機動戦艦ナデシコ <黒>
 05.ルリちゃん「航海日誌」→何故か穏やかな「日常」

 

 お葬式。
 サツキミドリ二号は、警戒にもかからないほどの電撃的な奇襲をうけ、壊滅。百を遙かに超える勤務者を抱えながら、実際に生き延びたのは僅か8名。
 ネルガルは社内規定により葬式を行うことを決定、近辺を航行中、更に火星に着くまではほぼ暇であろうナデシコにその任を任せることにした。

 ブリッジには僅か二名、メグミとルリ。女性誌を読みふけるメグミの横でルリはゲームをしている。
 ナデシコはオモイカネの能力もあって緊急時でもなければオートで航行可能。
 必要なのはそのオモイカネと対話できるオペレーターと、即座に内外との通信を行う通信士の二人だけ。
 それと責任者の艦長。

 アラートと共に敵襲を告げる声。
「敵、襲撃」
「迎撃用意!!」
「必要ありません」
「え?」
 その言葉と共に砲撃を受けるが、ナデシコは揺るぎさえもしない。
「敵は様子見……まだナデシコの実力を測りかねているようです」
 何だ……というようにユリカは手頃な場所に座る。
「艦長、邪魔です」
 自分の席に座ったユリカにはっきり言うルリ。
「はーい……」
 渋々と降りる。その姿に艦長という威厳は全くない。
 また、ほぼ同時にウインドウが現れる。
「艦長何してるんですか! 早く来て下さい!!」
「はーい」
 白黒の垂れ幕を背景に黒のスーツを着たプロスペクター、その姿が急に現れる。

 

 葬儀というのは宗教に寄るが、多くのものは男性が取り仕切る。
 僧服、神父服を着るユリカ。もともと凛々しいと呼んで差し支えない顔をしているので、表情が締まっていれば似合っていると言えるのだが……。
 緩んでいた。
 対し、何故か女性が着るべき服を着るジュン、何故か彼が走る姿は、カメラの目に迎えられた。
 恐るべきは巫女服を着るゴートとプロスペクター。破壊力は凄まじく、彼らが通った跡にはクルーの屍の山が築かれつつあった。
 中には到底宗教とは縁遠いものも。
 ……新興宗教だろうか?

 

 とりあえず本日分の葬儀が終わり、ユリカは艦長席に帰り着く。
「艦長、頭」
「ふみゃあ・・」
 机の上の頭が倒れ込むと同時に、頭の上の妙に巨大な帽子も。
「一杯死んだから一杯お葬式……?」
 不謹慎だが取り仕切る立場としては愚痴の一つも言いたくなると言うものである。

 

 食堂は戦場だった。
 余りに多くの食材と料理が所狭しと並んでいく。
 葬儀のための料理である。
 とはいえ、葬式料理とは言え本格的な物。持ち帰って冷凍すればしばらく保つからその間、食堂利用者が減るから少しは楽になる。

 鍋をかき混ぜていたお玉から一すくい。皿に取って、それに口を付ける。
「んー、ちょっと違う……かな……ホウメイさん、ちょっと見て下さい!」
「おや?これ醤油……トムヤンクンは醤油じゃなくてナンプラー。間違えちまったね、テンカワ」
 アキトの差し出した皿を味見してホウメイは僅かに顔をしかめる。醤油とナンプラー、似た調味料であるからこそ、僅かな違いはおおきく反映する。
「ナンプラーって何すか?」
「魚から造った醤油さ」
「……何処に有るんですか?」
「あっちにあるかい?」
 首を振る。
「んじゃこっちは?」
 また、首を振る。
「それじゃ、そこ! はい、見てくる!」
「わかりましたぁ!」
 急いで調味料入れのある部屋に走っていくアキト。どういう歩き方か、全く足音も埃も立てない。
「随分とあわただしい奴だねぇ……」
 その光景を他のコック達……通称ホウメイガールズ……がくすくす笑いながら見ていた。
「アンタ達も手を休めない!」
「「「「「は、はいっ!」」」」」
 そう言いながらホウメイは「本日半額」の札をメニューに貼ろうとしていた。

 閉店後、ナデシコ食堂でアキトは昼間にふと思った疑問をホウメイへとぶつけてみた。
「チーフは何で……こんなに調味料を集めたんですか? それに、それを活かすための料理を」
「昔、死ぬ間際にパエリアが食べたいって言った男がいたんだよ」
 諭すように。
「それでアタシは造ったんだ。出来損ないのチャーハンみたいな物をね」
 少し、声が変わる。哀しげな、それに。
「ありがとう、美味しかったよ。でもこれは、お母さんの造ったのと違う。……悔しくて、哀しくて……それで、ね」
 何かが心にしみこんでいく。
 それを理解するよりも早く、言葉が口をついて出る。
「俺も……だから…、料理人になりたいんです……」
「アンタはパイロットだろ?」
 そう、ナデシコの人間達の命を守るための。
「……ホウメイさん」
「! ……なんだい」
 アキトの目を、見てしまう。その深い漆黒の目を。闇ではない、黒く澄んだ光。
「戦うこと。それは余りにも虚しいんです。誰かと触れあえる、それを求めてしまうほどに」
 声は、疲れていた。
 けれど、それを吹っ切って笑う。
「でも、食堂で俺の作った物を美味しい、そう言って食べてくれる人を見る。……それが嬉しいんです」
 それは、何物にも代え難い、想い。
「そうかい、分かったよ。……なら明日からビシバシ行くよ! 今日みたいなヘマは許さないからね!!」
「はい、チーフ!」

 

 一日の喧噪が終わり、アキトは自室に帰る。
 サツキミドリ二号の一件の後、またもや彼は医務室へと帰っていった。今は彼一人しかここには居ない。
 照明を消した室内で、アキトは自問自答する。
「誰もが、俺を見れば戦えと言う……」
 手を上に上げて、IFS、その印をその目で見つめる。
「確かに俺は戦士だ……だが……何で戦うんだ? 確かにナデシコに乗ることは俺が望んだ」
 目に映るのはサツキミドリ二号……そして火星の大地。
「守れない……俺は小さい、ちっぽけな俺に……何が出来るんだ……」
 戦う意味、目的が彼の中で薄れつつあった。

 

 ちなみにその頃、医務室に医師の姿はなかった。
「くっくっくっくっく……そうだ、俺はヒーローだ……その俺がこんな所で寝ていて良いのか? 否! 断じて否!!」

 死にはしないが、重傷としか呼びようの無いほどの怪我をしていたガイ。
 だが!
 彼の傷は目に見えて治っていた。骨折はもうギブスを外していたし、抜糸も済んでいる。
「そうだ……こうしては居られない……今すぐにでも俺の力を知らしめねば……」
 自己暗示と、実家で手に入れた、毎日のような闘争の日々の恩恵<超回復>!
 そして、自分を信じられなくなった医師と看護婦は……医学を学び直すと言って自室の端末と向かい合っていた。

 

 翌日もまた、戦争だった。葬式という名の。
 またも国際色……いや、個性豊かな葬式の数々。
「もういやぁ……」
 またも頭と帽子を傾け、帽子は転がり落ちていく。
 ユリカは「艦長」という言葉の持つイメージと現実のギャップを感じていた……。
「ルリちゃん、艦長って何なのかな……」
「調べてみますか? ……オモイカネ、ライブラリ検索」
 艦長の傾向と対策。
 理路整然としたルリの説明と共に、オモイカネが数々の映像を流していく。
 しかし、要約すれば「艦長はまとめ役とカウンセラーをすればいい」になる。
「つまり、誰でもいいってコトですね」
 一瞬の空白の瞬間に、カウンターが決まる。ヘヴィ級のパンチを打ち放ったのはメグミだ。
 小さな、微かな水の音、それは涙。
「うわあぁーーん……」
 恥も外聞もなく、ユリカは泣き叫んで走り去っていった……よほどショックだったのだろう。自らを誇れるようになりたいと、ナデシコに乗り込んだというのに、現実はこのようなものだと。
 しかし逆に考えれば、たった一隻で火星にまで乗り込もうとする、このナデシコのような艦ではそのような「名将」と呼ぶべき艦長を求めていると言うことでは無かろうか。

 

 ふと、かけられた声。
「シミュレーター?」
「ああ。パイロット同士、親睦を深めるためにもな」
 了承したのは気まぐれだった。
 舞台は地上、設定した人間が何を考えたのか、荒涼とした赤い大地、かつての火星。
 存在するのは四体のエステバリス、全てウリバタケ達が作り上げた改良型の機体、実物もある。
 うち三体は改良済みの陸戦型。頭部にバルカンユニットを装備、バーニアとフィールドジェネレーターのの高出力化と小型化を実現、各部アクチュエーターも強化されている。果てはアサルトピットだけになっても戦闘可能という徹底ぶり。
 リョーコは近接戦闘を意識してか新型のイミディエットナイフ(グルカナイフ)と、ガトリング砲。
 ヒカルは数撃ちゃ当たるとばかりにラピットライフルを二丁。
 イズミは何を思ったのか、拳銃を持ち出した。
 アキトだけが例の砲戦改に新型ワイヤードアームズ<竜牙>だけ。
「いいか! 俺とテンカワ、イズミとヒカル! それぞれ勝った奴同士でもう一戦!」
「じゃ、最後まで負けた人が今日の夕飯おごるってコトで」
「いいわよ。上限無しでも」
「おっけ、リョーコちゃん」
「……ちゃんはやめろ」
「じゃ、リョーコ」
 がくっとくるリョーコに、アキトがさらっと呼び捨てる……その途端、リョーコの顔がゆで上がる。
 こうなると楽しいのはヒカルとイズミ。手を頬に当て、内緒話のポーズだが、声はいつも以上に大きい。
「ネエネエ見ました?」
「見たわ。これは楽しくなりそうね」
「リョーコったら顔をあんなに真っ赤にして、これは脈有りかと」
「ええ。この感動を艦内中に知らせましょう……エーと、コミュニケの全館通信は……と」
「だあぁあっ! テメエら待ちやがれ!! ああっ!? ロックがかかって出られない?」

 数分後。
「……ちゃんで良い」
「分かったよ、リョーコちゃん」
 疲れ果てたリョーコと、爽やかに笑うアキト。ヒカルとイズミはとても楽しそうに笑っているが、タチが悪そうだ。
「じゃ、始めようか」

 

 砂漠の上で、ヒカルとイズミが対峙する。
「ごめんねイズミちゃん……チーズケーキのために死んで!!」
 タタタタタタタタタ……
 両手に構えたラピットライフルがその言葉と共に弾を吐き出す!!
「ヒカル。……白玉あんみつのため……這いつくばりなさい!!」
 ガン!! ガン!!
 対して拳銃を構えるイズミ。無論銃弾は貫通力を限界まで高めた特殊鉄鋼弾。
 ライフルの弾は足を撃ち抜き、機動力を殺す。
 銃弾は立った二つの銃声で、敵の両肩を撃ち抜く。
 互いに、一瞬の攻防。そして、人ならば致命傷であるそれを敵に与える。
「やっるぅ〜」
「流石ね……でも!」
 ヒカルは足のキャタピラで砂を巻き上げ目眩ましをかける。
 対してイズミは背中のバーニアを器用に操り、滑るように滑空していく。
 縦横に巻き上がる砂塵の中、ヒカルは撹乱を続け、イズミの背後に回ることに成功!
 頭部のバルカンが火を吹く!

 場所を森林に移すと、アキトとリョーコが互いの様子を見ながら、潜伏していた。
「熱源感知、振動感知……反応無し。センサーは役に立たないか……」
 息を潜めながら、リョーコがセンサーを総動員させてアキトの姿を捜していた。シミュレーションのため、機体のデータは改造済みに書き換えられているのだ。
「ウリバタケの野郎がいじった機体だからな……このくらいはお手の物……てか?」
 脳裏に浮かぶのは異様な機体。
 もともとは砲戦フレーム。しかしパイロットの能力が余りに高かったため、整備班が何日もかけて作り上げた機体、何をしてあってもおかしくはない。
 あの<マッドエンジニア>ウリバタケ率いる整備班達なら。
 出力を限界まで押さえ、草木をかき分け歩いていく……歩いていくのだが……。
「ええい面倒だ!! これでも食らえ!」
 リョーコはガトリングを腰だめに、左腕で支えて右手を添え……そのまま掃射を開始!!
 ガガガガガガガガ!!!!
 マズルフラッシュ! 激しい光があたりを照らし、木々をなぎ倒していく!
「さっさと出てこい、テンカワぁ!!」
 目がイッている。もし、これがシミュレーションでなくとも彼女はこれをする、そう思わせた。
 ヒュ……ガシッ!
「へ?」
 機体の衝撃で気がついたとき、リョーコは機体ごと……宙に浮かんでいた。
 ガトリング砲を構えていた左腕……それを噛み潰すように竜の頭が噛みついている。ワイヤーを使ってのリモコン兵器……それを悟ったリョーコはワイヤーの先にテンカワ機の姿を探し、そして叫んだ!
「マジかよ!?」

「ふっ…この俺を抜きにこんな楽しそうなことを……待っていろ!!」
 そう叫ぶ機体は、何故か夕日を背に、崖の上に立っていた。

<コクピット排出、お気をつけ下さい>
 プシュ……。
 パシュ……。
 ここで二つの筐体からシートが排出される。
「かぁーっ、もう、やってらんねえな……」
「ホント、ホント……イズミちゃんったら、あそこで反撃できるんだからずるいよね……」
 愚痴るのはリョーコとヒカル。
「ヒカル……イズミか、勝ったのは」
「うん。そっちはアキト君か」
「辺り一面吹っ飛ばそうとしたらな……いきなり上に放り上げられて……体勢を直そうとしたら、追撃されて空中でドカン、だ」
「こっちは背中を取ったと思ったら、あっちの頭と腕がグルンって回ってコクピットを撃ち抜かれちゃった」
 はあーっ、っと息を吐く。
「……ところでな」
「何?」
「あそこ……誰が使ってんだ?」
 娯楽代わりに整備員が使えるようにと、シミュレーションルームは大規模に改装されている。
 彼女らが使っていたのとは別にもう一機、「使用中」の文字の書かれた筐体。
「……アイツか?」
「多分」

 空気を切り裂く音と大地を揺るがす激震。
 ひゅううううう……ちゅどおおおおんん。
<コクピット直撃。パイロット死亡>

「ちくしょおお……何でこの俺様が!?」
 排出されたコクピット。シートに座っているのは言わずと知れたヤマダ・ジロウ。
 ゆらり。
「ん? ああ、お前らか……乱入した途端やられちまってな……ってどうした?」
 目が点になった状態でヒカルが気になっていることを質問する。
「あの…ヤマダ君?」
「ダイゴウジ・ガイだ!!」
「ガイ君、体、どうしたの?」
「んだよ……会う奴会う奴そればっかり……治ったんだよ、とっくにな!」
「骨折も?」
「もう二週間近くなる! 普通治るだろ!?」
 ガイは自分を基準になどしていない。自分の家族を基準に答えているだけだ。
「「無い。……無い」」
 ただ虚ろな顔で、顔を横に振るだけだった。

「儲け儲け……棚からエステ……」
 コクピット……つまりアサルトピット以外壊れていない機体に乗り移っているイズミ機。自ら航行可能な特殊アサルトピット故の行動、この辺はエステバリスの強みとも言えよう。
「随分アクが強いわね……」
 軽く腕を二、三度振っただけでそう呟く。
 ヒュオ……ザザン!
 飛び退くイズミ……そしてそこには竜の牙が突き刺さっていた。
「……やりますね、イズミさん」
 ヒュ……ガギン!!
 発射したときなどよりよほど早く引き戻される竜。
「君もね、テンカワ君」
 ドン! ドン! ドン! ドン!
 その隙を逃さず、特殊鉄鋼弾を打ち込むイズミ!
 ギン! ギン! ギン! ギン!
 しかしアキトは腕の竜で弾く。
「……俺を倒すのに、銃は無意味ですよ?」
「みたいね」
 その言葉と共に、次ぎに取るべき行動を互いに選択、実行する。
 すなわちーー。
 ゴウッ!!
 バーニア全開!! 互いに肉薄し、構えを取る!
 本来ガイの機体であるそれを、イズミは使い慣れないシールドクロウを器用に操り、斬りつける。
 対し、片腕の筈のアキトも健闘する。リョーコの残していったナイフのおかげだ。

 外部に設置されているモニターを三人は……いや、野次馬も見ていた。
「上手いな、テンカワ」
「ホント……イズミちゃんと互角にしてるよ」
 誰もが、そう言う。
「違う。アキトの奴…まだ奥の手隠しているぞ」
「は? どこが」
「あの左腕さ」

「……もう、決めるよ」
「ふっ……どうかしら」
 その時、アキトの機体から、竜が落ちた。
「貰ったわ!」
 グシャア!
 シールドアームが、腕を半ばまで砕く。
「獲った!」
 ぐしゃっ……。
 コクピットの潰される音が響く。
 潰されたのはイズミがいた機体。
 潰したのは、発射機構を失ったはずの、地面に落下したはずの竜。

<WINNER_テンカワ・アキト>

「ふう……みんな結構やるね」
 筐体から降りたアキトが開口一番にそう言う。
「勝った奴の言うセリフじゃねえな」
「……ってガイ?! 何でここに!」
「……またかよ……」
 イズミもまた、髪を掻き上げながら降りてくる。
「……ふう、私の負けね。最後、何をしたの?」
「別に何も。ただあの竜は人工重力発生装置が積んであるんで、好きな体勢から操れるんですよ」
 ずるい。それが正直な感想だった。

 

「ねえルリちゃん、艦長どうしちゃったのかな……」
 妙に静かだからか……メグミが気にしていた。
「……艦長。おこもりです」
「おこもりぃ?」

 瞑想ルームと言われる一室、そこにはジャージ姿のユリカの姿があった。
「煩悩……煩悩……」
 必死で悟りを開こうというユリカ。
 釈迦が悟りを開いたという菩提樹(映像)の下で座禅を組んでいる。
 そして、彼女は自分の煩悩……自分の心に向き合う。

 それが全てアキトがらみ、しかし、いやらしい物にならないのは彼女の純粋さ故か。
 というか。
『アキトはね、ユリカのこと好きだよね』
 と信じて疑わないあたり、幼いのかもしれない。
 しばらくすると、瞑想が段々と妄想に変わっていく……表情も緩み、顔がやや上気し、何か不気味なオーラが出てくる。
 訂正。純粋というのは買いかぶりだった。
 バシン!
『脳波が乱れています。雑念は捨てましょう』
 そう言いながら袈裟を来たロボットが木の板でユリカの頭をはたく。顔とおぼしき部分にモニターがあり、乱れまくったグラフが書かれている。
 我に返ったユリカが、よだれを手の甲で拭いた、その時だった。急に現れたウインドウ……現れたのはメグミ。
「艦長、反乱です!!」
「責任者! 出てこーい!!」
 メグミの開いたウインドウに、彼女を押しのけて詰め寄るウリバタケ……。

 格納庫では断固反対の文字を張ったエステバリスと、その足下で叫ぶ整備班達。
「断固! ネルガルの! 悪辣さに!」

 

「色々な葬式をしてくれるのは分かった」
 興奮気味のウリバタケ。その手に握りしめられているのはネルガルとの契約書。それをユリカに突きつけつつ叫ぶ!
「でも、そんなこと俺達は知らなかったの!!」
「うわー、細かい」
 ユリカも見ていなかったのか……その項目の多さに目を丸くする。
「社内での恋愛は禁止しませんが、風紀維持のため、お互いの接触は手を繋ぐまで……なんです、これ?」
 一番下の小さい文字、他の項目よりも更に細かく書かれている。
「読んでの通り! おてて繋いでって……ここはナデシコ保育園か?」
 そう言いつつリョーコとヒカルの間に入って手を繋いだ瞬間、ひじ鉄を食らうウリバタケ!
「俺はまだ若い……」
「若いか?」
「若い!! 若い二人は惹かれあい……やがて二人は見つめ合い……」
「そして唇が!」
「純情は純情なるが故に不純!」
「せめて抱きたい抱かれたい!」
 ウリバタケの論説にヒカルが合いの手……茶々を入れる。
「そのエスカレートが困るんです!」
 ブリッジ上部に、ゴートを引き連れ現れるのはプロスペクター。スポット処理も。
「愛し合えば、やがては結婚しますよね。そうすれば次は出産……おカネ、かかりますよね。ここはナデシコ幼稚園じゃありません」
「くぅーっ、コイツを見ろ!!」
 何を血迷ったか、理路整然と自らの意志を淡々と告げるプロスペクターに向けてブラスターを構えるウリバタケ!
「こっちも見て下さい」
 何故か契約書で対抗するプロスペクター。
 その姿は余りにも堂々としていて、逆にウリバタケが怯んでしまう。
 段々とエスカレートするウリバタケとプロスペクター。

 アキトは我関せず、と居たが……ふと気づく。
「えーと、質問があるんスけど」
「何ですかなテンカワさん?」
「これ、つまりユリカにつきまとわれずに済むって事ですか?」
 一瞬奇妙な空気が流れ、その一瞬後、泣きそうな顔になるユリカと、小さくガッツポーズを取るジュン。
「アキト…ユリカのこと嫌いなの!?」
 詰め寄るユリカ……しかしアキトは額に手を当てて、険しい顔をする。
「……お前な、あれだけのコトをしておいて……人に好きでいてもらえると思ってたのか?」
「どういう事だよ」
「ユリカの所為でな……ハチミツ食べたいって巣を壊された蜂に刺されたり……ボールを取って来いって車道に突き飛ばされたり……水族館で鮫のプールに突き落とされたり……」
 火星でのユリカの悪行がえんえんと暴露されていく。
「そんなコトしたっけ……?」
「した!!」
 そう怒鳴り返しながらアキトはシャツを脱ぐ!
 ジムで鍛えたのとも、何かのスポーツで作った物とも違う筋肉に包まれた体が顕わになる。
 顕わになる……が。
「うわ、すっごい傷……」
 何人かの女の子が一瞬顔を赤くするが、その傷だらけの体に気づいて顔をどきり、とさせる。
「この……大体半分はユリカにやられたんだよ」
 並大抵の数ではない。
「残りの半分は?」
「火星から連合が逃げ出してから……な」
 空気が冷めていくその時に、アキトがまた言葉を発する。
「風紀が乱れないように、隠れてすれば問題ないんじゃない?」
「え? それは困りますよ、テンカワさん」
「だって、艦内風紀のためなんでしょ? みんな大人なんだから、その辺は自粛してくれるだろうし。……教育に悪いことをするような奴もいないだろうしね」
 ルリに目をやった後、軽く手をポキポキと鳴らす。
 アキトの能力はもうナデシコ中に知られている。これ以上ない警告だ。

「そう言えばテンカワ、お前どうやって地球に来たんだ?」
 誰も聞いていなかったことを、ふと思い出したかのようにウリバタケが聞く。
 誰もが「思い出させるのも悪い」と聞かなかったことを。
「プロスペクターさん、俺の両親が何を研究していたか……知っていますか?」
「はい……まさか?!」
「偶然ですけどね、生き延びられたのは」
 誰にも分からない、しかし、意味深な言葉を吐く。

 

 そんな喧噪のない場所、フクベ提督の私室。
 落ち着いた和装、冷暖房完備のナデシコに置いて何故か置いてあるコタツ。
 ポットから湯を出しそのまま白湯としてズズ……とすする。
「そろそろ火星か……」
 その目は普段の穏和な彼の目ではなかった。

 

 激しい衝撃と共に揺れるナデシコ!
 危険を感じ、誰もが床に伏せる。
「ルリちゃんフィールドは!?」
「健在です! この攻撃、今までとは違う……迎撃が必要……」
 モニターに映るのは、火星をバックにした無人戦艦の大艦隊。そして放たれる光は激しくナデシコを撃つ!!
「…皆さん、聞いて下さい」
 顔を引き締め、立ち上がったユリカが宣誓する。
「契約書についてのご不満は分かります! けれど今はその時ではありません!!」
 一歩歩を進め、歩み寄る。
「戦いに勝たなきゃ、戦いに勝たなきゃ……お葬式ばっかり……私、いやです!」
 誰もが、そこで、まじめな顔のまま固まる。
「どうせなら葬式より結婚式やりたーい!!」
 場が一瞬で静まる。
「そう、そうよ!! 私は、私とアキトの結婚式がしたいの!!」
 告白とか、交際とか、求婚とか、そう言う物を一切すっ飛ばして結婚を持ち出してくる。アキトの顔には滝のように脂汗が流れているのが見えていた。
 ホシノ・ルリという特殊な環境下で育った少女には、かなり情操教育に悪い光景であり、これが後々尾を引くことになる。

 

 他のパイロットが武器を選び出撃しようとする中、ウリバタケがアキトに声をかけてきた。
「おいテンカワ、お前武器をどうする気だ?」
「無人兵器に生半可な武器は通じませんから、<竜牙>だけで良いですよ」
「それじゃ足りねえだろ? ……コイツ、持ってきな」
 そう言って指し示した先にあったのは、打撃兵器のディストーションブレードだった。位相解析を行うことによって同一の波形を再現、フィールドを中和して無効化し、そのまま敵を破壊する兵器。
「無人兵器は学習しますからね。使えないと思いますけど?」
「違う。実験中に分かったんだが、ディストーションフィールドは圧縮すると性質が変わるんだ。……プログラムがバグだらけでな。まあ、パイロットの技量に負う部分が大きいが使えるはずだ」
『ちょっと待て博士!! そのゲキガンソードは俺のじゃ無いのか!?』
「ふざけんな自爆王! テメエのような奴に、貴重な新兵器を任せられっと思ってんのか!!」
『この俺こそがナデシコのエース! 俺に使えない武器は……』
『はいはい、ちゃっちゃと行こうな、ちゃっちゃと』
『そうだよヤマダ君、さっさと行って、さっさとゲキガンガーの続き見ようよ、マラソンしてたんだからさ』
『お、おい! 俺はダイゴウジ・ガイだ! そこんとこいい加減分かれや!』
 両腕をがっしりと捕まえられ、無理矢理カタパルトに固定させるリョーコとヒカル。イズミは何故かお経を読んでいる。
『『『男らしく華々しく散ってこい!』』』
『ちょっと待て!! 今なんか……!!』
 コントが終わったところでアキトがウリバタケの方に向き直す。
「……切れ味は?」
「俺を誰だと思ってんだ? 役に立たない物を渡すと思うか? え? ……ま、電力消費量ががくんと跳ね上がった所為で、バッテリーを大量に積んでるお前の砲戦改じゃねーと扱えねえんだ。もっともバッテリーも一気に喰うから10秒もたんがな」
「……借ります」

「エステバリス隊、出撃!!」
 次々と飛び出すエステバリス、総勢五機。
 誰もが生きることを考える中、アキトのみが……火星に魅入られたかの様に、そして敵の姿に目の奥の炎……黒い炎をくゆらせていた。
『今度は守る。……例え、死んでもだ!』
 その呟きは、心から外に漏れることはなかった。

 

 

あとがき
 特に事件の無い回。
 さとやしの頭ではシミュレーションを持ってくるぐらいしかできないんですよ。
 他は殆どTVのまま。
 書いてて辛いですね、こういう時は。

 必殺兵器DFSへの布石を一つ、と。

 次回ようやく火星!
 やっと前期メンバーが揃う!
 けれど、アキトの精神状態はまた落ち込むな……予定だと。

 では!

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

さとやしさんからの投稿です!!

ぬう、今回は戦闘が無かった為に新型機は出ませんでしたね。

変わりに新兵器が出てたけど(笑)

何時作った、ウリバタケよ(苦笑)

お前さん、連日の徹夜に近い作業で追い詰められていたんじゃないか?

・・・ま、趣味と仕事は別という事か。

なんか、分かるぞその気持ち(爆)

 

では、さとやしさん、投稿有り難う御座いました!!

次の投稿を楽しみに待ってますね!!

 

感想のメールを出す時には、この さとやしさん の名前をクリックして下さいね!!

後、もしメールが事情により出せ無い方は、掲示板にでも感想をお願いします!!

出来れば、この掲示板に感想を書き込んで下さいね!!