「全く…センサーばかりじゃないか」

と愚痴を言っているのはシンジだ。
ようやく体が通るような狭い所をずりずりと這いずり進んでいる。
狭いのは当然だ。何と言っても人が通るようには設計していないのだから。
そう、今シンジが這いずり進んでいるのはダクトの中だ。
時折シンジの付けているバイザーに赤い線が走っているのが見える。
ダクトの中と言えど警戒はしているということだ。つまり赤外線。
それに触れれば警報が鳴り響くと言うわけだ。
それを小さな機器を用いて無効化しながらシンジはずりずりと進んでいる。
這いずり進んでいく途中で何度か見かけた光、出口もとい通気孔だ。
そこから見えるものを確認しつつ進んできてるのだが中々お目当てのものが見つからない。
で何度か目の光を認めた覗き込んだときシンジは笑みを浮かべた。
そこに有ったのは木連において鉄人と呼ばれる機動兵器。
未だ地球に来ているのは虫型の兵器なのでここに有るのは本来有りえない事だ。
最もそれは木連と繋がっていなければという前提が着くが。
シンジは通気孔のセンサーの有無とその部屋の中の監視装置の位置を確かめ監視装置に引っかからないように降りた。
その広い部屋の中には誰もいない事は確認済みだ。
それでもシンジは細心の注意を払いながら鉄人に近づく。

「相転移エンジンはついている…なら後は」

コクピットを開け中に入り込んだシンジ。
以前、月臣から扱わないまでも知っておけといわれ知識として持っておいたのが幸いした。

「これで自爆プログラムが動き出す」

自爆装置だと言うのに呆気なく簡単な操作で扱えるのが木連らしいといえばらしい。
そして始まるカウントにシンジはギリギリまでコクピットにいてジャンプをした。
その日、アメリカのとある場所で半径数キロに渡り消滅現象が起きたとニュースを賑わせるのであった。







青い空が広がっている。
ここはアメリカでもなくドックでもない。
日本である。
シンジは今日本に居る。
持ち帰ったデーターの解析に少し時間が掛かると言う事でシンジもまた時間が空いたのだ。
そこでサイゾウに会いに行こうとふと思ったのだ。
なにせ数年ほど会っていないのだから。
とは言うもののその数年と言うのは時を遡る前の分も含めてだ。
含めなければ一年も空いていない。

「久しぶりだな…サイゾウさんに会うのは」

少しばかり嬉しそうに呟くシンジ。
歩き方も幾分軽い。
黒い靴が緩やかに動く。
ちなみに今のシンジの服装は戦闘服ではない。
バイザーを着けては居るが服装はスーツ姿だ。
そしてコートを羽織っている。
これは防弾の為でなくコート本来の防寒具としてだ。
季節の上としては未だ寒さが残る季節なのだから。
その全てが黒だ。もはや黒を選ぶのは習性なのだろうか。
ついでであるがスーツは三つボタンで有るがそのボタンも上は嵌めていない。
無論銃を取り出しやすいようにだ。
知り合いに会いに行くのであれ武装をしていないとあれなのだろう。
実際、嬉しくはあるが常に周囲への警戒を怠っていない。
そのように歩きながらシンジは見知った顔を見かけた。
サイゾウではない。
サイゾウではないがよくサイゾウの店で見かけていた人物だ。

「カグラさん」

シンジが声を掛ける。

「え?」

カグラと呼ばれた少女は掛けられた声に振り向く。
とそこにはバイザーを掛けた怪しげな人物。
怪しげなと言うのはカグラの主観だ。

「あの…」

と少しばかり怯えながら、誰ですか?、と尋ねるカグラ。
そういえば、とシンジはバイザーを外す。

「シンジ君?」
「久しぶりだね」

はにかむような笑みを見せながらシンジは言った。

「そうね…」

とカグラの言葉は歯切れが悪い。
理由は簡単、目の前に立つシンジが本人とは思えなかったのだ。
余りに変わりすぎていて。
サイゾウの店で会っていた頃はどこか臆病ながら優しげな感じだったというのに今はどうだろうか。
その一部の隙も無い立ち振る舞い、常に周りをさりげなく警戒している視線。
もし何かあれば迷う事無く対象を排除して除けるという氷の刃の様な雰囲気。
さすがにそれらを分かる事は出来ないがカグラには彼が変わったと言う事が判った。
それゆえだ、バイザーを掛けていたていどで相手がシンジだと判らなかったのは。
だがそのバイザーの似合う事。
格好つけるためでなく目の動きを悟られない様にとつけているバイザー。
それは同年代の者達と比べるべくも無いほどに様になっていた。
今のシンジの事は何一つ分からないカグラ。
僅か数ヶ月の間になにがあったのかと考える。
カグラには数ヶ月。
だがシンジには数年の間の事だ。
それもその数年間は余りにも深くて推し量る事など不可能な数年間。
が、そんなことなど想像にすら浮かばない。
解らないながらもカグラの中でシンジに対する何かが終わったのだと判った。
胸に走る心の痛みに哀しみを憶えながらも笑顔でそれを隠しカグラは言う。

「ここじゃあ、あれだから公園に行きましょう?」

思い出がある公園。
いつかの日の思慕が眠る公園。
シンジはそれには気づかない。
ただ、頷き肯定の意を示すだけであった。







この寒さの為か公園には誰もいなかった。
幾つかの遊具が散らばっているがその持ち主達の姿は無い。
ホンの数ヶ月前にシンジと訪れた公園。
彼は…憶えているだろうか? カグラはちらりとシンジを見る。
だが再びバイザーを着け表情が隠された顔より窺えるものは無い。

「ねえ、シンジ君…」

聞くのが怖いと感じているカグラ。
もし、憶えていないと言われたら。
それが怖い。
だから残酷な答えを聞きたくないカグラは言葉を続けなかった。
そしてそれは正解。
シンジは既にカグラと訪れた公園など忘れている。
カグラ自身の事を憶えていてもカグラとの短い時は忘れている。
激動の時がそれを許さなかった。
復讐者となったアキトの傍に立ちジュデッカを駆っていた時が。
最早意味あるものなど無い。
今のシンジにあるものはアキトの傍にいる事。
そのアキトの願いを手助けをする事。
サイゾウやカグラのことを懐かしみ追憶する事はあっても再び絆を作り上げていこうという気は無い。
今回とて時間が空かなければこの街に来る事など思いつきもしなかっただろう。
すでにシンジにとってここは、この街で出会った人物達は過去の者達でしかない。
ただ、追憶する為だけの。

「…危険だね」

言葉を切ったカグラに気も向けずシンジは呟いた。
この公園は今の時代の中では珍しく自然が残されている場所だ。
広さもそれなりにある。
それに伴い木々や植え込みなど。
言い換えれば人目にはつき難いといえる。
そして、風向きが変わったことによりシンジの嗅覚に引っかかった臭い。
血臭だ。
それほど強いものではないのだがそれでも間違いなくシンジにはその臭いを判別する事が出来た。

「カグラさん、この場は離れよう」
「え?でも…」

カグラにはこの微かに大気に漂う臭いは解らない。
いや、普通に暮らしているものに対し血の臭いに敏感になれというのは無茶でもある。
シンジだけであればとっととこの場を離れている。
もし誰かが襲われていると言う事があっても自分には関係ないと切り捨て。
これがアキトであれば別だがシンジにとっては他人など気にする気など無い。
であるのだが今はカグラがいる。
さすがに見知った人物を見捨てるのはシンジにもできない。
アキトが絡んでいるわけでもないのだから。
迷うカグラを横目にシンジは小さく溜息をつく。
密集した木々の陰より動く気配を感じたのだ。
陰から一転して陽の下に現われた者たち。
六人だ。その手についているのは血だろう、僅かに赤く濡れている。
その六人の少年達の姿にカグラは怯えた。
喧嘩か何かはわからないが人を殴っていた後で気分が高揚しているのだ。
その姿で現われたのはシンジ達を見かけたからだろう。
未だ収まらない高揚したテンションをシンジ達も使って下げようとしているのだ。
シンジは木々の陰に連れ込んだ人物のように殴り倒して。
カグラは…言うまでもない事だ。
美少女と言うわけでもない極々普通の容貌のカグラだが六人組にしてみれば女性であるだけで充分だろう。

「何か用ですか」

近づいてくる少年達に声を掛けるシンジ。
入り口側を背にしているのであればカグラを引き攣れ逃げたのだが生憎と後ろに立ち並ぶのは木々だ。
さすがのシンジも数メートル木々をカグラを抱え飛び越せることなど無い。

「用って訳でもないんだがな」

下卑た笑みを浮かべシンジ達、二人を見る六人。

「なんていうかさ、俺達この戦争の被害者なんだよ」
「親が軍人でさ木星蜥蜴に殺されるし」
「そうそう。木星蜥蜴のせいで俺達の心が傷ついてさ、慰めてもらえないかなと」

その言葉にどっと笑う六人組。
シンジはそんな六人組に不快気に眉を寄せ言い放つ。

「生憎と僕らでは慰められないので別の方を探してください」

シンジの言葉を鼻で笑う。
その間にも近づいてくる六人。
普通のもしくはかつてのシンジであれば怯える状況だが今のシンジにとっては煩わしいとしか思えない状況だ。
余りにも足りなすぎる。
北辰やその部下達の殺気や狂気をその身に受けてきたシンジに彼らの威圧感などそよ風ですらない。
そんな全く怯えないシンジに憤ったのか後は問答無用でと殴りかかってくる。
カグラの腰を抱き後ろに跳ぶシンジ。
トン、と地に足を着き嘆息する。

「本当…煩わしい」

シンジ自身は厄介なことに関わりあいたくないのだが彼らはそれを許さない。
だからそう呟き、向ってくる六人の相手をする事にした。







苦鳴を漏らし地面に転がる六人。
幾人かはその腕が不自然な方向に曲がっている。
地面では彼らが吐いた反吐が異臭を放っている。
勝負にも喧嘩にもならなかった。
奇しくも彼らが誰かに行ったように一方的にねじ伏せたのだ。
気づかなかったのは彼ら。
自分達が素手で獅子に向った事を。
地面に倒れ付す彼等に冷たく一瞥を向けシンジはカグラへと向き直る。
青ざめた表情のカグラ。

「シンジ君!」

と叫んだ。

「ああああああああ!!」

奇声を発し立ち上がる一人。
その手に握っているのは拳銃だ。

「は、ははは…。言っただろう親が軍人だったてな」

口元は反吐で汚れ血走った目で言う。
その銃口は背を見せているシンジに向けられている。
ゆるりとシンジが振り向いた。
その顔に浮かんでいるのは笑み。
優しく、柔らかな笑み。
ラピス曰く――シンジが怒っている時の表情。
らしい。
とてもそうは見えない笑顔なのに少年は凍りついた。
いや少年のみならずカグラも。
シンジより感じる凍りつきそうな雰囲気に。
だが銃を持っていると言う事が少年をシンジの気より解き放つ。
引き金を引こうと指に力を入れる。
そして銃声。

「ひああああああ!!」

悲鳴が上がる。
上げたのは少年。
抜き手が全く見えないほどの速度で銃を懐より抜き少年の銃口に弾を撃ち込んだのだ。
恐ろしいほどの速さと正確さだ。
暴発した銃に右手がズタズタにされた少年は地面を転がり続ける。

「カグラさん、とりあえず逃げるよ」

そう言いカグラに近づくシンジ。
だがカグラは近づくシンジより離れる。

「こないで…」

怯えきった表情をして。
化け物を見るような目でシンジを見る。
そして脱兎の如く走り去っていく。
今すぐにでもシンジから離れようと、逃げようと。
その後を追いかける事無くシンジはその後姿を見送った。
手に持つ銃に目を向ける。
暫しそれを見つめ寂しげに微笑んだ。

「友達…一人無くしちゃったな」

乾いた声で呟いた。
自分の行動の結果であれ無くしてしまったから。
銃を懐に戻しシンジも公園をでる。
あとは警察が片付けるだろう。
僅かに胸に訪れる空虚感。
無くした者が大きかったか小さかったか。
いずれにせよ、

「護った人に怯えられるのは慣れてるからいいけどね」

そう呟くだけだった。
懐かしむ為に訪れた街。
追憶する為に訪れた街。
だが、そこでシンジは一つ何かを無くしたのだった。





痛み続ける「傷痕」