機動戦艦ナデシコ <黒>
 08.温めの「冷たい方程式」→冷たい?「この程度」で

 

 幾つもの華のように、幾つもの命が散っていった。真紅の宇宙に咲く、花畑のような、爆発の軌跡。
 荒い息づかいだけが、そして誰かの断末魔の叫びだけが通信機を通して流れてくる。

 第四次月攻略戦。

『死にたくない、死にたくない、死にたくないしに……』
『うわあああああ、離れろ離れろ、離れろおおおおおおお』
『がっ……血? 血が……こんなに……?』
『ママ、ママ助けて、ママ……』
 旗艦・グラジオラス、そのブリッジはまさに地獄だった。
 戦艦である以上、艦載機であるエステバリス隊の状況は常に把握しなければならない。すべき物は、エステバリスの機体状況と、パイロットの精神状態。
 それを知るには通信しなければならない。
 そして聞こえてくるのは、到底楽しいとは言えない物だった。そして、モニターに映る彼らの姿もまた。
「艦長、防衛ラインを突破するバッタが出ています! 後退すべきでは」
「……一佐官である君の言うべき事ではない……」
 その男はつかれた目をし、自分の補佐である女性を見返した。
「……確かに木星蜥蜴と対等には戦えるが……上層部は、これでどうしろというのだ……」
 その言葉は、目の前の戦艦が砕け散るのと同時に放たれた。

 

 8ヶ月前。
 ネルガル本社、会長室。
 そこに来ていたのは、ミスマル・コウイチロウ。
 対応するのはエリナ・キンジョウ・ウォン。
「会長はどうした。人を呼びだしておいて、居ないなどとは」
「ネルガル会長ともなれば、人前には出られないと言う事情もあります。察して下さい」
 顔を見せたくないと言う意思表示。
「…そうか。では聞こう。君たちが連合と和解したいという、その理由を」
「ナデシコが、火星で連絡を絶ちました。また、最後の通信で確認できていた避難民も、現在行方不明となっています」
 ガタッ……!!
 コウイチロウは立ち上がり、悪鬼もかくやという表情でエリナを睨み付ける。軍の代表まで上り詰めた男の、激情を示すその目に、さしものエリナも動揺を隠せない。
「落ち着いて下さいとは言えませんが……軍は現在『ナデシコユニット』、いわゆる戦艦の強化用追加パーツとしてのグラビティ・ブラスト、相転移エンジン、ディストーションフィールドを欲しています。これは既に決定事項なのですが」
 エリナの言わんとする物は明白。
 ナデシコクルー全滅と、新装備の件については、既に軍上層部でケリが付いているという事。
 そして、ここでコウイチロウがその胸の内を、行動に移すことは間違いなく、民間人を死地に追いやることを意味する。

 どのような意図によるものか、木星蜥蜴の戦艦には中枢部の自壊機構が組み込まれていた。例え損傷を軽微に留めて撃破しても、解析すべき場所は残っていない。連合自身の手による解析は困難、いや不可能とされてきた。

 憤怒の表情を崩さないものの、コウイチロウは己を自制し、ソファに腰をかける。その勢いでか、ソファが悲鳴を上げる。
「……続けろ」
 言葉に込められたものは、あまりにも明確にエリナに突き刺さった。
「またナデシコ級二番艦『コスモス』はドック艦として軍のサポートに付くこととなります」

 この後も、事務的な会談は続いた。
 ただ、軍の上層部は現場の意志を無視し、自らの安泰の為だけにこのような行為に及んでいることだけは容易に知れた。
 軍の予算はあくまで税金でまかなわれる。
 よって、整合性を考えて一から戦艦を作るのは容易なことではない。
 そして取った手段はバランスを捨て、簡易版ナデシコとするためにネルガルの作り出した『ナデシコユニット』を装備することだけであった。
 現場の人間の命など、彼らの頭の中にはない。あるとすれば戦後の選挙活動のことぐらいだ。
 命を守るべき立場にいながら、最優先すべきは自らの保身。彼らがただの人間である以上、単純に非難できることではないが、軽蔑するには十分すぎる理由だ。

 そして、たった一月後に行われた装備艦と、非装備艦の演習は、木星蜥蜴への勝利を予感させるだけの結果を示していた。
 完全なる圧勝。
 しかし旧艦との比較でしかないこれは、連合の目をくらませるものでしかなかった。
 火星まで単独の航海を可能にした艦ナデシコ。自分達はその艦と同等の力を手に入れたと。
 木星蜥蜴と対等に戦えるだけの力を手に入れたと。

 

 その結果が、これだった。
 自己進化する機械。
 ディストーションフィールドの出力、運動性能、搭載火器の破壊力の向上。果ては敵の、エステバリスの性能を把握しての武器の選択。
 眩んでいた彼らの目は、仲間の死によって、本来の能力を取り戻した。

 映し出されたモニターを見て何人もの人間が吐く。既に通信士は5人目だ。
 その彼もまた、胃液でしかないそれを吐き出している。
 真空により、内側から膨張した物。爆発に巻き込まれ、元が『人間であった』と識別できる程度に焼き焦げた物。既に原型さえない、ミンチ以下の代物も。
 そう、彼らはもう「物」でしかない。
 このような異常な戦場、敵は全て無人、死ぬのは自分達だけ。このような場所で感傷に浸れる余裕など。

「……敵チューリップに重力波反応! ディストーションフィールド反応あり! 実体化と同時の撃破は不可能!」
「くっ……隙はないか……」
「敵、旗艦級反応! ……? 識別コード……ナデシコ!?」
「ネルガルのナデシコか!?」
 彼らの誰何の声の向こう側、スクリーンに映るのは、ナデシコ。多少傷が目立つものの、間違いなく10ヶ月前に地球の戦力をあざ笑うかのように力業で宇宙へと旅だった、あの……。
「チューリップ表面に亀裂確認! ナデシコ、チューリップを破壊しながら出現していきます!」
 放電現象が起こり、破壊されていくことが一目で分かる。
 ジガバチは寄生していた相手が蛹の時。その体を食い破って外界に現れる。ナデシコはそれを想起させる現れ方をしていた。
 音の聞こえないはずの宇宙。しかし重力子を放出するからか、真空を超えてグラジオラスブリッジ、その空気を直接振動させ、チューリップの壊れる音が響いていた。

 艦長の声を脇で聞きながら、副艦長であった女性はその長い髪をたなびかせて呟いた。
「帰ってきたわね、ミスマル・ユリカ。……私にアキトさんを返すために」

 チューリップは崩壊し、周囲の戦艦を巻き添えに炎を散らしていった。


 システムダウン……いや、フィールドを張っていることからすれば節電モードなのだろう。艦橋には最低限のモニターのみが生きており、闇の中クルーの顔を幾つもの光が彩っている。
 その中に、外部を映すモニターの正面に激しい光が映り込んでいる。
 その激しい光が目を覚まさせたのか、一人の少女がゆっくりと目をさました。
「戦闘中……艦長、どうしますか…?」
 その言葉の後、声が返ってこないことを不審に思い、周囲を見やる。
 格納庫にいたはずの新入り、ミフネという少年と、サクラバという女性がモニターの前に倒れている。少年の顔は女性の胸に埋もれるような形で抱き留められ、窒息の危機を感じさせた。ウリバタケが目撃すれば「抹殺対象者」にされるような光景だが、半分イタズラで彼女が良くやる行為と聞けば、彼はどのような行動に出るだろう。
 それを見ていた、起きあがっていたのはルリ。その光景を見て視線を下げ、一瞬後いつも以上の無表情を見せ、無機質とも言うべき声でオモイカネに命令を与える。
「艦長の捜索を。それと格納庫内にボリューム最大で目覚まし、エステバリスの準備をさせて」
<了解>

 艦内の随所、特に格納庫にジリリ……という目覚ましの音が鳴り響く。
 整備員達は耳を押さえうずくまり、のたうっている。
 目を覚まさせるという一点においては、成功だった。ただその代わり、エステバリスの発進作業は遅れそうだ。

<格納庫はすんだ。艦長達は展望室で発見したよ>
「繋いで下さい」
<OK>
 そして、展望室の光景が映される。
 映ったのは三人。
 イネス・フレサンジュ博士。身体を僅かに屈め、子供を思わせる眠り方をしている。そしてその手はアキトの手を握っている。しかしそのアキトは全身から脂汗を流し、苦悶の表情でうなされている。
 理由はナデシコクルーなら誰でも聞いたことのある、艦長との経歴であろう。
 そう、ミスマル・ユリカ。その長い髪を持つ女性は、まるで自分を捨てようとする男に縋り付く女性のようにアキトの足にしがみついていた。
「……オモイカネ、録画開始」
<了解……ルリ、血圧、脳波に異常が……>
「気にしないで下さい。……それより起こしましょう」
 学習し、成長するコンピューター、オモイカネ。彼はこの時「恐怖」を学習した。

『艦長起きて下さい、艦長、おーいやっほー』
 言葉自体は、楽しげに聞こえよう。しかし、その言葉の中にある、当人でも理由の分からない苛立ちは隠せようもない。

「う……」
 軽いうめき声と共に、アキトが目を覚ます。
「つ……何が起こった……?」
 頭痛がするのか、頭を軽く押さえている
『テンカワさん、おはようございます』
 アキトの体感気温は間違いなく下がっていた。
『テンカワさん、どうしてそこにいるんですか?』
「いや、俺にもさっぱり……確か格納庫でコミュニケ使ってて……アレ?」
 血の気が下がる。心拍数が上がる。汗が吹き出る。
「うっ……うわあああああっ!?」
 アキトはなんとか足を抜き出し、全力で壁の端まで走り去る。
「なっ……なな……何でユリカがココにいるんだぁっっっ!!?」
「というと、テンカワさんも知らないのですね?」

「む〜? あ、アキト……おはよ〜」
『艦長、これを見て下さい』
 寝ぼけたままのユリカに、いきなり外の状況を見せる。

 偶然ではあるのだが、外部カメラに急接近してくるバッタが映る。
 ブリッジにいれば状況を知ることが出来たはず。
 バッタが映り込まなければ、状況は違ったのかも知れない。
 ルリがもう少し、命令系統について疑問を持つのなら違ったのかも知れない。

「現在月軌道上で木星蜥蜴と交戦中、どうしますか?」
 しかしユリカは、この状況でもっとも有効な行動に出た。独立して行動していたナデシコにとって有効な手段に。
「グラビティ・ブラスト広域放射! 直後にフィールド張って後退!!」

 ルリは優秀だった。補助すべき者が誰もいない中、的確に「効率的に敵を殲滅でき、なおかつ味方への損害を抑える」射線を選んだのだから。

『なぁに考えてんだ貴様らぁ! 幸い逸れたから死人こそでなかった物の、そちらがヤるつもりなら、こっちにもぉッ!?』
 抗議していたグラジオラスの艦長が、画面の端に吹き飛んだ。
『ミスマル・ユリカッ!! 私を亡き者にして、アキトさんを奪うつもりねっ!!』
 長い髪を振りかざし、美人だがキツイ表情の女性が現れる。
「あ、カグヤちゃん、大丈夫だった?」
『大丈夫? じゃありません!! あなたはアキトさんをこっちに引き渡してさっさと何処かへ行ってしまいなさい!』

「あの子、艦長やテンカワ君の友達なの?」
 いかにも楽しそうな表情でミナトが、事情を知っていそうなジュンに尋ねると、こちらは疲れたという表情で答える。
「士官学校時代の同期で、ユリカとは火星時代からの友達らしいんだ」
「『友達なんかじゃありません!!』」
 同時に声を荒げ、ジュンを睨み付けた後、同時に向き直り、殺意を隠そうともせずに睨み合う!
「そうよ、アレは敵なの! ルリちゃんグラビティ・ブラスト最大収束、目標グラジオラスブリッジ!!」
『負けません、主砲二連装グラビティ・ブラスト! いいこと! ミスマル・ユリカを狙いなさい!!』

 アスカ・インダストリー社長令嬢カグヤ・オニキリマル。
 本来であればナデシコの副官としてスカウトされるはずの優秀な、極めて優秀な人材だった。
 しかし彼女がアスカの人間であったことと、ユリカとの諍いから断念せざるをえなかった。

「止めて下さい艦長、相手は連合の戦艦です! 味方なんですよ!!」
「やーっ! アキトに群がる害虫はやっつけなきゃダメなの!!」
 ユリカを羽交い締めにするゴートと、説得しようとするプロスペクター。しかしユリカは明らかに暴走していた。

『止めて下さい副長! 幾らなんでも民間人を虐殺なんてしたら……!』
『いいのよ! やられたらやり返す! あっちから攻撃したんだから正当な報復行為よ!』
 アスカの影響が怖いのか、艦長が副長である彼女の敬語を使いながらしがみつくように押さえつけている。

 

 格納庫。
 アキトは砲戦改の中にいた。EXはまだ宇宙用にはなっていないし、コンテナの中身を使うほど、まだ自分に自信がない。
 そして何より。
 遮蔽能力を限界まで高めているから、誰かが余計な通信を入れてくる心配もない。
「エステバリスの中が……こんなに落ち着くとはな……」
 初めての感覚であったろう。死地の中と同等であるエステバリスの内部。どうやら彼にとっては、ナデシコの中が、特にブリッジからの通信の居心地が悪いらしい。

「それにしても艦長……何であんな所にいたんですか?」
「そうよねぇ、ここにいれば味方に攻撃なんてしなくてすんだのに……」
 そこで何かを思い立ったのか、ユリカはあそこにいた人間に答えを求める。
「ねえアキト、何で…あれ。繋がらない?」
 アキトに呼びかけるが、コミュニケに反応がない。
「テンカワさん、既にエステバリスに搭乗しています。……着信拒否」
「ルリちゃん、強制介入、アキトに繋いで!!」
「はい」
 命令系統が整理されているのか、それともアキトの顔を見てみたいと思ったのか……ユリカの命令で滅茶苦茶な結果が出たばかりだというのにルリはオモイカネに命令を下した。

 アキトは目を瞑り、考え事をしていた。
「はあ……、まあ悠さんなら悪いようにはしないだろうし、建前もあるだろうから、草壁も手は出せないはずだ。アイツラは正義かぶれだしな」
 誰もいないからか、いつもなら言葉にしない言葉を紡ぐ。
「それにしても、フミカさんは相変わらずだし、トウヤも助けてくれないし……アオキさんに至っては、刀が怖いし……」
 段々と愚痴になっていることに気づいていない。
「ま、向こうに着いたら……あ、零夜ちゃん経由でアイツに手紙を渡してもらうってのもあったかな……」
『零夜ちゃんて、誰です?』
「向こうにいたときの友達……で?」
 自然に聞こえてきた声に、つい答えながら、そのことに気づく。

 驚いて目を開くと、いつものメンツがウインドウに映り込んでいる。しかも、何故か見た瞬間背筋に寒気がするような美人が一人、多い。
『じゃあ、アイツってどなたですか?』
「しゅ、修業時代の、友達で……」
 その美人の声に、反射的に答えてしまう。アキトは思った、この声はユリカの同類だと。
「あ、あのそれよりあなたは…」
『ひどいっ! アキトさんは私のことをお忘れになったのですかっ!?』
『忘れられてるんじゃ、カグヤちゃんも大したこと無いよね〜』
 何を言っている、と彼らは思った。ユリカ自身も、自ら名乗るまでは忘れ去られていたというのに。
 アキトの視点からすれば、「ユリカ=不幸の女神」「カグヤ=災厄の女王」。彼女達は過去の悪行を忘れ、全ての行動、アキトの怪我を「自分を愛する故に」と改竄していた。人間、不都合な記憶を覚えていることは少ない。その典型といえよう。
「カグヤ……ちゃん? ユリカのいっこ向こうの家だった……?」
『思い出していただけたんですねっ、そうです、カグヤです!!』
 その時、アキトは悟った。
 人は(精神的な)ストレスで死ねると。

 

「ねえねえリョーコ、まったまたライバル出現だよ?」
「かなりの美人……これは危険ね」
「だから、その……俺はアキトのことは……」
 段々と顔が紅くなり、言葉も尻窄みになっていく。
「あら〜リョーコ、いつもは『テンカワ』って呼んでるのに、こんな時だけ『アキト』〜? どうしちゃったのぉ?」
「きっとライバルが増えてるからね……意識してるのよ」

「ふっ……俺がダイゴウジ・ガイだ!!」
 新入りパイロットに自分の名前を印象づけようとするガイだが、その目論みもあっさりと崩れてしまう。
「聞いたわよ、ヤマダ・ジロウ君」
「魂の名前って……マンガじゃないんですから」
 フミカもトウヤも、既にアキトに聞いていた。ナデシコには特殊な才能を持つ人間が大量にいて、その中でももっとも不死身に近い男がいることを。
「ゲキガンマニアのジロウさんでしたね、確か」
 的確だが、トウヤの一言はかなりキツイものだった。

 

『でね、アキト。どうして私達があんな所にいたか分かる?』
『私も興味ありますね』
『私も……』
 何故か、女性陣の顔ばかりが増えていく。背景の一部に、塩の柱と化したジュンが居るのはいつものことか。
「俺だって分からないよ」
 これは本音。ボソンジャンプが何であるかなど、彼とて詳しくは知らない、知っている事と言えば長距離をごく僅かな時間で移動できること、出現時間に僅かな異常が出ることぐらいのモノだ。
『じゃあさ、私が何となく歩いていって、アキトが私を追いかけてきたって言うのは?』
『艦長をですか? 寝相が悪いとは思っていましたけど……』
『ユリカさんをアキトさんが追いかけるなんてありえませんしね〜』
『ユリカさん、子供時代からアキトさんに嫌われてましたし』
『それはカグヤちゃんの事じゃない! 私とアキトは子供の頃からずっとラブラブよ!』
 段々と、話題がずれていく。しくしくと痛む胃と、全身を包む悪寒、止まらない脂汗。それらはアキトに決断させた。


「テンカワ、砲戦改! 無人兵器迎撃に出ます!!」
 ナデシコを取り囲む敵の中に完全武装で……逃げ込んだ。
「ちょっと待てテンカワ! ……各自散開、各個撃破!! 状況に応じて敵を撃て!!」
「了解」
「了解!」
「何でおめーが命令するんだよ!」

「ナデシコはそのままディストーションフィールドを張って下さい。グラビティ・ブラストのチャージは忘れずに!」
「「りょうかい」」
 命令を下したまま、ユリカは先程の、展望室のことを考え始める。イネスさえ居なければ、あのまま……と。目の色が尋常ではないあたりが、ジュンの涙を誘う。

「あのう、艦長……ちょっとお話が……」
「うふ…ふふふふ……うふふ…」
「艦……長……? あの〜」
「あ、何かありましたか?」
「本社から、お話があるそうで……」

 

『いっただきぃ!!』
 ライフル斉射! なおかつフィールドを張り、高速移動!!
 しかし、今までなら必殺の攻撃であったそれも、ライフルによってフィールドの弱体化した数機のみを破壊するに留まった。
 後背を突かれまいと、背後を振り向いたヒカルに見えたのはそのような光景だった。
『ええ〜? ウソォ。10機中3機だけ?』
 ヒカルのカバーに入りながらイズミが冷静に分析する。
『バッタ君のフィールドも強化されているみたいね』

『上等じゃねえか。……ドツキ合いなら、こっちのモンだ!!』
 その言葉通り、リョーコの乗る機体の周りで炎が上がる。
『そういや、テンカワはどうした? それと他4名!』
『……テンカワ?』
『テンカワ……』
『『テンカワぁ?』』
 此処でもまた、戦場の緊張感とは程遠い光景が繰り広げられていた。

『お……おおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっ!!!』
 激しい咆吼と共に、左の牙で割り砕き、右のナイフがバッタの腹を切り裂いていく。
 全身のバーニアを互い違いに動かし、慣性を殺さずに瞬時に方向を変え、急角度で動きを変化させる。もし砲戦改の機動を見れば、ガラスに入ったヒビのように見えただろう。

『おー。アキトのヤツ飛ばしてんなー……っと、俺も負けてられるか!!』
 ガイもまた負けてはいない。
 エネルギーフィールドの影響下であることを目一杯利用しての、限界出力での機動。冷却系のカウントに気をつけなければならないものの、丈夫の一言では説明できない程に強靱な身体を持つ、彼にしかできない戦い方。

 そんな激しい戦闘の繰り広げられる宇宙空間とは別に、格納庫も活気づいていた。
 エネルギー兵器であるラピットライフル、イミディエットナイフならともかく、一部の実弾系兵器を使う機体もある。その為の用意は、行わなければならない。
「ふむ、これがウリバタケさんの家族ですか」
「まあな。口うるさい女房に、生意気なガキ。娘は可愛いんだけどな」
 家族の写真を見ながら、アオキとウリバタケは、お茶を飲んでいた。お茶請けには食堂から取り寄せた羊羹である。
「家族とは、そう言うものですよ。現に私も、随分と苦労しました」
「……ッと、すまねえ。火星は……」
 そう、火星はもう、見捨てられた土地なのだ。あの時残った人間が、例え合意の下で残っていたのだとしても。
「気にしないで下さい。女房とは死に別れて5年になりますし、子供もいませんでしたから」
「え? でも先刻の口振りじゃあ……」
「孤児院の院長などしていました、空港テロの孤児を引き取ったりもしました」
「そうか……ま、勤務中だから酒は出せんが、飲んでくれ」
 そう言って、茶を呑む。
「少し、苦いな」
「ああ、そうだな」

 

 モニターに映るのは、暴れるという表現がぴったりのエステバリス隊、特にアキト。
「隊長、何か荒れてません?」
「そうね、アキ君の言っていた『幼なじみ』に会ったんだから、ストレスも溜まったんでしょ」
 エステバリスにも乗らず、フミカとトウヤはブリッジで観戦していた。
 ご丁寧にコーラとオレンジジュース、ポテトチップスなどを持ち込んで。
「ま、話半分としても、普通の人間なら死ぬようなことを『三日に一回』のペースでさせられたそうですし」
「あの傷も酷かったわね。確かユリカって女の子に、動物園の熊の檻の中に落とされたって言う背中の傷」
「いえいえ。カグヤさんという方に山登りに行って崖から落とされたときの足のスパッと切れたような怪我も」
 いなくなっている、まさに「鬼(ユリカ)の居ぬ間の洗濯」状態。過去の悪行ばらし放題だ。
 准看の資格を持つメグミも、青い顔をしているし、ミナトもげっそりとし、ジュンは何となく気が晴れたような顔を。ルリだけはオモイカネに記録を命じていた。

「そこのパイロット。何故此処にいる」
 居丈高に問いただすゴート。別に気取っているわけではないが、このような発言は不味い。
 ヒュン。
 何かが空気を切り裂き動く音。
「……黙ってろ、ネルガルの飼い犬」
 いつもの気弱な口調が一変し、憎しみそのものといった顔のトウヤ。構えた右手から伸びた銀色の光は、ゴートの首へ繋がっている。
「僕が軽く手を引けば、首が落ちるよ」
 この時彼らが感じたものは、この少年がアキトと同じ何かを持っていること。
「あ〜……私もだけど、このトウヤも、ネルガルの利権の為だけに家族を殺されてるの。だからネルガルの人間をかばう気は全くないから、土下座なり、なんなりして助けてもらった方が良いわよ」
 ゴートには知りようも無いことだが、この二人はユートピアコロニー空港テロの生みだした孤児。共に戦った火星の研究者達ならともかく、本社の人間に遠慮する理由は、何処にもない。
「ま、私達の機体は火星を守るために特化した機体で、宇宙用じゃないから、此処で見てるのよ」
 シュ……。
 トウヤの腕が僅かに霞む。彼の手が緩んだとき、ゴートの首は無事だったが、一周する形で血が滲んでいた。

「…エステバリス!?」
 周囲には敵しか居ない。表向き味方だった連合も撤退した。いるのは、全て敵。
 登録した味方機は、遠くにある。
 何より背後に回るのが味方の動きか。
「ハァッ!!」
 右手のナイフを瞬時に逆手に持ち替え、肩だけではなく、バーニアを右半身は前面に左半身は後方に吹き上げ、瞬時に転換し背後の機体に斬りつける。
 サツキミドリ二号でのこともあるから、目に映ったそれも、敵だと判断する。
 グジャアッ!!!
 激しく、防御に使った相手の腕を砕きながら、向き直った瞬間、左手に意識が……
「ま。待った! 味方だ、味方!」
 龍の牙がアサルトピットごとフレームを真っ二つに引き裂く瞬間、アキトはそれが有人の、味方機であることを認識した。
「……戦闘中に背後に回るな、紛らわしい」
「……ここは危ないから、引き離そうと思っただけだよ」
「…危険?」

 目の前の不審な機体を見るその目に、激しい光の軌跡が現れた。
「……多連装のグラビティ・ブラストか……」
「知っているのかい?」
「火星で毎日のように見たからな」

「敵、二割方消滅」
 ブリッジが信じられないという態度をとる中、見慣れた光景に動じないのが二人。
「第二波、来ます」

 

 帰投するエステバリス隊。
 大した損傷はないが、わざわざ警告に来た青い新型のみがボロボロになっている。
「何だ何だ新型かよおい!? …つーか、後ろを取っておきながらここまでされるなんざ、パイロットはスカだな」
 驚愕のウリバタケ。その目は常の如く、エンジニアの血が騒ぎ立てていることが分かる。
 しかしその場にいた、他のパイロットにしてみれば違和感を感じさせるものだった。
「しかし新型なんていつ作ってたんだ?」
「ホントだよ。アタシ達のが最新型じゃなかったの?」
 答える声があった。
「それは誤解さ」
 作った声が、開放され始めたコクピットから聞こえてくる。
「君たちが火星に消えて八ヶ月。地球側も新たな力を得たというわけさ」
「誰だお前は!?」
「俺はアカツキ・ナガレ。コスモスから来た男だ」
 面長で、髪を肩まで伸ばした男。いわゆる美形だが、その目には何処か冷たさがあった。

 

 ナデシコ二番艦コスモス。
 ドック艦という、常識を外れたその艦は、艦隊を左右に開き、ナデシコを中に収容していく。

 ナデシコが収容されたその中で、説明が行われていた。
 チューリップを通った際に、外部では八ヶ月が過ぎていたこと。
 ネルガルと連合の共同戦線で月面が奪還されたこと。
 そして、ナデシコが地球連合海軍、極東方面に編入されること。

「アタシ達に軍人になれって言うの?」
「そうじゃないよ。ただ一時的に協力するだけ」
 その中で、組み込まれた後、どうするのかと言うことに思い当たる。ナデシコ本来の目的はどうなったのかと。
「……火星はどうします?」
「勝てない以上、どうしようもありません。当社といたしましても、そのようなことは出来かねます」
 プロスペクター、あくまで冷徹。彼は損得勘定のみを、前面に押し出している。
「俺たちゃ戦争屋ってか?」
「それがいやなら、降りればいいんじゃないの?」
 ウリバタケの愚痴にアカツキが茶々を入れ、賛同する者が出た。
「そうか。なら俺は降りるよ」
 それは、断固たる決意。誰にも、曲げることは出来ない。

 

 相も変わらず、ゲキガンガー一色のガイ・アキトの相部屋。
 ガイの趣味色が強すぎることや、彼がいつも遊んでいることもあって、ユリカも滅多に踏み込んでこないアキトにとって、心安らかになれる場所。
 そんな場所でアキトは数少ない荷物を、購買部で買ってきたリュックに詰め直す。ホウメイから譲ってもらった僅かだが貴重な調味料、衣料類。何となく怖いので、古くなった下着類は徹底的に切り裂いて焼却。ゴミには出さなかった。

 これについてY.M嬢のコメント。
『え〜下着ですかぁ? 中身には興味ありますが……いえ、貰えるなら貰います』
 これを聞いたA.T氏のコメント。
『やっぱりか、……ユ○カ……』

 ガイは壁一面に大写しになったゲキガンガーから目を逸らすことなく問う。
「なあアキト、やっぱり降りるのか?」
「ああ。……どうもここ最近、ストレスが溜まる一方だし、軍に協力する気なんて0どころかマイナスだからな」
 口が歪んでいる。
 ガイとて、ナデシコが地球圏脱出の際に連合の執った手段は忘れていない。アレだけの戦艦を本当に「拿捕」に使う気だったのかは怪しいものだった。下手をすれば連合は自らの体面の為だけに「救助船」を沈めるつもりだったのだから。ネルガルにしても、その連合と手を組んでいる。
「ガイはどうする気だよ」
 問われてすぐに返せる問題でもない。
 ふむ、と一つ唸り、いつもの「ヒーロースマイル」を向けて言い放った。
「俺はヒーローだ。誰かを助けるために何処にいるかなんて問題じゃねえ。助けるために此処にいるんだ」
「らしいな。羨ましいよ、そう言う考え方」

 カシュ。
 空気の音と共に、入口が開き、一人の男が入ってきた。
「やあ、ちょっと良いかい?」
「よう新入り、どうした?」
「ガイ、そいつは『新入り』じゃない」
 言葉の中に、何かが潜んでいた。
「ん? ああ、連合と組んでるって意味じゃ先輩ってとか」
 言葉が伝わらないのはもどかしい事だが、通じない方が好ましい事もある。
「いやね、撃墜数トップのテンカワ君がどうして艦を降りる気になったのか、それを聞きたくってね」
 撃墜数トップ、つまりは、戦闘中にもっとも戦力になると言う事であり、生存率を上げるためにアキトがいなくなるのは痛い。可能ならば理由を聞き原因を取り除くべきだろう。
「ネルガルに愛想が尽きた。軍は自分の保身しか考えていない。政治家は自分の言葉が何を招いたか考えていない。この状況で、どうしろというんだ」

 

 ブリッジでも、この問題に揺れていた。
 事実、軍との和解は望ましいことであり、人を助けるという目的は果たしやすくなる。火星の北極でのプロスペクター達の出した不可解な命令よりも何倍も納得できる理由だ。
「ユリカはどうする気だい?」
「私は〜、『お父様の娘』じゃない自分になりたかったから……なるために此処に残るわ」
 つまりはアキトを追いかけて降りると言うことはない。
 ジュンは一縷の望みを繋ごうとしたが、その一瞬後、ほどけた。
「だからジュン君も、アキトを残らせる方法を考えてよ」

「副長も、相変わらず不幸よねぇ。メグちゃんとルリルリはどうするの?」
 肩が凝るのか、軽くマッサージをしながら隣の二人に聞いてみる。何となく「黒いオーラが飛んでくる」のは気のせいと、思い込もうとしているようだが額に浮かんだ汗はそれを裏切っている。
「私は……帰れば声優に戻りますけど、此処で投げるのは『逃げ』になりそうだから残ります」
 メグミは、そう考えているようだが、続くルリの言葉は驚愕だった。
「私は養父母に金でネルガルに売られました。まだ自由にはなれません」
 人身売買。
 その言葉に、ブリッジの目がたった二人に集中する。
「私達は、彼女の両親に正当な報酬として渡しただけですから」
「でも、犯罪よね?」
「いくらつぎ込んだか知りませんけど、それは犯罪です」
「気にしないで下さい。ナデシコのオペレーターは私にしかつとまらないんです。仕方ないじゃないですか」
 ここで、ジュンが疑問に行き当たる。
「ちょっと待て。とすると、ホシノ君をオペレーターにするのを前提にこの艦を作ったって事じゃないのか?」
 とすれば、彼女の拒否権は最初から無かったことになる。
 年齢的には小学校で友人達と談笑しているであろう子供を、金銭でつり、戦場へと駆り出す。
 例えそれが正当な契約であったところで、法に触れるのは間違いない。
 ブリッジは、混乱の様相を見せていった。

 

 格納庫はまた、別の様相、喧噪を見せていた。
 話題の主は、初めて来た途端に整備を必要とする、新型零G戦フレーム。それの持ち込んだノウハウの旧型機への反映。
 そして、アキト達が火星から持ち込んだキャリアと、開放できない積み荷のコンテナ。

「変わったような……変わらないような……」
 何人かが、組み込み作業を始めていた。
 実際、ジェネレーター自体は実戦のデータから小型化・高出力化は進んでいたし、装甲も逐次強化していた。OSもコンピューターの専門家ウリバタケの組み直したハードに合わせてルリが組み直した。
 むしろフィードバックによるシステムの洗練が進んだ現在においては、旧型機であるナデシコタイプの方が強力でさえある。
「ま、装備可能な武器が増えただけ良しとするか」
「じゃ、こっちに機材を回すか」
 そう言いつつ、コスモスから供給された機材を火星から同行した機体に組み込み始める。実際のところ零G戦フレームと言ったところで、現実には宇宙用と言う事で全身に配置された姿勢制御用のスラスターぐらいのものだ。他の機体との変更点は他にない。

 それを見ている人間がいる。
 火星からの合流組だ。
「いいんですか、姉さん? どうせ僕達はもう降りるのに」
「いーのいーの。くれるってんだから、貰っておきましょうよ」
 二人の向こうで、作業が始まっていく。
「何だ、お前らも降りるのかよ。この機体も無駄になっちまうな……」
 聞いていたウリバタケは、そのことに無駄な作業をしているのか、と言う表情を作る。
「なりませんよ」
「ええ。使わせて貰いますから」
「だって、降りるんだろ?」
「「この機体は、個人所有ですから」」
 二人、声を合わせて。
「ま、そういうのもアリか。宇宙での戦闘したことは?」
「ありませんよ。必要なかったし、余裕もないし」
「シミュレーターで……計6時間ぐらいなら」
 何とも心もとない限り。
 しかし、機体を見たことでウリバタケは彼らが凡庸なパイロットではないことを知った。訓練さえ積めば、一流以上であると。
 それ以上にウリバタケには知識欲が強い。聞きたいことを隠しておけるほど器用でもない。
「で、あのコンテナ……中身見たいんだけどよ」
「後悔しませんね」
 そう言って、フミカはにっこりと薄ら寒い笑みを向ける。
「おい、何かあるのか?」
「後悔しませんね?」
 トウヤ、こちらは全くの無表情。
「あ、ああ……」
「ならアキ君の許可貰ってきて下さい。じゃないと、中身が暴れ出す危険性がありますから」
「死人が……三桁は出ますよ」
 乗員が200人程度のナデシコで三桁の死人、つまりはナデシコが無くなると言う事か。

 食堂。
 人間の生きるための基本、食。
 ナデシコ食堂、味の良さもあるが、明るい雰囲気と可愛らしい女性スタッフのおかげで客足は伸び、現在は乗員数とほぼイコールである。
 食堂が空いてきたのを見計らって、手を休める。
「テンカワは降りるらしいけどね、アンタらはどうするんだい?」
「チーフこそ、どうされるんですか?」
「アタシは残るさ。みんなのご飯、作らないといけないからね」
「じゃ、私も残ります」
「私も」
 みんなが賛同する。ホウメイという女性の腕と人格に惚れ込んでいるのだ。
 しかし、気がかりはある。
「テンカワさん、本当に降りちゃうんでしょうか」
「寂しくなっちゃいますね……」
「なら誰か、身体張って止めてきたらどうだい?」
 そう言って、軽く笑う。
「流石に……それやったら逆に嫌われそうな気がします」
「艦長の同類にはなりたくないし」
 流石に酷い言われようだが、ユリカに対する評価もそのようなものだ。

 

 コスモス。
 多連装グラビティ・ブラストを装備しているとはいえ、ナデシコを収容している状態では戦闘は好ましくない。
 そして彼らは今、戦場にいる。
 戦場が膠着しても、敵は襲ってくるのだ。

「……これがナデシコでのラストバトルか」
 少なからず感慨を含みひとりごちる。そんなアキトに近寄る者が一人。
「なあテンカワ、本気で降りるのか?」
「リョーコちゃんか……ま、やることはあるし、ナデシコですることはない、だから降りる」
「……俺が残って欲しいって言ってもか?」
 軽く頬を染め、目を伏せる。恥じらいの表情を見、アキトは動揺する。
「リョーコちゃん?」

「おお!? リョーコ、ついに動いたわね!」
「テンカワ君がどう出るか……見物ね」
「しかしアキトのヤツ決心はかなり強いみたいだぜ」
「だからこそ面白いのよ。もし残るって言えば、リョーコの一人勝ちは決定だもの」
「それは面白くないわね。波乱は多ければ多いほど、私達には楽しいもの」

「……ウリバタケ君、この艦はいつもこうなのかい?」
「おめーもこの艦に乗る以上、そのうち染まるだろうよ」
 呆れた様子のアカツキと、ブリッジへ中継をするウリバタケ。その目は見事なまでに血走っている。

 タタタタタタタタタタタタタタタタタ……
 誰かの走り来る足音。
 それを聞いたアキトは、これから何をすべきかを知り、実行した。
 すなわち、戦場への逃亡。
「テンカワ、砲戦改、出ます!!」
 鮮やかと言うしかない、見事な手際だった。キャリアに積んだままだった機体に飛び乗り、さっさと起動し、カタパルトへ。この間僅か5秒。

 ドン!!!
「アキト、何処!?」
 現れたのはやはり、ユリカだった。その目はカタパルトに消える砲戦改の後ろ姿から、リョーコへと。
「スバルさん、泥棒ネコみたいな真似は止めて下さい!!」
「どっど、泥棒ネコとはどういう事だ!! 艦長こそ『昔の女』の分際でいつまで付きまとうつもりなんだ!!」

「……色男だねぇ、テンカワ君は」
「何でアイツばかりがモテる」
「ここにも鈍いのが一人」
「そう言うんじゃないってば」
「けどテンカワ君、艦長が来なかったらなんて言うつもりだったのかしら」

 

「……アレ? アカツキはどこ行った?」
 戦闘終了後のブリーフィングルーム、最初の一言はそのような物だった。
 考え事をでもしていたのか、アキトは暫くそのことに気づかなかった。
「どっかでナンパでもしてるんじゃない?」
「リョーコなら、顔が赤いんで顔を洗いに行かせたわ」
「……そういや、アカツキの機体、格納庫にもなかったな」
「「「なに?」」」

「はい、確認しました」
 ルリがオモイカネの操作をしながら、答える。
 ブリッジにはどうも剣呑な雰囲気が広がっており、その行き着く先はゴート・プロスペクターのネルガルコンビ。そして本人以外は納得する、アキトだった。
「戦闘開始、およそ4分45秒後。フレームに動作不良が起こり、戦闘エリア外へ。スクラップと認識したのか、バッタも手つかずで月の向こう、エネルギーフィールド外へ飛んでいきました」
 オモイカネが即興で作ったのか、図解付きで説明された。
 ちなみにイネスはボソンジャンプについての研究に没頭、医務室は異空間となり、誰も寄せ付けない空間になっている。持ち前の天然からか、緑色だったり銀色だったりする栄養剤を平気で飲んでいるガイの姿も目撃されているが。

「……で、誰が助けに行く?」
「急いで下さい! 早くしないと死ぬ危険性が!」
 相談を始める彼らに、プロスペクターが慌てて促す。
「慣性運動中なら、すぐに追いつけますよ」
 ルリは全く気にしていない。
「バッタが出る可能性がある、誰かがエステで出るのが確実なんだけど、フィールド外だから砲戦、となればテンカワだな」
「そうだな。元々アイツのフレームに一撃くれたのアキトだしな」
「……そう、だな」

 

 とある事情から、生命維持系に特に改良を加えられた、いわばアカツキフレーム。それは太陽の届かない月の影にあった。
 幾つかのパネルを開き、無重力下で作業を行う。こういう時、独立した第三の手とも言える<竜牙>を持つ砲戦改は楽だ。バッテリーを入れ替え、蓋を閉じる。
「おいアカツキ、再起動できたか?」
「なんとかね。まさかいきなりフリーズするとは思わなかったよ」
 苦笑。
 本当に苦い笑いだった。
「さっき俺がやった一撃が原因らしい。フレームが歪んだ所為でエラーが出たままになって、演算系に負荷がかかったって言われたよ」
「しかし君が僕を助けに来るとは思わなかったよ。……君がね」
 声に、含みを持たせる。
「……後でプロスペクターさんに交渉を落ちかける。その時の口添えを頼みたい」
「本気で降りる気かい?」
「ああ」
「君は白兵戦が得意と聞いた。副社長の息のかかった研究所を調べてみるといい。僕には手が出せない、胸の悪くなるような研究がそこで進められている」

 

 担架で運ばれていくアカツキを見送ってから数時間。アキトはブリッジにいた。
 プロスペクターがいるのを見計らって、アキトは口を開く。
「オモイカネ、俺のスコア(撃墜数)は幾つだ?」
<チューリップ1、戦艦クラス56,旗艦クラス6,小型無人兵器634>
 無茶苦茶な数だが、火星宙域での「連鎖破壊」による撃墜を含んでいる。これでも少ないかも知れない。
「契約上のボーナスに換算するして、税金を抜くと?」
<およそ43億2千万円>
 何人かが息を呑む。
 特にプロスペクターは個人撃破した場合のチューリップに賭けられた一機30億と言う金額に激しく後悔した。
「……プロスペクターさん、これで砲戦改を買い取ります。どうせ誰にも扱えないし。それと運搬用のキャリアも購入します」
「仕方ありません。上の方からも話は来ていますから。しかしEXはおいていって貰います」
「いいですけどね。誰も使えない物を欲しがるなんて、ね」

 

 アキトはナデシコを降りた。
 付き添う形で、火星で共に戦った二人も。
 戦いの様相は、また変化していく。

 

あとがき

 第四次月攻略戦において、連合の戦艦は、無人戦艦の攻撃をバリアで弾いています。
 これがディストーションフィールドかは分かりませんが、火星での戦いと同様の愚を犯すことは流石にしないと思い、冒頭のような設定になりました。

 結局の所、学習によって無人兵器は進化します。
 大本が木星の「人間」である以上、対抗策は練るはず。いつまでも連合優勢のまま進むとは思えません。
 それに、途中にも書きましたが、このようなアンバランスな艦では、長期戦には耐えないと思います。
 その代わりといっては何ですが、「ネルガル製ではないナデシコタイプ完全版」の建造が始まります。原作の「アレ」ですね。コスモスでもカキツバタでもシャクヤクでもない。

 すみませんカグヤファンの方。
 後々のことがありまして、彼女には『ユリカとの過激な確執』を持ってもらわなければならなかったので、壊れました。

 ここで話が分岐します。
 話の流れ自体に変更はありませんが、理由や戦いに変化を与えます。

 

代理人の感想

 

確か、「八ヶ月後」の時点ではネルガルが供与した相転移エンジンとグラビティブラスト、

そしてディストーションフィールドをあらかたの艦艇が装備(換装)してたという設定があったと思います。

さとやしさんのおっしゃるとおり、少なくともディストーションフィールドとグラビティブラスト無しでは

月攻略など不可能でしょう。

 

 

で、取り敢えず色々変わる様ですが・・・・・・個人的には特にアカツキの動向が気になりますね。

後カグヤ(笑)。