照明の落とされた室内で輝くディスプレイ。
そこに映ってるのは二人の男女の姿。

「さて、如何でしょうか?」

浅く笑みを浮かべながらディスプレイの前で佇むアキトが映像を消し、ソファに座る男に問いかけた。
男は高級そうな――いや、実際に高級なテーブルに肘を突きその口元を組んだ手で隠している。
だが、その顔は汗が流れ男の内心の動揺を示している。

「君は……これでどうしようというのかね?」

震える声を抑えつつ、男は反対に問い返した。

「簡単ですよ。先ほど言った条件を呑んで貰いたいだけです」

男の向かいに座り、バイザーの位置を人差し指で直す。

「我々が公開する事――木連の事ですが――を黙認、いえ、積極的に擁護して貰いたい」
「あの件に関しては私は何の権限も持っていない!!」
「そう、木連の件に関しては隠蔽した人間が権限を持っている。……例えば、貴方の上司等がね」

皮肉る笑みを浮かべ男の激昂を流す。

「だが、権限はなくとも、権限を持っている人間を糾弾する”説得力”は持っている」
「それで私は全てを失うと?」

射抜くような目でアキトを見る。
その視線に対し、まさか、とアキトは戯けて言った。

「そんな事はありませんよ。民衆の弾劾の眼差しは隠蔽した者達へと向かい、貴方はそれを助ける正義の存在となるのですから」
「戯言を。政治の世界はそれほど簡単ではない!」
「ええ、だからこそ、頼んでいるのですよ。……貴方にね」
「……」

無言でアキトを見る。
その目を見て、真意を見抜こうとする。

「それに貴方にも益は有りますよ」
「フン。先ほどの映像かね?」
「いえ、罷免されるであろう大統領に代わって貴方が大統領になれるようにバックアップさせていただきます」

勿論、その次の選挙もですよ、と彼は言った。

「”漆黒の戦神”の名だけで勝てるとでも?」
「その名と資金、そして情報では如何ですか?まあ、政策が成功するかは貴方次第としか言いようがありませんが」
「……信用、できんな」

確かに提供されるものをみればあまりに美味しい条件ばかりだ。
だが、それ故に疑わしい。
少なくとも彼が生きてきた、生きている世界では。

「……取引に於いて必ずどこかで相手を信用しなければ成り立たない一点があります。今がその一点と言ったところですよ」
「……」
「我々は貴方のスポンサーとなり、和平を成す。貴方は木連の擁護者となり、最上位者と成る。だが、それもこの一点で相手を信じ切れるかどうかに掛かっているんですよ」

暫し、沈黙の帳が降りる。
二人の為に用意されたコーヒーが静かに湯気を上げ、薄闇に消えていく。
音と共に刻まれる時計の音。
そして、

「なぜ……私なのかね?」

それは返答ではなく問いかけ。
だが、アキトはそれに真摯な表情をし、

「貴方が……まだ理想を捨てきってない人に見えたからですよ」
「理……想?」

長いこと、本当に長いこと聞いたことが無いような言葉を耳にしたかのように男は戸惑いの表情を浮かべた。

「そうです。それはとても他愛の無い事の様に見えて、なによりも叶える事が難しい理想。
 貴方達の世界の人間からすれば、鼻で笑うような理想――それを持っているように見えたからです」
「私は……」
「奇麗事の介入する隙間など無い政治の世界で”それ”を持てる人がどれだけいることでしょうか?」
「私は……」
「あの映像を映していた者が言ってました。”彼は妻ではなく”彼女”の前だけで安らいでいる”と」
「……」
「貴方にとって”彼女”は本当の意味で”愛人”なんでしょうね」

嘲る眼差しなどではなかった。
ただ、優しい眼差し。それだけが男を見るアキトの眼差しであった。

「理想と現実の狭間で苦しみ、その理想を政治という汚濁の中に沈める前に、もう一度だけ立ってみる気はありませんか?」

脅迫でも強制でもない、真摯な願い。
まるで子供が神様に向かって祈るかの様に純粋な願い。
それはきっと、なによりも、人を動かすモノではないだろうか?
だからこそ、

「……いいだろう、君の条件を呑もう」
「ありがとう、ございます……」

その一言を告げ、立ち上がるアキト。
そして、それでは、とだけ言い、室内を後にしようとする。

「映像ディスクは置いていくのかね?」

彼の所謂、スキャンダルが映されたディスクは未だ端末に挿入されたままだ。
だがその言葉にアキトは、

「ええ。そんなもの……貴方に会うための方便ですから」

柔らかな笑みを浮かべ、今度こそアキトはその姿をドアの向こうに消した。

「理想、か。……君は、まだ、間に合うと思うかね?」

遠くを見る眼差しで、彼は満ち足りた表情で誰かに語りかけるように、呟いた。

 

外へ出ると未だ陽が高く、かなりの気温があった。
が、その暑さも冷房の効いた室内に長時間居たため心地良いものに感じる。

「あー疲れた。ったく……あんな言葉使ってると疲れるな」

一転して言葉が変わるアキト。

「さてと、日本に寄ってストレスでも解消してくるかね」

にやり、と笑い意気揚々と歩き出す。
そのストレス解消でとあるトラブルが起きるのだが今の彼には知る由もなかった。
ともあれ、この様な感じでアキトは着々と地盤固めをしていくのであった。

 

 

 

 

「アキトーーーッ!出てこいアキトーーーーッ!!」

と叫んでいるのはナオ。
いつものサングラスに黒のスーツという姿に今日はなにを考えたのか、馬鹿でかい銃を二丁、それぞれの手に持っている。
そして身体に巻き付けているのは弾帯だ。
その額に蝋燭を二本巻き付けていないのが不思議に思えるほどの鬼の形相である。

「やっべー。まさかこんなに早く帰ってくるとはなあ」

ブリッジの上層にいるナオに見つからないようにそのすぐ下、上層の壁と言える部分で必死に身を隠しているアキト。
ナオが少しでも下を向けばすぐにでも見つかる位置だ。

「ちっくしょー、どうやって逃げようかね」

こそこそと逃げ回っている時点でアキトがなにかをやらかしたのだろう。

「殺して……殺してやるぞアキトォオオオオッ!!」

馬鹿でかい銃を振り回しつつブリッジを出て行くナオ。
ドアの閉まる音が響いて、漸く身を潜めるのを止めるアキト。
上層へとよじ登り、煙草を取り出し火を着ける。
一吸いし、吐く。

「はぁ、まさかあそこまで怒るとはなあ……」

頭を掻きつつぼやくアキトに、

「アキトォ、一体なにがあったのぉ?」

涙目で下層のシートの裏に身を隠しているユリカが問いかけた。
ユリカ以外には、ルリとメグミとミナトがいる。
が、二人は突然のナオの凶行に茫然自失としている。
その為ユリカが問いかけたのだが、その問いかけをアキトは笑ってごまかした。

「あーユリカ。俺は暫く身を隠すから……後の事は頼んだぞ」
「え?」

呆然とするユリカを放って、じゃっ、と片手を上げ歩き出すアキト。
口に煙草を銜えながら、ドアを開けると、

「……」

ニイッ、と唇の端を限界まで吊り上げ笑うナオの姿があった。

「……」

無言で立つアキト。
その目に映るのは両手を、つまり銃口を上げていくナオ。
ドアが閉まる。
アキトの目の前には無機質なドア。
紫煙を一吐きし、アキトはブリッジの下層へと……跳んだ。
瞬間、

「死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇええええええ!!」

銃声――否、爆音としか形容できない音と共に弾丸が放たれた。
頭上を過ぎていく紅い光を放つ弾丸と降り注ぐ、元・ドアの破片から昂気で身を守るアキト。
奥の方ではユリカ達の悲鳴が響き渡っている。

「落ち着けぇえええええ!!」

アキトが叫ぶがそれへの返答は問答無用な弾丸の嵐。
アキトと北斗の戦闘時に破壊されたブリッジ、漸く修復されたと思ったら今度はナオが破壊していく。
鋼板など無いも同然、全てを、等しく、その弾丸は貫いていく。
パラパラとなんの粉塵か考えるだけでも怖い粉塵がアキトに降り注ぐ。
漸く静けさを取り戻したブリッジ。
だが、アキトはその静けさがただ弾が尽きた故に生まれたものと見抜き、直ぐさまその場を脱しようとするが、

「どこへ行く気なんだ?ん?」

走り出そうとした体勢のアキトに突きつけられる銃口。

「落ち着くんだナオさん。フェザーの弾丸は不味い。いや、まじで」
「仕方がないだろ?昂気ごとお前の頭をぶち抜ける弾丸って言ったらこれしかないからな」

くっくっく、本当に嬉しそうに笑うナオ。
親友同士であったはずだが、今のこの光景を見ていると誰も信じないだろう。
そう、親友同士の筈なのだが、なぜこんな事になったかというと……。

 

――事の起こりは一日前。

 

アキトが演説、引いては和平へ向けて裏工作をするためにナデシコより姿を消し、戻って来た時の事だった。
姿を消す度になにやら怪しいブツを仕入れてきてアカツキ達と馬鹿騒ぎをしているのだが、今回はブツではなく、

「ナオさん、今日暇?」

アカツキを彷彿させるような軽薄な笑みを浮かべながらナオに話しかけるアキト。

「ん〜暇だけどどうしたんだ?……また、なんかイイモン仕入れたのか?」

そこはかとなく期待の色を滲ませながら声を潜ませ訊くナオ。
ミリアという恋人がいるとはいえ、彼女は今は遠く離れた地にいる。
その為、健康な男としては色々と溜るものがあって、それをアキトが入手してくるブツで色々と解消しているのだ。
だが今回はそのような女性には見せられないブツではなく、

「いや、実はさ、昨日外で遊んでた時に良い娘に逢ったのよ」
「……で?」

顔つきが真剣な物になるナオ。

「だけどさあ、俺あれじゃん。今忙しくてその娘と遊べないのよ。けど、逃すには勿体なくてナオさんの事紹介したんよ」
「……」

ぐぐぐ、とアキトの方に身を乗り出すナオ。
ちなみにここはアキトの部屋――最近はナデシコ内の”九龍城”と呼ばれている――である。

「そしたらその娘、逢ってみたいって言ったからさ……」
「どこだ!?どこに行けばいいんだ!?んでその娘の名前は!?」
「場所はここで、名前は……自分で聞き出してね」

懐よりメモ用紙を取り出しナオに手渡す。
それを穴が空かんばかりに見るナオ。

「ってもう時間ねえじゃねえか!」
「ああ、だから急いだ方が良いぞ」
「よしっ!アキト感謝するぞ!!」

立ち上がり、挨拶もそこそこに走り出ていくナオ。
その後ろ姿を見送りながら、

「ナオさん、俺を赦してくれ……」

この呟きをナオが聞いていれば後の騒動は起きなかったかもしれない。

 

身だしなみを整え、ハンガーで騒いだウリバタケを黙らせ、直ぐさま目的地へと向かったナオ。
そのけなげ(?)な動きが報われたのか、

「すっげえ、上玉……」

と思わずトレードマーク化しているサングラスがずり落としながら呟く。
待ち合わせの場に居たのは確かに美人であった。
陽光を受け、いや、それ自体が光っていると錯覚しそうな程の艶やかな髪。
抱きしめれば折れそうな細い腰、真珠の様な肌。
そっと伏せられた目がまるで花の様な儚さを見せている。

「アキト……ありがとうっ!!」

今のナオの頭の中には恋人にして婚約者のミリアの事など一片たりとも残っていない。
とりあえずは目の前の”美人”の事で埋め尽くされている。
そうして小躍りしそうな気分を抑えつつ、話しかけたのだった。

 

夜も更け、太陽の光ではなく、月の光が地を照らす時。
散財をしつつデートをこなすナオ。
そして今は、その行き着く先としては上等な部類に入るであろう豪奢なホテルの一室。
先ほどよりナオの耳に聞こえるのはシャワーの音。
その音を聞きながらまだかまだかと待ち続ける。
シャワーの音が止り、ドアが開く音がする。
湯気を上げ、薄桃色に染まった身体をバスローブに身を包みナオに近づいてくるウツクシイヒト。

「待った……?」
「いや、夜はこれから。それにこの程度の待ち時間なら、前菜さ」
「そう。……ねえ、明かり、消して?」

ナオの耳元に口を寄せ囁かれる言葉。
だがナオはそれに薄く笑みを浮かべ自身が纏っているバスローブを脱ぎ落とす。

「お願い明かりを……ンッ」

最後まで続かない言葉。
ナオがその唇を塞いだから。
濡れた音が室内に響く。
そっと唇を離し、胸元へと手を動かし、その豊かな胸を愛撫する。

「ハ…アッ……」

色っぽい声が漏れる。
甘い、甘いその声はナオの理性を溶かしていく。
その声に促されたかのようにバスローブの裾より手を差し入れる。
太股を蛇のように指と手を這わせ、目指していた場所へとたどり着く。
そして、

むにゅ。

そんな、音が、聞こえた、気がした。

「……むにゅ?」

なんと言うべきか……なんとなく感じ慣れた感触。
それは決して目の前の人物――女性より感じてはイケナイ感触の筈なのだが。
愛撫を中断し、バスローブを剥ぎ取るナオ。

「……」

勘違いでも、夢でもなく、目の前には見慣れたブツ。
見慣れてもいるだろう、なにせ、自分自身に付いているのだから。

「おおおおお……男だとぉおおおおお!?」

嘘だと言わんばかりに叫ぶナオ。
だが叫んでも目の前のブツは消えない。
その絶叫を受け、彼女、いや、彼は言った。

「なによ! 男だって知ってるくせに!!」
「知らん!! つーかなんでそうなる!?」
「だって貴方を紹介したアカツキって人がちゃんと説明しておくって言ってたもの!!」

ちなみにアキトが勝手にアカツキの名を使ったのである。

「テンカワァアアアアアアアア!!」

血を吐かんばかりにアキトの名を絶叫する。

「知らない!!俺は何も聞いてない!!」

そう叫びつつベッドより降り、服をかき集めるナオ。
いっそ裸のまま逃げ出してやろうかと考えるくらいだ。

「いや! せっかくの上玉、逃さない!!」

その言葉通りにナオを逃さないとタックルをする。
どうやら”上玉”と思ったのはナオだけではなかったようだ。 タイミング悪く、背を向けていなかった為に仰向けに倒されるナオ。

「うぉおおおおおお! 離せぇええええ!!」

冷静になればナオの実力を持ってすれば簡単に引きはがせるだろうに、完全に混乱している今では無理だ。
じたばたと腕を振り回し、”彼”を引きはがそうとする。
が、そのような状況に慣れているのか、巧みに押さえつける”彼”。

「ミリアーーーッ! 助けてミリアーーーーーーッ!!
 アキトォ! 殺してやるぞ、アキトォオオオオオオ!!」


テツヤにメティを殺された時ですらこれほどまでに怒りを憶えなかっただろう。
だが、メティが殺されたときの怒りを凌駕する”怒り”の原因がこれでは誰も浮かばれない。
まさしく、草葉の陰でメティが泣いてる、という状況だろう。
もしかしたらテツヤも泣いてるかも知れないが。

「プラカード! 誰かプラカードッ!!
 ”ドッキリ”って書かれたプラカード!!」


と叫ぶが勿論、プラカードを持った人が出てくるわけがない。
巧みに押さえつけられ、逃れられないナオ。
フフフ、と蠱惑的な笑い声が聞こえ、

「やめろぉおおおおおおおお!!
 舐めるな! 吸うな!! しゃぶるなぁああああああ!!!」

哀しいナオの絶叫と、妖しい音が響くのであった。

 

 

 

 

「分かるかっ!?お前にっ!?
舐められて吸われてしゃぶられた俺の気持ちが!!」

血の涙を流しつつ絶叫するナオ。
その言葉だけを聞けばアブナイ人なのだが当人は至って本気だ。
その心の底よりの言葉に対しアキトは、

「いやあ、だってさ……」

へらへらと笑いながら、

「そんな気持ち、分かりたくないからナオさんに押しつけたんだって」

と言い切った。
その言葉に人形の様に、無表情となるナオ。
そして、

死ねダーイ

一瞬の躊躇もなく引き金に掛かる指へと力を込める。
そうして弾丸が飛び出る前にアキトは銃を蹴り上げた。
長大で一目見て頑強だと分かる銃がくの字型に折れ曲がる。
手より伝わった衝撃、視界に入った折れ曲がった銃に舌打ちをし、ナオはそれを撃つためでなく、殴るために使用した。

「うぉうらぁあああああ!!」

雄叫びを上げつつ絶え間なく銃身をアキトに向けて降り続けるナオ。
それを昂気を纏った腕で止め続けるアキト。

「落ち着けってナオさん。別にケツの穴掘られた訳じゃないんだろ?」
「……掘られてたら俺は誰を巻き込もうと、てめえを殺してる」

その静かな言葉に誰もがナオの本気を感じ取った。
その余りにも馬鹿馬鹿しい本気を。
そんな馬鹿げた会話の間にもナオは銃身を振り回し続けている。
最初の頃は、落ち着け、とナオを宥めていたアキトであるが、こうも悪意をぶつけられてはいささか気分が良くない。
自分自身に非が有ると言うことはもはや彼の内にはない。
だから、

「落ち着けって……言ってるじゃねえかよっ!!」

かなり本気でナオの腹部を殴りつけるアキト。
常人であれば腹を突き抜けかねない一撃。
だがさすがにナデシコ内でも荒事を得意とする人間、いや、この場合精神が肉体を凌駕したのだろう。
壁際まで吹き飛ばされてすぐに、ふんがっ!と奇妙な声を発しながら体勢を整える。

「人が下手に出てれば調子にノリやがってよ!」

どこら辺が下手に出ていたかは分からないがアキトの感覚では下手に出ていたようだ。
無論、”アキトの感覚”なのでナオにはとても下手に出ていたようには見えていない。
もし仮に下手に出ていたとしてもこれからの行動は変わらなかっただろうが。

「上等だよっ! テメエ殺してミリアさんを寝取ってやんよっ!」
「やれるもんならやってみろやっ!!」

こうして馬鹿馬鹿しい戦いが始まる。

 

――数分後。

 

「へっ! 口ほどにもねえな」
「……ぐぐぐ、ちくしょう」

ブリッジの床に倒れ伏すナオ。
そしてそのナオの頭を踏みつけているアキト。
足をグリグリと動かし嘲笑いを浮かべている。
どうみても悪役だ。

「へっへっへ、ナオさんよぉ。”アキト様に逆らったボクちんが悪かったですぅ”って言えば赦してやるぞ?」
「く、腐れ外道がっ……!!」
「ん〜心地良い響きだ。ほれ、どうした?俺としてはこのまま頭を潰してやってもいいんだぞ?」

グリグリとより、強く足を動かす。
その度にナオの苦鳴が聞こえる。
それを神韻の響きと聞くのか、アキトの笑顔がより深まる。

「安心しろ。ミリアさんには、”ナオさんは男に走りました”って伝えておくからよ」
「ぎ、ぎざま……」
「その後には俺が傷心のミリアさんを慰めるかね。いやあ、あの美味そうな躯。股間がいきりたつぜ」
「ぬぅああああああああ!!」

ボロボロの身体を精神で立ち上がらせる。
その姿に舌打ちをし、跳んで離れるアキト。

「はっ! 死に損ないがっ!!」
「ミリアの為にも……貴様の様な外道に負けるわけにはいかないんだよっ!!」

薄笑いを浮かべながらナオに向かっていくアキト。
苛烈な眼差しをし、アキトに向かっていくナオ。
互いの拳が繰り出されて、

「ぐふうっ……!」
「げぼあっ……!」

壮絶な相打ちであった。
バタリと倒れる二人。

「……結局、なんだったの?」
「なんだったんでしょうねえ……?」
「ブリッジ……また壊れちゃいましたね」

結局なぜ二人が争うのかが理解できない、三人が残されるのであった。
後片づけは誰がやることになるのだろうか?

 

 

 

 

食堂の修理に加え、ブリッジの修理という新たな仕事が増えたため、またしても大幅にその出航が遅れることとなったナデシコ。
その両方の当事者であるアキトは懲りずに”遊んで”いた。
ちなみにナオの件は二人でなんらかの取引をしたようで落ちついているようだ。
その際、ホクホク顔でなにか荷物を手に持ち、アキトの部屋を出てきたナオが見られたようだ。
結局は同じ穴の狢、というわけだ。

「はぁ〜」

と不景気な溜息を零しているのは影の薄いことで有名なジュン。
一人寂しくナデシコ内の通路を歩いている。
その歩く姿は余りにも力無く、このまま自殺でもするのでは?と思わせるほどだ。

「よっ! どうしたんだジュン?」

そんなジュンに声を掛けるのアキト。
勿論善意ではない。
いや、有る意味善意と言えないこともないだろうが、

「テンカワか……放って置いてくれ」
「なんだ、つれないなあ。俺たち友人だろ?」

アキトの言葉は言うなれば詐欺師の言葉の様なものだ。
若しくは金が無い時だけ”友人”になる様な。

「……誰が友人なんだ?」

ジュンはそれを知って知らずかそう返答する。
が、アキトはその言葉を聞こえないフリをし聞き流し、

「どうせお前の事だ。……チハヤちゃんの事だろ?」
「……!!」

図星だったのだろう。驚愕の表情でアキトをみるジュン。
その表情に、にやり、と笑みを浮かべるアキト。

「そんなお前に朗報だ」
「まさかチハヤがっ!?」
「いやいや、そうじゃない。寂しい日々を過ごすお前をなんとかしてやろうと思ってな」

ほれ、ちょっと来い、とジュンの腕を掴み歩き出す。
それに抗議をするジュンだが、アキトは、まあまあ、と適当に宥めながら引っ張っていく。

 

ジュンが連れてこられたのは通信室。
通常ブリッジで使われるものとは異なり、”外の耳”には勿論、”中の耳”にすら対応している部屋だ。
クルーの中にはこの部屋の存在すら知らない者もいるだろう。

「――で、テンカワここになにがあるんだ?」
「ああ、ちょっと待ってろ」

そうアキトは言い、胡乱気な目を向けるジュンを後ろに、コンソールを操作する。

「あっと、そうだジュン」
「なんだよ?」

唐突になにを思い出したのかアキトがジュンを見る。

「今だけは俺のことは”ヤガミ”って呼べよ」
「はあ?」

唐突に何を言い出すんだ、と言った表情をするジュン。
確かになんの説明もなくば理解できない言葉だ。

「まあ、ほら、あれだよ。俺がテンカワアキトだとばれると後々な?」
「……テンカワ、君は一体なにをやってるんだ!?」
「すぐにわかるって」

そうアキトが言い終えた後に、薄暗かった室内が明るくなる。
モニターの光が照らし出したのだ。

『あらぁん、ヤガミ君じゃないの?』
「ども店長。新しいお客をキャッチしたんで」

モニターに映るのは極彩色の衣装を身に纏った”男性”の姿。

「……テンカワ?」

震える指で”彼”を指し、同じく震える声でアキトに訪ねるジュン。
ジュンのその問いに応える前に、アキトはジュンの腹部に肘鉄を入れる。

「ヤガミ、だろう?」
「ヤ、ヤガミ……」

腹部を押さえ、息も絶え絶えに訂正するジュン。

『その子が新しいお客さん?』
「そそ。こいつここ最近思い詰めて居るんで、気分展開にと……」

一人だけ取り残されたジュン。
二人の会話がどんな意味を持っているかは……すぐに分かる。

 

「テ、テレクラァ!?」

「ああ、そうだ。大丈夫だって、ここに掛けてくる娘はレベルが高いから」

「そう言う問題じゃなくって!!」

「ん?……ああ、そう言う事ね。やれやれ、仕方がないな」

「……テンカワ、その懐から取り出した写真は一体なんなんだ!?」

「いや、だって、お前が話すの面倒だからって言うから……」

「誰がそんなことを言った……」

「まあまあ。ほら、この娘なんかどうだ?結構チハヤちゃんに似てると思うぞ?」

「確かに……じゃなくって!!」

「なんだ、やっぱこっちよかそっちの方がいいんじゃん」

「良いとか悪いとかじゃなくて……というか君は一体幾つバイトをしてる!? それも怪しげなものばかり!」

「ま、それはどうでもいいから……」

「いや、良くないだろ」

 

「……どうして僕はここに居るんだろう」

アキトとの会話を思い出しつつも椅子に座り、受話器を耳に当て、フックに指を掛けてるジュンの姿があった。

「基本はどれだけ早く取るかよね。だから受話器を耳に当て、フックに指を掛けておく。それで鳴ったら直ぐさま指を離す」

色々な意味で謎に満ちあふれた店長の言葉を思い出すジュン。
だが、その表情は翳りを帯び、

(大体僕にはちゃんとチハヤという好きな娘がいるんだ)

彼女の、チハヤの姿を脳裏に浮かべ、

(そうだよ! こんな所でこんなふしだらな事をやるわけにはいかないんだ!)

明るい表情で断ろうと考えるジュン。

ピ……(注:コール音)

「あ、僕、アオイって言うんだけど」

ワンコールが終る前に、アキトや北斗ですら見極められないのでは?というぐらいの速度でフックより指を離すジュン。
ちなみに諸般の事情により、モニターは使用されてない、つまり音声のみである。

「へえ、そうなんだ。じゃあこれから逢おうか?今どこ?」
『――』
「あ、すぐ近くだよ」
『――』
「うん、それじゃあ……その場所で」

受話器を置くジュン。
ふう、と一つ息を零し、

「時間が無いんだよっ!!」

と叫び、急ぎ通信室を飛び出していった。

 

「テンカワの奴、なにが”レベルが高い”だよ……」

喫茶店の窓際の席に座り、涙を流すジュン。

「ごめんなさい、それ以上喰わないで下さい。……払えなくなりそうなんで」

目の前には山と積まれた食器と……およそ人類の範疇には入らない姿形をしたモノ。

「チクショウ……」

飲むお冷やがしょっぱいのは決して涙が流れ込んだせいではないと思いたかった。

「……」

結局、クレジットカードを使い支払う目になったジュン。
店員にこの上なく同情と憐憫の眼差しを向けられ、本気で泣きたくなったのはここだけの話。

 

余計な散財をしながらも再びナデシコに、通信室に戻ったジュン、

「……」

無言で足を振り上げ、コンソールに振り下ろす!
派手な音を立て、火花が散る。

「……」

それでも無言のまま、椅子に座り、先ほどと同じように受話器を耳に当て、フックに指を掛ける。

ピ……

「はい、アオイ君です!」

今さっきの人形じみた無感情の表情はどこにいったのやら、満面の笑顔で言葉を発す。

「へえ、そうなんだ。手が特徴的なんだ」
『――』
「あはは、友達は可愛いって?」
『――』
「うん、うん。……僕も見てみたいな」
『――』
「うん、そこの喫茶店は知ってるよ。それじゃあそこで」

受話器を置き、走り出すジュン。
通路を駆け抜けていくその姿は熱く燃えている。
その背を見るのは、

「……ジュンの奴、ずいぶんと嵌ってるな」
「お前が唆したんだろ?」

アキトとナオだ。
面白そうなものが見られる、と言ってアキトがナオを誘い、通信室の前で気配を殺しているのだ。

「そういえば……お前がジュンに紹介した店、本当にレベル高いのか?」
「俺ぁ、嘘は言わないよ。実際レベル高いし」
「……目が笑ってるぞ」
「気にするな。ま、あれだ。ウルトラ怪獣とかに萌えられる人にとっては非常にレベルが高いと言うことは伝えてなかったけどな」

あっはっはっは、と本当に可笑しそうに笑うアキト。
それを見てナオは、

「ひでぇ……」

と言いつつも同じく笑うのであった。

「ホント、特徴的な手だな、おい」

またしても涙を流すはめになったジュン。

「フォッフォッフォッフォッ」

笑っているのか、それともナニカ言葉を発しているのか、それすらも分からない。

「いいからバルタン星に帰れよ……」

もう有りません。

 

ガン ゴン ガン
ナニカ……硬い物がぶつかり合う音が断続的に響き渡る。
血走った目のジュンが金属バットを引きずっている音だ。
そして通信室に入り、

「あああああああああああ!!」

血涙を流しつつ雄叫びを上げながら振り回し始めた。
ジュンがバットを一振りするたびに甲高い音が響き、火花が散る。
その光景を黙って、こっそりドアの隙間より見守るアキトとナオ。
彼らにとって”見守る”とは腹を抱え、声を出さないように笑い転げる事であるらしい。

 

バチバチ、と恐ろしげな音を鳴らし、火花と電流が見える変わり果てた通信室。

ピピピピピピピピピピピピピピピ……

先ほどまではワンコールが鳴りきる前に取っていたが今回は何度も鳴ってから受話器を取る。

「アオイ……」

それだけを言い、後は押し黙る。
その今にも真っ白に燃え尽きそうな姿は哀れみを誘う。

『――』
「そうなんだ……」
『――』
「一つ訊くけど……人間だよね?」
『――』
「いや、ちょっと、さっきまで地球産のじゃないのに逢うはめになって……」
『――』
「そう、だよね。うん、それじゃあ……」

徐々に喜びが顔に広がっていく。
どうやら”当たり”を引いた……かもしれない。

「じゃ、今から向かうから」

終いには満面の笑顔となって通信室を後にするのであった。

「なんかずいぶんと嬉しそうだったな」
「いや、変だな?……まさか当たりが来たとか」

首を傾げるアキト。

「通信ログ音声残ってるから聴いてみようぜ」

ナオの言葉を受け、未だ首を傾げながらも室内へと入っていく二人。
そして、

「……」
「……これって」
「言うなよ……」
「ナオさんの彼氏の声……」

アキトの言葉が終ると同時に拳がその頬にめり込んだ。

「言うなっつったろうが!!」
「いきなり殴んじゃねえ!!」

互いに互いの胸ぐらを掴み、殴り合う二人。

数分後

「おい、アキト。こんなことしてる場合じゃねえよ」
「そう、だな」

互いに顔をボコボコに腫らし、呟くように言う。

「……取り敢えず」
「カメラ、だな」

にやり、と笑いあう二人。

「急げ! 時間がねえぞっ!!」
「分かってるって!!」

ジュンの不幸な姿を見逃すわけにはいかない!とそれだけが二人を突き進ませる。
ジュンの不幸はこんな人間が周囲に居るからかもしれなかった。

 

(神は僕を見捨てていなかった!!)

感無量の表情で涙するジュン。
これまでに二回、この喫茶店に赴いたが、この涙を流すのは初めてだ。

「どう、したんですか?」

小首を傾げて訪ねたのは、ウツクシイヒト。
その可憐さに、ジュンは今までの事はなにかの間違いだったのだと思っている。

「いや、ええと、あんまり綺麗だったから……」

ハハハ、と頭を掻きながら言う。
その台詞に互いに顔を赤らめる。

「お上手、ですね」

微かに弧を描く唇。
ナデシコ内の女性では決してこんな笑みを浮かべられまい。
尤も、浮かべているのは――だが。

「そ、それじゃあ、そろそろ出ましょうか。もう、日も暮れる」
「はい……」

ジュンが言外に滲ませた言葉の意味に気づいているのか気づいていないのか、立ち上がる。
会計を済ませ、喫茶店の外に出ると紫色の空が見える。
どこかもの悲しいその色を際だてるかのように、
出てきた喫茶店より破壊音が響いた。
おそろく、いや間違いなく、男性アルバイトが暴れた故の音だろうが、二人には関係のないことだった。

「おおっと、ジュン君やりますねえ。腕なんて組んでますよ」
「彼がこんなに手が早いとは私、テンカワアキト、終ぞ知りませんでした」

カメラを片手に二人を付けるは言わずとも、アキトとナオだ。
完全に気配を殺している。
まさしくスキルの無駄遣いだ。

「いや、ホントこうして見ると、トンでもない美人なんですが……」
「ええ、こうして見るとトンでもない美人なんですよね」
「ですが……」
「あれは、男」

と言って顔を見合わせる二人。
ブフッー、と笑う。

「お! 新展開ですよ!」
「早い! 早いぞジュン! もうホテルか!?」

その視線の先にはネオンの光が眩しい、建物。
そしてそこに入っていく二人。

「部屋! 部屋の場所!!」
「待てって!」

そうして目を閉じ、意識を集中するアキト。

「……3階……右、いや、左か。……お、動きが止まった」
「どこだ!?」
「あそこ、だな」

窓の一つを指さした。
互いに顔を見合わせ、頷きあう。

「カメラ!」
「バッテリー良し!」
「光学迷彩!」
「プレデターのにだって負けない!」
「ガラス切り!」
「今ならなんでも切れるぞ!」
「……」
「……」
「「行くぞっ!!」」

こうして限りなく馬鹿馬鹿しい作戦が始まった。

 

アキトとナオが馬鹿馬鹿しい会話をしている間にも部屋の中で事態は新展開を迎えていた。

「あは、あはははははは……」

虚ろな目で中空へと視線を向けるジュン。
勿論、その視線の先には何もない。

「酷い。……どうして少し余分なモノが付いてるだけなのにそんな反応をするの?」

ちなみに”彼”は全裸である。

「……ま、いっか。今の内に……」

謎の言葉を発しつつ、ジュンへと躙り寄る。
その姿はまるで、惑わす蛇、のように見えた。
そっと、ジュンの頬に手が触れる。

「はっ!? うわぁああああん! 近寄るなぁああああ!!」

涙を流し、座り込みながら後ろに逃げるジュン。
が、直ぐさま壁へと追いつめられる。
その姿に嗜虐心をそそられたのか、妖しげな笑みを浮かべ、ゆうるりと近づいていく。

「来るな! 来るな! 来るなぁあああああ!!」

腕を振り回し、退けようとするが……、

「ふふふ、無駄よ?」

妖しげに笑い、その手を押さえる。
最早ジュンは半狂乱だ。
それ故に、締め切っているはずの窓より微かな風が吹き込むことも、その風の発生源からレンズが覗いてる事にも気づく由もなかった。

「お! ジュンさんがピンチですよ! これ以降の展開、どう見ますか?解説のアキトさん」
「そうですねえ、どうやら”彼”はあんな形をしていますが力がそれなりにあるようです」
「ほうほう」
「だからこそ、簡単に押さえつけられてしまったんですが……そうなると」
「そうなると?」
「ジュン君、(後ろの)貞操の危機です」

ニタニタと笑いながらジュンの不幸さを見ている。

「ありゃ?」
「これはまた……」
「おいおい、ジュン。そりゃ反則だろ?」

カメラのディスプレイに映っているのは、”彼”の手をなんとか振り解き、銃を手にしたジュンの姿。
目が完全にヤバイ。

「全く、みんなはエンターテイメントを求めているというのに……」
「そうそう、ここは一発ヤラレないと」

さりげなく非道いことを言う二人。
レンズの先では、仕方がなしに手を離している”彼”の姿。
そしてジュンは奇声を発しつつ、ドアから飛び出していった。

「あ〜あ、ここまで、か」
「だな。ナデシコに戻るか」
「ったく、もう少しで面白い映像が撮れたのにな」

と二人でぼそぼそと話していると、

「ところで……窓の外の方達、代わりに相手をしてくれません?」

という声が聞こえた。

「……」
「……」
「「ノォオオオオオオオオ!!」」

貞操の危機を感じ、飛び降りて逃げていくのであった。

「全く、近頃の男性は見る目がないんですね」

”彼”はご立腹のようだった。

 

 

 

 

「なあ、ナオさん。俺、なんかやったか?」

少しばかり暗い表情でアキトは訊いた。
ちなみにアキトが居る場所は自室ではなく、食堂――その壁の上部に張り付くように居る。
その下で普通に床に立っているナオが、

「どう考えてもお前が紹介した店が悪かったろうが」
「いや、確かにそうかもしんないけどさ、”アレ”に付いていったのはアイツの、ジュンの意志だぞ?」
「ジュンの奴にそう言えよ。俺は知らん」
「って、ちょっと待て!!」
「ナオさんだって一緒に笑っていたじゃねえか!!」
「そんな事、知らないな」

壁より降りるアキト。

「ナオさん、良い度胸してるな?」
「この手を離せよテンカワ」

二人の険悪な雰囲気に食堂で食事を取っていた人間がこそこそと出て行く。
残るのはアキトとナオ、そしてホウメイガールズ達だ。
本来であればホウメイが居て、こんな二人を注意するのであるが今は居ない。
木連の者達、つまり人が増えたのでその分の食材の発注をプロスと共に見直しているのだ。

「へっ! 少し前に俺にズタボロにされたのを忘れたのかよ?」
「言うじゃねえか。なんなら本気で決着つけるか?」

危険な笑みを浮かべ、睨みあう二人。
だが、その膠着も長くは続かなかった。

「テンカワァアアアアアアアアア!!」

そんな声が聞こえてきたからだ。
すぐさま、ナオの胸ぐらを掴んでいた手を離し、壁へと飛び、張り付くアキト。
その直後にドアが開き、

「テンカワはどこだぁああああああ?!」

呪詛をまき散らすジュンの姿が現われた。
その姿は、異様、の一言に尽きた。
それぞれの手に妖しく刀身が輝く日本刀を持ち、死に装束の出で立ち、つまり白い着物を身につけている。
そしてなによりも目を引くのが、その頭に巻かれた鉢巻と、それに差された二本の蝋燭だ。
勿論、火は灯っている。
揺らめく炎がジュンの顔を赤く染めあげている。

「くっくっく、テンカワァ……今宵の、今宵の虎徹は血に飢えてるぞぉ?」

ベロリ、と刀身を舐めるジュン。
必死に壁に、いや、天井に張り付きジュンに見つからないようにしているアキト。

「ふひゃ、ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……」

最早アブナイ領域の笑い声を上げつつドアの向こうへと姿を消していくジュン。
その姿が完全に消えたのを確認しアキトは、

「いや、もう、ホント勘弁してよ」

とゴキブリの如く張り付きながら呟くのであった。
ナデシコの修理が終るのはまだまだ当分先になりそうであった。

 

 

 

 

豪奢な調度が彼らを迎えていた。
ここは世界でも有数を誇る、ホテル・ラマダン。
設備、人材、サービスついでに値段、その全てがトップクラスを誇るホテルだ。
このクラスのホテルになると、その高額な宿泊料金も一種のステータスになる。

「で、そんなホテルでガトル大将と会見するのか?」

アキトの考えでは人気が無い所でするものだという考えがある。
それに反論するアカツキ。

「わかってないねえ、テンカワ君。そんな所で会見したら目立って仕方がないよ」

チッチッチ、と指を振りながらアカツキは続ける。

「下手に安いホテルで行うよりは、こういうホテルの方が秘密は保たれるものなんだよ」
「そういうものなのか?」
「勿論! 特にここ、ラマダンは世界有数のホテルだからね」

従業員に対する各種教育が徹底されてるという訳だ。

「……」

アカツキの言葉を聞きながら周囲を見回すアキト。
黒いスーツとバイザーを付けたその姿は、主賓と言うよりはボディガードだ。

「世界有数ねえ……」

と呟きながら見たものは、

「もう鷲士くん! いいから一緒に来るっ!!」
「だ、駄目だよ! 美沙ちゃん今回行ったら単位を落としちゃうし」
「わたしのコト、キライ……?」
「まさか〜。うん、わかっ……あわわ」
「ちっ。失敗したか」

と最早存在そのものがみすぼらしい気がする青年とそれとは正反対の美少女の姿だ。

「……変ったホテルだ」

とアキトが呟いてしまうのも仕方が無いことかも知れなかった。

「それじゃあ行こうか、テンカワ君。ガトル大将は既に来ているようだ」

いつの間にかフロントより戻ってきたシュンを交え、アカツキは言った。
もう少し、あの面白い二人組を見ていたいアキトだが、

「ああ、わかった」

と靴音高らかに、歩き始めた。

 

こうして、世界は気づき始める。
自分たちが巻き込まれているものがなんであるのか。
ただ一つ科せられる命題と共に、彼の青年の名に。
欺瞞と真実、生と死。
様々な者が交錯する中で、彼は躍動する。

 

 

 

 

 

 

代理人の個人的な感想

シリアスなオープニング。

シリアスなエンディング。

で。

 

間に挟まるのがコレかい(爆)!

 

 

全く前回と言い今回と言い・・・・・・・・・・(−−;)

まぁ、ここは「ブランクを解消する為のリハビリ」と好意的に解釈して上げましょう(爆)←何様