いつからここにいる?
時々そんな思考が少年の頭をよぎる
だが決まってその瞬間に激痛が身体に走る。
そこはどことも知れない場所。
周りにいる者達は”里”と呼んでいる。
少年が初めてここに連れて来られた時は皆が奇妙な表情をしたがすぐさまそれは消えた。
少年にもなぜかはすぐには分からなかったがそれも僅かな時間で解けた。
少年と同じぐらいの、といっても少年は自分の歳を知らないのだが、赤毛の少女がそこにいたからだ。
そして今少年はその少女と相対している。
数ヶ月前にここへつれて来られてから徹底的に身体を鍛えさせられ実戦的な訓練をさせられた。
血を吐いたことなど骨が折れた事など何度もあった。
だが結局はここにいる。
なぜだろう?そうふと考える。
その隙を見逃さずに飛び込んできた少女が腹に一撃を入れる。
咄嗟に腹筋に力をいれその一撃を堪えようとする。
少年の見た目ではあるが十にも満たない歳にしては鍛えられた腹筋だが少女の一撃を堪えるには弱いようだ。

「ゲボッ!!」

奇妙な声を漏らし少年は床に反吐を吐いて転がる。

「よわいな…」

そんな少年の姿を見下ろしながら言う少女。
そして更に追い討ちをかけようと蹴りを見舞う。
さすがにそれを喰らうのはと転がり避け立ち上がる少年。
その姿に今度は笑みを浮かべて言う少女。

「そうでなくてはな。亡霊」

少女は少年をそう呼んだ。
いつから呼ばれているかは解らない。
ただそれが少年の名前であることは分かった。
名の意味もわからないのに。
少年を亡霊と呼ぶ少女に痛みを抑えながら何とか笑みを形作る少年。

「なんどもやられるわけにはいかないからな、ほくと」

少年の言葉に返事を返さず、にっ、と笑みを浮かべ再び拳を振るう北斗。
今度は何とかそれを避け、反対に一撃を見舞う。
が、それも呆気なく避けられ反対に一撃をくらい再び床を転げるはめとなった。
少年は今度は起きれなかった。急速に暗くなっていく意識の中自分を見下ろす少女の姿が目に入っただけであった。
こんな一日が少年の”普通”であった。

 

 

 

 

少年が目を覚ますと汚れた天井が見えた。
見慣れた天井。
何度ここに来た事かと考える。
もちろん来る際のことは覚えていない。

「あ!おきたんだ」

明るい声が響いた。
少年はその声の主を知っている。

「しおりか…」

それは先ほど戦っていた少女の別の顔。
ほくととしおり。
一度少年は北斗に尋ねてみた。
あのこは?と。
それに対する返事は苛烈な一撃であった。
どうやらほくとはしおりの存在が気に入らないらしい、と幼心にも分かった。

「おはよ!」

満面の笑顔で声をかけてくるが少年は知っている。
その笑顔で彼女は人を殺すと言う事を。
見たことがあった。北斗ではなく枝織が出ている際に里にいる者の一人を一切の躊躇無く一切の後悔も無く殺した事を。

「すごいね!ほくちゃんのあいてができるなんて!ほかのひとだとかんたんにころされちゃうんだよ」

幼い声で、可憐な顔で枝織は言う。

「まだまださ。いまだってここにいるじゃないか」

可憐な声で恐ろしい事を言う少女になんら恐れを抱かず少年は言った。
少年もまた人を殺す事に禁忌を覚えない。
ここにきた僅か数ヶ月の間で多くの死者を見てきて生と死に対する感覚が鈍いせいなのかそれとも…。

「……」

少年の言葉に返事は返ってこなかった。
代わりにと返ってきたのは今までとは異なる雰囲気。

「ほくとか」

今度はそう名を呼びかけた。

「ああ。くそっ!しおりのやつがわずらわしいな」
「べつにおれはどちらでもいいんだがな」
「…いってくれるな亡霊」

鋭い目で少年を睨む北斗。
何か切っ掛けがあれば即座にその手が少年の喉へと突き刺さりかねない。
が切っ掛けは無く、危険な時は静かに霧散していった。

「まあいい。だがおまえもまだまだだな。あのていどよけきれなくてどうするんだ」
「まったくだ。まあいいさいずれいちげきをいれてやるよ」

子供同士の会話ではない。その言葉づかいも話す内容も。
だが誰も注意するものはいない。
誰も気にするものがいないのだから。

「ふん。せいぜいしなないようにきをつけることだな」

と背を見せ部屋を出て行こうとする北斗。
その背に少年が言葉を投げる。

「しごとか?」
「ああ。それもいまいましいことに”しおり”のな」
「まあがんばってとでもつたえといて」
「ふん!いずれしおりなんぞけしてやるさ!」

強い口調で言い北斗はその場を後にする。
その後姿を見つめながら少年は苦笑を浮かべ再び眠りへと落ちていくのであった。

 

 

 

 

時が過ぎ少年は青年へと変わり里をでて様々な任務についていた。

「こちら亡霊。妖精は確保した」
「こちら七曜の三。了解した。逃走経路は二の七だ」
「了解」

身体にフィットした服を着ている”亡霊”。
その腕には桃色の髪をした少女を抱えている。
通信機を仕舞い朱が広がっている床を感慨を抱く事無くパシャパシャと音を立てながら駆け抜ける。
ここはネルガルの秘匿されているラボの一つ。
主にマシンチャイルドの研究を行っている場所だ。
今彼が抱えている少女はその成果。
ラピスラズリと名づけられた少女。
洋館の地下にと、まるでゴシックホラーそのままのようなラボの中で生み出された少女だ。
ラボの中にいた警備員と研究員を斬殺して奪った少女。
ラボ、そして洋館を出ると雨が降っている。
密やかな雨音を立て暗天より降りしきる雨が。
ふと立ち止まり空を見上げる”亡霊”。
月も無くただひたすら暗い空が広がっている。
濡れる髪が顔に掛かり雫を落とし雨に混ざる。
早く撤収すべきだ。そう分かっていてもなぜか立ち止まり空を見上げ続ける。
顔を優しく打つ雨が伝い落ち涙のように見せる。
暫く雨に打たれおもむろに歩き出す”亡霊”。
その足取りはラボを出るときとは異なりどこか頼りない足取りだった。

 

 

 

 

「よくやった亡霊」

戻った青年に掛けられた言葉。
北辰がゆがめるような笑みを浮かべながらかけたのだ。
それに短く返事を返す青年。
もはや少女の事などその胸中には残っていない。

「次の任務は?」

静かな声で問い掛けると北辰は一言。

「無い。暫し休んでおれ」

と返す。
そうか、と返事を返した後に最早ここにいる意味もないと部屋を後にする。 
部屋に残るのは北辰だけだ。
部屋を出た青年の残像を見るかのようにその目はドアへと向いている。

「よくよく育ったものよ。彼奴ならば北斗へと対抗できるであろう」

青年に向けた笑みと比べ邪笑と呼べるような笑みを浮かべる北辰。
その脳裏をよぎるのは赤毛の我が子と名も無い青年の姿であった。

 

 

 

 

部屋を出た青年。
休めと北辰に言われはしたがする事など鍛錬しか思いつかない。
いずれは新たに任務が告げられるだろうがそれまで何をしているべきかと悩む彼に声が掛けられた。

「今回は何の任務かしら?」
「知りたければ俺ではなく隊長に聞け」

接近してくるものには気づいていたので別段驚く事無く返事を返す。
その声の主に青年は覚えがあった。
東舞歌、木連内において実質的なトップである草壁を補佐する四方天の一人。
優人部隊の総司令官にして北斗の姉代わりの存在。

「生憎と北辰殿は答えてくれないので貴方に聞いたの」
「なら俺も答えることは出来ない」
「そう」

と未練を見せることなく一言で終える舞歌。

「なんの用だ?北斗なら俺は知らんぞ」

一応の会話を終えたのに去る事の無い舞歌に聞く青年。
そんな青年に奇妙な笑みを向け舞歌は聞いた。

「貴方北斗のことどう想っている?」
「?」

そんな奇妙な質問に頭をかしげ聞きなおす青年。
だが返ってきたのは同じ言葉であった。

「別に何も。ただ…」
「ただ?」
「分かっているのは隊長が俺を北斗に対抗できる者としていることだけだ」
「……」

その言葉に眉を歪める舞歌。
それが意味する事はただひとつ。
北斗が危険な存在になったのであれば”亡霊”を用いて殺すだけ…ということだ。

「あなたも北斗と同じね。まるで北辰の人形」
「まるで、じゃないその通りだ」

自嘲の笑みを浮かべ言う青年。
その表情に舞歌がえっ?と驚く。
なにせこの青年が少年であったときから北斗繋がりで知っているのだ。
その十年近いときの中で彼がこんな表情をしたのを見たのは初めてだ。

「……今のは…忘れろ…」

力ない声で言う青年。振り向き歩き去っていくその姿に舞歌は声を掛ける事が出来なかった。

 

 

 

 

舞歌との会話の後に自分の部屋へと戻り倒れるように布団へと潜り込んだ。

「俺は…誰だ…」

腕で顔を覆い呟く”亡霊”。
なぜか先日、顔を打った雨の感触今もあるような気がした。

「亡霊…俺の名前。本当に?分からない…」

そしてもう一度繰り返した。

「俺は…誰だ…」

と言葉が消えたそのときに。

「なに腑抜けた顔をしてるんだ?」
「…北斗か」

赤い髪が燃えるように揺らめき不敵な笑みを浮かべている北斗。

「帰ってきたのならちょうど良い、おい少し付き合え」
「生憎そんな気分じゃない、別の奴にしろ」
「別の奴では相手にならんからお前に言ってるんだ。親父ももう俺の敵じゃないからな」

つまらなそうに言う北斗。

「俺の相手が出来るのはお前だけだ。まだ決着は着いていないぞ」
「……お前の相手をすると紫苑が煩い。あの女お前を傷つけると俺のところにきて騒ぐからな」
「放っておけばいい。今の俺が興味あるのはお前と決着を着けることだけだ」
「……分かった。鍛錬所で待っていろ」
「よし!そうこなくてはな!」

心底嬉しそうに部屋を出て行く北斗。
まるでデートの約束を取り付けたかのような様相だ。

「ふう。よく飽きないものだ」

一つ溜息をつきのんびりと立ち上がる”青年”。
服装は、と考えたところで今着ている優人部隊の制服で良いと考え部屋を後にした。

 

 

 

 

鍛錬所、名前の通りの場所である。
別に妙な仕掛けがあるわけでもないごくごく普通の畳敷きの三十畳ほどの広さを持った場所だ。
その中央で北斗は待っていた。
それと零夜となぜか舞歌他優華部隊の面々まで。

「なんだあの面子は?」

入ってみたらの大人数に聞く青年。

「どこから聞きつけたか知らんが見学だそうだ」
「…思いっきり巻き込んでやろうか」

なんとなく煩わしくて危険な事を言う青年。
その言葉を聞き壁の端に座っている面々が下がる。

「…まあいい。始めるか」

と青年が言い、北斗はそれに獰猛な笑みを以って答えた。
中央で並びそれぞれ腕を下げている二人。
見学をしている者達は息苦しさを堪える。
果たして動いたのはどちらが先か?
共に姿が掻き消えたと思いきや突如離れたところへと立っている。
なにが起きたかは全く分からないが双方の優人部隊の制服が一部千切れている。

「鈍ってはいないようだな」
「ぬかせ」

互いに笑みを浮かべた後に今度は”亡霊”が床を蹴った。
一瞬で間合いを詰めわき腹へと右の拳で一撃を繰り出す”亡霊”
それを半歩だけ身をずらしかわした北斗はつま先で綺麗に回り、右の足で蹴りを繰り出す。
畳が抉れ浅い穴を穿つ。バン!と鈍い音がしながらその蹴りを手で受ける”亡霊”。
そのまま北斗の足を握り締め膝を膝蓋骨を叩き割ろうと動くが北斗が足を掴まれたまま跳ね喉元へとつま先を刺すように向わす。
さすがにそんな一撃を喉へと喰らう気は無いのだろう足を掴んでいた手を離し後ろへと僅かに跳ぶ。
”亡霊”が先に床に足をつきいまだ中空にいる北斗へと一撃を見舞おうとしたそのときに彼は見た。
北斗がその口元に笑みを浮かべているのを。
途端に背中に冷気が走り咄嗟に腕を構える。
走ったのは腕が砕けたのではないかというほどの衝撃。
北斗は中空にありながら片手を床につきその腕一本で自分の体重と加重を支え独楽のように回り彼を襲ったのだ。

その直後に北斗の足もまた床につき僅かに吹き飛ばされた”亡霊”を追撃する。
向ってくる北斗の攻撃を捌きながら北斗の身体に僅かに密着させ静かにその胸部に掌を添える”亡霊”。
離れたところからなにやら叫ぶ声が聞こえたが何時もの事なので誰も気にしていない。
添えられた掌に北斗は忌々しげに舌を鳴らし、”亡霊”は笑みを浮かべる。
瞬間、
ドン!!
とまるで大砲が発射されたような音が響き北斗が吹き飛ぶ。
三十畳ほどの部屋の中を畳を削り滑っていく。
それを追う”亡霊”。彼は知っている。
北斗がこの程度で死ぬ事がないと。
事実北斗は立ち上がった。
ガハッ!と咳き込み血を吐きながら”亡霊”を迎え撃とうと口元を紅に染めて笑みを浮かべて。
その姿に同じく自分の笑みが深まるのを知る”亡霊”。
互いに一撃を繰り出そうとしたその時!

「だめえええ〜〜〜!!」

零夜が二人の間に飛び込んできた。
突然飛び込んできた人間を目にし必死に動きを止める二人。
足元で凄まじい音を立てながら畳が削れる。
何とか止まり沈黙が訪れる鍛錬所。

「……零夜、邪魔をするな!」

北斗が憤怒の相を浮かべ言う。
その表情にびくりとしながら零夜は言う。

「駄目!北ちゃん血を吐いちゃってるじゃない!!このままじゃ死んじゃうよ!!」
「この程度で死ぬか!!」

と口元を汚す血を拭う北斗。
白い制服の袖口が紅く染まる。

「ここまでだな、北斗」

冷めた声で彼は言った。
既にその足は出口へと向いている。

「次にやるときは邪魔が入らないようにしておけ」
「待て!!亡霊!!」

と北斗は叫ぶが”亡霊の足は止まる事無くドアの向こうへとその姿は消えていった。

「くそ!!」

苛つく感情を抑えきれず悪態を放つ北斗。

「零夜!!」

ビクッと零夜が身体を震わせる。

「はいはいそこまでそこまで」

と険悪な二人の間に入り込む舞歌。

「ほら北斗も零夜を怒る前に医療室へ行ってきなさい。彼の一撃、そんなに軽くなんて無いでしょう?」
「……ちっ!」

と舌打ちをしながらも舞歌の言う事を聞き出て行く北斗。
実際かなり効いていたのだろう。

「全く、零夜も無茶するわね」
「でも北ちゃんが…」
「まあ覚悟はしているでしょう。二人とも」
「亡霊さんの方はどうでもいいんです!北ちゃんが!!」

わざわざ”さん”付けで言うのも珍しいがもしかしたらそれが本当に名前だと思っているのかもしれない。

「とりあえず後で北斗に謝ってきなさい。なんであれ邪魔しちゃったんだから」
「はい…」

落ち込んだ表情で言う零夜。
とぼとぼと場を後にする。

「……ふぅ」

疲れた表情をし溜息をつく舞歌。

「舞歌様…」
「どうしたの千沙?」
「あの…一体なにが起きてたんでしょうか?」

二人の鍛錬の事だろう。
だが…。

「さあ。私にも判らないわ。判ったのは二人の姿が消えて現われて、もう一度消えて北斗が血を吐いたってぐらい」
「はあ…」
「あの二人の姿を追うだけでも無理みたいね」

と他の優華部隊のメンバーに目をちらりと向けると呆然と座り込んでいる姿がある。
舞歌を除いては初めてなのだ。”亡霊”と北斗の対決を見るのは。

「さあ皆仕事に戻るわよ!」

と手を叩きながら言ってようやく動き始めたのだがどうにも色々とショックを受けているみたいであった。

 

 

 

 

「ふう…」

細く息を吐き布団へ倒れるアキト。
アキト自身にも分からないが疲れがたまっているらしい。
北斗との戦闘訓練の為でもない敢えて言うならばその後の零夜の北斗に対する行動が疲れを増させたのかもしれない。

(どうしてこんなに疲れてるんだろうな)

自問するが答えは無い。
妖精を、ラピスをネルガルの元から連れ去る際に見た暗天が強く心に残っている。
冷たい雨。
光の全く無い空。
ただそれに蝕まれろと立ち尽くした青年。
酷く空虚な想いが心を支配したあの瞬間。
何の気なしにふと掌を電灯に透かす。

「この手は誰の手だ?…亡霊ではない誰の手だ?」

分かることなど無い。

「もし俺が誰か分かり俺が”俺”で無くなればこの手は誰の手になる…この血で濡れた手は」

自問しそして下らないと彼は吐き捨てた。
例え自分が誰であったかを知ったとしても、暗殺者であった自分は消えない。
再び自分に問う。
一体今まで何人殺してきたかを。
だがそれもすぐさま止める。
そんなことなど覚えてすら居ないと気づいたから。
誰を殺し何人殺してきたかなど不要だったから。
ただ任務を受け殺す、それだけでしかない。
布団に転がり自嘲する彼。
それが突如の来訪者で打ち切られた。

「何をしているの?」
「何か用か?」

本来であれば青年より上官である彼女に向って許される口遣いではないが舞歌は気にしていない。

「いいえ。特に用があるわけではないわ」
「ならなぜ?」
「暇つぶし」

と言う舞歌に苦笑する青年。

「各務が泣くぞ。あんたの仕事と自分の仕事が無くならないと泣き言を言ってたからな」
「若いときには苦労が必要よ」
「なるほど。ではあんたはもういい歳だと…」

それに対する返事はというと。
青年が腕の力のみで横へ跳び、青年が横たわっていた場所に短棒が振り下ろされたものだった。

「物騒な真似を」
「乙女の年齢を言うのは命がけだと思いなさい」
「乙女ね」
「何か文句でも?」

優しく笑みを浮かべる舞歌。
さすがに青年もそれ以上は言わず平和的に時が過ぎる。

「そう言えば知ってるかしら?」
「そう言われて分かるわけが無いだろう」
「突っ込まないで貰いたいわね。…地球のネルガルという企業が新しく戦艦を造ったらしいのよ」
「戦艦を?」
「ええ、それも相転移式の戦艦を」
「ようやくここまできたのか地球は。それで草壁中将はどう動くと?」
「出港する前に撃沈、無人兵器でだから私達の出番は無し」
「いいことじゃないか。あんたの大事な部下は死なずにすむ」

言外に用無しだと言う青年。

「だが俺と北斗、いや枝織の出番はありそうだな」
「……」
「次に呼ばれたときはネルガルの会長かね」
「あなたは…なぜここに?」
「?」
「記憶が無い、それだけじゃないあなたは今までここに居た事の無い人物よ」

思い出すように目を遠くする舞歌。

「十一年前かしら、突然現われ北斗に匹敵する技量を身につけ木連の暗部にその身を置く貴方」
「それを俺に聞いても無駄だ。隊長に聞け。俺のことを知っているのは隊長だろう」
「北辰に聞いても決して教えはしないでしょう」

静かに青年の傍に膝をつき顔を寄せる舞歌。
舞歌の吐息とその音が青年に届く。

「あなたは一体何者なのかしら…そう自分で考えた事はある?」
「……」

手を青年の頬に寄せ問う舞歌。
青年の目に桜色の唇がどこか艶かしく映る。

「随分と大きくなったわね…」
「誘惑でもしている気か」

懐かしげな瞳をし言う舞歌に氷の声で聞く青年。

「あら?そんなことしないわ。けどあなたはどこか似ている…お兄ちゃんに…」
「東八雲…」

青年の言葉に悲しみの色がその目を掠める。

「ごめんなさい。私なにかおかしいわね」
「……」
「それじゃあ失礼するわ」

と立ち上がり部屋を出て行こうとする舞歌。
その背に言葉を投げ掛ける青年。

「似ては居ない…俺は東八雲の様にはなれない」
「そうね…あなたはあなただから」

青年に微笑を向け舞歌は今度こそその場を去っていった。
突然の訪問者、それはこの空虚な部屋に甘い香りと温もりを残し静かに去っていった。

 

 

 

 

舞歌が執務室へと戻ると千沙が居た。
書類の山の中で泣くように唸っている。

「ううう〜〜〜。まいかさまぁ…おねがいですしごとしてくださ〜〜い」

最早締め切り間近の漫画家状態だ。
床には木連管理職御用達のドリンク”激我一発”が何本も落ちている。
これはヤマサキ博士が考案したというドリンクであり当初は考案者に対する恐怖で誰も手をつける者が居なかったのだが背に腹は変えられぬということで一気に広まったものだ。
効果は抜群……すぎ。
二十四時間どころか四十八時間働けますかもとい働かせますというものだ。
それを何本も飲んでいるのだろうもはや目は血走っている。

「あら?さっきはあんなに元気(というか普通)だったのにどうしたの?」
「さっきまでは激我一発の効果があったんです。今はもう効果切れちゃって…」
「そうしかたが無いわね…ヤマサキ博士に言ってもっと強力な…」
「大丈夫です!!まだ働けます!!舞歌様!!なんでしたらもっと書類を持ってきてくださっても大丈夫です!!」
「あらそう。助かるわ」
「……ガフッ」

千沙撃沈。
先ほどまでの雰囲気はどこに消えたのやら今は部下に仕事を押し付ける鬼上官となっている。
そんな撃沈した千沙を横目に椅子へと座る舞歌。
さすがにこれ以上はと思ったのかペンを取ろうとする。
だがふと右手に視線をやりその動きを止める。
静かに右手を引き戻し左手を添えた。
軽く手を握る。
まるで何かが逃げないように。
まるで何かを思い出すように。

「本当…私らしくないわ……」

切なげに漏らした声がどこか哀愁を帯びているのであった……。




 

 

代理人の感想

 

千沙さん不幸。

舞歌さんオニ。

 

でもいいのです。

舞歌さんだから(笑)。