ガタッ!
窓のほうより不意に響いた物音で刹那の間に目を覚まし床に転がった銃を拾い音の元へ銃口を向けるアキト。
カーテンは昨夜閉めていない。
光に瞳孔が慣れていないため薄ぼんやりではあるが見たのは雀だった。
それを確認し辺りの気配を探りつつ慎重に銃を下げていくアキト。
と、同時に部屋の光景が目に入った。

「そういえば、そうだったな」

全く抜けない普段の癖に苦笑しつつ時計を見ると時刻は5時。
そして恐らくジャンプ以前のアキトがセットした時刻が6時30分。
いくら準備に時間がかかるかもであっても5時では余りにも早すぎるだろう。
が、そう思ったところで一度覚めてしまっては寝直すのも面倒だと思い日課のトレーニングをする事にした。
こればかりはやらないと反対に気分が落ち着かないというのだ。
取り敢えずは以前行っていたのをそのまま行う。
床に片手をつくアキト。
そして静かに身体を上下に動かし始めるのだった。

 

 

 

 

大体のトレーニングを終え立ち上がるアキト。汗が滝のように流れ床をぬらしている。
地球に居るのであればこの後月臣とでも実戦そのもののような組み手を行うのだが此処は火星で何より過去だ月臣はいない。
これだと勘が鈍るなとアキトは思ったが昨夜普通に生きると決めたのだと思い出し頭を振った。
トレーニングの行った分時間が過ぎ今はおおよそ7時。
汗だくになったためシャワーを浴び朝食を取ればちょうどいい時間だと思い肩にタオルを掛けバスルームへと向っていく。
戸を開けシャワー口の下に立ったアキトは身体を冷やすため冷水を出した。
ナノマシンの障害で感覚が鈍いアキトだ。その身に冷水を浴びても冷たいとも感じられない。
今更の事なので意識すらしてないアキトだが冷水を浴びながら代わりにこれからのことを考えていた。

(これから学校へ行くことになるが……全然覚えてないな)

覚えてない、つまり誰が居たや誰が友人だったかなどだ。
無論勉強の方もそうなのだがそれはアキトの中では意識的にか無意識的にかどうでもいいことに分類されているため一切思考の中には入っていない。

(まぁいい何とかなるだろう)

と楽観的な答えを出しながらシャワーを終えた。
濡れた身体を拭きながらアキトは、次は食事か。と放られたマントへ歩み寄り内ポケットよりドラッグ・ケースを取り出した。
ケースより3錠出すとそれを口に入れようとするところではたとその手が止まった。

(普通に生きるのに食事がこれではまずいな)

と錠剤をケースに戻し部屋の冷蔵庫開けた。
過去のアキトはあまり食生活が豊かではなかったのだろうか中に入っていたのはトマトやハムといった物が僅かにあるだけだった。

「よし」

とアキトは最初に目に入ったトマトとハムを取り出し狭いキッチンの脇に置かれている調味料の所の塩を一撮みし皿に置いた。

「これなら不自然じゃないな」

満足げに笑みを浮かべ(誰かが見ていたら皮肉な笑みに見えた)それらをテーブルへと持っていく。
ただアキトは不自然じゃないと言ったが普通の高校生にしてみれば十分不自然である。
やはり、かなり毒されているのかアキトはそれに気づかない。
流石にあんな食事だとすぐ終えてしまうためもう食事が終わったアキト。
時計を見ると7時45分を過ぎ50分にさしかかろうとしているところだ。
これくらいの時間ならば少し早い程度だろうと考えアキトは着替えることにした。
先ずは戦闘服に身体を通す。そしてマントを羽織りバイザーを着ける。
最後に銃の弾数やD・フィールド発生装置をチェックし足りなくなっていないか異常は無いかを確認する。
そして無言で立ち上がり玄関へと向う。
古い建物なのだがアキトの独特の歩き方のためか足音がでない。
ちょうどノブに手を掛けたその時。

「待て」

アキトがその動きを止めた。

「これから行くのは学校だ。火星の後継者のところに行くわけでもブラックサレナに乗るわけでもない。…なのにどうして俺はこんな格好をする!」

部屋の中へ駆け戻り制服へと着替えるアキト。
そしてもう一度外へでようと玄関へと足を一歩踏み出し…。

「…やはり銃ぐらいは持っていくべきだろうか」

脱ぎ捨てたマントから銃を取り出し思案する。
武骨な形をした銃がアキトの手の中である種美しい黒光りをする。

「いや!俺は普通に生きると誓ったんだ!普通の奴は銃などもたん!」

とそれでも少々未練がましそうに部屋を出て行った。

(懐が軽くてなんだか不安だ)

等と考えながら…。
こんな調子で彼は本当に大丈夫なのだろうか?

 

 

 

 

部屋を出るのがなんだかんだで遅くなってしまったので急いで学校への道なりを行くアキト。
空にオーロラのようにナノマシンが輝いている。
今までアキトが忘れていた懐かしい町並みが急ぐアキトの目に入る。
その光景がアキトに僅かばかりの感慨を与えているその時だった。

「止めてください…」

ナノマシンが発達させた聴覚に響いた小さな声。
声はどこか怯えを含んでいる。
チッ、とアキトは小さく舌打ちをする。
アキトの耳に響いた声は女性、それも少女に分類されるような声だ。
その後に続いてきた声は。

「だめだって。もうとめられないんだよ。言うだろ下半身と意思はべつもんだって」

と下卑た声と笑い声だ。
それだけ聞けば何があったかを推測するのは簡単すぎる事だ。
素行の悪い人間が少女に絡んだそれだけだ。

(放っておくべきだな。俺は普通に生きるんだ)

と言いつつ足をとめてしまうアキト。
わずかばかり苦悩がにじみ出る。
確かに放っていくのは『普通』の行動だろう。

(放っていくべきだ。放っていくべき…だと言うのに何で俺は放って行けないんだ!」

自分の意思を嘲笑うように足は動き出している。
少女の声が聞こえた方へと。

「くそっ!!何だってんだ!」

一体誰に向けた悪態か?
アキトは異常な脚力を周囲の人間に存分に見せつけ路地裏へと走っていった。
アキトが路地裏の奥へつまり声が聞こえたところへたどり着くと三人の男と一人の少女が見えた。
男達はそれぞれ下卑た笑みを浮かべ思い思い少女の身体の部位を撫で回している。
そんな行為に少女のほうは涙を浮かばせ身体を捻ったりなどして避けようとしている。
だがその行為は更に男達の欲情を増させているだけのようだ。
少女は涙を浮かべながら唐突に現われたアキトを見て助けを求め轡をはめられながら唸った。
その声で男達もアキトに気づいたようだ。
劣情に輝いた目を邪魔された苛立ちから敵意にかえアキトを睨みつける。

「なんだよ、おま…」

苛立った声でアキトに話し掛け恫喝しようとしたその瞬間!
ドン!と言う音と共に声を発した男が宙を飛んだ。
アキトが何時の間にか男の懐へと入り胸に掌で押し出すように一撃を放ったのだ。
そして直前までアキトが立っていた地面には大きく足型に穴があいている。

「なっ!?」

男一人が宙を飛んだ光景に愕然とする他の男達。
が、アキトは男達の驚きも冷めぬまに残った二人に同じように一撃を入れた。
残ったの怯えを目に含んだ少女のみ。
果たしてその怯えは男達へかアキトへか…。

「大丈夫か?」

静かで低い声で聞くアキト。
聴かれた少女はこくこくと首を人形のように縦に動かすだけ。

「そうか」

それだけ聞けばもう用は無いらしい。とっとと背を向け先程以上に急ぎ学校へと向うアキト。
同じように少女もこんなところに残されてはと急ぎ路地裏をでて走り出すのだった。
そして残された男達。
少女は気づかなかった。アキトのみへと視線を向けていたから。
少女は気づかなかった。自分自身彼らへと意識を向けたくなかったから。
アキトにそれぞれ一撃を喰らった彼らそれぞれが呻き声一つ上げなかった事に。
少女が立ち去った後にうつ伏せに倒れた者の口元から紅い血が歪な円を描いていく事に。

後日、彼らが発見された際に警察が知った事はそれぞれ心臓を中心としてその周辺の器官が破壊されている事だった。

 

 

 

 

途中道を間違えたりしたが何とか学校に辿り着いたアキト。
校門をくぐりはたと思い出す。

(クラスはどこだ)

最早そんな事など一切憶えていない。
呆然と立ち尽くすアキトに声が掛けられた。

「よっ!アキト、なにしてんだ?」

声のしたほうを向くと笑いながら立っている少年。

「…誰だ…」

何処か記憶に引っかかるのはあるのだが思い出せない。

「……アキト…だよな?」
「ああ」

問われた言葉に短く返事を返す。

「お前休み中何かあったのか?なんか身長思いっきりのびてるし」 「成長期だからな」
「性格全然違うし」
「成長期だからな」

成長期のみで済まそうといのか。

「……」

汗を流しながらアキトを見る少年。

「で、お前は誰だ?」
「あ、あの俺はクサナギアキラ…覚えてない?」
「そうか。クサナギだな…もちろん憶えているぞ」

嘘である。名前を聞いても思い出せていない状態だ。

「…それより教室に行こうぜ、入学式始まるしさ」
「そうか」
(誰か助けて…)

心の中で涙を流しつつ助けを求めるアキラ。もちろん助けなど入らないのであった。

 

 

 

 

教室に入ったアキト達。
そのとたん教室が静まり返る。
皆新たに入ってきた人間にいやアキトになにか感じるものがあるのだろう。
たとえば異質なものが入ってきたとか。

「あ、あの」

そんなアキトに話しかけるチャレンジャー。
黒髪が流れるように腰の辺りまで伸びている。
顔立ちは所謂美少女。まぁ所謂大和撫子のような少女だ。
そんな少女がアキトに話し掛けたのだからクラス(主に男子)の目がアキトに注がれる。

「先程はありがとうございました…」
「先程?」

そう言われて思い出してみると確かに学校に来る途中で助けた少女だ。
助けるだけ助けて後は放っておいたのだが…。

「気にする必要は無い」
「でも…」

そう二人が話していると少女の後ろに居る少女が話し掛けてきた。

「あの貴方がコトネを助けてくれたんですか?」

その少女もまたコトネと言われた美少女とは反対の美少女であった。
活発な美少女といったところだ。
学校に行く途中で絡まれている少女を助けるとその友達も美少女…まぁ所謂お約束という奴です。

「…助ける気は無かったんだがな」
「けど助けたんでしょ?なら別にそれで良いじゃない」
「ミズキ!」

友人の物言いに非難の声を上げるコトネ。
アキトは別段気にした風も無く言う。

「話はそれだけか?なら後は用は無いな」

そう言ってクサナギに座席の場所を聞きそこに向う。

「ちょっと貴方ね!」

余りにぞんざいな友人の扱いに怒ったミズキはアキトに怒鳴ろうとその肩に手を掛ける。
後ろより置かれた手に反射的に身体を翻させるアキト。そして…。
ヒュッ、と風を切る音が鳴る。

「っく!!」

反射的に繰り出してしまった手を必死に止めるアキト。
そのおかげでその貫手はミズキの喉元で止まる。
もし止まらなければその手は首を、喉を貫いていただろう。

「俺の…後ろに周るな!」

と多少息を荒げて言うアキト。
そのアキトの言葉にコクコクと頷くミズキ。
手を下ろし席に座るアキト。
その光景を恐ろしいものを見るようにしているクラスメート。
結局普通ではいられないアキトだった……。

 

 

 

 

入学式も終わり新入生は各種部活の見学に行っている。
そんな中で…。

「ちょっとコトネ。やめなよあのテンカワって奴危ないよ。大体何が後ろに周るな!ですってあんたはゴルゴかっーての!!」

二人しか居ない教室で話しているコトネとミズキ。
一人騒いでいるミズキではあるがその元気は空元気のようだ。
叫びながらもアキトに貫手を放たれた瞬間を思い出すと今でも震えが走る。
今まで一度も向けられた事の無い純粋な殺気。
ミズキはその時自分が死ぬんだなと自然に思っていた。

「でも…助けてもらったし…」
「あいつも気にする必要ないって言ってたじゃん」
「それにミズキとか色々言ってるけどアキト君みてると寂しそうな顔してるよ」
「(もうアキト君ね)気のせいね」

といつつ思い出してみるとアキトは寂しそうかなと思うミズキ。
ただ一緒に思い出すのは何よりも昏い目。
全てに絶望している昏い目。
だがミズキには解らない。精々暗い目をしているという事だけだ。

「やっぱり明日もう一度お礼言うよ」
「へっ?」
「アキト君気にしないで良いって言ってたけどこのままじゃ駄目だし」

目を輝かせ言うコトネ。
そう彼女はアキトが過去に戻った犠牲者一号となるのであった。

 

 

 

 

ちなみにその頃アキトはというと。
部活を見て周っていた。
今更部活などに食指が動くはずも無いのだが取り敢えずは普通に(今更手遅れだが)生きる為には部活もやっておくべきだと思ったのだ。

「つまらんな」

そう呟くアキト。
アキトは思い出していないのだがかつてはクサナギも隣にいたのだが今回はアキトの変貌に恐れを抱いて一緒にはいない。
つまり友達を止めたという事なのだが。

「どうせなら銃撃部とか暗殺術部とかあってもいいだろうに…」

あってたまるか。

「格闘系に入ろうにもレベルが低すぎるしな」

見ていて今のアキトからは幼稚といえる動きが目に付いたのだ。

「かといって文科系に入る気はしない」

ふと料理部が目に入ったので見に行ってみたが自分に味覚が無いのを思い出し自虐の笑みを浮かべ後にしてきた。

「……帰るか」

今更部活も無いなと思い帰路に着こうとしたアキト。
そんなアキトに声が掛けられた。

「そこ行く少年。良ければ私達の部に入ってみない?」

振り向くと胴着を着けた少女。
ショートの黒髪が何処と無くエリナを髣髴させる。
顔立ちもまたエリナに似た美少女だ。

「無いな」

で、そんな美少女の言葉を問答無用で断るアキト。

「そんな事いわないでさ?とりあえず見に来るだけでも…」
「必要ない」

などといいつつ結局連れて行かれるアキトであった。

(ふっ。なぜか女性には逆らえん。きっと別の世界があるとしたらしたらそこの俺もそうだろうな)

なんて情けない事を考えながら……。

 

 

 

 

道場に連れて行かれたアキト。
そこで有無も言わさず組み手をする事になった。
相手は防具をつけているのだがアキトはつけていない。
当初は着ける筈だったのだがアキトが邪魔だといって決してつけようとしなかったのだ。
道場の真ん中に立ち向かい合うアキトと男の部員。

(木連式柔は修めたが抜刀術は知らんな)

だからと言っても抜刀術を修める気は無かったアキト。
なんと言ってもそれの使い手は殺しても殺しても飽き足らない奴だったからである。

「はじめ!!」

始まりを告げる声が響く。

「でやぁああぁああ!!」

と威勢のいい声をあげ向ってくる部員。
間合いに入った途端に胴を薙いで来る。
それを紙一重で後ろに避けたアキトは…。

ダンッ!!

と音が鳴るほどの一撃を防具の上から入れた。
防具が手形に砕け部員が吹き飛んでいく。

「俺の勝ちだな」

とアキトが静かに言った。
そして周りに居た人間は……。

「「「「「殴ってどうする!!殴って!!」」」」」

と一斉に突っ込みを入れたのであった。
結果アキトの反則負け。

「勝負に勝って試合に負けたといった処か」

などとアキトは呟くのであった。
ちなみに吹き飛ばされた部員の存在を皆忘れている。
一応彼は有段者であったのだが…。
全治一ヶ月らしい。
哀れな……。

 

 

 

 

「駄目よ君。剣道なんだから竹刀を使わなくちゃ」

アキトを連れてきた上級生がアキトに話し掛けてくる。

「あの間合いでは徒手空拳で殺るべきだ」

殺るの字が違う。

「けど剣道なんだもの。竹刀を使わなくちゃ」
「次があったらそうする」
「入って…くれないの?」

懇願するような目で見る少女。
そんな少女を見ながらふとエリナを思い出す。

「ふっ。あんたが練習に付き合ってくれるなら良いぞ」
「え?えええ?」
「冗談だ」

なんていいながらアキトは道場を後にした。
残されたのは顔を赤らめ立ち竦む少女であった。

 

 

 

 

いい加減帰ろうと思ったアキトであったが鞄を教室においてる事を思い出し教室に向う。
教室に辿り着き戸を開けようと思ったとき室内に気配があることに気づく。
反射的に気配を消し音を立てずに室内に入り込む。
入り込んだ段階で気配を消す必要が無い事に気づきとりあえず普通にするが中に居る人間は気づいていないようだ。
まぁいいと思い鞄を手に取るアキト。
その際に出た音でようやく気づく彼女達。
どうやらまだ話し込んでいたらしい。

「あ、アキト君!?」

コトネが何時の間にかいたアキトに驚く。

「驚かさないでよね!あんた!!」

ミズキが未だ驚いている心臓を胸の上から押さえながら言う。

「勝手に驚いただけだろう」

ぶっきらぼうに言い鞄を持ち教室を出て行こうとアキト。

「あの、アキト君…一緒に帰らない?」
「ちょ、ちょっとコトネ!」

唐突にアキトに言う顔を赤らめたコトネに対しミズキは静止の言葉を投げる。

「何故だ?」
「今日のお礼…したいしだから家に寄って欲しいなって」

潤んだ目の上目づかい…これで断ったら男じゃない。

「言ったはずだ必要ないと」

決定アキトは男じゃない。

「でも…」
「気づいていないようだから教えてやる。礼が欲しくて助けたわけじゃない…そして俺は礼は必要ないと言っている。
 それでも礼をしたいと言うのならそれは貴様の身勝手なものでしかない。はっきり言おう…目障りだ」

ホントにはっきり言うアキト。
その言葉を聞き走って教室を出て行くコトネ。
去り際に落ちていく涙。

「コトネ!!っつ!あんた!!」

アキトに平手を喰らわせようとミズキが手を振りかぶる。
その手を押さえアキトは言う。

「俺を殴る暇があるなら追いかけたらどうだ」

そして手を離すアキト。
そんなアキトを睨みながらコトネの後を追うミズキ。
その姿が消えた時点でアキトは呟いた。

「コトネだったか。なぜ俺にああも絡むんだ?」

駄目だこりゃ。

「まぁいい帰るか」

今度こそ帰路に着くアキト。
こうしてアキトの高校生活初日は終わったのであった。





 

 

代理人の感想

 

駄目だこりゃ。