光が瞬く光景をナデシコのブリッジで見ている面々。
幾条もの光が時にはナデシコに当たり振動をもたらす。
が同時にこちらも負けてはいられないと動く三機のエステ。
リョウコ、ヒカル、イズミの三人が駆るエステだ。
アキトも出撃しているのだが彼はというと…。

「この!くそ!どわああ!!」

と未だ慣れていない無重力の空間でエステを用いて奇妙な踊りをしているところだった。
そうこういるうちに幾隻もの戦艦が並びその威容を見せ付ける。

「艦長!エステを戻したまえ!!」

並ぶ戦艦に恐れをなしたかフクベが叫ぶ。
彼は知っているからだ。火星防衛戦時に見せ付けられた木星蜥蜴の暴威を、一種の恐怖を。
がユリカはそれに答えず、代わりにプロスが答えた。

「ご安心を提督。そのための相転移エンジン、そのためのディストーションフィールド、…そのためのグラビティブラスト」

フクベの後ろで眼鏡を押し上げながら言うプロス。

「あの時とは違いますよ。御気楽に御気楽に…」

僅かに笑みを浮かべているプロスに唸り声にも似た声をあげ続く声を仕舞うフクベ。
その間も戦闘は進んでいる。

「とうりゃあ〜〜!」

ヒカルが幾機もの小型機を引き攣れ縦横無尽に虚空を駆ける。
放たれるミサイルは時には避けられ時にはエステのフィールドに阻まれ全く用を成さない。
がそれでも追撃する小型機。
ヒカルがそれを見て笑みを浮かべる。
狙い通りだといわんばかりに。
そして適当な数が揃ったあたりで一気に撃破。
宇宙に咲く幾つもの爆光の花。
その光景を見ながらヒカルは言った。

「ほ〜ら、お花畑」

その言葉に、あははは、と笑い声を上げるリョウコ。
続いてイズミも声をあげ笑うがそれもすぐやみ厳かな声で言った。

「遊んでると…棺桶行きだよ」

突然の豹変、とも呼べるイズミの声と口調に呑まれ顔をしかめるリョウコ。

「もうイズミってばハードボイルドごっこなんだから」

ヒカルの一言に答える事無くエステを駆りながらイズミは朗々と口を開く。
イズミが創った、詩だろうか?戦場の最中に響くものとしてはある意味相応しくある意味相応しくないといえる。
詩が終わり薄く笑みを浮かべるイズミ。
先ほどのヒカルへの返答か、

「悪いわね、性分なの」

と爆発四散し光が輝く中を駆けていく。

「あ〜変な奴変な奴」

苦虫を潰したような表情で言うリョウコであった。
ちなみに三人がそれぞれ楽しんでいるように戦場を駆けているときアキトはというと。

「なんだよ、あいつら楽しそうじゃないか」

と未だ持て余しているエステを何とか動かせられるようになっているところだ。
姿勢を制御しようやく戦場へと向うアキト。
既に残っているのは大物、つまり戦艦等だ。
三人娘がとりあえず先行するような形で戦艦に一撃を加えるがそれは虚しくフィールドに弾かれる。

「なにこれ〜?」
「ちっ!フィールドを強化しやがったな」
「終わりが見えてきたわね」

と口々に言う。
そして後れてきたアキトは三人の行動の行く末を見ていなかったのか威勢良く叫びながら戦艦に突っ込む。
まるで風船をへこませるかのように歪んでいくフィールド。
だがそれでも足りないのだろういいところまでいきそして弾かれた。

「バカかおめえ…」

リョウコが呆れた声で言う。

「突撃していったのはかっこ良かったけど後がねえ…」

それぞれの言葉に、むむむ、と唸るアキト。
そこで天啓といわんばかりに、そうだ!、と言いイミディエットナイフを取り出す。
再び戦艦に向うアキト。

「ちょっと本当に特攻する気!?」
「おまえ!死ぬ気か!?」
「死ぬ気なんてないさ!!入射角さえ!!」

接触するフィールドとナイフ。
先ほどと同じようにフィールドはへこんでゆき先ほどとは異なり徐々にその切っ先が進んでいく。
そしてその切っ先が触れるか否か。
戦艦の外装に長く走る亀裂。

「だああああああああ!!」

とアキトは叫び一気にエステとナイフを以って引き裂くように駆ける。
真一文字のように走る亀裂。
そこから吹き出る炎。

切っ先が離れると同時にエステも離れ大きく開いた口のような亀裂に一撃を加えようと動く。

「ゲキガン…シュート!!」

抉りこむ冷たい拳。
それは確実に戦艦を破壊するに足る威力を持っていた。
噴出す炎が新たに亀裂を作る。

「よし!!」

と満足げにいいアキトは離れる。
連鎖的に続く爆発の中アキトは満足気な笑みを三人娘は呆れたような感心したような表情をしているのであった。









火星へと降りるための戦闘も終えハンガーへと戻ったアキト。
ハンガーを出る為に出口へと向うがふと見かけた自動販売機に、そういえば喉が渇いたな、と思い向う。
飲み物を吟味する前に金銭のやり取りをする為のカードを探すが中々見つからない。
そこに、

「奢るよ」

とスロットに差し込まれるカード。
何時の間に来たのかリョウコ達が後ろに立っていた。

「え?」

と呟くアキトを気にもせずに言葉をだす。今度はヒカルだ。

「すごいね!感心しちゃった!」

こ〜んな感じ、と眼鏡に仕込んでいるギミック、目が飛び出す玩具を動かしアキトを苦笑をさせる。
ガコン、と落ちてくるジュース。
リョウコはそれを手に持ちアキトに手渡す。
未だ狼狽しているアキトにリョウコは一言、

「貰って…」

と言った。どこか艶やかな声で…。









ようやく火星に降り立てる、とその前に火星で待ち構えている第二陣を殲滅する為にグラビティブラストを放つナデシコ。
たしかにその一撃は待ち構えていた無人兵器の群れを跡形も無く消し去ったのだがナデシコもある意味無事ではなかった。
もはや床が壁となっているようなものだ。
滑り落ちていく体が運良くこれまた壁に引っかかるような形で難を逃れているアキト。
その身体にしがみつく三人娘。
これは羨ましいと言うしかないだろう。
事実ぶら下がる形で難を逃れているウリバタケはその光景を見ながら、なんであいつばかり、と怨めしげに言っている。
ハンガーではこうなっているがさてブリッジではというと。

「きゃああああ!!」

と悲鳴をあげながらユリカが必死で艦長のコンソールにしがみついている。
重力制御を忘れていたのが問題なのだがさすがに今この状況では思いつかない。
プロスやゴート、ジュンは既に壁に張り付けられているようだ。
ミナト達はシートに座りベルトをしていたので滑り落ちていくようなことはないがそれでも突然の事に顔を歪ませている。
でシンジはというと必死にルリのシートにしがみついていた。
が実際その細い身体では大した体力が無いのか呆気なくシートから手を離すことになってしまいブリッジ上部と下部を分ける部分に頭を打ち付けていた。

「いった〜〜〜」

とプロス達同様壁に張り付けられているようなシンジ。
それなりの痛みがあったのだろう頭を押さえている。
それでもようやく元に戻り普通に立てるようになったブリッジで皆がユリカにジト目を向ける。
さすがに反論できない状況にユリカはただ、ごめんなさい、と謝るしかなかった。









ずきずきと痛む頭部を押さえながらシンジはぽつんと離れた場所で話を聞いていた。

「けどこれからどこに向うんですか?」
「オリュンポス山に向います。あそこにはネルガルの研究所がありまして…」
「抜け目ねえな…」

プロスの言葉に声を低くし言うリョウコ。
それが聞こえたのだろうかプロスは言い訳するかのように続ける。

「あそこは一種のシェルターになっていまして最も生存者がいる可能性がある場所なのです」
「ではこれから研究所に向うメンバーを発表する」

とゴートが言った時だ。

「あの!すいません。俺に…エステを貸してくれませんか?」

アキトが意を決したかの様に言う。
だがゴートにしてみればそれは決して承諾できる事では無かった。

「何を言っている!そんなことできるわけが無いだろう!」
「でも俺…故郷を見ておきたいんです…」
「故郷って…ユートピアコロニーの事?」

ユリカの言葉に眉を動かしたのは他でもないフクベだ。
チューリップを落とした英雄と呼ばれる。

「構わん。行って来たまえ」
「提督!」

その心中は一体どのようなものなのだろうか?

「誰にでも故郷を見る権利はある!」
「ありがとうございます!」

アキトは本当に嬉しそうに言った。
彼がフクベジンのことを知る事になるのはもう少し後の事となる。
嬉しそうな表情をしアキトはハンガーへと向う。
その後を誰にも気づかれないようにこそこそと追いかけていくメグミ
なのだが呆気なく彼女の目論見は崩される事となるのだが…。









「うわあああ」

シンジは初めてみる光景に感動を隠せなかった。
アキトにしてみれば見慣れた光景なのでなんとも思わないがシンジは別だ。
少なくとも彼は初めて地球の外にでたのだから。
おまけについた先は火星。
日ごろの静かな雰囲気は消え年相応とも言うべき明るい雰囲気をしていた。

「シンジ君。そんなに前でたら落ちるよ」

苦笑交じりに言うアキトにシンジは思っていたよりも自分がのめりだしている事に気づき少々顔を赤らめながら身を引っ込める。

「すいません…初めてなんです。火星を見るのって」
「そうなんだ?俺なんかもう全然変わらない景色にうんざりだけどな」
「そうなんですか?」
「小さい頃から見てるからね」

思い出を懐かしむように言うアキト。

「そうなんですか」

懐かしめるような思い出を持たないシンジにはなんと答えればいいか分からなかった。
少しばかりの間互いに無言になる。
その間もエステは走り続けユートピアコロニーの影が見え始めた。
そしてそこに突き立つチューリップの影も同じく。

「あれが…」
「うん…あれが俺のうまれ故郷の…ユートピアコロニー」

突き立つチューリップを見て哀しげな目をするアキト。
くだらない思い出しかないがなぜか突き立つチューリップを見るとそのどれもが大切な思い出に感じる。
適当なところでエステを停め降りるアキトとシンジ。
赤茶けた大地の感触がアキトに帰ってきたと感じさせる。

「寂しいところですね…」

僅かに吹く風が荒涼とした雰囲気を増させる。
微かになびくシンジとアキトの髪。
乾いた風がなぜか冷たい。
アキトは風に吹かれながら足元に転がるヘルメットを手に持つ。
思い出したのは幼い頃のこと。
IFSを使用する為に必要なナノマシンを入れる切っ掛けとなった事件。

「アキトさん?」

茫と立つアキトに何を感じたのかシンジが躊躇いがちに声を掛ける。
「え!?」

シンジに突如掛けられた言葉に驚くアキト。

「ん。ああ…たいしたことじゃないんだ。昔の事を思い出してたんだ…」
「昔…のことですか…」
「シンジ君は…思い出したりすること…ある?」

アキトの言葉に遠い目をするシンジ。
その目は何を見ているのか…。

「僕は…余り良い思い出が無いです」
「っ!ごめん…」

シンジの言葉を聞きアキトは顔を歪ませ謝る。
アキトの言葉にシンジは消えそうな笑みを浮かべ応える。

「いいんです。…今はこうしてアキトさんに逢えましたから」
「そっか…」

シンジの笑みに同じく笑みをもって返すアキト。
風が二人の間を過ぎる。
アキトが笑みを浮かべたままコロニーの方へと向き直る。

「俺も…シンジ君にあえて良かったよ」
「アキトさん…」

恥ずかしげに言うアキト。
もしヒカルがこの場にいたなら踊りかねない微妙な雰囲気がつくられる。
がそれは突如破られる。

「うわあああ!!」

というシンジの叫び声で。

「シンジ君!」

アキトは焦り振り向くがその場にシンジの姿は無い。
代わりにあったのは穴。
アキトがその場に駆け寄る前に同じくアキトも落ちていった。

「あいたたたた…」

と頭を押さえているシンジ。
ナデシコの時といいどうにも頭に良くない。
そして落ちてきたアキト。
同じく頭を打ったのか苦鳴を漏らしながら頭を押さえている。
そうして二人が頭を押さえていると声が響いた。

「ようこそ。歓迎すべきかせざるべきか…招かれざる方々」

と聞こえた声にシンジとアキトが顔を上げる。
そこには身体はおろか頭部までもマントで覆った人物。
丁寧に目はサングラスで隠している。

「まあいい。コーヒーぐらいはご馳走しよう」

そう言い後ろに向き直る。
胡乱気な目で見ながらアキトとシンジは後を追っていくのだった。









ちなみにそのころナデシコ。

「こわいよ〜」

と言っているのはユリカ。
その目はメグミに向いている。

「ふふふふふ…。将を射んとすればまず馬から…そう、シンジ君からどうにかすべきね」

などとどこか不穏な事をいいながらメグミはチェスをしている。
もちろんボードも駒も持参だ。

「策は充分…後は時がくれば…」

と言いポーンをキングに持っていく。

「チェックメイト」

カタン、と倒れるキング。

「ふふふふふふ…」

とこんな感じでブリッジはメグミの撒き散らす怪しい空気に侵食されているのであった。







「どうして!?」

叫ぶのはアキトだ。
見つけた生き残った者たちに”助かる!”と呼びかけた直後に最初に出会った者にその気は無いと告げられたからだ。

「君達はナデシコで来たのだろう?アレでは火星を脱出する事すら難しいからだ」

冷然と告げられる言葉にアキトは顔を赤くする。
怒りの為に。
ここまできたと言うのにその全てが否定されたようなものだ。
そんなアキトを冷たく見据えるようにマントの人物が立っていると振動が響いた。

「なんだ?」

アキトが取り敢えずは怒りを置いて振動の源を確かめようと外に出る。
その後ろを着いていくシンジとマントの人物。
外に待ち構えていたのはナデシコだ。

《やっほ〜〜!アキト!迎えに来ちゃった!》

と外部スピーカーより響くユリカの声。
もちろん迎えに来たのはアキトが心配だったのと…メグミが怖かったからだ。

「やれやれ…余計な事をしてくれるわね」

口調が変わるマントの人物。
頭部よりマントを外し同じようにサングラスも外す。
現われるのは金髪と麗貌。

「へっ?」

とアキトが奇妙な声を漏らす。

「あれ?」

とシンジも。
あれほど手酷くアキトの言葉を切り捨てていたのが女性とは思わなかったのだろう。

「いいわ。私が直接ナデシコに乗って何故ナデシコでは火星を脱出できないのか…説明してあげる」

説明、の部分を非常に嬉しそうに言っている。

「はあ…」

とアキトが気の無い返事を返す。

「さ!いきましょう」

意気揚揚とその姿はナデシコへと向っていくのだった。







「ナデシコでは火星を脱出できない!」

朗々とイネスの声がブリッジに響く。
それはあたかも巫女の託宣の如く絶対の響きをもっていた。

「お言葉だが…」

とゴートが重みのある言葉で口を挿む。

「我々は実際こうして木星蜥蜴を撃破して火星にやってきたのだ」
「そうですよ!」

ゴートとそれに続く言葉を鼻で笑いイネスは言葉を続ける。
「それがなんだというの?一体貴方達が何を知っていると言うの?」

睨みつけるようにブリッジ上部にいる面々を見るイネス。

「木星蜥蜴はどこから来ているのか!なぜ火星を占拠したのか!目的は?!」

一切の遅滞も無くイネスは捲くし立てた。
それに反応したのは他でもないアキトだ。

「アンタの方こそ何も知らないじゃないか!俺たちは今まで木星蜥蜴を実際倒してきたんだ!」

イネスはその言葉に冷笑を以って返した。
痛烈な言葉を添えて。

「君が今考えている事説明してあげましょうか?」
「もしかして…説明好きなんですか?」

メグミが言う。
まあ実際その通りだがイネスは返事を返さない。

「可愛い彼女とデートとして、バッタやジョロを倒して俺は何でも出来るんだ勘違い…」

とイネスがそこまで言った時だ。
シンジが口を開いたのは。

「あの…」
「なに!私の説明を邪魔する気!?」

夜叉もかくやと言わん目でシンジを見るイネス。
シンジが少しばかり怯え後ろに下がる。
だがそれでも口を開く事を止めない。

「可愛い彼女って…」
「?君の事よ」

プー!と誰かが笑い声を漏らす。
シンジが少しばかり涙目になる。

「僕…男です」
「……」
「……」
「……」

先ほどとは別の意味で重苦しい沈黙がブリッジに充満する。
いや、確かにシンジの格好は、着ている服は性別がどちらとも取れるような格好だが…。
やはり雰囲気のせいかもしれない。
ついでに顔で。

「……ま、まあそれは良いとして…」
「良くないですって…」

シンジがイネスにツッコミを入れるが当然それは受け入れられる事無くイネスは汗を一筋流しながら熱弁を振るう。
だが全員シンジとイネスの会話を思い出し必死に笑いを堪えているのがよく分かる。
そんな緊迫感がほぼゼロになった時だった。
敵の襲撃が知らされたのは。
すぐさまユリカはグラビティブラストの発射体勢を整えるように命令を下す。
ウィンドウに続々と戦艦が映し出される。
今尚その数は増していく。
そして放たれる重力波。
ウィンドウが真白く染まる。

「やったあ!!」

メグミの声が響く。その声はこの一撃が必殺のものであると信じて疑わない。
だがそれはすぐさま驚愕の声に変わった。
真白く染まっていたウィンドウが元に戻り改めて映し出したそこには。
変わらぬ姿の戦艦が映っている。
先程より数を更に増して。

「そんな…」

先ほどと同じくメグミが声を出す。
それは同時にブリッジクルーの言葉を代弁するものでもあった。
これまではグラビティブラストであれば戦艦であろうと落とせていたのに…。
そんな信じられないという思いがブリッジを支配する。
だがこのままではやられるだけとユリカは必死に考える。

「敵のフィールドも無敵ではない!連続して撃ちこめば…」

考え続けるユリカに代わりゴートが言う。
だがそれはルリの一言で否定される。
そしてイネスの言葉で。

「ディストーションフィールドを張りつつ後退…」

とユリカが言った瞬間。

「「待って!」」

とメグミとイネスの声が重なる。

「ディストーションフィールドを張ったらこの下にいる人たちが…!」

潰される。何トン、何十トンもの岩盤とフィールドに…。
今まで生き延びてきたものが呆気なく。

「上昇しつつフィールドを…!」
「だめぇ。一旦着陸したらもう少ししないと上昇できない」

ミナトが言う。
…幾隻もの戦艦がナデシコの直上に止まる。
その先端が輝く。
ナデシコを破壊せんと無機の意思を込めて。

「戦艦に重力波反応」

ルリの静かな声がそれを補足する。
刻々と時が無情に過ぎていく。
ただ静まり返るブリッジ。
誰もがユリカを見る。
生か死か…それを選ばせる為に。
ディストーションフィールドを張らなければ待っているのは確実な死。
張ればナデシコの下にいる者たちを襲う死。
ただ隠れ戦争が終わるのを待っていた者達が呆気なく死ぬ。
その間にもまるで牙を研ぐように敵艦の輝きは強くなっていく。
アキトが…ユリカを見た。
言葉を発する事無くただユリカを見た。
まるで睨むように、促すように。
ユリカの口が動く。
運命の一言を。
確実にその音はブリッジに響きそして…







水の勢いよく流れる音が聞こえる。
ユリカが気落ちした表情で流れる水を見ていた。
いま胃の中身を吐き出した口が生き残っていた人物を殺す言葉を発したことを考えると嫌悪が止まらなかった。
ブリッジでのウィンドウはご丁寧にフィールドが岩盤を潰す映像を映してくれた。
あの下にいた者達は誰も助からなかっただろう。
あの下にいた人間を潰したのは岩盤かそれともディストーションフィールドか。
長く生き残ってきたのに随分と呆気ない最後だったろう。

「ユリカ…」

暗いことばかりを考えるユリカに掛けられるアキトの声。
普段であればここで振り向くのだが今のユリカはそんな気分になれなかった。
ただひたすら流れる水を見ている。

「ユリカ!」

もう一度アキトが呼ぶ。

「…んね…」

小さくアキトに届いたユリカの声。

「ごめんね…助けられなかった…火星の人達…」

俯き加減で振り返るユリカ。
その顔は電灯をつけていないためかそれともユリカの今の心情を表してか酷く…暗い。

「私たち何しに火星に来たんだろう…誰も助けられなくって…ううん、私が殺して!」
「バカッ!」

ユリカの肩を掴み言うアキト。
アキトが見るユリカの顔は髪に隠され分からない。

「初めてだね…ナデシコに来てアキトとこうして話したのって…」
「……」

無言のアキト。今この時だけはユリカの言葉を遮らない。

「ねえ…アキト…キス…して…」
「!!なっ!お前なに言ってんだ!!」

顔を上げるユリカ。
その目は懇願するように潤んでいる。
そしてその身体は怯えるように震えている。

「アキトがキスしてくれたら…頑張れるから…もっと頑張れるから」
「ユリカ…」

静かに時が過ぎる。
ゴクリ、とアキトの喉がなる。
なぜか選べばもう戻れないという奇妙な感情がアキトを支配している。
そして…







艦長が不在でもナデシコは順調…ではないが進んでいる。
目的地すら定かではないが。
ディストーションフィールドもまともに機能せず今、敵と相対することになれば撃沈は必至だ。
そんな絶望的な状況も合わせブリッジはおろかナデシコ全体が暗く沈んでいる。
それを証明するかの如くブリッジに残っている者たちの間では全く会話が無い。
いまブリッジにいるのはミナトとルリとシンジ。
プロスとゴートとジュンそしてフクベは今後の行動を考える為に姿を消している。
本当ならばブリッジでも良かったのだがいずれは呼びにいくユリカの事を考えたのだ。
少しの間ではあるがあの惨劇を強く思い出させるブリッジからは離れておこうというわけだ。
メグミは…まあ論ずるまでも無い。

「シンジさんは…」

ふと暗い雰囲気に押しつぶされそうな中でルリが口を開いた。
それにウィンドウに映される乾いた大地を見ていたシンジが、ん?、と応える。

「シンジさんは…追いかけないんですか?」

誰を?とはルリは言わなかった。
アキトをか、それともユリカか。
死んでしまった、否、殺してしまった者達に覚えた感情を恐れ出て行ったユリカを追いかけていったアキト。
そのどちらかでも追いかけないのかと、ルリは問う。
それに対するシンジの返答は。

「もう無くしてしまったから…」

その声にルリはなぜか震えた。
シンジが無くしたものはなにか?
死者への哀切かそれとも人へと向ける心か。
どちらとも分からないそれになぜか強く鬼哭の声が聞こえた気がした。





代理人の感想

 

まぁ、それはそれでいいとして。(ナニが)

 

さすがに今回はシリアスですね・・・一部を除いて。

さてこの「memories」、基本的にシンジの存在以外はTV版どおりに進んでいる訳ですが・・・・・

次回、シンジに独白以外の出番はあるでしょうか(爆)?