機動戦艦ナデシコ<灰>

 エピソード4−2/シリアスの裏側

 きゃー、とか。
 うわー、とか。
 たすけてー、などと聞き慣れた……ある種「ステロタイプ」と呼べる悲鳴の中、異様な光景が見えた。

 全身を漆黒に染め、覆面を被り、筋骨隆々とした軍団……と言えば聞こえはいいのだが、要するに「全身黒タイツ」で「人様に顔をさらせない」、極めつけに背中に「どくきのこ」と刻印された集団など、誰も見たくはない。
 思考回路を侵すオプションとして全員がキノコカットと分かるように覆面の頭の部分は切り抜かれている。

 逃げ遅れた女性にセクハラを働き、男性を殴り倒し財布を奪い、子供に家庭内不和を説き、老人から杖を奪う極悪人の姿があった。
「ぐわはははははははははは!!!」
 既に廃れきった、そんな笑い声を響かせながら現れる男の姿があった。
 見事なまでにキノコカットの男が、ワライタケと書かれたローブを羽織りながら現れた。かつてバール少将と呼ばれた、不良軍人である。ちなみに容姿については「資料不足」という覆面を被っているため判別できない。
「奪え! 戦え! 己の欲望のまま、振る舞え!!」
 そして、バールが手元で二本のレバーを「がちゃこん」と操作した瞬間、対象物が無いためサイズが分からないが……2メートル少々の影が現れ……そして、町を破壊し尽くした。

 追加資料:ブラックマッシュルーム(別名ドクキノコ)。
 ムネ茸総統閣下を主君とする専制君主国家建立を悲願とし、自ら志願した者達によって生み出された地球圏最悪のテロ組織。
 実はブラックサレナ事件で知り合ったムネ茸とマッド・ヤマサキが意気投合し、冗談半分で「作ろう」と話し合った事が発端。
 ほぼ全員が<黒い悪魔>事件が知らしめた事実のため軍を辞めさせられた、平和な時代には必要のない軍人達によって結成。
 彼らが装備する武器は、長い歴史の中に埋もれた危険な兵器であり、ある種「黒歴史」と呼ばれるものである。

 

「これが『先鋭的革命集団・宗教団体先行教・ブラックマッシュルーム』の全てだ」
「全てって、ミスマル提督?」
 今見た情報を脳が拒絶しているのか、ジュンが間の抜けた声を出す。
「奴らの主力兵器を確認しようとしたところ、カメラマンが気絶した。意識を取り戻したときには既に街は破壊されていた……」
 苦り切った表情のコウイチロウ。その様子を見、九十九が源八郎に耳打ちする。
「源八郎、奴か?」
「いや。奴ならばこんなまどろっこしい事はせず、一直線に全てを破壊し、好き勝手に暴れた挙げ句逃走する」
 聞こえていたのか、コウイチロウがそれに言葉を継ぎ足す。
「うむ。古代の中華兵器ではない……なぜなら」
「「「なぜなら?」」」
 室内が、硬い空気に包まれる。
 ごくり、と誰かが喉を鳴らした。
 重い沈黙に誰かが声を出して逃れようとしたその時、コウイチロウが声を紡ぎだした……。
「カメラマンはその中華兵器の……ファンらしい」
 間。
「……どうしたかね、三人とも。色が無くなった上にヒビが入っているぞ?」
 間。
「何でもそのカメラマンは「あくしょ」とか「なんとかだましい」の常連だったらしい」
 間。
「彼が病院……精神科だが……その病床で語ったところに寄れば、旧日本帝国陸軍の秘密兵器に遭遇したらしい」
 間。
「ちょっと待って下さい!! アレのファン。そんな異常な生物がいるのですか!?」
「『あくしょ』とか『たましい』とか、一体何のことですか! 今とんでもない悪寒と殺気を感じましたよ!?」
「秘密兵器!? アレ並みのですか!?」
 その三人の姿を見ながらコウイチロウはいつも以上の真剣な顔を作り「これ以上関わりたくない」という表情を隠し、一枚の封筒を取り出し、ジュンに渡した。
「とにかく!! 君たち三人がこの件の担当だ! これは地球・木星の合同会議で決定されたこと! もし拒否するのなら、君たちは国家反逆罪に問われることになる!! つまりは冷凍刑だ、いいな、反論は許さん!!」
 アレの相手するの、そんなにイヤかコウイチロウ、……そして舞歌。
「「「……拝命、しました……」」」
「……済まぬ」
 そして嫌な思いをしたまま退出しようとしたとき、ジュンは思い切ってコウイチロウに尋ねた。
「……ミスマル少尉は……どうされましたか? 最近欠勤が続いていますが」
「ユリカか……どうも調子が悪いとかでな……微熱が続いているらしい。今日に至っては朝食を食べた途端に吐き出しおった。大事をとって病院に行かせたが……どうした、アオイ君?」
「いえ……何でもありません」
 ジュンは、今度こそ退出し、心の中でその病院が「産婦人科」でないことを祈っていた。
 その光景を廊下で見ていった二人はこう囁きあった。
「九十九……彼はまさか……」
「……男の…漢の情けだ、源八郎……」

 

 某所、女性服専門店。まかり間違ってもランジェリーショップではない。
「ねえねえ、これどっかな?」
「うん、よく似合ってるよ」
 黙っていれば深窓の令嬢でも通りそうな少女が、「幼い」が形容詞の笑顔を浮かべてカーテンを開け、アキトに尋ねる。
 ワンピース、それもイメージカラー通りの赤を選んでいるが、下品とか派手と言った印象は受けない。クラシックカラーなのだろう。粗野、または野性的な印象を抱かせるアキトの黒ずくめとは対照的だ。
「ほんと? じゃ、これ欲しい!」
 満面の笑みを浮かべて答える枝織に、アキトは財布をぎゅっと握りしめ、「頼むぞラピス」と心の中で囁いた。
 そして笑顔を崩さないように気をつけながら店員を呼ぶ。
「これを購入します。……それと、着て帰りますから」
 そう言い、枝織を呼んで、リーダーにそのワンピースの伝票を通す。
「2万5千円になります」
 にこやかに言ってくるカウンターの少女に愛想笑いを浮かべながらアキトは懐から一枚のカードを取り出す。趣味が悪いとしか言いようの無いキンキラのカードで、カウンターの少女が見た瞬間顔色を変えてしまうような有名どころのマークが入っている。
「これでお願いします」
「! は、は……はい……」
 照会されるデータを確認し支払いが済むまで数秒もかからない。残高照会の時、10桁表示のカウンターがエラーを起こし、急遽別のカウンターで計り直すというハプニングがあったものの、なんとかそれは無事に済んだ。
「サイン……をお、お願いします」
 名前を書く。
「ありがとうございました……」

「……ラピス、なんてものを作るんだか……」
 そう言いつつ、カードを見やる。
 ラピスがデフォルメされたマーク。どこかの「misa−custum」のようだ。
 世界最高最強最悪の銀行、ピースランド事変の後に設立された銀行「RR」のゴールドカード。政府筋に信頼性の高い「RH」と双璧をなす金融組織の、だ。
「ほらほらあーくん、次いこ、次!」
 手に持った、常人では持つことさえ苦労しそうな大きな荷物をブンブンと振りながら枝織が満面の笑顔を振りまく。
「今行くって」
 そう言いつつ、苦笑をかえす。
 今更言うことではないが、本来の時間軸ではユリカの、今回は自由奔放なラピスの我が儘に付き合わされた彼だ。この程度ならどうと言う事はない。
 だが歩き出した瞬間、pipipiと音が鳴り響く。
 一瞬コミュニケを装着した左手を見、偽装用に持っている携帯を取り出す。電話が電話である以上、形状に大きな差異はないが、これまた黒である。
「はいテンカワ……プロスさん、何かあったんですか?」
『あったから連絡を入れているんです、会長は一体何処ですか!?』
 聞こえてきたのは珍しいことに慌てたプロスの声。相当に焦っているのだろう。
「アカツキならイネス先生に相談事をしているらしいけど、それが何か?」
『月が占拠されました。報道管制は敷かれていますが、そろそろ綻びが出る頃でしょう……ナデシコを出します。ラピスさん達には協力を要請しておきましたから、テンカワさんも戻ってきて下さい』
 一気にまくし立てて、ガチャンと叩きつけるように電話を切る。
「……おいおい」
 そう言いつつ、苦笑を。
「ね、どうしたのあーくん」
 身長差から、下から覗き込むように。
「ごめん枝織ちゃん、仕事はいっちゃった。今日はこれでお開きになっちゃうんだ…ごめん!」
「え〜? だめなの?」
 拗ねるように。
「そういえばあーくん、何か仕事してたの? 今日平日なのに遊んでて」
「何て言うか、トラブルシューター……つまり、厄介事を片づける人、ってトコかな」
「ふーん……結構カッコいいかも」
 そんな話をしながら帰路に就いた。
 アカツキの「回収」は、「彼女達に会いたくない」のだから難航するのかも知れないが、彼がいなければナデシコは起動キーを動かせない。何しろ艦長と会長、しかも艦長は未決定なのだから。
 そしてもう一つアキトには考えることになった。
 草壁派、木星の兵士を主軸とするテロリスト。草壁は既に亡い。蘇生不可能なように決定的に破壊しておいたのだから。
 残る可能性は暗殺者・北辰、狂科学者・山崎。そして月の占拠。山崎にメリットはない。
「……北辰……アイツを倒さなくちゃ、終わらない、か」
 それは唐突だった。
 うっ、と呻いた瞬間、胸を抱えるように体を抱きしめ、体を無理矢理押さえ込む。
「く……う、あ……ああ……」
「枝織ちゃん、おい、大丈夫か!?」
 急激に倒れ込んだ枝織を支えようとして……本能が警告した。あまりに透明な殺意に。
 ザザン!!
 後方に飛び退いた瞬間、手刀、まさに刀と呼ぶべき物が今までアキトのいた空間を薙いだ。
 そして、ゆっくりと顔を上げたその目に戦慄した。
 何も、光さえ映っていない。
「北辰……お父様……俺が……私が……」
 交互に、同じ口、同じ声で、しかし込められた物は反対……そんな声が紡ぎ出される。
「北斗……枝織ちゃん……一体どうなっ……ガッ!?」
 その異様な光景に気を取られた一瞬、鈍った動きを見られたのか、機械のように正確な一撃を胸に受けた。
 そして殊更平坦な声で、最後の一言。
「まもる…ころす……、……、……必ず」
 内蔵に受けたダメージが酷かったのか、咳と共に口から流れた血を拭いもせずにアキトは構えた。幸い平日で野次馬も少ない。「本気」でやることを選択した。
「……来い」

「ベッ!」
 アキトは口の中に溜まった血をツバのようにして吐き出した。
 打たれた胸が痛む。
 吐血が黒かったことから肺ではない、胃だ。今にも沸き上がり続けるもう楽になりたいという激痛をねじ曲げ、アキトは間合いに一歩踏み込んだ。
 突き。相手の腕を自分の腕で押し上げ軌道をそらす。
 蹴り、ローキック。膝を曲げ、その状態の膝で受ける。
 蹴りの威力、一瞬体が浮いたところで追撃のバックブロー、それも体を回転させながらの。ガードに成功するものの、北斗/枝織の攻撃は、アキトの予想外の場所から来た。
 バサアッ!
「くっ!?」
 視界を一瞬にして奪った髪の毛。振り乱したからか威力も大きく、顔を叩くせいで音も聞こえ辛い。
 ドッ・ゴギャァ!!
 一瞬の内に後方へ跳躍するものの、追撃の突き、またもや腹部……胃を痛めつける。
 暗くなり始めた視界の向こう、赤い死神の姿を見、アキトは思った。
「綺麗だ」
 と。
 そこでアキトの意識は途絶えた。
「……アキ……ト? あー…くん?」
 その光景を見ながら北斗/枝織の目に光が戻ってくる。
「あ……き……アキト!」
 抱きかかえ、息を確認し、ほっと息をつく。
「……俺は何をしたんだ……」
 そう呟くも、それに答えることが出来るものは誰もいない。唯一出来るだろうアキトも気を失っている。
 そして頼れる人物がいないこと。

 

 目の前にある新型特殊戦闘服を見ながら九十九は呟いた。
「……この、記憶中枢をちくちくと刺激する物体はなんだ?」
 源八郎も、サイズを確認しながら。
「……日曜の朝から放送していたような気が……」
 ……ショックな出来事から立ち直ってジュンはなんとか封筒を開く。そこに書かれたのは「極秘資料」とかかれたネルガル製の戦闘服のマニュアルだった。
「何々……『この度はネルガル製戦闘服をお買い求め……じゃなくて……人工筋肉とIFSシステムを併用したタイムラグ0のパワーアシストを可能とし……防弾繊維を使用……これであなたもヒーローです』……」
 これを読み終わったとき、ジュンは心の中で涙を流した。
 コウイチロウの心遣いが嬉しかったのか、それともこれを着なくてはならないこと……それ以上は言うまい。
「なあ、九十九……」
「ブルーはゆずらんぞ。源八郎、お前は黄色だろ?」
「ふ……俺こそがブルーに相応しい……」
 突如、殴り合い始めた二人を見てジュンは一人寂しく呟いた。
「……じゃあ、僕がピンク……?」
 ぴっちりとした質感を持った全身タイツとヘルメットを手に、ジュンは虚ろな笑いを始めたのだった。

 そのころ。
 隣室ではシルバーのスーツを着た月臣が不敵に笑っていた。
「ふはははははは……覚えているか、九十九、源八郎……」
 そう叫びながら、防音の壁に向かってポーズを取る。
「一人だけ後に出る奴が強いことを!!」
 そう言いつつ、既に全身タイツの上に胴鎧とマントを装着していた。

 彼らはまだ、自分達の上司・東舞歌が裏で手ぐすね引いていることを知らない。

あとがき

 地上ではギャグ要員の「どくきのこ」と、その殲滅に失敗したジュン達による「政府公認・スーパー戦隊」が結成されました。ブラックがアキト、レッドが北斗のイメージが強かったので……こうです。
 ブルー:白鳥九十九。イエロー:秋山源八郎。ピンク:アオイ・ジュン。シルバー:月臣元一郎。
 もちろん司令は舞歌さんで、「すうぱあろぼっと」の開発に余念がありません。残念ながら諸般の事情により変形合体は無理ですが、それでも相応しいロボットを開発してくれることでしょう。

 ついでに一言。
 本来なら北斗は戦争終結時には亡くなっているとか、精神崩壊を起こしたと言われています。
 ……今がギリギリだと思って下さい。

 

 

代理人の感想

 

むう・・・・・・・

北斗も枝織もかなりヤバイ状況ですね・・・・・。

 

一人の人間がその存在を危うくしている時、一方でおちゃらけた戦隊物が始まろうとしている。

・・・・この落差は一体なんなんだ(愕然)!

まさに、「シリアスの裏側」ですねぇ(苦笑)。

 

それはそうと今回もちょっぴり不幸なのが白鳥九十九。

北斗さえいなければ「九十九レッド」「元一朗ブルー」「源八郎イエロー」と綺麗に落ちついていたでしょうに。

まあ、ジュンは変更しようがないから置いといて(笑)。

もしグリーンが出るとしたら三郎太かな?

 

 

追記:実は代理人も昔優人部隊で戦隊ものを考えていた事がある(笑)。

その時の配役は

「熱血の赤 モクレッド」=白鳥九十九

「疾走の青 モクブルー」=月臣元一郎

「不動の黄 モクイエロー」=秋山源八郎

「軽薄の緑 モクグリーン」=タカスギサブロウタ

「爆裂の桃 モクピンク」=白鳥ユキナ

 

「闘志の真紅 モククリムゾン」=北斗

 

「すちゃらか司令」=東舞歌

「オペレーターのお姉ちゃん」=枝織

「マスコットロボ」=氷室(爆)

 

悪の首領=草壁大帝

戦闘隊長=北辰将軍

作戦参謀=ヘル・ヤマサキ

 

 

「タイムレンジャー」放映中だったので「六人目が赤でもま、いいかな〜」と(笑)。