注:この小説には一部血の表現があります。苦手な方は読まない事をお勧めします。
――――あの日、僕は死んでいたはずだった。
信じていた正義――――その象徴だった人に見捨てられ、存在意義を喪失した僕らは、今ごろ木星の塵に還元しているはずだった。
けれど、死ねなかった。
何故生きていたのか、何故あの男は僕を救ったのか……今となっては知るすべはない。
仲間も皆無事だった。尤も、こんな抜け殻のような連中が何人生き残ろうが、世界にとっては意味のない事なのだろうけれど。
それから、僕たちは地球へ渡った。
特別な理由なんてない。ただ、木星から離れたかった。僕達の居場所でなくなった、この木星からは……
そして……
僕達を襲ったテロ事件。本当なら火星の後継者とは味方せずとも敵対する必要は無かった。彼らと僕らとは正義を同じくする……はずだった。
地球の事は今でも許せない。地球は木星人に贖罪をするべき。今でもそう思っているのに……
「行くぞ! あのテロリストどもを殲滅しろ!」
なぜだろう……僕たちは今、地球人のために戦っている。
機動戦艦ナデシコ――贖罪の刻――
第三話 剣来たりて 後編
彼ら七人の戦いは、渡り廊下を挟んでの銃撃戦から始まった。
敵からの銃撃がやんだ瞬間、黒道和也は廊下から身を乗り出してアルザコン31の引き金を引き絞る。廊下の向こう側で花火さながら火花が散ったが、その中に敵の姿は認められない。
「ちっ」
舌打ちする。その時向こう側で銃が突き出されるのが見え、和也は慌てて身を隠した。次の瞬間、和也のいた空間を曳航弾が流星のように貫いていった。
これが実戦――――和也は流れ出る汗を袖で拭った。銃弾が明らかに自分を狙って飛んでくる、その恐怖は言語を絶する。
「埒が明かないな……」
「敵には軽機関銃手がいるようですな。人数はともかく、火力は向こうが上と見るべきかと」
立崎楯身が言った。和也が隊長なら楯身は参謀だ。いつでも冷静に和也をフォローしてくれる。
「でもここを突破しない事には南棟に行けない。一階から行くにしても遠回りになる」
言いつつ、アルザコンに新しいマガジンを叩き入れる。これだけ派手に暴れたのだから外の軍も異変に気付いただろう。この場で踏みとどまり突入を待つという手もあったが、和也はあくまでも自分たちの手で火星の後継者を殲滅してやるつもりだった。
「では強行突破しましょう。私と美雪が行きます」
「……やれるか?」
心配する和也に、楯身と影守美雪の二人は、
「無論です」
「当たり前ですわ」
彼らなりの表現で頷いた。
廊下の向こうで敵が銃を構えるのを見て、火星の後継者に属するテロリストは廊下の陰に身を隠した。割れるような銃声と共に銃弾が飛来し、すぐ側の壁や床を激しく削り取った。
「地球人め!」
銃撃がやんだ瞬間、テロリストは手にした30型木連式軽機関銃を突き出す。
「うおおおおおおおおおおおお!」
あろうことか敵が一人、無謀にも向こう側から突っ込んで来た。おまけに銃は持たずにベルトで肩から提げ、両腕で顔の前を庇っている、撃ち殺してくださいと言わんばかりの格好だ。
そんなに死にたいなら殺してやる。護衛の二人に手を出すなと目配せし、照準を合わせた。
「死ね!」
引き金を引き絞る。毎分一千発の勢いで打ち出される銃弾が敵の身体を撃ち抜いてゆく。衣服が裂け、飛沫が散り、遂には力なくくず落ちた。
「楯身!」
敵の仲間を案じる声が聞こえた。あちらも即撃ち殺したい衝動に駆られたが、百発入りのマガジンはものの数秒で撃ち尽くしていた。護衛が代わって敵を狙い、自分はすぐに腰のマガジンへ手を伸ばすが、それさえももどかしい。
その時、彼らの頭上に影が落ちた。
ひゅっ、
小さな風切りの音が聞こえた気がしたのと、軽機関銃を持つ右手が灼熱したのは同時だった。
「あ……!」
八方から刃を生やした円盤状の物体が右手首に喰らいついた。握力を失った手から機関銃がこぼれ落ちる。
「ああっ!」
「ぎ――――!」
護衛二人の悲鳴が聞こえた。
何が、と疑問に思う間もなかった。目の前に細い指先と、そこからありえない長さに伸びた鈍色に輝く爪が見えた瞬間、ぷつん、と目の前が真っ暗になった。途端に冷たいものが自分の中に入り込んできて、自分が『刺された』と知覚した。
「きゃああああああああああああああああああああああっ!」
自分の体が千切られていく感触に彼女は悲鳴を上げ、その意識は苦痛に千々と引き裂かれていった。
「楯身! 大丈夫か!?」
和也達は慌てて楯身に駆け寄る。楯身は血を流して床に倒れていたが、
「く……油断した……面目ない」
緩慢な動作ながらも起き上がった。全身を軽機関銃弾に撃ち抜かれた筈だが、いずれの弾も皮膚で止まっている。
「ふう……まったく肝が冷えたぞ。お前撃たれた時に、意識が飛んでいたろう」
「弾は確かに止められましたが、いかんせん衝撃までは止めてくれませなんだ。ご心配をかけて、申し訳ございませぬ」
すぐに奈々美たちの待ち込んだ医療用ナノスプレーで応急処置が施される。
ふと、楯身の背中にあって奇襲を成功させた美雪が「皆様方」と声をかけてきた。
「どうした?」
これを、と美雪は急所を切り裂かれて絶命しているテロリスト三人を指す。
「これは……」
機関銃手と、護衛の二人。その三人ともが女性兵だった。
「……は、今度は女性兵か」
嘲るように呟く。
火星の後継者は、『熱血クーデター』の際に草壁元中将と共に姿をくらました元木連の将兵と、統合軍などから離反した兵士が大半のはずだった。
木連では矢面に立って戦うのは男、女は銃後と決まっていた。木連の憲法にそう定められているし、なによりも聖典であるゲキ・ガンガー3がそうだったからだ。
女性兵もいるにはいるが、前線に出る事はまずありえない。ましてや銃を持って戦わせるなど。
「火星の後継者も、人材が不足しているようですね」
「まったくよ。女に銃持って戦わせるなんてね」
真矢妃都美と田村奈々美は異口同音に言う。そう言う二人も女だが、彼女らはまあ、特別である。
「行くぞ」
それ以上穿って考える事はしない。ただ先を急ぐのみだ。
目の前の死体に、どれだけ重い意味があるのかを知るよしもなく……
「ミナトさん、しっかりして……!」
そのころ、不安と恐怖が充満する教室の中、白鳥ユキナは泣きそうな声でハルカ・ミナトに語りかけていた。
数分前、乱入してきたテロリスト四人組に銃のグリップで殴られたミナトは、脳震盪でも起こしたかぐったりしたまま動かない。
――どうしよう、ミナトさんが死んじゃう……!
医学知識の持ち合わせなど無いユキナは、意識の戻らないミナトを前になすすべが無い。ただ殴られて出血している頭をハンカチで抑えるくらいしか。
テロリストに連れ去られた澪も、それきり戻ってこない。それが余計に不安を掻き立てる。
あの人たちが来てくれたら……ユキナの頭にそんな思いがよぎる。あの人たちなら火星の後継者もすぐにやっつけてくれるだろうに。
「見て!」
誰かが叫んだ。
南棟で激しく乱舞する光の群れ。軍事関係について地球人より多くを学んだユキナには、それが銃火だとすぐに解った。
「なにあれ!?」
女子高生で銃に精通した者は多くない。しかしあの光が何を意味するかは誰もが本能的に察した。
恐れていた最悪の事態が起きた。軍の強行突入だ。それもこんなに早く。
このままでは、見せしめに殺される。
死にたくない、という思いが全員に伝播し、生への渇望が破裂寸前の風船のように膨れ上がる。
そこへ、突然飛び込んできた男子生徒が針を刺した。
「逃げろ! 軍隊が来たぞ」
「どうやって逃げろっての!? テロリストが沢山いるのに!」
「いない! 何だか知らんが見張りがやられてる! とにかく逃げろ!」
風船が割れた。
男子が逃げ出し、女子の一人がそれを追っていった瞬間、女子の全員が先を争って廊下へ殺到した。動けないミナトには手を貸すどころか、一瞥をくれる者さえいない。
「ちょっと! ミナトさんはどうするのよ!」
知るか! と誰かが吐き捨てた。
『死』が間近に突きつけられた極限状態は、人の利己的な一面を剥き出しにさせる。
自分だけでも助かりたいと、誰もが思っていたのだ。
「あいつら、本当に火星の後継者なの? 弱すぎるわよ」
銃を適当に撃ちながら、余裕も露わに奈々美が言った。
渡り廊下という難所を突破した和也達は、火星の後継者を圧倒していた。
火星の後継者に属するテロリストは、どれもこれも武器の扱いが出来るというだけの劣悪な戦闘技術しか持たない者が多かった。
和也達も戦闘技術は決して褒められたものではないだろう。ほんの数時間前まで民間人であった身なのだから。
しかし彼らには、それを補って余りある物があった。
「行くぜっ!」
白髪の少年、山口烈火が両手に銃を持って飛び出す。
手にした銃は機関拳銃。拳銃と短機関銃の中間に位置する武器だ。火力こそ機関銃に劣らないものの、拳銃サイズまでの小型化による集弾性能の低下と装弾数の少なさはいかんともしがたい。これを使うくらいならまず誰でも短機関銃のほうがいいと答えるだろう。
ただし、それは普通の機関拳銃の話だ。
烈火の持つそれは、言い表すならデンジャラスという言葉が一番相応しい。
まず弾丸。使用するのは50口径弾。ミリメートルに換算すれば12・7ミリと言う規格外の弾だ。これだけでも桁外れの威力なのに、それを機関銃並みの連射速度で40連発する上、銃身を伸ばすことで集弾性能を上げてまでいる。さらに二十世紀の名銃、AK47の構造を踏襲した機関部はめったに動作不良を起こさないときている。
当然、こんな馬鹿げた機関拳銃が軍の正式品の筈がない。ましてやテロリストが使うなどありえない。これは烈火の私物だ。
銃刀法違反もいいところなのだが、烈火は「いじる銃が一つでもないと落ち着かない」と駄々をこね、弾を持ち込まないという条件付きで木星からこっそり持ってきたのだ。
どうやら弾も隠し持っていたようだが……
「正義の50口径弾。受けてみやがれ!」
化物サイズの機関拳銃が二挺。瀑布の如き勢いで弾をばら撒く。その理不尽なまでの威力の前に、テロリストは次々に打ち倒された。防弾衣はあって無きに等しく、剥き身の部分を撃ち抜かれれば原形も留めない。そんな物を軽々と扱ってみせる烈火も、もはや常人とは呼べないに違いない。
「隠れろ、隠れろ!」
烈火の苛烈な攻撃に、テロリストは教室の中や物陰へと身を隠す。
「見たか俺の力を! テロリストには死を! うははははははははっ!」
調子に乗って乱射しているとすぐ弾が切れる。お返しとばかりに銃弾の雨が降り、和也は烈火の腕を掴んで教室へ隠れさせた。
「馬鹿、油断するな! だいたいそいつは弾の補充が利かないんだぞ!」
「問題ない。予備の弾もある」
悪びれる様子もなく懐から予備のマガジンを取り出す。こいつは後でしごいてやらねばと和也は思った。
「美雪に奈々美! 突撃して奴等を片付けろ! 妃都美はその援護を!」
「了解! 行くわよ美雪! 手榴弾!」
「仰せのままに」
「任せてください!」
美雪と奈々美が、妃都美の援護射撃を受けて突撃。先行した美雪は常人離れした脚力で肉薄し、テロリストの隠れた教室へと焼夷手榴弾を投げ込んだ。
爆発。
火炎が一瞬で教室を包み、甲高い悲鳴が響き渡る。
焼夷手榴弾は爆発と同時に内部の燃料に着火。辺り一面を火の海にする。室内での使用を前提としているため、防火性の優れた建物であれば火事を起こす懸念は無いが、人を焼き殺すには十分な威力がある。
無論、生きたまま焼き殺される苦痛は推して知るべし、である。
「貴様ああ――――――――っ!」
仲間を殺されたテロリストは飛び退る美雪に小銃を向ける。いかな美雪と言えど空中では身を躱せない。放たれる銃弾は確実に美雪の命を刈り取るはずだった。
だが聞こえたのは、銃声ではなく爆音だった。
「あっ――?」
暴発――――それに気がついたとき、テロリストの腕は跡形もなく吹き飛んでいた。
「あっあっ、あああああああ!」
テロリストは気付くよしもなかったが、暴発の瞬間、妃都美が放った一発の銃弾が彼の銃を撃ち抜いていた。妃都美の眼帯に覆われていないライトグリーンの左目は暗闇の中で明瞭にテロリストの姿を捕え、銃弾は寸分の狂いもなく銃身を射抜いたのだ。
「楽になりなさい!」
止めの一撃。奈々美の容赦無い拳が顔面にめりこむ。巨大な鈍器で殴られたような一撃に、テロリストはタイヤが坂を転げ落ちるかの如く七転八倒し、あげく壁に叩きつけられて絶命した。その衝撃で、壁に不気味な血の花弁模様が咲く。
「ひっ…………ひぃ」
一人取り残されたテロリストは無我夢中で教壇の中へ隠れる。恐怖に歪むその顔には、まだ幼さが残っている。まだ少年と言って良いくらいに。
「何で……」
冗談じゃない、あんな化け物どもが来るなんて聞いていなかった。少しの間立てこもってその後逃げるだけの簡単な作戦と聞いていたのに、話が違う。
通信機を取り出す。周波数帯を指揮官のものに合わせて交信を試みる。無論、敵に気付かれないよう音量を下げておくのも忘れない。
「指揮官、応答してください、指揮官……!」
必死に呼びかけるが、通信機はただザーザーというノイズを垂れ流すだけだ。
「まだ一人残っているはずだ。探せ!」
ひっ、と悲鳴が漏れる。頼むからここに気付かないでくれ……テロリストの少年はひたすら祈り、通信機に呼びかけ続けた。
「何で出ないんだよ……!」
罵っても出るはずが無い。
殺される。
腹を空かせた弟と妹が待っているのに。
死にたくない、死にたくない。
死にたくない!
『誰だ?』
男の声が聞こえてきた。地獄の底で見つけた蜘蛛の糸に飛びつくように、テロリストは答える。
「だ、誰か、変な奴等が襲ってきて、仲間は皆殺された。助けに来て……!」
『何? 今どこだ?』
「南棟の教室の、教壇の中だ。頼む、早く来てくれ……!」
すぐ行く、と言って通話は打ち切られた。助かるかもしれないと思った、その時。
かちゃり、
耳元で硬質な音がした。聞き慣れたその音に、テロリストは身体を硬直させる。
「……遺言は……おありですか?」
「僕は……死に、たく、ない――――」
「……そうですか」
蜘蛛の糸は切られた。
「……申し訳ありません。……神の、ご加護を」
神目美佳は胸の前で十字を切る。
「……制圧を完了しました。ですが仲間を呼ばれたようです」
無感情にそう言った。人を殺して何の感慨も抱いていないわけは無いのだが、それが顔に出ることは無い。
「よし、次だ! 妃都美と奈々美は僕と上へ。楯身、お前は残りの三人を連れて下の敵を片付け……」
途端、目が回るような眩暈がした。和也はうっ、と呻き、2・3歩たたらを踏む。
「時間か? いつもより早いな」
「長い間使っていなかったからね……脳味噌がたるんだか」
はは、と軽薄に笑って見せた。やせ我慢だ。
「和也も時間がないし、急いで片付けるわよ! あたしももうハラ減ってハラ減って倒れそうなんだから!」
和也の状態を知ってか知らずか、事を急く奈々美は率先して階段を駆け上がろうとする。
その時、和也の鋭い声が飛んだ。
「奈々美、危ない!」
「え!?」
奈々美は狼狽した。
いつのまにか階段の踊り場に敵がいて、今まさに軍刀を奈々美に向け振り下ろそうとしていた。不意を突かれた奈々美は咄嗟の対応が出来ない。
やらせない。和也は飛び出す。
―― 一番起動!
瞬間、和也の中で何かが動き出した。
特殊機能『ブースト』。目の前の全てが、まるでスローをかけた様にゆっくりと映る。自分の体も同じくゆっくりとしか動かないのでひどくもどかしいが、それでも充分だった。
一挙動で奈々美と敵の間に割り込み、抜刀して相手の刃を受け止める。鉄と鉄が擦れ合い、キリキリと耳障りな音を立てた。
押し込んでくる力に何とか耐えながら、楯身たちに向けて叫ぶ。
「こいつは任せて、先に行け!」
「しかし!」
「もう時間が無いんだ! 早く行け!」
「……承知しました、お気をつけて!」
六人は先行し、和也と剣を交えるテロリストの男だけが残った。
「仲間を行かせて、自分ひとりで某の相手をするか? 敵ながらあっぱれな奴だ」
サムライを気取った口調で、テロリストの男が言った。四十歳前後の中年男性。これまで見たテロリストの中では比較的高齢なほうだろうか。
「だが、貴様らが何者であれ同士を殺した事は許せん。その報いは受けてもらうぞ」
「舐めるな、テロリストが。お前たちの血でこのツケは払ってもらう」
「小僧が!」
男の蹴りが来る。和也はあえてそれを受け、その勢いを利用して後ろへ跳んだ。
「某は火星の後継者、火村一等兵だ。貴様、名を名乗れ」
「悪党に名乗る名など無い!」
問答無用で切りかかる。
軍刀を上段に構え、上から下へ袈裟懸けに一閃。男――火村は中段から横薙ぎに軍刀を振るい、それを迎え撃つ。二つの刃がぶつかり合い、派手に火花を散らした。
再び後ろへ跳び退る和也。そこへ火村は追い討ちを掛けてきた。鋭い踏み込みと共に、すくい上げるような切り上げが和也の喉を狙う。
正面から受け止める愚は犯さない。火村は和也よりも背が高く、腕も一回り太い。力比べでは敵わないだろう。重心を後ろへ傾け、漸激を避けようと試みる。凶刃は和也の鼻先数ミリの空を切り、頭髪を数本散らした。
剣激の応酬は続いた。
月光を受けて輝く軍刀が美しい軌跡を描き、刃が空気を切り裂き、火花が視界を焼いた。
こいつは強い。悔しいがそう思うしかなかった。確実に隙をついたはずの一撃さえも全て捌かれてしまう。その上一撃は重く、そして早い。相当に木連式を極めている事は疑い得なかった。
――早くあいつらと合流しなきゃならないってのに!
焦りが和也を苛む。
仲間も心配だが、それ以上に和也自身に時間が無い。これ以上長引かせるわけにはいかなかった。
――二番起動!
『ブースト』を第二段階に移行。軍刀を目の高さに構え、一陣の風となって和也は飛んだ。迎え撃ってくる火村の剣。その煌きまで視認できる。
どんな攻撃も来るのが見えていれば避けるのも容易い。腰を落とした和也の頭上を、火村の剣が薙いだ。
必殺の一閃が虚しく空を切り、火村は驚愕に目を見開く。何故避けられたか理解できないらしい。和也は会心の笑みを浮かべて、心臓へと軍刀の切っ先を突き入れた。
刹那――――視界がぐにゃりと歪んだ。
「う……!?」
吐き気を催すほどの眩暈に突如襲われ、和也の手元が一瞬狂う。
「おおお……!」
頭上で火村のくぐもった呻き声がした。
人体を刺し貫く重い手ごたえ。深手を与えたには違いないだろうが、即死に追いやるには至らない。
しまった、と後悔した時にはもう遅い。軍刀に身体を貫かれたままの態勢で、火村は反撃の膝蹴りを繰り出してきた。
一撃、二撃、三撃――――お返しとばかりに膝が突き刺さる。
――が……は、あああ…………っ!
『ブースト』によって全てがスローに感じられる和也には、痛みもスローに感じられる。
肉が打たれ、内蔵が揺さぶられ、骨が軋みを上げる。ありとあらゆる苦痛がゆっくりと緩慢に襲ってくる苦しみは、他人には決して味わえない種類のものだ。
「―――――――――――――――――――っ!」
数分の一秒――――その刹那の間、和也は悲鳴を上げた。
しかしそれは、学校の防音壁に阻まれ、そして銃声にかき消され、仲間たちの耳に届くことは無かった。
「ねえ、誰か手を貸して頂戴! ミナトさんが!」
目の前で利己にひた走る生徒たち。彼等の中でユキナの声に耳を貸す者はいない。あるいは聞いていても、ごめんね、と頭の中で一瞬詫びるだけで素通りしてしまうのだろう。
助かるかもしれない。そんな希望らしきものを目の前にぶら下げられた生徒たちは我先にと正門へ向け突っ走った。ある者は他人を押しのけ、またある者は突き飛ばしながら。
生徒たちの中からは、もはや理性など何処かへ飛び去ってしまっていた。彼らを突き動かすは生への渇望のみ。
「きゃ!」
狂乱する生徒の中から、女子が一人、弾き出された。
「ちょっと、大丈夫!?」
ユキナは慌てて女子に駆け寄るが、女子は起き上がるやいなやユキナを突き飛ばして行ってしまった。拍子にしたたか尻餅をつく。
気がつくと、ユキナの周りには誰もいなくなっていた。ユキナのほかに、人並みにもまれて怪我でもしたのか、倒れたまま動かない誰かが一人。
それを助け起こそうとしたが――――
「……っ!」
息を呑む。――――頭が、無いのだ。
首から上がきれいに切断されて、そこから血液を流すだけ流したそれは、生徒たちに散々踏みつけられた哀れな姿を晒すテロリストのなれの果てだった。切り離された首は生徒たちに蹴っ飛ばされたのかどこにも見当たらなかった。
「う――――――!」
ユキナは数時間前に食べた戦闘糧食を床にぶち撒けた。
――なんだってのよ、もう……!
気絶してしまいたかった。
テロなんてもう沢山だ。
誰でもいい、誰か。
「助けて……!」
「……どう……した、の……?」
弱々しい声。ユキナが顔を上げると、壁に寄りかかるようにして露草澪が立っていた。
「澪ちゃん!」
ユキナは澪に駆け寄り、今にも倒れそうな澪の肩を支える。
澪はひどい格好だった。ユキナが好きだった綺麗な黒髪はくしゃくしゃに乱れ、制服は血で真っ赤に汚れていた。怪我でもしているのかと思ったが、特に傷などは見当たらず少しだけ安堵する。
「どうしたの、まさかあいつらに何か……!」
されたの、言いかけてユキナは気がついた。
澪のいた部屋から、むせ返るような血の匂いが漂ってきていたのだ。中がどうなっているかなど確かめる気にもならない。
「和也ちゃんが……来て、あの人たちを……みんな……」
震える澪の声。
「許してもらえないって……戦うって……楯身さんも一緒に……」
しゃくりあげる澪の声は途切れ途切れだ。だが充分に察しはついた。
「――和也ちゃんが、こいつらをやったっての!?」
あの大人しい、朴念仁の和也がテロリストと戦う? 悪い冗談だとユキナは思った。
プリンス・オブ・ダークネスに父を殺され、今こうしてテロに巻き込まれた挙句、今度は和也が――――どうして澪はこうもテロに苦しめられなければならないのか。この世の不条理を呪わずにいられない。
「ふざけないでよ、あんなのもう真っ平よ!」
ユキナは首無しのテロリストから、腕の多用途通信機――――コミュニケをむしり取り、使い方を必死に記憶の中から探り出した。
何か策があったわけではない。
もう和也にも誰にも、死んで欲しくなかった。澪を心配させ、泣かせる和也に文句の一つでも言ってやりたかった。
ただそれだけだった。
「く……思いのほか攻撃が激しい……」
教室に身を隠しながら、楯身は苦しげに呟いた。最後の最後で残された敵を一分以上も掃討できないでいる。
現代の戦闘は秒刻みだ。一分というのは決して短くない。
「美佳! 敵の配置はどうだ!?」
大声で叫ぶ。美佳と美雪は向かいの教室にいるため、大声でなければ銃声にかき消されてしまう。
美佳の言う『神の目』とは、彼女の眼球を取り除いたスペースに埋め込まれたソリトン・レーダーの事だ。
効果は見ての通り。敵の人数から位置関係、武装に至るまでが正確に把握できる。
無論、それに光を感じる機能はない。
「……敵は四人。廊下のほぼ真ん中にバリケードを築き、そこから撃ってきています。しかも重機関銃らしき物も認められます。……極めて、危険かと」
それだけではありません! と牽制の弾丸を放ちながら、美雪。
「あちらには少々手馴れた方がいらっしゃるようですわ! こう断続的に撃ってこられては身動きが取れませんわよ!」
「むう、奴等は逃走の際に殿を務める役目を帯びていたのかも知れんな……」
「呑気に解説してんな! なんか策はねえのか策は!」
一方的にまくし立てる、烈火。
楯身がまた美雪の盾になって突撃する手もあったが、相手が重機関銃とあっては心もとない。楯身は不死身でも何でもない、ただの人間なのだ。
「……無理に戦わなくとも、ここで踏みとどまって軍の突入を待つ手もあります。重機関銃は強力ですが動けず、大きな石臼を首にかけているも同然です。軍と挟撃すれば、難なく殲滅できると思いますが」
「何を消極的な! 俺はやってやるぜ!」
強引に腕を突き出し、怪物マシンピストルを機関銃手に向ける。「バカ……」と楯身が叫びかけた時、赤い飛沫が飛び散り烈火が大きくのけぞった。
楯身は烈火の襟を引っ掴み、強引に教室へ引き込んだ。次の瞬間、重機関銃の猛烈な掃射が烈火のいた空間をなぎ払った。
「畜生、腕をやられた……」
「あと一歩遅かったら、腕一本ではすまなかったぞ!」
烈火を叱咤しながら、やはりここは軍の到着を待つしかないか、と楯身は思った。
真っ暗な理科室の中、和也はじっと身を潜めていた。流れ弾で壊れたフラスコやビーカーが散乱する中、机の間に隠れている態勢だ。
そっと様子を窺うと、見える人影は火村と名乗ったテロリストだ。肩から軍刀を生やして血を流しながらも静かに歩みを進めるその姿は、死してなお獲物を求める亡霊のように和也には見えた。
「隠れても無駄だ。出て来い腑抜けが」
嘲弄の声。
何でザマだ、と和也は自分を罵った。
武器である軍刀を失い、度重なる胴への打撃であばらにヒビくらいは入っているかもしれない。加えて洗濯機の中に放り込まれたと錯覚するほどの眩暈と手足の震え。
『ブースト』は決してノーリスクハイリターンの便利な機能ではない。連続使用すればこうなる。
思えば澪を助けてからここまで、ずっと『ブースト』を入れっぱなしにしてきた。その反動がとうとう顕在化したのだ。本当なら火村は『ブースト』を最大限に使って短期決戦に持ち込むべきだった。否、持ち込めると思っていた。
どうせこいつも他のテロリストと同じ、劣悪な戦闘技術しか持たないアマチュアだと舐めてかかった和也の失態だ。
対して敵――――火村は左肩を貫かれ、左腕は使い物にならない。出血もそれなりにあるだろうが、まだ戦うだけの余力はあるだろう。見つかるのも時間の問題だ。
どうする? 軍刀を失ってどうやってこいつを突破する? 残る武器はせいぜいバヨネット。他に銃なども持ってはいるが、今銃器を持ち出したところで、果たしてこの男に通用するだろうか……?
「ん?」
不意にコミュニケが振動した。念のためにマナーモードにしてあったのが幸いした。こんな時に着信音など鳴らされたら命取りだ。
受信ボタンを押すと、空中にSoundOnlyのウィンドウが現れる。ウィンドウというものを初めて見たときは大層驚いたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。
「誰? 楯身か?」
小声で呼びかけると、思いがけない人の声が聞こえた。
『和也ちゃん!? 和也ちゃんね! 聞こえてるんでしょう!?』
思わず和也は身構えた。鉄拳が飛んでくると思ったからだ。
音量は最小限に抑えてあるので敵に気付かれてはいないと思うが、別な意味で心臓に悪い。
「その声は白鳥さんか? 何で白鳥さんがコミュニケを持っているんだ!?」
『そんな事はどうでもいいでしょ! テロリストと戦うなんて無茶やって、澪ちゃんがどれだけ心配で不安だったか解ってるの!?』
「お叱りなら後で受ける。鉄拳制裁も甘んじて受けます。だから……」
『解ってる。でもね、よく聞いて。人質の皆が、あんた等が戦ってるのを見て、恐くなって逃げ出したのよ!』
「え!?」
思わず大声を上げそうになり、和也は辛うじて踏みとどまった。
逃げるなとは誰にも言わなかった。まさか逃げ出すとは思わなかった――――というのはやはり過失だろうか。
『事情は澪ちゃんから聞いたわ。やめろなんて言わない。だから皆を無事に逃がしてほしいの!』
――注文をつける気か。
この状況下でよくもこれだけ気丈に振舞えるものだ。たくましい人だとは思っていたが、これほどとは。
「承知したよ。何とかする。白鳥さんはそこから動かないで」
『了解。それともう一つ!』
「なに?」
『絶対に死ぬんじゃないわよ! あんたが死ねば、悲しむ人がいるんだからね!』
「……了解」
通話を打ち切り、回線を仲間たち全員に繋ぐ。
「みんな、聞こえる?」
返事は六つ。全員無事の証拠に安堵する。
和也は人質が逃げ出した事をかいつまんで説明した。
『ちょ、ちょっと、まずいよそれ!』
そう叫んだのは奈々美だ。
『屋上には敵の狙撃兵野郎がいるのよ!? それに爆弾も!』
『正門の下駄箱には突入防止用の爆弾が仕掛けてあります。赤外線センサー式の爆弾で、起爆装置とは独立したタイプです』
妃都美が足りないところを注釈した。
「それは解体したのか?」
『ごめん、解体してない。放送室にいく事だけ考えてたから』
『軍の突入を悠長に待ってはいられなくなったようでありますな!』
そう、楯身。
「ここからは時間との勝負だ。爆弾は美雪と美佳なら処理できるな? 急げ! 僕もすぐ行く!」
通話を打ち切り、意を決して和也は隠れ場所から飛び出す。不意打ちはしない。それが通用しない相手だと思い知っていた。和也はバヨネットを構え、火村と対峙した。
「……解らぬな」
不意に、火村が口を開いた。
「何故おぬしのような若造が戦場に足を運んだ? なぜ木星人のおぬしが地球に味方するのだ」
和也が木連式を使うのを見て、木星人だと見抜いたのか。
「別に地球の味方をしてるわけじゃない……お前たちが嫌いなんだ」
「何故だ。おぬしも木星人なら、地球連合の所業は知っているはず。我等と共にそれを妥当し、新たな秩序を……」
「何をバカな! 貴様らのような悪党に、秩序など作れるものか!」
言葉を遮って断定する。
「僕は見たんだ! お前等の仲間が無抵抗の女の子を集団で襲うのを! それを当然の報いだと言って恥じもしない下衆どもを!」
そんな連中を飼っている組織に正義があるものか。
和也は完全に、火星の後継者を「悪」と見なしていた。
――さあ、動揺しろ。正義は我等だけのものだと言ってみろ。無様に正義にしがみついてみろ。そうすれば僕も躊躇なくあんたを切り刻んでやれる。
「……そうか」
だが和也の予想に反し、火村は頭を垂れた。
「やはりそのような輩が紛れ込んでいたか。嘆かわしい事だ」
――この期に及んで何を言い出す気だ悪党が。
「……なんだ、少しは恥じる気が残っているのか? だが悔い改めるにせよ、僕らの前でそう明言しない限り、誠意を認めることは出来ないぞ」
「我々が間違っているとは思わぬ。行いを改める気もない。……だが我々の中にそのような不心得者がいたならば、そやつらの行いは詫びよう」
「……はあ?」
面食らった――――というのが一番近い。
火村の態度は、和也が理想としていた木連軍人そのものだ。
女を平気で襲う奴もいれば、こんなサムライ紛いの人間もいる。火星の後継者とはつくづく訳の解らない組織だと和也は思った。
だが、と火村は言う。
「いまさら後戻りは出来ぬ。たとえテロリストの誹りを受けようとも、地球を許す事は出来ぬのだよ……」
静かに言い放ち、火村が取った行動は和也の予想だにしないものだった。
「おおお……っ!」
火村はおもむろに肩に突き刺さった軍刀を掴むと、腕に力を混め一気にそれを引き抜いた。鮮血が噴き出し、耐えがたい激痛が走っているはずなのに、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに。
絶句する和也に向け、火村は血濡れの軍刀を投げてよこした。
「……さあ、剣を取れ。お互い、正義は譲れぬのだろう?」
そう言って、火村は軍刀を鞘に収める。腰を落とし、右手を柄に添えた姿勢は木連式抜刀術の構えだ。軍刀無しでは恐らく受けきれないだろう。にも拘らず、あえて和也にも勝つ機会を与えるのか。
――武士道精神、て奴か。
正直、和也はそれを理想と思いながら今一つ理解できない。
和也達に戦い方を教えた男は、武士道などとは対極の存在だった。ただ、どうすれば効率的に人間の首を折れるか、銃で撃つ際に狙うべき急所は何処か、どうすれば相手が声を上げる間もなく首の頚動脈を切り裂けるか――――そんな事ばかりを教え込まれた。
それでも和也達が“正義”を胸に持ち続けていられたのは、毎日見せられたゲキガンガーのせいだろうが……あのまま行けば、和也達もまた、外道へと身を窶していたに違いない。
まあ、いまさらどうでもいい事だ。
今はただ、この男を――――そして、敵を全て倒すのみ。
「……僕は、仲間や友達を傷つける奴等を許さない」
軍刀の血を振り払い、和也もまた抜刀術の構えを取る。
「同感だ。某も死んでいった同志達のため――――ここで止まるわけには行かぬ!」
宣言すると同時に火村は仕掛けてきた。流れるような歩法で間合いを詰めてくる。和也もまた、正面からそれを迎え撃つ。
―― 一番、二番起動!
和也は再び『ブースト』の使用を選択した。
無論、また失敗しない保障は無い。また先程のような事になれば今度こそ和也の命は無いだろう。それだけのリスクを犯してまで、和也はこの一撃に全てをかけていた。
「やあああああああああああああっ!」
軍刀が鞘から抜き放たれる。月光に輝く刀身はそれ自体が光と見まごう程に煌き、二つの三日月が空気を切り裂いて交錯した。
斬。
また一つ、校舎に血の花が咲いた。
「かはっ……!」
血反吐を吐いて膝をつく和也。その服には見る間に血の染みが広がってゆく。左脇腹に受けた刀傷からの出血だった。すぐに応急処置を施せば死にはしないだろうが、傷は決して浅くない。
「何と……」
和也と背中合わせに、火村は轟然と立っていた。
勝負あった、と言うべきだろうか。
火村は、軍刀を持つ右手を肘から失っていたのだ。
「……まさか、腕を狙うとは」
木連式抜刀術は一撃必殺を旨とする。それが必殺技と言うものだからだ。
だが、和也は確実に火村を殺せる自信が無かった。だからより確実性の高い選択――――右腕を狙い、無力化することに全力を傾注したのだ。
結果として、それが和也の命を救った。
「後一歩遅ければ死んでいたけどね……」
「ふん、見事……だな」
どさり、と重量のある物体が落ちる音がした。立っていられなくなった火村が倒れたのだろう。
「直に地球軍が来る。せいぜい尋問に耐えるんだね。まあそれまであんたが生きていたらの話だけど」
出来ればこの男に止めを刺しておきたかったが、一秒を争う今和也はその時間を惜しんだ。どのみちあれだけ血を流していれば死ぬだろうし、軍に取り囲まれたここから逃げ出す事は出来まい。
「生き恥晒してまで命が惜しいとは思わぬ。それくらいなら死を選ぶ」
火村は手榴弾を取り出す。それを見た和也は急ぎ上へ向け駆け出した。
「だが覚えておけ。某が倒れても他の同志たちが我々の目的を成し遂げるだろう。我々は――――死んでも地球に屈しはせぬ!」
和也の背後でテロリストの剣士は怨嗟の声を上げ、数秒の後、爆音が轟いた――――
奈々美は角から踊りだし、手にした自動小銃で敵を狙った。
バースト射撃。狙いは悪くはなかった。だが弾が届く頃には敵は身を隠してしまっていた。舌打ちする暇もなく上体を引っ込めると、次の瞬間奈々美の頭があった位置に弾丸が降り注いだ。
「ああ、もう! 鬱陶しいってのよあいつら!」
火を吹かんばかりの勢いで奈々美は毒づく。
「ちょっと妃都美。あんたならあいつら片付けられんじゃないの!?」
「無理です。あんな高いところを抑えられては」
あいつら、というのは西棟の屋上に配置された狙撃兵だ。先ほどから奈々美達が足止めを喰らっているのも、ひとえに奴らのせいと言える。どうしてあいつらを始末しておかなかったのかと、奈々美は和也に対して――爆弾を放置した自分たちの事は棚に上げて――腹を立てた。
「ミサイルでもあれば吹っ飛ばしてやれるのに!」
物騒な事を口にした、その時だった。
「奈々美――――っ!」
叫び声に振り返った奈々美は、稲妻のような勢いで和也が駆け上がってくるのを見た。
「突撃しろっ!」
和也の手から丸いボール上の物体が二つ、投げ放たれる。それは床に落ちると同時に大量の煙を吐き出し、敵の視界を奪った。
煙に紛れて猛然と突進する三人。それを察してか廊下の向こうから射撃音が聞こえてくる。だがあてずっぽうでそうそう当たるものではない。
煙幕の向こうへ銃を向ける妃都美。普通の人間なら一寸先も見えないほどの煙。だが、
――私には見えるのですよ。
ライトグリーンの光を宿す『猫の右目』は暗闇を見通し、煙をも見通して確実に標的を捉えていた。
――標的補足……頂きます。
正射必中。妃都美の弾丸は確実に一発づつ、敵の眉間へ吸い込まれていった。撃たれた方は何があったかも知るまい。
敵を全て打ち倒し、屋上へ続く階段へ滑り込む。そこで妃都美と奈々美は異変に気付いた。和也がいない。見ると和也は廊下の中ほどで膝をついて立ち止まっていた。『ブースト』の反動だ。
いけないと思った時にはもう遅かった。煙はすでに拡散を始め、和也の姿は狙撃兵のスコープに捉えられていたのだ。
「和也さん、走って!」
「和也、走りなさい!」
何とか態勢を立て直して和也は走り出す。一瞬後、和也の頭があった位置で弾着の火花が散った。
現代の狙撃銃は精度と同時に殺傷力も求められる。三十連発や四十連発は当たり前だ。和也のすぐ後ろを弾着が走るように迫る。
「くっ!」
力を振り絞って屋上への階段に転がり込み、和也はキルゾーンから逃れた。
「止まるな、急げ!」
生還を喜ぶ間もなく階段を駆け上がる。
「妃都美、やれるな?」
妃都美は頷き、左目の眼帯を剥ぎ取る。そこから現れたのは、ライトグリーンの右目とは対照的に無機質な光を放つ灰色の目。
ドアを奈々美が蹴り破ると同時に和也と奈々美が発砲。南棟の狙撃兵二人を射殺し、妃都美が西棟の狙撃兵を狙う。
敵の狙撃銃に対して妃都美は自動小銃。射程距離は比べるべくもない。しかも身を隠すところのないこの屋上では、先手を取って素早く仕留めねば命はないのだ。
そのためには彼我の距離、高低差を計算し、最適な弾道で弾が飛ぶよう銃口を向ける。後は敵より早く撃つ。この手順を数瞬で行う事が必要――――口で言うのは簡単だが、実際は相当な熟練を必要とする早業だ。
妃都美は達人と評するには遠く及ばない。だが妃都美には自信があった。
『鷹の左目』なら出来る、と。
――当たって!
フルオート射撃。暴れる銃身を必死に抑えながら、マガジンの半分ほどをあっという間に撃ち尽くす。硝煙の向こうに血を撒き散らして倒れる狙撃兵が見えた。当たったのだ。
相棒が撃ち殺されて狼狽する狙撃兵。その青じろんだ顔も『鷹の左目』ははっきりと捉えていた。知らず口元に笑みが浮かび、妃都美は止めの弾丸を撃ち込んだ。
「うっ!」
瞬間、妃都美の左足が灼熱した。撃ち殺される寸前に放った、狙撃兵の苦し紛れの一発が妃都美の足を貫いたのだ。激痛に耐えかねて膝をつき、倒れこむところを奈々美に支えられた。
「私は大丈夫です、それより早く!」
「楯身! 屋上の狙撃兵は制圧した。そっちはどうだ!?」
帰ってきた返事は焦燥に満ちていた。
『申し訳ありませぬ! 重機関銃に阻まれ、まだ突破できていませぬ! 烈火が負傷して……』
けたたましい銃声に楯身の声が遮られる。
和也は歯噛みする。今から加勢に行っても間に合うとは思えない。かといってこのまま人質を見殺しにも出来ない……
迷っている暇はない! 仕方なく負傷した妃都美を置いて加勢に向かおうとする。
その時、突然突風が和也の髪を嬲った。夜空よりも黒い黒塗りの巨体が音もなく覆い被さってくる。
「やっとお出ましか……!」
軍用ティルトローター『オーセージ』。用途は主に急襲・兵員輸送・負傷者の後送など。武装と言える武装は機体には装備していない。……と烈火が言っていた。
オーセージの開いた後部ハッチから統合軍の兵士が次々と降り立ち、隊長らしい外国人の男が「ヘイ、キッズ!」と英語で呼びかけてきた。
「中のテロリストはどうした!?」
「死んでるのと死にかけてるのが多数いる! 失礼だけど乗らせてもらうよ!」
和也は英語で返し、奈々美を伴って強引にオーセージへ乗り込む。負傷した妃都美は軍の兵士に任せる事にする。
「まだ下で戦ってる奴等がいる! 渡り廊下へ行ってくれ!」
「な、何だ君達は。これはタクシーじゃ……」
「いいから行け!」
和也の剣幕に気圧されたか、パイロットは渋々オーセージを渡り廊下へ降下させる。地球製のモウザー重機関銃と三人の歩兵が楯身たちをいいように弄んでいた。
「もっと降下して! 蜂の巣にしてやる!」
「駄目ですよ! これ以上はローターが校舎に接触する!」
仕方なく側面のハッチから銃を突き出して射撃する。だがオーセージの不安定な揺れとダウンウォッシュに煽られ、弾はあらぬ方向へ飛び散っていく。それどころか逆に重機関銃の猛射に晒される事になった。銃弾がオーセージの装甲版に弾かれ、ガンガンとやかましい音を立てた。
「ぐあ!?」
ハッチから飛び込んだ跳弾で中の兵士が負傷した。パイロットは堪らずオーセージを離れさせる。
忌々しい連中だった。何とか下りられれば挟み撃ちにしてやれるものを、決して広くない校庭では木に接触しかねない。統合軍も何をもたついている。下駄箱の爆弾に足止めを食っているなら突入場所を変えればいいだろうに!
――こうなったら!
ハッチから飛び降りようとして、奈々美に腕を捕まれた。
「無茶よ!」
「間に合わないだろう!」
突然、オーセージが弾かれたように上昇し、何かが噴煙を引いて真下を通過した。そして爆発。
対テロ精密攻撃ヘリ、『スー・シャイアン』……あの狙撃ヘリの放った指向性弾頭ミサイルが、校舎を傷つけることなく火星の後継者の生き残りを吹き飛ばしたのだ。
『おい和也! 見たか今の!? すげえ!』
コミュニケから烈火の興奮した声が聞こえてきた。そのままスー・シャイアンのスペックなどをわめきちらす烈火を、「後にしろ!」と一喝する。これだから兵器マニアという奴は困るのだ。
楯身たちが走っていくのが見えた数秒後、校舎から生徒たちが雪崩を打って出てきた。爆薬に精通した美雪と電子機器の扱いが得意な美佳は上手くやったらしい。もう安心だと和也は一つ、息をつく。
『和也さん!』
いきなり、コミュニケから緊張した妃都美の声がした。
『体育館!』
兵士から双眼鏡をひったくる。体育館に二人ほどの人影が見えた。あんなところにまだ敵が残っていたのだ。しかもその内の一人が手にしている筒状の物は対装甲車両ミサイル。それが軍の兵ではなく、逃げる生徒に向けられている。
「くそったれ!」
今度こそ和也はオーセージから身を躍らせた。奈々美が止める暇もない。
―― 一番、二番起動!
和也は無我夢中で『ブースト』を起動。同時に白煙を立ててミサイルが発射される。
「当たれぇっ!」
飛翔するミサイルへ向けて銃を連射。当たれと念じながらとにかく撃ち続ける。
そして、爆発――――
「うわああああああああ――――――――――っ!」
和也は至近距離から爆風を受け、校庭に落下して派手に転がった。
――やった……のか……?
遠のく意識の中、なんとか生徒の安否を確認しようとする。
生徒を狙った卑劣なテロリストは、スー・シャイアンの7・7ミリスナイパーライフルで蜂の巣にされていた。その下で生徒たちが、無事な姿で軍に保護されている。
――テロリストめ……ざまあみろ。みんな生きてるぞ。
任務完了。最後にそう呟き、和也は気を失った――――
あとがき
戦闘終了でした〜。疲れました。
今回本格的な銃撃戦にチャンバラと初めてのチャレンジが多いです。なので少々遅れました。
また、今回も過去の苦い経験から上に注意書きをしましたが、あんなもん書いたら本当に誰も読んでくれなくなるのではと少々怖いです。ガクガクブルブル。
>キャラ立て
……ああ、確かに(滝汗)
何で7人なのかは今回と次回でなんとなく分かっていただけると思いますが、最初から、それも主人公サイドに全員集合ってのは味が希釈されますね。
初期のプロット(後にボツ)ではこれが12人だったってんだから笑うに笑えない。
私は『どきどきすいこでん』ですか!
まあ、これで一つ上達したと思っておきます。
授業料タダの学校に来たと思えば多少の苦言なんて安いものですし、これも修行ですから。
それでは。次回もお付き合いいただければ感謝感激です。
(知らない人のために注釈。「どきどきすいこでん」とは、アイレムが毎年恒例でやっているエイプリルフールネタの一つです。108人のヒロインが出てくるギャルゲーと称して、アホなゲーム紹介ページを公開しておりますが、全部ウソです)
代理人の感想
頑張ってるのが良く分かります。チャンバラと銃撃戦も結構いい感じですね。
>キャラ立ち
某グランセイザーなんかも、非常に分かりやすく単純なキャラクター設定しかしてないのに
(「警察官」「医者」「看護婦」「さすらいの武道家」などなど、殆どのキャラは一言で表現できるくらい単一的な特徴あり)
12人覚えるのは中々大変でしたからねぇ。
文章だけでそれを伝えようとしたらかなりの筆力が必要になること間違い無しです。
それこそプロでも滅多にいないくらいの。
で、具体的な手としては、これから7話分、それぞれのメンバーの紹介話にすると言う手がありますな(笑)。
アニメで言うとおもちゃを売るための回みたいなもんですが、印象付ける為にはやはり有効なんですよ。