機動戦艦ナデシコ<灰>

 エピソード1−3/ピースランド−2ndday

 

 二日酔いに痛むその頭を押さえつつ尋ねる。
「なあ、ナオ」
 こちらも頭を押さえながら。
「何だ。アキト」
「……ピースランドの警察署って、どこにあったっけ?」
「城の地下だが……」

 この辺は、大泥棒の三代目(劇場版)でも見てもらえば分かるだろうが、結局重罪人はもっとも侵入・脱獄が困難な場所、つまり城の地下深くに有る牢獄に閉じこめるのがもっとも確実になる。
 無論ヤバイ秘密もそこに隠されていることが多い。
 流石に地下深くとは行かないが、警察機構は城の一部を利用して作られていた。

「テロリストが上に居るのにか?」
「お偉いさんを人質に取られたか、警察が敵に従ってるかのどっちかだろうよ」
 辛辣に返してくる。
「時間、分かるか?」
「……08:55だが?」
 はあ、と息を吐く。約束の午前九時には、もう時間がない。
「力業しか、無いか」

 

 ショーウインドーの中を見ながら、アカツキはプロスペクターの報告を聞いていた。
「テンカワさんとの連絡がつきません」
「あっそ。じゃ、軍の陽動が始まったら教えて」
 ネルガルの会長は、アキトのことを「アレがたかがテロリストに殺されるような可愛い奴か」と思っているので、全く心配していなかった。
 現在の心配は、そんな物ではない。
「ミスター、何故私はここにいるのでしょう」
「……SPだからでしょう。私の方が聞きたいですよ」
 そう言って、手を軽く挙げる。

 アカツキ・ナガレは、人生最大の勝負に挑むことを決意していた。
 兄、そして父が死んだときネルガルを継ぐことを決めた。
 火星陥落の報を聞き、スキャパレリプロジェクトを立案、社長派に対してのアドバンテージを得ようとした。
 アキトに出会い、社会の裏……そしてその裏を知ることになった。

 しかし、彼が望むのはそんな物ではない。
 そう、彼がむさ苦しい男共を引き連れてまで、スケジュールを無視してまで、エリナのお仕置きを覚悟してまでここに来たのには意味がある。
 三日後、大使である千沙が木星に帰還する。
 その時までに「プロポーズ」する気でいたのだ!!

「……我々も流石にこの年では……宝石店は気恥ずかしいですな」
「……俺はまだ、若い……」
 そう言うゴートだが、宗教替えしない限り、結婚は難しいだろう。ちなみにプロスペクター、話芸巧み、多芸多才なこともあり、部下の女性達からの信頼は厚く、人気も熱い。

 

 

 ごうぅぅぅぅぅぅぅううんんんん……
 激しい音と共に、大地がそれ以上に激しく揺れる。
 エステバリスを用いた移動しながらの重砲撃。威嚇などではない。確実に城壁の向こうまで飛んでいる。
 ネルガルがある程度働きかけたとはいえ、世間の反感を買うようなバカな真似をしたのは連合軍……だった。
「ふん! テロリスト如き、アタシにかかればこの通りよ!」
 キンキンと気にくわないオカマ言葉で叫んでいるのは極彩色の毒キノコことムネタケ・サダアキ。
「て、提督!? 国王達が危険です、今すぐ砲撃をやめて下さい!!」
「ちょ、ユリカ?!」
 ジュンが止める暇もあらばこそ、ユリカがムネタケに向かって命令の撤回を求めた。
「何で止めるのよ。必要なんか無いじゃない」
 人を見下す、いやな目だとユリカは思った。
「有ります! あそこにはまだ救助すべき人物達が……」
「大丈夫よ。ちゃんと別働隊が動いているわ。それに失敗してもアタシの責任にはならないもの」
「……だからといって……」

 これで納得できるのなら、それは腐っているのと同じだろう。
 例え、救助部隊が居るとしても、実際に攻撃を加えるのだから。

 タッ……。
 ユリカは、振り返って走り出す。
「ユリカ、どこへ行くつもりなんだ!?」
「そんなこと、決まってるじゃない!」
 振り返ることなく、ユリカは真っ直ぐに城へと走っていった。

 

 牢が、揺れた。
 パラパラと天井から破片が落ちてくる。
「……始まったか」
「アキト、何か知ってんのか?」
「軍の攻撃だよ。威嚇もせずに、直接砲弾を撃ち込みやがった」
 そう言いながら、革靴を脱ぐ。そのまま、かかとを軽くコンコンと叩く。
 僅かにずれたそれを、ぐるりと180度回し、そのまま引き抜く。
 中身を取り出してカカトを戻し、はき直す。アキトの手元には、白い粘土のような物が残った。
「……用意、いいな……」
「この仕事、これぐらいの準備は要りますからね」
 呆れた声にも全く動揺しない。
 白い粘土モドキ(プラスチック爆弾)を鍵穴に詰め込み、ピアスを外し、中から二本のコードを取り出す。反対側の壁まで来て、皮膜を剥がしてコードを近づける。
「そうだ、ナオ……」
 注意しようとすると、ナオは既にスタンバっていた。目はサングラスで守られているし、耳はふさいでいる。口もきっちり半開きだ。
 アキトも同じようにし、バイザーを身につけ、コードを接触させる。
 シュ……チュンッ!!
 一瞬の閃光、続いて衝撃と共に熱を伴った、意外と間の抜けた音が響き渡る。
 タタタタタタタタタ……
 足音…異常を察知した警官達が走り寄ってくる。
「じゃあな」
「待てよ。……俺も行く」
「いいのか? 行けば脱獄になるぞ?」
 アキトの止めようとする声。それにナオはニッと笑って答える。
「こんな面白そうなこと、アキトだけにさせられるかよ」

 

「そう、そうよ! 何もかも壊してしまいなさい! テロリストが死ねば、作戦は終わりなのよ!! おーっほっほっほっほっほっほっほぉーっ!!」
 狂気の笑いを上げるムネタケ。それは、そこまでだった。
 ゴバアッ!!
 爆発さえせず、砲撃を行っていた軍のエステバリスの頭が失われる。
「な、なに!? 何が起こったのよ!?」
 頭を失いながらも、エステバリスはセンサーを稼働させ、敵を探そうとして、動きを止めた。
 失ったはずの頭の代わりに…手があった。
 黒い、黒い、闇色の手が。
 誰もが言葉を失った。
「<黒い悪魔>……何で、ここに……まさか、草壁派と手を組んだの!?」
 見当違いのことを叫ぶムネタケ。
 周囲にある全てのモニターが「否定」という言葉が埋め尽くされる。

 パシュッ……。
 軽い空気音と共にアサルトピットが開放され、パイロットが強制的に排出される。それは一機だけに留まらず、他の機体……全ての機体が同じ行動をしていた。
「じゅ、准将……ハッキングです! エステバリス、掌握されました!!」
 エステバリスのモニターが消え、一瞬の後、<juwel>とだけ表示される。
「システムダウン?! ……ウイルスだ、これは<juwel>だっ!」
「逃げろ! アレにやられたエステは……」
 ドンッ!!
 バララララララ……
 グシャッ!!
 パイロットを強制排出したエステは、誰も傷つけないことが分かっているかのように、的確に自分以外の機体の中枢だけを破壊していく。銃で撃ち抜き、ナイフで貫き、その手で引き裂く。
 首が飛び、腕は冷却剤を血のように撒き散らし、足下にいた兵士は皮膚を低温で灼かれる。
 激しい火花を散らし、大地に無惨な屍を晒しながら、倒れていく。
 そして、最後の一機は自らの中枢部に銃口を当て、引き金を引いた。ただアイカメラが動いただけなのだろうが、まるで愉悦に浸っているかのように……目が光った。
「何で……何でこのアタシの! アタシの作戦がこんな事になるのよぉーーーっ!!」
 そして、最後の一機が爆発を起こし、破片が散らばり……拳と同程度の大きさのそれが、ムネタケの頭を直撃した。彼が沈黙した後、即座に現れた衛生兵達は何故か「鎮静剤」を多めに打って、担架に担いで去っていった。

「なあ、ウチの衛生兵にあんなヤツいたか?」
「さあ? でもま、あの毒キノコを連れていったんだ。これ以上に喜ばしいことあるか?」
 一瞬考え込み、あたりにいた全員がこれ以上ないほどに声を揃えて、同時に叫んだ。
『無い!!』

 

 タタタタタ……。
 草壁派の兵士達の銃雨をかわし、ベルトから、バックルごと「引き抜く」。
 引き抜かれたそれは、軽く掴むと硬化し、一直線に変化する。両端に刃の付いたそれは、暗殺者の持つ剣のように刃が黒く、光を吸い込んでいた。
「アキト! 本当にこっちでいいのか!?」
「ああ! 敵が増えてるって事は、本陣があるって事だろ!」
 ガン! ガン! ガン!
 逃亡する際に看守から奪った銃を、敵の「手」に向かって打ち込む。
「ぐあっ!」
「ぎゃっ?!」
 撃たれた男達は銃を落とし、自らの手を押さえ、のたうち回る。
 落ちた銃はもちろん、拾っておく。
 軽く手を顔の前に持っていき、謝る真似をする。
「…やるじゃないか、ナオ」
「まあな。このくらい……前だ、アキト!!」
 ガウンッ!!
 狙撃。
 例え初速が音速を超えようとも、空気抵抗が速度を落とす。その銃声が届いたときナオは、アキトの頭を貫く銃弾が何故か見えた。そしてその一瞬後、それが残像であることを知り、アキトの手が霞んだ後、黒い剣が通路のはるか先にいたスナイパーの構える銃、そしてその肩を貫いているのを見た。
「……行くぞ」
「OK!」

 

 ラピスは目を瞑り、コンソールに置いた手に意識を集中させていた。アキトの事務所と違い、自動的にジュースやお茶請けの出るネルガルの会長室で作業に没頭していた。
「ロボット兵、キノコ狩りに成功……」
 ……先程ムネタケを連れていった衛生兵のことらしい。
「エステバリスも、全機破壊。……本陣内部にアオイ・ジュン確認。ミスマル・ユリカ……アレ?」
 言葉にしながら整理して、やるべき事を片づけていたのだが……ユリカが居なくなっている。アキトの言っていた、「戦争の悲惨さ」を教えるべき人間の内の一人。
「えっと……どうしよう」
 目を開けて手を組み、あっちを向いたり、こっちを向いたりと……百面相を始める。意外とこれが可愛らしい。
「どうしたのラピス?」
 近くをうろついていたエリナに声をかけられる。
 放蕩会長が居ないからか、ある意味「ウキウキ」したエリナは何故か、声をかけることを躊躇わせる何かがあった。特に今、胸ポケットに入れたメモ帳の中身が気になる。
「あ……エリナ。人を捜してるんだけど、見つからなくって……」
「ラピスに探せないの? ……だったら、ネットにカメラが繋がらない……どこか建物の中にいるんだと思うけど……」
 そんな場所は、城の中にしかない。
 ピースランドは銀行とカジノで巨大化した国。
 プライベートを侵さないギリギリまで、監視カメラが城の中へと街の情報を知らせている。
「とりあえずテンカワ君に伝えておいた方が良いと思うわよ」
 ことり、という音と共に、スライスしたアーモンドの乗ったカップケーキと、砂糖を2杯入れたダージリンをラピスの前に置く。
「……そうする」
 とりあえず、「ユリカがどっか行った」とメールを打ち、おやつを取り始めた。

 ラピス・ラズリ。
 研究所内で抑圧され、解放された途端に生来の順応性を見せ、ネルガルどころか世界を手玉に取る恐るべき少女。
 彼女に勝てるのはアキトと、美味しいおやつをくれるエリナだけ。
 この地球の経済は、たった一人の少女の気まぐれに支配されている事を知る者は、余りに少ない。

 

 一人の男をかばうように、両手を開き、自らの身を危険にさらすユリカの姿があった。
 背後に立つのはピースランド国王。腰が抜けたのか、ズリズリと、手を使って後ろに下がろうと足掻いている。
 銃を構えるのは、草壁派の兵士。目に迷いはなく、銃は真っ直ぐにユリカの向こう、国王の体をポイントしている。
 余りにも分かりやすい構図だった。

「……どけ。女子供を傷つける趣味はない」
「退きません!! 私が居なくなればあなたは国王を傷つけるでしょう……私は軍人である自分に誇りを持っています! 絶対に退きません!」
 あまりに真っ直ぐな目の光。
「そうか。なら……」
 男はその眩しさに顔を背け……そのまま、引き金を……。

 バサアッ!!
 黒い物が、天井から降ってきた。
 単なる布であるはずのそれは、自ら意志あるかの如くシュルシュルと銃に絡みつき、動きを封じた。

 ゴウンッ!!
「ぐわあああっっっっ」
 その瞬間、間を置かずに轟音が鳴り響いた。
 放たれた銃弾は黒い布に覆われた腕を打ち貫く。
 ガン、と高い音がし、銃弾ははじき飛ばされるが布には傷一つついていない。しかし兵士の顔を見れば衝撃が一切軽減されていないことが分かる。

 

 そしてユリカは、今までいなかったはずの黒い人影があることに気づく。
 手に持った黒い剣。
 バイザーによって隠された顔。
 漆黒の戦闘服。
「……<黒い……悪魔>……?」
「……ユリカ、何故ココに……?」
 言葉が、途切れる。
 思いが、募る。
 だが、ユリカの声が紡がれる前にアキトは一歩進む。
「ピースランド国王だな?」
「う……うむ」
 <黒い悪魔>の声に気圧され、国王の背には脂汗が流れていた。
「受け取れ」
「……?」
 そう言ってアキトが渡してきたのはコンピュータ用の記録メディア。
 外のケース部には「遺伝子解析並びに操作実験」と書かれている。
「既に解体されて久しいが、そこのデータに「ピースランド国王夫妻の遺伝情報を持った娘」が確認された。……会う気はあるか?」
「!!」
 ただアドレスを渡し、アキトは去った。

 

「ナオ、後のこと任せてもいいか?」
「ああ……しかしお前が<黒い悪魔>とはな」
「……色々あった。だから今の俺が……いる」
「そうか」
 その言葉を最後に二人は消えた。

「何で、私の名前を……。何で、こんな事を……でも、心が温かい……?」
 ユリカは、呆然と呟いた。また会うこと、その運命を知らずに。

 

 トン、トン。
 一ヶ月後、事務所の門を叩く音が聞こえた。
「開いてるよー」
 気楽に答えるラピス。
 アキトが居なくても、ラピスがチューンしたネルガル特製の「撃退機能」がこの部屋を偏執的に守っているのだ。安全性に気を配る必要はない。
「失礼します」
 入ってきたのはルリ。
 ここしばらくマスコミをにぎわせていた人物の顔を見てラピスは顔をしかめる。
「……何しに来たの?」
 憮然としているラピスにルリはにっこりと微笑み、さらりと問題発言をする。
「今日からここで働くことになりました、ホシノ・ルリです。……よろしく」

 そして、ラピスとルリが言い合っている中、テレビにはニュース速報が流れていた。
『本日、木星時間14:38、木星第2刑務所にて北辰(本名不明・年齢不詳)服役囚が脱獄。
 旧草壁派の兵士が手助けした模様』
『また、月の軍基地を襲った犯人も同一の者として捜索されています』
 これが世界をまた、揺るがす。

 

あとがき

 プロローグのあとがきに書いた通り、ロストに照らし合わせると、「北辰=スターゲイザー」しか無いのだろう。
 現在、北斗の役所をミリィにするか、「闇を撒く者」にするか思案中。
 ここまで書いて、配役で悩んでいる現状は一体……。この方が面白いと、考えながら書いているからとも言えますが。

 ちなみに今回の騒動、資金・武器調達の側面もありますが、実際にはナデシコシリーズ強奪、北辰脱獄のための物で、北辰派の下っ端を切り捨てて、組織を強化するための物でした。
 つまり今回のやられ役と違い、次に現れるのは精鋭となります。

 今回まで見てくれた奇特な方は「アキトが変」と思われるかもしれません。
 さとやしの解釈では、逆行アキトは「劇場版」の後遺症で「手段を選ばない」男になっています。目的達成のためには手段を問わない、いわゆるテロリスト思考。
 割り切っている、とも解釈できますが。

 次は、エステバリスVS巨大怪獣です。

 

 

 

管理人の感想

 

 

さとやしさんからの投稿です!!

う〜ん、さり気無くユリカにフラグ立ててます、この男(笑)

まったく、何やってるんだか・・・ってな感じですね(爆笑)

それにしても、最後の予告のエステバリスVS巨大怪獣って(汗)

あああ、またアキトの不幸が見れそうですね(苦笑)

 

では、さとやしさん、投稿有り難う御座いました!!

次の投稿を楽しみに待ってますね!!

 

感想のメールを出す時には、この さとやしさん の名前をクリックして下さいね!!

後、もしメールが事情により出せ無い方は、掲示板にでも感想をお願いします!!

出来れば、この掲示板に感想を書き込んで下さいね!!