機動戦艦ナデシコ<灰>

 エピソード5−2/戦争の日、昼。

 どことなく虚ろな顔と目をした九十九が、コクピットにはいると視界が開けた。
「でりゃああああ!!!」
 とりあえず殴る。殴る。なぐる。
 だが!
 鉄人には傷一つつかない?!
「ふははははははは!! 見たか、鉄人の力を!! そしてブラックマッシュルーム整備班『横恋慕』サイトウの手腕を!!」
 テツヤの絶叫が響き渡った。
「鉄人、パンチだ!!」
 その声に反応したか鉄人は全身を捻り……あの体でどう捻ったか謎だが……パンチを放つ!!
 スケールを考えれば圧倒的に有利の龍神丸……しかし、たった一撃で後方へと飛ばされてしまう!!
「く……奴は一体!?」
 pi!
 警告音と共にウインドウが開く!
 指……とまでは行かないが、腹部と腕の間にイエロー……舞歌の言によれば「カレーイエロー」が倒れている。
「乗れ、イエロー!」
『ちょっと待ちなさい、彼を乗せられると思ってるの!?』
 舞歌の声が飛ぶ!!
『ですが、源八郎さんに何かあったら、飛厘さんが『また』暴走します!!』
「その声……紫苑君か? 舞歌殿をなんとか説得してくれ!」
『乗せて下さい白と……いえブルー! イエローが助からないと私、ナニされるか分かりません!!』
 切羽詰まったその声に好奇心が刺激されたが、それ以上に危機感が募った。そう、真後ろから飛厘の目が、視線がもの凄く怖いのだ!!
『越権行為よ紫苑零夜!』
 その口論を無視し、九十九は頭部のハッチから源八郎を入れ、後悔した。
 一人乗りの機体に、複数の人間が乗ればもう、むさ苦しいことこの上ないだろう!
「……こう言うとき、戦闘服……タイツはきついな……」
「……ああ」

「……何だか苦戦してるわね」
「そうね……でも私の出番無さそうだから楽で良いわ……」
 そう言うのはユキナとチハヤ。
 ジュンはまだ燃えたままだ。
「そうだ、この手でユリカを……そして、愛の告白、デート、プロポーズ、結婚、初…ぐえ!!」
「「往来で、叫ぶんじゃない!!」」
 げご。カエルの潰れるような声を上げながらジュンは沈んだ。
「でも、と言う事はチハヤさんも、アレみたいなの持ってるんですか?」
「まあ……ね」
 そう言って、腕時計を見せる。
 興味深そうに目を輝かせるユキナを余所にチハヤは一人ごちる。
「……でも閣下も……どうやってあんなモノ発掘してくるのかしら……」
 それは誰にも分からない。
 どうせ運と勘と運命とご都合という奴だろうが。

 九十九は背中にマウントされている抜き身の剣を構え、そのまま振りかざすものの、鉄人は物理法則を無視して飛び、空から今作ったばかりのガレキを投げつける。
「クッ……ゲキガンウイング!」
<装備されていません>
「な?!」
 あっさりと返ってきた答えに、コクピットにほとんど揺れが来ないのだから慣性制御、重力制御で飛べるものと思ったらしい。
 それを器用に避けながら、なんと九十九はビルとビルを使い、三角飛びでビルを登り続ける。
「でりゃああああ!!!!」
「バカメ!鉄人に剣は効か……ん?!」
 真っ正面から突っ込むかと思いきや、僅かにそれ背後に回り込もうとする瞬間に、ロケットの接続部に剣を入れる!!
 瞬間ロケットは爆発し、九十九の乗る龍神丸ははじき飛ばされ剣を失い、そのまま落下。
 足の構造がどういう理屈なのか、地面に激突したときにはショックを全て吸収していた。

 空中でなんとか体勢を整えた九十九と違い落下の衝撃で鉄人は各関節から煙を上げていた。
「なっ!? 鉄人がやられるだと?!」
「悪は、滅びるものだぁぁぁぁ!!!」
 剣を構えることなく疾走する龍神丸!
 迎え撃つ鉄人!!

 激しい音が、場を支配した。

 遙か高く、雲の高みにそれはあった。
 木造の船・飛空挺エンタープライズ号。しかしその上部にある幾つものプロペラではこれを浮かすことは不可能……此処に、木星の全てを傾けたといっても過言ではない技術の無駄使いがあった!!
 しかし、そこにいるのは元優華部隊(独り身)だった。
「あ、クロスカウンター」
「結構簡単に決まっちゃっいましたね……」
「やっぱり必殺技くらい教えておくべきだったかもね。盛り上がらないんだもの……」
「必殺技? そんなものが有るんですか?」
「有るわよ? 第一アレ一体作るのにジンタイプ5体の予算がかかっているんだもの。そのくらい出来なくてどうするのよ」
「え?」
「いやちょっとね、5人複座で矛盾しないコクピット、流石に開発が難しくて……」
 流石の舞歌も、ちょっとだけ、誰にも分からないほどちょっとだけバツが悪そうだった。
「このエンタープライズ号も、木造船に偽装したから……戦艦の半額くらいかかってるし」
 しれっという舞歌に、零夜は何も言うことが出来なかった。

 

 そのころ。
 ユリカはゆっくりと、涙の跡を残しつつミナトの胸から頭を離した。
「ユリカさんって、案外甘えん坊なのね」
「ごめんなさい、初めてあった人なのに甘えちゃって……」
 そう言いながら、ミナトに亡き母の姿を重ねてしまう。これが、母親になると言う事なのだろう、そう思いながら。
「でもそのテンカワ君……許せないわね。する事だけして、さっさと消えるなんて」
「あのミナトさん…そう言うことを大声では…」
 ちなみに此処は先程のまま、病院の食堂だ。
 視線は、痛い。
「そうね、場所変えましょうか」
 そう言い、立ち上がるミナトを見て、そのお腹を見てユリカの方が慌ててゆっくり動くように頼んでしまう。
 そして支えようと動いた時、横を歩いていた人にぶつかってしまった。
「あ、すいません……え?」

 立ちくらみ。
 しかし何かが違う、そう思った瞬間、視界が反転した。
 ぱた、と軽い音を立てて彼女は倒れた。
「え……あ、大丈夫ですか!?」
 誰かの声がする。
 誰かの。
 誰……か……。

「ちょっと、お医者さん呼んだ方が良くない?」
「そうですね、ミナトさんはこの人を……」
 立ち上がろうとするユリカを掴む手があった。
 ほっそりとし、それでいて力強い手が。
「大丈夫……ちょっと疲れただけだから」
 そう言い、立ち上がってみせる。立ち上がりながらほどいたのか、手にはリボンが握られ、赤い髪は流れている。
「あの、売店どこか知らない?」
 年齢に相応しくない幼い笑顔で聞く。彼女は枝織だった。

「へえ。お友達が入院してるんだ」
「うん、北ちゃんがやっちゃって……ん? そう言えばあーくんって、頑丈だよね〜」
 北ちゃんにやられた人たちが今までどうなったのか思い出しながら、凄いなあと感心する。
「あーくん?」
「うん、枝織のお友達で、テンカワ・アキトっていうの」
「「え?」」
 その名前は、二人の好奇心を刺激するには十分すぎた。

 

 人の死なない戦場という、異常な空間。
 それを見る無機質な目、連合軍・月面基地。
「北辰様、敵無人兵器掃討率82%、こちらの被害率は94%。有人機の出撃を要請します」
 つまりは人間を死なせるから、さっさと出してくれと言っているのだ、この男は。
「良かろう。我、自ら落としてくれる」
「北辰様!?」
 男は北辰を止めようとし、その血に飢えた目を見、諦めた。
「どうした」
「今だ夜天光は不完全…六連または改造エステバリスでの出撃となりますが」
「かまわん。死ねばそれまでよ」
 そう言い、格納庫へと歩いていった。
「あの方は……何を見ておられるのだ?」

 かつてこの船体が純白だったとは誰が信じるだろうか。
 コスモス。
 スキャパレリプロジェクトのために作り出されたナデシコの後継艦の内の一隻、多連装グラビティブラストと、ドック艦としての機能を併せ持つ空中要塞とも呼ぶべき戦艦。
 そして、船体には所々異様な赤黒い、洗っても取れないシミがあった。

「使用可能な機体はどれだ」
 死臭を漂わせながら、闊歩する北辰。
「夜天光はエネルギー流通に問題が有り、六連はカスタムが激しく、エステバリスタイプならば使用可能です」
「IFSか」
「北辰様はお持ちで?」
「ああ」
「ならばこちらへ」
 そう言い、案内した先にあったのは、一体の巨大な、鮮血を浴びたような真紅の機体。
「……ほう?」
 その声は、非常に面白そうだった。
「昔読んだ漫画にあったものを再現しました。ザリガニとも呼ばれる”クリムゾン”です」
「クリムゾン……あの裏切り者の爺と同じ名だな」
「暴れ馬……一度シミュレーターをおためし下さい。面白いと思われるでしょう……」
 その研究員の男は、非常に楽しそうに笑った。
 暗く、陰惨な笑みを浮かべて。

 

「よ、無事か」
 ノックもせずに入ってくるナオ。
「ならなんで入院してると思う?」
「女の子にイタズラしてやられたんだろ?」
 そう言う訳じゃないんだがな、と笑う。
「ナオこそどうしたんだ? ミリアさんは落とせたのかい」
「難航してる。何しろコブつきでデートだ。親父さんも厳しいしな」
「なるほど。……でも惚れてるんだろ?」
「まあな。そっちこそ、いい女はいたのか?」
「ちょっと……な」
 互いに苦笑してしまう。
 そしてひとしきり笑ったあと、真顔に戻って……。
「すぐ近くにナデシコが来ている。搭載機はエステバリスS、追加装甲試作型O……コードD。お前ぐらいにしか扱えない化け物だ」
「ブラックサレナじゃないのか?」
「……怪獣?」
「違う! 俺の相棒の名前だ!!」
 まだ、その名前は怪獣のモノなのかとへこむ。いい加減解放して欲しいものだ。
「ああ、あの黒い奴か。あれなら別の意味で危ないからな。今回は持ってきていない」
「連合か……」
「今だ<黒い悪魔>は謎の怪物だ。バレたら確実に消されるからな」
「その時は火星にでも引っ込むさ。木星だと結構受けがいいし……で、そのバッグは?」
「差し入れのエロ本だ」
「冗談はやめろ」
「プロスペクターのダンナからの差し入れさ。流石に怪我人に任せるのは気が引けるらしくてな、新型の戦闘服だ。……マニュアルを読んでからじゃないと着せられないとも言っていた」
 そう言いながら投げてよこす。
 ぼすっ。
 案外鈍い音と共にベッドの上へ。
 苦痛のうめきを漏らし、それでも中身をあさってマニュアルを読み出す。

 僅かな時間が経ち、マニュアルを読破したアキトはそれを身につけ始めた。
「……ちょっと重いな」
「我慢しろ。一体何本いや、何十本ナイフを装備していると思ってる?」
 そう愚痴りつつも、軽く飛び跳ねても音がしない事には大いに満足した。
「……これなら仕方ないか」
 そこでナオが「ところで」と前置きをして続ける。
「お前を叩きつぶすとは……一体相手はどんな女なんだ?」
「それなら……そろそろ戻ってくると思うんだが……」

 がちゃ。

「あれ? あーくんおきゃくさま?」
 入ってきたのは枝織だった。
 一瞬後アキトは「変わったのか」と納得したが、ナオは戸惑っていた。
「ナオ、この子がそうだよ」
「……冗談だろ?」
「ホントだよ。……枝織ちゃん、仕事が入ったから行かなくちゃならないんだ。もう大丈夫だしね」
「どこ行くつもり? テンカワ・アキト君?」
「……アキト……」
 その声は、枝織と連れだって現れた。
「……な……(なんでミナトさんがユリカと一緒に?)……」
「あなた、この子の気持ち考えたことあるの?!」
 本気で怒っているミナトを余所に、アキトは複雑な心の内に、迷いを抱えていた。
 そして、苦渋の選択を。
「……ナオさん、俺は話があるから、枝織ちゃんと先に向かってくれ。後から向かう」
「ああ」
「あーくん?」
「大丈夫。ナオさんは信用できるから」
 戦闘能力という点で言えば枝織のほうが遙かに高いし、ナオもそう言うことには真面目そうだ。

 二人が出ていったのを確認し、ミナトとユリカに向き合う。
 激しく、そして冷たい瞳で。
「……改めて、テンカワ・アキトです」
「白鳥ミナトよ。ユリカさんの友人ね」
「……アキト、一体どうして……」
 さしものユリカも、戸惑いが大きい。
「人は変わる。変わらない思いもない」
「何を……言ってるの?」
「単なる気の迷い、そう言っているんだ」
 バシィ!!
 ミナトの平手を甘んじて受ける。
「アキト君、あなた一体どういうつもり!? 女の子を弄んでおいて、その言いぐさは!!」
 激しい声が病室を満たし、ミナトがもう一度手を振りかざしたとき、その手を他の誰でもない、ユリカが掴んだのだ。
「……ユリカさん?……」
「もういい、もういいの……」
 その手を押さえ、うつむきながらユリカは髪で見えない顔から、涙を流す。
 アキトは声をかけるでもなく、横を通り過ぎる。
 そしてドアを開けながら言葉を。
「研究者だった俺の両親。ネルガルや軍への協力を断ったばかりに殺された。何十人という人間を巻き添えにしてな。ミスマル・コウイチロウはその事を知っていて、見捨てた。俺の手も血にまみれている……もう、会おうとするな」
 そして、ドアを閉め、立ち去る。
 後には嗚咽をこらえられないユリカと、彼女を抱きしめるミナトの姿だけがあった。

 

 地下・下水道・ブラックマッシュルーム本部。
 食堂の向こう、お仕置きルームの中には鉄下駄と大リーグボール養成ギブスでフルマラソンするテツヤの姿があった。
 一般戦闘員はそれを肴に酒を飲んでいたりもする。

 こんがり「ウェルダン」のネズミをほおばりながらムネタケは笑っていた。きっと先刻までそこらを走り回っていたのだろう…新鮮だ。
「おおーーーーーーーーほっほっっほっっほほっっほおっほおっっほ」
 その高笑い…露出度の高い何処かの女魔導士さえハダシで逃げかねないだろう。いや、それとも意気投合するか?
「ほっほっほ……げほっ?!」
 むせたのか、キノコの吸い物を喉に流し込む。
「……ふう……分かった、バール?」
 背後で立ったままのバールに向かって。
「連合も色々持ち出してきたよう……あなたに次の命令を与えるわ……『狂気の謀略』」
 はい、という声と共に、一人の女性が現れる。
「これから私達は連合の切り崩しに入ります。まずは閣下直属の親衛隊を組織し、余剰人員を「西欧」へ派遣、制覇を狙います」
「余剰人員だと? どこにそんな者が」
「貴方よ、バール」
「閣下!?」
「西欧には……タカバ・カズシ。そしてオオサキ・シュンがいます。バール殿、貴方に縁深い二人が……」
「……奴らか……」
 チリン……。
 卓上の鈴を鳴らす。今度はゆっくりとドアから全身に「凶器」とかかれた工具を縫いつけた男が現れた。
「『横恋慕』のサイトウ、まいりました」
 サイトウは、ガチャガチャと音を立てながら膝をつく。
「『アレ』の整備状況は?」
「ドリルブレードの輸送待ちです。あとは全て完成、試運転だけです」
「そう…アレさえ完成すれば、西欧は容易に落とせるわ。……く…くく……ほほ……おーーっほっほっほっほっほ」

 そのムネタケにも……誰にも聞こえないように「狂気の謀略」は呟いた。
(踊って下さい、私のために……)
 そして某隆山の鬼四姉妹の長女のように笑うと、今度は口にしてもう一言漏らした。
「偽善者でいることに疲れました……」

 

あとがき。
 ミナトさんは、優しいお姉さん役が似合うと思う今日この頃。
 ユリカが辛くなったので、次は崩す!!

 正体不明(?)の「狂気の謀略」は何か企んでる。
 ムネタケは全国展開……チェーン店を出そうとしている……。

 ちなみにクリムゾン、元ネタはブレイクエイジに出たヤツの初期型です。

 今だ出番のない月臣。候補は「一円玉シルバー」「アルミシルバー」……ゴロが悪い。

 

 

代理人の感想

 

・・・・・・・・・偽善者だったのか(笑)。

その本性、悪なり。というか、正義の側に立ってるよりよほど生き生きしてるよ−な(爆)。

バールはバールで早くも「無能者」「捨て駒」扱いの予感がするし(笑)。

 

ちなみにオリジナル通りなら鉄人28号:2.9m(原作者・Y山氏による)、

龍神丸:3.75m(公式設定による)なので普通ならパワー負けはしないと思うんですが・・・・

さすがに相手が悪かったか(笑)?

 

 

・・・・・・アキトとユリカのシリアスがなんか遠い世界の出来事に思えるのは気のせいでしょう。

とゆーか、気のせいだと思いたい(笑)。