機動戦艦ナデシコ<灰>

 エピソード7―1/暴走、それはとどまる事を知らない


「ミリアから離れろ北辰!!」
 まるでドラマの刑事のように銃を北辰の眉間にピンポイントで狙いながら叫ぶナオ!!
 だが、北辰から帰ってきた言葉は想像を遥かにかけ離れていた。
「私の事を知っているのですか、お願いです。何所のどなたかは存じませんが、教えて下さい!!」
 などと、今にも凍え死にそうな子犬のような目で語りかけてくるのだ!!
 普段の北辰を知っている人間ならば柱の角に頭を打ち付けて死にたくなるくらいに異常な光景!!
「……北辰。何の真似だ?」
 ナオの額から汗がナイアガラの滝のように流れた
 事実ナオがアキトから聞かされていた北辰像と言えば「木連の闇の化身」「暗殺芸術」そして……人間失格気味な「ペド」または「アリコン」……さすがに「ショタ」では無いらしい……それが救いと言えば救いだが。
 そして一説によれば彼にはかつて、年の離れた奥さんが居り(過去形:理由は諸説紛々)可愛い娘(余りの可愛さに男を寄せ付けないように教育を施したとも言われる)もいるが、何故か奥さんの年齢を聞こうとすると誰もが居心地悪そうに目を逸らすのだ。
「ヤガミさん、本当なんです。この人は、記憶が無いらしいんです!!」
 ミリアの目は真実を語っている目。
 ナオは自らの勘、そしてミリアを信じ、警戒は解かないまでも銃をホルダーに戻した。
「分かった……今はな。北辰、教えてやろう……お前が何者なのかをな」
 そしてナオは語った。
 アキトから教えられた事(無論アキト主観による事象)を。
 しかしそれは、世間の一般人が抱く北辰のイメージそのものだという事を、ここに言っておく。

 とても、よくある事なのかもしれないが、少なくともアキトの主観では起こりえるはずの無い事だった。
「……なぜに?」
 と、誰にとも無く呟いてしまうほどに。
 彼のイメージングでは、もっともイメージの強い、慣れ親しんだサレナのコクピットにジャンプアウトするはずだったのに。
 しかしここは火星極冠遺跡(跡地)、それも遺跡のあった場所である。
 しかも。
「……おいおい(汗)」
 なんと言うか、まるで最終戦闘のときのように光りながら小柄な人物が現れてきたでは無いか。
 しかもその人物はこう叫びながらアキトめがけて絶妙なタックルをした。
「おにいちゃーん、デートしよーっ♪
 ただアキトには、こう言うしかなかった。
「……だから、なんで?」
 アキトは自分に抱きついた深い色の金髪を持つ少女を見て、汗を流すのであった。
「それにしてもアイちゃん……なんでこんな所に?」
「えっとね、ここにあった遺跡を作ったって言う人に、迎えを呼んどいたから帰ると良いよって言われたの!」
 ……、だったのか?
「そっか……」
 アキトは思う。
 迎え、とは自分の事であろうと。
 しかし何と言えばいいのだ?
 彼女の母親は既に亡く、天涯孤独だなどと。
 そして、嘘など何の意味も無い、時間が過ぎればバレる物だと言う事を痛感した。
「アイちゃん……」
「いい。知ってる。みんな……」
「そっか……」
「知りたい?」
「アイちゃんが古代火星で何を見たか……か。ちょっと興味あるかな?」
 キラリン!!
 輝く瞳!
 つややかに丸が描かれるほっぺ!

「え?」
 嫌な予感が、背中を一直線に駆け抜けた!!
(こ、この感覚は!?)
説明してあげる!!」
 ビシィ!
 と、常備していたと思われる教鞭を伸ばすアイちゃん!!
(ま、まさかこの説明病は……地なのか!?)
 驚愕すべき真実!!
 イネス=アイの説明は、子供の頃からの病気だったのだ!!
「では、このアイちゃんがおじちゃんたちに聞いた事を要約すると……」
 アキトはこの時点で、寝ないように細心の注意を払い、耳から耳へ流す事を心がけた。
 この時から三時間もの間を。

 さて、アキトが不条理な現実に翻弄されている頃、地球では。
「ユゥリィカァァァァァァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
 ヒゲが泣き叫びながらゴロゴロゴロゴロと床を転がっていた。
 それを見た副官は額に手をあてながら冷め冷めと涙を流した。
「分かる、分かるその気もちぃぃぃぃぃぃ!!!」
 副官は、親キノコだった。

 さて、状況を整理してみよう。
 親キノコにしてみれば、駄目な二代目といわれても可愛い自分の息子。それが暴れまわっているともなれば道は二つに一つ。一つは責任とって辞職する事。もう一つは自らの手で捕獲し、法廷へ突き出す事。
 では、ヒゲの涙の理由、それを説明するためには今朝の事を語らねばなるまい。

「失礼します」
 緊張しているのか、硬い声が彼の執務室に木霊する。
「おお、ユリカ……どうしたのかね?」
 などと言いながらも、彼の目は愛しい一人娘の顔と、その
左手にある男物の時計にロックオンされる。だが、そんな事はおくびにも出さない。知りたければバレない様に誘導尋問すればいいのだから。(ヲイ)
「いえ、報告書の提出に参りました。
提督
 棘がある。
 
公私混同の見本と言われるこの親子の間で提督と言う役職名を呼ぶなど。
「ゆ、ユリカ?!」
 何所と無く怯えるコウイチロウ。
「提督、お聞きしたい事があるのですが」
 声が冷たく凍っていく。
「な、なんだね?」
「火星の空港テロ、報酬は何でした?」
 凍りついた。
 何故ユリカがそれを?
 その一点に彼の意識は集中し、ユリカはそこで悟った。
「……分かりました」
「……ユリカ?」
 ユリカは階級章を引っつかむと、
大リーグボール一号を思わせるフォームでコウイチロウに投げつけ、見事命中し悶絶するコウイチロウを尻目に吐き捨てた。
 もちろん、一瞬消えた上である!!
「辞表は後日郵送します!!」
 恐るべき迫力だった。
 ドガン!!
 部屋が揺れるほどに叩きつけられたドア! 天井からはパラパラと欠片が落ちてくる。
「ユリカ…ユリカ……パパは、パパはな……悲しいぞおおおおおおおおお!!!」
 自業自得、というしかあるまい。
 第一、研究所に居るであろうテンカワ夫妻を狙おうとするのなら、仲の良い隣家のミスマル親子を使って空港におびき寄せるのが一番確実なのだから。
 それに気づく事のなかった彼の、そして友人の息子であるアキトを10年以上「死んだ」と思い込んで放っておいた彼の責任なのだから。これを世間一般には「サードチルドレン型内罰的思考」と呼ぶ。


 30分後。
 市内、某ビデオレンタル店にて。
 気分転換、と言う物だろうか。店内を歩き、何時の間にか、アニメコーナーで足をとめた。
「そういえばアキト、ロボットアニメ、好きだったな……」
 そう言ってユリカは、本当に適当に何本か手に取ると、レジへ持っていった。
 これから起こる騒動など知らずに。


 最果ての地、東京埋立地。
 娯楽の無い、数ヶ月前までの木連を思わせる(現在、地球政府より僅かに木連が優位である)閑散とした空間。
 そこで、MYメカを持っている二人は模擬戦を行う事にした。
「ふ、ふふ……俺の、俺の時代が……」
 白と黒の欠片を積み木のように弄ぶ月臣を放ったままで。

 木連育ち、ゲキガン色に染め上げられた九十九はテレなど一切無く叫んだ!!
「龍・神・丸ーーーーーーーーーっっっっ!!!!」
『おおーーっ!!』
 リアルに再現され、空中から投下される龍神丸。
 スポンサーからのクレームもばっちり、改良済みだ!! まるで夢の如く、あの御方の声で叫んでくれる!!
 一方、源八郎は。
「あ、戦ちゃん、ごめん、ちょっと来てくれる? なに、風邪気味?」
 などと、こちらはきっちりと再現済みらしい。

「行くぞ九十九!!」
「来い、源八郎!!」
 じりじりと、互いに必殺の武器を構えながらにじり寄り、僅かに下がる。これを繰り返していた。
 何しろ間合いが分からないのだ!
 良く考えて欲しい……人間とは全くプロポーションの違うこの二体で、どうやって間合いを知れと言うのだ!?
『良いか、九十九…飛龍拳だ!!』
 素晴らしきかな人工知能!!
 あの御方の声で助言が入る!!
「俺は、負けない……負けたら、舞歌様に殺されるうううううう(泣)」
「こっちこそ!! 飛厘に何されるか分かったものじゃないんだぞおおおおお!!!」

「…二人とも若いわねぇ。聞こえてるわよ? どう、飛厘?」
どんなお仕置きにしようかしら……
 聞いちゃ居なかった。
 逃げ出したくなるくらいうっとりした表情で明後日の方向を見上げる飛厘の手には「古きよき日本の伝統・48手」と書かれた本が。まかり間違っても相撲の教本では無い
 とてつもなくストレートな物を見て、逆に舞歌様の顔が火照る。
 そう、舞歌様は……兄上を亡くされてから一直線に突っ走ってこられたお方。いわゆる耳年増だが(その手の)経験はないのだ。
 そしてポツリとこぼした。
「……飛厘、ハネムーンは何所がいい? 北極? それとも南極? 密林地帯なんてのも良いわねえ……?」

 白熱した模擬戦。
 それがもたらした物は、破損した機体と、半ばポンコツになった戦神丸。
 かわって龍神丸。こちらは遠距離攻撃をちまちま仕掛けるというハメ攻撃の所為かあっても掠り傷という、ヒーロー物の王道を無視した……いや、正しいのか……必殺技の連発攻撃をしたのだった…。
 無論、修理する飛厘のことなど考えていない。
 下手をすれば超・瓜畑工房に依頼する事になりかねないが、ナニ改造されるか分からないので却下。
「つ、九十九……た、たた……助けてくれ……」
 そんな、震えの止まらない秋山源八郎に九十九は暖かい笑みを向けると、「すきん」と「まむしどりんく」をダースで渡すのだった。
「源八郎……漢なら、逃げるな」
 と言う、まことに持って暖かいお言葉付きで。

 TVから音が流れている。
 映っているのは「信じら○ない99連発」という、200年にわたって放送される伝統番組だ。
 レポーターが何かを叫んでいる。
「ご覧下さい、あの怪物を!!」
 画面に映ったのはコモドドラゴンに似た「何か」。切り替わり「三日前」というテロップが追加される。

 画面の奥に、森から平原にさし変わろうと言う場所、僅かに手前には沼も見える。そこから現れるエステバリスを文字通り蹴散らし暴れる怪物の姿。
 丸みを帯びた体から触手状の手足を生やし、わさわさと蠢くように、悪夢のような素早さで動き回っている。
 ごっ…ずしゃあああああああああんんんん!!!!
 激しく泥しぶきを上げながら沼地に落とされる陸戦!!
 だが、その機体も腕だけを上げ、ライフルで怪物の目と思しき部分を撃ち抜く!!
 きしゃああああああ!!!!!
 暴れ回る怪物!!
 目の周囲がすっぽりとこそげ落ち、ぽかりと穴があく。
 ぼたぼたぼたぼた……。
 水が滴り落ちる。それは平原を枯らし、白煙を上げる。強酸だ。
 ダダダダダダダダダ!!!
 激しく撃ち放たれるライフルの光!!
 やがて怪物は声を上げる事無く倒れ、触手のように見えるものも僅かな時間で溶けるように消滅した。……溶けかけた、言うなれば消化されかかった鯨の死体が五頭も残った事を除けばだが……。


「……という訳です。ご覧頂いているのはその怪物の本体とも言うべきものだそうです。では解説の……」
「解説じゃないわ、説明よ」
 レポーターが話そうとしたとき、いきなり女が現れた。東洋でも西洋でも美人と呼ぶような妙齢の女性。ただ着る物に頓着しないのか色気無い白衣をまとっている。
「あ、あの貴女は……? 解説にはフレサンジュ博士を?」
「私がイネス・フレサンジュよ。あんまり若いんで驚いた?」
「ええ、それは……では貴女があの今世紀最後のマッドサイエンティストの?!
 ごばああああああんんんん!!
 とてつもない言葉を吐いたリポーターの頭に炎を吹き上げるブースター付きのハリセンがめり込み、彼をバウンドさせながら遠くまで弾き飛ばす。
「……ちょっと痛いですね……」
 頭をさすりながらテクテク戻ってくるリポーター。
「あなたも大概丈夫ね……どう、実験に参加してみない?
「いえ、それは本気で辞退させていただきます」
「その言い方ちょっと気になるわね……では、私はこの生物を古きよき日本の因習に基づいてタタリ神と命名したわ」
 うわ、そのまんま。
「……では、あれはどこかの山の主ですか?」
 お〜いリポーターさん、意味、分かるんですか……。
「いえ。あれはどう見ても地球の生物じゃないわ。端的に言うと宇宙怪獣よ
 間。
「あの……ドクター?」
 リポーターの口調においおい大丈夫なのかこの姉ちゃんと言いたげな物が混じる。
「私は至って冷静よ。これは単純に遺伝子レベルからの問題で……そうね、私たちは炭素系生命体とも呼ばれる事から構成素材の基本に炭素が使われていることぐらいは分かるわよね?
「そのくらいは…」
「じゃ、コンピューターに使うシリコン。これが炭素と似通ったものであると言う事は?」
「何となく……」
「概念だけはあったんだけどね……シリコンを基礎とした珪素系生命体。それなのよ、あのドラゴンもどきは。もっとも、珪素系生命体は気温で言えば500度以下では生存できない……はずなんだけど、体の中に生体発熱機構とでも呼ぶべきものがあったわ。それであんなに大量に餌を必要としていたのね」
「そ、それであれの退治方法は……?」
「分からないわ。だってあれ群体生物ですもの。何所が中枢かなんて解剖してみなくちゃね」
 そう言って、何故か、どこかに隠し持っていたのかメスを手にする。……何気に一億人斬りなどと書かれたメスを。
「でも分かった事がもう一つあるわ」
「そ、それは一体!?」
「あれはかつて南米を恐怖に陥れた大怪獣……ブラックサレナと同じモノよ!!」
 約一名、TVの前で大きくこけた。

「……ヤマサキ」
 ぱり。……パリ……バリ、バリバリバリバリ!!!
 煎餅が勢い良く口の中に消えていく!!
「ヤマサキ……」
「バリ……む?! むぐっ? はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
 こぽこぽこぽこぽ……
「ああ、お茶がおいしい……」
「やぁまぁさぁきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「ああ、なんですか南雲さん。そんなに大げさな」
「貴様、あれだけ大口を叩いておいてなんだあの体たらくは!!」
 TVをビシィと指差しながら叫ぶ彼の顔は凄まじいものがあった。
「何って……多分、海のものをあらかた食べ終わったんで陸に上がって人間でも食べようとしたんじゃないですか?」
 恐ろしい事を―正解だが―喋るヤマサキ。
 逆に南雲のほうが引いてしまう。
宇宙怪獣・制式五番竜型。通称どらりん。まったく、まだ子供なのに人のいる所に上がってくるなんて……まだ、教育が足りなかったかな?」
 教育、という言葉に南雲の肌が粟立つ。
「まあ、完成まであと二ヶ月と言うところですから。それまでに見つかったものについては失敗作だと思ってくださいね」
 そう言って、本人は爽やかだと信じる、他人にとっては不気味そのものでしかない満面の笑顔を向ける。
「それにね、南雲さん。これは僕の夢だったんですよ」
 そう言って、壁の書架にある何百冊ものSF本を指差す。
「僕の夢、それは真のマッドサイエンティストになる事」
(とっくになっているだろうが!!)
「科学技術の発達した現在、既にマッドサイエンティストは絶滅しました。人工生命、試験管ベビー、遺伝子改造、人工臓器」
 そこで、煎餅を口に入れ、抹茶入りのコーヒーで流し込む
(うえぇ……)
「かつては想像上の産物でしかなかったそれも、今ではごく当たり前の技術!!」
(言われてみればそうだな)
「そして僕は考えた!! 宇宙怪獣を改造して世界征服!! これで完璧、僕は歴史に残るマッドサイエンティストになれる!!!」
(……大丈夫か、こいつ)
 それは誰にも分からない。
 と言うか南雲さん、あなただって似たようなものじゃないかな?

 そして。
「わ、私は…私はそのような人間だったのか……!?」
 驚愕に戦き、全身を震わせる北辰。
 そこからかもし出される雰囲気は、恐るべきものがある。
「分かったなら、大人しくお縄に……ナニ!?」
 悪の組織の改造人間どころではない瞬発力で、ナオの腕から銃を奪い取り、一瞬にさえ満たない時間でメティをその腕に抱え、窓際に立つ。
 ナオは間違いなく骨折しているだろうその腕を抑え、睨み、呻いた。
「北辰貴様……一体何を……」
「知れた事。記憶を取り戻す。そのためには……かつての自分を模倣すれば知る事が出来ようからな」
 ……何となく棒読みっぽいが、真剣さは――この場合発揮して欲しくないような真剣さだが――伝わってくる。
「さらばだ!!!」
 がしゃああああああんんんんんん!!!
 そして北辰はガラスを突き破り、街の中に消えていった。
 ナオの銃を右手に、左手にメティを抱え、全身に包帯を巻かれながらフンドシ一丁で。
 北辰は、新たに不名誉な罪状をいくつも抱えながら逃走していった。

「……ナオさん」
「分かってるさ、ミリア。俺が必ずメティを連れて帰ってくる」
「夕ご飯までにお願いしますね」
 ……何かずれた意見だった。

あとがき

 全ては、サブタイトルに集約されています。以上!

 

 

代理人の感想

 

素晴らしい!

まさに夢の結晶!

ありがとう舞歌さん!

ありがとう飛厘さん!

 

何気にシリーズ全部を通しで見る羽目になった飛厘さんが怖いような気がしないでもないが

そんな事はどうでもいい!

 

ついでに壊れた元一朗も脂汗を浮かべる源八郎もどうでもいい!

でも、流されたツートンカラーの月臣専用が動く所はちょと見てみたかったな(笑)。

 

 

時に、北辰が別の意味で外道になりつつあるよーな(笑)。