機動戦艦ナデシコ<灰>

エピソード11−1/枝織ちゃんと北斗を救出せよ。

「……」
 複雑な何かを顔の上にはっきりと見せながら、アキトは新聞を見ていた。紙面には市内を騒がせている「赤い影」に着いての言及があったが、その正体は今だ不明とあった。
「……不明、か」
 事件をネルガルの力で押さえ込んでいるのか、それとも……。
 その事について、アカツキからの返答はなかった。どうやら、単独登頂のための準備をしている所を見つけられ、監禁されているらしい。パラ、パラ…と紙をめくっていくが、それほど気に留めていないようで、流してく。おそらく「赤い影」の事で気が散漫になっているのだろう。
 だが、それも……ある記事が目に入るまでだった。
「……こ、これは……?!」
 ここ暫く、俗世との関わりが非常に薄かったアキト……ロクにテレビも新聞も目にしていなかっただけに、この記事を見たのはこれが初めてだった。
『暴走する中年軍団、奇怪な紛争で街を徘徊、暴徒と化す』
 見覚えのある角刈りの中年男性が、見覚えの無い奇抜…ではすまないほどに異常な扮装で、絵の具やペンキに見えないものを全身に浴びながら大笑いしていた。しかし被害者は「悪党」に限られるらしく、また人数があまりに多くて警察機関どころか軍隊まで出動し……下しているようだ。
 ……アカツキの監禁の理由は、これではないのかとも疑う。
 それと隣り合うように、また恐ろしい記事があった。
『聖者、再臨。医療施設を訪問』
 名も無き聖者と呼ばれる人物が、テロリストの手により誘拐されるも脱出。
 再び西欧に舞い戻り、新たな宗教都市を築きながら、病院や孤児院、学校へと慰問を行い、自らに苦行を課しているという。
 掲載されている写真には……武人特有のストイックなカリスマ性を余すことなく、存分に発揮した姿や、怪我をしたお年寄りを気遣っている姿があった。
 ……これを見た次の瞬間、何故かアキトはトイレに駆け込み、口を抑えながら出て来た。
 どうも、拒絶反応が出たらしい。

 そして、ページをめくると。
『宗教戦争、勃発』
 ……戦争の地獄絵図があった。無抵抗主義を抱えていそうな連中と、血に飢えてるとしか見えない連中……それが「聖者の微笑み」をしたまま、存分に争っている。
 どうも、先日の二大怪人大激突がおかしな具合に火をつけたらしい。
 全身の力が抜け、倒れ伏す。
「……疲れた」
 とは言え、そうも言っていられない。魚の焼ける匂いを嗅ぎ取り、こげる前にと新聞をたたみ、魚を皿に移しながら食卓の用意をする。
 既に食卓に着いているイネスに、声をかける。
 下手に話すとプレッシャーになると考え、今まで言わなかった質問を。
「……枝織ちゃんと北斗の様態は?」
「体のほうは…ね」
 その言葉には、言葉に出来なかった続きがはっきりと聞き取れた。
「治療法は?」
「難しいわね、彼女の背景が分からないから処置がしづらい…というより出来ないのよ。……それよりも、お米はもうちょっと硬めに炊いてもらえるかしら」
 自分に無理な時、素直に無理というのは美徳なのだろうか、そしてすぐさま切り替えられる頭を持つことは……。
「ところでアキト君、ここ何日か「彼女」の事でここに泊り込んでいるけど、事務所のほう大丈夫なの?」
「それは十二分に。ラピスはエリナさんに預けたし、ルリちゃんはその……学校の友達の所に泊まっているようですし」
「年頃の女の子に、外泊させているの?」
「……まあ、一応は知り合いですから、そこら辺は大丈夫そうですし」
 とは言うものの、例の「辻斬り」もあの一件以来出ておらず、街もそれなりに平和なところを見ると、本当に「標的のテンカワ・アキト」は確定したらしい。そのシアがルリのクラスメートだとか、友人だとか言う点は差し引いても、今の自分の周りにいられるよりは安全かもしれない。
 そんな事を考えた時のことだった。
「と、いうのは難しいかもしれませんね」
 子供の声がかかった。
 しかし、ここに居る一番小さな子供はアイちゃんなのだが、彼女は小学校に通う為の必須アイテム・ランドセルを買いに出たばかりなので、ありえない。それ以前に、アキトが声を聞き間違えるはずがない。
 イネスなどは悲鳴に近い叫びを上げてしまったほどだ。
「そんな、私の作った鉄壁かつ変質的な、それでいて猟奇的な罠が突破されるなんて!」
 鉄壁は、クリエイターとしてのプライドがさせるものとして納得できる。
 だが後半の変質的とか猟奇的とはどのような物なのだろうか
「……イネスさん?」
「それは勿論…落とし穴の下には竹槍や、巨大な歯車、釣り天井に爆弾、ガスに電撃、冷たいコンニャクよ」
 正気ですかと聞きたかったのだが、罠についての詳細な説明をされてしまった。……脱力せざるを得なかったが、それでもこの不信な侵入者を調べなければならない。だから気を取り直して質問することにした。
「君は…誰だい?」
 しかし居丈高に出れなかったのは、目の前の人物が、五歳前後の女の子にしか見えなかったから……だろう。
「シディと呼んでください、<黒い悪魔>さん…いえ<Prince of Darkness>…」
 声も仕草も子供そのもの。
 唯一、言葉遣いは大人のようだが、そのような子供から「その名前」を呼ばれたアキトは自覚せずに喉を鳴らした。
「君は…」
「シディ、そう名乗りました。……時間も惜しいので、用件だけ伝えます。北斗さんと枝織さんは自己矛盾を起こし、人格崩壊の危機に陥りました。人格統合を行うには中核となる意識が無ければなりません。そこで、このような物を用意しました」
 唐突に話を進めていくシディ…しかもアキトの問いに全く取り合わない。
 彼女が取り出したのは、一枚のディスク。
 興味を引かれたのか、イネスが乗り出すようにしてそのディスクを手に取った。
「何のプログラムが入っているの?」
「貴女が開発したシステム用のプログラムで使う物です。要するに…テンカワさんが直接彼女の心の中に入って、二つの意識を取り持てば良いんです。その結果が意識の統合であるのか、それとも完全な分離であるのかは、あなた次第ですが」
 イネスの開発したシステムは非常に多くの種類がある。だが、この言葉がさすのが例の「人格交換」を引き起こした代物である事は、すぐさま分かった。
「彼女の安全は?」
「肉体的に損傷を与える物ではありません。もっとも、その精神も今アクションを起こさなければ間違いなく崩壊するのでしょう」
 それを言う時、酷く沈んでいるように見えた。
 イネスは悟った。この少女は平坦な言葉遣いだが、これほど表情に出る娘も珍しい、むしろ正直すぎて好感が持てた。
「アキト君の安全は?」
「彼の精神力次第と思われます。『強ければ生き、弱ければ死ぬ』……と言った所でしょうか」
 赤毛の十字傷と戦った、全身火傷男のような台詞である。
 そしてシディは立ち上がる。
 現れた時のように、これから消えるとすぐに分かった。……理由は無い、ただの勘……だが、間違いはないはずだ。
「麻酔が切れ、意識を取り戻すたびに自己矛盾による意識崩壊の前兆…それを繰り返しているようですから、急いだ方が良いでしょうね」
 しかし、アキトは声を発した。
 この場で、最も重要な意味を持つ質問をする為に。
「……君は何故、これだけの事をしてくれるんだ…」
「その答えは簡単です。テンカワ・アキトさん、貴方のような人間になりたくない。ただそれだけです」

 シディの感情は、声には出ないが表情に出る。
 だから、今アキトに対して持っている感情が出た。
 それは人を傷つけることへの恐怖、そしてアキトに対する明確な嫌悪だった。
 そして、イネスも問う。
「確かにアキト君は秘密主義だし、卑怯だし、裏技ばっかり身につけて男らしくないくせに女性関係で問題が出ないように予防線を張ったり、そのくせ子供っぽい趣味があるし、あなたが知っているように人にいえない過去もあるわ。……でも何故そんなに嫌うの?」
 到底、フォローには取れない台詞の羅列である。
 となれば、返ってくる答えにも容赦など無い。
「…それだけあれば、十分なのでは?」
「それもそうね」

 あっさりと納得するイネス。
 隣でアキトが崩れ落ちたのは気のせいではあるまい。
「…こほん。で、あなたがアキト君を嫌う理由はあるんじゃないの?」
 改めて問うイネス。
 シディは少し考える素振りを見せ、言った。
「私の両親を、隠れ里になっていたコロニーの1200人ごと殺した人物を好きになれとでも? しかもその理由が、ユーチャリスのグラビティブラストの実働実験だったなんて理由を知ってもですか」
 と。
 その時、アキトは知った。
 自分の他に時間を移動した人間が居る事を。




 それは中学校の昼の一コマ、教室での事だった。
「もーらいっ」
 そんな声と共に、ハゲタカのように鋭い指先が、ルリの弁当箱から「タコさんウインナー」を掠め取っていく。ルリの「あっ」という声よりも早く、タコさんウインナーは口の中に消えた。
「アユミさん…それ、私の…」
 ルリは目の前の親友、イトウ・アユミが、むやみやたらと幸せそうに、美味しそうにほおばっているのを見て、楽しみは先に食べておくべきという事を学習した。
「ん、おいしー。でも、いつものと味違うね。ウインナーそのものから作ったの? でもルリルリが作れる訳無いし」
 えらい言われ様であるが、ルリの料理はむしろ上手い方だ。だが、ここ数日の弁当の中身を失敬し続けているアユミは、味の変化が大きすぎてルリの作品でない事に気づいたのだ。
「それは御神楽さんの…」
「だから、シアだって。アユミちゃんの食べたのは、ボクが作ったヤツ」
 そう言いながら、胸を張る。
 教室の男子が、学校のアイドルであるルリの姿をチラチラと見ているのだが、その時だけ、視線が動いた。
 自慢げだったシアの胸が、揺れたのである。
 中学生の場合、肥満体型でもなければ揺れるほど大きくなるのは稀なのだが、むしろ痩せ型であるはずのシアのそれはきっちりと大きかった。なので、健全な男子中学生はつい本能に負けてしまったのだ。

「……」
「……」
 アユミはそれほど気にしていないようだが、ルリは視線を下に、自分の胸元に下げる。
 その沈黙は自虐的であり、空気が突き刺さるかのようだった。
「え、えーとさ、そうそうシアちゃんて料理上手なのね、これおいしいよ」
 そう言いながら、その手はハイエナのようにガツガツとルリの弁当箱に伸びる。その代わりと言っては何だが、ついさっきまでアユミの手の中にあった味気無い購買部のパンがルリの目の前に置かれた。
 余談ではあるが、シアの弁当箱は工事現場にオジサン達が持っていく、魔法瓶のようなシロモノである。美味しそうに味噌汁をすすっている姿が板についているのは妙に疑問が残る光景だ。
「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ」
「でもさ、なんでシアちゃんがルリルリのお弁当作ってるの? いつもはあの……そう、テンカワさんが作るか、ルリルリが自分で作ってくるのに」
 その理由は単純明快。
 アキトが厄介事に巻き込まれて、事務所に居ない為だ。もっとも、その原因の一つにシア自身が関している事を言うつもりも無かったが。
「アキトさんはお仕事の都合で今留守なんです。それで今はシアさんの家にお邪魔していて…」
「……お泊り?」
「はい」
 ふと、思案顔になる。
「シアちゃんとこ、お父さんとか何か言わないの?」
「親? 居ないよ」
 普通に答えたので、「なんだ、そうか」と納得しそうになって……。
「じゃあ、親元を離れて一人暮らしなの?」
「いや。姪と2人で。家族はテロリストにコロニーごとドカン」
 痛々しい沈黙が落ちた。
「軍の人が相打ちになってそのテロリストをやっつけたんだけど、この間生きてるのを確認してねー……やっつけようとしたら、逃げられちゃったんだ」
「シアさん! 何でそんな危険な事!」
「そうだよ、怪我したらどうするのさ!」
「その辺は大丈夫、ボクは強いから」
 その言葉にルリとアユミのみならず、女の子の会話に耳をそばだてていた男子生徒全員の動きが止まった。
 ……以前にも説明したが、この学校はネルガルの資本で運営されており、地球圏最大の企業であるネルガルへの就職の近道とも言われる……が、正直言えば一芸の学校的な側面も持つ。
 将来SPになることを望む、格闘能力を熱心に鍛える人間達も居るのだが、シアの所為で一度壊滅した光景が、彼らの脳髄にインプットされているのだ。
「でも、向こうは本物のテロリストで…」
「あとはトドメ刺すとこまで追い詰めたんだけどね」
 しかし、それがあまりに気楽だったから、誰も本気だとは思わなかった。
 テンカワ・アキトと同居(同棲に非ず)しているルリでさえ……。

「おいおい、そう言う目で見ると、後で仕返しされるよ」
 そう、苦笑しながら…彼はたしなめた。
 楽しそうにお昼を食べている三人を見る目の中に、明らかに他と一線を画す目があった。その視線の主の名をセガワ・カズヒサという。また、彼の手の中にはE・O・M(Empire of Megumi)のメンバーの証が握られていた。
(ホシノさんは…僕のものだ…!!)
 人間、建前と本音は別である。
 彼はその顕著な例と言えよう。

 雲は重く立ち込め、雨は未明から降りつづけていた。
 かつてキノコパレスと呼ばれた巨大建造物、扱う商品はネルガルが「爪楊枝からスペースシャトルまで」なら、ここは「産湯から墓石まで」といったところか。だがここの内実は「M帝国」と呼ばれる悪の秘密結社だった。…別に頭文字がMだからといって、ミシマ・ブラック・インダストリー(万能文化猫娘TV)ではない。
 最上階の、かつてはムネタケの居室だったそこには今やM帝国の主となったメグミ・レイナードがいた。
 壁や床には正体不明の物体が散乱しており、正気を疑いたくなるオブジェがそこかしこに、来訪者を睨んでいるかに転がっている。テレビか何かで見たような気もするが、それはそれ、これはこれだ。
「入りなさい」
「は」
 ノックさえされていないのに、部屋の前に来た事を感知したのか、メグミの声がかかり、間をおかずにDと呼ばれる男が入ってきた。
「何がありました?」
 パラ、パラと紙をめくる音が室内に響く。
 最強最悪の策士と呼ばれ、今や世界有数の資産家とまで上り詰めたメグミ……彼女は何の興味も無いようなそぶりでごく自然に聞いた。だがDは恐怖を感じ、答える事さえできない。
「ムネタケは死にましたか?」
「…いえ」
「シディとかいう小娘、その正体は?」
「…いえ」
 氷に亀裂が入ったかと思わせるほどに……薄く、唇だけが笑った。
「…D。報告はそれだけですか?」
「地下十階、対核・対衝撃・耐圧実験室にて、ヤツが完成したとの報告がありました」
「…そう」
 一瞬だけ、血をそのまま塗ったのではないかと疑いたくなるほどに真っ赤な唇を、まるで蛇のように舌で舐めあげ、嬉しそうに笑う。……その笑いは微笑ではなく、獲物を目の前に、確実にしとめられる事を確信した毒蛇に近い。
 さしものDも、今までに出会った科学者の誰よりも危険だと……本能が理解したのだろう、ほんの数センチだけ足が後退する。
 目が一瞬だけ動き…また興味を失ったかのように誌面へと視線を移す。
「報告は…それだけ」
「いえ…先日のインフルエンザウイルス及びワクチンによる利潤が予測以上の数値を上げました。計画を実行に移す前に…役人どもへの鼻薬としての使用許可を」
「いいでしょう。会計課のエルに帳簿操作を命令します」
 それだけ言うと、メグミは視線をもう上げなかった。
 それを感じたDは退出した。
 廊下に出て、部屋を離れて……ただ一言に、今の心境の全てを込めた声を発した。
「……恐ろしい…」
 と。
 改良に改良を重ねた結果、その上BADANからの技術提供もありZX並みのパーフェクトサイボ−グになったDでさえ、メグミに会うたびに巨大な恐怖を感じる……そう口にする。
 逃げるように去っていったDなど、今のメグミにはもう興味は無い。
 視線は、手の中にあるものへと注がれる。…『女性エイト』……?
 通信販売や、健康器具、そして『街で見かけた美少年』……それらをヨダレ垂れ流しで見る邪魔をしに来たDに、凄まじいプレッシャーをぶつけていたのだ。だからDのいなくなった今は、その紙一重の向こう側…正直、目を合わせたくないような逝ききった顔と目をしている。
「ふっ…ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……そう……私は新しい世界の女王となるの……そう、美少年ハーレムの女王に!! きゃっ、いやん!」
 ……この日、憔悴しきったDの姿を見て、誰もメグミの部屋に行こうとはしなかった。
 正解である。
 もし、このメグミの姿を誰かが見たのなら……メグミに見つかったなら……命は無かっただろうから。
 それほどまでに、メグミの目は恐ろしい光を発していた。


 異常な戦艦の行動が終わったとは言え、西欧はまだまだ混沌としていた。
 原因の最たるものは二大新興宗教と……何故か居座っている舞歌たちだった。
「おにーさーん、こっち、お冷二本追加ねー」
 へべれけ(サン電子に非ず)になった舞歌……その正体はからみ酒の大虎であった。三バカ…三羽烏が異変が起こった所為で日本に戻った事もあり、彼女の被害者はカズシになっていた。
 描写は避けるが、巨体、男らしいいかつい印象をもたらすカズシは……西春遙(ガールズ・ザウルス第一話冒頭)のようになっている。……頼む、これ以上語らせないでくれ……。
「いーねいーね、カズシ、じゃんじゃんもってこい!」
 だが、酌を交わしている相手のシュン……彼もまた浮かれたアホに成り下っていた。
「いやぁ、おじさま。上機嫌ですねぇ」
「これからの事を考えると頭は痛いが、これだけの事をしたんだ、バールのヤツぁ死刑間違いなし! これほど嬉しいこたぁ無いね!」
 話している事は殺伐としていて、物騒。さらには殺気も混じっているが、ここまで浮かれていれば、殴ったとしても彼は簡単に許してくれる事だろう。
 しかし、おさんどんをしているカズシにはたまったものではない。
「それにしてもオオサキさん、何だか気分よさそうねぇ」
「おお、気分いいぞぉ」
 そう言いながら、シュンは視線を横に向ける。
 視線の先には箱があった。縦・横・高さ、共に3メートルの立方体の鉄の塊。磨きこまれたそれは鏡のようで、逃げられないように鎖を二重三重に巻き、その上、空中にぶら下げられている。
 時々、その箱に開けられた空気穴からハゲ頭が見えたり、腹の虫が聞こえるが……。
 ガシャン、ガシャン!!
「だぁせぇ〜〜わしを、ここから出せぇ〜」
 揺れたと同時に、声が聞こえてくる。が。
「猿が何やら吼えているようだな」
「南米かどこかじゃ、かんっぺきに頭のはげた猿が居ると聞いた事あるわよ」
 ガシャン!!
 ガシャン!!
 ガシャン!!
「……ああ、失礼だったな、これは」
「そうね、猿に」
「ああ、猿にだ」

 いい加減、ガッシャンガッシャンやかましいので、目配せをする。
 すると、バールの入った檻を近くに居た兵士が、エステバリスを使ってグルグル回転させ始める。
「グ…がぁぁぁぁぁぁぁ……」
 この光景を、事情を知らない人間が見たのなら私刑―リンチ―と思うことだろう。だがそれは誤解だ、これには訳がある。
 西欧を地獄にしたバール……その処遇に困っていた為だ。
 不祥事(セクハラ、職権乱用、癒着、着服、エトセトラエトセトラ……)により、本人以外の人間にとっては順当過ぎる理由で連合軍を首になり、権力で集めに集めまくった資産も、裁判により「全」財産を没収となった。
 その後、ようやく牢獄にぶち込める……となったとき、バールに「私怨」を持つ人間が「刑務所に襲撃」をしたため、そのまま逃げ出した。その後は、知ってのとおりである……が、今度もまた襲撃を受ける可能性があるので、受け入れ先があるまではシュンが預かる事になった。
 なのに、今度は隊の内部からの襲撃計画が発覚、誰にも簡単に近寄れないようにと宙吊りになった。
 厚さ30ミリの鉄板製の檻も、そう言う理由だ。

 ガギュン!!
「……ぐわぁぁぁぁぁ?!?!」
 着弾音と共に、バールの悲鳴が響き渡るが、シュンはいよいよ上機嫌になって酒を呑む。
 グルグルと回転する檻は、まるでハリケーンミキサーを食らったかのように勢いよく回転している。多分スイス銀行に口座を持つ超一流・眉毛がチャームポイントのスナイパーか、新宿の種馬の異名を持つスナイパーのどちらかが、それなりに強力な銃で撃ったのだろう。空気穴の細い溝に銃弾が挟まっている。
「……随分恨みの多い人ですねぇ」
「一番笑ったのは昨日の事だな。ヅラ屋の主人がツケ払えって押し入ってきたあれだ」
 長き人生の暗い部分が払拭されたようなすっきりとした顔で……笑うシュンの姿がそこにあった。……それ以前に、この酒宴の趣旨自体が暗いのかもしれないが。
 ビィーッビィーッビィーッ!!
 響き渡るサイレン!!
 異常事態発生か…シュンが叫ぶ!!
「何事だ!!」
『敵襲です、敵は一機…だがこいつは…早い!! 通常の三倍の速度です!!』
 三倍…その言葉に、ここ最近の異常事態に慣れてしまったためかシュンは続けて叫んだ。
「…赤いのか?!」
『あ、あか? 色は…赤、…赤です!!』

 ピン…と来た。舞歌も、イタズラっぽい顔で聞いた。
「角は生えているの!?」
『…生えています!!』

 さて、通常よりも遥かに速く、カラーリングは赤、その上角付き。
「ふん…いくら強くとも、敵はザク、エステバリス隊、整備済みの機体から防御を固めろ!!」
『了か…ぐはぁぁぁ……ザァァァァーー』
 後半から、その通信の向こう側がノイズになった。
 エステバリス6メートルに対し、モビルスーツは16〜22メートルはある。だが、その巨体を生かした戦い方をしたとしても、エステバリスで倒せない敵ではない。……ガンダニュウム合金でもない限り、そうそう遅れはとらないはず…だ。
 ガギン!!
 凄まじい音が、無線から飛び出した。
 次いでギリギリと金属が軋む音が、聞こえてくる声をより恐怖に染まったものと教えてくれる。
『ち、違う! ヤツはザクじゃ……ぐぁぁぁぁぁ…』
『シュン隊長、逃げてください!! ヤツが、ヤツ…』

 ゴォォゥゥゥゥ……!!
 ガン……ガシャァァァ…バチ…バチバチ…
 一瞬にして、シュンたちの目の前に居たエステバリスが…展開していたフィールドごと光の本流に吹き飛ばされた!!!
 例えエステバリスに搭載されている物は戦艦に比べ劣るとは言え、ほぼ全ての現用兵器を無効化するディストーションフィールド…それを力押しで破るとは!!
「バカな…あれは…あれは…」
 誰かが言った。
 ゴギャッ!!
 シュンは戦慄したように…。
「…あれはジェノブレイカー!!」
 その声が冷めない内に、胸部のコクピットハッチが開いた。
 そこから出てきたのは…期待を裏切らない男、その名はムネタケ!! その上ジェノブレイカーの肩にはブラックサレナ(まりりんちゃん)の変身したシャドウが乗っている。
 バールは叫びを上げた!!
「か、閣下!! ムネタケ閣下、何故ここに!?」
 その声は、助けが来たことに喜んでいるようにはあまり聞こえない。むしろ『お仕置き』の恐怖に戦慄しているような気配がする。
「…バールを渡しなさい」
「その注文には応えられないな」
 私怨は混ざっていない…とは言い切れないが、軍人として毅然とした態度でシュンは言い切った。
 だがムネタケはシュンの言葉を気にした風には見えない。コクピットの中をごそごそすると、人間を一人取り出した。年の頃は20歳ほど、銀色の髪をして、主観的にも客観的にも『美しい』と形容されるべき容姿。ただどこか影が薄く見えるのは何故だろう……しかし縄でマニアックに縛られている姿を見て、周りの男衆が前かがみになっているのは、無視すべきなのかツッコミをいれるべきなのか迷うところだ。
 だが、シュンはその女性の顔に意識が移った。
「サラ君…? いや、確か彼女は…行方不明になっていた…」
「…そうよ、この娘はアリサ・ファー=ハーテッド……この西欧のトップの娘……人質交換としては十分じゃないかしら?」
 イヤラシ系の悪役としては合格点を遥かに超えて、最上級。迫力も満点で、血の匂いさえしそうだ。
 シュンはただ、気圧されるだけだった。

あとがき

 ムネタケ…TV本編ではいくら馬鹿に見えても、正義にこだわっていた男です。それはもう、夢破れた途端にエクスバリスに乗って自爆するくらいに。
 そんな彼が力を手に入れたら、正義を実行するのは間違いないでしょう。……客観的にそれがどう映ろうとも。
 ヒーローになれないのは、彼の人徳のなせる技に間違いない!!

 シリアスの比率が上がると、ギャグの入る比率が下がる…。
 やはりまだ、修行不足か……。



コメント代理人 別人28号のコメント


とりあえず一言


>「確かにアキト君は秘密主義だし、卑怯だし、

>裏技ばっかり身につけて男らしくないくせに女性関係で問題が出ないように予防線を張ったり、

>そのくせ子供っぽい趣味があるし、あなたが知っているように人にいえない過去もあるわ。

>……でも何故そんなに嫌うの?」

二、三 抜けてるのがあるんじゃないですか?

いや、具体的にナニが抜けてるとはあえて口に出しては言いませんが




メグミに関してはノーコメント

月明かりのない夜道にはお気を付けください




そして 今回注目すべきはなんと言ってもムネ茸!

力を手に入れたって、よりによってんな悪役くさい機体で・・・

しかも、アリサを人質って ヲイ


やっぱり、この男には悪役が似合ってるんだなぁって

しみじみ思いましたよ、ええ