機動戦艦ナデシコ<灰>

 エピソード2−1/……冗談じゃ、無いのか?


 例え技術がどれほど進もうとも、時間がどれほど流れようとも、人間が人間であることに変わりはない。
 つまり。
 西暦2196年、TVの番組も大して変わっていなかった。

 風呂から上がって、冷蔵庫からコーラを取り出す。
 その足でソファーに向かい、この事務所唯一のテレビに向かう。この多機能、多チャンネル時代に逆行するかの如く、ダイヤル式のテレビだった。

『今夜のスーパーXXXXXXは、『地球最後の秘境、大アマゾンに現れた巨大怪獣』をお送りいたします』
「ぷっ」
 200年前のコントのような、探検家ルックのリポーターが真面目にタイトルを読み上げる様を見て、アキトは吹きだした。

 冒頭にも書いたが、結局人間には違いない。
 世論は渋る南米各国を無理矢理押さえつけ、現在南米はほぼ全域が緑に覆われていた。環境保護団体の「人権>自然」という、自分達の姿を省みない運動は、このような形で実を結んでいた。
 とはいえ、今更巨大生物……新種の昆虫やサルならまだしも……と誰しもが思っていた。

『まず、これがその足跡です』
 レポーターが自分の足をその妙にのっぺりとした窪みに下ろす。
 1mは確実にあるだろう。
 ご丁寧なことに、湖から現れ、湖の中に帰っている。

『そして、この木をご覧下さい。途中からポッキリとへし折られ……』
 折れたと言うより、引きちぎられたと言うべきだろう。

 この時代のテレビには「同時翻訳機能」があり、ラピスがいじった所為か、「意訳」機能も付いている。
 訛りのきつい言葉には「方言」を当てるという機能が。

『では、現地の方にお話を聞いてみましょう。……お願いします』
『はあ……わすんとこのノラがバウバウ吠えんで、チト見てみたらアンタ、でっけえバケモンがのっしのっしと村の中を歩いてるんよ』
『あ、あんたも見たんか。妙に体のでっけえ、バケモンみてえな猿じゃった』
 訛りなのかどうなのか……どこの地方のものともしれない奇妙な言葉遣い。
 さっさと「意訳機能」を消す。
「ラピス……何考えてんだ?」
 それは誰にも分からない。

「相変わらず胡散臭いな……、誰かがエステでイタズラでもしたんじゃないか?」
 風呂上がりの一杯とばかりにコーラに口を付ける。
 口の中にシャワシャワという爽快感と、軽い痛みが駆け抜ける。
「くぅ……。にしてもラピス、こういう番組好きだと思ったけど……」
 この事務所には他にテレビはない。
 古くさい観念といわざるを得ないが、アキトはテレビを子供(ラピス)の部屋に置こうとはしなかった。

 そして、次の瞬間、理由を悟った。

『ご覧下さい! これが巨大生物<ブラックサレナ>によって破壊された……』
 大破した乗用車を見ることなく、アキトは事務所の3階……ラピスの部屋を目掛けてダッシュしていった。
 ちなみに、服はもう着ているから、ラピスの教育に影響を及ぼす心配はない。

 ドダダダダダダダダダダダダダ……ガチャッ!!!

 ビル全体に響き渡る様な轟音をたて、ドアを勢いよく開けると……ラピスはいなかった。
 テーブルの上にはエリナお手製と思われる、二頭身にデフォルメされたラピラピ人形……その下に置かれた紙には「ごめん」とだけ書かれている。
 飲みかけのオレンジジュースと、宿題であろう作文の原稿用紙。シャープナーに刺さったままの鉛筆がまるで「マリーセレスト号」のようだ。

 それを見て、アキトは心の声を、あらん限り叫んだ。
「やっぱりかああああああ!!!」

 

「どうしたんですか?」
 そんな暴走寸前のアキトに声をかけるのはルリ。
 依頼の解決後、アキトは自分の心を落ち着けようとナオと一緒にヨーロッパ中を放浪していた。ナオが途中でよったとある街で「運命の出会い」をした為、そこで別れることになったのだが……一月ほどして帰ってみれば、いつの間にかルリが三階に住み着いていた。
 例の事件における、全くの威厳のない父親に愛想を尽かして帰ってきたらしい。

 その声にアキトは我に返る。
 目の前の「彼女」に対して後ろ暗いことはないが、もう一人の「家族」のことを思い出して一瞬逃げ腰になる。
「な、なんだルリちゃんか……いや、ラピスがイタズラをしてさ、急いできたら、もう居なくなっていて……」
「あ、それは……はい、これです」
 ルリはアキトの目の前で、ラピスの部屋の壁の「ある一点」をコンコン……ココン……コン……とリズミカルに叩く。途端に壁がぽっかりと開く。
 まるで忍者屋敷だ。
「ここから逃げたんだと思います、テンカワさん、あんなに慌てていればラピスだって気づきますよ」
「い、いつの間に……」
 唖然とするアキトをよそに、ルリは言葉を続ける。
「今アカツキさんが真っ白な灰になっていますから……面白くないんじゃないですか?」



 その頃、ネルガル本社、会長室。
 ペタン……パラ……ペタン……パラ…
 紙をめくる音と、判子を押す音が機械的に部屋に響いていく。
「あー、うー。あー」
 それは真っ白な灰だった。無論比喩表現だが、それがしっくりくるほど、アカツキは燃えかすだった。

「全く……さっさと立ち直りなさいよ」
「そうですね……我々のサポートにもいい加減無理がありますし……」
 いらついた様子のエリナと、どこか達観した節のあるプロスペクター。

 各務木星大使が帰国する際に、アカツキ・ナガレは一大決心。プロポーズを敢行した。
 いつもはおちゃらけた態度を変えないアカツキも、この時ばかりは違った。
 髪を整え、いつも以上にひかる歯を見せながら、爽やかな笑みを浮かべて……まるで何処かの犬嫌いだが……千沙の手に触れ、胸の内を告げる。
「あんな事があったからじゃない。僕は、あなたが本当に好きなんだ。……これからも、僕と……一緒にいて欲しい」
 伊達男、気障男で売っている彼らしくない、稚拙とも思える言葉。
 しかし、だからこそ彼の本心を端的に表した言葉。
 それに応える声は。
「仕事を投げるわけにはいきませんから」
 一際強い風が吹いた。
 真っ白になった灰は吹き飛び、灰を集めて再生させた頃には……病院の上で一週間が経過していた。

 この時彼に意識があって、彼女が仕事を辞める決意をしていたことや、指輪を持ち帰ったことに気づいていれば、また状況は違っていたかもしれない。
 無論、彼を取り巻く環境は、「もう一波乱」を望んでいた。
 特にショートカットの女性の「一人だけ幸せにしてなるものか」という、執念の炎は、独り身の社員全員に延焼していた。

「……ところでゴートさんは?」
「……今日は火星に祈りを捧げるとかで……」
 それきり、沈黙が落ちた。
 二人の頭の中には「前衛芸術」の前で「猥褻物陳列罪」に問われそうな格好で踊り狂うゴートの姿が。
 部屋には相変わらず、機械的に仕事をこなす、壊れたロンゲだけがいた。
「取り敢えず、ナデシコシリーズの行方を追ってみます。…エリナさんはこの状況をなんとかして下さい」
「……手段は?」
「問いません」
 この時、エリナはこの目の前の男が、先代会長の頃からネルガルの中枢にいたことを思い出していた。その、底の見えない黒い目を見ながら。
 しかし、プロスペクターも甘かったと言わざるを得ない。この時のエリナに向け発したこの言葉が、後に何を引き起こすのかを知れば。

 

 当たり前だが、朝はいつも決まった時間にやってくる。
 季節ごとに僅かなズレがあっても、それで生活の時間そのものが変わるわけでもない。

 シャカシャカシャカ……。
 歯磨き粉をちょっと多めに付けて歯ブラシでこする。ラピスは年相応にイチゴ味。ルリは清涼感漂うミントの香りを愛用していた。
「……で、アカツキさんは立ち直ったのですか?」
「……まだ。どうも今回は本気だったみたいでね、人間不信が入っちゃってる」
 軽くクチュクチュと口をゆすいで、今度は鏡に映して確認する。
「エリナさん達は?」
「面白がってる。ゴートさんなんか、隙を見て勧誘(洗脳とも言う)しようとしてるし……」
 それも問題は多分にあるだろうが……。

 起きてすぐ歯を磨く。
 その後ご飯を食べてどうする、と言う人もいるかもしれない。
 しかしココでは、歯を磨いてから朝食を取る。
 学校の制服に着替えた二人は、アキトのいるキッチンへと向かう。

 香ばしい、そして何より食欲をそそる匂い。
 真っ白いご飯とみそ汁。だしの利いた卵焼きにちょっと焦げ目の入ったお魚。
 理想的な和食。

 ……並んでなかった。
 その代わり、アキトの顔が、ただひたすら怖く見える顔があった。
「……ラピス、この間の言い訳は聞いた。……今度は何があったんだ?」
 視線の向こう、テレビに映し出される光景は、この間の特番と同じ、アマゾンの怪獣について。
 ……朝っぱらから、娯楽を放送する局は普通無い。というか、このチャンネルは一般のニュース番組だ。
「……『今度は』違うんだけど……」
 少々気になる言葉を発するが、それは気にしない。
「じゃ、ルリちゃん……は違うよな。まさかハーリー君とか……」
「ハーリーにそんな度胸無いよ。あったら『誰かさん』を押し倒しているだろうし」
 この時アキトは、ラピス(年齢一桁)に余計なことを吹き込んだアカツキ(推定)に殺意に近いものを抱いた。

 このラピスと、あのラピスは全くの別人である。それが分かっていてもアキトは平穏無事な普通の人生を送ってもらおうと頑張っていた。それを、このように情操教育で誤るとは……。
 そう考えているが、色々と仕事を手伝ってもらっている時点で失敗していることに気づいていない。
 この辺り、逆行者特有の感覚麻痺とでも言おうか。

「そうか。じゃ、ご飯にするか……ラピス、皿を並べてくれ」
「うん」
「あ、私も手伝います」
「じゃ、ご飯よそっといて。おかず並べちゃうから」
 そうやって、ごく普通の人間なら一悶着あるであろうこの状況にいながら、この家の人間は全く気にもとめず、普通の生活に戻っていった。

 

 世間は巨大怪獣<ブラックサレナ>の話題で持ちきりになった。
 この名前、誰が付けたのか明らかになっていないが、噂が流れ始めた頃、ネット上で誰かが使った名前らしい。

 ブラックサレナに関する噂は非常に多かった。
1.体長10メートル近い、4本足の類人猿のような巨体。
2.湖の中に棲んでいるらしい。
3.家畜を襲った。牛を丸ごと一頭掴んで歩いていった。
4.歩いた後には緑色の粘液が垂れている。

 正体に対する説も大勢はこうだ。
1.着ぐるみを付けたエステバリス。
2.古代恐竜、その生き残り。
3.遺伝子実験の暴走。
4.新種の猿。

 そして、その噂が消えかけた頃、新たな事件が起きた。
 現地の軍人が面白がってエステバリスを無断借用、捕獲に乗り出し、エステバリスごと真っ二つにされたという。
 そしてそれは、事実だった。

 

「すみません。聞き間違いかもしれないので、もう一度、言って下さい」
 目の前のロンゲに、依頼内容を確認する。ちなみにアカツキではない。ゲキガン風味のマスクを被っている。
「ブラックサレナの正体は、生体兵器だ。我々はその捕獲、最悪抹殺を依頼したい」
 何となく、面白くないことを言っているように聞こえる。

「……すまない。ブラックサレナは俺の相棒の名前だ。他の名前はないのか?」
「……ではGとでも呼ぼうか?」
 放射能火炎でも吐くのか?
 それとも腹の中央からプラズマ火球か?

「……いやそれよりも、確信がある以上、根拠を教えてもらおう」
 そして男は苦悩も顕わに、告げる。
「アカツキ会長から聞いている。あなたは木連の内部事情にも精通していると。では、『山崎』という科学者に心当たりは?」
 ひく……。
 頬が引きつった事を自覚する。おそらく握りしめた拳には血管が浮かんでいることだろう。

「……どうした月臣?」
「な……なあ、そ、その殺気は……いや、何で俺のことを知っているんだ?」
 そこでアキトは殺気を垂れ流ししていることと、月臣と名を呼んだことに気づいた。
「木連……それも優人部隊については多少は調べたからな。それに、そんなマスクを被るヤツがいるか?」
 そこで手を軽く組み直し、先程の問いに答える。
「山崎……ヤツはどこにいる?」
 今度は、自覚しながら「山崎」という言葉にあわせて殺気を集中放射する。

「い、いや、どこにいるかは分からないんだが……ヤツは「最終決戦用」の生物兵器を地球に持ち込んだんだ」
 恐れをなしたのか、口の滑りがよくなる。
「……生物兵器?」
「ああ。エウロパで見つかった、異端の生物だ」

 エウロパ。
 木星の衛星の一つ。
 木星の重力に引かれ、核が揺さぶられ、マグマが活発に活動する星。表面を覆う氷の下には海が広がっている。また、深海生物には必ずしも光が必要ないこと、酸素以外のものを呼吸に用いる事も可能。
 故に、生物が存在する可能性は十分に高い。
 しかし、地球とは全く環境が違う以上、発生する生物はきっと理解の範疇の外であろう。全く異質の遺伝構造。炭素生物ではなく、珪素生物である可能性さえも。

「山崎はそれを地球の大気に順応させ、実験場としてアマゾンを選んだ。ヤツは『教育』によって肉を選り好んで喰う。……危険極まりない存在なんだ」
「……何故、俺なんだ」
「木星のジンタイプでは、周囲にどのような影響が出るか不明だ。その点あなたは、エステバリスで生物に対抗できると聞いている」

 ジンタイプ、どう考えても、あの巨体でアマゾンの大森林に被害を与えずに敵を倒すことは不可能。というか、地球上で木連の兵器を動かすのは民間人に不必要な恐怖を与えるし、不自然。
 エステバリス。<黒い悪魔>の正体を探している(殲滅されている)者達の所為で、民間には全く流れてこない。

「……アカツキ……あの野郎…」
「……引き受けては貰えますか」
 そこで一瞬区切り、アキトははっきりと意志を伝えた。

「……引き受けよう」
 正直アキトにしてみれば、山崎は「コロスリスト」の中に入っている。
 ここらで木連に「恩」を売っておくのも悪くはない。

 アキトは「エステバリスVS巨大宇宙怪獣」という子供番組のような行動を、自分でする事になっていることにまだ気づかなかった。

 

あとがき
 一話で書いたラピスの「帰る」という言葉。
 ラピスはエリナの家に居候しています。しかし、この事務所(地下2階、地上6階)の3階に自分の部屋を持ってもいます。
 地下一階は車庫、地下二階は格納庫。
 一階は事務所で、二階以上が住居になっています。

 アカツキ×千沙には、少しばかり大人「風味」のラブコメでいってもらいます。
 ギャグ要員として……ね。

 ロボット対巨大怪獣……血が騒ぎませんか?
 ……ロストというより、シェリフスターズ?

 

代理人の感想

 

巨大ロボット対巨大怪獣・・・・・騒ぐ! 漢の血が騒ぐぞ!

とガイの如く吼える、そんな私はロボットアニメに魂を売った男。

 

それにしても・・・『川■浩探検隊』ですか(笑)?

案外伝統芸能になっていて「○代目川口×隊長」とかがいるんでしょうか?

襲名披露とかがあったりして(爆)。

 

まあ、それはさておき。

 

ゲンちゃん(月臣のこと)いい味だしてるねぇ。

ひょっとして親友と並んで一番幸せになった人かも。

その分千沙とアカツキにしわ寄せが行ってるような気がしないでもないのですが(笑)