

「人生は思いがけない幸運に満ちている、コケ躓くのに苦労はいらない――。誰の台詞だったかしら?」。

ユリエは小説の一文をそらんじて、人物の名前を思い出せずに首を傾げた。

――提督の思いがけない一面も拝見しましたけどね。

ショウはさっきの色仕掛けと銃撃戦の場面を思い浮かべ、苦笑した。

「で、どうします?この状況」。

この状況――軍人達が倒れ伏し、ユリエの手には銃――もし他に誰かがこの状況を見たら、ユリエの名声は失墜するだろう。

だが幸いにも、倒れ伏している人間達のお仲間が他の人間達を拘束しているせいで、通路には人っ子一人いない。

「当然の自衛権の行使よ。周りにとやかく言われる筋合いは無いわ」。

「とりあえず助けますか?」。

「よしてよ、自分で撃っておいて助けるほど、私は偽善者じゃないわ」。

顔の前でパタパタと手をふる。

――色仕掛けで誘っておいてそれはないんじゃないかな・・・・。

そんな事を思ったが口には出さなかった。

とその時、通路の向こうからドタドタと走る音が近づいて来た。

「アオイ君!」。

二人はアイ・コンタクトをかわすと、足音と反対方向――艦から離れる事になる――に駆け出した。

「貴様らーー!!」。

叫び声とレーザーマシンガンのエネルギーが、二人に襲い掛かってくる。

「くそーっ!、一難去ってまた一難かよ!!」。

逃げながら後ろに銃を乱射しつつ――当たる可能性は極めて少ないが――ショウは毒づいた。

「アオイ君、こっち!」。

銃撃を掻い潜って脇の通路に逃げ込む。

壁を盾にしながら、銃撃の合間を縫って応戦する。

「で、どうするんです?」。

先程の台詞を、ショウはもう一度口にした。

「とりあえず、ダイアンサスに連絡して頂戴」。

銃撃を行いながら、背後から問うショウにユリエは顔も向けずに言った。

破壊の意志を持った光線が、ユリエ達の居る通路の壁を削り取ってゆく。

彼女は銃撃の合間を縫って、こちらから撃ち返す。

何人かの軍人達が倒れるが、後から後から沸いて来てきりが無い。

――全く野蛮だわ。司令官自ら銃撃戦だなんて。

彼女は毒づきながらも必死に応戦する。

マシンガン対普及品の銃。

どう控えめに見積もってもこちらが不利だ。

カートリッジシリンダーのエネルギー残数がゼロになる。

彼女はレリーズボタンを押してカートリッジをパージすると、懐をまさぐる。

顔が青ざめた。さっき拘束された時、銃と一緒にカートリッジは没収されていた。

「アオイ君!!」。

「通信は繋がりません。因みに代えのカートリッジもありませんよ!!」。

僅かばかりの望みを託して彼女は振り向いたが、その望みも打ち砕かれた。

銃撃がやや終息し、代わりに足跡が近づいてくる。

通路から顔を出して、銃口だけを向ける。

近づいて来ていた男は一瞬立ち止まった。

「えい」。

その隙を突いて銃をぶん投げる。

「ぐえ――」。

ものの見事に男の顔面に直撃した。

その影響で一瞬男達は怯んだが、こちらに打つ手が無いと悟ると、慎重にではあるが近づいてくる。

「どうします?」。

ショウは三度目の台詞を吐いた。

さっきの銃撃戦といい今回といい、彼は事態の推移について行けず、半ばやけくそで傍観している。

「打つ手無し・・・・・・・とはいかないかな・・・」。

あたりを見回して使えそうなものを探していたユリエは、あるものの前でその視線を固定した。




『状況はどうなっている!?』『コロニー内各部署から救援要請が出ています』『停泊中の各艦との交信は現在途絶中です!』『コロニーの通信回線が混乱を起こしています!』『ダメです、情報が錯走していて状況がつかめません!』。

ダイアンサスのブリッジは喧騒に包まれていた。

各方面から入って来る情報は統率を欠き、支離滅裂だ。

オペレーター陣は統率を欠いた情報を整理しようと必死になっている。

「ミスマル中将閣下との連絡はまだなの!?」。

「・・・電波妨害が激しくて、依然応答はありません・・」。

コンソールを操作していた副官が仮想窓を見たまま報告してくる。

ナデシコ級戦艦の最大の弱点、それは人員不足だ。

ワンマンオペレーションシステムを導入したために、六百m級の戦艦を百人ほどで運営する事が可能となった。そのかわり現在のような緊急事態が起こると対処しきれない。

普通このような緊急事態が発生した時は、艦隊の中でも情報分析に秀でた艦が代行するのが常だが、生憎と今はナデシコ級戦艦はダイアンサス一隻だけ。

それもダイアンサスは攻守の面では優れていても、情報収集・分析能力ではタカネナデシコ等の専門艦に比べればかなり劣る。

その為に、本来オペレーター業務ではない彼女の副官も、データー解析に引っ張り出されている。

「艦長」。

サードニクスが振り返らずに報告してくる。

「何?」。

「事態は思っていたより深刻です」。

「どういう事?」。

サードニクスは無言で正面スクリーンにウィンドウを開く。

「ここの他にも、十数ヶ所で同時多発的に反乱が起きています。彼らは恐らく綿密に計画を練った上で、同時に蜂起したものと考えられます」。

このグリフォン恒星系に存在するコロニーの内、彼女の言った十数個が赤く色づいている。

「これほど大規模な反乱だなんて、聞いてないわよ」。

彼女はウィンドウを睨みつけた。

これほど大規模な反乱であるにもかかわらず、連合軍上層部はこの事実を掴んでいなかったようだ。

諜報部は何をやっていたの――彼女は毒ついた。

あるいは――尤も考えたくない事だが、この事を知った上で私達をここへ派遣したと言う可能性も考えられる。

「これほどの規模の反乱と言う事は、ある程度の艦隊が集結しつつある可能性が高いわ。周囲に艦影は?」。

「コロニーを中心とした半径五十キロ圏内には敵と思われる艦影は見当たりません」。

「もっと広い範囲では?」。

「本艦の索敵能力ではこれが限界です」。

せめてミヤマナデシコかタカネナデシコでもあれば――彼女は毒づいた。

「艦長!周囲に機動兵器多数展開中!!」。

「言った側からこれね。分析を!」。

オペレーターの報告に即座に命令を下す。

「ステルンクーゲル、エステバリス他、無数の機動兵器を確認!!」。

「恐らくコロニーの防衛部隊が寝返ったんでしょう。全艦戦闘配備!艦内は警戒態勢パターンA!。エステバリス隊全機出撃!ディストーションフィールドを最大で展開しつつ、迎撃用意!」。

「連絡通路を切り離しますか?」。

「司令達がまだなのよ、ダメに決まっているでしょう!」。

何気なく言った副官の一言に、彼女はいきり立った。






『緊急用エアロック 非常時以外の使用を禁ずる』。

「提督!?」。

ショウの顔が引きつった。

彼女は無造作に歩み寄り、ボタンの入っているプラスチックカバーに手をかけた。

「何かに捕まっていた方かいいわよ」。

一応断りを入れておく。

けたたましい足音をたてて、男達は一気に雪崩れ込んで来た。

そしてユリエが手にかけている物の正体を認識して、青ざめる。

「Good By♪」。

彼女はカバーを叩き割った。

エアロックが開き、一瞬の後には突風が吹き荒れる。

「うおわあああああああ!?????」。

踵を返しかけていた男達は奇声を発しながら一人、また一人と大口を開けた宇宙に飲み込まれてゆく。

ユリエは必死でエアロックの淵にしがみついている。

暴風が彼女の髪を無茶苦茶にかき乱す。

男達の一人が、死に物狂いで腕を伸ばした先に、ユリエの足があった。

男は必死でしがみ付く。

これは彼女の計算外だった。男達は全てエアロックの外の放り出され、エアロックは自動的に閉まる筈だった。

だが男が彼女の足にしがみ付いているせいで、エアロックは閉じる事が出来ない。

そればかりか、彼女の腕は彼女自身を支える筋力しか持ち合わせていない。もう一人ぶん、それも大の大人の男となると、筋肉が悲鳴をあげる。

――離しなさい!!。

残った足で男を蹴っ飛ばす物の、全く離れ様としない。

轟々と音を立てる暴風に、彼女の腕はだんだん痺れて来た。

――こんな所で死ぬの?・・・私・・・・・。

手がついに離れた。

彼女の脳裏に『死』と言う一文字が浮かび上がった。

がしっ――流されかけていた彼女の手を誰かが掴んだ。

ショウだ。荒れ狂う暴風の中、彼は必死にユリエの手を探り当てた。

ユリエの足を掴んでいた男は遂に離れ、真空の宇宙へ流されていった。

ショウはユリエを引き寄せた。

同時に異物が無くなり、エアロックが閉じ、空気が充填される。

二人は床に倒れこむ。

「・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・・む、無茶、しないでよね・・・・」。

「・・・ぜい・・・ぜい・・・ぜい・・・・無茶しない・・・・で助けられると・・・・思って・・・・いるんですか・・・・?」。

大の字に寝そべっている二人は、荒い息をつきながら空気を貪っている。

「そ・・・そうね、・・・・ありが・・・とう・・・・」。

「どう・・・いたし・・・まして・・・・」。

荒い息をしながら、ユリエは自分の虫の知らせはほんとに良く当たる、とどうでも良い事を考えていた。








『敵無人兵器部隊がエステバリス隊と交戦します!』。

『第二部隊、交戦状態に入りました!!』。

「防衛を最優先。深追いはするな!。司令達が帰還次第、発進出来るようにしておいて!」。

セーラは艦長席から下層のオペレーター達に指示を飛ばす。

ユリエ達との通信は依然回復していない。

彼女達が帰還していない以上、連絡通路は切り離せず、ダイアンサスが動けない以上、敵に対しては機動兵器で対応するしかない。

ダイアンサスと同じように期せずして反乱に巻き込まれた可愛そうな艦も幾つかあるようで、それらもやはり機動兵器に対して応戦しているが、成績は芳しくないようだ。

「敵機動兵器、艦底部へ回り込みます!」。

「艦底部荷電粒子砲発射!」。

艦底部に装備されている隊機動兵器迎撃砲台――荷電粒子砲二十機が一斉に火を噴く。

荷電粒子砲台は艦の至る所に配備されている。

それはブリッジからオモイカネと、幾人かのオペレーター達によって集中制御されている。

命中率はオモイカネの制御もさる事ながら、オペレーター達の腕も中々いいようだ。

爆発の光が煌く。

「迎撃成功!」。

「油断するな、まだまだ来るぞ!」。

安堵の声をあげた砲撃手に、副長は気を抜くなと叱咤した。

「正面より大型機動兵器!」。

「全砲塔、任意に迎撃!」。

荷電粒子が前面に集中し、敵機動兵器を打ち抜く。

ブリッジを爆発の閃光が照らす。

「グラビティキャノン、発射準備は整っています」。

「馬鹿言わないで頂戴。今撃ったらコロニーまで巻き込んじゃうわ」。

そう言うとセーラは前髪を掻き乱し

「せめて自由に動けたら・・・、ったく、司令たちは何をやっているのよ!?」。

彼女は毒づくとコンソールを叩いた。

『そんなにカリカリしないで頂戴』。

「え?」。

セーラの前にウィンドウが開いた。

『漸く通信が繋がったわ。待たせてごめんなさいね』。

「司令! ご無事でいらっしゃいましたか!」。

『何とかね。死にかけたけど・・・・・。それよりもここ、連絡通路を開けてくれるかしら?。そっちからコロニーにハッキングして開けられるでしょう?』。

セーラは無言でサードニクスを見た。

彼女は既にIFSシートに深々と座り、瞑目している所だった。

ウィンドウの向こうで電子音がした後、ユリエ達を阻んでいたシャッターの扉が開いた。

『直ぐそっちに行くわ。出撃準備は?』。

「既に整っております」。

『宜しい。通信を切るわ、詳しい事はそっちで聞きましょう』。

ウィンドウが閉じる。

「全機動兵器を呼び戻して、今すぐ!」。

命令は迅速に伝わった。







ユリエとショウがやっとブリッジに辿り着いた時、ブリッジは喧々諤々といった状態だった。

「さて、現状を報告して頂戴」。

ユリエは臨時司令官席となっている艦長席に腰掛けると、早速オペレーターに問うた。

「はい、現在ダイアンサスはコロニー所属の機動兵器部隊と交戦中です。艦隊は今の所出撃してはいないようです」。

サードニクスは続ける。

「それだけでなく、『ツクヨミ』以外のコロニーでも反乱が発生しています」。

「同時多発的というわけか・・・・、第九艦隊との連絡は?」。

「現在の所途絶中です」。

さてと――彼女は腕を組み、考え込んだ。

味方はいない、救援は期待できない、通信も繋がらない、無い無い尽くしでどうしましょう――などと言う考えが浮かんだが、咄嗟に振り払う。

最も簡単な方法は、現在起きている反乱に荷担する事だ。

コロニーに向かってグラビティブラストの一発でも打ち込めば、立派な犯罪者に早や変わりとなる。

そんな事を考えて彼女は苦笑した――そんなのは自分一人でやればいい。部下達を巻き込む必要性は無い。

こんな事なら初めから全艦隊で来るべきだったわね――ユリエは自分の判断を呪った。

この機動兵器の類は恐らく陽動だろう、だとすれば次に何が来るか・・・・・・。

「後方より戦艦接近!!」。

その声が、彼女の思考をかき消した。

――来たか、彼女は確信した。

しかし彼女の予想は大きく外れた。

「・・・・そんな?、これは・・・・ユーチャリス!?」。

「何ですって!?」。

ユリエは思わず後ろを振り向いた。勿論見える訳が無いが。

「ユーチャリスに重力反応!!」。

グラビティブラストが放たれ、機動兵器達を一飲みで粉砕する。

「提督!!」。

「・・・・・・・・・・どういう事なの・・・?」。

「・・あれがユーチャリス・・・」。

ショウはユリエの方をふり返り、彼女は困惑した面持ちで、セーラはユーチャリスの美しいフォルムに感嘆の声をあげた。

ダイアンサスの横を堂々と航行してゆくユーチャリス。純白のフォルムが星々の光を反射し、きらきらと輝き、その場の誰もが見惚れるほどの美しさを醸し出していた。

「・・・・・・・・・!!。れ、連絡通路切り離し!!、ユーチャリスを追う!!」。

「りょ、了解!!」。

一番最初に我に返ったのはユリエだった。

慌しくブリッジが動き出す。

ユリエ達がここに来たのはユーチャリスの捕縛にある。

漸く尻尾を捕まえたのだ、こんな所で逃がすわけには行かない。

それに・・・・あの艦にはユリエがどうしても会いたい人間が乗っている。

「連絡通路を爆破除去します!」。

管制が混乱を来たしている以上、緊急発進せざるをえない。

爆薬にて連絡通路を切り離し、更には固定索も爆破する。

「ユーチャリスをトレースせよ!決して見失うな!!」。

「相転移エンジン始動。ダイアンサス発進!!」。

「機動兵器に注意せよ。全周囲への索敵警戒を怠らないように。ディストーションフィールド最大出力!」。

ダイアンサスはユーチャリスを追跡する。

「通信は!?」。

「駄目です、繋がりません!。ウィンドウ回線にプロテクトがかけられているようです」。

「オモイカネを使っての強制入力!!」。

「それも無理です!!」。

ナノマシンの軌跡を輝かせながらサードニクスは答えた。

先程からオモイカネと一緒にユーチャリスに電子戦闘を仕掛けているのだが、ユーチャリスには全く通用していない。

彼女達は知らなくて当然だが、ユーチャリスにはオモイカネをも超えるAI『ラピスラズリ』が搭載されている。

それに加えて『妖精』の血を引くヒスイが乗っているのである。オモイカネクラスのハッキングは余裕で防御できる。

「ユーチャリス、静止軌道を離脱します!!」。

「なんて加速能力だ、速すぎる!」。

ショウがうめいた。

「ユーチャリスの周辺にボース粒子反応!」。

「ボソンジャンプか!!」。

ショウは叫んだ。

突然だった。

エヴァンスの地表から、超高出力のエネルギービームがユーチャリスを貫いた。

「!!」。

爆光と共にユーチャリスの一部が吹き飛んだ。

「――――っっっ!!!!!!?」。

ユリエは臨時司令席から床を踏み抜かん勢いで立ち上がった。

「何が起きた!?」。

「分かりません!、地上からの対軌道攻撃だと言うのは確認しましたが・・・・」。

「ユーチャリス、爆発が続いています!」。

ユーチャリス独特の艦首は真っ二つに折れ、船体の中央部には大穴が開いている。更には、船体のあちこちから炎が噴き上がり、連続した爆発が起きている。

「ぜ、全速前進!ユーチャリスに接近せよ!!」。

呆然自失状態だったユリエは我に返ると即座に命令を下した。

泣き喚きたくなる自分の心に、最大限の自制心を働かせて。

「状況分析!!」。

ショウが激を飛ばした。

「惑星エヴァンスのエルドラ大陸南東部より、エネルギー砲の発射を確認!!」。

「推定出力およそ一六〇〇TW!!。陽電子砲に匹敵します!!」。

ウィンドウにメルカトル図が映り、大陸の一部が赤く表示される。

「対軌道攻撃兵器なんて、この星には無いはずだぞ!?」。

「ユーチャリス周囲にボース粒子反応!!」。

ショウの疑問は新たな報告で掻き消された。

「フェルミオン、π中間子反応なお増大中!!」。

ユーチャリスの周りを異常とも言える量のボース粒子が取り巻く。

「いかん、跳ぶぞ!!」。

「トレーサーは!?」。

「だめです!!」。

「なら体当たりしなさい!!」。

「無茶です!!。こっちまでボソンジャンプに巻き込まれます!!」。

ユリエのとんでもない提案を、ショウが諌めた。

「ユーチャリス、跳びます!!」。

ボソンの反応が最極大に達した瞬間、ユーチャリスは消えた。

「・・・・また、なの・・・、あなたはまた私の前から姿を消すのね・・・・」。

――アキラ、あなたは今度は何処へ行こうというの・・・・。

消えた虚空を見つめながら、ユリエはただ呆然と呟いた。

やっと手に入れた宝石の欠片は、彼女の掌から零れ落ちていったようだった・・・・・。










ダイアンサスは呆然としたユリエを乗せたまま、コロニー『ツクヨミ』の宙域を離脱した。













それから三十六時間後、ダイアンサスは第九艦隊と合流した後、反乱に制圧されていないコロニーのゲートを通過して地球へと帰還した。












ユリエが、ユーチャリスは彼女の手の届かない所に行ってしまったと言うことに気付くのは、暫く後の事である。
































次回予告

初めまして。ディアントスの艦長兼オペレーターのホシノサンゴです。

グリフォン恒星系で発生した反乱。その異常事態を受けて連合宇宙軍は全提督たちを集結させます。

そこで打ち出された計画は、撤退したばかりの私達を再度グリフォン星系へ出撃させると言う物でした。

宇宙軍内部で様々な思惑が交差する中、提督は決断を下します。


次回 時の彼方の迷い子達

第二話 『ナデシコ艦隊発進』

ご期待下さい。


 

あとがき

『時の彼方の迷い子達』第一話、この話は『時の流れの迷い子達』の第二話とリンクしています。

さしずめユリエ・サイドと言った所でしょうか。

この物語では、『時の流れの迷子達』で語られる事の無かった裏話などを交えながら、ヒロインであるミスマル ユリエの活躍を中心に書いてゆきます。

名前から分かる通り、彼女はミスマル ユリカの子孫に当たります。

ただ、時代がナデシコの世界から三百年近くもたっているので、色々な血が混じってはいますが。

因みに、ユリカの夫は今の所秘密です。

本編の中で明らかにされてゆきますが、大体は予想がつくと思います。

次はこの話の第二話か、それとも『時の流れの迷い子達』の第三話かな?。

ではでは・・・。

 



代理人の感想

 

なるほど、二重構造な訳ですね・・と言うわけでお部屋のほうも模様替えして見ました(笑)。

でもアキラってもう二十六世紀には戻ってこないんですか?