「今日の戦闘は派手ですねえ」

船体を走る振動の中シンジが呟いた。
その手には皿を持ち、丁寧に拭いている。
確かにその言葉通りに派手ではある。
だが派手さを表すのに味方である筈の連合軍も攻撃しているとは彼の知るところではなかった。

 

 

 

 

放たれるミサイル。
敵を破壊せんが為に空を切り裂くように突き進む。

「なにい!?」

と叫んだのはアカツキ。
無人兵器のみが敵の筈がミサイルは連合軍の戦艦にまで向ったからだ。
面白いように爆炎をあげる幾隻もの戦艦。
その光景にブリッジでユリカが叫ぶ。
が叫べど放たれるミサイルは木星蜥蜴と連合軍へと向かい破壊する。
どんどんと現れるパラシュート。
ナデシコの通信機より、聞くに堪えない罵詈雑言が浴びせられる。

「ちっくしょー!!」

アキトが苛立ち気味に呟き、チューリップを破壊しようとエステを動かす。

「でりゃあああ!!」

とミサイルを放つ。
それは、チューリップへと、向かい、飛び越え、その向こうにある燃料基地で爆発した。

「あ」

と呟くアキト。
噴煙を上げる燃料基地があまりに虚しい。

「…………よし!無人兵器の相手をしよう!!」

炎を上げる燃料基地を見なかったことにしてアキトは改めて敵機に向った。
とは言うもののその敵機とは連合軍も含まれてしまっているが。
その日の戦闘は敵も味方も散々なものであった……。

 

 

 

 

「で、アキトさんは燃料基地を破壊したと?」
「いやわざとじゃなくってな……」

ズズズ、と目を閉じながらお茶をすするシンジがアキトにとっては辛辣に言った。
慌てた表情で抗弁するアキトにシンジは片目を開きぼそっと、

「アキトさんが一番高いものを壊したんですね」

と呟いた。
うっと言葉に詰まるアキト。

「シ、シンジさん。結構きついッス」

思わず『さん』付けで呼んでしまうアキト。

「じゃ、じゃあ!俺厨房に行くから!」

と言ってアキトは急いで部屋を出て行った。
残されたシンジはまたお茶を啜り、呟いた。

「きつかったのかな?」

ざっくりとアキトの心を突き刺した事に自覚は無く、シンジはのんびりとしていた。

『シンジさん、そちらにテンカワさんは居ますか?』
「あれ、ルリちゃん?」

突如現れたウィンドウに驚くことなくシンジは応答した。
ウィンドウに映されたルリはどこか必死な表情だ。

「アキトさんだったら厨房に行ったよ」
『そう、ですか。……シンジさん、忘却するってどう思いますか?」

それは訊くと言うよりただの呟きのようだった。
問いかけ。シンジにではなく自分に対しての。
だが、シンジはそれに答えた。

「……忘却できるなら、忘却したいこともあるさ」

悲しむ様に。

『すいません……変なことを訊いてしまって』
「気にしないでいいよ」

儚げに微笑むシンジ。
シンジの表情に触れてはいけないモノを感じたのか、ルリはそれ以上言葉を紡ぐことなく通信を切った。

「……そう、忘れられるものなら…」

誰にも届くことなくシンジの呟きは消えていった。

 

 

 

 

鍋を楽しそうにかき混ぜながらアキトは小皿を手に取る。
お玉で少しを鍋の中身を掬い、小皿に盛る。
ご機嫌な表情で、味見をしようと小皿を口に運ぶ。
そして口に含ませたところで、

「アーキート」

トン、と背中に触れるもの。
それに驚き勢いよく口に含んだものをはき出すアキト。
咳き込みながらも振り向くとユリカが立っている。

「テテテテメェ!何しやがる!?」

叫ぶアキトがまるで目に入ってないのかユリカは変わらず口を開く。

「あのね、お願いがあるんだけど……」
「……イヤダ」

何も訊かずに断るアキト。
心の中で警鐘が鳴り響く。

「お願いです!テンカワさんじゃないと駄目なんです!」
「ルリちゃん?」

またしてもユリカのよく分からない『お願い』かと思っていた為、意外な人物の登場に訝しげな表情をするアキト。

「まあ、そう言うことだ」

声のした方を向くと壁に背を預けたウリバタケが居る。
さすがにここまで来ると『普通』のお願いとは思えなくなったアキトは仕方なく頷いた。

「で、どこに行くんすか?」

歩き始めた四人。
一番最後を歩くアキトがウリバタケに訊いた。

「ああ、俺の部屋だ。そこじゃないとヤバイんでな」
「ヤバ…イ?」

その言葉に危険なものを感じるアキト。
だからといってここまで来て断るのはさすがに気まずい。
はあ、とため息をつきアキトは大人しくウリバタケ達の背を追うのであった。

 

 

 

 

そう言うわけで辿り着いたウリバタケの部屋。
照明はつけられず暗いままだ。

「げえ、臭い…」

とアキトが顔をしかめて呟いた。
ユリカに至ってはハンカチを鼻に当て臭いから逃れている。

「だから言っただろうが。俺の部屋じゃなきゃヤバイって」

制御室は占拠され、ブリッジでは事を公にしない、というには向かない。
となるとウリバタケの部屋でやるしかないということだ。
積まれに積まれた様々なプラモデル類。
それを崩さないように慎重に進む三人。
ウリバタケは慣れたもので簡単に進んでいる。

「ほれテンカワ。これを被れ」

とアキトに手渡したのはヴァーチャルルームで使われるメット。
すぐそこにはIFS用のコミュニケーターがある。
カチャカチャとキーボードを叩きながらウリバタケが口を開く。

「ようし行くぞ!テンカワ!お前はこれより電脳世界の必殺掃除人になるのだ!!」

大きく振りかぶりキーを押す。
メットを被り、手の甲のナノマシンが輝き、アキトの世界が変わる。

「これが…コンピューターの中だって?」

デフォルメされたエステ、そのエステの頭部をアキトのに換えアキトはそこに降り立った。
アキトに投影されたのは広大な空間に並ぶ本棚の世界。

『それはあくまで俺がビジュアル化したオモイカネの記憶中枢だ』

自慢げな表情でウリバタケが言った。

『いやあ、思い出すぜ。七回失敗したマサチューセッツの図書館』

懐かしむ笑みを浮かべ言う。

「で、どこに行けばいいんすか?」
「それは私が案内します」

アキトと同様にデフォルメされ愛らしくなったルリが肩に乗っている。
そのルリのナビに従いアキトは動き始めた。

 

 

 

 

途中、連合軍のプログラムを見かけ、アキトがそれを破壊しようとしたがルリに止められたりしたが取り敢えずは順調だ。

「なんかやだなぁ」

オモイカネの自意識部分へと向う途中でアキトがふと呟いた。
それが必要だからと言っても誰かの思い出を消すというのはあまり良い気分がしない、と。

「テンカワさん、優しいんですね」

それを感じ取ったのかルリがどこか嬉しそうな声で言った。
その声に照れた声で、

「よせやい」

と返すアキト。
会話をしながら細い通路を抜けると青い空が広がっていた。
まるで宙に浮いているかのように屹立する巨木。

「あれが……」
「そうです。オモイカネの自意識の部分。
 今のナデシコがナデシコである証拠。
 自分が自分でありたい証拠」
「自分が自分でありたい証拠……」

今の自分が自分で有るための証拠。
その言葉で脳裏を過ぎったのはを彼の少年。

「自分の大切な記憶。
 忘れたくとも忘れられない大切な思い出」
「忘れたくとも忘れられない大切な思い出」

そして過ぎるのは護れなかった少女の姿。

「少しの間だけ忘れさせて…」

つい、と上を見上げるルリ。
つられてアキトも見ると遙か上で、巨木の頂点で一本だけ突出している枝。

「あそこを切って下さい。そうすればナデシコは今のナデシコのままでいられる」

静かにそこへ向いながらアキトはその話を聞いている。

「……枝はまた伸びる。オモイカネはまた思い出す」

静かに、だが悲しそうに呟くルリ。
哀惜の声が朗々と幻の世界に響く。

「……オモイカネ、少しだけ忘れて。アナタが連合軍に従ったフリをすればナデシコは今のナデシコで居られる」

頂点へと辿り着いたアキトはパチパチと枝を切り落としていく。

「いいのかなあ?」

とアキトが呟いたとき。
その背後より衝撃が来た。

「うわぁああああ!?」

衝撃と驚愕に叫ぶアキト。
外ではメットを被ったアキトが妙な動きをしている。

「アキト!どうしたの!?」

ユリカが呼びかけるがそれに答える余裕はアキトにはない。
叫びながらカクカクと踊るように動いている。

「出やがったなあ。テンカワ!そいつはオモイカネの自衛反応だ!!」

ウリバタケの声に落ち着いたアキトが見たのは、

「ゲキガンガー!?」

であった。

 

 

 

 

「あれ?ホウメイさん、アキトさんは居ないんですか?」

厨房へと来たシンジがアキトの姿が無いことを訝しみホウメイに訪ねた。

「ああ、テンカワだったら艦長達に連れられてどっかにいっちまったよ」
「ユリカさん達に?」

用があると、アキトの不在を訊いてきたのはルリであったので首をかしげるシンジ。

「まあいいか」

と気にせずエプロンをつける。

「そういえばホウメイさん…」
「ん、なんだい?」

どこか聞きづらい表情でシンジが口を開く。

「忘却するって……どう思います?」
「忘却、ね」

遠い目をしてシンジの言葉を考えるホウメイ。

「そうだね、悪い事じゃないと思うよ。でも……」
「でも?」

言葉を切ったホウメイはシンジに笑みを向け続けた。

「でも、ただ忘却するんじゃなくってそれを成長の糧にすべきだとは思うよ」
「成長の糧…ですか」
「そうさ。良くも悪くもそれはソイツの思い出だからね。ただ忘れるだけじゃあ人間はいけない、アタシはそう考えている」
「……」
「辛い思い出も、楽しい思い出も、自分のものだ。だからそれを糧として人は生きていく」
「それを糧に出来ない人は……」

未だ自分を縛る辛い思い出を思い出しシンジは訊いた。

「さあね。だけどそれはきっと哀しい人間だろうね。良い悪いじゃなくって、哀しい人間……」
「哀しい、人間……」
「ああそうさ。だけど人間ってのはそれに縛られるものなんだよ……」
「ホウメイさんも…そんな想いを?」
「……哀しいけどね」

ふっ、と小さく笑みを浮かべるホウメイ。
どこか哀しげに、どこか寂しげに。
シンジはそれを見て自分もまたそんな人間なんだろうなと思った。

 

 

 

 

ルリの言葉に力づけられ、ゲキガンガー3へと変わったアキト。
だがそれでも相手は強かった。
互角の戦いを繰り広げ、

「これじゃあ勝負はつかない…」

と呟いた。

『そいつは違うぜ!人間が操縦している分こっちが不利だ!!』
「そんなことありません!!」

ルリの声にウリバタケとユリカが驚いた表情でルリを見た。
大人しく静かな少女が確固たる声で反論したから。

「人間のテンカワさんの方がそのロボットのことずっと前から知っているし、ずっと好きな筈だし……
 アキトさんの想いが負けるはず無い!」
「へっ、嬉しいことを言ってくれるぜ」

シニカルに微笑みを浮かべアキトは呟いた。

「そう、まだ終っちゃいない!!」

なぜか目がキランと光る。
そして飛び上がる!

「お前は知っているか!」

青空をバックに叫ぶ。

「ゲキガンガーが28話からゲキガンガーVになったことを!!
 そして!幻の変形パターン、ドラゴンガンガーを知っているか!!」

その途端、どこからともなく現れる奇妙な機体。
奇妙と言うのは形のことだがそれを言っても始まらない。
それとヨクワカラナイ合体をしても同じだ。

「喰らえっ!!」

威勢良く叫んだアキト。
ゲキガンガーの胸部より放たれた赤い光線がオモイカネ側のゲキガンガーを包む。
炎に包まれたゲキガンガー。
それはアキトが見る中で爆発を起こし、消え去ったのだった。

 

 

 

 

連合軍のプログラムも消去し、現実へと復帰したアキト。
静かな言葉と表情をしている。

「ドラゴンガンガーは設定だけでテレビには登場しなかったんだよ。
 俺だってガイが居なければ知る事なんて無かったしな」

メットを膝の上に置き、アキトは囁くように言った。

「テンカワさん……」

柔らかな微笑みを浮かべているアキト。
同じように柔らかに微笑んでいるルリ。

「ありがとう。……テンカワさんの思いこみって、素敵です」
「…結構、面白かったよ」

ルリの言葉に照れた様に鼻の下をこすり言うアキト。
その表情と仕草にルリも照れたのかそれとも……で頬を染め、

「ありがとう……」

ともう一度、さらに優しい声で告げたのだった。

 

 

 

 

オモイカネの記憶修正が完了した事により連合軍はウリバタケのダミープログラムのみを書き換え意気揚々と帰っていった。
ムネタケはそれでご機嫌。
ユリカも別の意味でご機嫌。

「それじゃあ!!」

ムネタケが扇子を広げ言う。
その言葉を続けるユリカ。

「しゅっぱあっつ!」

大きく拳をかざして。
それに応えるミナト。
そして、

『あの忘れえぬ日々

そのためにいま

生きている』

ルリのもとに小さく出されたウィンドウ。
ルリは優しく微笑みを浮かべる。

「うん、そうだね」

変わらないオモイカネに向けて、優しく微笑みを浮かべた。

 

 

後書き

 

 

 

 

 

代理人っ!スンマセン!!

 

 

 

代理人の感想

ギリギリセェ〜〜〜〜〜〜フ。

いや、やばかった(苦笑)。