機動戦艦ナデシコ<灰>

 エピソード5−3/戦争の日、夕方。

 たった数時間でナデシコは地上からサツキミドリ二号の外側まで到達していた。
 乗員は僅か。アキト、ルリ、イネス、アカツキ、ナオ、枝織、ウリバタケ。そして整備士と医師達。
「♪〜♪、♪♪〜〜♪〜」
 浮かれながら鼻歌をするアカツキ。
 これから戦場に行くというのにとても嬉しそうだ。

「ウリバタケさん、アカツキのヤツどうしちゃったんです?」
「なんか凄く楽しそうだよ」
 アキトと枝織の疑問にウリバタケは悟りきった、本当に悟りを開いていてもおかしくない穏やかな顔で言った。
「お前も結婚すれば分かる」
 答えになっていないが、その声は反論を一切許さない、複雑で重い響きを持っていた。
 そしてその暗い雰囲気を払拭しようと殊更声を上げて、わざとらしいニヤケ顔で、アキトを肘でつつく。
「お前もそう言う相手ぐらいいるんだろ?」
 しかしアキトは頬をかきながら。
「完全に切れちゃいましたけどね……」
 そう言いながら笑ってみせる。
 沈痛な笑みに見えた。
 そしてそれを払うように、新しい話を振る。
「……で、イネスさん。SとかOとかなんのことです?」
 そう言うアキトにイネスは待ってましたとばかりの笑顔を向ける。枝織が怯えたのはご愛敬と言うところ。
「説明して上げるわ! 知っての通り、アキト君の『アレ』はとても強力よ。使い方によっては世界征服も簡単でしょうね。でも、バッテリー駆動である以上活動限界があるわ。それを解決するためには月面フレームを使うべきなんでしょうけど、それじゃ効率が悪い、動きも鈍いしね。だから最初から作り直すのよ。今回の機体は最強のエステバリスを作り出すための布石。その第一号。ほら、甲板にくくりつけてあるでしょ? アレが新型追加装甲O……オーキスよ」
 ここまで一気にまくし立てたイネスの肺活量に驚きながらアキトはそれ、オーキスを見た。
 ……なんですか、アレ?
 言葉にしたつもりが、出ていなかった。
「ちなみにSはステイメン、合体すればデンドロビウムだ!」
 そう言うマッドサイエンティスト・イネス、マッドエンジニア・ウリバタケ……ダブルマッドの眼光は、とてつもなく恐ろしかった。
 だが物怖じしない人間もいる。
「ね、ね、枝織のは?」
「枝織ちゃん、IFS持ってないでしょ?」
「やー、あーくんとお揃いがいいの!」
「そう言われても…イネスさん、説得お願いしますよ」
「あって困るものじゃないわ。後で医務室にいらっしゃい」
 そう言って微笑かけるイネス……枝織も嬉しそうに笑っている。年の離れた姉妹のようにも見える光景だ。
 しかしそんな中、ルリが言葉を放つ。それは場の空気を一変させた。
「肉眼で閃光、爆発を確認。戦闘配備をお願いします」

 

 マキビ・ハリ、通称ハーリー。
 彼はマシンチャイルドと呼ばれる特殊な生まれをしている。
 本来頭脳労働者である彼は、異様なまでに肉体的能力に優れている。これが男性と女性の違いであるのかは例が少なく判明していない。

「う……あ……」
 うめき声を上げながら、、ハーリーの意識が覚醒していく。
「ハーリ−おはよー♪」
「……ラピス……おはよ……う?!」
 目の前のラピスは全身を黒い衣装で覆っていた。裏が赤地の黒いマント、旧ドイツを匂わせる黒の軍服、ブーツ。
「装甲服の具合、どう?」
 などと、ハーリーの錯乱ぶりを一切無視して声をかけてくる。
 そしてハーリーは錯乱したまま、今現在、もっとも恐れていることを問いただした!!
「改造とか洗脳とか自爆装置とか他爆装置とかしてないよね、ラピス!?」
「てへ」
「てへじゃなぁーーーーいぃぃぃぃぃ!!!」

 いつもの如く、ハーリーの絶叫は、慌てて出てきたウリバタケ兄妹が出てくるまで響き渡り続けたのだった。
 この絶叫にやられたラピスが気絶したのは、彼にとって近年まれにみる大金星だったかも知れない。

「……で、これ何?」
 今自分の着ている黒タイツと胸鎧、アンクレットとブレスレットを見せる。
「Cこーす」
 なるほどと納得し縦に動こうとする自分の頭を抑えてハーリーはうなだれた。
「何と驚け!! 変身機能付き!!」
「……え?」
 答えたのはラピスではなくキョウカだった。
「カーボンナノチューブを繊維として作った装甲服。防刃防弾だけど、衝撃吸収能力はあんまりないの」
「ハーリーの生命力なら大丈夫だからな」
 そう言いながら、ハーリーと互角の戦闘能力を持つツヨシ。袖からのぞく痣だらけの腕は自分の体でそれを試したからだろう。色々言っているが、友情には厚いと言う事か。
「……」
「……」

 ♪ぴんぽんぱんぽーん♪
『ただいま西大通り商店街にて「どくきのこ」出現。
 したっぱーズのみが確認されています。
 マキビ主任及びラピス団長の出動を要請します』
 ♪ぱんぽんぴんぱーん♪

「友情を確認しているところ悪いけど、早速出動だよ」
 そう言いつつ、ハーリーの首根っこを押さえて歩き始めるラピスだった。
「いやだあああああ!!!」
 ドップラー効果を起こしながら途切れることなく悲鳴が上がった。
「ハーリー忘れ物だ!!」
 バシッ!!
 引きずられている最中のため、受け取り損ねたそれはハーリーの顔面を直撃し、ハーリーを沈黙させる。
 それはただのヘルメット。しかし、何処かで見たような金の縁取り、赤い目、そして何より、クワガタのような飾り!!
「お兄ちゃん……」
 心配そうなキョウカを余所に、照れた顔で明後日の方向を向きながらツヨシは言った。
「ま、ピンチになったら手助けするさ」
 そう言うウリバタケ兄妹の視線は、壁際の鉄の固まりに向いていた。
 そして妹に聞こえないようにツヨシはこっそりと呟いた。
(ハーリー……二輪免許無いけど、どうしよう……)

 

 戦後の復興、火星の再建。
 地球圏は工業でわき返っていた。
 そして未だに機械任せには出来ない、職人の手による工程を必要とする物も少なくない。
 世界中に若い活気が溢れかえっていた。

 そんな、若者の街の一つでもある深夜のサセボ。
 そこを闇に紛れることも出来ずに浮いている黒タイツ・正式名称「下っ端専用格闘装備・なめたけ」を着た一団が暴れ回っていた。
「グルルルルルルル……」
 辺りに、唸るような低い音が響き渡った。
「きゃあああああああ!!!!!!」
「またでたあああああ!!!!???」
「黒いヤツは一匹見たら、三十匹いい!!!?」
 悲鳴が、こだました。

 ガシャアアアン!!!!!!!
 ガラスが割れ、店の中へと黒タイツが殺到する。
「ナカザトさん、アレを動かしてくれ!!」
「分かった!」

 ……ナカザト。元連合軍士官。統合軍構想が持ち上がったとき、移籍するはずだったのが何故か、こんな所に転落した……非常に可哀想な漢である。
 一説によれば、昔話のお姫様と同じ名前の女性に痴漢行為(本人は否定)を働き、出世コースからはじき飛ばされた結果ともいう。
 これは、俗に満員電車理論とも、被害妄想とも呼ばれる物で、後々疑惑を晴らすことには成功している。

「しかし良かったのか? これを持ち出して!?」
「かまわん、閣下のお許しは貰っている!」
 そう言って、マンホールへと身投げするナカザト。
 僅かに遅れて地面が揺らぎ、波打つコンクリートを突き破って、恐るべき巨体が現れた!!
 そして同時に登場作品のテーマソングが辺り一面に鳴り響いた。
『そ〜らに〜そびえる〜XXがねのし〜ろ〜』

 

 某地下空間。
 ムネタケはトレーニングに余念がなかった。
 再強化が進む先行者、そして先行戦車を乗りこなすためのトレーニング。そして地下にいる以上健康にはいつも以上気を配らなければならないのだから。

 ぴ〜ひゃら〜ぴ〜ひゃら〜
 どこからともなく流れてきた笛の音に合わせて体を動かす。
 踊りとは全身運動。美容にも良いし、トレーニングにもなる。
 しかしムネタケの踊っているのはタンゴでもジルバでもなかった。いや世界中のどの部族のものとも違う……。
 頭に妙な顔の付いた太陽と、ワッカを被り、コシミノを履き、他は全裸という徹底ぶり!!
 そう、ムネタケは踊っていたのだ!!
 キタキタ踊りを!!

 それを偶然見てしまった戦闘員が数名、長期入院を余儀なくされたのは余談だが。

「ふう、いい汗かいたわ」
 そう言いつつタオルで汗を拭う。
 トレーニングルームにはムネタケ以外に動いている生命体はいなかった。

 

 そしてその頃「狂気の謀略」は料理をしていた。
 ……数え切れないほどの被害者を出しながら。
 ブラックマッシュルーム。何処かの立ち消えになった計画のように「能力第一」であるが、性格に問題が有るどころか「人格破綻者」の吹き溜まり。
 まともに料理ができるのは男所帯と言う事もあってチハヤだけだった。
 そんな彼らが「狂気の謀略」に縋ったのを責めるわけには行かないだろう。普通に考えて「調理能力破綻者」などがいるとは誰も予想が出来ないのだから。

 ……調理中の独り言。
「それにしても、どうしようかしら」
「家庭用浄水器があるから『飲料水毒物混入事件』は難しいし…」
「世界何処に行ってもコンビニがあるから『食糧供給ストップ』は意味ないし」
「ヒーローがアレじゃ『幼稚園バスジャック』もつまらない……」
「ネルガル辺りに攻め入って『籠城作戦』……楽しそう……」
「……やっぱりオーソドックスに『誘拐して洗脳して裏から操る』かしら?」
 ちなみに彼女の横に広げられているのは料理の本などではない。
 バッタの改造人間のクロニクル本である。

 そしてある意味「生き残り」達が食料店を襲い、レストランからコックを拉致り、ドラッグストアから略奪したその事を一概に責めるわけにはいかないだろう。
 これを見ているあなたには、その威力が分かるのだから。
「あれぇ? 塩と砂糖、間違えたのかしら」
 横で痙攣していた戦闘員がマスクの口の部分をずらしながら呟いた。
「いえ、みそ汁はそんな、時間が経つほどに色が変わる事は無いと思います……がふっ」
 勇気ある漢は、起きたときには病院がいいな、そう思いながら気を失った。

 

 激しい光を上げ、エステバリス隊が無人兵器との交戦に入る。
 無人兵器などより、遙かに性能の高いエステバリス。しかしそれを人間が操る以上は……遠くに見える光、そのうち一体いくらが……そう思わずにはいられないだろう……。

 その中を一体も欠けることなく駆け抜ける一団があった。
「行くぞてめぇら!!」
 威勢のいい声を張り上げるリョーコ。
 既に戦線は動き、ジキタリスは後退を始めていた。
「俺に命令するんじゃねえ!!」
「高杉、そこの突撃バカを抑えとけ!! 三姫は高杉のサポート、お前が目なんだ、レンジ最大で見張ってろ!」

 三姫が「目」になって敵を見張る。
 敵陣を切り取る手はリョーコと三郎太。それも三郎太のほうが利き腕と呼んで良いだろう。
 それでも接近してきた相手にはヤマダがパチキ…頭突きをかますのだ。

「リョーコ! 前から何かでかいのが来る!!」
「急速回頭!! 避けるぞ!」

 それは異様な光景だった。
 ザリガニ、だろうか。それによく似た物体が宇宙空間を疾走していた。そしてその巨大なハサミには一体のエステバリスが捕獲され、藻掻きつつ、ライフルをオートに撃ち続けているが効果はない。

『ギ……ギギ……ギチ…』
『うわああああ!!!?? なんで、なんでこわれない!?? いやだ、いやだ……!!』
『ベギ……グジャ……』

 音は振動によって伝わる。
 それはザリガニがやっているのだろう。
 挟み込まれたエステバリスの通信、そして機体の軋む音を無線に乗せ、オープンチャンネルで流しているのだ。

 そして、ハサミが絞り込まれた。
 もう、何も聞こえてこない。
 いや、聞こえてきた。

『く……くくくくくくくく……くははははははははははははははははは』
「な、何だこの声は!?」
「薄っ気味ワリい声しやがって!」
 ただ無線の向こうから聞こえてきただけの声。
 ただ、それを聞いた瞬間、何故か、死を予感した。
 血気盛んな誰かが、ナックルガードで、ライフルで、ナイフで襲いかかり、ザリガニを討ち砕かんとする。
『死を支配するこの感覚』
 ハサミの一閃、一振りでバラバラに打ち砕かれた。……コクピットごと。
『一瞬で消える生』
 グゥォォォオオンンンンンン!!!!
 そしてハサミの付け根にある砲塔二門が火を吹いた。
『帰ってきた……帰ってきたぞ戦場に……………』
 裂帛の気合い、血に飢えた獣の叫び……北辰の叫び。
『我は帰って来たのだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』

「通り過ぎた……か?」
「いや違う!! 向こうにはジキタリスが!!」
「急ぐばい!!」
 焦るリョーコ、ガイ、三姫!
 しかし三郎太だけが冷静に冷酷とも取れる言葉を口にする。
「いや、俺達に戦える敵じゃない……残党を再編、その上であの赤いヤツを撃破する」
「高杉!! てめえジキタリスを見捨てるのか!?」
 リョーコは、自分の機体で、そのまま三郎太へと殴りかかる。が、三郎太は意に介せず答える。
「……悔しくないと思っているのか?」
 と。

 

 その頃地上では宴会が催されていた。
 白鳥家、リビングルーム。
「「「「「かん、ぱぁああああ〜〜〜いいい」」」」」
 からんと音を立てて氷がグラスの表面を内側からなぞる。

 そしてその琥珀色の液体を一気に喉の奥へと流し込み、ジュンだけがむせた。
「げほげほごほ……あ〜……ありがと……」
 背中をさすってくれた誰かに礼を言い、強烈な違和感に陥った。
「そう言えばなんで君がここにいるの?」
 言われた人物は気にすることはなく尋ね返した。
「ジュン君こそいつ告白するの? 大丈夫、お膳立ては任せて置いて」
「うん。ほらそこの医大病院。義姉さんが、そこの食堂で知り合ったって言う人が件のミスマル・ユリカさん。気分転換にここの宴会に連れて来るって言うの!!」
 そう言うと、二人揃ってきゃ〜〜と黄色い悲鳴を上げ、ジュンの精神をどん底に落とした。

 変わって九十九と源八郎。イメージ通りに日本酒を飲んでいる。ただ銘柄が「激我」というのは……似合いすぎているか。
「どうした九十九、ぶすっとして!」
 バンバンと肩を叩きながら「わはは」と豪快に笑ってみせる。
「ジュンのヤツが……ユキナに手を出そうとしたら……その瞬間に殺す」
 まだ一本も開けていない内からこの言葉。
 源八郎は、その言葉が限りなく本気であることを悟った。
「大丈夫だ。ジュンのヤツ、フラレ覚悟で玉砕すると言っているし、隣りに美女がいるじゃないか! 何かあったらそっちになびくさ」
「ぬぅあにぃ? ユキナに魅力がないとでもぬかすか貴様ぁ?」
 九十九の酔い癖は、からみ酒だった。
「いやそう言うことではなくてだな、単に歳のことを言っているだけで!」
「つまり……あと二・三年も過ぎたらユキナが……ああ……天地の破滅だ……」
 泣きが入った!
 こうなったら長いと、源八郎はこそこそと逃げる準備を始めていた。

 

 その頃、飛空挺エンタープライズ号、研究室。
 一人の女性が泣いていた。
「うう……なんで私が……終わらないよう……」
 その女性は、テレビに映ったアニメを見ながら泣いていた。
 別に感動的だったからでも、面白いからでもない、ただ自分の境遇について、泣いていた。

 二時間前。
「じゃ、飛厘」
 美しい、とても爽やかで軽やかな笑み。
 とてつもない、凍え死にそうな寒気と悪寒を感じつつ、飛厘は舞歌へと、負けじと笑顔を向ける。
「何でしょうか舞歌様」
「実は今日の活躍、報告書と一緒に送ったんだけど」
「……アレをですか?」
 脳裏に再生されるのは、この世でもっとも異様な、スパロボを彷彿とさせる、異様な光景。
「好評だったよ♪」
「は? ……はあ」
 生返事。
 それを意に介せず舞歌は「でもね」と続ける。
「私達の活動には、スポンサーがいるの。でなけりゃ私の権限だけじゃあんな物作れないもの……」
 そう言い、一枚の紙を出す。
「これがスポンサーのトップからの『命令書』よ?」


>それにしても。
>しゃべらないんですか・・・・・・・・・・
>しゃべらないんですか・・・・・・・・?
>龍神丸なのに玄田哲章さんの声で
>喋らないんですかっ(悲鳴)!?


「……はい?」
「と言うわけで残業、音声サンプリングよろしくっ♪」
 回想終了。

「うう……初代TV版……魔神山編……2……超……PS……終わらないよう……」
 DVDの山に埋もれながら……飛厘は、そのスポンサーに対して、ちょっときつめの殺意を抱いていた。

 

 

あとがき

 まだまだ続く、エピソード5。
 今回は5−4まであります。

 本当だったら、知っている人は少ないだろう……マニアな装備をハーリーに着せるつもりだった。
 サンデー増刊(月刊?)に連載していた、黒いヤツを……。「ブ」ではなく「ヴ」表記だった……。
 ラピスとキョウカが反対したから、と言う裏もあります。

 鋼の城さん、ネタにしてすみません。
 本当なら「声が?声がーッ?!」と電波を受信した舞歌がやらせるはずだったんですけど。
 わざわざ言われたので、つい。

 

 

 

 

ネタにしてもらった代理人の感想(ちょっぴり飛厘が怖いけど)

 

 

 

 

承認ッ(爆笑)!