機動戦艦ナデシコ<灰>

エピソード8−1/「精神交換」……話としては、よくあるけれど

 ヤマサキは愛読書片手に盛り上がっていた。
 机の上には山葵せんべいと唐辛子せんべい、飲み物にどろりとした濃い抹茶を置いている。
 無論読んでいるのはついに隔週化された「マッドの友(旧・月刊マッド)」である。
 かつて志すだけでマッドサイエンティストと呼ばれた物……人工臓器、人工生命、遺伝子改造、倫理はともかくその全てが今は実現し、社会に貢献している現実は否めない。
 ゆえに、最高のマッドサイエンティストを目指すヤマサキはこの雑誌に投稿するのを常としている。
 ちなみにペンネームは「ヤマちー」。三ヶ月に一回は掲載されるほど常連だった。
 言いかたを変えよう。
 ヤマサキを持ってしても三ヶ月に一回だけ……ヤマサキをしのぐマッドがそろいもそろってこの雑誌を読んで投稿している状況である。
 シュキーン!
 まるでニュータイプのように頭に電光が突き刺さった!!

「こっ、これは!」
 目を見開き、ヤマサキは絶叫する。今見たそれが自分に与えたショックと、与えたインスピレーションの凄まじさに!!
「くっく…はは、これだ、これだ、これなんだああああ!!!」
『ぴんぽーん♪ やまさきハカセ、めーるガ一通トドキマシタ。ヨミアゲマスカ?』
 何処となく懐かしい、合成音そのものの声がPCから流れ出る。
「メール……ああ、。読んでく…ててててて?!」
 指先を残像で30本に増やしながら忙しそうに何かを一心に打ち込むヤマサキは、気が抜けた瞬間につった指を抱え込むように床を転げまわる!
 それを承諾と勘違いしたのか、メールを読み始める。
『ヤマサキ博士、貴方の作り出した12体のうち七体が環境不適合、もしくは軍との戦闘により破壊されましたが……残りの五体は完全体へと成長した事が確認されています。指示をお願いします』
 だがのたうち回るヤマサキはンな事ぁ聞いちゃいねえ!
 頭を床に壁に椅子に机にぶつけてなお、転がりまわる!
「ぬぅぉぉぉぉぉ?!?!」
『「ぬぅぉぉぉぉぉ?!?!」……デスカ。返答シテ宜シイデスカ?』
「にゃぅりぃるぅおぉぉ?」
『ソノヨウニ返答シテオキマス』
 ……まあ、ヤマサキ用にカスタマイズされたメールソフトだけあって、非常にファジーなシステム。
 この後部下が『暗号が解けませんでした』と泣きついてくるまで、ヤマサキは「既読」にされたメールを開く事などなかった。



 テンカワ・アキトは違和感に気づいた。
 その違和感は毎日感じるものであって、その正体はすぐさまにも気づくものでもある。
 だが、状況が許さなかった。
「あ、あのイネスさん……」
 キラキラとした、近づきたくなくなる恐ろしい目で……アキトはイネスに見つめられていた。
「何、枝織ちゃん…じゃなくてアキト君」
「…うう…」

 かつて、ナデシコで起きた「IFS所持者の精神が接続される事故」……その状況のまま自転車に乗ったり、銃を打ったり……その様な事があった。
 その事故の最中、端末に接触していたのはオペレーターのルリ程度だったのに、所持者全員が繋がった「あの事故」だ!
 あの事故では「記憶」という「ファイル」の「共有」が起こった。
 その上、今度は木星トカゲの引き起こした事態ではないが、何しろイネスの起こした事件である。
 前の事故を上回る現象が起きた……そう、
脳内の情報が体の「遠隔操作」を「互い」に起こしているのだ。相互クラッキングと呼んで差し支えないだろう。

 アキトの脳が感じている、自らの身体情報の全ては枝織の体の情報……逆もまたしかり。
「その……イネスさん、その機械、何時頃直りますか?」
「楽しそうじゃない。いっそ、ずっとそのまま居なさいよ」
「ふざけないでください!! ……本気で聞いてるんですよ!」
 ヤレヤレと言いたげに顔を横に振り、言った。
0から作り直すから、最低でも一週間。ちなみに部品そのものを作らなきゃならないから、お金に物を言わせることも出来ないわ」
「……一週間」
「アー君、楽しそうだからいいじゃない」
 気楽そうに、アキトの体でバシバシと自分の体を叩いている枝織。
「いえ、そうじゃなくて……」
「何、アキト君?」
「お風呂とか……どうすれば?」
「目隠しでもして、自分の体は自分で洗ったら?」

 言われ、想像する。
 恥ずかしさもあるが、絵面にすると「裸の女の子に目隠しをして、男が体のすみからすみまで洗う」……想像するだに犯罪っぽい。
 いや、それ以前に先ほど感じた違和感のほうが……問題だ。
「それと、その……あの……ですから……切羽詰っているんですけど……」
「何? 要領を得ないわね……ちゃんと言いなさい」
 か細い声で、言った。
「その、トイレはどうしたら……」
「普通にしなさい」

 イネス先生の声は、にべもなかった。

 ぞくり。
 およそ一月ぶりに帰って来た、自分の事務所兼自宅。
 一歩足を踏み込んだ途端感じた違和感は……一体……
「……感じた?」
「うん」
 そう言う二人は、いまだに元に戻れていなかった
「何だ……この気配は?」
 いまだに感じた事のない気配。
 敵意でも殺意でもなく、ただ単純に理由もなく、自分が危機にあることを教えてくれる気配。
 ひたり。
 そう言いながら…枝織の体(中身アキト)に腕をしっかりと回して抱きついたのは誰あろう、零夜であった。
 普通の人間なら「長年会えなかった親友に再び出会えた時の、情熱的な抱擁」……そう見えたかもしれない。
 けれど、抱きついた手のある場所や、熱っぽい吐息と抱擁……全身に一気に鳥肌が立ち、脂汗が流れ、全身が冷える。
「あ、ああああああああの……?!」
「北ちゃん、もう離さないから…」
 ビシィッ!!
 一気に全身にヒビが入ったような錯覚。
(こ、この女の子…もしや!?)
 そこまで考えた時、アキトは考えた。
(コイツぁ噂に名高い貞操の危機ぃ?!)
 かくん。
 一瞬だけアキト(中身枝織)が揺れたと思った時、零夜の手にビシ、と一撃を加える。これは枝織ではありえない……あまりの状況に、北斗が出てきたのだ!
「痛い! 何するの! 愛する者同士の抱擁の最中に!!!
 ぞわわわわわわわわ……駆け上る…悪寒!
 アイコンタクトを交わす二人。
(……真性か?)
(今、確認した)
(元からじゃないのか?)
(昔は…過保護っぽかったと思うが…それだけだったはず……)

 実は零夜と北斗・枝織の間にあったのはごく普通の友情。
 けれど、木連軍部がアキトの手によって不祥事を暴露された時に、時の軍部にとって不都合な人間達を押し込めたブロックから開放された人間達がいた。北斗・枝織もその中の一人だった。
 北斗と枝織の養育係……という形で世話をしていた零夜だったが、いざ二人が居なくなってしまうと、零夜自身、自分が北斗に依存していたと気づいた。その時感じた虚無感……それに気づいた時、その時感じた感情を「姉妹的な愛情」ではなく「恋慕」と認識してしまった。
 それが事実か、誤認なのかは誰にも分からない。
 だが、それで「めざめた」のは間違いがなく、零夜自身、それを嬉々として受け入れた感もある。

 まあともかく、今が貞操の危機ということには間違いなかった。
 二人は同時に頷くと、アキトが抱きついている零夜を振り回し、北斗の目の前に零夜の首が来るようにする。狙いは間違いなく「あてみ」による気絶!
「甘い!」
 そう言いながら、アキトの手を取り、零夜はかわそうとするが……
「てい」
「え?」
 ごがしゃ。
 アキトが枝織の体で足を引っ掛けたら、零夜はずるべたーんとすっころんで、顔面を綺麗に打ちつけた。
「逃げるぞ!!」
「当たり前だ!!」
 追いついてこないように零夜を縛ってから逃げる……気にさえなれず、二人はわき目もふらずに、全力で逃げ出した。
「何処に逃げる!」
「知り合いの所は全部駄目だ! ここにはラピス達が居るから、面白半分でばらす危険性がある……まずは変装だ!」
「了解ッ!」
 どちらが先に言い出したのかは分からないが、二人は我先にとデパートに駆け込んだ。
 ただ、下着売り場で悲鳴が上がったり、地下の試食コーナーを平らげたり、屋上のヒーローショーで騒ぎを起こしたり、トイレで悲鳴をあげさせたりと……相変わらず騒ぎに事欠かない連中であった。


 からん…コップの縁に、氷があたって音が鳴る。
 死屍累々……その表現が一番適切なその空間に、ムネタケはいた。
 かつて第二次世界大戦の頃から軍基地のあったサセボの街……そこに配置された兵達を相手に、ムネタケはたった一人で勝利を収めていた。
「不味いわね……」
 そう言いながら基地指令の部屋にあったテキーラをあおる。
 そのまま火のつく強力な酒を一気に飲み干し、あたりを見る。
 素手で引きちぎったエステバリス……蹴りでひしゃげた大地、石投げで撃墜された航空兵器。
 呻き声が聞こえるが、転がっている者は皆、指一本動かせない。だが、ただの一人として死んではいない。

「ごちそうさま…」
 ビンとグラスを置き、立ち上がる。
「あんた達、そこそこね。ブラックマッシュルームに来る気があるなら連絡なさい、歓迎するわ」
 そう言いながら置いたビラには「世界征服宣言、発令まで後一ヶ月」と、極彩色で書かれていた。つまり、それまでに片をつけなければ、この団体は世界に向けて動き出すという意味であり、敗北続きを隠蔽する事も連合は出来なくなってしまうのだ。
 から…
 瓦礫が転がる。
「待、て…」
 気力のみで、動かないはずの体を引きずって。
 その顔には、というか髪型には見覚えがあった。親子で揃えたキノコカット。
「あら、パパ」
「貴様とは……もう親子の縁は切る……だが教えろ。何故、貴様がこのような事を……」
 バキャァ!
 瓦礫を砕きながら立ち上がるはエステバリス陸戦フレーム! 腕を振り上げ叫ぶ!
『死ね、化け物ぉ!』
「…甘いわぁ。秘技・十二王方牌大車輪!!」
 ありえない光景!
 ちびムネタケが一瞬幻覚のように分身し、襲い掛かり……何とエステバリスを吹き飛ばす!!
 流石にやり過ぎたのか、などと考えていると、地面をうぞうぞと這い回るモノがあった。黒い…金属光沢をもった物。
 ヤマサキに「まりりんちゃん」と名づけられ、一般には「アマゾン神秘の怪獣ブラックサレナ」と呼ばれている、ムネタケ・サダアキに懐いた生命体であった。これを「人徳・バイ・ナーガ」と言う。
「サレナ、通信機の類はみんな食べた?」
 するとブラックサレナは変形して自分の体をアルファベットの「O」「K」に変えた。まるで人竜(インナードラゴン)のようである。今度はそれが「ぎゅるり」と音を立てるかのように、ムネタケの体に巻きつくようにブラックサレナが変形する。すると、金属製のマントのような翼に変形する。
「じゃあパパ、最後の親孝行よ。これから私達の動きが世界的になるわ。そうしたら、それを口実に木星と地球の武装化を進めて。……世界の終わりと戦う為に」
 ブゥオン!
「待てサダアキ! 世界の終わりとは…」
 ブラックサレナが羽ばたくと、物理法則や空気抵抗……そんなものを完っっっ全に無視して天空を駆け抜けた!


 どぉぉぉぉんんん!!!
 激しい音と共に、遠目にも爆発が見える。
「あっちはサセボ基地か…」
「どうしたアキト」
「いや北斗、向こうの基地に何か起きたみたいで…」
 そう言いながら、頭を抱えているのは北斗。
 実際にアキトの体を使うことになって想像との差に少々混乱したらしく、自分が男だと言う意識が、根底から揺らいできているらしい。
「しかし、これからどうする気だ?」
「いや、火星で偽名で稼いだ金がある。それはラピス達に気づかれていないはずだから、それで…」
「あの機械が直るまで何日かかると思う? それまで二人分の宿泊費が持つのか? 食費は持つのか? ……なんで俺が行き倒れたと思っている?」
「……そうかもしれんが…」
 そう言って、二人同時にため息をつく。
 まあ、家出人とか駆け落ちした恋人とか、そう言う風にしか見えないのが絶妙だった。

 デパートから出てきた客の一人が、二人を見つけた。
「先生? …じゃないか。こんなところに先生が居るわけないし…という事は…」
 そう言いながら、一瞬だけ険しい顔をして時計をポケットから出した。それは懐中時計だったが固定された針が一本しかない、逆にドーナツ状の文字盤が規則正しく回転する奇妙な物で、幾何学的な模様が呪文のように書き込まれていた。
「やっぱり違うのか……でも、似ている……似過ぎてるよ。しかも二人とも…」
 何か、大切なものを目の前の光景と重ねているような気になって、声をかけた。

「お二人さん、どうしたんだい?」
「え?」
「な?」
(気配を感じなかった……?)
(こいつ……?)
 二人は戦慄しながら、目の前の人物を見る。
 せいぜい150センチ半ば、10代前半、背中の上のほうまで伸ばした髪を軽くまとめて、言ってみればエビテール…そんな感じに纏めていた。
 にっ。
 そんな感じの、まるでひまわりのような顔で笑ってくる。
 正直言って、闇の中を歩いていた人間には眩しすぎる、本物の笑顔だった。
「なんか迷ってるみたいだからさ、人に話すと案外話がまとまったり安心するから、言ってみると良いよ」
「あ、ああ……どうする?」
「それも、良いんじゃないか?」
 笑顔にくらんだのだろうか、迷いながらも二人は話す事にしてしまった。
「えっと…俺は…じゃなくて私は…(なんて言ったらいい?)」
「適当だ、適当! 俺は…」
「ああ、名前言いたくないなら良いよ。ボクん家近所だから寄ってきなよ。それとボクはシア・御神楽。ヨロシクね」




 ピン!
 何かの気配を感じたのだろうか、零夜の髪が突然、一箇所だけが立ち上がる
「妖怪アンテナ…?」
 誰かが呟いたが、零夜はそれに取り合わず……
「北ちゃんの身に、何かが起きたのよ…」
 そう言う。
「北ちゃんて、零夜さんがさっき会ったって言っていた?」
「…はい」
 頷く零夜を見、「二人そろって居候」している身でありながらくつろぎきっていたイツキは目を鋭くし、怪しげな暗号で自然に会話しているラピス達に声をかけた。
「何?」
「さっき言っていた”カタログ”見せてくれる? 正体隠して正義のヒーローって奴の」
「イツキさん軍の人だし……一般向けと、軍関係者向けがあるけど」
「じゃ、軍用で」
 言われラピスはディスクを見せる。「応接間の端末で見て」そう言いながら、また怪しげな暗号会話を始めるあたり、こちらも何か切羽詰っているのだろう。
 イツキは言われたとおり、応接間に戻る。
 どうせ子供が作った物、正体がばれないようにする為の「着ぐるみ」程度を期待していたのに、その目論見はスカーンと外された。
 画面に食い入るようにして、目を血走らせるようにしてイツキは固まった。
 目の前にあるのは、異常なまでに精密かつエレガントな物体。
 軽量かつ、パワフル。
 内部構造の精密さといえば、まるでエステバリスの縮小版。

「こ……これは……!!」
 ちなみに値段は「愛用者特価セール」のため、イツキのお小遣いで「ちょっと無理すれば」買える程度にリーズナブルだった。その上「一台買えば、もう一台おまけにつけちゃう」とかかれては……!!
 まあ、だったら半額にしろと言われるかもしれないが、初めから壊れる可能性のある場所で酷使するのが前提のシロモノ、二個セットでいいかもしれない。
 イツキは、今月買う予定だった香水とリップ、新作のブラウスに頭の中でバツをつけ、迷わず"BUY"を選んだ。
 そして、慌てふためき、混乱している零夜に言った。
「……商品が届き次第行くわよ……」






あとがき

 無茶苦茶なムネタケ。
 実は東方先生と三日三晩戦える実力の持ち主。
 大怪獣ブラックサレナと合体すれば、宇宙にも地形対応A、スーパーなユニットに更なる進化!
 そう、彼こそが東西南北中央不敗スーパームネタケ!!

 まあ、それはさておき。
 王道を踏襲するのって、結構大変かもしれませんねー。精神交換ものなんて理由付け。

 なにより、零夜&イツキの最狂タッグ(+ラピ工房製戦闘兵器)から、二人は逃げられるのか!?
 そして、二人目の謎の人物シア・御神楽の元に身を寄せた二人は、どうする気なのか!


 

代理人の感想

ムネタケが妙な寝言をほざいておりますね〜。

ただのお馬鹿な(人外の)悪役というのもよかったんですが(笑)。

 

しかし、ヤマサキ級のマッドがゴロゴロしてる世界って凄くイヤ(爆)。