暗闇の中静かにアキトは目を開けた。
地球を出て以来さしたる戦闘も無く一日中サキとベッドで情事を交わしているようなものだ。
ナデシコ内の時間は日本人クルーが多いので日本の時間を標準に合わせている。
その時間で午前二時。
何時ものように隣ではサキが小さく寝息を立てている。
そのサキを僅かに見てサイドテーブルに置いている煙草を手にとり火をつける。
灯火のような光が瞬間室内を照らすそして静かに吐き出される煙。
それを一吸いし灰皿に押し付け火を消す。
そして無言で立ち上がり制服を着始める。
その音が目を覚まさせる切っ掛けとなったのだろうサキが身じろぎし小さくアキトに呼びかける。

「アキト?」
「…起こしたか」

サキの方を向く事無く赤の制服を羽織る。
無論ボタンは留めていない。

「どうしたの?」
「少し出てくる……お前は好きにしろ」

返事を待つ事無くアキトは部屋を出た。
暗闇の中に残されるサキ。
薄手の、まるでシーツのような布団を身体に巻きその肢体をより扇情的に見せている。

「好きにしろ…か」

吐息のように漏れる声がどこか寂しそうだった……。

 

 

 

 

幾つかは電灯が消され暗くなっている通路。
その中をはっきりと見えているかのように進むアキト。
その歩みが止まり一つのドアの前に辿り着く。
丁度いい高さにあるインターホン、それを押す。
一回…二回…。

《はーい…》

と眠そうな声がスピーカーより聞こえた。
恐らく眠っていたのだろう。
だがそんなことは気にもとめずアキトは口を開いた。

「テンカワだ」
《!!》

その一言で一気に目がさめたのだろう驚愕の雰囲気がインターホン越しに分かる。

《何の用かしら?》

声の主、ミナトが敵意も露に言う。
その声に薄笑いを浮かべながらアキトは用件を告げる。

「話がある」
《こんな夜更けに?あんた常識ってもん知らないの》
「昔は知っていたと思うが今は忘れたな」

ミナトの皮肉になんら痛痒を受けず言葉を返すアキト。

《…で、何の用かしら?》
「開けてはくれないのか?」
《冗談!誰があんたみたいな危険人物!》
「違いない」

ミナトの言葉にかみ殺した笑いを発しながらアキトは言う。

《あら?自覚はあるのね。それでよくルリルリを、あんな小さな子を泣かせられるわね》
「まだ覚えていたのか?俺はもう忘れかけてたのに」

アキトの言葉に対してスピーカーより聞こえる、ギリッ、という音。
歯を噛み締めているのだろう。

《もういいわ。で用件は?》
「添い寝のお誘い」

と言った途端に切られるインターホン。

「冗談だったんだがな」

と、もう一度インターホンを押す。
今度は何回押しても出てこない。
それでもしつこく押してようやく出た。

《あんたいい加減にしてよ!!これ以上くだらない事言ったら保安部呼ぶわよ!!》
「さっきのは冗談だったんだが…本当はルリに関してだ」
《……いいわ。早く話して》
「生憎いつ誰がくるか解らない所で話せないんでね」
《じゃあ時間を改めて。貴方と二人っきりで話すと何されるか分かったもんじゃないわ》
「賢い選択だ。だが知るのは早い方がいいな…『ルリルリ』を心配してるならな」

わざとルリルリといいミナトの反応を待つアキト。
どれほど時が過ぎただろうか?静かに声が聞こえ始めた。

《…食堂で待ってて。あそこなら保安部に近いから安心できるわ》
「了解」

そしてアキトは食堂へと向うのであった。

 

 

 

 

アキトが食堂の椅子の一つに座っておおよそ十分。

「煙草、持ってくりゃ良かったな」

と呟いたところでアキトの背後に人影が立つ。

「生憎私は煙草を吸わないから持って来ていなくて助かるわ」

何時もの露出の大きい制服を着て言うミナト。
そしてアキトの目の前の席に座る。
コミュニケは非常コールがいつでもできるようにしてある。
そうしておけば何かあればすぐさま保安部に連絡できるからだ。

「それで、用件ってなに?」
「いや、大したことじゃない。ルリを俺に近づけさせないで欲しいだけだ」
「それなら頼まれなくてもやってるわ」
「やってる割には近づいてきてるぞ」
「そうね…。どうしてあんたみたいなのがいいのかしら」
「あいつがいいのは現在(いま)の俺じゃない過去(むかし)の俺だ」

ルリの姿を頭に思い浮かべ煩わしそうに言うアキト。

「はっきり言って目障りだ。特に昔の俺を持ち出してくるのはな」
「じゃああんたがそう言えばいいじゃない」
「勿論言ったとも。だが全然聞かないんでなあんたからも言って欲しいんだ」
「……一つだけ聞かせて。貴方とルリルリ…一体どんな関係なの?」

アキトはそれに答える事無く席を立ち上がる。

「ちょっと!?」

とミナトが答えを返さないアキトに詰め寄ろうとしたその時。
アキトがミナトの腕を引いた。
叫ぶまもなくアキトに引き寄せられその口を塞がれる。

「ん!?」

と微かな声を漏らすミナト。
アキトを撥ね退けようと力を込めるが鍛えに鍛えられたアキトの力には敵わない。
そうこうしてるうちにミナトの口腔に舌が入れられる。
口腔に入って来たアキトの舌に絶大な嫌悪感を感じミナトはその舌を噛んだ。

「っつ」

と小さく苦鳴を漏らし離れるアキト。

「アンタ!!」
「質問に対する報酬…その先払いだ」

激昂するミナトと冷めたアキト。
対照的な二人。
その激昂するミナトを背にしアキトは歩き始めた。

「ちょっと!!」

アキトの背後より聞こえるミナトの声。
振り向く事無くアキトは告げた。

「養女だ…彼女とはな」
「え?」

困惑に彩られたミナトの声を聞きながらアキトは今度こそ、その場を辞したのであった。

 

 

 

 

何か変わったこともなくナデシコは火星…の前に0G戦エステバリスを受け取るためにサツキミドリへと向う。
以前の時の経過からしてもうまもなくサツキミドリへと着く。
以前は木星蜥蜴に陥落されたサツキミドリ、生存者が絶望的だった結果を知りながらアキトはなんら手を打つ事無く自堕落的な生活を送っていた。
そんな自堕落的な生活を送るアキトの元へ入る通信。

《アキトさん…》

ルリだ。時を遡ったとき、アキトと再会した時の輝かんばかりの目はない。
その瞳にはアキトに対する怯えが含まれるが同時にわずかばかりの希望、期待も含まれている。

「なんの用だ」
《…もうすぐサツキミドリです》

それは何度となくルリがアキトに言った言葉。
もしアキトがアキトであるならば決して見捨てはしなかっただろう事件。
だが……。

「それで?」
《サツキミドリは落ちます…人が死にます…どうして…》
「いい加減しつこいな。運が悪かった程度にしかすぎんだろう。そんなに言うなら自分で何とかしろ」
《アキトさん…》

縋りつくようなルリの目になんら感慨抱くこともなくアキトは通信を切る。
ふと気づくと口元がなんだか寂しくなっているので煙草を手に取る。
がボックスの蓋を開けて見ると既に中身はなくなっている。
それに苛ただし気に舌を打ち握り潰す。

「まだ残ってたかね?」

と面倒臭げにベッドより下り持ってきた僅かな私物の中から煙草を探す。
暗い部屋の中に探る音が響くがどうにも見つからないようだ。

「切れたか…購買部に売っていたかな」

一つ溜息をつき制服を羽織り部屋を出て行くアキト。
その心には先ほどのルリの言葉など微塵も残っていないのであった。

 

 

 

 

アキトにより一方的に切られた通信。
それは何時もの事だと分かりながらも哀しげに柳眉を歪ませ自分もシークレット回線(ルリ命名)を切断する。
オモイカネに頼んだため今の会話を知るものはいない。
ウィンドウを開く事無く通信し声を出す事無く会話する。
メッセージはオモイカネの内部に送ったものを相手側で再生しているに過ぎない。
同時に向こうがわの声もまたオモイカネの内部で止まりオペレーターであるルリに届けられているだけだ。
オモイカネのオペレーターであるルリにしか出来ない芸当と言える。
尤も声と姿が無いからと言って誰も気づかないわけではない。
例えばミナト。
数日前の夜にアキトに言われたことを言われなくとも行っているがその効果さほど出ていない。
ミナトがどれだけ言ってもルリは哀しげに首を振るだけだ。
そんなルリを応援してやりたい気もあるがいかんせん相手が色んな意味で悪すぎる。
少しばかり離れた操舵士用の席で柳眉を歪ませるルリを見てミナトもまた小さく溜息をつくのであった。

(サツキミドリ…エマージェンシーコールを送る…)

柳眉を悲しみに歪ませながらもアキトが動く気がないのであればサツキミドリの凄惨な結末を知る者はルリしかいない。
胸の裡に枯れる事知らないかのように湧き上がってくる悲哀を無理矢理忘却し簡単にプログラムを組みサツキミドリへと送った。
ナデシコがサツキミドリにつくまでの時間を考えれば十分すぎるほど猶予が与えられる事だろう。
後は時の流れに任せておけば良いだけとなる。
だが、その作業やサツキミドリへの懸念がなくなった途端に忘却を試みた悲哀が切々と胸を満たすのがルリには分かった。
外見は十一歳、だがその心のうちは一体何歳のものであれば相応しいと言えるのであろうか?
片手の指で足りるほどの者しか知らない世界を揺るがすような事実、時を遡ったという事実。
誰がそれを体験したものの心の内を計れるものか。
ましてや遡る前には身を心を裂かれるような事が相次いだのだから。
ようやく養父、死んだと思っていたテンカワアキトと再会したと思えば彼は凄愴な雰囲気を纏わせ復讐者と成り果ていた。
同じように死んだと思っていた養母、ミスマルいやテンカワユリカも美麗な彫像と成り果てその心を利用されていた。
全てが終わり彼が去りそれでも希望を抱いて追って辿り着いたのが過去。
そこで再会した彼は変わり果てていた。
ルリの心にその時飛来したのは一体なんだったのであろうか?
悲しみ?切望?喜び?それとも…絶望?
それを自身に問うことすら怖くただひたすらアキトが元に戻る事を願いながら話し掛けた。
そのたびに突き刺さるようなアキトの言葉。

(いつまで続くの……)

胸中で呟く疲れた言葉。
アキトに絶望しきる事も出来ずさりとて切り捨てる事も出来ない。
アキトの笑顔が、声が未だ思い出としてルリのうちに深く残っている。
誰にも話すことが出来ない不可思議な物語をルリは悲哀と共に今日も思い出されてしまうのであった。

 

 

 

 

何の気無しに煙草を求めに部屋の外へ出たアキト。
ものの数歩も行かない内に彼は嘆息をついた。

「あ…アキト…」

ユリカが立っている。
アキトの姿を認めたからかその瞳が潤んできている。
アキトはこの数日の内にルリから聞いていた。
ユリカが時折アキトの部屋の前で立ち竦んでいる事を。
アキトにしてみればどうでもいいことなのだが今更かつてのように喚かれるの耳障りだと思い避けていたのだ。
だが今日はタイミングが悪かった。
今まさにユリカは立ち去ろうとしていたところでありもう少しアキトが部屋を出るのを遅くしていれば何時もの様に出会うことは無かっただろう。

(めんどうな…)

と胸中で呟きアキトはユリカの横を素通りしようとした。

「アキト、待って!」

素通りしようとユリカの横を抜けていくアキトの腕を掴もうと動くがそれを振り払い無視して歩もうとするアキト。

「お願い待って!」

と今度は腕ではなく身体全体、つまり抱きついてアキトの動きを止める。
それを振り払うのはさすがのアキトもためらったのか今度はなすがままにされている。

「何のようだ」

錆付いた鉄のような声を出すアキト。
その声を聞き、びくりと身体を震わすがそれだけでアキトにのみ聞こえる声でユリカは囁いた。

「アキトの…部屋で話していい?」

と囁かれた声に言葉を返す事なくアキトは踵を返し自分の部屋へとユリカを伴い舞い戻った。

 

 

 

 

「タバコ…臭いね」

アキトの部屋へと入ったユリカ。
その一声がそれであった。
無論アキトはそんな言葉に返事を返す事無くベッドに腰を掛けた。

「で、なんの用だ?」

先ほどと同じように錆付いた声で聞きなおすアキト。
だがユリカは言葉を返さない。
暗い部屋の中、生活感が殆どない部屋の中を見回している。

「ユリカ!」

些かきつめの声で呼びかけるとようやくユリカは身体を震わせアキトの方へと向き直る。
どうやら意図的にアキトの言葉を無視したようだ。
沈黙が…訪れる。
ユリカは声を発さない。そしてアキトもまた声を発さない。
互いに互いの目を見るだけでどちらも口を開かない。
それがどれだけ続いただろう。
沈黙を破ったのは声ではなく音であった。
静かな音…衣擦れの音。
暗い部屋の中でそれがまるで輝いているかのように白い指揮官用の制服は落ちた。

「……」

それを無言で見ているアキト。
そしてもう一枚。静かにそれもまた制服の上に落ちた。
残っているのは意匠施された恐らく有名なブランドのものであろう肌着と下に身につけているスカート類のみ。
その高価そうな肌着も脱ぎ捨て上は下着のみとなったユリカ。
そして彼女は倒れこむようにアキトの身体へと抱きついた。

「いいよ…アキトだったら…」

囁く言葉。
実年齢からすればどうにも幼げな感が拭えない彼女。
だがその囁きは無意識の内か古の時代に国を傾けさせた妖女の様に媚情に濡れていた。
その媚情の囁きをどう受け取ったかアキトは何をするでなくユリカのただその肢体を受け止めているだけだった。

「アキト?」

不安に彩られる彼女の声。
白い肌が暗闇の中艶かしく輝いている。

「なんの…つもりだ」

だがアキトの声は変わらない。
その艶かしい白い肌も、媚情に濡れた声も関係ないかのように変わらない錆付いた声だ。
その声も関係ないというのかユリカは言葉を返さずそのおとがいを上にアキトに向け目を閉じる。
アキトの目に映るのは目を閉じたユリカとその濡れたような紅い唇。
そのどこか淫らで扇情的な紅い唇を指でなぞる様に一撫でするアキト。
ユリカがくぐもったかのような声を漏らす。

「どれほど献身しても…俺は変わらんよ…」

と一言呟きアキトはその唇へ吸い付くように己の唇を重ねた。
暗闇の中ベッドに倒れこむようにその影が静かに重なり合った……。

 

 

 

 

暗闇の中ベッドで寝息を立てているユリカ。
部屋に立ち込める匂いが行為の残照を窺わせた。
そのユリカを見ながら煙草が無性に吸いたくなったアキト。
だが既に切れているので灰皿の中から殆ど吸っていない煙草を取り火をつける。
一風変わった味がした。
くの字に折れた煙草を吸っているアキトの耳にインターホンの音が届いた。
返事を待たずに開かれるドア。
逆光を背にしながらもシルエットで誰かは分かった。
ここ暫く何度も見てきたシルエットだ。

「サキか」
「ええ」

アキトの短い言葉に同じく短く返事を返すサキ。
この部屋のキーは初めてアキトと情事を交わした際にアキト自身が手渡している。
断る事もなく既に部屋の中に入り込んでいる。
「あら?」

とベッドの盛り上がり具合からもう一人いると気づくサキ。

「誰?」

とサキが問う。
本人自身気づかないがその声には微かに妬心の色が含まれている。
アキトはその色に気づいているのか気づいていないのか気にする風もなく告げた。

「ユリカだ」

その返事に彼女は何を感じたのだろう。
一切のそれを表に見せず彼女は言葉を紡ぐ。

「そう。それよりブリッジから通信が送られているのよ。貴方コミュニケを切っているから繋がらないって…」
「そうか。…どうしてお前が来るんだ?」

確かに通信が繋がらなかったといってもこの場にサキが知らせに来るのは不自然だ。
裏は置いておくとして少なくとも彼女はブリッジ要員では無いのだから。

「ミスター道化師のお願いよ。彼、私達の関係に気づいているもの。尤も私に連絡してきたのはオペレーターの娘だったけど」

と肩を竦め言うサキ。
ちなみに他のクルーは契約書内において、おてて繋いでまでが異性との付き合いの限度だがアキトはプロスとの苛烈な交渉によりその限度をなくしている。
そのお陰でアキトに割り当てられていた契約金はかなり安くなったが…。
無論サキはそんなこと知らない。知ってもどうでもいいことだろう。彼女は言葉を続ける。

「まるで親の敵のように睨まれたわよ。ホシノルリに」

おもしろそうに言うサキ。
アキトは別段何を言うでなく用件はと先を促した。

「ええとなんでもサツキミドリと合流する予定だったパイロットをサツキミドリの避難民の中から拾ったそうよ」
「避難民?」
「なんでもサツキミドリが木星蜥蜴に襲われたって。それでまだサツキミドリに機体が残っているから新しいパイロットと一緒に取りに行って欲しいとのことよ」
「そうか。わかった」

それだけ聞けば十分とベッドより下りるアキト。
その際ずれた夜具がユリカの肢体、上半身を見せた。

「あら」

何処と無く間の抜けた声を出すサキ。
その声を聞きアキトは何時もの皮肉気な笑みを浮かべ言った。

「どうした?負けたか?」

と親指で指差したのはユリカの胸。
アキトの発言に少しばかりむっとしながらサキは、関係ないわ、と言った。

「そういえば艦長も起こしておかないと不味いんじゃない?」

確かにこれから作戦行動を起こすというのに艦長不在というのは不味いだろう。

「だな」

と一言呟きユリカをゆするアキト。
だがユリカはどうにも起きない。
一度寝れば中々起きないのだろうか?

「あらら、起きないわね」

と楽しそうに言うサキ。
誰かを起こすのに苦労するアキトの姿という思いもよらないものみれてご機嫌らしい。

「最終手段だ」

そう言って枕もとより拳銃を取り出す。

「サキ。ドアを閉めて耳を塞げ」

これから何をするのかサキにも分かったのだろう言われたとおりにする。
アキトもまた私物の中になぜかあるイヤープロテクターを取り出しつける。
弾が跳んでも大丈夫な場所に銃口を向けアキトは引き金を引いた。
……そこから先ユリカがどんな行動をしたかは記すまい。
ただひとついえることは一糸纏わぬ姿で無様に動き回ったとだけ記そう。
とそんなことが有りながらも彼らは部屋を後にした。

 

 

 

 

それぞれがそれぞれの部署へ向った。
となればアキトはハンガーだ。
ハンガーで再会したかつての戦友達。
赤いパイロットスーツに身を包みアキトを見ている。

「お前がパイロットか?」

最初に口を開いたのはリョウコだった。

「ああ」

短くそれに返事を返し挨拶する事無くアキトはエステに乗る。
リョウコとヒカルが何気に騒いでいるが全然気にしていない。
イズミは…言うまでも無い。
もはやアキトが返事を返さないと言う事が分かったのか三人もエステに乗り込んだ。
重力カタパルトが作動しエステを虚空へと送る。
一つ…二つ…。
とそこでアキトは違和感に囚われた。
そしてすぐに気づいた。

(そういえばヤマダは死んでいないんだな)

とようやく思い出したアキト。
いまさらどうでも良かったのだろう。
既に時は異なっているのだから。
事実アキトもそれをどうでもいいこととして思考の外に放り出した。

《お前さ…何でもチューリップ落としたんだって?》

サツキミドリに向う僅かな時間の中でリョウコが通信を送ってきた。
続けてヒカル、イズミ、ガイと。

《くー俺様がいればチューリップなんか10でも20で落とすのによ》
《ほんと〜にぃやまだく〜ん》
《ダイゴウジガイだ!!》
《チューリップ…チューリップ…残念思いつかない》

がくりとイズミがこうべを垂れる。
無論皆無視している。

《どうやって落としたんだ?》

うるせぇ!と一喝し黙らせたリョウコが再び聞いてくる。
アキトはさてなんと答えたものかと考えたが考える必要もなかったとすぐに至り何時もの笑みを浮かべた。

「教える条件…俺と一晩付き合え。気持ち良い事と一緒に教えてやる」
《んな!!なに言ってやがるんだてめぇ!!》

顔を真っ赤にし叫ぶリョウコ。
その顔を見ながらアキトは尚も続けた。

「純情だな。知らないのか?男を?」
《んのやろぉ〜》

もはやタコのように顔を染め上げ今にもライフルをアキトに向けかねないリョウコ。
がそれに水さすような一言。

《ついたよ》

イズミが発した一言でリョウコは気を引き締めた。

《ようしまず俺から行くぜ!》

と返事を待つ事無く突っ込んでいくガイ。
その後ろ姿を見ながらアキトは暑苦しいと感じライフルの弾を浴びせようかと一瞬本気で考えた。

「俺も行くぞ」

とエステを動かすアキト。
残った三人も反論が無いのか取り敢えずはアキトの後ろに着いていった。
ちなみに結果はデビルエステバリス(ヒカル命名)がアキトに潰されて終わりと記す。

 

 

 

 

呆気なくデビルエステバリスを落としナデシコへと帰還したアキト。
パイロットスーツを解除し何時もの着崩した格好にもどる。
3人娘とガイへ挨拶もする事無く部屋へと向う。
歩く中、お疲れさん、といった声が掛けられそれらに、ああ、といった簡単な言葉を返す。
そうして部屋にまで辿り着くとドアの前に人影がある。
白い制服。ユリカだ。

「アキト…お疲れ様」

と柔らかな笑みをアキトに向けた。
いつもであればさすが私の王子様!などと騒ぐのだがどうにも変わったのか静かな言葉だ。
アキトもそれに面をくらい思わず眉につばをつけようかと思ったほどだ。

「どうした?艦長の後始末は終わったのか?」
「それはジュン君がやってくれるって」

いまこのとき一番哀れなのはジュンであろう。
がそれはどうでもいいことだ。
そうか、と短く返事をし部屋の中に入るアキト。
ユリカもそれに続く。
ちなみにユリカの歩き方は何処と無くぎこちない。
部屋に入ったアキト。
何時もの如く照明を点けたりはしない。
どうせすぐ消すからかそれとも暗いところが好きなせいかは解らない。
ドアが閉まり暗闇に閉ざされる部屋。
アキトのすぐ後ろにいるユリカが静かにアキトを抱きしめた。

「お疲れ様…」

帰ってきて嬉しい、そんな思いが込められた言葉にアキトはなにを思うでなくユリカに聞いた。

「どういうつもりだ?」
「なにが?」
「言っただろう。俺は変わる気など無い。この性格は気に入ってるんでな」

とユリカに見えない中で笑みを浮かべるアキト。
ユリカもまた笑みを浮かべた。
アキトとは正反対の笑みを。

「いいよ。変わらなくて。どんなに変わっても私にとってアキトはアキトだから。私の気持ちを否定する事はないから」

その言葉になぜだろうアキトは苛立った。
なぜかは解らない。
強いて言うならばユリカの純真さが癪に触ったのか。
だからアキトは言った。
先程よりも笑みを深め嘲笑するように。

「良い事を教えてやるよ。さっきお前を抱いたベッドな、別の奴も抱いてるぞ。居ただろう?サツキミドリのことを教えにきた女、あいつだ」

こういえばユリカは傷つくだろう。そう確信しての言葉だ。
その後の展開に、傷つくユリカに、その純真が踏み躙られる踏み躙る行為に歪んだ悦びを覚えながらアキトは言った。

(ユリカ…俺を楽しませてくれよ)

胸中でそう呟きアキトはユリカの反応を待った。
だがアキトの期待に反してユリカは慟哭するでなくアキトの身体をより強く抱きしめた。

「それでも…いいよ……」

静かに囁いた言葉。
その言葉を聞いた瞬間アキトの中で何かが切れた。
抱きつくユリカを離し有無も言わさずその唇を重ねる。

「っむぅ!」

とユリカが苦しげに声を漏らすのもお構い無しに乱暴にその口腔に舌を入れ動かす。
ダンッ、と壁に身体がぶつかるが関係無しに舌を動かし手をその肢体に這わせる。
数分ほどそうしていただろうようやく口を離しアキトがユリカの顔を見ると酸欠の為かはたまた…。
目が潤みきり顔が紅潮している半開きの口の端から唾液が一筋の線をつくり艶かしく輝く。
その唾液の線をツゥと舐め取りアキトはユリカの目を見て言った。

「どんなに変わっても、と言ったな…なら精々受け止めて見せろ」

冷たく濁った目。死者の眼差しそれがユリカを貫く。
そしてユリカの声を待つ事無くアキトはまたユリカの唇を蹂躙するのだった…。
暗い部屋の中、死者の褥の中、静かに濡れた声が響いたのだった……。





代理人の「本日のズンドコアキトくん」のコーナー(爆)

 

あ、そーか。

今回ムネタケは反乱を起こしていないんでしたな。

ガイが死ぬ理由もないわけだ。

 

それはそれとしてついにユリカまでも堕としたズンドコアキト。

更正は金輪際無理っぽそうです(爆)。

次はイネスさんかエリナっちか。

やれやれ、です。