暗くシンと静まり返った室内。
窓より差し込む月明かりのみがその暗さを和らげている。
煌々と天上に輝く新円を描く月。
その月明かりに触発されてか静まり返った室内に動く影。

「ん…」

眠たそうに身じろぎをし目を開ける。
広い室内に置かれたベッドの中で二つあるうちの一つの人影が。

「おはようございます」

目を開けた青年に優しげに声が掛けられる。
青年が声を掛けてきた者の方に視線を動かす。
そこに居たのは妖精。
銀の月光に照らされ紗の様に儚げな銀の髪。
金の瞳が優しい輝きを放つ。

「おはよう。ルリちゃん」

青年は、いやシンジはそう言葉を返した。







深い夜を静かに翔ける風。
それが開け放たれた窓より入り込みカーテンを緩やかに動かす。
カーテンの隙間より更に強く月光が差し込む。
優しい銀色――室内が染め上げられる。

「けど今は夜なんだからおはようは変だね」

小さく笑みを浮かべシンジは言う。
ルリもまた小さく笑みを浮かべながら、そうですね、と返す。
ルリもシンジも身に纏っているものは何も無い。
身体を起こしているルリはその身に薄い夜具で胸を隠すようにしている。
白い白い夜具。
それに劣らぬルリの白い肌。
シンジがそれを見ている。
情欲でなく、ただその白さを。
そしてまたルリもまたシンジを見ている。
同年代はおろか匹敵するものなど世界に二人しか居ないであろうその引き締まった身体を。
互いに互いの身体を見ているとシンジがすっと手を伸ばしてきた。
身体に、でなく髪に。
柔らかい感触がシンジに伝わる。
くすぐったそうにその行為を受け入れているルリ。
戦いを超えてきた者の手とは思えないほどに柔らかい手。
銀紗より見え隠れする手。
だがルリは知っている。
その手が幾多もの命を奪ってきた事を。
それでも構わないとルリは思う。
どれほどのイノチを奪った手でもそれが誰の為に振るわれたかを。
ルリはそれが自身の為でない事に少しばかり妬心を憶えるがそれは本当に小さな事だ。
なぜならばシンジがその人の為にと振るった手は、ルリ自身守りたかった人だから。
戦争はもう終わった。
多少の混乱は未だあるがそれでも落ち着くだろうとはあらゆる者達の見方であった。
もう思い出の中の戦争。
喪われたモノは戻らないがそれでも皆が前へと進んでいっている。
地球でも国家間の戦争は既に絶え、木連との間も良好だ。
それが戦神と堕天使そして羅刹を恐れてであろうと今世界は平和へと向っている。
いずれはこの三者の威が無くともよくなるだろう。
もう、必要ないのだから。
英雄は。

「シンジさん…」

未だ髪を梳き続けるシンジの名を呼ぶルリ。
それだけ。
言葉の続きはキス。
小鳥の様な触れ合うようなキス。
突然のルリのキスであったがシンジは驚きもせずルリに同じようなキスを返す。
一度目は同じように唇に。
二度目は子供がするように額に。
そっと……。
目を閉じるルリ。
三度目のキスは唇に。
だが今度は小鳥のようなキスではなく強くだが想いを汲み取るように。

「シンジさん…」

ルリが再びシンジの名を呼ぶ。
シンジは言葉を返す事無くルリの起こされている身体をそっとベッドに倒した。
白い肌、魅惑的な流線。
シンジがその線に合わせ手を動かす。

「ん…」

くぐもった声を漏らすルリ。
滑らかな肌を滑るように手。
太腿から腰、腰から胸の隆起。
胸に関しては一度目の最後――十六歳の頃より二年歳を経ている為かそのときより起伏はある。
だが同年代の者達と比べるとやや寂しい気がしないでもないが…。
もはやルリは諦めている、というより気にしていない。
何と言っても見てもらいたい人物が全く気にしていないのだから。

「はぁ…」

小さく吐息を零すルリ。
シンジがルリの首元に顔を寄せる。
細く白い首が視界に眩しい。

「っつ」

ルリが小さく苦鳴を漏らす。
シンジの顔が離れたそこには赤く、鬱血の痕。
その痕を見てシンジは小さく笑う。
その笑いを見とがめたルリは可愛らしく眉をよせシンジを睨む。

「明日はみんなと集まる日なんですよ?」

みんな――ナデシコのクルー達だ。
ルリの言葉にシンジは可笑しげに笑いながらルリの首筋を撫でる。

「いいさ。別に。見せてあげればいいよ」

シンジの言葉に顔を赤くするルリ。
この痕を見せるということは、シンジとの行為を知らせるも同然だからだ。

「シンジさんって…」
「なにかな?」
「自分勝手ですよね」

ルリの言葉に今度こそ笑みでなく笑い声を漏らすシンジ。

「そうだよ。僕は自分勝手なんだよ」

ルリに覆い被さったままシンジはルリの顔に自分の顔を近づける。
先ほどのようにキスをするかの様に近づく互いの顔。
ルリの金色の瞳を見据えシンジは言葉を続ける。

「自分勝手で独占欲が強くて…臆病だ」

シンジは小さく舌を出しルリの頬の線に沿い舌を滑らせる。

「だから…不安なんだ。君が僕の傍に居たという証がないとね」
「私はここに居ますよ」
「それでもだよ。僕は父親に似て臆病でね、いつ離れ離れになるかに怯えている」

再び手をルリの髪に滑らせるシンジ。
その感触を暫し楽しむ。

「だから…これは君が僕の傍に居ると言う証。僕が君の傍に居ても言いという証」

髪より手を動かしルリの首筋にある赤い証に手を添える。

「仕方が無いですね」

シンジの言葉に仕方がなさそうに言うルリ。
だがその表情は嬉しそうだ。
こんなに想われて。

「けど明日か…皆と再会するのは」

懐かしそうに目を細めるシンジ。
ルリもまた追憶する。

「アキトさんは来るかな?」
「どうでしょう?」

互いに笑いあう二人。

「頑張って逃げてるからね」
「そうですね。女子寮の管理人になったり、異世界に逃げたり…もうメチャクチャですね」
「それは言えてる」

もし来たら今度こそ年貢の納め時だろう。
だが二人には確信があった。
それでもアキトは来ると。
そう確信していながらこんなことを言っているのだ。
シンジがルリから離れベッドに身を任せる。
そして今度はルリがシンジに寄り添い身体をシンジに預けた。
寄り添ってきたルリの肩を抱くシンジ。

「けど…本当にいい気持ちだよ。この”時”は…」

ルリと過ごす時間を指したのではなく今この平和へと向う時代を指したのだ。
ルリもそれを解っているから、ええ、と返す。
戦いはもう遠いもの。
ナデシコで過ごした戦い以外の時を皆で思い出し笑いあえる時。
いつかこの平和が壊れる時が来るかもしれない。
それでも大丈夫だと確信している二人。
自分達の様な者達が居なくとも、英雄と呼ばれる者たちが居なくとも。
人は自ら平和を目指すから。
地球も木連も関係なく平和の為に立ち上がった人々が居るように。
その人たちの意思を継ぐ者達が、その想いを抱く者達が。
新たにこんな安らかな時を築いていくのだから。

だから…大丈夫。

月は遠い空の向こう。
優しく銀色を放つ月は遠い空の向こう。
時が巡っても誰かがこんな優しい月を見て優しい月の光を浴びる事を願いながらシンジとルリは目を閉じる。

明日は皆と再会する日。
互いに笑いあう日。
きっとウリバタケは奇妙な物を持ってくるだろう。
ナオはミリアを連れ、のろけるだろう。
プロスは掛かる費用に頭を抱えるだろう。
ゴートは…変だろう。
ホウメイは笑いながら皆を唸らせる料理を作っているだろう。
ジュンはユキナに遊ばれているだろう。
アカツキは今更ながらに格好つけてくるだろう。
シュンもフィリスを連れ互いに優しげな眼差しで場を掻き回すだろう。
ハーリーは…ルリの首筋にあるものを見てハーリーダッシュをかますだろう。
イズミはきっと場を凍らせるに違いない。
ガイはヒカルと万葉に挟まれて叫ぶかな?
ミナトは九十九と見守って。
イツキはユリカに付きっ切りで。
サブロウタは三姫の尻に敷かれて。
そして二人にとってとても大事な人は相変わらず。
ユリカにラピスにリョウコにイネスにエリナにメグミにサユリにジュンコにエリにミカコにハルミにレイナにサラにアリサにカグヤに。
皆に囲まれて逃げ回る。
けどその心はきっと嬉しい。
女性に追われる事がじゃなくてこんな時が訪れた事を。
嬉しさ半分。恐怖半分!
明日が終わってもまた皆で集まる時が来る。
時が巡っても決して消えない忘れえぬ日々。
その日々があるから生きていける。
その日々を作り上げる為に今を生きている。

遠い遠い過去からこの青い星を見てきた月は知っている。
遠い遠い未来へとこの青い星を見ていく月は知ることとなる。

彼らはこうして生きていくのだと。



後書き


え〜と、エピローグの一つ。
シンジ×ルリのMemories第一部エンド。
つまりナデヒナ以降の時系列。
アキトが遺跡に捕まらずに残っていた場合のエンドの一つです。 なぜこれを書いたかと言うと…お詫び。
更新が空いたからシンジ×ルリを見たいと言う人が多いのでじゃあこれをお詫び代わりにと。
そんな邪悪な打算が働いています。 というわけで許してくださいな。